仙台高等裁判所 昭和43年(ネ)27号 判決 1971年4月28日
控訴人(選定当事者) 石岡源三郎 外七名
被控訴人 東北電力株式会社
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴人らの当審における不法行為に基づく損害賠償の請求を棄却する。
控訴費用(差戻し前の分も含む)及び上告審の費用はすべて控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は、(1) 別紙<省略>第一表記載の各選定者に対し同表記載の各金員及びこれに対する昭和三一年八月二日から各完済に至るまで年六分の割合による金員、(2) 別紙第二表記載の各選定者に対し同表記載の各金員及びこれに対する昭和三一年一二月五日から各完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却並に控訴人らの当審における請求(控訴人らが選択的に追加した不法行為に基づく損害賠償の請求)を棄却するとの判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並に証拠関係は、次に記載するほかは原判決事実摘示と同様であるから、ここにこれを引用する。
第一控訴代理人の主張
一、昭和二八年一二月一二日に締結された協定(甲第一号証)は、被控訴会社と本件選定者らの代理人たる地位を有する石岡源三郎外二六名との間に成立したものであり、また昭和二九年一月九日の契約(甲第一三号証)は旧赤石村々長兼平清衛が本件選定者らの代理人たる資格において被控訴会社と締結したものである。
仮りに右主張が理由ないとしても、右協定は本件選定者らを代表する赤石川対策委員会の代表者と被控訴会社との間に、また右契約は本件選定者らを代表する旧赤石村々長兼平清衛と被控訴会社との間にそれぞれ締結されたものである。
仮りに右主張が理由ないとしても、右協定・契約は、本件選定者らを含む赤石川流域の地元民を受益者とする、いわゆる第三者のためにする契約である。
二、漁業被害の補償について、
(一)(1) 甲第一号証の協定の漁業被害の補償に関する条項(甲第一三号証も同様)は、赤石村水産漁業協同組合の組合員に対してのみならず、その組合員でない者に対しても、その漁業権の有無にかかわらず、赤石川における漁業の実績を有する者に対してはその実害を補償するという趣旨である。(このことは一審以来主張してきたとおりである。)
(2) 別紙第一表記載の選定者(以下第一選定者という。)を含む赤石川流域の部落民は、古くから赤石川において漁獲してきたもので慣習により各自入会漁業権を有するものである。
仮りに第一選定者らが厳格な意味における権利を有しないとしても、右の如く慣習上承認された社会上の利益は、権利に準じて保護されなければならない。
(3) 第一選定者らはその祖先の時代から赤石村水産漁業協同組合の組合員と全く同様に赤石川において漁獲に従事してきたものであり、新たに分家した者を除き、すべて旧漁業法による旧赤石村漁業会の組合員(当時は強制加入)であつたところ、右赤石村水産漁業協同組合の設立に当り、同組合幹部の政治的謀略により第一選定者らは同組合に加入することができなかつたのであるが、同組合設立後も同組合員と全く同様に赤石川において漁獲に従事してきたものである。
しかして第一選定者らはその後赤石地区漁業協同組合を結成し、昭和三三年三月一日青森県知事から同組合の認可をうけ、次いで昭和四〇年六月二五日同知事から赤石村水産漁業協同組合との漁業権共有の認可をうけたが、右赤石地区漁業協同組合の認可は、その認可の日である昭和三三年三月当時の水産協同組合法第一八条に基づき組合員たる資格を認定してなされたものであるから、第一選定者らが右組合設立前に少くとも年間三〇日以上漁業の実績を有することを県が公権力をもつて認定したものであり、また右組合が漁業法第一四条第四項の規定により漁業権共有の認可を受けたことも、第一選定者らが「地元地区内に住居を有し当該漁業を営む者であつた」(同条第四号)こと即ち漁業実績を有していたことを公権力をもつて認定したものに外ならない。
(二) 漁業の被害額について、
仮りに控訴人らの主張する原判決添付第六表記載の損害が認められないとしても、被控訴会社は赤石村水産漁業協同組合(組合員四二〇名)に対し、四四、二一〇、七四〇円の損害金と協力費名義(その実質は組合員の費した本件漁業補償に要した諸費用の損害)で二五〇万円、合計四六、七一〇、七四〇円即ち組合員一人当り金一一一、二一六円の損害を認めてこれを支払つているので、これと同一条件下にある控訴人らに対してもこれと同額の損害金を支払うべきである。従つて被控訴会社は第一選定者らに対し控訴人らの請求金額である別紙第一表記載の各請求金額の損害金(但し右第一表の請求金額の方が右金一一一、二六一円より多い場合は前記組合員一人当りの右金額一一一、二六一円)及びこれに対する昭和三一年八月二日以降完済までの年六分の割合の遅延損害金を支払う義務を免れない。
三、流木被害の補償について、
(一) 流木権について、
(1) 甲第一号証の協定の流木被害の補償に関する条項(甲第一三号証も同様)は、ダム竣工後即ち昭和三一年以後に新たに流木を始める者に対してもその実害を補償する趣旨である。(このことは従来主張のとおりである。)
仮りに右主張が理由ないとしても、控訴人らは慣行的流木権を有するものである。
即ち、一ツ森、鬼袋、大然及び種里の四部落民は、古来赤石川上流の森林に入会利用していた慣行があつたので、これが国有林に編入された後も赤石川上流の国有林において営林署から稼業用薪炭材の払下げを受け、これを赤石川上流から部落まで流送してきたものである。
従つて右四部落民は、稼業用薪炭材の払下げを受けこれを赤石川上流から部落まで流送してきた慣行により赤石川につき慣行的流木権を有するものであるから、右四部落の住民たる別紙第二表記載の選定者(以下第二選定者という。)らが、従来から継続して稼業用薪炭材の払下げを受けてきたと否とにかかわらず、赤石川の本流につき慣行的流木権を有し、また本件ダムの建設当時もその後も稼業用薪炭材の払下げを受けうる地位にあつたものである。
(2) 右慣行的流木権は、一ツ森部落及び鬼袋部落の住民(世帯主一名)の総有に属するものと、種里部落の住民(世帯主一名)に属するものとがあるが、その流木権の存する地域的範囲は、甲第三号証(地理調査所作成の地図)表示の赤石川本流のうち「櫛石山」山頂を東西によぎる線が右赤石川本流に交わる地点から「種里」と表示してある「種」と「里」との各文字の中心を東西によぎる線が右赤石川本流と交わる地点までである。しかし本件において損害の補償を求めるについては、右のうち大然上流八キロメートルの地点附近から大然揚場(甲第三号証の「大然」と表示してある「然」の文字の南際を東西によぎる線が赤石川本流と交る地点)までを流送区間として損害を算出したものである。
(二) 流木の被害額について、
(1) 一ツ森、鬼袋部落民及び種里部落民の各年間の払下石数は別紙第三表記載のとおりであり、これに基づく一人当りの損害額は別紙第四表記載のとおりであるから、その内金として別紙第二表記載の各金員及びこれに対する昭和三一年一二月五日以降完済に至るまでの年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
なお本件で補償を請求しているのは赤石川本流を流送する稼業用薪炭材についての損害であつて、佐内沢を流送する自家用薪炭材のそれではない。
(2) 仮りに右損害額が認められないとすれば、被控訴会社は第二選定者らに対し、乙第三号証によつて補償した七三名(いわゆるAグループ)に対すると同額の補償をなすべきである。即ち被控訴会社は昭和三二年二月一四日太田美二、清野兵司を代表者としていわゆるAグループ七三名に対し合計金一、三五〇万円、一人当り金一八四、九三一円の損害を認めてこれを支払つているのであるから、これと同一の地位にある第二選定者らに対し同額の損害金を支払う義務がある。よつて被控訴会社は第二選定者らの請求金額即ち佐藤準作外四二名の種里部落の選定者に対しては各金八九、二四〇円、三上喜代一外三一名の鬼袋、一ツ森、大然部落の選定者に対しては各金九三、四〇八円及び右各金員に対する遅延損害金を支払う義務を免れない。
四、被控訴会社は条理上も本訴請求に応ずる義務がある。即ち、被控訴会社は青森県知事から本件水利権の許可を受けるに際し、青森県知事が付した被害者に補償をなすことの条件を受諾したものである。それにもかかわらず被控訴会社がその補償条件を履行しないときにおいて、次に述べる民法の不法行為に基づく救済も与えられないとすれば、それは正に法の不備に外ならないから、裁判官は条理則即ちあるべき法を想定し、もつて被害者の救済に当るべきである。
五、不法行為に基づく損害賠償の請求
控訴人らは選択的に民法の不法行為の規定に基づき、被控訴会社が本件選定者らに対し、控訴人ら主張の損害賠償の義務があることを主張する。
(一) 本件選定者らが赤石川流域の部落民で、赤石川につき漁業権ないし流木権を有するものであることは、従前主張したとおりであり、仮りに右選定者らが厳格な意味における権利を有しないとするも、選定者らの右の如き慣習上承認された社会生活上の利益は権利に準じて法律上保護されなければならない。
(二) しかるところ、被控訴会社は、電源開発のため昭和二七年一〇月三〇日青森県知事から赤石川の占用権並に流水使用権の許可を受けたが、これにより本件選定者らの前記権利ないし利益を排斥又は無視することを許すものではないのであつて、行政庁もこの点を考慮して被控訴会社に対し右損害を賠償することを許可の条件としたものである。即ち本件ダムの建設(水の使用、水路の開さく、付属物の施設)は青森県知事の命令書(甲第二八号証の二)に明記されているように流木・漁業に対する補償が条件とされているのであつて、右命令書第九条には「この事業のため灌漑、流木その他の水利及び漁業に支障を来し、又はその虞あるときは、許可を受けた者は、関係者と協議して水路の改築その他適当の方法を講じなければならない」と定め、また第一八条において「右命令書又は同命令書に基づきなした処分に違反したときは、青森県知事は本件許可の全部又は一部を取消すことができる」旨を定めている。
しかして右第九条は、「流木その他の水利及び漁業」の語を用い、「流木権」「漁業権」との語を用いていない。即ち右命令書は慣行上の流木、漁業に対しても補償その他の措置を講ずべきことを命じていることが明らかである。従つて被控訴会社が選定者らの流木及び漁業に対してその損害を補償しないでダムの建設を行つたことは明らかに右命令に反し違法であり、右ダムの建設は明らかに法規違反で違法行為であるから、これにより慣行上の流木及び漁業に損害を与えた以上、不法行為が成立する。
(三) 仮りに法規違反でないとしても、右のような場合に選定者らに補償をしないでダムを建設することは、全体的、社会的にみて許容されない行為であるから、公序良俗に反し違法であり、不法行為の成立を免れない。
(四) よつて被控訴会社は本件選定者らに対し、控訴人がこれまで主張してきた損害額の賠償義務がある。
六(一) 被控訴会社の後記三の(二)の(3) の主張は時機に後れたものであり且つ著しく訴訟を遅滞させるものであるから却下せらるべきである。
(二) 控訴人らの本件補償の請求が「ごね得」を企図している旨の被控訴会社の主張は誤りである。
第二被控訴代理人の主張
一、控訴人らの前記一の主張事実中、甲第一号証の協定及び甲第一三号証の契約が締結されたことは認めるが、その余の事実は否認する。
右協定、契約は、被控訴会社のとるべき措置の大綱を定めたものにすぎず、これによつて直ちに具体的な権利義務を発生させるものではないから、法的効力はない。
二、漁業被害の補償について、
(一)(1) 控訴人の二の(一)の(1) 、(2) の主張は否認する。
(2) 同二の(一)の(3) の主張について、
(イ) 漁業権は免許によつてのみ取得することができるものであるところ、赤石川につき旧赤石村漁業会の有していた漁業権は、昭和二五年三月一四日施行の新漁業法施行法(昭和二四年一二月一五日法律第二六八号)第一条及び第九条の規定により、昭和二六年八月三一日政府から補償金の交付を受けて消滅したものである。従つて第一選定者らが仮りに同漁業会の会員であつたとしても、昭和二四年二月一五日施行の水産漁業協同組合法により同年七月一五日付をもつて新漁業法第六条所定の第二種及び第五種の共同漁業につき免許を受けた赤石村水産漁業協同組合に加入するか入漁権を取得しない限り、赤石川において、鮎、鮭、鱒、うぐい、やまべ、いわな、かじか等を漁獲することができないものである。しかるに第一選定者らが赤石村水産漁業協同組合に加入し又は入漁権を取得したことがないことは控訴人らの主張自体によつて明らかであるから、第一選定者らは赤石川においてその主張のような漁獲をなすことができない筈のものであり、事実そのような漁獲をしていないのであるから、第一選定者らは漁業権を有しないことはもとより慣行上の漁業権を取得するに由ないものであり、たとえ第一選定者らが赤石川において漁獲に従事したとしても、それは法的保護に値するものではない。
(ロ) 控訴人らは赤石地区漁業協同組合の設立が認可されたこと及び漁業権の共有が認可されたことをもつて第一選定者らが年間三〇日以上の漁業実績を有していたことを公権力をもつて認定されたものと主張する。
第一選定者らがその主張の頃赤石地区漁業協同組合の設立認可をうけたことは争わないが、しかし赤石地区漁業協同組合を設立するに当り第一選定者らが年間三〇日以上漁業に従事したことを証するため青森県知事宛に提出した鯵ケ沢町長山屋辰夫外一五名の証明書は設立発起人代表石岡源三郎よりの昭和三三年二月二〇日付証明願に基づき、翌二一日何ら調査をすることなく証明がなされているものであり、且つその証明者として記名捺印されている者のうち、工藤藤右エ門、工藤豊栄、須藤喜作、石田寿夫の四名はかかる証明をした事実がないものである。従つて青森県知事が赤石地区漁業協同組合の設立を認可した事実をもつて第一選定者らが年間三〇日以上漁業に従事したものと認めることはできない。また青森県知事が赤石川における漁業権の共有を前記両協同組合に認可したのは、控訴人らの主張自体に徴して明らかなように政治的な解決を図る措置としてなされたにすぎないから、かかる共有の認可があつた事実をもつて第一選定者らが年間三〇日以上赤石川において漁業に従事した証左とすることはできない。しかも第一選定者らは赤石村水産漁業協同組合の設立された後は釣券を購入しない限り赤石川において漁業をすることができなかつたのであるから、これら選定者らが年間三〇日以上赤石川において漁業に従事したというのは虚偽の主張である。
(ハ) 第一選定者らは被控訴会社が青森県知事の認可を受け、赤石川に控訴人らの主張するようなダムを築造して本件電源開発を完了した後において、赤石地区漁業協同組合を設立し、認可を受け、その後漁業権共有の認可を受けたものである。
被控訴会社は、既に述べたように、赤石川上流の流域を一部変更してその流水の一部を追良瀬川の上流に注水し、これに追良瀬川の上流における流水の一部を加えて大池に注水し、これより導水して日本海に放流し、この間に大池第一、同第二及び松神の三発電所を建設すること、及びこれらの三発電所における発電用の水利使用については、青森県知事よりそれぞれ必要な、許、認可を受けていたものであつて、赤石地区漁業協同組合がその設立の認可を受け漁業権共有の認可を受けた当時においては、既に現在におけると同様の姿において赤石川の流水を使用していたものである。かかる姿において赤石川における漁業権共有の認可を受けた赤石地区漁業協同組合は、たとえダムの建設がなかつた場合に比し漁獲が少いとしてもこれを忍受せねばならないのであり、本件の如き漁業補償を請求することは許されない。
(二) 漁業の被害額について、
(1) 控訴人ら主張の損害額及び第一選定者が赤石村水産漁業協同組合の組合員と同額の補償を受け得るものとする控訴人らの主張は否認する。
(2) 第一選定者らは赤石地区漁業協同組合が設立され、さらにその後漁業権共有の認可を受けるまでは、前述のように全く適法な漁業の実績がなく、従つて同人らには漁業権共有の認可を受けるまでは、赤石川において適法に漁獲したことによる漁獲高などというようなものは全くなかつたのであるから、漁業権共有の認可を受け赤石川において漁獲するようになつても、その漁獲高が漁業権共有の認可以前の漁獲高より少いかどうかを明らかにすることができないのであつて、その主張のような損失を蒙るかどうかを明らかにすることは不可能な筈である。
(3) しかも赤石村水産漁業協同組合は、被控訴会社が発電のため赤石川にダムを建設した後も魚族の人工ふ化その他の施設を完備し、年々多量の鮎、鮭、その他の稚魚を放流し、なめ流しを防止して魚族の増殖を図つた結果、本件ダムが建設された後も赤石川における漁獲高はダム建設以前と殆んど変りがなく、赤石村水産漁業協同組合の関係者は当初予想したような漁業上の損失を蒙ることも免れ得たのであつて、このことからしても、赤石地区漁業協同組合の関係者らの漁獲高もダムが建設されないときの漁獲高と異るいわれがない。
(4) 被控訴会社が赤石村水産漁業協同組合に補償したのは第一選定者らとは異り補償をなすべき理由があつたからに外ならない。従つて被控訴会社が同組合に補償したからといつて第一選定者らに補償の義務を負担するいわれはない。そして被控訴会社が同組合に支払つた補償額も、同組合との話合いの結果その額になつたにすぎない。
(5) 右の次第であるから、仮りに第一選定者らがその主張するように漁業上の損失を蒙る事実があるとするも、その損害額を算定することは不可能であるから、この点からも、控訴人らの漁業補償を求める請求は失当であり理由がない。
三、流木被害の補償について、
(一) 流木権について、
(1) 控訴人らは、第二選定者らは赤石川において慣行的流木権又はこれに準じた法的保護に値する慣行上の利益を有するかの如く主張するが、慣行上の河川使用権を生ずるがためには、当該河川の使用が多年の慣行により特定の住民又は特定の団体等限られた範囲の人に対し特別な利益として承認されその使用が継続して平隠且つ公然に行われ、一般に正当な使用として承認される程度に至つていることを必要とする。
ところで、種里、鬼袋、一ツ森、大然の四部落には、共用林野組合(もと委託林組合と称した。)と一ツ森製炭実行組合及び種里製炭実行組合(この両製炭実行組合はもと赤石製炭実行組合という一つの組合であつた。)とがあり、共用林野組合の組合員は、自家用薪炭材(自家用の薪炭材にするため払下げられるもの。)を赤石川の支流である佐内沢上流の国有林において毎年払下げを受け、山元において立木のまま組合員に分配し、組合員は各自分配された立木を伐採して佐内沢において流送し、佐内沢が赤石川と合流する地点より約二〇〇メートル上流で陸揚げしたうえ陸送していたものであり、一方一ツ森製炭実行組合及び種里製炭実行組合の組合員は、赤石川上流にある国有林において稼業用薪炭材(薪又は炭にして売却し生活費に充てるために払下げられるもの。)の払下げを受け、これを赤石川本流において流木してきたものである。
しかるところ、赤石川本流において多年流木を行つて来たのは乙第三号証によつて流木補償を受けた人々及びその父祖のみである。これらの人々は、何れも分家した人々であるためその所有田畑や山林が少なかつたので、赤石川上流の国有林の薪炭材の払下げを受け、赤石川本流において流木し、これを薪材、又は製炭して炭となし、これを売却してその生活費に充当する必要にせまられたため流木してきたものである。従つて赤石川において昭和三一年三月末日までに引続き流木をしてきたのはこれらの人々のみで、第二選定者らは、共用林野組合員として赤石川の支流である佐内沢において自用薪炭材を流送したことがあるにすぎず、赤石川本流において流木した事実はないのである。
果して然りとすれば、昭和三一年三月三一日以前に赤石川本流において慣行流木権又はこれに準じた法的保護に値する慣行上の利益を有した者は、いわゆる乙第三号証により流木補償を受けた人々のみであつて、第二選定者らを含むその余の部落民は、控訴人らの主張するような、赤石川における慣行流木権又はこれに準じた法的保護に値する慣行上の利益を有しなかつたものである。
(2) しかして、佐内沢は赤石川本流と異り、本件ダムの建設により流水量に影響をうけないところであるから、第二選定者らは損害を蒙るいわれはないものであり、また第二選定者のうち一部の者が昭和三一年三月三一日以降に赤石川本流において国有林からの払下げ伐採木を流送するにつき青森県知事の許可をうけて流送をなしたとしても、被控訴会社は本件発電計画及び発電用水利使用につき既に青森県知事よりそれぞれ必要な許、認可を受け、本件大池第一、同第二及び松神発電所における発電のため赤石川における水利を使用していたのであるから、かかる姿における赤石川において流水使用の許可を受けても、同人らは被控訴会社が既に受けた許、認可に基づき赤石川の流水を発電用に使用することを忍受しなければならないのであつて、たとえ被控訴会社のかかる流水の使用がない場合に比し流木上損失を蒙ることがあるとしても、かかる損失を被控訴会社に請求できないものである。
(二) 流木の被害額について、
(1) 本件において、控訴人らは赤石川本流における流送上の損失の補償を求めているのであるが、第二選定者らの昭和三一年度以降に払下げを受け伐採した稼業用薪炭材(赤石川本流を流送するのは前述のように赤石川上流の国有林において払下げをうける稼業用薪炭材である。)の数量及び各人の流送石数が明らかでないから、第二選定者らの赤石川における昭和三一年度以降の流送上の損失額を算出することができない。
即ち、稼業用薪炭材は、組合員らの自家用薪炭材確保のため払下げを受けることを目的とする共用林野組合に払下げられるものではなく、稼業用薪炭材の払下げ流送を目的とする一ツ森製炭実行組合及び種里製炭実行組合に払下げられるものであるから、仮りに控訴人ら主張の石数が四部落に対する稼業用薪炭材として払下げられたとしても、この払下げ石数を控訴人ら主張のように甲第三七号証の一の共用林野組合員数をもつて除した石数が第二選定者らの稼業用薪炭材の払下げをうけた石数ということはできない。
のみならず、仮りに第二選定者のうちに昭和三一年度以降稼業用薪炭材の払下げを受けた人があるとしても、或る人は払下げを受け、或る人は払下げを受けていないもので、その人数も年度によつて不定であり、その各人の払下げをうけた石数も明らかでない。
以上のような次第で、結局昭和三一年度以降に第二選定者らが各自払下げを受けた稼業用薪炭材の石数及び各人の流送した石数を知ることができないから、第二選定者らの赤石川における昭和三一年度以降の流送上の損失額はこれを算出することができないのである。
(2) また第二選定者らは昭和三一年度以降における流送上の損失額を算出するに当り、同年度以前に比し石当り二五〇円の割合による損失を蒙るものとして算定しているが、如何なる根拠にもとづきかくの如き流送経費の増額を算出したのか全く立証がない。
(3) しかも、その後鯵ケ沢営林署は、上流に向つて赤石川河岸に巾員三・六メートルの林道を大然部落の上流一二、七三二メートルの地点まで築造したので、昭和三四年度においては僅かに七〇棚、昭和三五年度においては五〇棚が赤石川において流送されたのみで、その後はすべて同林道により払下材を陸送し赤石川においては流送されていないのであるから、控訴人ら主張のような損失は生じない筈である。
(4) 被控訴会社が乙第三号証に記載の人達(いわゆるAグループ)に補償したのは、これらの人々が第二選定者らと異り引続き流木を行つてきた者で補償すべき理由があつたからに外ならない。従つて被控訴会社が右のAグループの人達に補償したからといつて、第二選定者らに補償の義務を負担するいわれはない。そして被控訴会社が右のAグループの人々に支払つた補償額も話合いの結果その額になつたにすぎない。
四、不法行為に基づく損害賠償の請求について、
(一) 本件選定者らが、本件三発電所竣工当時、赤石川においてその主張するような漁業権、流木権或は漁業若くは流木につき慣行上承認された、権利に準じて法律上保護されなければならない社会生活上の利益を有していないものであることは既に述べたとおりである。即ち
(1) 赤石川は大正一二年六月二六日赤石村大字一ツ森字大然から海に至るまでの区域が河川法準用河川と認定されたものである。そして現行漁業法施行間もなく前述の如く赤石村水産漁業協同組合が設立され赤石川につき同組合が漁業権の免許を受けた後においては、同組合員でない本件選定者らが赤石川において釣をする場合には釣券を購入しなければならないのである。そのため第一選定者らのうち、内山惣吉、酒井孝、工藤秀夫、世永平太郎、滝吉清吉、小野小右エ門、伊東豊作、滝吉浩、三上喜代一、七尾平次郎、山下栄、神末治、石岡源三郎、内山清江らは赤石村水産漁業協同組合より釣券を購入して赤石川において釣りを行つてきたものである。
(2) また赤石川本流において流木を行つてきたのは、種里、一ツ森、鬼袋、大然部落居住の清野兵司外七二名(乙第三号証によつて補償を受けた、いわゆるAダループ)のみであつて、これらの人々は、もと赤石製炭実行組合に所属し、その後同組合が一ツ森製炭実行組合及び種里製炭実行組合に分れてからは、それぞれこれらの製炭実行組合の何れかに所属してきたものである。
(3) 従つて、第一及び第二選定者らが赤石川を使用した事実があつても、その赤石川の使用は河川の一般使用の域を出ないものであつて、控訴人らの主張するような権利に準じて保護せらるべき社会生活上の利益を有しなかつたものである。
(二) 甲第二八号証の二(青森県知事の命令書)の第九条には、控訴人らの主張するように、「この事業のため、灌漑、流木、その他の水利及び漁業に支障を来し、またはその虞あるときは、許可を受けた者は、関係者と協議して水路の改築その他適当の方法を講じなければならない」としてその遵守を求め、第一八条では被控訴会社が右第九条に違反したときは「許可の全部もしくは一部を取り消し、または工事の変更中止を命ずることがある」旨を定めており、また昭和二八年四月一四日閣議了解「電源開発に伴う水没その他による損失補償要綱」が所有権、地上権、賃借権等の外慣習上認められた利益の滅失、毀損によつて生ずる損失も補償すべき旨規定していることは甲第四号証によつて明らかである。
しかしながら、甲第二八号証の二にいわゆる「灌漑、流木その他の水利及び漁業」とは、河川法の適用のある河川で流木使用の許可を受け、または漁業権の設定を受けたもの以外に、河川法の適用又は準用のない河川において多年地方的慣習により公の流水を引水し、これに排水し、またはこれを利用して流木を行い、若しくは一定の水面を占有して漁業を営むが如きものを指し、甲第四号証の補償要綱にいわゆる「慣習上認められたる利益」もまた同趣旨のものであり、生業とかかわりなく木材を流送し、遊漁するなどの河川の一般使用による利益は含まないものと解すべきである。
本件選定者らの赤石川の使用は、前述のように河川の一般使用の域を出ないものであり、その使用により受ける利益は河川が公物たることにより一般的に受ける反射的利益に外ならないと解すべきであるから、被控訴会社に対し赤石川の水利権の設定をなすに当り青森県知事がかかる反射的利益をまで補償すべきことを命じたものと解することはできないのみならず、かかる利益を法が保障するものと解し得ないから、本件ダムの建設による流水量の変更によりその利益が減損しても、かかる結果を法の不備として被控訴会社に対し補償の義務を負担させることは条理に適う所以とすることはできない。
(三) しかして被控訴会社は、既に、赤石川における漁業権者及び流木権者に対しては十分な補償を了しているのであつて、もとより青森県知事の命令(甲第二八号証の二)に反するところはない。
(四) 叙上の次第であるから、本件ダムの竣工した昭和三一年三月当時において、これによる流水量の変更により侵害さるべき権利若くは法の保護に値する利益を有したことを前提とする控訴人らの不法行為に基づく損害賠償の請求は失当であり理由がない。
五、控訴人らは被控訴会社に対し、昭和三一年五月三日(乙第六号証)には、二九五名分の漁業補償として金一〇二、一六八、七〇〇円(運動費二五〇万円を含む。)を請求し、また同年七月一五日(甲第一五号証)には三一五名分の漁業補償として金一二三、一二六、八八五円、寄木補償として金三、四〇二万円、建築用材流送の支障による損失補償として金一、二九六万円、砂利及び砂の採取不可能による損失補償として金七、二八七、〇八四円、遊漁者より受ける利益金の喪失による損失補償として金四、七八四、〇六二円、慰藉料として金一〇四、九九九、八九五円、運動費として金二五〇万円、合計二八九、六七七、九二六円というような、全く常識をもつては考えられないような途方もない巨額の金員を請求し、更に昭和三一年一一月一五日(乙第一四号証の一、二)には、七九名分の流木補償として金二、六八八万円を請求している。
本件選定者らは、既に述べたように、赤石川において漁業権を有する赤石村水産漁業協同組合に加入した事実もなく、したがつて赤石川において適法に漁業に従事し得なかつたのみでなく、事実漁業に従事したこともなく、また昭和三一年度以前においては赤石川において流木に従事した事実もないのに、本件のような請求をしているのである。
控訴人らがかかる請求をしていることは、いわゆる「ごね得」を意図し、これを実行しようとするものに外ならず、本件選定者らは、被控訴会社が赤石村水産漁業協同組合に対し漁業補償をし、また従来より赤石川において木材流送の実績ある者に対し流木補償を行うことを知るや、かかる補償を得るため、殊更に赤石地区漁業協同組合を設立し、漁業権共有の認可を受け、或はまた第二選定者らのうち一部の者が赤石川上流における国有林の払下げに参加し、ごく少数の者が僅かの期間青森県木材流送規則に基づく流送許可の願い出で等をなしているものの如くであるが、かかる行為もまた、補償目当ての「ごね得」の一環としてなされているものであることはいうまでもないところである。
第三証拠関係<省略>
理由
第一、甲第一号証及び甲第一三号証の協定、契約に基づく補償請求について、
一、被控訴会社がその電源開発計画即ち青森県西津軽郡赤石川上流にダムを建設し、その流域を一部変更してその流水を追良瀬川を経て笹内川に注水し、これらの流水を集めて大池に導き、ここから日本海に放流するまでの間に、大池第一、同第二及び松神の三水力発電所を建設する電源開発計画に基づく工事のため、昭和二七年一〇月三〇日青森県知事から赤石川の水利使用権を与えられ、次いで昭和二八年一二月一四日右工事実施の認可を受け、昭和三一年三月に右電源開発計画に基づく三水力発電所の建設工事を完成したこと、その間昭和二八年一二月一二日赤石川対策委員会の代表者石岡源三郎外二六名と被控訴会社及び青森県知事津島文治との間に甲第一号証(原判決添付別紙第五の協定書)記載のとおりの協定が締結され、また昭和二九年一月九日旧赤石村村長兼平清衛と被控訴会社との間に甲第一三号証の契約が締結されたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、右協定、契約が締結されるまでの経緯について、
(一) 甲第一号証の協定について、
(1) 成立に争いのない甲第一号証、地理調査所作成部分について成立に争いのない甲第三号証、原審証人山屋辰夫の証言によつて成立を認めうる甲第二四号証の一、原本の存在とその成立について争いのない乙第九号証の二、原審証人山屋辰夫、同世永厳、同棟方久爾、同佐藤信一、同平井弥之助、原審並に当審における証人武下堅吉の各証言及び原審における控訴本人大谷辰三郎、同工藤樵三、原審並に当審(第一回)における控訴本人石岡源三郎、同七尾平次郎の各本人尋問の結果を綜合すると、
(イ) 赤石川の流域には上流から大然、一ツ森、梨中、鬼袋、小森、種里、黒森、細ケ平、深谷、山子、南金沢、目内崎、館前、日照田、姥袋、牛島、赤石などの部落があり、昭和二四年当時における世帯数は合計八七四戸、人口約五、四〇〇人、そのうち約八割の七三五戸が農業、残りの約二割が商業、サービス業、公務員、自由業等で、農業を営む者の中にはその傍ら赤石川において漁業に従事する者も多かつたところ、昭和二五年暮頃地方新聞によつて前記のダム建設計画が報道されるや、一部の流域住民は、右計画が実現されると赤石川の水量が激減し、灌漑用水の不足、魚族の枯渇、木材流送の至難等を招いて祖先伝来の生業が奪われるとして右計画に反対したこと、
(ロ) 青森県当局は産業振興の見地から赤石川流域の住民に対し右ダム建設の実現につき協力方を呼びかけてきたが、これに反対する一部住民は各部落毎に代表として委員を選び、その委員が赤石川対策委員会を結成し、右委員会を中心に反対運動を展開してその間これに伴つて刑事事件が発生したようなこともあつたこと、
このダムの建設に反対した部落民及び右対策委員会の委員には種々の立場の人があり、農業を営む者、赤石村水産漁業協同組合員である者、非組合員である者、赤石川において従前から流木を行つてきた者、そうでない者等があつたこと、
(ハ) 右反対の主な理由は、赤石川の流域変更により水量が減少し灌漑用水の不足を来すというにあつたので、昭和二八年秋頃建設省河川局より知事宛にダムの門扉の操作は地方住民と協議のうえ行うよう取扱われたき旨の要請もあり、主たる反対理由も緩和される情勢となつたので地元住民においてもようやく右計画の実現に協力する気運が生じ、同年一一月頃赤石川対策委員会の要望として代議士外崎千代吉及び副知事を通じ、被控訴会社及び県に対し甲第一号証の第一項に記載のような一三項目の要望事項を申入れると共に被控訴会社に対し三〇〇万円の争議解決金の支給方を申入れたこと、
(ニ) そこで同年一二月一二日、被控訴会社から常務取締役平井弥之助、補償係長武下堅吉ら、県側から知事津島文治、副知事横山武夫、土木部長佐藤信一、土木部監理課長棟方久爾、漁政課長月江基二郎ら、赤石川対策委員会から石岡源三郎外二六名の代表者等の各関係人が青森県庁に集り、島口重次郎、田沼敬造、外崎千代吉らの立会の下に協議を行い、その結果各関係人が署名押印して甲第一号証の協定書(原判決添付の別紙第五協定書)が作成されたものであること、
(ホ) 右協議は午後三時頃から深更にわたつて対策委員会側の一三項目の要望事項について行われたのであるが、その席上論争の中心になつた問題は、灌漑用水の件であつて、対策委員会側は灌漑用水確保のためダムの門扉は同委員会において操作する旨主張したのに対し、会社側はダム門扉の操作を他に委ねることは電源開発事業にとつて致命的な問題であるとして譲らず、そのためその調整に長時間を要したこと、
しかして漁業補償の問題については、対策委員会側から「赤石村水産漁業協同組合の組合員でない者であつても漁業をしている者が沢山あるが、これらの者に対しても補償すべきである」旨の発言があり、これに対し会社側では「赤石川には漁業権をもつている組合があるので漁業権者に補償する方針である」旨答え、その後県会議員島口十次郎から「地元民はすべて旧漁業会の会員であつたのであるから、旧漁業会解散前の昭和二三年当時の漁獲実績に基づき非組合員にも補償すればいい」という意見を出したが、これに対しても会社側では「旧漁業会は政府から補償金を貰つて漁業権が消滅し、そのときにかたがついている」旨、そして「非組合員の問題はむしろ魚族の増殖を図ること等によつて解決するのも一方法である」旨発言して両者の意見が対立し、結局県の月江漁政課長が「行政指導により発電所が出来るまでに非組合員も赤石村水産漁業協同組合に加入できるように尽力する」と提案したことにより漁業補償の問題は打切られ、また流木補償の点については、委員会側から、「ダム建築後即ち将来新たに流木する人にも補償して貰いたい」旨要望したのに対し、会社側では「終戦後より流送の実績を有する者に対して補償する、金額その他については関係者と協議して定める」旨方針を説明したこと、
(ヘ) かくして一応討議を終り、県土木部監理課長棟方久爾が甲第一号証の第二項及び第三項記載のような文言で、即ち漁業補償、流木補償の点については「漁業被害については、実害があれば補償する」、「流木被害については、実害があれば補償する」という文言で協定書の原稿を起草し、その後この整理した条項について逐条的に読上げ審議されたのであるが、その際漁業補償の点についても流木補償の点についても、前記文言に関してどういう人が補償を受けるのか、補償を受ける実害とは如何なる範囲のものをいうのか等の解釈について、当事者のいずれからも何らの発言もなく、結局そのような具体的な内容については何ら統一した解釈がなされることなく審議を終え、調印されるに至つたものであること、
がそれぞれ認められる。
(2) 右協定に際し右のように補償を受くべき対象者等について当事者間では何ら具体的な解釈の確定がなされていないものであることは、いずれも成立に争いない甲第九、一〇号証、同第一五号証、同第一九号証、乙第五号証の一、二、同第六号証、同第一四号証の一、二、原審における証人加藤泰、同佐藤昇次、同加藤栄蔵、同清野兵司、同太田美二の各証言並に控訴本人工藤樵三、同七尾平次郎の本人尋問の結果によつて認められるように、右協約成立後に、石岡源三郎を会長とする赤石川損害補償対策委員会名をもつて、被控訴会社に対し、昭和三一年三月一三日及び一七日に赤石村水産漁業協同組合の組合員でない者一二八名に対する漁業補償として金二一、八一七、五四〇円を、次いで同年五月三日に同じく非組合員二九五名に対する漁業補償として金一〇二、一六八、七〇〇円を請求したのに対し、被控訴会社では漁業権者でない者に対しては補償の限りでない旨回答して補償要求を拒否し、更に右委員会から同年七月一五日に農漁民三一五名に対する漁業補償、流木補償等七項目の損失補償として合計金二八九、六七七、九二六円を請求したのに対し、被控訴会社ではこれらはいずれも補償すべき損失ではない旨回答してこれを拒否し、また七尾平次郎外七九名の者から同年一一月一五日に薪材流送の損失補償として金二、六八八万円を請求したのに対し、被控訴会社では昭和一八年以降新炭材払下げの実績がない者に対しては補償できない旨回答して右要求を拒否し、また昭和三一年一一月末頃鰺ケ沢町役場で、更に昭和三二年一月一〇日頃青森市の八甲荘で被控訴会社の職員と控訴人七尾平次郎らが会合した際も、七尾らが新たに流送する者に対しても補償して欲しい旨要望したのに対し、会社側は終戦後から引続き流木してきた者のみを補償の対象とする旨答え、補償の対象者等について依然として両者の意見が一致していないことからも窺えるところであつて、控訴人工藤樵三、石岡源三郎、七尾平次郎の各本人尋問の結果中前記(1) の(イ)ないし(ヘ)の認定に反する部分は措信し難く、他に前記の認定を覆すに足る証拠はない。
(二) 甲第一三号証の契約について、
原本の存在とその成立について争いのない甲第一三号証、原審証人棟方久爾、同佐藤信一、同武下堅吉、同平井弥之助、同戸沼英一、同兼平清衛の各証言によれば、昭和二八年一二月一二日被控訴会社と赤石川対策委員会の代表者及び青森県知事との間に前述のように甲第一号証の協定が成立したところ、その後赤石村村長から被控訴会社に対し、被控訴会社の電源開発計画に賛成しその推進に努力した赤石村当局とも同様の契約を締結して欲しい旨の申入れがあつたので、被控訴会社は村長の立場も考慮してこの申入に応じ、県土木部監理課長棟方久爾の起草にかかる文案に基づいて赤石村村長兼平清衛と被控訴会社代表者間に甲第一三号証の契約が締結されたものであること、右契約の条項によると、漁業補償については第七条において「漁業の実害については、被控訴会社は関係者と協議して適正な補償をする」、流木補償については第八条において「流木の実害については、被控訴会社は関係者と協議して適正な補償をする」となつているのであるが、右契約成立に際し右補償の対象者等の具体的内容の解釈については当事者間において何らの話もなされていないものであることが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
三、右協定、契約が本件選定者らに効力が及ぶか否か等について、
(一) 甲第一号証の協定について、
(1) 以上認定の事実によると、甲第一号証の協定は、それに記載されているように、赤石川対策委員会の代表者である石岡源三郎外二六名と被控訴会社の常務取締役平井弥之助及び青森県知事津島文治がそれぞれ署名押印して締結されたものであるところ、原審における控訴本人大谷辰三郎、当審における控訴本人石岡源三郎、同七尾平次郎(いずれも第一回)の各本人尋問の結果並に弁論の全趣旨によると、赤石川対策委員会なるものは、本件ダムの建設に反対する流域住民から各部落毎に代表として選ばれた委員において、ダム建設に反対する住民の集団の名称として名付けたものにすぎないのであつて、何ら会としての規約等があるわけではなく、会の運営財産の管理等についても何らの定めもないのであるから、右対策委員会は団体としての組織を備えていないものであり、従つて権利能力なき社団にも当らないものといわなければならない。
そうとすると、甲第一号証の協定書に赤石川対策委員会の代表として署名押印した二七名は、実質的には自己のためと同時に本件ダムの建設に反対する住民を代理して前記の協定を締結したものと解するのが相当であり、原審証人武下堅吉、同棟方久爾の各証言並に弁論の全趣旨によると、被控訴会社側も県側も赤石川対策委員会を右認定のような住民の反対集団と認識し、右委員会の代表者をダム建設に反対する住民の代表者と考えて甲第一号証の協定を締結したものであることが認められるから、右協定はダム建設に反対する住民を代理する石岡源三郎外二六名と被控訴会社及び青森県知事との間に成立した有効な協定と解すべきであつて、赤石川対策委員会が権利能力のない社団にも当らないからといつて、右協定を無効と解することはできない。
もつとも、本件において、右委員会の委員を選んだ各部落民の具体的な人数やその氏名等は明確でなく、また、赤石川対策委員会の代表者として甲第一号証の協定書に署名押印した石岡源三郎外二六名の者が、その余の本件選定者らから右のような協定を締結する代理権限を授与されていたか否かも明らかでないけれども、本件弁論の全趣旨に徴するときは、本件選定者らは、本件ダムの建設に反対した住民の一部であると推測し得るし、また本件において前記甲第一号証の協定を根拠に本件の補償請求をしている点からみれば、少くとも本件選定者らは、石岡源三郎外二六名の代表が代理して締結した右協定を承認しこれを追認しているものと解するのが相当である。
(2) しかして甲第一号証の漁業補償条項、流木補償条項の内容について検討するに、前認定の甲第一号証の協定が締結されるまでの経過等に徴すれば、右条項が控訴人ら主張のような趣旨で、即ち右漁業補償条項が赤石川につき漁業権を有する赤石村水産漁業協同組合に対してだけでなく、赤石川において漁業の実績を有するすべての者に対して漁業権の有無にかかわらず補償する趣旨で、また右流木補償条項が終戦以降ダム竣工まで継続して赤石川で流木した者に対してだけでなく、ダム竣工以後に新たに流木を始める者に対してまでも補償する趣旨で締結されたものとは到底認められないから、右の趣旨で締結されたことを前提とする控訴人らの主張は理由がない。
ところで前記認定の審議の経過やその文言等に照すと、甲第一号証の「漁業被害については、実害があれば補償する」との条項は「本件ダムの建設により漁業上の損失を蒙る者に対してはその実際に蒙る損失額を補償する」趣旨と、また「流木被害については、実害があれば補償する」との条項は「本件ダムの建設により流木上の損失を蒙る者に対してはその実際に蒙る損失額を補償する」趣旨と解するのが相当であるから、右条項により補償を請求し得る者即ち本件ダムの建設により漁業上又は流木上の損失を蒙つたとして補償を請求し得る者は如何なる者かについて考察するに損失補償の制度は、現行法制が財産権を保障しているのに対応し、正義公平の見地から財産権の侵害によつて生じた損失を顛補させる制度であり、その財産権の侵害とは既存の特定の財産権が滅失毀損されること等をいうものであるが、その財産権は厳密に権利と名付けられたもののみに限らず、権利性を有する財産上の利益をも含むものと解するのが相当であるから、損失補償の対象となる損失は右のような既存の特定の財産上の権利、利益が滅失、毀損されること等によつて蒙る損失と解するのが相当である。
もとより本件赤石川のような公共用物は、本来他人の共同使用を妨げない限度において一般公衆の自由な使用に供されるものであるから、一般公衆は一定の範囲において自由にこれを使用することができるものであるが、かかる一般使用は、それが公物として公の目的に供せられていることの反射的利益としてそれを自由に使用し得るに止まり、使用の権利を与えたものではないから、たとえ一般使用によつて受ける反射的利益が受けられなくなつたとしても、自己の権利を侵害されたものとは言えないのみならず、かかる不利益は受忍すべきものであるから、右の一般使用による利益は前述のいわゆる財産上の権利、利益に当らないものであり、したがつてそれは補償の対象にならないものと解すべきである。
してみれば、本件ダムの建設により漁業上又は流木上の損失を蒙つたとして甲第一号証の漁業補償条項又は流木補償条項に基づいて損失の補償を請求し得る者は、本件ダムの建設により漁業上又は流木上の権利、利益を侵害され、それによつて損失を蒙つた者であると解するのが相当であるから、かかる者は右漁業補償条項又は流木補償条項に基づいてその蒙つた漁業上又は流木上の損失の補償を請求し得るものというべきである。
(3) 被控訴会社は甲第一号証の協定は会社の今後とるべき措置の大綱につき協定したものにすぎず、これによつて直ちに具体的な権利義務を発生させるものではないから法的効力がない旨主張するけれども、右協定が法的効力のないいわゆる紳士協定とするような了解の下に締結された等の事情があれば格別、本件においてかかる特段の事情の存在は認められないし、その漁業補償条項、流木補償条項も前述したように解されるものであるから、これを法的効力のない協定と解することはできない。
(二) 甲第一三号証の契約について、
控訴人らは甲第一三号証の契約も赤石村村長兼平清衛が本件選定者らの代理ないし代表として締結したものである旨主張するけれども、甲第一三号証によつて明らかなように、右契約の当事者は赤石村と被控訴会社とであり、村長兼平清衛は赤石村の代表者として右の契約を締結したものであつて、法律的に本件選定者らを含む個々の地元民を代理ないし代表の形式で契約したものではないから、控訴人らの右主張は採用することができない。
また控訴人らは、右契約は赤石川流域地元民を受益者とする、いわゆる第三者のためにする契約である旨主張するけれども、甲第一三号証に徴すると、右契約はその内容において村民に事実上の利益を与えるものではあつても、本件選定者らを含む赤石川流域の地元民に右契約から生ずる権利を直接に取得させる趣旨の契約であるとは解されないから、これをいわゆる第三者のためにする契約と主張する控訴人らの右主張も理由がない。
したがつて、赤石村村長と被控訴会社が甲第一三号証の契約を締結したからといつて、本件選定者らが右契約を根拠に被控訴会社に対し漁業補償或は流木補償を請求することはできないといわなければならない。
四、甲第一号証の漁業補償条項、流木補償条項に基づく漁業補償、流木補償の請求について、
(一) 控訴人らの本件漁業補償、流木補償の請求は、本件選定者らが被控訴会社の本件ダムの建設による赤石川の流水量の減少により漁業上又は流木上の損失を蒙つたのでその損失の補償を求めるというにあるところ、もとより損失の補償は損失があるからといつて当然にこれを請求し得る権利を有するものではなく、これが権利として補償請求権を取得するためには法的根拠がなければならず、条理による請求はこれを認めるに由ないから、かかる法的根拠がない場合にも条理により補償請求を認めるべきである旨の控訴人らの主張は採用し得ないが、本件においては前述のように甲第一号証の協定が締結され、その漁業補償条項、流木補償条項の趣旨内容もさきにみたとおりであるから、本件選定者らが本件ダムの建設による赤石川の流水量の減少によつてその有する漁業上又は流木上の権利、利益が侵害され、それによつて損失を蒙つたものであるときは、甲第一号証の漁業補償条項、流木補償条項に基づいて被控訴会社に対しその損失の補償を求める権利を有するものというべきである。
そうとすると、本件選定者らが右漁業補償条項、流木補償条項によつて損失の補償を請求するには、本件選定者らが本件ダム建設当時赤石川につき漁業上又は流木上の権利、利益を有したこと、そして本件ダムの建設による赤石川の流水量の減少によつて右の漁業上又は流木上の権利、利益が侵害され、それによつて損失を蒙つたものであることを要するものであるから、以下このような観点から本件選定者らの損失補償の請求について検討することとする。
(二) 第一選定者らの漁業補償の請求について、
(1) 第一選定者らの本件漁業補償の請求は、要するに、第一選定者らは赤石川において古くから漁獲してきた慣行により、慣習による入会漁業権を有するものであり、仮りに厳格な意味における権利を有しなかつたとしても、赤石川の漁獲につき法律上保護されるべき慣習上承認された社会生活上の利益を有していたものであるところ、本件ダムの建設による赤石川の流水量の減少により、ダム建設以後即ち昭和三一年以後赤石川における漁獲高が減少し損失を蒙つたので、その損失の補償を求めるというのである。
(2) よつて先づ第一選定者らが本件ダムの建設当時、前述のような漁業上の権利、利益即ちその侵害によつて損失補償の対象となる損失が生ずるような漁業上の権利、利益を有していたか否かについて考察するに、
(イ) 成立に争いのない乙第一三号証、原審証人戸沼英一、同大谷石助、当審証人大谷清栄、同武下堅吉、原審並に当審証人寺沢直之助、原審における控訴本人大谷辰三郎、原審並に当審(第一、二回)における控訴本人石岡源三郎の各本人尋問の結果並に弁論の全趣旨を綜合すると、
(A) 旧漁業法当時は赤石村漁業会が赤石川につき漁業権を有し、他町村から移住して来た者或は分家した者を除き、第一選定者らを含む殆んどの部落民がその会員となつていたのであるが、現行漁業法(昭和二四年法律第二六七号、昭和二五年三月一四日施行)の施行に伴い、赤石村漁業会の有した右漁業権は政府から補償金の交付を受けて消滅し、右漁業会は解散となり、新たに水産漁業協同組合法により設立された赤石村水産漁業協同組合が昭和二六年七月一五日付で従来右の漁業会がもつていた魚種即ち鮎、鮭、鱒、うぐい、やまべ、いわな、かじか等について青森県知事から漁業法第六条第五項の第二種及び第五種の共同漁業権の免許を受け、赤石川の本支流につき漁業権を取得したものであること、
(B) そして同水産漁業協同組合は、以来県知事の認可を受けた遊漁規則をもつて組合員以外の者が赤石川において右の魚類を採捕する場合には釣券を購入させ(一日券は五〇円、一ケ年券は三〇〇円、ただし赤石村民の場合は一ケ年券二〇〇円)、釣券を購入しない者には採捕を許さないこととし、盛漁期には監視人を常置して釣券を購入しない者が採捕するのを取締つてきたものであること、
が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
(ロ) 右認定の事実によれば、赤石川の本支流については、昭和二十六年七月以来赤石村水産漁業協同組合が共同漁業権を有したものであるところ、現行漁業法の下においては漁業権は県知事の免許によつてのみ取得し得るものであり、右の共同漁業権とは一定の水面を共同に利用して漁業を営む権利であつて、一定の水面を共同に利用して漁業を営むというのは漁業協同組合が漁業権をもつて漁場を管理し、その組合員に平等に漁業を営ませることを意味するのであるから、赤石川において漁業を営む権利を有する者は右漁業協同組合の組合員であつて(漁業法第八条)その組合員でない者は漁業を営む権利を有しないものといわなければならない。
しかして漁業権は物権とみなされ、これに対しては土地に関する規定が準用されるのであり(漁業法第二三条)、したがつて、漁業権が物権的請求権、妨害排除請求権を有する排他的な権利であることは明らかであるから、赤石村水産漁業協同組合の組合員以外の者が入漁権も取得することなく(漁業法第七条、第四二条の二によると、入漁権は漁業協同組合又は漁業協同組合連合会以外の者は取得し得ないことになつているから、本件選定者ら個人の場合はこれを取得し得ないこと明らかである。)、且つ同組合の遊漁規則による釣券の購入もしないで赤石川において前記の魚類を採捕することは、むしろ漁業権の侵害であつて違法な行為といわなければならない。
(ハ) しかるところ、第一選定者らが右赤石村水産漁業協同組合の組合員でないことは控訴人らの主張から既に明らかである。そして第一選定者らのうち、昭和二六年以降本件ダムが建設される昭和三一年三月までの間に釣券を購入して赤石川で遊漁したことがあるのは、酒井孝(昭和二八年七月年券購入)、世永平太郎(昭和二九年八月年券購入)、工藤秀男(昭和二九年七月年券購入)、内山惣吉(昭和二八年七月、昭和二九年七月、昭和三〇年七月それぞれ年券購入)、滝吉浩(昭和三〇年七月年券購入)、滝吉清吉(同上)、小野小右エ門(同上)、伊東豊作(同上)、三上喜代一(同上)、七尾平次郎(同上)、山下栄(同上)の一一名のみで、その余の選定者らは釣券も購入していないものであることが成立に争いのない乙第一三号証によつて明らかであるから、仮りに右以外の選定者らが赤石村水産漁業協同組合において漁業権を取得した以後に赤石川で前記の魚類を採捕したとすれば、それは違法に漁獲したものにほかならないし、それ以外の魚類の採捕は前に説明した河川の一般使用に属するものにほかならないのであるから、かかる者が旧漁業会当時から赤石川において魚類を採捕してきたとしても、これらの者が本件ダム建設当時赤石川につき漁業上の権利、利益を有したものと認めるに由なく、また釣券を購入して行なう遊漁も漁業権者との関係において、漁業権者の有する漁業権の範囲において釣券の有効期間中は魚類の採捕ができるというものにすぎないのであつて、その釣券の有効期間中であつても一定の漁獲を保障するものでもなければ漁業権者の有する権利とは別個の漁業上の権利を与えられるというものでもないのであるから、前記の一一名の者が釣券を購入して遊漁した事実があるからといつて、これらの者も本件ダム建設当時漁業上の権利、利益を有したものということはできない。
(ニ) してみると、第一選定者らが、本件ダムの建設当時、赤石川につきその主張のような入会漁業権を有したことはもとより、その他漁業上の権利、利益を有したことはこれを認め得ないものといわなければならない。
(ホ) もつとも控訴人らは、第一選定者はその祖先の時代から赤石川において漁獲に従事し、新たに分家した者を除き、すべて旧漁業法による漁業組合員であつたが、新組合である赤石村水産漁業協同組合の設立に当り新組合の幹部の政治的謀略により第一選定者らは新組合に加入することができなかつたものである旨主張するけれども、右組合の組合員でない以上、それに加入しなかつた理由の如何を問わず赤石川において適法に漁獲をする権利を有しないものであることにかわりはないのであるから、右の主張は何ら前記の認定判断を左右するに足るものではない。
また控訴人らは、第一選定者らは昭和三三年三月一日青森県知事から認可をうけて赤石地区漁業協同組合を設立し、更に同組合において昭和四〇年六月二五日青森県知事から赤石村水産漁業協同組合との漁業権共有の認可をうけた旨、そして右設立認可及び漁業権共有認可の事実は第一選定者らがその設立前に少くとも年間三〇日以上漁業の実績を有したことを県が公権力をもつて認めたものにほかならない旨主張するところ、本件ダム建設後の昭和三三年三月一日に第一選定者らが青森県知事の認可をうけて赤石地区漁業協同組合を設立したことは被控訴会社の認めるところであり、また成立に争いのない甲第四七号証、当審証人寺沢直之助の証言によれば、昭和四〇年六月二五日に右組合が青森県知事から赤石川につき漁業権共有の認可を受けたことが認められるけれども、それは右漁業権共有の認可がなされた以後は右組合の組合員である第一選定者らも漁業を営む権利を有することとなつたというにすぎず、右のような組合の設立認可、漁業権共有の認可があつたからといつて、それ以前の第一選定者らの赤石川における漁獲がすべて適法になるというものではないから、右の事実は何ら前記の認定判断を左右するものではない。
そして、本件ダム建設後に、新たに右のように組合が設立され漁業権共有の認可を受けても、その者は、本件ダムの建設により赤石川の流水量が減少しているという現状の下において、その状態において得られるところの漁業上の利益を享受し得るにすぎないものであることはいうまでもないところであるから、かかる者は本件ダムの建設により損失を蒙つたとして損失の補償を請求することができないことは当然といわなければならない。
(3) 以上の次第であつて、要するに、第一選定者らは、本件ダム建設当時、その侵害によつて補償の対象となる損失を蒙るような漁業上の権利、利益を有しなかつたのであるから、第一選定者らの蒙つたと主張する損失は結局損失補償の対象となる損失には当らないものといわなければならない。
してみると、第一選定者らは損失補償の対象となる漁業上の損失を蒙つた者とは言えないし、したがつて被控訴会社において第一選定者らに漁業上の損失補償をなすべき義務はないものというべきであるから、第一選定者らの本件漁業補償の請求は各人の損失額について判断するまでもなく、この点において理由がないといわなければならない。
(三) 第二選定者らの流木補償の請求について、
(1) 第二選定者らの本件流木補償の請求は、要するに、赤石川流域の部落のうち、一ツ森、鬼袋、大然、種里の四部落民は、古くから赤石川上流の国有林から稼業用薪炭材の払下げを受け、これを赤石川の上流から部落まで流送してきた慣行から赤石川本流のうちの一定区間(甲第三号証の地図に表示の「櫛石山」山頂を東西によぎる線が赤石川本流に交わる地点から「種里」と表示してある「種」と「里」との各文字の中心を東西によぎる線が赤石川本流と交わる地点までの区間)につき、慣行的流木権を有するものであるから、第二選定者らが従来稼業用薪炭材の払下を受けてきたと否とにかかわらず、右部落民である第二選定者らは本件ダム建設当時もその後も右の慣行的流木権を有し、また部落民として稼業用薪炭材の払下げを受け得る地位にあつたものであるところ、本件ダムの建設による赤石川の流水量の減少により稼業用薪炭材の流送につき約三倍の労力を要することとなつたので、その損失の補償を求めるというのである。
(2) ところで、本件流木補償の請求で問題になつているのは、赤石川の上流における国有林から払下げられる稼業用薪炭材の流送関係であるから第一選定者らの漁業補償請求について判断したと同様、先づ第二選定者らが本件ダムの建設当時、赤石川における稼業用薪炭材の流送につき流木上の権利、利益を有したか否か、即ち第二選定者らが控訴人主張のような慣行的流木権を有し或はその流木上の利益を得ていたか否かについて考察することとする。
先づ従来の国有林からの薪炭材の払下関係及びその流送関係についてみるに、成立に争いのない甲第二七号証の一、二、その方式及び趣旨から公文書であつて真正に成立したものと認められる乙第二一号証の二、原審証人太田美二、同小松久二郎、同石岡恒次郎、当審証人大谷清栄、原審並に当審証人清野兵司の各証言及び原審における控訴本人大谷辰三郎、原審並に当審(第二回)における控訴本人七尾平次郎の各本人尋問の結果を綜合すると、
(イ) 赤石川の上流には約一、二〇〇町歩の国有林があるところ、古くから一ツ森、鬼袋、種里、大然の四部落民が右国有林において薪炭材を採取してきた関係から大正の頃に営林署においてこの慣行を制度化して薪炭材の払下げをすることになつたこと、
(ロ) そのため部落民が次の二つの組合を作り、その組合員が次のような方法で薪炭材の払下げを受けてきたものであること、即ち、
(A) その一つの組合は、右四部落民のうち、当時分家で田畑や山林の所有の少い人達で作つた赤石製炭実行組合という組合で、以来それに所属する組合員が毎年赤石川の上流にある国有林から稼業用薪炭材の払下げを受けてきたものであること、
右の稼業用薪炭材というのは、その払下げを受けた右組合員がその木材で炭又は薪を作り、その生産した薪炭を売却して収入を得その収入を生活費の足しにさせるために営林署が払下げる立木のことであつて、赤石製炭実行組合の組合員は、その払下げの都度グループを組んでその代表者名で各グループ毎に或る範囲の稼業用薪炭材の払下げを受け、その払下げを受けた立木をそのグループの組合員が共同で伐採し、炭材は山元で共同で製炭し、薪材は共同で赤石川の上流から下流の部落まで流送したうえ、その生産した炭、薪を共同で売却し、その売却した代金を分配してこれを生活費としていたものであること、
右木材の流送は、毎年その払下げを受けた年度の翌年の八、九月頃に、即ち赤石川の水量が多く且つそれがほゞ一定し、流れの安定する右の時期に行つてきたものであること、
その後大然部落が災害に会つた昭和二〇年頃に右の赤石製炭実行組合は、一ツ森部落の者及び大然、鬼袋部落の者とが入つている一ツ森製炭実行組合と種里部落の者及び鬼袋部落の者一名が入つている種里製炭実行組合の二つの組合に分れたが、それ以後も稼業用薪炭材の払下げを受けてきたのは右両実行組合に加入している組合員だけであつて、両実行組合の組合員が従前と同様の方法で稼業用薪炭材の払下げを受け、赤石川本流の流送をなしてきたものであること、
(B) 他のもう一つの組合は、大正一三年四月に作られた委託林組合(森林保護組合とも言う。)という組合で、これは従前四部落民が赤石川の支流である佐内沢沿いの国有林から薪炭材を採取してきた関係から、営林署が右佐内沢沿いの国有林の一定範囲(約五〇〇町歩位)の保護を四部落民で作つた委託林組合に委託し、その委託した範囲の国有林から右組合の組合員に毎年自家用薪炭材の払下げをすることにしたものであること、右の自家用薪炭材というのは、その払下げを受けた者が自宅で使用する炭又は薪を作るために払下げる立木のことであつて、右委託林組合には、前記四部落民のうち俸給生活者等を除き、炭又は薪を生産できる労力のある人が加入していた(前記の製炭実行組合の組合員も加入できる。)ものであること、
そして右委託林組合に加入している組合員は、その払下げの都度グループを組んでその代表者名で自家用薪炭材の払下げを受け、その払下げを受けた立木は、その立木のまま払下げを受けたグループの組合員において分配し、その後は分配をうけた各自が個人個人でその分配を受けた立木を伐採して炭材は山元で製炭し、薪材は払下げを受けた翌年の四月下旬から五月上旬の雪解けで佐内沢の水量が多くなつている時に佐内沢に流し(弁論の全趣旨に徴すると佐内沢の流水量は本件ダムの建設により何ら影響を受けないものであることが窺われる。)佐内沢と赤石川の合流点から約二〇〇メートル位上流の地点即ち右合流点から佐内沢の上流に向つて約二〇〇メートル位の佐内沢の沿岸地点まで佐内沢を流し、右の佐内沢の沿岸地点でこれを陸揚げし、そこから自宅まで陸送してきたものであること、
右委託林組合は昭和二九年に種里共用林野組合と改められたこと、が認められ、前記証人及び本人の供述中右認定と異る趣旨の部分は右二つの払下げ或は流送関係を区別しないで述べているか或は事実に反するかの何れかであつて採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(3) 以上認定の事実によると、稼業用の薪炭材を毎年赤石川の上流から部落まで流送してきたのは、赤石川上流の国有林においてその払下げを受けた赤石製炭実行組合、一ツ森製炭実行組合、種里製炭実行組合の組合員であることが明らかである。
そして右赤石製炭実行組合は昭和二〇年頃に一ツ森製炭実行組合と種里製炭実行組合とに分れ、それ以後は右両製炭実行組合の組合員において従前どおり引続き赤石川の流送を続けてきたものであり、また稼業用薪炭材は右製炭実行組合の組合員においてのみその払下げを受けられたものであつて、結局本件ダムの建設当時まで引続き稼業用薪炭材の払下げを受け、それを赤石川の上流から部落まで流送して流木上の利益を得てきたのは一ツ森製炭実行組合及び種里製炭実行組合の組合員のみであるから、本件ダム建設当時、赤石川の本流につき右稼業用薪炭材の流木による慣行上の流木権を有した者があるとすれば、それは右両製炭実行組合の組合員にほかならないものといわねばならない。
(4) しかるところ、第二選定者らの殆んど大部分の者が終戦後本件ダムの建設当時まで流木の実績がなかつたものであることは控訴人らの自認するところである。
そこで第二選定者の一部に右製炭実行組合の組合員として稼業用薪炭材の払下げを受け流送してきた者があるかどうかについてみると、甲第三八号証(甲第二二号証)中には第二選定者のうち六名の者が昭和二一年から昭和二九年まで、或は昭和二七年から昭和二九年まで流木の実績があつた旨の記載があるけれども、本件に顕われた全証拠によるも、それが稼業用薪炭材に関するものであることが明らかでないのみならず、原審証人石岡恒次郎、同清野兵司の各証言及び原審における控訴本人工藤樵三の本人尋問の結果等に徴すると、これが如何なる資料に基づいて作成されたものか明らかでないだけでなく、その記載も正確なものではないことが認められ、また甲第三九号証、同第四〇号証に記載の払下関係者の記載も、原審における控訴本人七尾平次郎め本人尋問の結果によると、稼業用薪炭材に関するものではないことが窺われるから、これらの書証によつては、第二選定者のうちに一ツ森製炭組合及び種里製炭実行組合の組合員であつて、その組合員として昭和二〇年頃以降本件ダム建設当時までの間に稼業用薪炭材の払下げを受けこれが流送をなしてきた者がいることを認めることはできないし、他に右のような事実を認めるに足る証拠はない。
却つて原審証人清野兵司、同太田美二の各証言とこれによつて成立を認めうる乙第三号証、原審における控訴本人工藤樵三の本人尋問の結果を綜合すると、工藤勇外七〇名の代理人をも兼ねた太田美二及び清野兵司は昭和三二年二月一四日被控訴会社から本件発電事業のこれら七三名に対する流木事業に及ぼす一切の損失に対する補償として金一、三五〇万円をうけることとし、その旨契約して右一、三五〇万円の流木補償を受けたものであるところ、終戦後本件ダム竣工当時まで継続して稼業用薪炭材の払下げを受け、これが流送をなしてきたのは右補償を受けた七三名のうち第二選定者の三名即ち清野隆導(控訴人)、清野健作、佐藤勝雄を除く七〇名のみで第二選定者のうちには右のように稼業用薪炭材の流木をしてきた者はいないこと、右清野隆導、清野健作、佐藤勝雄の三名が右のように七〇名に混つて流木補償を受けたのは、その三名が稼業用薪炭材の流送をなしていた者ではないが、製炭実行組合の組合員達が稼業用薪炭材の流木をなすにつき本件ダム建設のため川の工事をなす必要があつた際に人夫としてその工事に参加してくれたので、便宜補償の対象者に加えたにすぎないものであることが認められる。
(5) そうすると、第二選定者らは、製炭実行組合が一ツ森製炭実行組合及び種里製炭実行組合となつた昭和二〇年頃以降本件ダムの建設当時まで、右両製炭実行組合の組合員として稼業用薪炭材の払下げを受けこれが流送をなした事実は全然なかつたのであるから、第二選定者らは、本件ダム建設の当時、赤石川における稼業用薪炭材の流送につき流木上の権利、利益を有しなかつたものといわなければならない。
もつともその方式及び趣旨から公文書であつて真正に成立したものと認められる甲第二〇号証及び当審における控訴本人七尾平次郎の本人尋問の結果(第一回)によると、第二選定者のうちには本件ダム建設後に新たに右製炭実行組合に加入し、昭和三一年度に稼業用薪炭材の払下げを受けた者もいることが認められるけれども、本件ダム建設後に新たに流送を始める者は、本件ダムの建設により赤石川の流水量が減少しているという現状の下において、その状態において得られるところの流木上の利益を享受し得るにすぎないものであることはいうまでもないところであり、甲第一号証の協定の流木補償条項がかかる者に対しても流木補償をするとの趣旨でないことは前述のとおりであるから、かかる者は本件ダムの建設により損失を蒙つたとしてその補償を請求することができないことは当然といわなければならない。
(6) 以上のとおりであつて、第二選定者らは、本件ダムの建設当時、赤石川における稼業用薪炭材の流送につき流木上の権利、利益を有しなかつたのであるから、第二選定者らの蒙つたと主張する損失は結局損失補償の対象となる損失には当らないものといわなければならない。
してみると、第二選定者らは損失補償の対象となる流木上の損失を蒙つた者とは言えないし、したがつて被控訴会社において第二選定者らに流木上の損失補償をなすべき義務はないものというべきであるから、第二選定者らの本件流木補償の請求も、各人の損失額について判断するまでもなく、この点において理由がないものといわなければならない。
五、叙上の次第で、結局本件選定者らの甲第一号証の協定及び甲第一三号証の契約の漁業補償条項、流木補償条項に基づく損失補償の請求はいずれも理由がないものであるから、これを棄却すべきである。
第二、不法行為に基づく損害賠償の請求について、
一、次に不法行為に基づく損害賠償の請求について判断するに、一般に不法行為が成立するためには、他人の権利、利益を違法に侵害したものであることが必要であるから、先づ本件ダム建設を含む本件電源開発行為が本件選定者らの権利、利益を違法に侵害したものか否かについて検討すると、
(1) 前述のとおり被控訴会社がその電源開発計画即ち青森県西津軽郡赤石川上流にダムを建設しその流域を変更してその流水を追良瀬川を経て笹内川に注水し、これらの流水を集めて大池に導き、ここから日本海に放流するまでの間に、大池第一、同第二及び松神の三水力発電所を建設する電源開発計画に基づき、右三水力発電所の建設を行い、昭和三一年三月その建設を完成し、以後右発電所で発電事業を行つていることは当事者間に争いがなく、本件ダムの建設により赤石川の流水量が減少するものであることは弁論の全趣旨に徴して明らかであるが、右電源開発のための赤石川の水利使用については、被控訴会社において昭和二七年一〇月三〇日に青森県知事の許可を受け、また右電源開発工事の実施については昭和二八年一二月一四日に同知事の認可を受けているものであることも当事者間に争いがないところであるから、被控訴会社が本件ダムを建設して赤石川の流水を利用し電源開発事業を行うこと自体は適法であつて、この点に違法があるとは認められない。
(2) もつとも本件ダムを建設して電源開発事業を行うこと自体は右のように行政官庁の許、認可を受けた適法なものであつても、それは公の関係において適法であるというに止まり、行政官庁の許可又は認可があつたからといつてすべての面において違法性が阻却されるというものではないから、行政官庁の許可又は認可の条件になつていると否とにかかわらず、それが一般私人の権利を侵害するものであり且つその権利侵害によつて社会概念上受忍すべき限度を超えた損害を与えるものである場合には、その被害者との関係では違法行為となり民法上の不法行為を構成するものと解すべきであるが、本件において本件選定者らは、本件ダムの建設当時、その主張のような侵害を受くべき漁業上又は流木上の権利、利益即ち第一選定者らは漁業上の、第二選定者らは流木上の権利、利益を有しなかつたものであることは前に認定判断したとおりであつて、したがつて被控訴会社の赤石川の水利使用により本件選定者らは何ら漁業上、流木上の権利、利益を侵害されたものではないのであるから、本件ダムの建設を含む本件電源開発行為は何ら不法行為を構成するものではないといわねばならない。
(3) 控訴人らは、本件赤石川の水利使用を許可するに当り青森県知事はその命令書の第九条において、被控訴会社に対し「この事業のため灌漑、流木その他の水利及び漁業に支障を来たし又はその虞あるときは、許可を受けた者は、関係者と協議して水路の改築その他適当の方法を講じなければならない」旨命じているところ、右条項は慣行上の漁業、流木に対しても補償その他の措置を講ずべきことを命じているものであることが明らかであるから、被控訴会社が本件選定者らに対しその損害の補償をしないで本件ダムの建設を行つたことは右命令に違反し違法であり、本件ダムの建設は法規違反であつて違法行為であるから、不法行為が成立する旨主張するけれども、青森県知事の右命令が本件選定者らのように何ら侵害される漁業上、流木上の権利、利益を有しなかつた者に対しても補償すべきことを命じたものとは到底解されないから、被控訴会社が本件選定者らに補償しないで本件ダムを建設したからといつて右命令に違反した違法があるということはできない。控訴人らの右主張は理由がなく採用できない。
(4) なお控訴人らは、本件のような場合に本件選定者らに補償をしないでダムを建設することは、全体的、社会的にみて許容されない行為であるから、公序良俗に反し違法であり、不法行為の成立を免れない旨主張するが、赤石川につき漁業上又は流木上の権利、利益を有しなかつた本件選定者らに補償しないでダムを建設したからといつて、これが公序良俗に反するものとは認められないから、控訴人らの右主張も採用の限りでない。
二、してみると、控訴人らの不法行為に基づく損害賠償の請求も、既に右の点において理由がないから棄却を免れないものといわねばならない。
第三、以上のとおりであつて、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないから、本件控訴を棄却し、なお当審において選択的に追加した不法行為に基づく損害賠償の請求もこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条、第九三条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判官 松本晃平 伊藤和男 佐々木泉)