仙台高等裁判所 昭和44年(ネ)333号 判決 1970年7月01日
控訴人 国
訴訟代理人 村重慶一 外三名
被控訴人 渡辺金物株式会社 外一名
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴渡辺金物株式会社に対し金五八万三、七〇八円、被控訴株式会社前川金属工業所に対し金二〇万〇、六〇三円、及び右各金員に対する昭和四〇年八月一五日より完済までいずれも年五分の割合による金員を支払え。
被控訴会社らのその余の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じて八分し、その二を被控訴渡辺金物株式会社の負担とし、他の一を被控訴株式会社前川金属工業所の負担とし、その余を控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴会社らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴会社らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠関係は、左記のほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、ここに引用する。
一 控訴代理人は、
(一) 有体動産の強制競売においては、執行吏が評価額以下で競落を許可しても、注意義務に違反し違法性を帯びるものではなく、競買申出価額が社会通念上不相当に低額で、且つ、再度の競売又は任意売却の方法によつてより高価に売却できる見込が十分にあるにも拘らず、これが競落を許可した場合に、初めて執行吏の注意義務違背となり、違法性を帯びることとなるのである。
本件における宗川執行吏代理の差押物件に対する評価額は、逐一現物と照合して為されたものではなく、執行債務会社安河屋金物店が昭和三九年六月下旬に行つた棚卸にもとづく所謂棚卸帳簿記載の価額を基準とし、棚卸より差押(同年一〇月一一日)までの間における出庫数量を考慮して、一率に三割を減じて算出した価額であり、棚卸から差押までの間の同年八月二三日の水害による差押物件の冠水にもとづく商品価値の下落を参酌していないのであるから、妥当な評価額とは称しがたく、加ふるに、差押から競売期日までの間に何人かによつて差押物件の一部(トラツク三台分位の積載量に相当する)が搬出されていることと、競落人が競落物件を金四〇万円で転売している事実を併せ考えれば、執行吏代理が最高価申出価額金一七万円をもつて競落を許可しても、社会通念上不相当に低い価額で競落を許したこととはならないものである。
(二) 執行債務会社及び執行債権会社は、差押から競落まで立会つていたにも拘らず、その間、いずれも執行手続に関して異議を述べたことがなく、却つて、競売は正当なものとして容認していたのであるから、禁反言の法理に照らし、執行債務会社は執行手続の瑕疵を主張し得ないものであり、従つて、執行債務会社に代位して本訴請求に及んでいる被控訴会社らも前示手続の瑕疵を主張することは許されないものである。
と述べた。
二 被控訴代理人は控訴人の前記主張に対し、
(一) 執行吏代理の評価額は、差押物件を点検せず、専ら執行債務会社の代表者に電話照会して為されたものであり、その評価額は不当に低額である。
控訴人の主張する冠水物件は、差押物件のうち地上に置いてあつた風呂釜、釘墫、トタン板僅少のものであり、それとても使い物にならぬ程の冠水ではなく、差押物件全般から見れば、殆んど被害がなかつたに等しいものである。また、差押物件と競売物件は同一物件であつて、差押から競売期日までの間に物件の一部が搬出された事実はないのである。
本件差押物件は一括競売に付されたものであるが、その競落代金一七万円が社会通念上不当に低額であることは、競売調書記載の箇々の競売物件とその最高価競売価額とを対比すれば容易に判明するところである。
(二) 本件強制執行は注意義務に著しく違反した無効な執行とも言うべきものであるが、被控訴会社らは執行手続の瑕疵そのものを主張しているのではなく、その瑕疵に因り執行債務会社に与えた損害の賠償を求めているものである。
と述べた。
三 証拠関係<省略>
理由
請求原因一、二項記載の事実は当事者間に争いがない(但し、原判決添付物件目録(二)記載の差押番号、品目「一六三」「釜羽」は、成立に争いのない甲第八号証に照らし「一六四」「釜羽」の誤記と認められるので、そのように訂正し、以下差押番号を一番宛繰下げる)。
当裁判所は原審と同じく、被控訴会社らがいずれも執行債務会社安河屋金物店に代位して本件損害賠償請求権行使の要件を具備しているものと判断するので、原判決の理由記載をここに引用する(原判決一一枚目裏八行目から一二枚目表三行目まで)。そこで、先ず差押から競売までの経過を検討し、次いで不法行為の成否について論及することにする。
一 執行の経過
<証拠省略>を総合すると(但し、甲第九号証の記載及び右各証人の証言中後記措信しない部分を除く)、
(一) 宗川執行吏代理(執行官法施行前の官職名による。以下同じ)は昭和三九年一〇月一一日午前九時三〇分頃執行債務会社安河屋金物店の第一ないし第三倉庫に臨み、差し押えるべき物件を一見したところ、予想を遙かに上廻わる厖大な数量であつたことと、それが雑然と格納されていたため、差押に立会つていた執行債権会社代理人に対し、右物件を倉庫内で逐一点検することは極めて困難である旨を伝えたところ、同代理人から差押物件保管替の申請がなされると共に、それに要する人夫、トラツクの配慮方も依嘱されるに至つたので、人夫一〇名、トラツク二台を集め、同日午后二時頃から第一倉庫内の物件を逐次搬出し、搬出の都度その品名と員数を点検してトラツクに積み始めたのであるが、間もなく、執行債務会社代表者から、厖大な物件を一々点検して評価していたのでは長時間を要するばかりではなく、白昼このようなことをされては会社の信用にもかかるから、保管替を中止して貰い度き旨の要請があり、執行債権会社代理人がこの要請に応じて保管替の申請を取り下げるに至つた。
そこで、執行当事者及び執行吏代理は、差し押えるべき物件とその員数をいかに特定して評価すべきかを話し合つた結果、執行債務会社が第一ないし第三倉庫内の商品につき昭和三九年六月下旬実施した棚卸にもとづき、その際作成した棚卸帳に記載されている商品、数量、卸売価格から三割を減じたもの(棚卸から差押までの間に出庫した商品量を三割と推定した)をもつて差押物件、員数、評価額とすることに決定したので、即刻執行吏代理は第一ないし第三倉庫の出入口に施錠し、各庫内の商品を差し押えた。そして、執行吏代理は執行債務会社代表者から交付された前示棚卸帳を持ち帰えり、これを基準として前示約定の評価額算出の方法に則り、なお不明の点は執行債務会社に問い合せるなどして、差押物件とその員数及び箇々の差押物件に対する評価額を算定し(差押物件を点検せずして評価したことは当事者間に争いがたい)、数日を費して差押調書を作成した。右調書に記載された評価額総計は金四〇〇万七、七〇二円であるが、この評価額には、棚卸から差押までの間の同年八月下旬に郡山市を襲つた水害による前示在庫品の一部冠水にもとづく商品価値の下落が斟酌されていなかつたものである。
(二) 執行吏代理は競売期日たる昭和三九年一〇月二四日午前八時頃執行債権会社代理人らと共に第一ないし第三倉庫内の差押物件を見て廻つたところ、競売物件が差押当時に比してかなり減少し、また、水害のため腐蝕したものと思われる物件が混在していることが判明したが、競売物件が大量のため、これを前示差押調書と比照して点検しなかつた。
次いで、執行吏代理は競売場所たる執行債務会社の店舗二階において、競売の実施に先んじ、執行債権会社代理人に対し、競売物件を一括して買い取つてはどうかと勧め、その価格を金一〇〇万円程度まで下げたが、右代理人がこれに応ぜず、他面、同席していた執行債務会社代表者から競売実施を要望されるに及んで、競売を実施するに至つた。
競売の実施に当り、執行吏代理は参集した執行債務会社代表者、執行債権会社代理人及び執行債権会社方の職員三名、訴外記野亨に対し、競売物件を一括して競売する旨を告げたが、何人からも異議が出なかつたので、これを一括競売に付して競買の申出を催告した結果、先ず執行債権会社方の職員から金一〇万円との競買価額の申出があり、次いで、記野亨が金一一万円とせり上げたのをきつかけに、金一万円単位でせり上がつていつたが、結局、金一七万円の最高価申出人記野亨に対し競落の告知がなされ、直ちに競落物件は代金と引換に同人に引渡された。
そして、競売調書は、記野亨からの競落物件名と員数の報告をまつて競落告知後数日を経て執行吏代理が作成したものであるが、そこに記載されている評価額合計金一七八万九、三三三円は、前示差押調書記載の箇々の評価額を基準とし、競売物件の員数に比例して執行吏代理が算出したものである。
(三) 而して、
(イ) 前示水害により冠水した在庫商品の量は約三分の二に達し、冠水した商品の価値は慨ね半値に下落するに至つた。
(ロ) 記野亨は競落後四日を経て競落物件全部(その量はほぼトラツク一〇台分の積載量に相当する)を金四二万円で転売した。ことが認められ、<証拠省略>中右認定に反する部分は信用しがたく、また、甲第一号証の差押調書謄本に添付されている物件目録は、その目録の様式からみても競売調書に添付すべき物件目録であり、差押番号も一貫していないのであるが、前掲甲第二、第八号証の競売調書謄本及び差押調書謄本に添付されている各物件目録と<証拠省略>を併せ考えると、執行吏役場の事務員が誤つて競売物件目録の写しを甲第一号証の差押調書謄本に添付して交付したことが認められるので、甲第一号証をもつて差押物件の品名、員数、評価額が競売物件のそれと同一であるとは認めがたく、ほかに右認定を左右するに足りる証拠はない。当事者双方の各主張事実中右認定に反する部分は、前示各証拠に照らしていずれも採用できない。
二 不法行為の成否、
この点に関する被控訴会社らの主張は、宗川執行吏代理が、差押当時合計金五三八万八、八一一円以上の価格を有する原判決添付物件目録(一)ないし(三)記載の差押物件を金一七八万九、三三三円と不当に低く評価し、その物件を評価額の一〇分の一にも満たない金一七万円で競落を許可したことは、少くとも過失による違法な強制執行であり、そのため、執行債務会社に金五二一万八、八一一円の損害を与えるに至つた、と言うにあるから、先ず評価額の当否と不法行為の関係、次いで競売実施の適否と不法行為の関係について検討してみることとする。
(一) 評価額の当否と不法行為、
差押有体動産を評価するゆえんは、執行債権及び執行費用を償うに必要な限度を超えて差押が為されることを防止する点に主眼が置かれているのであるが(民訴法第五六四条第二項参照)、同時に、差押物件の換価における一応の換価目標たる点にもあるものと考えられる。前者については本件に直接関係がないので暫くおくこととし、後者について考察してみると、評価額は最低競売価額を示すものではなく、換価における一応の目安であるから、それが不当に低額に評価されているからと言つて、直ちに執行債務者の財産権を侵害したこととはならないのである。けれども、競売物件の評価額は最高価申出価額の当否を判定する尺度たる機能を有するものと理解されるところであるから、執行吏は競売物件を先ず評価し、その後に競売を実施すべきは言うまでもなく、その評価も不当に高額若くは低額に失すれば、測定機能を失うこととなるので、その額は社会通念上妥当性のあるものでなければならないものである。それ故に、時として、差押物件が妥当な価額で競売されたか否かにつき粉争を醸した場合には、改めて評価額の当否が検討されなければならない事態も生ずるのである。
ところで、評価額の認定につき、執行吏は差押物件中に高価品があるときは鑑定人に評価させなければならないが(民訴法第五七三条参照)、その余の場合において、差押物件を鑑定人に評価させるか否か(改正前の執行吏執行等手続規則第三二条(執行官手続規則第三二条)参照)、或いは、執行吏自から評価する場合に如何に判断すべきかは、いずれも執行吏の裁量に委されているところである。しかしながら、その裁量は、決して奔逸的な、専恣的な判断にもとづく裁量を許容するものではなく、執行吏の職務上の知識、経験と社会常識に立脚した判断にもとづく裁量でなければならない。また、執行吏が評価するには差押物件を逐一点検してなすべきものである。しかし、点検が極めて困難な特殊な事情にあり、しかも、点検と同程度の効果をもたらすような方法が他にあるときは、例外的に、その便法を採用することも亦許されて然るべきものと考えられるのである。
これを本件についてみるのに、
(イ) 原判決添付物件目録(一)ないし(三)記載の物件に照らせば、差押物件中に鑑定人の評価を必要とする高価品のないことが明らかであり、また、同目録(三)記載の物件のごときは特殊なものではあるけれども、次に述べるような特殊な事情のもとにおいては、差押物件を鑑定人に評価させる必要がないのである。
(ロ) 宗川執行吏代理は、差押物件を点検せずに、棚卸帳に準拠して評価したものであるが、前示一の(一)において認定したように、差押物件を逐一点検して評価しがたい特段の事情があつたことと、執行債務会社の在庫商品(差し押えるべき物件)の品名、数量、価格をほぼ正確に把握するに足りる棚卸帳があつたことに鑑みれば、執行吏代理が執行当事者双方の諒解のもとに、棚卸帳記載の卸売価格に準拠して評価額を認定しても、違法な評価方法若くは不当に低い評価額とは言えないのである。
尤も、競売物件の評価額金一七八万九、三三三円は、競落告知後数日を経て認定されたものであつて、競売実施前に評価されていなかつたのであるから、手続上違法ではあるが、評価額そのものについては、前示一の(一)、(二)において認定したように、競売物件が差押当初から差押物件の一部として存在し、差押当時既に評価されていたものであり、後日員数の不足に応じ、差押物件の評価額を修正して競売物件のそれと認定したに過ぎない点に思いを致せば、差押物件の評価額が不当に低額と言えないと同様に競売物件のそれも不当に低額とは言えないのである。
(ハ) 被控訴会社らは、評価額の当否につき、差押当時金五三八万八、八一一円以上の価額を有する競売物件を前示のごとく金一七八万九、三三三円と評価したのは不当に低額である、と主張するところであるが、その主張にかかる金額は、<証拠省略>に照らし、前示棚卸帳以外の証拠資料にもとづくものであることが明らかなところ、被控訴会社らは執行債務会社に代位して本訴請求に及ぶものであるから、競売物件の評価が、執行債務会社自から評価額算定の基準として提出した棚卸帳にもとづいてなされている以上、棚卸帳以外の資料にもとづいて右評価額を難詰することはできない筋合であつて許容しがたい主張である。
(ニ) 競売物件の評価額に冠水による商品価値の下落が斟酌されていないことは前示一の(一)、(二)において認定したとおりであるが、同一の(三)、(イ)において認定したごとく、在庫商品の約三分の二が冠水し、冠水した商品の価値が慨ね半値に下落したのであるから、この事実に照らせば、競売物件のうち三分の二が冠水し、冠水した物件の価値は半額に下落したものと推認されるので、この価値下落を斟酌して競売物件全体の評価額を金一一九万二、八八九円(円位未満四捨五入、以下同じ)と認めるのが相当である。
これを要するに、執行吏代理の競落物件に対する評価額は、被控訴会社ら主張のごとき不当に低額なものではなく、却つて、控訴人主張のごとく些か高額に失するものであり、一一九万二、八八九円をもつて妥当な評価額と看るべきものである。
(二) 競売実施の適否と不法行為、
公の競売は公告された日時、場所において実施されるものであり、たとえ競買人が唯一人しか参集しなくとも、期日変更の事由(前掲手続規則第三八条第一項(現行手続規則第三八条第一項)参照)がない限り、競売期日は開かなければならないし、競売物件の価格は、結局、需要者である競買人によつて決定されるのであるから、評価額に満たない最高価競買申出人に対して競落告知がなされても、ただそれだけでは違法な執行行為と言えないのである。
しかしながら、執行吏は競売物件をより高価に売却すべき職責を有するのであるから、執行当事者にとつて甚だしく不利益な方法で競売を実施したり、或いは、最高価申出価額が評価額に照らし著しく低額であることが明白であるのに、唯一度の競売実施により競落を告知することは、職責違背の違法な執行行為と言わなければならない。即ち、
(イ) 競売は各物件毎に一々呼び上げ、実物を示して行うのが原則であり(前掲手続規則第四一条第二項(現行手続規則第四一条第二項)参照)、そうすることが慨ね物件を高価に売却する方法であつて、執行当事者の利益を譲ることとなるものであり、一括競売に付するを相当と認める場合でも、右の原則に則り、できるだけ個別に売却可能な物件は他の物件から選別して売却し、選別すべき物件がない場合は、品目、品質等に応じて区分し、その区分毎に一括競売に付するなど、その事実、事案に応じて考慮を払い、執行当事者に不測の損害を与えることのないように注意すべきであり、また
(ロ) 競売期日における最高価申出価額が評価額に比し、或いは、社会常識に照らして不相当に低額なときは、競落を告知すべきではなく、一度は期日を続行して競売を実施すべきものであり、続行期日における最高価申出人に対して競落を告知して然るべきものと考える。
これを本件についてみるのに、原判決添付物件目録(一)ないし(三)記載の物件に照らせば、競売物件中には諸々の家庭用金物や建材が含まれており、比較的高値の物件も多々存在し、また冠水した物件と然らざる物件とがあつたのであるから、せめて、比較的高価と目される物件は選別して個別に売却するとか、或いは、家庭用金物と建材とは区分し、又は、冠水した物件と然らざる物件とを区別して、それぞれ区分別に一括競売に付するなど、何らかの工夫、考慮が払われて然るべきものであつたのに、執行吏代理は不注意にもそれ等の努力も考慮も払わず、漫然として第一ないし第三倉庫内の物件を一括競売に付したのであるから、その執行行為は職責に違背した違法な行為と言うべきものである。
執行吏代理は競売物件が差押当時に比しかなり減少し、差押調書記載の品名、員数、評価額と競売物件のそれとが多分に相違していることを知悉していながら、競売物件を改めて評価せずしてこれを一括競売に付したのであるから、最高価申出価額の当否を判定するに由なく、その実施が違法であることは言うまでもないが、それはともかくとして、いかに冠水により商品価値が下落したとは言え、前示一の(三)、(ロ)において認定したごとく、ほぼトラツク一〇台分の積載量に匹敵する家庭用金物、建材類等の商品を、僅か金一七万円の価額で競落を告知することは、競売物件の品名、員数自体に照らし、著しく社会常識に反した不相当に低額な最高価申出価額を容認した違法があるのみならず、前示一の(二)おいて認定したように、執行吏代理は競売の実施に先んじて執行債権会社代理人に対し、金一〇〇万円程度で競売物件の一括買取方を慫憑していることに鑑みれば、これ等の物件が通例金一〇〇万円程度で競売可能な物件であつたことが認められると共に、執行吏代理自身も競落代金が不当に廉価であり、再度の競売により更に高価に売却できる可能性のあることを感知していたものと推認するに難くないところであるから、これを唯一度の競売の実施で、競落を告知することは職責に違背した違法な執行行為と言わなければならない。
以上のように、執行吏代理は競売物件の評価額も把握せず、盲目的にこれを一括競売に付した結果、金一一九万二、八八九円相当と評価される物件を、不注意にも、その一割四分強程度にしか当らぬ金一七万円の最高価競買人に付して競落を許可したのであるから、その許可処分は、社会通念上不相当に低額な競落代金を認容し、もつて、執行債務会社の財産権を不法に侵害したこと明らかである。
三 損害額及び賠償額の認定、
競売物件の評価額が不当に低額でなく、しかも、最高価競買価額がその評価額に達していれば、執行行為の適否にかかわりなく、執行債務者としては損害を蒙つていないこととなる。そこで、違法な競落許可による損害額認定の基準は、特段の事情が介存しない限り、競売物件の評価額にこれを求めるを相当と解する。然るときは、本件における競売物件の評価額が金一一九万二、八八九円をもつて相当とすることは、前示二の(一)、(ロ)、(ニ)、において説示したとおりであるから、右金額をもつて執行債務会社の蒙つた損害額とみるべきものである。
(一) ところで、前示一の(二)において認定したごとく、執行債務会社代表者は競売の実施に立会つていたのであるから、たとえ強制執行についての知識、経験がなくとも、商取引上の経験則及び一般常識に照らし、第一ないし第三倉庫内の商品全部を一括して競売されれば、高価な商品も他の商品と共に二束三文で売却の憂目にあい、執行債務会社が甚だしき不利益を蒙ることは容易に判定できた筈であり、また競落代金一七万円が非常に低い価額であることも瞭然としていたのであるから、執行吏代理の一括競売の告知に対し、また、最高価競買申出価額の呼び上げに対して異議、不服等を申し立て、もつて執行吏代理に再考を促して然るべきものであつた。然るに、右代表者は執行吏代理の前示執行行為を看過し、ただ黙然と競売に立会い、遂に競売の完了をみるに至つたのであるから、損害の発生を未然に防止しようともしなかつた執行債務会社のかくのごとき不作為も、また、損害発生の一因をなすものであり、損害発生原因に対する同会社の責任比重を二〇パーセントと認め、これを賠償額算定に当り、斟酌するを相当とするところであるから、結局、その額は金九五万四、三一一円と算定され、これより競落代金一七万円を控除した金七八万四、三一一円が執行債務会社に対する賠償額である。
(二) 右賠償額を被控訴渡辺金物株式会社(債権額金一一六万六、九九八円)と同株式会社前川金属工業所(債権額金四〇万一、〇六六円)に対し、債権額に応じて按分すれば、前者は金五八万三、七〇八円、後者は金二〇万〇、六〇三円と算定される。
(三) そこで、控訴人は国家賠償法第一条第一項の規定に従い、執行吏代理が職務遂行中に過失に因り執行債務会社に与えた損害の賠償金七八万四、三一一円を、執行債務会社に代位して本訴請求に及んでいる被控訴会社らに対し右認定のそれぞれの按分額とこれに対し、本件記録に照らして本訴状副本送達の翌日であること明らかな昭和四〇年八月一五日よりいずれも完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき責任があることとなる。
以上のような次第で、被控訴会社らの本訴請求は前示認定の限度でこれを正当として認容すべきも、その余はいずれも失当として棄却すべきものであるから、原判決は右認容の範囲でこれを変更することとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第九二条、第九三条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田中隆 牧野進 井田友吉)