仙台高等裁判所 昭和44年(ネ)439号 判決 1971年3月22日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決を取り消す。青森地方裁判所昭和四三年(リ)第七号配当事件につき、同裁判所が作成した配当表を取り消し、金七四万一、三四一円全部を控訴人に交付するものと更める。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の主張並びに証拠関係は、つぎの事項を付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
(控訴代理人)
一 被控訴人畑中久一に配当すべからざる理由について。
1 訴外下山勇太郎は昭和四二年一月ころ倒産し、それ以後は土木請負をしていなかつたものである。
2 しかるに、下山の倒産後、被控訴人畑中久一は下山の名義を借り、他より新規に請負工事の依頼を受け、これを遂行してきたものであり、同被控訴人の地位は実質上事業主であつて、下山の被傭者ではない。したがつて、自らの事業について昭和四二年九月一日以降下山に対し債権を有するいわれはなく、いわんや給料債権として先取特権付の債権を生ずることはまつたくない。
二 被控訴人堀春栄に配当すべからざる事由について。
同被控訴人は自ら数台のトラツクを有し、運転手を雇用しトラツク運送業を営みきたものであつて、下山または被控訴人畑中に対し運賃債権を取得することは格別、給料債権を取得するいわれはない。現に乙第二、第三号証にも同被控訴人の氏名はまつたく現われていない。したがつて、先取特権を行使しうべき限りでない。
三 被控訴人天間金四郎、同〓田正一、同天間金一、同天間金之丞、同天間仁太郎に対し配当すべからざる事由について。
1 同被控訴人らは、被控訴人畑中久一に雇われて田名部病院わきの整地工事に従事していたものである。右整地工事は訴外野口久信が訴外東正見に注文し、東が畑中に下請させたものであり、昭和四二年九月をまたず完成しているものであつて、この工事に被控訴人天間金四郎以下五名が同年一一月まで従事するはづがない。
したがつて、同被控訴人らは配当を受くべきいわれはない。
2 なお、和解および債権差押取立命令申立の委任状に押捺されている同被控訴人らの印は同一の印章をもつて数人分を兼ねて押捺されている等不可解な点が多く、これは被控訴人畑中が勝手に適当に操作したものと推測されるのである。
四 被控訴人村市富芳に配当すべからざる事由について。
被控訴人天間金四郎、同〓田正一も同被控訴人のことを知らないし、同被控訴人は乙第二、第三号証にも全く氏名が現われておらず、同人は単に紙の上の存在にすぎず現実に給料債権を有するいわれはない。
五 なお、先取特権は(被控訴人畑中、同堀はもちろん被傭者でないから論外であるが)同被控訴人らを除くその余の被控訴人らの如く単に日雇労務者にすぎないものの賃金債権には存しないと解すべきである。
(被控訴代理人)
一 控訴人主張の前示一のうち、下山が昭和四二年一月ころ事実上倒産したことは認める。しかし、その後も下山の帳場の被控訴人畑中が下山の仕事を切りまわしていたものであり、同訴外人が下山の被傭者であることは明らかである。
二 同二のうち、被控訴人堀がかつてトラツク二台を有していたことは認めるが、運転手は同被控訴人と弟堀昭三である。
同被控訴人がトラツクで下山の資材を運んだこともあるが、主として下山の人夫すなわち被傭者として働いていたものであるから給料債権を取得するのは当然である。
三 同三の事実は争う。田名部病院わきの整地工事が完了したのは昭和四二年の一〇月か一一月である。
四 同四の事実は否認する。
五 同五の控訴人の主張は、民法の定める先取特権制度の精神を否定するものであつて採りえない。仮に控訴人主張の如く日雇労務者としても、同制度の下に保護さるべきである。
(証拠関係)(省略)
理由
当裁判所は、控訴人の本訴請求を棄却すべきものと判断する。その理由は、左記の点を付加するほか原判決理由と同じであるから、ここに引用する。
控訴人の当審における主張について。
一 訴外下山勇太郎が昭和四二年一月ころ事実上倒産したことは当事者間に争いがないけれども、前記認定のとおり、同人が一時現地を離れて上京した後は、その帳場として労務管理、資料調達、給料支給等の事務を担当していた被控訴人畑中久一が、下山の代理人として土木請負契約を結び、他の被控訴人らと共に工事に従事したのであるから、同被控訴人は事実上下山組の仕事を代行していたにすぎず、いぜんとして下山の被傭者であつたことは明らかであり、この認定に反する当審における控訴人本人の供述は措信できない。よつて、この点に関する控訴人の主張は理由がない。
二 被控訴人堀春栄がトラツク二台を有していたことは当事者間に争いがないけれども、前記認定のとおり同被控訴人は下山から運転手兼土工として雇用されていたことが認められるのであつて、この認定に反する当審証人〓勲の証言は前掲証拠と対比してにわかには信用できないし、乙第二、第三号証中に同被控訴人の氏名が現われていないことをもつては右認定を左右するに足りない。したがつて、その点に関する控訴人の主張は理由がない。
三 前示被控訴人〓田正一本人尋問の結果中、同被控訴人が畑中を親方すなわち雇主と思つていた旨の供述があるけれども、これは、前記認定したとおり下山の上京中、畑中が事実上下山組の請負工事を代行していたので、その間の事情を知らない同被控訴人が畑中を雇主と誤信したものと解せられるから、右供述から直ちに同被控訴人が下山に対して賃金債権を有しないと解することはできない。
また、同被控訴人および前示被控訴人天間金四郎の各本人尋問の結果中、同被控訴人らが、被控訴人堀春栄、同斎藤はま、同村市富芳が下山組で働いていたことは知らない旨の供述があるけれども、当時下山組は、同被控訴人らが従事していた田名部病院わきの整地工事のほか、前記認定のごとく東通村森林組合からの請負工事をも施行しており、右整地工事に従事していた同被控訴人らが他の工事現場で働いていた他の被控訴人らのことを知らないことも十分考えられるから、右供述は前記認定を左右する資料とするに足りない。
また、右整地工事は昭和四二年九月以前に完成したから、右被控訴人らが同年一一月まで稼働することはあり得ない旨の当審証人野口久信の証言は前掲証拠と対比してにわかには措信できない。
さらに、前示甲第二号証、同第四号証、被控訴人天間金四郎、同畑中久一各本人尋問の結果を総合すると、前記即決和解の申立および債権差押・取立命令の申立に添付された委任状中、被控訴人天間金四郎、同天間金一、同天間金之丞、同天間仁太郎の各名下に押捺された印影は同一であることが認められるけれども、これは天間金一がその父である金之丞、その息子である金四郎並びに天間仁太郎の同意と了解のもとに、便宜金一の印章を右各氏名下に押捺したものであることが認められる。そのほか、本件全証拠を検討しても、右各申立手続を被控訴人畑中が勝手に適当に操作したと認めることはできない。
よつて、以上の諸点に関する控訴人の主張は理由がない。
四 被控訴人村市富芳が下山に被傭されていたことは前記認定したとおりであつて、単に乙第三号証に同被控訴人の氏名が現われていないとの一事をもつて右認定を左右するに足りない。
五 民法三〇六条、三〇八条にいわゆる雇人とは雇傭契約に基づき継続的に労務を供給する労働法上のいわゆる労務者を指すものと解すべきところ、前記認定した事実によれば、被控訴人らはいずれも下山勇太郎に雇用され、継続的に労務に従事した労働法上のいわゆる労働者と認められるから、その給料債権について一般の先取特権を有するものと解するのが相当である。
よつて、この点に関する控訴人の主張は理由がない。
そうすると、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、控訴人の本件控訴は理由がないから民訴法三八四条によりこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。