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仙台高等裁判所 昭和44年(ラ)89号 決定 1970年5月18日

抗告人

小形辰雄

相手方

鈴木正雄

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消す。本件競売の申立を却下する。」というのであり、その抗告の理由は別紙のとおりである。

一右抗告理由の要旨は、不動産競売開始決定に表示された債権額(申立債権額)が現実に存在する債権額を超える場合において、これを理由として右決定に対し異議の申立がなされたときは、裁判所は現存債権額を超える部分につき、右開始決定を取り消し、かつ、競売を許さない旨を宣言すべきであるというのである。そこで按ずるに、

(一)  抵当権は、債権の全部の弁済を受けるまでその目的たる不動産全部についてその権利を行い得るものであることは、民法三七二条、二九六条の明定するところである。このことは、被担保債権の全部または一部が抵当目的物件全部によつてひとしく担保されていることを意味するであるから、被担保債権が一部でも残存する以上(債権の残存が債権の一部無効に基く場合たると、一部弁済による場合たるとを問わない。)、抵当権者は右債権の満足を得るため当該抵当物件全部(目的物件が一個たると数個たるとを問わない。)について抵当権の実行を申し立てることができ、裁判所も右申立がなされたときは右物件全部について不動産競売開始決定をなすべきものである。かりに抵当権者の申し立てた債権額が真実現存する債権額よりも過大であるとしても(例えば、残債権が一万円であるのに一〇万円の債権ありとして申し立てる場合の如き)、申立債権と同一性のある債権が一部でも存在する以上、抵当権者がその目的物件全部につき抵当権を実行する権能には何らの影響も及ぼすことはない。従つて右開始決定の段階において債権の過大性を問題とする余地はないのである。

(二)  次に、抗告人の右主張によると、当然その前提として、任意競売手続においては常に競売開始決定に際し債権額の確定(もちろん競売手続は実体上の権利の存否の確定を目的とするものではないから、右にいう確定とは当該手続内における確定を意味する。)を必要とするものといわねばならない。しかし、(1)もしそうだとするならば、任意競売手続においては常に債権額確定のための審理を要することになり、簡易迅速に換価満足を得させようする任意競売の趣旨目的に反するばかりでなく、任意競売に債務名義を必要とするのとひとしい結果を招来することになる。(2)競売開始決定後においても遅延損害金の増加、一部弁済等によりしばしば債権額に増減の生ずることがあり、それだからこそ抵当債権者は代金交付期日までに確定的な債権額の届出をすれば足りるものとされている(大審院昭和一五年一二月二四日判決新聞四六五八頁)わけである。(3)共同抵当の場合、先順位抵当権者は民事訴訟法第六九二条第一項により競落期日までに債権計算書を提出すれば足りるとされているのであるから、かりに開始決定の段階において申立債権額を確定してみても、まだ債権計算書が提出されていない以上、直ちに右債権額を超過する部分について競売手続不許の宣言をするわけにはいかない。従つて右債権額の確定は競落期日以後に持ち越されざるを得ない。(4)次に開始決定の段階においては未だ物件の価格を知りえない場合が多く、かりに知りえたとしても競落価格が逓減される事例は決して少くないから、右開始決定の段階で確定してみたところで、費用および債権の満足のためにいかなる物件につき競売手続を開始すべきかを判定することは極めてむずかしいものといわなければならない。このように考えてくると、右のように開始決定の段階で申立債権額を確定すべきものとすることは任意競売の性質構造と相容れないものというべく、現行競売法は、その手続構造からみると、手続の当初の段階において直ちに債権額の確定を図ろうとするものではなく、開始決定後における鑑定人の評価、競売価格と費用、申立債権額等を対比しながら、その見込によつて過剰競売を許さないこととし、最終的には配当もしくは代金交付の段階において、関係人の異議、協議を経て債権額および分配額を確定すべきものとしているのである。

(三)  さらに、任意競売開始決定には通常債権額が表示されているが、これは前述したところから明らかなように被担保債権額を確定する趣旨のものではなく、単に被担保債権がいかなる債権であるかを示したものに過ぎないのであるから、右決定に表示された債権額が現存の債権額よりも過大であつたとしても、そのゆえに直ちに右開始決定が違法となるものではなく、従つて右のような債権額の過大を理由として右競売開始決定の一部取消を求めることはできないものというべきである。もとより任意競売手続といえども、過大債権を主張して不当に弁済を受けることを容認するものではない。かような不当な行為は、過剰競売を理由とする競落許可決定に対する即時抗告、配当手続が開始されたときは配当表に対する異議、代金交付期日における異議等によつて是正される機会があるけれども、債務名義を必要としないこの手続の性質上債務者の救済方法としては必ずしも十分ではなく、最終的には右手続外において債務不存在確認または不当利得返還の訴によつて救済を求めるほかはない。

二しかるところ、抗告人は本件につき少くとも金一六四、八四三円の被担保債権の残存することを自認しているのであるから、右説示から明らかように本件異議申立は理由がないものというべく、右申立を却下した原決定は相当であつて、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、抗告費用につき民事訴訟法第九五条第八九条を運用して主文のとおり決定する。(松本晃平 伊藤和男 佐々木泉)

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