仙台高等裁判所 昭和45年(ラ)28号 決定 1970年5月30日
抗告人
増子寅吉
外七名
代理人
樋口幸子
同
斎藤忠昭
同
栃倉光
同
高橋治
相手方
宮城ヤクルト株式会社
右代表者
佐川隆
右代理人
勅使河原安夫
同
橋本岑生
同
海老原茂
主文
1 本件抗告をいずれも棄却する。
2 本件執行停止の申立てをいずれも却下する。
3 抗告および執行停止申立ての費用は、抗告人らの負担とする。
理由
一抗告人らは
1 本件抗告の趣旨として、「原仮処分決定中『但し、債務者において金八〇〇万円の担保を供したときはこの決定の執行の停止、または、その執行処分の取消を求めることができる。』との部分を取り消す。」との裁判を、
2 本件抗告に伴う民事訴訟法第四一八条第二項の申立てとして、「本件抗告につき決定あるまで、原仮処分決定中の右但書部分の裁判を停止する。」との裁判を
それぞれ求め、その抗告の理由は別紙記載のとおりである。
二そこで、以下、抗告人ら主張の抗告理由について判断する。
1 抗告人らの抗告理由第一点は、要するに、「民事訴訟法第七四三条は仮差押に関する規定であつて、本件のごとき仮処分に準用する余地は全くないから、原仮処分決定中の但書部分は違法である。」というのである。
しかしながら、仮処分は係争物に関する仮処分(同法第八五五条)であると、仮の地位を定める仮処分(同法第七六〇条)であるとを問わず、裁判所が特別の事情ありと認めたときは、仮処分債務者が特別の事情ありと主張すると否とにかかわらず、民事訴訟法第七五六条により、同法第七四三条を準用して、仮処分命令中にその執行を停止し、もしくは、執行したる仮処分を取消すことができるために仮処分債務者に供託すべき金額(いわゆる解放金額)を定めることができるものと解するのが相当である(大審院大正一〇年(オ)第二〇七号同年五月一一日判決、民録二七輯九〇三頁参照)。そうすると、原仮処分決定中の但書部分は違法ではなく、抗告人らの右主張は理由がない。
2 抗告人らの抗告理由第二点は、要するに、「民事訴訟法第七四三条が同法第七五九条の制限のもとに仮処分に準用されるとしても、本件において仮処分債務者たる相手方に特別の事情が存在しないことが明らかであつて、いわゆる解放金額を定めることができないものである。」というのである。
ところで、特別の事情が認められる限り、民事訴訟法第七四三条が仮処分にも準用されるものであることは、前記説示したとおりであるが、ここにいう特別の事情とは、仮処分によつて保全さるべき権利(被保全権利)が金銭的補償によつて、その終局の目的を達することを得べき事情、または、債務者が仮処分によつて普通に受ける損害よりも多大の損害をこうむるべき事情を指すものと考える。
本件記録によると、抗告人らが本件仮処分申請の被保全権利として主張するところのものは、仮処分債務者たる相手方が建築中の本件建物によつて、隣地の抗告人らの住居の日照・採光、通風等を妨害されるおそれがあり、(一)これは、抗告人らの生存権の侵害であつて不法行為に該当し、かかる不法行為が行なわれ、または、行なわんとするときには、抗告人らにかかる権利侵害の排除請求権・予防請求権がある。(二)または、相手方の行為は、抗告人らの人格権ないし生存権の侵害であつて、抗告人はかかる侵害に対し、右権利に基づく妨害予防請求権・妨害排除請求権を有する。(三)さらに、抗告人らの有する隣地の所有権ないし占有権に基づく妨害予防ないし妨害排除請求権がある、というのであり、原裁判所が、債権者によつて保全されるべき権利が金銭的補償によつて、その終局の目的を達することができるものと認めたものであることは、原決定自体により明らかである。そして、この認定が必ずしむ肯認しえないものではないと解するのが相当である。
他方、本件記録中の疎乙第一、二号証、同第四号証、同第六号証、同第一九ないし第二八号証、同第四七ないし第五〇号証を総合すると、原仮処分の結果、建築中の本件建物の五階以上の建築が禁止されると、仮処分債務者たる相手方は、(1)住宅金融公庫の融資額の一部削減を受け、これに伴つて他からの借入れによる金利の増加五六万五、〇〇〇円の損失(2)件外熊谷組との建築請負契約に伴う違約金の債務の負担、(3)躯体工事の変更による損害約六八六万円、(4)附属設備変更による損害約七六五万円、(5)年間約三〇〇万円の家賃収入の喪失による損害等、莫大な損害をこうむることが疎明される。
したがつて、以上の事実によると、結局、本件において、仮処分債務者たる相手方に前記のいわゆる特別の事情があると解するのが相当である。
また、抗告人らは、「相手方において建築中の本件建物が建築基準法に違反しており、また、これを建築するにつき社会的必要性ないし正当性が存在しない。旨主張するけれども、このような仮処分債務者の実体上の権利が適法か否か、または、これを建築するにつき社会的正当性、必要性の有無等の点については、それが仮処分債権者たる抗告人らの仮処分の理由(必要)の有無を判断する際、審理さるべき事由であるとしても、仮処分債務者たる相手方に特別の事情があるかどうかを審理判断するについて、考慮すべき事由に該当しないから、抗告人らの右主張は採用できない。
3 よつて、原裁判所が、仮処分債務者たる相手方に、特別の事情ありとして、いわゆる解放金額を定めた原仮処分決定中の但書部分は結局相当であり、その他、本件記録を精査するも、右但書部分を取り消すべき事由を見出しえないから、抗告人らの本件抗告は理由がなく、いずれも、これを棄却すべきである。
三つぎに、抗告人らの本件執行停止の申立てについて判断するに、原仮処分決定中、但書部分が適法にして、抗告人らの本件抗告がいずれも棄却さるべきものなること前記認定したとおりである。そうすると、右抗告申立てについての裁判あるまで、右但書部分の執行の停止を求める抗告人らの本件執行停止の裁判を求める申立は結局失当であるから、これを却下すべきである。
四以上の次第であるから、抗告費用および執行停止申立費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり決定する。(田中隆 牧野進 井田友吉)