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仙台高等裁判所 昭和47年(ネ)198号 判決 1974年3月27日

控訴人

田島正清

右訴訟代理人

竹原茂雄

被控訴人

吉田嘉一

右訴訟代理人

菅原一郎

外一名

主文

一、原判決を次のとおり変更する。

(一)  控訴人は被控訴人に対し二二七万七、二八七円およびこれに対する昭和四四年八月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二、訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人、その余を被控訴人の各負担とする。

三、この判決の第一項(一)はかりに執行することができる。

事実

《前略》

(控訴代理人の主張)

被控訴人の右眼の失明と控訴人の暴行との間には全く因果関係はない。すなわち、被控訴人は昭和四〇年一月頃から右眼に出血があり、そのため同年二月頃医師の診断を受けたところ、出血のほかに網膜に混濁を生じていて「網膜中心静脈血栓症」に罹患しており、しかもこの段階で「硝子体出血」という合併症を起していた。そして右症状は、治療をしない限りやがて失明することが確実であつた。よつて右失明と右暴行との間には因果関係はなかつたのである。このことは、外力を受けたために硝子体混濁を生ずることはありえないこと、本件発生の翌日である昭和四四年八月二七日に被控訴人の右眼には視力がなかつたこと、左眼にも動脈硬化症、網膜血管硬化症があることによつても明らかである。

(被控訴代理人の主張)

右の事実を否認する。

《後略》

理由

一控訴人が土木建設業を営む昌建工業株式会社(以下訴外会社という。)の代表取締役をしていること、被控訴人が訴外会社が請け負つている宮城県柴田郡川崎町小野の釜房大橋床板工事現場で職長として稼働していたこと、昭和四四年八月二六日夜八時頃被控訴人が控訴人から暴行を受けたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、被控訴人は、遅くとも同年一〇月三〇日頃までに右眼を失明(視力零)したことが認められる。

二そこで、右失明と右暴行との間の因果関係の存否および控訴人の責任の割合について検討する。

(一)  前記争いのない事実に、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被控訴人と控訴人は、昭和四四年八月二六日午後六時頃から前記工事現場食堂で飲酒しているうち、午後八時頃些細なことから意見の対立をきたし、控訴人が被控訴人を表に呼び出したうえ、被控訴人を路上に投げつけ、倒れた被控訴人に対し皮半長靴で足蹴りするなどの暴行を加えた。被控訴人はこれに対し何ら抵抗せず、その際胸部や右眼部などに強い打撃を受け、直ちに附近の川崎病院に赴いて治療を受けたが、約一時間後には右眼が出血のため急に見えなくなつてしまつた。

2  被控訴人は、これより先昭和四〇年二月頃右眼を受診したことがあり、高血圧、動脈硬化という全身的症状が原因で、右眼底網膜の静脈が血栓により循環障害を起し、そのために血管が破裂して出血が三ケ所にあり、その一部には血液が吸収されて白斑(混濁)を生ずるとともに、硝子体出血を併発し、その視力も僅か0.1程度で、網膜中心静脈血栓症(進行程度は、完全血栓症の半分程度と部分的血栓の症状)に罹患していることが判明した。右症状は、適切な治療と定期検診を受けていればその自然進行をかなり抑止できるが、そのまま放置すれば、たとえ出血がとまり一旦症状が固定しても、視力はさらに減退し、出血が再発することもあつて、予後は極めて不良であり、緑内障を起こし、遅かれ早かれ失明する状態にあつた。なお、左眼にも動脈硬化症状があらわれていた。

3  被控訴人は、右受診後治療費がないことから、治療を受けずに放置し、その後時折右眼の痛みを訴えることはあつた(従つて症状は固定せず、徐々に進行していたものと推測される。)が、本件暴行時までの約四年半の間かなりの視力障害はあつても、従前同様橋梁工事を主体とする工事の人夫などとして作業面においてさしたる支障もなく稼動していた。

4  ところで、被控訴人は本件暴行により右眼底の出血が急激に増加して硝子体出血が著明となり、その出血もしばらくの間とまらず増加するのみであり、やがてこれが吸収されて硝子体の混濁をきたし、遂に昭和四四年一〇月三〇日入院中の仙台市立病院において確定的に失明と判断されて退院するに至つた。《証拠判断、省略》

(二)  右認定によれば、被控訴人は本件受傷前から網膜中心静脈血栓症に罹患し、症状の自然的な進行により、その時期は確定し得ないとしても、遅かれ早かれ失明するという持病を有していたのであるが、かなりの視力障害をもちながらも約四年半もの間さしたる支障もなく人夫などとして稼働しており、今後も相当期間失明することなく稼働し得たものと推認できるところ、本件暴行をきつかけとしてその症状が急激に悪化し、その自然的な進行によることなく、人為的にその失明の時期が早められたものというべく、従つて本件暴行と失明との間には法律上因果関係の存在することは明らかである。

しかしながら、右のようにある傷害が単に加害者の行為を唯一の原因として生じたものではなく、被害者の有する持病などの潜在的原因と相まつて生じたような場合には、その傷害に基づく損害の全部を加害行為による損害というべきではなく、右加害行為が傷害の発生に寄与している限度において相当因果関係が存在するものとしてその責任の割合を決すべきである。本件についてこれをみるに、前記認定の事情を総合して考慮するとき、被控訴人の右失明によつて生じた損害の発生につき控訴人はその三分の一程度寄与しているものと認定すべきである。《以下、省略》

(佐藤幸太郎 田坂友男 佐々木泉)

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