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仙台高等裁判所 昭和47年(ネ)201号 判決 1973年8月29日

控訴人

金成恒男

右代理人

市井茂

外一名

被控訴人

小畑弥三美

右代理人

佐藤唯人

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人(代理人)は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  控訴人は福島県鰹鮪船主協会に第二八開運丸とその漁業権をもつて加盟し、被控訴人は全日本海員組合小名浜支部に属する海員労働組合員であつて、いずれも右船主組合と海員組合の間で昭和四三年一二月二一日締結された労働協約書(乙第一号証)、これを基本として作成された就業規則(乙第二号証)の拘束を受けるものであるところ、右協約書一二四条 就業規則四七条には、船主が船員法の定めに従つて行なう災害補償と船員保険給付または他の給付との関係について、「災害補償を受ける者が、同一の理由で船員保険法または他の法令によつて給付を受ける権利を有するときは、船主は災害補償を行なわない。」と規定している。右規定は船主側の責に帰すべき過失の有無にかかわらず当然適用されるものであり、船員のいわゆる労働災害事故については、船員が船員保険法による補償を受けたときは、これによつてその目的を充分に満たされるのであるから、不法行為に基づく損害賠償請求権を有しないものであり、船主は該補償のみによつてその責任を免れるものである。右協約による合意は公序良俗に反しない合法的な取決めであつて、危険度の高い企業者と労働者との双方の救済が確実に、しかも的確に行なわれるのであるから、労使双方にとつてきわめて重要な意義をもつものである。

(二)  被控訴人は受傷後の労働能力は殆んど従前と変りなく、痛みがあるわけでなく治療を継続する必要もないものであり、要は労働意欲の問題にすぎず、年金として金二三万余円を支給されているのであるから、若干の労働収入を加えれば充分生活の保障が得られる筈である。

2  被控訴人の主張

控訴人の主張する労働協約書及び就業規則の規定は、船主側の過失の有無にかかわらず船員法の規定により船主が負担する災害補償義務について定めたものであつて、民法上の不法行為に基づく損害賠償義務についてまで普及しているものでない。したがつて船主側に過失がある場合には、右の災害補償で満たされない損害を不法行為に基づく損害賠償として請求できることは当然である。

船員法九五条の規定も船員法に定める災害補償と船員保険法等に定める保険給付等との調整をはかつたものにすぎず、民法上の不法行為に基づく損害賠償とは全く関係がない。この法理は労働者災害補償保険法に基づく災害補償請求権と民法上の不法行為に基づく損害賠償請求権の関係と全く同一である。

3  証拠関係《省略》

理由

一当裁判所も、被控訴人の本訴請求は原判決認定の限度で正当であり、これに対する控訴人の抗弁は理由がないと判断するものであつて、その理由は次に付加するほか、原判決理由中に説示するとおりであるから、右理由記載をここに引用する。

1  船員法九五条の規定は、船員法に定める災害補償と船員保険法等に定める保険給付等との調整をはかつたものであり、災害補償を受くべき者が、その災害補償を受くべき事由と同一の事由により船員保険法による保険給付又は命令で指定する法令(同法施行規則六六条の二により、「労働基準法等の施行に伴う政府職員に係る給与の応急措置に関する法律」をいう。)に基づいて災害補償に相当する給付がなされているときは、船舶所有者が当該災害補償に関するすべての責任を免れる旨を明らかにしたにすぎず、不法行為に基づく損害賠償責任までも免除したものではないと解するのが相当である。船員法の災害補償についての規定の立法趣旨は、船員が後願のうれいなく職務に従事しうるよう災害補償の額を従来の扶助額に比し画期的に増額するとともに、他面船舶所有者の負担を軽減させるため、これらの補償を保険によつてカバーすることに目標がおかれたものであり(第九二回帝国議会衆議院及び貴族院における船員法を改正する法律案委員会議録参照)、民法上の不法行為に基づく損害賠償とは全く関係がない。また、控訴人主張の労働契約書(乙第一号証)及び就業規則(乙第二号証)の取決めは、船員法九五条の規定を受けて、船主が負担する災害補償義務について定めたもので、同じく民法上の不法行為に基づく損害賠償に基づく損害賠償義務についてまで言及しているものではない。船員法九五条は、昭和四〇年法律第一三〇号による改正後の労働基準法八四条一項(この改正により「価額の限度において」の文言が削除されている。)が「この法律に規定する災害補償の事由について労働者災害補償保険法又は命令で指定する法令に基づいてこの法律の災害補償に相当する給付が行なわれるべきものである場合においては、使用者は、補償の責を免れる。」と規定しているのと趣旨を同じくするものである。

もつとも船員法においては、労働基準法八四条二項のように、船舶所有者が「この法律による補償を行なつた場合においては同一の事由によるものについてはその額の限度において民法による損害賠償の責を免れる。」旨の規定を設けていない。このため不法行為に基づく損害賠償請求権は船員法の規定による災害補償請求権とは、その要件、効果等において差異があるから、労働基準法におけるような特別の規定をおかない限り、両請求権の競合を認むべきでないとし、災害補償の要件が具わるときは不法行為は成立しないとする見解もあるが、このように解し得られるかどうかは頗る疑問であり、災害補償制度の沿革及びその立法趣旨にかんがみ、両請求権は競合するとみるべきであり、同一の事由により災害補償債務と民法上の損害賠償債務とが同時に発生したときは、同一の災害について使用者たる船舶所有者に二重の賠償義務を負担させることは衡平を欠き妥当でないから、労働基準法と同様、災害補償を行なつたときはその限度において民法の損害賠償義務が免除されるものと解すべきである。控訴人のこの点の抗弁は採用できない。

2  当審において控訴人が提出した証拠を検討してみても、原審の事実認定及び判断を動かすに足りない。

二よつて、被控訴人の本訴請求は、原判決認定の限度で正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却すべく、これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤幸太郎 田坂友男 佐々木泉)

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