大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所 昭和50年(う)90号 判決 1978年1月24日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平雄一、同瀧田三良連名名義の控訴趣意書並びに同連名名義の控訴趣意補充書に各記載されたとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意について

所論は要するに、原判決は、被告人が防火管理者として火災の発生及び避難の通報義務及び玄関並びに非常口ドアの開放義務の各個別的注意義務を懈怠した結果多数人を死傷させたと認定し、刑法二一一条を適用して有罪の言渡しをしたが、本件結果の発生は不可抗力によるものであり、仮りにそうでないとしても被告人には防火管理者としての業務責任はなく、なお原判示の個別的注意義務の懈怠はないから、被告人には業務上の過失責任はなく、原判決には事実誤認並びに法令適用の誤りがある、というものである。

そこで所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をあわせ、以下に順次検討する。

一、本件の結果発生は不可抗力によるとの論旨(控訴趣意第一)について

所論は、本件火災により多数の死傷者を出すに至った原因は、①異常な強風、②無計画な増改築による建物の複雑化、③新建材による煙害と火勢の増強、④暖房による建物の乾燥、⑤エレベーター室の空洞化などの競合によるものであり、右事実は当時関係者には全く知られておらず、その危険性は認識されていなかった上、火災は発生から僅か十数分で全館が火の海となったもので、右結果の発生は不可抗力によるものである、というのである。

そこで検討するに、原判決挙示の証拠によれば、磐梯観光株式会社(以下単に会社ともいう。)の概要及び本件火災の状況は原判示第二、第三のとおりと認められる。すなわち、本件は、福島県郡山市熱海町高玉町字仲井三九番地所在の磐梯観光株式会社熱海事業所敷地約二万平方メートル上に存する同会社経営にかかる旅館及び総娯楽施設「磐光ホテル(本館約七、〇八五平方メートル、別館約一、二二八平方メートル、以下これを単にホテルともいう。)「磐光パラダイス」(約七、一九七平方メートル、以下これを単にパラダイスともいう。)及び「ニュー磐光」、「A、B、C棟合計約三、四〇五平方メートル)に関する火災にともなう事件であって、火災は昭和四四年二月五日午後九時ころ、磐光パラダイス一階大宴会場で金粉ショーを行うべく、磐光ホテル大広間ステージ裏の控室で準備中のダンサー中山博之、松下正樹らがたいまつにベンジンを浸み込ませる作業中、ベンジンに折から燃焼中の石油ストーブの火が燃え移り、周囲の者らによる初期消火の失敗に端を発した。火はホテル大広間ステージ、緞帳から天井に拡大し、火焔は天井裏面から控室北側、便所より四階に通ずる直通階段を炎道として拡がるとともに、階段東側の工事中のエレベーター室を吹き抜け、四階を延焼させるに至り、他方火焔のためホテル大広間天井の支えが燃え落ち、ホテル廊下とパラダイス大宴会場側廊下とを隔てていた襖が倒れ、火焔は三個所の出入口を通して右大宴会場に火流となって吹込んだので、同会場で観覧中の約一七〇ないし一八〇名の観客は総立ちとなり避難をはかったが、火勢は、磐光パラダイスのナイトクラブ、玄関口にひろがり、同日午後九時二七分ころには右大宴会場、売店コーナー、玄関口ホール、同二、三階及びホテルは一面火の海となり、火勢は火災発生時から僅か十数分の間に熾烈迅速に増大し、消防活動の結果火災は翌六日午前三時一五分鎮火した。この結果ホテル、パラダイスを合わせて一万五、五一〇平方メートルが焼失し、死者三一名外多数の負傷者が出るに至った。

右のように火災が迅速に増大し惨事をもたらすに至った要因としては、当時強風注意報発令下にあり秒速二五メートルを超える強風が吹き荒れていた等の気象条件の外、建物の構造、乾燥状態、建材や内装が可燃性を有していたこと等所論の指摘するような原因が競合したものと考えられる。

しかしながら、本件は、被告人に対して右の火災の発生、防災、急速な延焼等に関する過失責任を問うものではなく、防火管理者としての結果発生防止義務懈怠による過失の成否を問うものである。すなわち、原判決は、被告人の①火災の発生及び避難の通報ないし報知義務②玄関及び非常口のドア開放義務の各懈怠にまる過失に関連して合計焼死者三一名、負傷者三一名の結果が生じたものと認定したことが明らかであるから、右の各注意義務がつくされていたならば、関連した結果発生が回避されたであろうか否かについて検討しなければならない。

そこでまず①の関連注意義務とその結果発生との関係について考察すると、関係証拠によれば、火は右のように熾烈、迅速に増大したとはいえ、火災を早期に発見、察知したものは避難が可能であったこと、例えばホテル二階には非常口や避難階段もあり、ホテル二、三階にいた従業員、宿泊客の多数は、従業員の火事ぶれなどにより火災を早期に察知し容易に館外へ脱出することができたことが認められ、従って右注意義務の懈怠がなく、ホテル会計室に設置された自動火災通報装置が正常に作動して火災をベルによって通報し、あるいはフロント要員がすみやかにマイク放送を通じて全館に火災の通報と避難を呼びかけていたならば、逃げ遅れたため焼死し、あるいは二、三階から飛び降りる等無理な脱出を余儀なくされて負傷するという①の関連結果は回避されたであろうと認められる。

次に②の関連注意義務とその結果発生との関係について考察すると、関係証拠によれば、ホテル正面玄関及びパラダイス玄関の各出入口が火災発生にもかかわらず各ガラスドアが一枚のみ開放され他は施錠されたままになり、すみやかに解放されず、そのためパラダイスの大宴会場等から押しかけた多数の客や従業員が狭い戸口に殺到して大混乱が生じ、一部の客等がパラダイス娯楽コーナー西南の非常口から脱出しようとしたが、非常口は施錠されかつ取手口が紐様のもので縛られていて開けることができない状態になっていたことが認められる。従って右注意義務の懈怠がなく、フロント要員らがすみやかに玄関口のガラスドアを開放し、あるいは非常口を開放する措置をとっていたならば、脱出口を失ったため窒息又は火傷により死亡し、あるいは非常口ガラスドアを破って無理な脱出を余儀なくされて負傷するという②の関連結果は回避されたであろうと認められる。

そうすると本件結果の発生は、関連注意義務の懈怠と因果関係を有するものと認められ、所論の主張するような不可抗力によるものとは解されない。論旨は理由がない。

二、被告人には防火管理者としての業務責任はないとの論旨(控訴趣意第二ないし第四)について

所論は、防火管理者に関する消防法令の規定は訓示規定であり、防火管理業務は法令上の業務ではないから刑法二一一条にいう業務に該当しないし、仮りにこれが法令上の業務であるとしても、被告人は会社から防火管理者として任命されたことはなく、防火管理業務を遂行する権限を賦与されていなかったし、少くとも磐光ホテルについては防火管理選任届がなされていなかったから、被告人には防火管理者としての業務責任はなく、これを肯認した原判決には事実誤認並びに法令適用の誤りがある、というものである。

(一)  まず所論にかんがみ、防火管理者としての刑法二一一条における業務の根拠について検討する。

消防法八条は、所定防火対象物の管理権原者に対し、防火管理者の選任、届出を義務づけ、この者に防火管理上必要な業務を行わせるものと規定している。さらに同法令は、いわゆる防火管理業務を規定し、防火管理者は、当該防火対象物について消防計画を作成し、当該消防計画に基づく通報及び避難訓練の実施、消防又は消防活動上必要な設備、施設の点検及び整備、火気の使用又は取扱に関する監督、避難又は防火上必要な構造及び設備の維持管理その他防火管理上必要な業務を行うものとされ(同法八条一項)、かつ右の消防の用に供する設備等に関する前記の監督を行うときは防火管理業務に従事する者等に対し必要な指示を与えなければならず、政令で定めるところにより消防計画を作成し、これに基づく消火、通報及び避難訓練を定期的に実施する責務(同法施行令四条)を与えられている。

ところで防火管理者制度は、公設消防活動について国民の協力を求めこれを補完しようという消防行政上の見地から設けられているもので私企業等の内部を規制せんとするものではなく、また防火管理者として選任、届出がなされた者といえども、その所属する企業等における内部規則、業務上の命令、雇傭契約等から職務上の権限を制約され得ることがあり、防火管理業務のあり方にかんがみると、実際にもその業務権限を賦与されていなければ右業務を全うすることができない。従って、防火管理者が刑法二一一条にいう業務に従事するというためには、管理権原者によって法令上の選任、届出がなされただけではなく、当該企業等より法令上の防火管理業務を委託又は命令されて実質的にもその業務に従事していることを要すると解するのが相当である。所論の防火管理業務に関する法令上の見解は右の趣旨において是認され、防火管理者は防火の全般的責任者であって、別途権限を賦与されなくとも当然にこれを行う業務と責任をもつ旨の検察官の所論(当審第二回公判陳述の答弁書第三項)は採り難い。

もっとも防火管理者の選任等を義務づけ、その資格要件を限る等の消防法令のあり方や、防火管理一般の業務は当該防火対象物の所有者、管理者にとっても重要な関心事というべきことなどから、特段の事情のない限り、企業等は、有資格者を防火管理者として選任、届出をするにともないその者に法令上の業務を委託することが通常であろうと思われ、かかる防火管理者は法令上の業務を遂行する職責を有し、相応の注意義務を負うに至るものと解される。

(二)  そこで被告人が形式的に防火管理者とされていたかどうかを検討するに、関係証拠によれば、昭和四三年五月三〇日付をもって会社から郡山市消防署長宛に被告人を防火管理者として選任する旨の防火管理者選任届出が提出され、同年六月三日付でその受理がなされていること、右届出書には防火対象物として「磐光パラダイス」が記載されていることが認められる。しかしながら他方、磐光ホテル、磐光パラダイス、ニュー磐光は同一敷地内にあり、かつこれら防火対象物の管理権原者が法令にいう同一の場合と認められるから、消防法八条一項の適用については一の防火対象物とみなされ(同法施行令二条)、被告人は右届出により、磐光パラダイスのみならずその余の各防火対象物についても防火管理者とされることが明らかである。

従って被告人は磐光ホテルの防火管理者ではない、とする所論の主張は採用できない。

(三)  次に、被告人が会社内においても防火管理業務の委託等を受けかつ防火管理業務を遂行し得る職務権限を有していたか否かについて検討する。

《証拠省略》を綜合すると、当時会社内には明文の業務規定や就業規則もなく、防火管理体制に関する明確なとりきめもなかったが、会社内の業務組織、権限は慣行的に定められており、その組織の概要と会社の娯楽場経営の実態は原判示第二の二、四記載のとおりであって、社長、役員以下各部課長、支配人の配下に約三八〇人の従業員がいたこと、社長の川崎善之助や江口菊雄常務が建築物の防災構造、防火設備の設置、改善、器具の購入や防火管理業務に従事する役職員、従業員を指揮、監督する権限を有し、ホテルの支配人内藤暢重、パラダイスの支配人与儀弘一はそれぞれの配下の従業員を指導、監督し、内藤支配人はマイク放送やドアの開閉事務を担当するフロント要員や自動火災通報装置を操作する会計係従業員らを指揮下においていたこと、被告人は昭和四三年五月ころ会社の総務部総務課長に任命され、上司の役員、部長の命を受け会社の庶務一般事務を担当し、庶務、機械、保育の各係員や電話交換手などの従業員を指導、監督していたが、社内における予算措置をともなう発言権はなく、他の部課や支配人の指揮下にある従業員を指導、監督する地位になかったことが認められる。

しかしながら、前示証拠によれば、(イ)被告人はホテル支配人の命を受けて昭和四一年一〇月一日付で消防法施行令三条一号による防火管理に関する講習会の課程を終了して防火管理者となる資格を取得し、その後前示のように会社の総務課長となり、防火管理者として選任、届出がなされたこと、(ロ)被告人は当時会社の上司からも防火管理知識に詳わしい者とみとめられ、前記防火管理者選任届出書も被告人が上司の命によりその内容を記載し、他の従業員を介して右届出がなされたが、被告人は当時自らが防火管理者とされていたことを十分知っていたこと、(ハ)前記各防火対象物の内外に設置されている消火栓、消火器、防火用水、防火シャッター、防火扉、自動火災報知設備、放送設備、防火構造などについても被告人はこれらを詳細に把握し、自ら防火管理責任者として毎日各建物を巡回していたこと、また磐光パラダイスの西側非常口に避難階段が設置されていなかったので、これを設置するよう江口常務ら上司に数回にわたって具申していたこと、(ニ)昭和四三年一二月郡山消防署と会社との防火訓練が実施された際、被告人はその事前打合わせに会社から江口常務、井上管理部長らと共に出席し、訓練計画のため「磐光ホテル防火管理機構編成長」を起草し、自らを「自衛消防隊長(防火管理者)」の地位においた外、社長、常務、部長らとともに防火対策委員会の構成員となり、各班にわたる訓練にあたって指導的地位にあったこと、(ホ)被告人は総務課長で防火管理の有資格者と考えられていたので防火管理の業務は総務部の担当とさえ考えられ、被告人は防火管理者として、ホテル、パラダイスの各支配人の指揮下にあるフロント要員等の従業員を直接指導、訓練することは何ら差支えなかったこと等が認められる。

以上の事実によれば、被告人は管理権原者又は会社から辞令を交付される等明示の委託又は命令を受けたことはなかったにせよ、右届出当時会社から前記防火対象物につき防火管理者としての業務を事実上委託され、防火管理者としての法令上の業務を全般的に行う地位と職責を有し、その業務の一端を遂行していたと認めるに十分であり、ことさらその職務権限を制約され又は名目だけのものにされていたような事情は認められない。

すなわち、被告人は防火管理者として、右防火対象物につき消防計画を作成し、消火及び避難訓練を実施し、万一の場合に敏速な避難誘導がなされるよう関係従業員を指導、訓練し、避難ないし警報に関する設備や器具を常時点検、整備し、これらが不備、不適の場合には、これらの業務を担当する従業員に指導、助言を与えあるいは経営責任者に対してその設置、改善方を具申する等の措置をとることによって、万一火災が発生した場合には、その被害を最少限にとどめるべき職責を負っていたものということができる。被告人は、「会社内での防火管理の権限は明確にされず、防火面の強い発言権はなく、防火管理者としての権限を委託されたような体制ではなかった」旨供述するが、右供述は前記事実と対比して信用し難いばかりか、もともと広い意味の防火管理は当該企業等の経営方針、管理体制全般にかかわる問題であって、ひとり防火管理者がその責任を一手に引受けるわけのものではない。防火管理者の職責並びに業務上の注意義務にも自ら限界があるのであり、被告人が、たとえ会社内で強い発言権をもたず他の部課の従業員を直接指導、監督する権限がなくとも、防火管理者として、前記の職責をつくすことは十分可能であったところと認められる。

従って被告人に防火管理業務を遂行する職務権限がなかったとする所論の主張は採用できない。

(四)  以上のとおりで、原判決には、被告人が防火管理者としての業務に従事し、その業務責任を有するものと認定した点において、所論の指摘する事実誤認ないし法令適用の誤りの違法は存しないから、論旨は理由がない。

三、被告人に個別的注意義務の懈怠はないとの論旨(控訴趣意第五)について

原判決は、被告人の防火管理者としての業務上の注意義務違反として、(一)火災の発生及び避難の通報ないし報知義務の懈怠の内容として、(a)自動火災報知受信機の管理義務の懈怠(b)ホテルフロント要員に対する通報訓練義務の懈怠並びに(二)玄関及び非常口のドア開放義務懈怠をあげているので、所論にかんがみ、以下に順次検討する。

(一)  自動火災報知受信機の管理義務の懈怠について

所論は、原判決はホテル女子従業員の右受信機の操作上の過失につき、これに対する指導監督義務を怠ったと認定したが、被告人は火災報知装置に対する管理義務をつくし、従業員に対する指導も尽しており、なお右従業員は支配人の指導、監督に服するものであるから、右操作過失をなしたことにつき、被告人には何ら注意義務の懈怠はなく、従って原判決には事実誤認の違法がある、というものである。

よって検討するに、関係証拠によれば、ホテル、パラダイス、ニュー磐光には自動火災通報装置が備付けられ、それぞれの警戒区域に差動分布型、差動式スポット型、定温式スポット型などの感知器が設置され、磐光ホテルにおいては、ホテル玄関ホール脇事務室内の会計室にP型一級受信機が備付けられており、その下に主電鈴スイッチ、地区電鈴スイッチ、電源警報スイッチなどが並び、各警戒区域からの火災の発生を感知し、火災が発生した場所には地区表示灯ライトがついて発生区域が示されるとともに全館に電鈴(ベル)が鳴って自動的に火災の発生が報知されるしくみになっていたこと、ところが当日、強風のためしばしば停電となり、そのつどホテル用の火災報知器の電源ブザーが鳴り、そのためそのスイッチを操作していた同会計室の女子従業員菊池紀子や篠田キミらが、安易にブザーを止める措置をとっていたところ、止めてはならない主電鈴スイッチ及び地区電鈴スイッチを誤って断にして切ってしまったため、本件火災に際して、右自動火災通報装置が作動しなかったことが認められる。

ところで右女子従業員らは、ホテル支配人内藤暢重の監督下にあったと認められるが、被告人は防火管理者として当然、館内に設置された火災報知装置等の点検、整備、維持、管理義務を有し、これを取扱う関係従業員に対しては、防火管理上指導、監督する地位にあったのであるから、これら従業員に対してはその操作に誤りがないよう十分指導、監督すべき業務上の注意義務を有していたところと認められる。

しかるに関係証拠によると、被告人は原判示のとおり、ホテルフロント係や女子会計従業員らがその機能につき正確な知識をもたずに安易に受信機等のスイッチを操作しているのを目撃しながらこれを放置し、適切な指導、監督をしなかったことが認められる。被告人は、「フロントや会計の者には、受信機のブザーやベルが鳴るつど左端のスイッチをおろすと鳴りやむが、火災の時にはその表示は消えないということを教え、万一の場合に備え、全館や地区ベルを断にしておかないよう教えていた」旨供述するが、右供述は《証拠省略》と対比し信用できない。

そうすると、被告人は、右の指導、監督をつくさなかったため右女子従業員らの右受信機の操作上の過失をもたらしめたものであるから、前記注意義務の懈怠による責任を負わなければならない。

原判決には、所論指摘の事実誤認はないから、論旨は理由がない。

(二)  ホテルフロント要員に対する通報訓練義務の懈怠について

所論は、原判決はホテルフロント要員らが火災の発生を放送しなかったことをもって、被告人に右義務の懈怠があることを認定したが、フロント要員らが放送しなかったのは彼らが消火活動のため火災現場にかけつけたというやむを得ない事由に基づくものであり、また同人らは支配人の監督下にあるから、被告人には同人らに対する指導、訓練する義務はないのであって、被告人には右の過失はなく、原判決には事実誤認の違法がある、というものである。

よって検討するに、関係証拠によれば、フロント放送設備の状況は、原判示のとおりであり、ホテル及びパラダイスにはそれぞれフロントが設けられ、各館内へのマイク放送設備があったほかホテルフロントには全館への放送設備があり、放送業務は各フロント要員又はナイトフロント要員が担当していたこと、出火当時ホテルフロントには二名の要員のうち一名が巡回先から出火現場にかけつけ残る一名も火事の声を聞き直ちにフロントを離れて消火にかけつけたため、要員が不在となり、またパラダイスには当夜一名のみ勤務していたところその者も火事の通報に驚き、フロントを空にして客の誘導などに出たため、各フロントから放送を通じて避難通報がなされなかったことが認められる。

ところでフロント要員らは放送を担当するものであり、ことにホテルや娯楽施設など多数客、従業員の出入りする建物においては、消火活動も重要であるが、まず火災の発生をすみやかに館内の人々に通報し、避難方を呼びかけることがより重要なのであって、右のような状況下にあったとはいえ、各フロント要員は放送による通報業務を懈怠したものといわなければならない。そして各フロント要員らは各支配人の一般業務上の監督下におかれていたとはいえ、被告人は防火管理者として消防計画に基づく消火通報及び避難の訓練を実施すべき職責があり、これに基づきこれら要員を指導、訓練する地位にあったのであるから、これら要員に対しては、火災発生の際には少くとも一名は待機し、すみやかに館内の客や従業員に対し、火災の発生と避難方を放送により通報するよう指導、訓練をつくすべきであった。被告人は火災発生当時、ニュー磐光のフロントから「全員避難して下さい。」との緊急放送をくり返していたことが認められるのであり、かかる措置をフロント要員らがすみやかにとり得るよう指導、訓練をつくすべきであったと考えられる。

しかるに、被告人は、原判示のとおり、右の指導、訓練をつくしていなかったことが明らかであるから、前記注意義務の懈怠につき、過失責任を負わなければならない。

原判決には所論指摘の事実誤認はないから、論旨は理由がない。

(三)  玄関及び非常口のドア開放義務の懈怠について

所論は、原判決は各フロント要員がホテル、パラダイスの玄関口の開放措置をとらなかったことや非常口を施錠等のまま放置していたことにつき右義務の懈怠があると認定したが、フロント要員らがドアの開放をしなかったのは彼らが消火活動のため火災現場にかけつけていたためでその責に帰すことはできず、また同人らは各支配人の監督下にあるから、被告人には同人らに対する指導、訓練する義務はないし、非常口のドアの構造は建築ミス等によるもので被告人がこれを改善し得る地位にはなかったのであって、被告人には右の過失はなく、原判決には事実誤認の違法がある、というものである。

よって検討するに、関係証拠によれば、当時ホテル、パラダイスの主要避難脱出口として各玄関及びパラダイス娯楽コーナー奥の非常口があり、そのドア及び本件当時の開閉状況をみると、(1)ホテル玄関のドアは内、外二枚一組の両開き式ガラスドアで、外側のドアに施錠設備があり、内側にはその設備はなかったが、当時外側ドアのうち西側から二枚目のドア一枚のみが開放され、他のドアは折からの強風にすべて鍵がかけられて使用できず、パラダイス玄関のドアは東西二か所の出入口にわかれており、いずれも四枚のガラスドアから成り真中の二枚が両開き式、両端が片開き式で、当時は東側のドアにはすべて鍵がかけられて出入りができず、西側ドアのうち開放されていたのは西側から二枚目のドア一枚のみで他はすべて鍵がかけられていたこと、なお各ドアの開閉は、ホテル、パラダイスともに各支配人の監督の下にフロント要員らがこれを行い、ドアのキィやマスターキィを保管していたこと、(2)パラダイスの右非常口は二枚の片開き式ガラスドアで、ドアの上には非常口の標示灯は設置されていたが、右ドアは以前から完全に施錠された上取手口が紐様のもので縛られたままの状態にあり全く使用できなかったこと、右ドアの開閉も支配人の監督下の下にフロント要員が担当すべきものであったこと、が認められる。

そこでまず(1)のドアの開閉懈怠責任について検討するに、本件火災発生にともない、ホテル、パラダイスの各フロント要員が不在となったことは前示のとおりで、このため各玄関のドアの開放措置はとられず、特にパラダイス玄関のドアが一枚しか開放されなかったため、避難者が殺到して大混乱を招くに至ったことが認められる。

ところで右各玄関の開閉の業務を担当する者としては、火災等の緊急時には、館内の多数の人々をすみやかに脱出、避難させるため、消火活動よりもドアの開放に意を用い、ことに本件当時のように強風のためドアの施錠をやむなくされた場合には、錠を外すことが急がれるものであるのに、キィやマスターキィを保管しているパラダイスフロント要員らが、誰一人としてドアの開放にかけつけなかったことは、右の避難開放業務を懈怠したものといわざるを得ず、右の懈怠は、全員が消火や他の避難活動にあたっていた等の事由によって免責されるものではない。そしてこれらフロント要員が支配人の監督下におかれ、各支配人が何らかの業務責任を負うことは格別、被告人には、防火管理者としての消防計画に基づく避難訓練を実施すべき職責に基づき、これら要員をして非常の場合には少くとも一名は残り、玄関口をすみやかに開放して館内の人々を脱出、避難させるよう指導、訓練し、もって右要員らの過失を未然に防止すべき注意義務があったといわなければならない。

しかるに被告人は、原判示のとおり要員らに対する右の指導、訓練をつくしていなかったことが明らかであるから、そのためフロント要員らの右過失をもたらしたことにつき、右注意義務の懈怠による責任を負わなければならない。

次に(2)の非常口ドアの開放懈怠責任について検討するに、右非常口のドアが前記状態で放置されていたため、同所より避難をはかった多くの人々が脱出できず、その結果多数の死傷者を出すに至ったことは、原判示のとおりである。

ところでパラダイスの建物の構造、出入口、非常口の場所などにかんがみると、右非常口は近くにこれに代る脱出口がなく、これを閉鎖したままにしておくことは火災発生時にきわめて危険な結果が生ずるであろうと予見されるところであった。従ってかかる場合被告人は防火管理者として避難設備を点検し、右非常口がいつでも使用できるよう支配人ら経営責任者らに改善勧告すべき注意義務ないし、支配人を介して従業員を監督、訓練すべき注意義務があったといわなければならない。

しかるに被告人は、かかる措置を全くとらなかったばかりか「火災になってはじめて右の非常口の紐の構造を知った」とさえ供述しているのであって、右注意義務の懈怠による責任を負うものといわなければならない。

原判決には所論指摘の事実誤認の違法はないから、論旨は理由がない。

よって刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用につき刑訴法一八一条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦克巳 裁判官 小島建彦 小田部米彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例