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仙台高等裁判所 昭和51年(う)253号 判決 1978年7月04日

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人西海枝信隆、同渡部修各作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する。

弁護人西海枝信隆の控訴趣意及び弁護人渡部修の控訴趣意第一点について

所論は要するに、「原判決は、被告人の本件行為は喧嘩闘争における憤激、憎悪の情に基づく攻撃行為であって急迫不正の侵害に対する防衛行為ではないと判示し、弁護人の正当防衛及び誤想防衛の主張を排斥した。しかしながら、被告人は当時、被害者鈴木茂ら三名から理由もなく一方的で容赦のない攻撃を受け、しかも現場は店に圍まれた通路で逃げ場もなく、自己の生命、身体を防衛するためやむなく底の割れたビールビンを手にし、同様に割れたビールビンを手にして襲いかかって来た右鈴木に対しこれを突き出したところそれが相手の頸部に突き刺ったもので、右行為は刑法三六条一項の正当防衛にあたる。仮りに当時、鈴木が泥酔して攻撃能力を欠いていたとしても、被告人はこのことを知る由もなく、自己の生命、身体に対する急迫、不正の侵害が存するものと誤信したものであるから、誤想防衛にあたる。これを看過した原判決には重大な事実誤認があり、ひいては法令の適用を誤った違法があるから、破棄を免れない。」というものである。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一  原審記録を調査、検討すると、本件に至る経緯はおおむね原判決が認定したとおりである。すなわち、被告人は横浜市内の販売会社員であって、昭和五〇年一月二日知人の上野裕子を伴い、本籍地の生家に母と家業の米穀商を継いだ弟虎吉を訪ね、饗応を受けて歓談した。その後虎吉の強い誘いに応じ、被告人は右女性と共に米沢市街地へ飲みに出かけ、途中加わった虎吉の知合いの金谷幸子の四名で飲酒した上、原判示の飲食店街あけぼの小路に行き、路地裏のバー“リンダ”で遊興し、帰途につくため一旦小路に出た。そこで虎吉の提案でバー“國際”に一時立寄ることになり、同日午後一〇時三〇分ころ、同行の女性二人を先にして虎吉が続き中に入ろうとしたところ、折しも益子宰盛(益子兄)、星一、鈴木茂(当時二四年)、益子盛行の四名が飲酒を終えて退出するところであり、益子兄が泥酔した鈴木を肩にかけ支えながら出てくるところとすれ違い、鈴木が右女性の身体に触れるような形となったので虎吉が益子兄の顔辺りを押したところ、これに憤慨した益子兄が虎吉の顔面を強打し、更に路上に出て殴打、暴行に及んだことに端を発し、右小路上において被告人が原判示のとおりビールビンの割れた口片部を鈴木に突き出し、それが同人の頸部に当り、同人を同日午後一一時一五分ころ、同所から同市相生町六番三六号米沢市立病院に搬送中の救急車内において、右総頸動脈切断等により失血死させた。

二  原判決は、被告人の本件行為が専ら憤激、憎悪の情を募らせた喧嘩闘争による不法攻撃であるとし、急迫不正の侵害、被告人の防衛意思を否定したことが明らかである。

そこで所論にかんがみ、主要な関係証拠を検討する。

(1)  《証拠省略》によれば、あけぼの小路は袋小路状の巾員約三・四八メートルの通路をはさみ、一方にバー“國際”、“つくし”、“やよい”等が並び、向い側には“プチ”、“はくね”、“太郎”等が並んでいる。当時“やよい”以外の各店の前にはビールビンの箱が置かれ、事件直後には、路上にビールビン二本、その割れた口片部九個、ガラス片多数が散乱し、“はくね”の前には空ビンの外ビールビンの口片部五本分とその破片が散乱し、その口片部四個から被告人の掌紋が検出されていること、ビールビンは“つくし”、“やよい”の前にも散らばり、“やよい”の前にはコーラビンの破片があること、“やよい”から“太郎”の前に多量の出血痕があったこと、等が認められる。

(2)  被告人は、事件直後の昭和五〇年一月三日付司法警察員調書において、大要以下のとおり述べている。「バー“國際”の入口のドアのところで私は中に入らず立っていた。そのとき、やにわに拳で顔面を殴られた。物も言わずふいにやられ、当時私は底の高い靴をはいていたので足元がふらつき、殴られたひょうしでその場に仰向けに倒れた。更にそこを左大腿部や右腰あたりを数回蹴られた。最初蹴られたとき相手は一人と思ったが二、三人の若い男がそばに立って何か大声を出していたようだ。私は「何するんだ」と言いながら立上ったところ、その瞬間に鼻辺りを拳で殴られ、同時に左頬や鼻の辺りをビールビンで殴られたのでその場に倒れた。その時鼻血が出た。理由もなく散々痛めつけられて口惜しくなり、立上ろうとしたとき、目の前に二人の男が立っており、虎吉は私のうしろの方でけんかしていたようであった。私は起上ろうとして中腰になったとき、目の前にいた男から口の辺りを拳で何回か殴られ、また倒された。その目の前に三つ重ねで空になったビールビンケースが目に入ったのでビンを持ち出し、ケースに叩き割ったが、一度は誰かに叩き落された。それでも相手方に散々痛めつけられ、口惜しくそのまま引下る手はないと思い、同じケースの中の空ビンを右手に持ちビンをケースに叩き割った。相手の男が右手にビールビンを持って殴りかかってきたので体をかわし、相手の半身が流れたような恰好になったところを突くようにしたら相手の頸にあたった。」というのである。被告人は原審公判においても略以下のとおり供述している。「バー“國際”入口に着いた時、弟が前からぶつかって来た。それと同時に今度は拳骨で一回頬を殴られ、底の高い靴をはいていた関係で路上に仰向けに倒れた。誰に殴られたのかわからない。倒れた瞬間左側の大腿部、右腹を相当ひどく蹴られた。立上ると二、三人いた。すぐ殴られ、ビールビン様のもので左目の下を打たれ、意識もうろうとなりまた倒れた。ちょっとしてまた立上ろうとして中腰になった時、口元を拳で殴られた。理由もなくて始めから殴られっぱなしで、倒されたり蹴られたりするのでどうしたらよいかわからず、これは危い、と思った。左の目の中に血が入り、意識がもうろうとなっていた。三度目に攻撃されて倒れて立上ったら、目の前にビールビンがあった。ケースのふちでビンを割っては捨ててけん制した。この間自分としては相手方らに対し殴打する等の反撃を一切していない。最後に相手の一人が向って来た。今までの経緯からまた攻撃してくるものと思った。二、三歩くらい前のところで相手は右斜め下から私の身体にビールビンを振り上げるようにしたのでそれをかわし、同時に左斜めの下から左手に持った割れたビールビンの口を突き出したところ、相手の頸にあたり、相手(鈴木茂)が倒れた。」というものである。

被告人の供述は捜査の当初から原審公判まで略一貫し、具体的で関係者の供述内容、情況証拠と重要部分において符合していること、後記のとおり、被告人はこれまで喧嘩ひとつしたこともない善良な会社員であり、当日の相手が誰で何のために暴行を受けるのか全くわからなかったと認められること等に徴すると、右供述には十分信用し得るものがあったといわなければならない。

なお被告人の同月一三日付検察官調書によれば、「バー“國際”入口付近で最初に倒された時、私はむかっとなって目の前に来ていた男と殴り合いのけんかとなった。この男は鈴木と思われる。」旨述べているが、鈴木はかなり泥酔しており、被告人としても不意に倒され未だ殴り合いをする余裕などはなかったものであり、右調書の他の部分において被告人は相手を殴っていないことを申し述べているのであるから、殴り合いのけんか云々の供述は作り上げられた供述の疑いのあるもので、信用できない。

(3)  原審証人益子宰盛は本件のきっかけを作り、被告人や虎吉に不法な攻撃を加えた主要人物である。同人は以前ボクシング・ジムに通ったことがあり喧嘩馴れしている者と思われるが、その証言要旨は以下のとおりである。「バー“國際”で泥酔した鈴木を肩にかけ、外に出ようとした時、虎吉から前額部を小突かれた。とっさに右手で虎吉の顎辺りを叩き、小路に出た。そこで虎吉と何回か殴り合い、虎吉の戦意がなくなったようなので、周りを見た。星らの方で、もつれ合っているようだったので近寄ってみると、鈴木と被告人がもみ合っていたのではなかったかと思う。星が仲に割って入っていたような感じである。そこで私が被告人を三、四発殴り、そのうちはたき合いになり(但し同証人は自らは殴られておらず、一方的に被告人を殴った旨供述)、被告人が倒れた。そこを右足で踏みつけた記憶がある。被告人が起き上ろうとしてまたつかみ合いになり、そこで何発か殴った。被告人が口から血を出したので、お前どこのもんだと聞いた記憶がある。その場から一旦離れ、一応念のため私自身も構えた。被告人は“はくね”の前のビールビン箱からビンを取って割り出したので自分もけん制する意味で“太郎”の前でビールビンを割った。」というのである。

同証人は、まず虎吉を打ちのめし、次いで鈴木、星が被告人にいどみかゝっている所に加勢して被告人に第二撃を加え、起き上るところを更に殴打した趣旨を供述しているものであり、右供述は被告人や虎吉の供述によく符合する。しかも同証言によっても被告人が益子兄らを相手に乱闘又は格闘したような事情は毫もうかがわれないのであり、むしろ「(被告人が、つかみかかって来るような様子があったとしても、相手がつかみかかって来るのを)待っていたんじゃやられてしまいますからね。それ考えるひまなかったです。」と証言し、素早い一方的な先手攻撃を加え続けたことを自ら認めているものである。右証言は本件の真相の解明にも重要なものを含むと思われる。

(4)  原審証人星一は、虎吉の中学の一年先輩で以前同人に暴力をふるったことのある者で、その証言要旨は以下のとおりである。「バー“國際”で益子らが戸外に出たが、自分は店の勘定をすませて外に出ると、ドアの外で益子兄と虎吉が殴り合い、小路の中央辺りで鈴木茂と被告人がつかみ合うような感じであった。茂はやっと立っている状態で、けんか出来る状態ではなく、茂が被告人に寄りかかるような感じであった。そこで私は被告人に組みついて行き、被告人と私が倒れた。その時には互いに殴り合っていない。それから今度は私が虎吉と殴り合いになった。」というのである。同人はひと足おくれて店外に出たのであるから、右状況をよりよく認識しているはずであるのに証言内容は粗く、曖昧で同人も後にビールビンを所持していた目撃証言があるのに、自分がビンを持ったかどうかは記憶にない、と答えるなどその信用性は必ずしも高いものではない。しかしながら、右証言もまた、被告人に泥酔した鈴木がかかっていたこと、自分も加勢したこと、被告人からはこれといった反撃をなんら受けていないことを認めているものである。

なお菊地健次郎(バー“國際”の経営者)の司法警察員調書によると、星はバーを出る時二万八千円余の勘定のうち二万円を払い、連れの人は星と一緒位に出たようである、というのであり、これによると、星は益子兄らに遅れて出たとしても、その時間は極く短いもので、原判示のいうように「しばらく経って」出たものとは認められない。

(5)  原審証人益子盛行は、宰盛の弟で、バーでは星の後に続いて出た者であり、その証言要旨は、以下のとおりである。「兄と星とが泥酔した鈴木を真中にして担ぐようにして出た。自分はその後につき、出ようとした時兄に誰かが小突いて入って来た。その後三〇秒か一分位遅れて外に出た。バー“國際”の出口から小路の奥の方七、八メートル先の辺りで兄と被告人が殴り合っているようであった。」というのであり更に、検察官の問「被告人もまたなぐっている行為があったということですか。」答「はい」と述べ、恰も被告人が喧嘩に応じたかのような証言をしているが、被告人が益子兄に殴りかかったことのなかったことは明らかであり、右証言は記録を精査すると検査官の誤導尋問によってひき出されたものという外なく、信用できない。更に右証言は、同証人自ら星と虎吉の争いに加わり、三人で倒れ、起上って兄の方を見ると被告人を誰か知らない人が止めていたので自分も後ろから手をつかまえて止めた。検察官の問「そこでけんかはどうなったんですか。」答「一旦止ったわけです。うちの兄と小島兄のけんかはその時止めたんで、やってないです。]と述べている。しかし同人は益子兄が被告人を殴ったり蹴ったりして倒した状況、星と虎吉が争った具体的状況はわからない、と述べ、その他重要な事項についての証言を回避している印象さえ受けるものであり、右証言によっては双方の一連の動静を捉えることはできず、ましてこれによって被告人が喧嘩としての反撃をしたこと、それが中断したことの事実を認めることはできない。

(6)  小島虎吉の各検察官調書の要旨は、以下のとおりである。バー“國際”の入口で益子兄が酔っていた鈴木を支えるようにして出て来た。左平手で益子兄を押したところ、「表に出ろ」といわれ、左顔面を拳骨で突かれた。外に出ると益子兄に両頬を立て続けに殴られ、他の人に腹を蹴られた。同人を左手で殴ったところ、左頬を何か固いもので殴られ、ぼうとした。星がいたので、やめさせてくれと頼んだ。兄がけんかをやめたのでその側に行ったところ、口元や鼻から一面血が出ているのでかなりやられたなと言葉をかけたところ、兄はすっかり昂奮していて、「うんがー、やらちらんにー」(そうかやられたままではたまらないの意味)といい、「よし俺はやるぞ」といって“はくね”の前にあったビールビン箱の中から空ビンを抜いて底の方を叩き割った。私もオーバーを脱いで兄の後ろから続き、ビールビンを割って、星に「おめいら本当にやるのか」といって殴りかかった。それから別な男と取組み合いになり、一緒にころんで起上ったところ、“やよい”の前で鈴木が倒れ、血を出しており、その脇に兄が立っていた。」というのである。同人の原審及び当審における証言要旨は以下のとおりである。「バー“國際”入口で益子兄からいきなり左頬を拳で殴られ、後へのけぞり、ドアの外に出た、益子兄に顔面を殴られ、みずおち辺りを殴られ、苦しくなってしゃがみ込んでしまった。あっという間である。一息、二息するうちに少し楽になったので、前を見たところ“國際”入口付近で兄が鈴木、益子兄に一方的に殴られていた。そこで自分も益子兄に向って行き、同人を二回位殴り、うしろから押えた。その時に左の頬を棒かビンのようなもので殴られた。それで手をはなすと、星がいたので、同人に止めさせてくれといった。しかしそこで星と取組み合いになった。兄は鼻や口から血を出した。“はくね”の前のビールビンを取り出して割り始めたので、自分も続いて着ていた黒のオーバーを脱ぎ捨て、ビールビンを割った。向い側の相手もビールビンを持っているのが見えたからである。星や他の者とも殴り合いになり、起上った時に、奥の方で誰かが倒れ、兄が茫然と立っていた。」というのである。

右証言も詳細具体的に、かつ自らの不利益なことをも含めて率直に供述し、関係者の供述に符合し、信用するに十分なものがある。

もっとも同証人は、原審及び当審公判廷で「私は先に捜査段階で、被告人が、『うんがー、やらっちらんに』云々と言った旨を供述したが、被告人が、果して当時右のようなことを言ったかどうかは記憶になく、捜査段階の右供述は想像に基づくものである。」旨証言するに至った。しかしながら、《証拠省略》によると、同人は任意に捜査官に前記趣旨の供述をしていたと認められること、油井俊彦の検察官調書によると、「顔面血だらけになった男が、俺だけやられて、と昂奮しながら、向い側に立っている人に声を高めにしていった。」というのである。これらを綜合すると、右各公判供述は信用しがたく、被告人は当時昂奮し、「よし俺はやるぞ」云々の趣旨の発言をしたとの検察官調書に信用性が認められる。

(7)  被告人及び虎吉と同行した女性のうち、上野裕子は司法警察員調書において、「バーに入り、ボックスについて二、三分経っても被告人らが入って来ず、外でビンの割れる音がすると同時にホステスがかけ込んで一一〇番の電話してと叫んだ。」と述べており、金谷幸子は検察官調書で「バーに入ってから二、三分後に外でガチャンと割れる音がして、外から人が入って来て怪我人が出た。」と述べている。これらによると、被告人らが、バー“國際”入口で紛争にまき込まれて極めて短時間のうちに本件傷害致死行為が生じたことがうかがわれる。

三  そこで正当防衛の成否について検討する。

(一)  まず本件に先立ち、被告人と相手方らとの間に喧嘩闘争が成立していたかどうかを検討する。

原判決は、相手方らと虎吉及び被告人との間に喧嘩闘争が存したものと認定し、バー“國際”入口前路上で「被告人が路上に転倒し、起上ってしばらくすると鈴木が攻撃して来たので同人と格闘になり、ここにおいて虎吉とともに、鈴木茂、益子宰盛、星一の三人を相手方にして乱闘を始めた」とし、三人の一方的な攻撃に会い、被告人は「再三路上に転倒させられたものの、かえって戦意を募らせ」と判示し、弁護人の主張に対する判断中でこれを敷衍し、「被告人が最初に格闘した相手方の被害者は泥酔して闘争能力が減退し、被告人に対する攻撃は一方的で効果的なものではなく、テンポの遅い攻撃であった」とし、その格闘は「星が飲食代金支払等で益子宰盛および被害者よりかなり遅れて退出して来て被害者に助勢するまでの間続いていた」と判示した。

しかしながら①被告人が鈴木としばらくの間格闘した事実②かなり遅れて星が出て来た事実③被告人が虎吉とともに益子兄ら三名と乱闘した事実はいずれもこれを到底認定し得ないものである。すなわち、前掲各証拠並びにその余の原審及び当審において取調べた各証拠を合わせ検討するに、

(イ)  バー“國際”の入口で益子兄が些細なことから虎吉を殴り、後ろにいた被告人を一撃して路上に転倒させた。転倒した被告人を鈴木茂が蹴るなどの暴行を加え、起上るところにつかみかかり、そのころバーの勘定をすませ一足遅れて出て来た星一、益子盛行がこれに加担し、星が組みつくなどしていたところ、益子兄は路上で虎吉と殴り合い同人を路上に打ちのめした上被告人のところにかけつけて素早く何回か殴打し、誰かがビールビン様の固形物で顔面を強打したため、被告人は再度路上に転倒させられた。そこへ虎吉が兄を救うべく益子兄らに組みつき、殴りかかるなどしたが同人も殴打され、被告人は起上って中腰になったところをまたしても益子兄に強打され三度路上に転倒させられた。

(ロ)  このため被告人は顔面に出血し、左目に血が入る等意識もうろうとなり、この間殆ど無抵抗のまま相手から、不意にわけもわからず一方的に強烈な攻撃を受け、身の危険を感ずるとともに憤激、昂奮し、後記のとおりビールビンを手にするに至った。鈴木茂は泥酔にあり、一時的に酔いから醒めた状態で攻撃したものと推測されるが、被告人としては当時このような事情を全く知る由もなかった。

(ハ)  被告人は善良な会社員で、学生時代柔道の有段者であったが、これまで暴力沙汰を起したことはなく、当日は里帰り中で益子兄ら相手方とは全く面識はなかった。虎吉も正業である家業にはげみ、米沢市の社会教育委員、各種青年団体の役員をつとめ、暴力沙汰を起したことはなかった。益子兄は喧嘩馴れし、星、鈴木茂は以前虎吉に乱暴したことがあった。

以上の事実が認められ、相手方らは四名で、主として益子兄、星一、鈴木茂の三名が、被告人に対し、理由もなく先制的、一方的に苛酷な暴行を加えたことが明らかであり、右の過程で被告人が相手方らに対し反撃した事実はなく、要するに本件においては、当初から益子兄らの被告人に対する一方的攻撃が存したのに外ならず、喧嘩闘争なるものは成立していなかったと認めるのが正当である。しかるに原判決はこれを前述のように見誤まり、「従って被告人は路上に転倒させられた直後から被害者と格闘を始めるまでの間若干ながらも目前の闘争を視察しうる時間的余裕があり、しかも被害者と格闘している間にも格闘する意義のないことを認識しうるある程度の精神的余裕があった」と説示しているが、前項の証拠の内容を検討したとおり、そのような格闘も時間的余裕などもなかったのであり、右説示は独断的で合理的裏づけを欠くものといわざるを得ない。

(二)  次に被告人がビールビンを割り、これを携えて使用したことが急迫不正の侵害に対する正当防衛と認め得るか否かについて検討する。

原判決は、「被告人が劣勢を一挙に挽回すべく、素手の相手方に対し、底の割ったビールビンを兇器として使用することを決意し、着ていたオーバーを脱ぎ捨て(注、この点は原判決の明らかな誤解である。オーバーを脱いだのは虎吉であって、被告人ではない。)、「はくね」前付近路上のビールビン箱から何本かのビールビンを抜き取ってはこれを叩き割り、適当な底の割れたビールビンを選ぶや、これを左手に所持して相手方らのいる路地中央側へ前進し、相手方の攻撃に備え身構えていたところ、同様にビールビンの底を割りこれを所持していた鈴木が対面からよろよろと歩み寄って来るのを認め、同人が右手に持っていたビールビンを振り上げたところをかわしたうえ、咄嗟に右ビールビンを突き出し、これを同人の右側頸部に突き刺す暴行を加えた」との事実認定をした上、「常に相互拡大の危険性を孕む喧嘩闘争の過程では、自己の行った拡大行為が相手方をさらに挑発し、相手方も同様の兇器を使用して応戦して来ることを十分予想しうるはずであり、攻撃する意思で割れたビールビンを所持して前進のうえ身構えているところに、被害者が同様に割れたビールビンで攻撃して来たからといって、右攻撃を急迫不正の侵害であるとは到底評し難く、かつその直後行われた被告人の判示攻撃行為を防衛意思に基づく行為であるともいえない。」と判示した。

(1)  前示各証拠によると、前述のように、被告人は一方的に強烈、苛酷な暴行を受け、身の危険を感ずるとともに憤激、昂奮し、虎吉に声をかけられるや、「うんがー、やらっちらんにー」(そうか、やられたままではたまらない、の意)「俺はやるぞ」と言うや傍らのバー“はくね”前路上にあったビールビン箱の中から空ビンを取出して叩き割り、虎吉も自らのオーバーを脱いでこれに従ったこと、被告人は一旦星にビンを叩き落されたが更に三、四本のビンを抜き取っては叩き割り、相手方らをけん制したこと、相手方らも小路内の至近距離に居てその場を去らず、却ってこれに呼応するようにビールビンを割る等し、益子兄らもその破片を持って構えていたこと、そこへ鈴木茂が小路の奥の方から被告人と同様右手に割れたビールビンの口片部を持ち、“はくね”の前に居た被告人に近ずいて来たので、被告人も一、二歩小路の中央寄りに出て構えたところ、更に鈴木は被告人に近寄り、右ビンの口片部を持って被告人に向って振り回したので被告人はこれをかわし、咄嗟に所携のビン口片を左から突き出したところ、これが同人の右側頸部に突き刺さり、同人がこれによって失血死するに至ったことが認められる。

(2)  そこで被告人の右行為につき防衛意思が認められるかどうかについて検討するに、被告人がまず最初にビールビンを割ったと認められ、かかるビンの口片部はこれを身体に対して用いる時は恐ろしい兇器となるものであり、相手方らの攻撃が殆ど素手で、一回固形物を用いたにすぎないものであることにかんがみると、右の措置自体不法なものとの疑いが存しないわけではない。しかしながら、前示のように被告人がビールビンを叩き割るに至ったのは益子兄らの不法攻撃によるものであるのみならず、その攻撃は前示のように一方的、苛酷かつ強烈であり、多数(益子弟を含めると四名)によってなされたこと、場所が狭い袋小路の飲食店街であるので、同人らが現場から立去らない限り依然侵害の危険性が存続していると認められることに加え、被告人は顔面に出血させられて左目が十分見えず一時もうろう状態にさせられたものと認められる。これらの状況の下においては、被告人にはもはやこれ以上相手方らからの攻撃を受忍すべき義務はないものと考えられ、たとえそれに憤激、昂奮が伴ったとしても、偶々傍らにあったビールビン箱のビンを叩き割りこれを防具として相手方からの更に加えられるかも知れない危害に備えることは、防衛のためやむを得ない措置ということができるし、被告人もこれを持って積極的、報復的に相手方らを攻撃するつもりではなく、相手方がかかって来たら負けないで刺してやろうという気持と、半分脅やかす気持があってビンを割った、と認められる(被告人の昭和五〇年一月八日付司法警察員調書)のである。

以上によると被告人がビールビン口片部を所持するにつき防衛意思を有していたと認めるに十分であり、原判示のように喧嘩闘争における劣勢挽回のための攻撃意思を有していたとは到底認められない。

(3)  次に鈴木茂の攻撃が急迫不正の侵害に該当するか否かについて検討する。

まず鈴木茂がどのような態様で攻撃して来たかを考察するに、同人が素手でかかって来たか兇器を手にしたかは原審における争点の一つであった。しかし、その態様は前示のとおりと認められ、被告人は捜査の当初より一貫して同人がビールビンを持ってかかって来たことを主張し、被告人の供述の信用性が一般的に高く評価できることの外、原判決挙示の証拠によって認められる現場の状況、ことに各ビールビン箱のあった場所関係、おびただしいビールビンの破片、口片部の個数や益子兄、星らもビールビンを手にしたことがうかがわれる事実等に徴すると、当裁判所も原判決と同様鈴木茂がビールビン口片部を所持していたものと決めるのが相当と考える。

前示のとおり、“はくね”前に居た被告人の所に鈴木茂がビールビン口片部を手にして近づいて来たもので、被告人の方から積極的に出向いたものではない。両者が向い合った場所は小路中央付近であるが、小路の巾は三・五メートル弱なのであり、当審検証調書によっても、“はくね”前から右地点まではほんの二、三歩しかないのであり、原判示のいうように「路地中央へ前進し」というほどの距離ではない。そして鈴木が危険なビン口片部を先制的に被告人に向って振り回わしたのであり、同人はさきに被告人に対し不法攻撃を加えた集団の一員であって、右のビールビン口片部による攻撃は、さきになされた一連の暴行と時間、場所をあい接してなされたものであるから、さきの不法攻撃とあいまって被告人に対する生命身体に対する急迫不正の侵害とみるに十分であり、被告人の挑発に基づく闘争拡大行為とは認められない。

なお、当時鈴木茂は泥酔し、さきの攻撃の主役はむしろ益子兄、星一であったと認められ、鈴木は右両名の悪質な攻撃に酔余のうちに加担させられ、攻撃力は弱く、動作も緩慢であったところと推察され、それゆえ原判決も同人が「対面かちよろよろと歩み寄って来た。」と判示したものと思われる。しかし、ここにおいても被告人はさきに受けた暴行直後であり、同人の酩酊度を知る由もなかったと認められるし、他方同人が酔っていたとはいえさきにも暴行を加え、更にビールビン口片を持って振りかかる行為をなした以上同人が攻撃能力を欠いていたものとは認められない。

(4)  更にすすんで被告人の防衛手段の相当性につき検討するに、被告人はさきの一連の暴行を受け、一時もうろうとなり、ビールビンを携えて新たな攻撃に備えていたところ、鈴木茂が被告人に近づきビールビン口片を身体に向って振り回したため、咄嗟に左手を突き出したもので、その有形力の行使は中ば反射的に一回なされただけであって、その行為により同人を死亡するに至らせたが、被告人としてはことさら同人の頸部等の急所を狙う等の認識ないし同人を死に至すことの認識を有した訳ではなかったと認められる。以上に徴すると、右所為は、誠に不運にも若き被害者の一命を失わしめるという重大な結果をもたらしたとはいえ、相手方の右態様による防衛手段としては未だ相当性を超えたものとは認め難い。

(三)  以上によると、被告人の本件行為については正当防衛が成立すると認められる。

四  以上のとおりで、被告人の本件所為は刑法三六条一項の正当防衛に該当し、罪とならないから、正当防衛の成立を認めなかった原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるものといわなければならない。論旨は理由がある。

よって、量刑不当の控訴趣意に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、更に次のとおり判決する。

本件公訴事実は、「被告人は昭和五〇年一月二日午後一〇時三〇分ころ、米沢市丸の内二丁目二番二五号あけぼの小路内の飲食店「國際」こと菊地美枝子方に、実弟小島虎吉らと入ろうとしたさい、同店から酒に酔った鈴木茂を支えながら出てくる益子宰盛らと体が触れ合ったことから、同店前付近通路上において右鈴木及び益子らと殴り合いのけんかとなり、傷害を負わされたことに激昂し、同通路上に置いてあったビールの空壜を左手に持って底部を叩き割り、その残体を右鈴木の右側頸部に突き刺す暴行を加え、よって同人に右頸静脈損傷の傷害を負わせ、同日午後一一時一五分ころ、同所から同市相生町六番三六号米沢市立病院に救急車で搬送途中、失血死するに至らしめたものである。」というのであるが、被告人の本件所為は、正当防衛に該当し罪とならないから、刑訴法三三六条前段により無罪の言い渡しをする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川文彦 裁判官 小島建彦 清田賢)

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