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仙台高等裁判所 昭和52年(ネ)132号 判決 1978年8月21日

控訴人 馬場田ヨシノ

右訴訟代理人弁護士 渋佐寿平

被控訴人 福島交通株式会社

右代表者代表取締役 小針暦二

右訴訟代理人弁護士 土屋芳雄

今泉圭二

大河内重男

栗本義親

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

(一)  被控訴人は控訴人に対し一七五万二、七八八円及びうち一六〇万二、七八八円に対する昭和四八年七月四日から、うち一五万円に対する昭和五三年八月二二日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決は第一項(一)の部分に限り仮に執行することができる。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。(請求を減縮のうえ)被控訴人は控訴人に対し三三七万八、一九〇円及びこれに対する昭和四八年七月四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、次のように附加・訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人)

1  原判決二枚目表七行目に「大格」とあるを「大柄」と訂正する。

2  同裏四行目から五行目にかけて「しかし、著しい難聴……を後遺した。」を削る。

3  同二枚目裏六行目に「四五万〇、六五〇円」とあるを「四六万二、一五五円」に改める。

4  同三枚目表二行目から五行目までの後遺障害による損害分を削り、同二枚目裏九行目の「(二)逸失利益」の金額「三七三万五、三七五円」を「一四七万三、〇四五円」に改める。

5  同三枚目表六行目から七行目にかけて「後遺障害分一〇〇万円」を削り「(三)慰藉料」の金額「一六〇万円」を「六〇万円」に改める。

6  同八行目「(四)弁護士費用六〇万円」を「三〇万円」に改める。

(被控訴人)

1  原判決三枚目裏三行目に「後遺障害」とあるを削る。

2  本件治療費なるものはすべて柔道整復師がその治療に要した費用であるが、柔道整復師の治療は医師の指示がある場合に初めて補助的な治療として認められるのであるから、右治療費なるものはすべて事故との因果関係を欠く損害といわなければならない。

3  控訴人は自賠責保険金から四六万二、一五五円の支払を受けたほか、被控訴人から八万二、九三五円の支払を受けている(以上計五四万五、〇九〇円)ものであるところ、右金額は本件事故により控訴人の蒙った損害、すなわち通常の治療費、休業補償費、慰藉料等を填補するに十分なものがあったから、被控訴人にはもはや支払義務はない。

4  仮にそうでないとしても本件第一事故の発生については、被控訴人車に乗車中、椅子、パイプ等にしっかりつかまっていなかった控訴人にも八〇%の過失があるので、右割合による過失相殺をなすべきである。

(証拠関係)《省略》

理由

一  本件事故の発生

(第一事故の発生とその態様)

控訴人が昭和四八年六月二八日午前九時五五分頃、原町市北長野字南原田八一番地附近の道路を走行していた被控訴会社の定期バス(原酉治運転)に乗車中、車内に転倒した事実は当事者間に争いがなく、原審並びに当審における控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は乗車中のバスが降車予定の停留所に近附いたので降車すべく座席を離れて車内三番目の座席の背もたれパイプを掴んで立っていたところ、折から前方道路右側に駐車中のトラックの蔭から二台の対向車が現われたため、バスの原運転手がこれとの接触を避けるべく、急ブレーキを掛けながら左にハンドルを切ったので、そのはずみにより控訴人の手がパイプから外ずれてその身体が前のめりとなり、顔、胸、膝などを床に打ちつけその場に転倒した事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

(第二事故の発生とその態様)

《証拠省略》によれば、控訴人が昭和四八年七月三日正午頃、原町市南町一丁目所在四ツ葉交差点バス停留所で被控訴会社の定期バス(宍戸智運転)に乗車しようとした際(この事実は当事者間に争いがない。)同バスの宍戸智運転手が大柄な女性客の後から乗車しようとした控訴人の姿に気付かず開閉装置でドア(二重折式)を閉めようとしたため、控訴人の身体がドアと入口枠に挾まれ胸、肩を強打した事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(傷害の部位、程度)

本件第一、第二の各事故により控訴人の蒙った傷害の部位、程度につき争いがある。

そこでまず傷害の部位につき検討する。《証拠省略》によれば控訴人は草野整骨院で柔道整復師草野渡の診察を受けた結果、頭部打撲のほか胸部、背部、左右肩胛部、左右肘部、腰部、左右膝部、左右足部、左右手部の計一三ヶ所に打撲があるとして昭和四八年六月二六日から同五〇年三月三一日まで同整骨院に通院して治療を受け、その後昭和五〇年七月五日、原町市立病院で医師奥山孝のレントゲン検査の結果、左第六肋骨に陳旧性亀裂骨折のあることが判明し、同五〇年九月三〇日まで同病院に通院して治療を受けた事実が認められる。右のように控訴人がその身体の多数の部位に傷害を蒙ったということは、本件各事故がバスに乗車中もしくは乗車の際に発生したという事実からみるといささか奇異の感がある。事実、《証拠省略》によれば、控訴人は第二事故発生の四日後である昭和四八年七月七日、篠木医院で医師篠木隆男の診察を受けたところ、左顔面打撲、左肩胛部及び左側胸部(乙第一号証に「右側胸部」とあるは「左側胸部」の誤記と認める。)各打撲とのみ診断され、同年七月七日から同年九月二八日まで同病院に通院して治療を受けたことが認められる。

しかし当審証人篠木隆男の証言によれば、篠木医師は控訴人の愁訴を中心とし特に頭部に重点を置いて診察したことが窺われるのであって、これと第一事故発生から篠木医師による診察時までの時間的経過(約一〇日間)を考え合わせれば、第一事故によって生じた軽度の打撲はこの時点まですでに軽快していたものと考える余地があり(後記のとおりそのように推認するのが相当である。)、また前記のとおり控訴人が二回にわたり事故に遭遇していること及び本件事故、特に第一事故の態様に照らし控訴人の身体の各部位に右のような多数の傷害が生じたということも全く有り得ないわけではないのであるから、乙第一号証は控訴人の身体に生じたその余の傷害を打ち消すものではない、(結局その傷害の程度が問題と考える。)

なお《証拠省略》によれば、控訴人は渡辺耳鼻咽喉科で、両側内耳性難聴、神経性耳鳴により昭和四九年五月二一日から同五〇年一二月一三日までの間、同病院に通院して治療を受けている事実が認められるけれども、原審における鑑定人蓮江光男の鑑定の結果を参酌すれば、本件事故直後における控訴人の症状からみて右難聴、耳鳴と本件各事故との結びつきはこれを否定すべく、本件各事故との因果関係はないものと認めるのが相当である。

次にその傷害の程度につき検討する。《証拠省略》によれば、控訴人は草野整骨院で昭和四八年六月二六日から同四九年四月三〇日までの間、頭部のほか前記一三ヶ所に打撲があるとして治療を受け、昭和四九年五月一日から同年七月三一日までの間は、胸部、背部、左右肩胛部、腰部の五ヶ所を対象に治療を受け、同年八月一日から同年九月三〇日までの間は、胸部、背部、左右肩胛部の四ヶ所を対象に治療を受け、同年一〇月一日から同五〇年三月三一日までの間は胸部、右肩胛部の二ヶ所を対象に治療を受けたこと、及びその後昭和五〇年七月五日、原町市立病院で左第六肋骨に陳旧性亀裂骨折のあることが判明し、同年九月三〇日まで同病院に通院して治療を受けたこと、以上の各事実が認められる。右のとおり胸部を除くその余の部位についての治療が長期化したことの理由として柔道整復師草野渡は、一方では受傷した部位が身体の各関節であり、関節嚢と関節靱帯が損傷したため腫脹と疼痛の消失に時日を要したと説明し、他方では当審における証人として、「控訴人はアレルギー体質のため効果の迅速な薬を使用することができなかったので、普通の人より治療が長引いた。」と証言し、その説明に一貫性を欠くが、その点はさて措くとしても、右のような事情からだけでは治療が長期化したことの理由たり得ないと考える。前掲証人篠木隆男の証言によれば、控訴人は篠木医師から診察を受けた際、左顔面、左肩胛部及び左側胸部の痛みを訴えた以外他の部位の痛みを訴えていなかったことが認められるのであるから、第一事故によって控訴人が蒙った前記傷害のうち、右の部位を除いては、草野整骨院における治療により右時点までにはすでに軽快していたものと推認するのが相当であり、また《証拠省略》によれば、左側胸部を除くその余の傷害も昭和四八年九月二八日には症状固定(治癒)し、結局左側胸部に存する傷害のみが昭和五〇年九月三〇日治癒するに至るまで残存していたものと認めるのが相当である。

もっとも《証拠省略》によれば、控訴人が昭和四九年六月八日、渡辺病院において医師渡辺裕一の診察を受けて胸部、左頬部、頭部各打撲、頸脊捻挫と診断され、同年七月一六日まで同病院に通院して治療を受けた事実が認められるけれども、同病院の調査嘱託に対する回答の結果によれば、控訴人の身体には他覚的に異常は認められなかったが、その愁訴により治療をした事実が認められるのであるから、胸部を除くその余の部位についての診断には疑いを容れる余地があり、傷害の程度を右のように認定することの妨げにはならない。

二  被控訴人の責任

被控訴人が本件各車両を自己の旅客運送事業に供していたことは当事者間に争いがなく、右事業遂行の過程で本件第一、第二の各事故が発生したものであることは前記認定のとおりである。

被控訴人は、第一事故は控訴人が降車の際、誤って運転台につまづいて倒れたため発生したものであり、かつ被控訴人車には構造上、機能上の障害はなかったのであるから、第一事故の発生につき責任はない、と主張する。しかし控訴人は、前記認定のとおり被控訴人車に乗車中、停留所が近附いてきたので、降車すべく座席を離れて、座席の背もたれパイプを掴んで立っていたところ、本件第一事故に遭ったものであるが、一般にバスの乗客が降車間際になって座席を離れ、吊皮あるいは座席の背もたれパイプ等に掴まりながら降車に備えることは通常の乗車方法というべく、バスの運転手としてはさような乗客のあることを十分考慮に入れて安全な方法により運転の操作をなす義務があるのであるから、控訴人の右パイプの掴み方が不適切である等特殊な事情でも認められない限り、第一事故の発生について控訴人には過失はなく、結局本件第一事故は右バスの運転手たる原酉治の運転操作の誤りがその原因であったといわなければならず、被控訴人の免責の抗弁はその余の点についての判断をまつまでもなく失当である。

それ故被控訴人は自動車損害賠償保障法第三条により本件第一、第二の各事故によって控訴人の蒙った後記損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

1  治療費

《証拠省略》によれば、控訴人は草野整骨院に昭和四八年六月二六日から同五〇年三月三一日までの間通院し(実治療日数四五四日)柔道整復師草野渡の治療を受け、計一四六万七、三〇〇円の治療費を要した事実が認められる。

被控訴人は、柔道整復師の治療は、医師の指示があった場合に初めて補助的治療として認められるものであるところ、本件では右医師の指示はなかったのであるから、右柔道整復師の治療に要した費用は事故との相当因果関係を欠き、被控訴人には支払義務はないと主張する。柔道整復師法によれば、柔道整復師は都道府県知事の免許を得て柔道整復に携わる者であって(同法第二条)、外科手術、薬品の投与もしくはその指示を行うことができず(同法第一六条)、また医師の同意を得た場合のほか脱臼又は骨折の患部に施術することは禁ぜられている(同法第一七条)けれども、同法が文部大臣の指定校又は厚生大臣の指定する養成施設で解剖学、生理学、病理学、衛生学等の知識及び技能の修得者に限定して受験資格を与え(同法第一二条)その合格者に対し免許を付与することにしている趣旨に照らし、柔道整復師がその知識と技能をもって脱臼、骨折に至らない打撲あるいは捻挫等比較的軽度の身体障害に対し施術をなすことは容認されているものと解すべく、従って柔道整復師としては本件のような打撲については医師の指示なしに治療行為をなすことは適法といわなければならない。よって被控訴人の右主張は理由がない。

ところで《証拠省略》によれば、草野整骨院における治療費の内訳は、(1)昭和四八年六月二六日から同四九年九月三〇日までの間(内実治療日数三四二日)は計一二六万一、七〇〇円、(2)同四九年一〇月一日から同五〇年三月三一日までの間(内実治療日数一一二日)は計二〇万五、六〇〇円であることが認められる。

しかしながら左顔面、左肩胛部及び左側胸部を除くその余の部位に生じた傷害は昭和四八年七月七日までにはすでに軽快し、左側胸部を除く左顔面、左肩胛部に生じた傷害も同年九月二八日までには症状が固定(治癒)するに至ったことは前記認定のとおりであるから、草野整骨院における治療行為のうち、軽快もしくは治癒したものと認められる部位に対してなされたものについてはその必要性において疑いがありいわゆる濃厚治療もしくは過剰治療のそしりを免れない。

そこで傷害の部位、程度についての前記認定に従い《証拠省略》を拠り所として同整骨院における治療費を求めれば別表のとおり六三万四、〇〇〇円となり、右が本件各事故と相当因果関係のある損害ということができる。

2  休業損害

《証拠省略》によれば、控訴人は本件事故当時満六一歳の農家の主婦で事故前は病弱な夫を扶けて田八反、畑二反五畝を耕作するかたわら近在の農業鹿山茂方に年間を通じて四ヶ月程度、月にしてその半分位の割合で雇われ農作業を手伝い日給二、〇〇〇円位の現金を支給されていたことが認められるので、控訴人は当時控え目にみても同年齢の一般女子労働者の平均賃金を下らない収入を得ていたものと認められるところ、前掲控訴本人尋問の結果によれば、控訴人は本件第一、第二の各事故による傷害のため前記治療期間中は農作業に携わることができなかった事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

そこで当裁判所に顕著な労働大臣官房統計情報部編賃金構造基本統計調査報告に基づき控訴人の右期間、すなわち昭和四八年六月二八日から同五〇年三月三一日までの間における休業損害を算定するに

(1)  まず昭和四八年度の

福島県における六〇歳から六四歳までの女子労働者の平均月額給与は四万一、五〇〇円、年間賞与その他特別給与額は九万〇、五〇〇円であり、従ってその月額平均は四万九、〇四二円であったから、昭和四八年六月二八日から同年一二月三一日までの六ヶ月分は、計二九万四、二五二円であり、

(2)  次に昭和四九年度の福島県における六〇歳から六四歳までの女子労働者の平均月額給与は五万〇、一〇〇円、年間賞与その他特別給与額は九万六、九〇〇円であり、従ってその月額平均は五万八、一七五円であったから、昭和四九年一月一日から同年一二月三一日までの一年分は、計六九万八、一〇〇円であり、

(3)  さらに昭和五〇年度の福島県における六〇歳以上の女子労働者の平均月額給与は六万三、四〇〇円、年間賞与その他特別給与額は一二万五、三〇〇円であり、従ってその月額平均は七万三、八四二円であったから、昭和五〇年一月一日から同年三月三一日までの三ヶ月分は計二二万一、五二六円であり、従って休業損害は右合計一二一万三、八七八円であったと認められる。

なお原町市役所の調査嘱託に対する回答の結果によれば、控訴人方の昭和四七年、同四八年における各申告所得金額はそれぞれ四八万円もしくは五六万六、五〇〇円に過ぎないことが認められ、この金額を基準にすれば、控訴人の右期間内の収入は前記認定の金額をはるかに下廻わることが明らかであるけれども、右所得金額は納税者からの申告により捕捉されたものであり、その申告所得金額が必らずしも実際の所得金額を反映していない実情に照らせば、実際の所得金額がこれに拘束されるいわれはなく、従って右回答の結果は前記認定を妨げるものではない。

3  慰藉料

前認定の控訴人の傷害の部位、程度及び通院期間その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、控訴人に対する慰藉料としては三〇万円をもって相当と認める。

4  損害の填補

控訴人が自賠責保険から四六万二、一五五円の支払を受けていることについては当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば控訴人はなお自賠責保険金八万二、九三五円を受領している事実が認められるので、これを前記損害額から差し引くこととする。

5  弁護士費用

本件事案の内容、訴訟の経過、認容額等諸般の事情を考慮すれば、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としては一五万円をもって相当と認める。

四  以上のとおり被控訴人は控訴人に対し本件各事故による損害賠償として一七五万二、七八八円及びうち弁護士費用を除く一六〇万二、七八八円に対する本件第二事故発生後の昭和四八年七月四日から、弁護士費用一五万円につき本判決言い渡しの日の翌日である昭和五三年八月二二日から各完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって控訴人の本訴請求は右の限度で正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきものであるところ、これと一部その趣旨を異にする原判決を主文第一項のとおり変更することとし、民事訴訟法第三八四条、第三八六条、第九六条、第九二条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤幸太郎 裁判官 武田平次郎 武藤冬士己)

<以下省略>

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