仙台高等裁判所 昭和52年(ネ)293号 判決 1980年8月18日
控訴人
(附帯被控訴人)
榛沢清男
右訴訟代理人
半沢健次郎
外二名
被控訴人
(附帯控訴人)
真壁東作
右訴訟代理人
勅使河原安夫
外二名
右訴訟復代理人
小松亀一
主文
一 原判決を次のように変更する。
1 被控訴人から控訴人に対する仙台地方裁判所昭和四八年(ヨ)第一二〇号仮処分事件の和解調書に基づく強制執行は、昭和四八年一〇月一六日から昭和四九年五月一二日まで一日金二万五〇〇〇円の割合による合計金五二二万五〇〇〇円の限度において、許さない。
2 控訴人のその余の請求を棄却する。
3 控訴人は被控訴人に対し、金一七六六万円及びこれに対する昭和四九年一一月一八日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その三を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
三 当裁判所昭和五四年(ウ)第一五七号強制執行停止決定を取消す。
四 第一項3及び前項に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
第一紛争の経過
当事者間に争いない事実に、<証拠>を総合すれば、本件当事者間の紛争の経過は次のとおりに認められる。<証拠判断略>
一控訴人は建築請負業を、被控訴人は不動産取引業を夫々営む者であるが、控訴人は昭和四七年一一月被控訴人からその所有にかかる仙台市荒町七九番三宅地316.21平方メートル、同市土樋八九番一宅地9.90平方メートルを代金二四〇〇万円で買受け、手附金二四〇万円を支払つた。控訴人は右土地上に鉄筋コンクリート造四階建の共同住宅を建築する考えであつた。
しかるに、両名は右売買契約を合意解約し、被控訴人が控訴人に依頼して右土地上に建物を建築することにし、昭和四八年一月一六日、被控訴人は同年一月三一日までに前記手附金二四〇万円及び違約金一〇〇万円を控訴人に支払うこと、工事代金は坪当り一九万円とし、既存建物解体及び土取り費用一〇〇万円を加えることを約した。
昭和四八年一月二二日、注文者被控訴人、請負者控訴人の間に、前記土地上に真壁ビルを新築することについて請負契約が締結され、請負代金は四一八五万円と定められた。同月下旬、控訴人は既存建物の解体及び土取り工事に着手した。
同年三月五日、両名は右請負契約の内容を少し変更して新たに請負契約書を作成し、工事完成期限を同年八月三一日とし、請負代金を四二〇〇万円とし、途中物価が上昇しても代金を値上げしないことを特に約束した。同年三月下旬、控訴人は建築確認申請書を提出した。
二被控訴人は、一・二階店舗、三・四階アパートの四階建ビルを建築する考えであり、右アパートはいわゆる一DKにしたいと考えてその旨控訴人に話したが、控訴人は、自分が四階建ビルを建築する考えを有していた時に、三階、四階を二DKのアパートにするつもりで、そのような設計図を作成していたので、被控訴人の意思に反して、三階、四階を二DKのアパートにしようとし、控訴人が提出した建築確認申請書に添付された設計図では三階、四階は二DKのアパート(各階四戸)になつていた。
被控訴人は、控訴人がアパートを一DKにすることを聞きいれないので、昭和四八年三月一二日頃、一級建築士で建築設計事務所を経営する佐々木善治朗に相談した。同人は、被控訴人の希望に従い、三階、四階に一DKを取り入れた見積書を作成して同月一四日頃これを被控訴人に提出した。これには請負代金は暖房を除いて三七五〇万円と記載されていた。
昭和四八年三月一七日、被控訴人は控訴人に対し、「控訴人が被控訴人に対し設計図及び仕様書を再三の要求に拘らず提出しないこと、一DKを取り入れず、注文者の意思を無視して工事を進めようとしていること、他に三七〇〇万円の見積があること」などを理由として、前記請負契約を白紙に戻す旨を記載した請負契約破棄通知書を発した。
同年四月一三日、被控訴人は控訴人に対し建築工事禁止の通知をなし(この頃、控訴人の実施している工事について建築確認は下りていなかつた。)、同月一七日、被控訴人は控訴人の提出にかかる建築確認申請の取下の手続を行い、この頃、被控訴人は控訴人を相手方として仙台地方裁判所に建築工事禁止仮処分を申請した。
同年五月一五日、佐々木善治朗の提出にかかる建築確認申請に対し建築確認が与えられた。この確認にかかる設計図においては、三階、四階とも二DK一戸、一DK五戸の設計になつている。
三被控訴人が申請した仙台地方裁判所昭和四八年(ヨ)第一二〇号建築工事禁止仮処分事件において、昭和四八年五月一五日、次のような内容の和解が成立した。
1 被控訴人及び控訴人は、昭和四八年三月五日の請負契約が、その内容の一部を以下のとおり変更した上、有効に存続することを確認する。
2 建築すべき建物は被控訴人が現在建築確認申請のため仙台市役所に提出してある設計図その他の書類による。
3 完成時期は昭和四八年一〇月一五日とする。
4 契約金額は四二〇〇万円とし、内金二〇〇万円は支払済につき、残金四〇〇〇万円を次のように支払う。
(一) 被控訴人が銀行から融資を受けたとき、一〇〇〇万円
(二) 上棟時、一〇〇〇万円
(三) 昭和四八年八月二〇日、一〇〇〇万円
(四) 完成引渡の時、一〇〇〇万円
5 本件工事が遅滞したときは、控訴人は被控訴人に対し一日につき二万五〇〇〇円の割合による遅延損害金を支払う。
6 控訴人は本件建築工事の実施については佐々木善治朗の指示監督に服する。
7 控訴人は佐々木善治朗に対し工事日程表、内訳明細書を昭和四八年五月三一日までに提出する。
(その他省略)
右和解成立後まもなく佐々木善治朗は右建築工事の監理者に就任した。しかし、控訴人が提出すべき工事日程表、内訳明細書は、右佐々木善治朗の督促にもかかわらず、和解条項に定められた昭和四八年五月三一日まではもとより、その後にも遂に同人のもとに提出されなかつた。
同年六月二日、控訴人は被控訴人に対し見積書を提出したが、これには工事代金合計五二八二万九九三〇円と記載されていた。右金額は四二〇〇万円の約二五パーセント増である。この頃、控訴人は被控訴人に対し再三請負代金の増額を求めたが、被控訴人はこれを拒絶した。
同年六月二一日、控訴人は佐々木善治朗に対し、工事について同人の監督を受けない旨通告した。しかも、控訴人が前記内訳明細書も工事日程表も提出せず、善治朗の言うことをきかないので、同人は同月二六日被控訴人に対し監理者を辞任する旨申し出た。
四同年八月一日、佐々木豊喜が工事の監理者に就任した(ただし、正式届出は同年一一月一八日)。同人が現場を調べたところ、控訴人が実施したコンクリート打込み工事には、壁の厚さは一五〇ミリメートルであるべきところ一二〇ミリメートルしかないこと、ベランダの幅一メートルのところ一メートル二〇〇になつていること、階段の大きさが図面と違う所があること、コンクリート壁面が曲つていてそのままではサッシがおさまらないことなど、設計図に反することが少くない上、二階部分のコンクリート打込みに手間どり、予定の工期内に建築を完成することは困難な状況であつた。
同年八月二〇日、控訴人は被控訴人に対し和解条項に定める一〇〇〇万円の支払を請求したが、被控訴人は、控訴人の工事が和解条項に反していること(工事が設計図と合わないこと、工事がおくれていること)を理由に、一〇〇〇万円の支払を拒絶した。控訴人は同月下旬現場を引き揚げてしまい、以後本件建築工事をしなくなつた。
控訴人の実施した工事は、コンクリート打込み工事が二階まで出来たにすぎなかつた。
同年一二月頃、被控訴人は控訴人に対し、冬期間コンクリート工事をするためには凍結防止剤を使用しなければならないが、その使用は建築に悪影響を与えるとの理由により、冬期間の工事を中止するように申し入れた。
五被控訴人の申立に基づき、仙台地方裁判所は、昭和四九年五月一四日、被控訴人の控訴人に対する前記和解調書に基づく一日二万五〇〇〇円の割合による遅延損害金の昭和四八年一〇月一六日から昭和四九年五月一二日まで二〇九日分合計五二二万五〇〇〇円の債権のため、控訴人に対する不動産強制競売開始決定をした。
昭和四九年七月一三日、控訴人は本件請求異議の訴を提起した。次いで、同年九月一七日、被控訴人は本件損害賠償請求の訴を提起し(この点は本件記録上明らかである)、その訴状において、被控訴人は控訴人に対し履行不能を理由として本件請負契約を解除する旨の意思表示をなし、右訴状は同年一〇月四日控訴人に送達された。
同年一一月一九日、被控訴人は控訴人を相手方として仙台地方裁判所に立入禁止、建築工事妨害禁止の仮処分を申請し、翌二〇日右仮処分の発令を得た。
昭和五〇年三月一八日、被控訴人は株式会社伊藤組との間に本件建物の残工事請負契約を代金六一九〇万円で締結し、伊藤組は同月二〇日着工したが、控訴人が実施した工事が建築確認にかかる設計図(前記二、昭和四八年五月一五日確認にかかる佐々木善治朗作成の図面)どおりでなかつたので、仙台建築デザイン研究室(所長佐々木豊喜)において新たに設計図を作成した上改めて建築確認を申請し、同年六月二五日確認通知を受けて、工事は同年同月三〇日完成した。
第二請求異議に対する判断
一本件和解調書には、「本件工事が遅滞したときは、控訴人は被控訴人に対し一日につき二万五〇〇〇円の割合による遅延損害金を支払う。」との条項がある(前記第一の三の5)。これはいわゆる損害賠償の予定であると解される。
控訴人は、本件請負契約約款二六条第二項三号により本件請負契約を解除したので、本件和解における損害賠償の予定も失効したと主張する。右解除の意思表示が本件訴状の送達によつてなされた事実は当事者間に争いがなく、また<証拠>によれば、控訴人主張の右契約条項は、被控訴人が本件請負契約に違反したことにより契約の履行ができなくなつたと認められるときは、被控訴人は契約を解除することができる旨を定めたものであることを認めることができる。しかし、右主張は次の理由により失当である。すなわち、まず、控訴人は建築資材の異常な高騰があつたので、昭和四八年六月二日被控訴人に対し請負代金の約二割五分値上を請求したが、被控訴人はこれを拒絶した、と主張する。しかし、本件和解においてその有効な存続を確認された請負契約において、物価が上昇しても請負代金を値上げしないことが特約されていることであり、しかも、和解成立からわずか約半月後において約二割五分の値上げを正当化する事情も認められない。したがつて、被控訴人の値上拒絶は正当というべきである。次に、控訴人は、被控訴人が工事監理者佐々木善治朗を解任した上後任監理者の選任を懈怠し、工事の続行を不能にした、と主張する。なるほど、被控訴人は、右佐々木善治朗が昭和四八年六月二五日工事監理者を辞任したのち、同年八月一日に至り佐々木豊喜を後任の工事監理者に選任し、その届出は同年一一月一八日になされたことは、前記認定のとおりである。しかし、被控訴人が右佐々木善治朗を解任したのではなく、控訴人が和解条項に違反して工事日程表等を提出せず、かつ同人の指揮監督に服することを拒絶したことを理由として、同人が辞任したものであること、及び佐々木豊喜の就任時において、控訴人の実施したコンクリート打込み工事は随所で設計と異なり、工事を続行して設計どおりに完成することが不可能であつたこともまた、前記認定のとおりである。右の諸事実によれば、佐々木善治朗が本件建築工事の工事監理者を辞任したのは控訴人の責によるべき事由によることが明らかであり、しかも、控訴人が佐々木善治朗の指揮監督に服さず、実施した工事は設計に従つた工事の完成を不可能とするものであつたのであるから、このような場合においては、控訴人が被控訴人による後任工事監理者の選任の遅延を理由として本件請負契約を解除することは、信義則上許されないものといわなければならない。なお、建築基準法上、建築主が後任の工事監理人を選任しながらその届出を怠つたときは、建築主は行政法規上の義務違反を問われることはあつても、工事請負人に対する関係で請負契約上の債務不履行を来たすものではないと解すべきである。
また、控訴人は、被控訴人が昭和四八年一二月頃冬期間の工事中止を申し出たので、その間工事を中止した、と主張する。右の点は、前記認定のとおりであるが、この事実は、既に生じた控訴人の履行遅滞の責任を阻却するものとは解しえない。更にまた、控訴人は、被控訴人が本件和解調書に基づき被控訴人に対する強制執行をしたことが前記契約条項に該当する旨主張する。右強制執行が開始された事実は前記第一の五に認定したとおりであるが、右強制執行の開始がその時点において正当であつたことは後記説示のとおりであるから、右の主張もまた理由がない。
したがつて、被控訴人に債務不履行があつたとする控訴人の主張はすべて理由がないから、控訴人による契約解除はその効果を生ずるに由ないものといわなければならない。
また、控訴人は、被控訴人が本件請負契約を解除した以上、右契約に付随して定められた本件和解も失効したと主張する(控訴人の当審における主張九)。しかし、損害賠償の予定は、債務者の債務不履行、したがつて、また、債務不履行による契約解除を前提とするものであるから、債権者(被控訴人)の契約解除により失効するものではない。控訴人の主張は採用できない。
以上のように、本件和解調書の損害賠償予定の条項が契約解除により失効した旨の控訴人の主張は、いずれも理由がない。
二工事遅延一日につき二万五〇〇〇円の損害賠償を支払うという特約がある場合、債権者がいつまでの損害賠償を請求しうるかは問題である。債務者が遅滞に陥り、もはや債務者に残債務を履行することを期待できない場合に、債権者の方で適時に別の業者に依頼するなどの措置を採らずに徒らに時を過ごし、たとえば、適切な措置を採れば半年位の完成遅延ですんだのに、その措置を採るのがおくれたために一年も二年も完成がおくれたというとき、その実際におくれた期間全部について予定の損害賠償を請求できるということは甚だ衡平を失し、到底是認することができない。債権者としても、工事完成の遅延により自分の損害が増大するわけであるから、その損害の増大を避けるよう努力すべきである。この努力を怠つて工事完成がおくれた場合、それによつて増大した損害は債務者の責任に属しないものといわなければならない。
本件においては、前記認定のように、昭和四八年八月二〇日当時においてコンクリート工事は二階まで出来たにすぎず、予定より大分おくれている。和解条項に「(二)上棟時一〇〇〇万円、(三)昭和四八年八月二〇日一〇〇〇万円」とあるところからみて、上棟時は昭和四八年八月二〇日より前に(同年六月か七月に)到来しなければならないのに、昭和四八年八月二〇日当時における工事進捗状況は、上棟に程遠いものであつた。一般に建築工事代金は工事の出来高に応じて支払われるものであることに鑑みるときは、右昭和四八年八月二〇日に一〇〇〇万円を支払う旨の約定は、上棟後更に工事が相当程度進捗することを予定して合意されたものと解するのが相当であるから、現実の工事が上棟にも至つていなかつた右時点において、被控訴人が右同日に支払うべき一〇〇〇万円の支払を拒絶したこと、正当な事由があるものといわなければならない。しかるに、控訴人は右昭和四八年八月二〇日の一〇〇〇万円の支払を拒絶されるや、同月下旬現場を引揚げ、以後工事をしなくなつた。その後の経過は前記認定のとおりであり、被控訴人が株式会社伊藤組との間に残工事請負契約を締結したのは昭和五〇年三月一八日であり、工事の完成は同年六月三〇日である。
右の経過からみて、そして、冬期間はコンクリート工事を避けるとして、被控訴人としては、おそくとも昭和四九年三月一八日には別の業者との契約ができたであろうし、そうすれば、同年六月三〇日に完成したであろうと考えられる。したがつて、被控訴人が控訴人に対して和解条項に基づき請求することができる損害賠償は、昭和四八年一〇月一六日から昭和四九年六月三〇日まで一日二万五〇〇〇円の割合による金額に限られるものというべく、右の限度を超える分は、控訴人の責任は属さず、被控訴人が自ら負担しなければならない。
三控訴人主張の弁済供託及び被控訴人の右供託金の受領の事実(控訴人の当審における主張八)は当事者間に争いがない。すなわち、本件和解調書の損害賠償予定条項に基づき控訴人が被控訴人に弁済すべき昭和四八年一〇月一六日から昭和四九年五月一二日まで一日二万五〇〇〇円の割合による工事遅延による損害金合計五二二万五〇〇〇円は、昭和五三年一二月下旬弁済されたことになる。したがつて、右弁済の限度において本件和解調書の執行力は消滅したことになる。
四控訴人は、被控訴人の本件解除は権利の濫用であると主張する(控訴人の当審における主張二)。しかし、前記第一の認定事実及び前記第二の一、二に示した各判断に照らし、被控訴人の本件和解成立後の所為に何ら信義則違背の点はないと言うべきであり、その他本件全証拠によつても、本件和解成立後被控訴人に信義則違背の行為があつたことを認めるに足りないから、控訴人の右主張は採用できない。
また、控訴人は、その債務の履行遅滞については被控訴人にも責任があるとして、過失相殺を主張する。しかし、控訴人の請負工事完成債務の不履行につき被控訴人が加功したことを認めえないことは、既に認定判断したところによつて明らかであるから、右の主張もまた採用しえない。なお、控訴人が右債務の履行を遅滞していた間における被控訴人の損害の拡大については、その一部につき被控訴人に責任があり、控訴人が右部分につき約定損害金の支払義務を負わないことは、前記第二の二に判示したとおりである。
控訴人は、被控訴人に対し本件請負工事契約上の本来の給付に代る填補賠償を訴求しているのであるから、そのほかに本件和解調書に基づく遅延賠償を請求することは許されないと主張する。しかし、<証拠>によれば、本件和解調書5項所定の損害金は、工事の遅延により失う建物賃料収入額を基準として合意されたものであることを認めることができるから、右の約定損害金はいわゆる遅延賠償に関するものというべきである。ところでかかる遅延賠償といわゆる填補賠償とは互に排斥すべき性質のものではないと解すべきであるから、右の主張は理由がない。なお、控訴人は、仮定的主張として、控訴人は本件工事の完成を遅滞した後も履行の提供をしたにもかかわらず、被控訴人がこれを拒否したのであるから、その後生じた損害につき控訴人が責任を負ういわれはないと論ずる。しかし、<証拠>によれば、被控訴人が前記認定のとおり冬期間のコンクリート工事を断つたのは建築工学上正当な理由によるものであると認めることができ、また、昭和四九年三月以降において控訴人が契約に基づくコンクリート工事の再開に着手したことを認めるに足る的確な証拠はない。したがつて、右の主張も理由がない。
五次に、控訴人の当審における主張七について判断するに、<証拠>には控訴人の主張に副う部分があるが、これは信用できない。すなわち、昭和四九年一〇月二八日仙台市一番町所在の福寿司で、控訴人、被控訴人及び千葉隆が会合したことは、<証拠>により認められるけれども、当時は控訴人、被控訴人の本件各訴訟が提起されてまもなくのことであり、被控訴人は控訴人に対し大きな不満、不信の念を持つていたにちがいないから、当事者双方の訴訟代理人の立会もなく、ただ一度の会合で、請負代金一五〇〇万円の増額や損害賠償請求権の放棄を承諾した旨の右各供述部分は、当審における被控訴人本人尋問の結果に照らし、到底信用できない。したがつて、この点の控訴人の主張は採用できない。
六以上認定判断したところを総合すれば、本件和解条項5項に基づく控訴人の被控訴人に対する遅滞一日につき二万五〇〇〇円の割合による損害金の支払義務のうち、昭和四八年一〇月一六日から昭和四九年五月一二日までの部分は被控訴人の弁済受領により消滅し、同年七月一日以後の部分は被控訴人の責に帰すべき事由により支払義務を免れたものであるから、控訴人の本訴請求異議は本件和解調書中右各部分の執行力の排除を求める部分は理由があるが、その余の部分(右和解条項中昭和四九年五月一三日から同年六月三〇日まで一日二万五〇〇〇円の割合の金員合計一二二万五〇〇〇円の支払に関する部分の執行力の排除を求める部分)は理由のないことが明らかである。
第三損害賠償請求に対する判断
一解除に基づく填補賠償について
1 控訴人が本件請負契約上の工事義務を昭和四八年八月中旬以後履行しなかつたこと、被控訴人が控訴人に対しその履行不能を理由として本件損害賠償請求事件の訴状により本件請負契約を解除する旨の意思表示をしたこと及び右訴状が昭和四九年一〇月四日控訴人に送達されたことは、前記判示のとおりである。当審における<証拠>によれば、控訴人は昭和四八年頃債務超過に陥り、仙台市内に不動産を所有しているにもかかわらず、金融機関から融資を受けえない状態となり、被控訴人から代金の前払いを受けない限り工事を続行することができなかつたことを認めることができ、この事実によれば、控訴人は、遅くとも前記損害賠償請求事件の訴状の送達時には、本件請負契約の続行につき履行不能の状態にあつたものということができる。したがつて、被控訴人は控訴人に対し催告を要せず本件請負契約を解除しえたものである。
控訴人は、右債務不履行が控訴人の責に帰しえない事由によるものである旨及び被控訴人の解除権行使が権利の濫用である旨を主張するが、いずれも理由のないことは前記判示のとおりであり、右解除は有効というべきである。
控訴人は、被控訴人の本件請負契約の解除は昭和四八年一一月末である、と主張する。前記認定のように、被控訴人は昭和四八年一二月頃(控訴人の主張は同年一一月末頃)控訴人に対し冬期間の工事中止を申し入れている。この場合、被控訴人は控訴人に本件工事をやめてもらいたいという気持を持つていたことは、原・当審の被控訴人本人尋問の結果により窺われるけれども、それは被控訴人の内心の問題であり、右工事中止申入をもつて解除の意思表示と解することはできない。控訴人の右主張は採用できない。
2 被控訴人は、控訴人が約旨に従い本件請負契約上の工事を完成させたならば被控訴人は残代金三〇〇〇万円を支払えば足りたところ、控訴人の工事中止に因り残工事を株式会社伊藤組に請負わせた結果その代金は六一九〇万円となり、結局被控訴人は控訴人の債務不履行に因り差引き三一九〇万円を余分に支払うこととなつて、同額の損害を被つたと主張し、予備的に、昭和四九年一一月一八日現在における右残工事代金は五四二八万三〇〇〇円をもつて相当としたから、被控訴人は二四二八万三〇〇〇円の損害を受けたと主張する。
工事請負契約の注文者が、工事請負人の債務不履行により契約を解除して残工事の履行に代る損害賠償を請求する場合においては、損害額は、原則として契約解除時における通常の工事代金額を基準として算定すべきである。
ところで、前記認定のとおり、被控訴人が伊藤組との間に代金を六一九〇万円と定めて残工事請負契約を締結したのは昭和五〇年三月一八日であるから、前記本件請負契約解除時以後右伊藤組との請負契約の締結時までの間控訴人が工事の再開を妨害した等の特別の事情がない限り、右伊藤組との契約の締結時をもつて損害額算定の基準時とすることはできないものと解すべきである。被控訴人は、右伊藤組との契約がおくれたのは控訴人が工事再開を妨害したため控訴人が工事妨害禁止仮処分の申請手続を必要としたことに因る旨主張するが、前記本件請負契約の解除後控訴人が工事再開の妨害をした事実を認めるに足る的確な証拠はないから、右の主張は採用できない。他に右伊藤組との契約の締結時をもつて損害額算定の基準日とすべき特別の事情が存することについては、主張・立証がない。したがつて、右伊藤組との契約の締結時を損害額算定の基準日とすることを前提とする被控訴人の主張は、右の点において採用することができない。
3 前記説示のとおり、控訴人の本件請負契約上の債務不履行に因る被控訴人の填補賠償の損害額算定の基準時は、原則として被控訴人による契約解除時と解すべきであるところ、控訴人は、「被控訴人は昭和四八年一一月末頃本件請負契約を解除したのであり、被控訴人がその後直ちに第三者に残工事を請負わせたならば二ケ月後には工事が完成した筈であるから、その後の損害の拡大は被控訴人の責に帰すべき事由によるものであつて、控訴人は責任を負わない。」と主張する。被控訴人が右控訴人主張の頃本件請負契約を解除した事実を認めえないことは前記判示のとおりであるが、控訴人の右の主張は、被控訴人が控訴人の履行遅滞後直ちに本件請負契約を解除しえたにもかかわらず、これを怠つたために拡大した損害については、控訴人はその賠償義務を負わない旨の主張を包含するものと解される。そこで、以下に右の点につき判断する。なお、以下の判断は、損害の拡大についての過失相殺とも解しうるものであるから、職権による判断事項にも当たるものである。
昭和四八年八月二〇日当時において、控訴人の工事は著しく遅れており、同月下旬控訴人は現場を引揚げて、後本件工事をしなくなつてしまつた。その後の経過は前記認定のとおりであり、そして、前に判示したように(第二の二)、被控訴人はおそくとも昭和四九年三月一八日には他の業者と契約できたであろうと認められる。
また、<証拠>によれば、本件請負契約には、控訴人が正当な理由なく着手期日をすぎても工事に着手しないときは、被控訴人は本件請負契約を解除することができる旨の特約(第二五条二項一号)が存することを認めうるところ、すでに認定した諸事実によれば、被控訴人は、控訴人に対し前記認定の冬期間の工事中止を申し入れた後、予め昭和四九年三月中旬中の適当な日までに工事を再開するよう催告したうえ、右特約を類推適用し、右再着手期日の徒過を理由としてその後直ちに本件請負契約を解除することが可能であつたと認められる。しかるに、被控訴人の契約解除は前記のように昭和四九年一〇月四日であつて、右昭和四九年三月一八日より約半年遅れている。この遅延が、控訴人による妨害等、控訴人の責に帰すべき事由に由来するものであることを認めるに足る証拠はない。反面、昭和四九年は物価急騰の時代であつたので(これは公知の事実である。)、被控訴人も当然物価の急騰を知つていたはずである。してみると、被控訴人は、控訴人に対する契約の解除、したがつてまた、他の業者との請負契約の締結が遅れれば遅れる程、請負代金額も解除による填補賠償の額も上昇することを知りながら、解除できたであろう時期に解除せず、徒らに日時を経過した後に解除したといわざるを得ない。このように、物価急騰の時代に、理由なく遅れて解除がなされた場合に、解除時をもつて損害額算定の基準日とするのは著しく衡平を失するものと言わねばならないので、おそくとも解除できたであろう時(他の業者と契約できたであろう時と同じと認める。)をもつて損害額算定の基準日とするのが相当であると解する。
原審における鑑定の結果によれば、残工事の完成に要する費用は、昭和四八年一〇月一五日現在において四三五二万四〇〇〇円であり、昭和四九年一一月一八日現在において五四二八万三〇〇〇円であることが認められる。右鑑定の結果を参酌すれば、昭和四九年三月一八日現在における残工事請負代金額を四七六六万円と推計するのが相当である。右の推計を覆えすに足る証拠はない。
請負代金四二〇〇万円のうち、一二〇〇万円は支払済であると認められる。すなわち、本件和解成立前に内金二〇〇万円支払済であり(前記第一の三の4。もつとも、控訴人は一〇〇万円しか受領していないと争うが(控訴人の主張一の4)、甲第二号証和解調書により二〇〇万円支払済と認める。)、和解成立後一〇〇〇万円の支払がなされたことは当事者間に争いがない。したがつて、請負代金の未払分は三〇〇〇万円である。前記四七六六万円から三〇〇〇万円を控除した一七六六万円が被控訴人の損害であると認める。
4 本件和解調書において定められた損害賠償の予定は、後記認定のとおり、履行遅滞の場合における遅延賠償に関する。この場合、債権者は予定された遅延賠償以外の遅延賠償を請求することはできないが、右遅延賠償の予定は契約解除の場合の填補賠償とは別個であり、債権者は予定された遅延賠償のほかに解除に基づく填補賠償を請求することができる。したがつて、この点に関する控訴人の主張(控訴人の当審における主張五)は採用することができない。前記の限度において被控訴人の填補賠償の請求を認める。
5 控訴人は、被控訴人が昭和四九年一〇月二八日当事者間に成立した合意により、控訴人に対する損害賠償請求権を放棄したと主張するが、その理由のないことは、前記第二の五に判示したとおりである。
二弁護士費用の請求について
不当に訴を提起され、やむをえず弁護士に委任して応訴した被告は、その訴が目的その他諸般の事情を考慮して著しく反倫理的なものと評価され、公序良俗に違反すると認められる場合、すなわち訴提起自体が違法性を帯び不法行為を構成すると認められる場合においては、応訴に要した弁護士費用につき相当の範囲内において、原告に対し損害賠償を請求することができると解される。本件請求異議の訴の提起は、結果的には、その一部が失当として排斥されるけれども、未だもつて公序良俗に違反し不法行為を構成するものと評価することはできない。また、被控訴人の損害賠償請求事件については、前記のように控訴人は訴状の送達により遅滞に付されたものであるのみならず、請求額の約五割五分を認容するにとどまるから、これに対する控訴人の応訴をもつて公序良俗に違反するものと言うことはできない。したがつて、被控訴人の弁護士費用の請求は認容することができない。
三当審における追加請求について
この請求は、控訴人の工事遅延による損害賠償の請求である。しかし、この点については、本件和解調書に損害賠償の予定条項があるので、右予定の約定の効果として、被控訴人は右予定条項による遅延賠償のほかに遅延賠償を請求することはできない。
すなわち、当審における被控訴人本人尋問の結果によれば、本件和解における損害賠償の予定は、本件建物が完成した場合の家賃収入を控え目にみて一ケ月七五万円として、一日につき二万五〇〇〇円と定めたことが認められる。そうすると、被控訴人の追加請求は損害賠償の予定と重複することになる。
したがつて、この点の請求は認容することができない。
第四結論
以上の理由により、本件請求異議は、昭和四八年一〇月一六日から昭和四九年五月一二日まで一日二万五〇〇〇円の割合による遅延損害金合計五二二万五〇〇〇円の限度において認容し、その余の部分を棄却することとし、本件損害賠償請求は、一七六六万円及びこれに対する訴状送達後である昭和四九年一一月一八日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余を棄却することとし、民事訴訟法九六条、九二条、五四八条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(大和勇美 石川良雄 宮村素之)