仙台高等裁判所 昭和53年(う)307号 判決 1979年4月26日
被告人 吉田孝男
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人小野寺信一提出の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官八巻正雄提出の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
所論は、要するに、原判決は公訴事実第一につき被告人に無免許運転の、同第二につき無免許運転幇助の故意を認定して有罪としたが、被告人は当時いずれの故意も有していなかつたのであり、その点に関して原判決には明らかな事実誤認があるから、破棄を免れない、というものである。
そこで検討するに、原判決挙示の証拠によれば、(1)魚類剥製業者である被告人は、昭和五二年四月四日それまで有していた自動車運転免許の取消処分を受け、無免許となり、営業上不便を感じていたところ、同年五月ころ、同業者の相原孝一から、フイリピンでは国際運転免許が簡単にとれ、これを所持すればわが国内でも運転ができると言われてその取得方を依頼し、同年七月四日、同人と共にフイリピンに渡航し、三泊四日の日程で、実地試験等一切の適性検査を受けることなく、一五万円を払い、同人を通じてフイリピン共和国のフイリピン自動車協会発給名義の被告人宛国際運転免許証を交付されたこと、(2)被告人は同年九月一六日原判示のとおり右国際運転免許証を所持して普通乗用自動車を運転したこと、(3)これより先の同年八月末、被告人はフイリピンに渡航し、宿泊先のマニラ市内のホテルで知り合つた現地人から、無試験で国際運転免許を入手してやるとの確約を得たので、帰国後無免許者らに働きかけ、原判示第二の佐藤清作、大泉正行はじめ無免許者に対し、フイリピンに行けば簡単に国際運転免許がとれ、これを携帯すればわが国内でも合法的に運転できると説明して勧誘し、同人ら七名の無免許者を募つて同年九月二七日から三泊四日の日程でフイリピンへ旅行し、一切の適性検査を受けることなく、被告人が金銭を支払つて現地人より入手した各人宛の国際運転免許証を、同月三〇日マニラ市内のホテルで各人に交付したこと、(4)佐藤清作は同年一〇月三日、大泉正行は同月一二日それぞれ原判示第二の一、二のとおり、普通乗用自動車を運転し、そのさいいずれも同人らが取得した国際運転免許証を所持していたこと、以上の事実が認められる。
以上によると、被告人が自ら取得した国際運転免許証や佐藤、大泉らに交付した各国際運転免許証は、適性を有することを実証した上で発給を受けたものでないことが明らかであり、かかる国際運転免許証は、道路交通に関する条約(昭和三九年条約第一七号)二四条一項の運転免許証ということはできず、したがつてまた、道路交通法一〇七条の二の国際運転免許証ということはできないから、これを所持する自動車運転者については無免許運転罪が成立すると解される(最高裁判所昭和五三年三月八日第一小法廷決定刑集三二巻二号二六八頁)。
所論は、当時被告人は右の方法により入手された国際運転免許証を有効なものと信じ、これを所持すれば無免許運転罪に当らないと信じていたものであるから、いずれも無免許運転の故意がない旨主張する。
被告人は、司法警察員並びに検察官に対する各供述調書、原審並びに当審公判において、相原から説明を受けたころ、六法全書を調べたが、免許取消を受けた者は国際運転免許証により運転できない、とは書かれていなかつたし、外国の特殊事情で不正手段でも容易に有効な免許がとれるものと思い、これを取得すれば、わが国内で合法的に運転ができると考えていた旨供述する。この点については、常識的に考えてみても適性検査を受けないで取得された国際運転免許証がわが国内で直ちに有効なものとして取扱われるとは考え難いこと、相原孝一は被告人に対し、警察官から検問を受けた時は右免許証を示し、実地試験や学科試験を受けたということを説明するように教えていたこと(原審証人相原孝一の証言)、佐藤清作らと同行して同様に国際運転免許証を取得した者の中にも、これがすぐ国内で役立つかどうかにつき疑問を抱く者があつたこと(原審証人岡田清一の証言)などの事情に徴すると、被告人が果して右の不正手段で入手した国際運転免許証を合法的なものと考えていたかについては疑問が存するが、さりとて被告人が前記道路交通に関する条約の内容や道路交通法一〇七条の二の法意を正しく理解していたとも認められない。そうすると、被告人が本件各国際運転免許証を有効と考えた旨の前記供述の信用性もにわかにこれを排斥することはできない。
しかしながら、被告人が無効な国際運転免許証を一応有効なものと信じ、これを所持すれば無免許運転に当らないと誤信したとしても、右国際運転免許証が適性を有することの実証をした上で発給を受けたものでないことを十分認識していた以上、右の誤信は法律の不知となるにすぎず、右の誤信がやむを得ない事情のもとになされたとも認められない本件においては、これが故意を阻却するものではないと解するのが相当である。
そうすると原判示の各罪につき故意犯の成立を認めた原判決には、所論の指摘する事実誤認は存しない。論旨は理由がない。
よつて刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 中川文彦 小島建彦 清田賢)