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仙台高等裁判所 昭和54年(う)52号 判決 1979年10月29日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官控訴につき検察官伊藤正利作成名義の控訴趣意書に、弁護人控訴につき弁護人斉藤幸治作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

弁護人の控訴趣意第一点について

所論は要するに、被告人は本件輸入した品物が覚せい剤であるとの認識を欠いていたのに、当初からその認識を有していたとして覚せい剤取締法違反の事実を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというのである。

しかしながら、原判決挙示の各証拠によれば、被告人は本件輸入した品物が覚せい剤である旨の認識を当初から有していたと認めるのが相当であり、記録を調査し当審における事実取調の結果を考え合わせても、原判決に所論の事実誤認があるとは認められない。

すなわち、右各証拠によると、以下の各事実を認めることができる。

(1)  被告人は、昭和五三年二月二〇日ころ、大韓民国釜山市において、チャンヨンギなる人物から、「これを持って三月三日か四日の午後零時から三時までの間、小名浜の百貨店が二つあるところのそばのタクシー乗り場を行き来していれば、被告人を知っている人が来るのでその人にこの包みを手渡して欲しい。その際は、本日と同じ服装をし、包みは腹に巻いて持って行くように。」と言われて、本件覚せい剤の入った紙包みを手渡されたこと

(2)  本件覚せい剤の入った袋は、被告人がチャンから受け取った時点において、ガムテープが隙間なく貼り付けられていて内容物を直接見ることはできなかったけれども、被告人は何度もその包みに触れ、あるいは振ってみて、それが紛末状のものであることを承知していたこと

(3)  被告人は船内では右包みを自室のベッドのマット下に隠していたが、三月三日小名浜港に接岸、下船した際、正当な通関手続をとることなく、チャンからの指示どおり、右包みを自己の腹部に帯を用いて巻きつけ隠匿携帯し、上陸したこと

(4)  被告人の月収は韓貨七万元位であるところ、右チャンから、謝礼は包みを無事に届け釜山に戻ったとき五〇万元渡す旨言われており、謝礼額がきわめて多額であること

(5)  被告人は昭和四八年以来船員として稼働しており、これまで約一五回日本と韓国の間を往復し、小名浜港には少なくとも一〇回入港した経験があること

(6)  被告人は外国航路に勤務する船員として昭和五〇年七月と同五二年四月の二回にわたり、外国航路船員に対し受講が義務付けられている素養教育を受講しているが、その中の保安教育では、麻薬・覚せい剤の密輸に関する内容も教授されていること(所論は、被告人は右教育を受講したとしても聞き流して記憶が残らなかったというが、被告人は当公判廷でも保安教育は厳しくて大事にされている旨供述しているのであり、覚せい剤のことが全く記憶に残らなかったとは考えられない。)

(7)  韓国の船員間においては、同国人船員が外国で覚せい剤事犯で検挙された事例が話題になっており、船員が覚せい剤という言葉を知らないなどということは考え難いこと(所論は、これは高級船員間だけの話題であるというが、覚せい剤事犯は高級船員に限らず、一般船員も多数起していることは公知の事実であり、《証拠省略》によっても、所論のように解することはできない。なお、韓国に在住していた一般市民である当審証人Aもその意味内容は判らないものの、覚せい剤という言葉は聞いたことがある旨供述している。)

(8)  被告人は、公判に至ってからは右チャンから預った包みの内容物が金の粉、あるいは鉄の粉と思っていた旨弁解するけれども、被告人の右認識の点に関する原審からの供述は、通訳人を介してのものであることを考慮に入れても、変転きわまりなく信用しがたいものであるうえ、金や鉄の粉であれば重量がもっと重いことに気付くはずであり、さらに船員として金の密輸が通常板状の金塊でなされることを知っていたものと推認され、いずれにしても被告人の右弁解は措信し得ないこと

そして、以上のようなチャンヨンギの依頼内容、被告人の本件品物の形状についての認識、隠匿搬入の態様、高額の報酬約束、被告人の船員としての経歴、韓国における船員教育の実状、船員の覚せい剤認識の程度、被告人の弁解内容等を総合すれば、被告人は本件品物が正当な輸出ルートによっては運搬することができない高価なものであることを認識していたのみならず、それが覚せい剤であることを当初から少なくとも未必的には知っていたものと認めるのが相当である。

なお、所論は、被告人の司法警察員に対する昭和五三年三月二二日付供述調書二通及び大蔵事務官に対する同月二三日付質問調書並びに検察官に対する同月二三日付供述調書はいずれも任意性を欠くものであると主張する。しかしながら、原判決が事実認定の用に供したのは、右のうち司法警察員に対する同月二二日付供述調書(一〇丁のもの)のみであるのでその余の右各調書についての主張は前提を欠き、右二二日付供述調書についても、所論が任意性を欠くという部分は被告人が本件品物を麻薬類であると認識していたとの部分であると解されるところ、原判決は、右知情の点については右供述調書を事実認定の基礎にしない旨「事実認定に対する補足説明」の項で明言しているのであるから、所論は採用することができない。(なお、当裁判所も被告人の知情に関する捜査段階の自白は、前記事実の認定にあたり考慮していない。)のみならず、被告人が任意性を欠く事情として原審以来供述するところは一貫性がなく、《証拠省略》に照らしても、同月二二日付供述調書の任意性に疑いをさしはさむような事情は認められない。

そうすると、原判決が被告人に覚せい剤取締法違反の事実を認めたのは正当というべきであり、原判決に事実誤認の廉は認められない。論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意及び弁護人の控訴趣意第二点について

所論はいずれも量刑不当の主張であり、要するに、検察官は原判決の量刑が軽過ぎるといい、弁護人は原判決の量刑が重過ぎるというのである。

そこで記録を調査し当審における事実取調の結果を合わせ検討するに、本件は、被告人が営利の目的をもって、約一キログラムに及ぶ大量の純度の高い覚せい剤を計画的に密輸入した事案であり、現今の覚せい剤犯罪の増大と社会的影響、ことに本件覚せい剤が流通した場合にはきわめて多くの国民の健康に悪影響を与えたであろうことをも考慮すると、被告人の責任には重大なものがあるといわなければならない。しかしながら他方、被告人が上陸直後逮捕され覚せい剤も押収されたため幸いにも実害が発生しなかったこと、本件犯罪の背後には大がかりな覚せい剤の密輸組織があるものと推察されるが、被告人がその重要な役割を果していたとは証拠上認められず、船員であるところから利用されていただけとも考え得ること、被告人が本邦では初犯であること、故国では妻子や実母が貧しい生活をおくりながら被告人の帰国を待っていることなど被告人のため酌量すべき諸事情も認められる。以上被告人のため有利不利の一切の事情を総合勘案すると、被告人を懲役四年に処した原判決の刑は相当というべきであり、これが不当に軽過ぎるとも、また重過ぎるともいうことはできない。論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用については同法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本正雄 裁判官 清田賢 裁判官立川共生は差支えのため署名押印することができない。裁判長裁判官 杉本正雄)

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