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仙台高等裁判所 昭和54年(ネ)502号 判決 1981年10月12日

控訴人(被告)

角舘勇

ほか一名

被控訴人(原告)

田畑一秀

主文

一  原判決中被控訴人の請求額を「金一四五万五九一三円及びこれに対する昭和五二年一〇月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員」を超えて認容した部分を取消す。

二  右取消にかかる部分の被控訴人の請求を棄却する。

三  控訴人のその余の控訴を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じこれを二〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は左記に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

一  控訴代理人は次のとおり主張した。

1  過失相殺について

本件T字型交差点から秋田方面に向けての国道は約二〇〇メートルの、また盛岡方面にかけては約一〇〇メートルのそれぞれ直線であり、控訴人のトラクターには前照灯及び方向指示器(運転席の後方にもある)もあつたので、被控訴人は普通の注意を払つておれば、かなり手前で右トラクターを発見し得たはずである。また被控訴人のバイクの前照灯によつて右トラクターの停止位置及び進行方向、道路の通行可能な幅員も容易に判り得たはずであるから、仮に約二〇メートル手前で右トラクターを発見したとしても、衝突せずに脇を避けて通行することは簡単であつた。被控訴人は時速約四五キロメートルではなく、七〇キロメートル近くの速度で走行していたため、急制動を施しても、なおかなりの速度で右トラクターのバケツトに積んであつた飼料袋に激突したのである。被控訴人の過失は大きいといわねばならない。

2  逸失利益の不存在について

ア  被控訴人は昭和五五年三月東京電子専門学校を卒業して、同月二六日小倉明子が経営する医療機関東神田クリニツクに透析技師として就職したが、同クリニツクでは賃金につき国家公務員の給与体系を準用しており、被控訴人の場合、国家公務員医療職俸給表(二)が準用されている。

イ  右東神田クリニツクは、被控訴人が通常の労働能力を有する者として採用し、後遺症があることを理由に賃金に差をもうけてはいない。

したがつて、被控訴人には労働能力喪失による逸失利益は認められないので、他の損害及び過失相殺についての原判決の判断をそのまま認めるにしても、自賠責保険金の受領によつて被控訴人の損害は全部填補されたから、被控訴人の本訴請求は棄却されるべきである。

二  被控訴代理人は、控訴代理人の主張に対する反論として、次のとおり述べた。

1  過失相殺の主張について

控訴人の本件事故の過失に関する主張は争う。

本件トラクターの前照灯の位置、事故発生時がすでに暗くなつていた時間帯であつたこと、控訴人が丁字型交差点を中心点より内側に小まわりに右折していたこと及び本件バイクの破損部位から考察すれば、被控訴人が直進する控訴人のバイクに気づかず或は無視して右折したことによる過失は甚だ大きいものといわねばならない。

2  逸失利益不存在の主張について

ア  前記東神田クリニツクの給与体系が国家公務員の給与表に準じていると言つても、初任給の格付、昇給、昇格の基準及び査定の点に問題があり、右給与体系をもつて単純に被控訴人の処遇を云々することばできない。被控訴人の昭和五五年五月の給与は一一万九〇〇一円であるが、労働省賃金センサス一巻一表企業規模計高専短大卒の昭和五二年六月の給与は一一万八四〇〇円、昭和五三年六月分の給与は一二万三四〇〇円、昭和五四年六月の給与は一三万円であり、被控訴人の給与は明らかにこれを下廻つている。

イ  被控訴人は就職しても右膝屈曲障害、右膝動揺関節の後遺症により、電車通勤、駅階段の上り下りは楽ではなく、同僚に伍して重量物である透析液の運搬、器械修理、患者に対する長時間の血液透析作業等に従事するのにかなりの苦痛を覚え、これを押して勤務しているものの、通常人の場合と異りその労苦は並大抵のことではない。将来の行動には杖を必要とすることも医師から示唆されている。被控訴人の肉体的条件に由来する勤務上のハンデイが昇給、昇格の査定に影響を及ぼすことは大いにあり得るところであり、そもそも杖をついて透析技師の仕事を続けられるかも甚だ疑問であるから、被控訴人の逸失利益を否定すべき理由はない。

ウ  身体傷害による労働能力の喪失は、労働能力それ自体を一個の財産的価値と考え、その喪失及び減退(一部喪失)を財産的損害として把握すべきである。

エ  以上の主張が認められないとしても、被控訴人の後遺症の存在が将来の日常生活、勤務条件に不利な影響を及ぼすことは明確であるから、慰藉料として原審の認定した逸失利益と同額の金額を更に加算して認定すべきである。

三  証拠関係〔略〕

理由

一  当事者間に争いのない事実並びに控訴人が自動車損害賠償保障法三条にいう運行供用者であるとの主張、控訴人の同条ただし書きによる免責の抗弁及び過失相殺の抗弁に対する当裁判所の認定判断は、原判決理由の一ないし三に記載するところと同一であり、また被控訴人の損害中医療費、入院雑費、交通費及び付添費の各費目に関する当裁判所の認定判断は原判決理由の四1ないし4に記載するところと同一であるからこれを引用する。

したがつて、右認定に反する当事者双方の当番における過失相殺についての主張は採用しない。

二  次に、本件事故により被控訴人の就職が遅れたことによる逸失利益について判断する。

成立に争いのない甲第一号証並びに原審(第一回)及び当審における被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人(昭和三三年六月二四日生)は本件事故当時満一八歳で工業高校在学中の健康な男子で大学進学を希望していたが、本件事故のため、昭和五二年三月予定通り高校を卒業したものの一年間休んで翌五三年四月東京電子専門学校(二年課程)に入学し、昭和五五年三月同校を卒業し、同月二六日個人経営の医療機関である東神田クリニツクに透析技師として就職し現在に至つていること、また成立に争いのない乙第七号証(昭和五五年六月一六日附右東神田クリニツク院長の回答書)によると東神田クリニツクの賃金体系は国家公務員の給与表を準用しており、被控訴人には国家公務員医療職俸給表(二)が適用され、賞与は最低でも年に基本給の五ケ月分が支給されること、被控訴人の昭和五五年における基本給は試用期間(就職ししてから三ケ月の間)中は八万八六〇〇円、その後は右医療職俸給表(二)の五等級三号九万一三〇〇円(試用期間中の基本給はその前年一二月のベース・アツプする前の右五等級三号の金額である)であり、同年五月分の支給給与額は一一万九〇〇一円、同年六月支給の夏季手当の額は九万八六七七円であつたこと、同年冬期にも二・五ケ月分の賞与が支給されることがそれぞれ認められ、右各認定に反する証拠はない。右の事実によると、被控訴人は本件事故がなければ昭和五二年四月短大程度の学校に入学し、同五四年四月からその卒業を前提にした就職が可能であつたことが認められる。そうすると、被控訴人は本件事故により入学、就職が遅れたため、一年分の賃金収入によつて得べかりし利益を喪失したものというべきである。そして、被控訴人は本件事故がなければ昭和五四年四月に東神田クリニツクに透析技師として就職することができたものと解するのを相当とするから、右に認定した東神田クリニツクの給与体系に基づき、その昭和五五年の給与との対比において被控訴人の逸失利益を算定すると、被控訴人が昭和五四年四月に就職したものと仮定した場合の試用期間中の基本給は月額八万六二〇〇円、その後昭和五五年三月までの基本給は月額八万八六〇〇円(右金額は一般職の職員の給与に関する法律の改正経過から明らかである)であるから、右各金額により一年分の総給与額を計算した一三七万三四四〇円((86,200円×(3+98,677/88,600)+88,600円×(9+2.5)=1,373,440円))がその逸失利益となる。

三  そこで、労働能力の一部喪失(減退)による逸失利益の有無について判断する。

成立に争いのない甲第六、第七、第三二、第三三号証、第三四号証の一ないし五及び前記被控訴本人尋問の結果によると、被控訴人は本件事故後入院加療したが、完全に回復することができず、昭和五二年三月二二日右膝屈曲障害及び右膝動揺関節(常時固定装具の装着を必要とする)の後遺障害が固定したこと、並びに右後遺障害は自動車損害賠償保障法施行令別表の後遺障害等級表第八級に該当するものと認定されたこと、昭和五五年七月四日の医師の診断の結果は、右膝関節脱臼骨折術後のため、跛行を呈し、継続して歩行可能な距離約一キロメートル、右下肢の大腿、下腿とも筋萎縮があり、関節部の屈曲は一〇〇度、伸展はマイナス五度で運動制限がある等とされていること、本件事故のため右膝関節部の靭帯が四本とも切断され軟骨を喪失したため、重量物を運搬する度に、また疲労時には長時間右膝関節部が痛み、透析技師の職務の遂行に苦痛を伴うことがそれぞれ認められるが、他方前記乙第七号証及び当審における被控訴本人尋問の結果によると、東神田クリニツクにおいては、被控訴人に対し右後遺障害のあることを理由として給与、勤務時間その他の勤務条件につき不利益な扱いをしていないことが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、被控訴人は本件事故により労働能力を一部喪失(減少)したが、東神田クリニツクに就職後右労働能力減少によつて格別収入減は生していないから、労働能力減少による逸失利益はないといわなければならない(最高裁昭和四二年一一月一〇日第二小法廷判決民集二一巻九号二三五二頁参照)。

したがつて、右認定判断と見解を異にする被控訴人の当審における前記二、2ウの主張は採用することができない。

四  進んで、慰籍料について判断する。

本件事故の態様、本件事故による被控訴人の受傷の部位、程度、入通院期間、右三に認定した後遺障害の態様程度とこれによる生活上の不便等を総合斟酌すると、被控訴人が本件事故によつて受けた精神的肉体的苦痛に対する慰籍料は金六〇〇万円が相当である。

五  以上のとおりであつて、前記一、二に認定した各費目の損害額の合計一八九万〇四七五円に被控訴人の過失相殺割合五割を乗じた九四万五二三七円が財産上の損害であり、これに右四に認定した慰籍料六〇〇万円を加えた六九四万五二三七円が本件事故によつて被控訴人が受けた全損害額である。そして、被控訴人が右損害の填補として自動車損害賠償責任保険から五七八万九三二四円を受領したことは当事者間に争いがないから、右損害額からこれを控除すると未填補損害額は一一五万五九一三円となる。なお弁護士費用は本件事案の難易の度合、出廷の回数、立証の程度等諸般の事情を考慮して、そのうちの金三〇万円を本件事故による損害として認めるべきである。そうすると被控訴人が控訴人に対し賠償を請求しうる損害額は一四五万五九一三円となる。

六  してみると、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は金一四五万五九一三円及びこれに対する本件事故の日の後である訴状送達の日の翌日である昭和五二年一〇月一九日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであり、原判決中右認容すべき限度を超えて本訴請求を認容した部分は失当であり、本件控訴は一部理由がある。

よつて、民事訴訟法三八六条、三八四条に則り、原判決中右失当な部分を取消して右部分に関する被控訴人の請求を棄却し、控訴人のその余の控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 中島恒 石川良雄 宮村素之)

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