大判例

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仙台高等裁判所 昭和56年(ネ)473号 判決 1982年11月29日

控訴人

石山利勝

右訴訟代理人

脇山弘

脇山淑子

右訴訟代理人

小野寺信一

被控訴人

吉田トシヲ

外四名

右五名訴訟代理人

沼澤達雄

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

右取消部分につき被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの費用とする。

事実

控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、控訴人が当審において別紙記載のとおり主張したほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

本件事故の状況並びに被控訴人らが遅くとも昭和四九年四月には本件事故による損害及び加害者が控訴人であることを知つたと認められることについての認定は、原判決の理由と同一であるから、原判決の理由冒頭から原判決九枚目裏八行目までを引用する。

そうすると、被控訴人らの控訴人に対する本件事故による損害賠償請求権はおそくとも昭和四九年四月から消滅時効が進行したものであり、被控訴人らの本訴提起時であること記録上明らかな昭和五二年八月一六日には既に三年の消滅時効が完成していることが明らかである。したがつて、控訴人の時効の抗弁は理由がある。

なお、弁護士費用について付言するに、弁護士費用の賠償請求は、逸失利益、慰藉料など本来の損害賠償請求が認容される場合に、認容額その他諸般の事情を考慮して相当と認める額について認容されるものであつて、本来の損害賠償請求が排斥される場合には、弁護士費用は不法行為と相当因果関係のある損害とはいえず、その賠償請求も認容できないものである。

よつて、本訴請求の一部(弁護士費用の賠償請求)を認容した原判決は不当であるから、原判決中右請求認容部分を取消してその部分の請求を棄却することとし、民事訴訟法三八六条、九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(中島恒 石川良雄 宮村素之)

別紙

第一 原判決が、弁護士費用を本件事故による損害と認めたことは誤りである。

一 原判決は「原告らが請求する弁護士費用」と記述しそれが手数料(着手金)であるのか、謝金(成功報酬)であるのかを明確にしていない。

原判決は、しばしば「報酬金支払契約」と記述しているところから、弁護士費用というのは、謝金を指すともみられる。

そうすれば、謝金は、依頼の目的を達したときに請求できるものであつて、その目的を達することができなかつたとき、すなわち、敗訴したときには請求し得ないものである。

本件では、被控訴人らの本来の請求は棄却されているから、被控訴人らの依頼の目的は達せられていない。従つて被控訴人らの代理人である弁護士には、謝金請求権は発生していないし、被控訴人らにおいて、謝金を支払うべき義務はない。

かくて、被控訴人らにおいて謝金相当額の損害は生じていない。しかるに原判決が謝金を損害としたことは誤つている。

二 原判決がいう弁護士費用が、手数料であるとしても、これを本件事故による損害とはいえない。

(一) 原判決が引用する最高裁判決は、「訴訟追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害というべきである。」と判示している。

右判示が、「認容された額」と述べているのは、本来の損害が認容されることを前提として、その認容額を弁護士費用について斟酌する趣旨である。

従つて、本来の請求が認容されず棄却された場合には、その訴訟追行に要した弁護士費用は、「不法行為と相当因果関係に立つ損害」とは認められないこととなる。

本件では、本来の請求は認容されず、棄却されたのであるから、被控訴人らの弁護土費用は、本件事故による損害とはいえない。

(二) 右の理は、弁護士費用は不法行為による本来の損害ではなく、「自己の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合」(前記最高裁判決)に生じた第二次的、派生的な損害であることをかえりみれば明らかである。

つまり、本来の損害が認容された場合、そのために必要となつた弁護士費用を第二次的、派生的損害として認めるという論理構造であるから、本来の請求である損害が否定された場合には、もはや、「自己の権利擁護上、訴を提起」した場合ということはできず、そのための弁護士費用は不法行為による損害とはいえない。

(三) 弁護士費用を不法行為による損害と認めることは、「事実上弁護士費用化を認めた結果」となるといわれている(最高裁判例解説民事篇昭和四四年度(上)一九一頁)。

そうであれば、訴訟費用敗訴者負担の法理が貫徹されるべきである。本来の請求が認容されて始めて、相手方に弁護士費用を含む訴訟費用を負担させることができるのである。

しかるに本件では、被控訴人の本来の請求が棄却されているにもかかわらず、弁護士費用を控訴人に負担させている。

これは背理というほかになく原判決の誤りは明らかである。

(四) 本件弁護士費用は、本件事故と相当因果関係を欠いている。

原審原告から本件訴の提起を受任した弁護士は、本件事案の内容からみて、まず、損害賠償請求権が時効によつて消滅したとの抗弁が原審被告からなされるであろうし、そうすれば敗訴に至ることを容易に理解できたはずであるし、理解すべきものであつた。

このように敗訴の蓋然性がきわめて高い訴をあえて提起する場合は、もはや、「自己の権利擁護上、訴を提起することを余儀なくされた場合」には当らず、その弁護士費用は、本件事故との相当因果関係を欠くといわざるを得ない。

第二 仮りに、本件弁護士費用が本件事故による損害に当るとしても、原判決の認容額は不当である。<以下、省略>

《参考・原審判決理由》

一 <証拠>によると、被告は、昭和四八年一一月一日、軽四輪貨物自動車(以下乙車という。)を運転し、山形県最上郡最上町大字富沢一三三八先国道四七号線路上を時速約四〇キロメートルで進行中(事故発生の日時、場所は当事者間に争いがない。)、高島運転の甲車に衝突されて路上に転倒していた英太郎及び同人を抱き起こそうとしていた高島並びにその付近にいた菊地博美の三名に乙車を衝突させ、よつて、英太郎に対し左右肋骨骨折、胸膜下出血、骨盤骨折、肝臓破裂の傷害を負わせ、右広範囲にわたる高度の損傷によるショックにより、そのころ、その場で同人を死亡するに至らしめたこと、被告は事故時乙車で帰宅途中であつたが、乙車は被告が勤務する大場製作所の所有であり、本件事故当時は被告が通勤用にこれを使用していたこと、以上の事実を認めることができ<る。>

二 被告は、仮に原告ら主張の損害賠償請求権があるとしても、すでに時効により消滅している旨主張するので、まずこの点から判断する。

<証拠>によると、原告トシヲ、同吉田常昌及び同下山詔子は、事故直後、事故現場へ急行し、本件事故を知つたこと、原告らは、英太郎の解剖の結果、死因が甲車の衝突によるものではないと知つたこと、事故の三日後に行われた英太郎の葬儀の際、原告らは、被告の父石山利三郎から金五〇〇円を、被告が勤務していた大場製作所の代表者大場たつおから金三〇〇〇円を、高島から金二〇〇〇円をそれぞれ香典として受領していること、葬儀の行われた夜、被告が原告吉田常昌方を訪れ、同原告らに謝罪し、自己が英太郎を轢いた旨供述したこと、ところがその後被告は、自己が英太郎を轢いたか否かわからない旨主張し、原告らからの示談交渉に応じなかつたことから、原告らは、昭和四八年一二月、被告運転の乙車に対する自賠責保険に基づき本件事故による損害を被害者請求し、昭和四九年四月、金五〇〇万三〇〇〇円の自賠責保険金を受領したこと、そして被告は、昭和四九年二月二六日、前方不注意の過失により英太郎及び高島らに乙車を衝突させて英太郎を死亡させ、高島らに傷害を与えたとして業務上過失致死傷罪により公訴を提起され、公訴事実を争つたが、昭和五〇年八月二五日ほぼ公訴事実どおりの一審の有罪判決が言渡されたこと、以上の事実を認めることができ<る。>

右認定の事実経過に照らすと、原告らは、遅くとも、被告運転の乙車に対する自賠責保険に基づき本件事故による損害を被害者請求し、請求にかかる保険金の支給を受けた昭和四九年四月には、本件事故による損害及び加害者が被告であることを知つたものと認めるのが相当である。

そうとすれば、原告らの被告に対する、弁護士費用を除くその他の損害賠償請求権は、右時期から消滅時効が進行し、原告らの本訴提起時であることが記録上明らかな昭和五二年八月一六日にはすでに三年の右消滅時効が完成していることが明らかであるから、これを援用する被告の抗弁は、弁護士費用を除くその他の損害の限度で理由がある。したがつて、右損害についてはその余の点を判断するまでもなく、その請求はすべて理由がない。

そこで次に、原告らが請求する弁護士費用について検討すると、弁護士費用の賠償請求については、その消滅時効の起算点は報酬金支払契約締結の時と解される(最高裁昭和四四年(オ)第八一二号同四五年六月一九日第二小法廷判決・民集二四巻六号五六〇頁参照)ところ、弁論の全趣旨によれば原告らは昭和五二年五月二〇日原告ら訴訟代理人弁護士沼澤達雄に本件訴訟の提起、追行を委任したと認められるから、報酬金支払契約締結の時期について特段の事情の主張がない本件においては、右時期以後に報酬金支払契約が締結されたものとみるべく、したがつて消滅時効が進行を開始したのは早くとも昭和五二年五月二〇日ころというべきであり、したがつて被告の消滅時効の抗弁は弁護士費用については理由がない。

そして、前記一及び二において認定した事実関係のもとにおいては、乙車の運行供用者と認められる被告は、自賠法三条に基づき本件不法行為に基づく損害として、本件弁護士費用を賠償する義務があるというべきであり、その額は、諸般の事情を考慮し、原告ら各自金一〇万円とするのが相当である。

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