仙台高等裁判所 昭和56年(ネ)522号・昭59年(ネ)533号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
【判旨】
二控訴人の右所為が、被控訴人の抵当権を侵害する不法行為にあたるか否かについて検討する。
控訴人が不動産関係の取引について一般人以上の知識を有する者であることは控訴人の自認するところであり、<証拠>を総合すれば、控訴人は昭和五〇年九月一三日、蛯沢に二三五万円を貸付けるママあたり、蛯沢から本件建物とその敷地(蛯沢はその敷地も自己の所有であると言つていた。)を担保に提供すると言われ、現地を見分する一方、不動産登記簿を閲覧する必要があると考えたが、結局、これをしないまま貸付を行つたこと、右貸付後の同年一〇月ころ控訴人は右貸付の仲介人であつた高田源九郎と共に司法書士木村某の事務所に赴き本件建物の登記簿謄本の交付申請方を依頼したところ、同司法書士から所轄の青森地方法務局乙供出張所に電話照会した結果、当日は電気工事のため謄本の発行ができないとのことであつたので、そのまま帰つたこと、が認められるが、前段認定のとおり、控訴人は同年一〇月一四日本件建物につき所有権移転登記を受けたのであり、その申請手続は前記木村司法書士に委任したものと推認されるうえ、控訴人が後に本件建物から建具等を搬出した事実関係を合わせ考えると、控訴人は右所有権移転登記の時点では、本件建物に控訴人のための債務額七〇〇万円の抵当権設定登記の存することを確知したものと推認するのが相当である。
しかして、前段認定のとおり、控訴人は蛯沢との間で本件建物を譲渡担保として控訴人に所有権を移転することとし、前示の所有権移転登記を経由したのち、同年一一月一三日本件建物の所有権を控訴人が確定的に取得する旨の合意をしたのであるが、なお蛯沢から本件建物の引渡しを受けたわけではないし、昭和五〇年一二月二五日ころ蛯沢から本件建物の勝手口の鍵一個が郵送されたことによつても、それが玄関の鍵その他本件建物の全部の鍵でないことに徴すれば、このことによつて本件建物の引渡しがなされたと認めるには十分でなく、控訴人と蛯沢との間においては、なお、担保のための所有権移転の趣旨が継続していたと認められる(当審における控訴人本人の供述中にもその趣旨の部分がある。)。
昭和五一年二月上旬ころ控訴人が本件建物から建具等を搬出したことの理由につき、控訴人は当審における本人尋問において、金を返して貰うための圧力として行つたと供述している。たしかに、右供述のとおりの意図はあつたにしても、建具等を搬出すれば外部からの侵入が容易となり建物が荒れ放題になることは容意ママに推測できるところであるから、控訴人が本件建物の所有権を確定的に取得する心算であるならば、そのようなことはしない筈であつて、むしろ本件建物に被控訴人の七〇〇万円の抵当権が附着しており、しかも前認定のとおり本件建物の敷地の所有名義が訴外蛯沢英治であることが判明したため、本件建物の所有権を取得しても、抵当権の実行により控訴人に残るものは何もないということから、抵当権侵害の結果をも容認して右所為に出たものと認めるのが相当である。
したがつて、控訴人が抵当権の効力の及ぶ建具等を取り外し他へ搬出して回復不能にしたこと自体(当審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人はその搬出にかかる建具等を一部は自分の家に取付け、その余は親族の者に引渡し、すでに殆んど残存していないことが認められる。)、抵当権者に対する不法行為となるものであるが、その結果、本件建物を荒廃せしめ担保価値の減少により抵当権者の抵当権を侵害したことにつき不法行為の責を免れないものというべきである。控訴人は、抵当権の効力が建具等に及ぶことは知らなかつたものであり、また本件建物の管理を蛯沢に依頼しておいたから、建具類搬出後の第三者による破損行為について責任を負わないと主張するが、法の不知は不法行為の成立を阻却するものではないし、そもそも建具等を搬出した行為そのものが建物の荒廃という結果を生ずべき不法行為なのであるから、控訴人の右主張は理由がない。
三そこで、損害の額について検討する。
抵当権の目的物が滅失毀損したことにより抵当権者に生ずべき損害は、その滅失毀損により担保価値の減少を生じ被担保債権の満足を受けられなくなつた場合の当該債権額である。したがつて、目的物の滅失、毀損にも拘わらず、他の手段により当該債権の満足を得られるときは、抵当権者に損害は生じなかつたことになる。
被控訴人は、抵当権の目的物たる本件建物を、破損前の原状に復するための修復費用をもつて損害とすべきであるとも主張するが、右は抵当権が被担保債権に附従する価値権であることを見ない謬論である。
しかして、<証拠>を総合すると、請求原因4の事実が認められるほか、次の事実を認めることができる。
本件建物は、建具等が完備し、内部が破損されない状態であれば借地権付の評価額が、競売物件であることを考慮し、減額して評価した場合でも、被控訴人が本件建物を競落した時点である昭和五二年九月当時五二五万九三〇〇円を下らないものであること、本件建物の所在地を管轄する青森地方裁判所の不動産競売事件においては、競売物件は通常少なくとも評価額の八割の金額で競落されることが見込まれること、したがつて本件建物は借地権付で前記評価額の八割に当る四二〇万七四四〇円により競落されることが見込まれるものであつたところ、建具等の搬出及び内部破損(以下、この双方を合わせて単に「破損」という。)後の本件建物は借地権付で二三七万三四〇〇円と評価されたこと(前認定のとおり、結局は被控訴人が右評価額より低い二一三万七〇〇〇円で競落した。)がそれぞれ認められる。
右事実関係からすれば、破損前の競落見込価額と破損後の実際の競落価額との差額二〇七万〇四四〇円(競売手続費用は破損の有無に拘らず必要であるから、ほぼ同額とみて比較の対象から除外する。)は、抵当権者たる被控訴人が本件建物の破損がなければ、これにより被担保債権(元金債権のみでも七〇〇万円に達し、現実の配当弁済額――弁論の全趣旨により二〇四万〇八七七円の配当弁済があつたことが認められる。――と右差額とを合計しても右債権額に満たない。)の一部弁済として配当を受けることができたのに、破損のため担保価値が減少し、その弁済を受けることができなかつたものであり、同額の損害が生じたものと認めるのが相当である。
次に、本件建物の破損については、建具等の取外し搬出行為は控訴人自らがしたものであるが、建物の内部破損は控訴人の建具等の搬出とその後の建物の放置行為が原因したとはいえ、第三者たる近隣の児童らがしたものであるし、また、原審における被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は本件建物から建具等が取り外され、他に搬出されて無人のままの本件建物が看守する者のない状態で放置されていることを右搬出の直後頃知つたものであることが認められるから、このような場合、抵当権者たる被控訴人はたとえ本件建物の現実の占有支配を有しないとしても、目的物に対する自己の財産権が第三者による侵害の危険に曝されているのを傍観していてよいわけはなく、可能な限りその損害の拡大を防止するための措置をとるべきことが、信義則上要求されているものと解すべきであり、その努力をしなかつたために損害の発生ないし拡大の結果を招いた場合にはそのすべてを他の責任とすることは許されないというべきである。
しかして本件においては、被控訴人は前述のように本件建物が保存上危険な状態で放置されていることを知り、かつ、事柄の性質上、その防止等の措置が困難とも認められないのに拘らず、その危険防止等の措置をした形跡は何もないから、被控訴人としても損害の発生ないし拡大について一部の責任を負担すべきものであり、その事情を参酌すれば、控訴人の損害賠償額は前記損害額(二〇七万〇四〇四円)の約八割に当る一六五万円と認めるのが相当である。
(田中恒朗 伊藤豊治 富塚圭介)