仙台高等裁判所 昭和60年(ラ)72号 決定 1985年11月28日
抗告人
株式会社徳陽相互銀行
右代表者
早坂啓
右訴訟代理人
三島卓郎
相手方
菊地豊
右当事者間の保証債務履行請求事件について、仙台地方裁判所が昭和六〇年一〇月九日なした本件を宇都宮地方裁判所に移送する旨の移送決定に対し、抗告人から即時抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
原決定を取り消す。
理由
一本件抗告の趣旨及び理由は、「原決定が、抗告人(原告)と相手方(被告)との間の冒頭記載の保証債務履行請求事件について、原裁判所が合意管轄又は、義務履行地の裁判所としての管轄を有するのに拘らず、相手方からの移送申立により、そのいずれの管轄もないものと判断して民事訴訟法三〇条一項により事件を移送したのは違法であるから、これを取消し、右移送申立の却下を求める。」というのである。
二抗告人が、原裁判所に本件訴訟の合意管轄があるとする理由は、原告たる抗告人の被告たる相手方に対する訴訟上の請求が、相手方に対する民法一一七条に基づく無権代理人の責任を追求するものであつて、その責任内容は、本人のそれと同様であること、本人と抗告人との間で管轄の合意をしており、相手方がこの管轄の合意について無権代理人として関与したことに基づき、本人と同様に責任を負うべきであることを根拠とするものである。合意に基づく管轄は、合意を基礎として本来管轄権を有しない裁判所にも管轄権を創設するものであるから、訴訟の双方当事者間にその合意が存在することを必要とするところ、無権代理人が本人のためにした管轄の合意は無権代理人を当事者とする訴訟についての管轄の合意ではなく、このことによつては、合意に基づく管轄は生じないと解する余地もあるかの如くである。
しかしながら、民法一一七条に基づく相手方の権利は、履行を求める権利又は損害賠償を求める権利のいずれであれ、無権代理人と相手方の間に本人と相手方との間に生じたと同様の一切の法律関係が成立したものとして、そこから生ずる責任を無権代理人が負うことを指す。したがつて、無権代理人が当該契約を締結するに際し、民事訴訟法二五条に則り管轄の合意をしたときは、その合意は民法一一七条に基づく無権代理人の責任を追及する訴訟についても効力を生ずるものと解するのが相当である。合意の効力は私法上のものではないが、私法的にみれば一種の権利行使の条件として権利関係に付着した利害と考えられるからである。しかして本件記録中の当該契約書写しによれば抗告人主張の管轄の合意の存することが認められるから抗告人の本店所在地の裁判所である原裁判所は本件訴訟の管轄権を有するものというべきである。
三してみると、これと結論を異にする原決定は不当であり、本件抗告は理由があるから、民事訴訟法四一四条、三八六条に従いこれを取消すこととし(なお当事者は管轄違を理由とする移送の申立権を有するものではないから申立を却下する裁判をする必要はない。)主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官田中恒朗 裁判官伊藤豊治 裁判官富塚圭介)