仙台高等裁判所 昭和61年(う)151号 判決 1988年1月28日
控訴人 弁護人
被告人 河室功 外一名 弁護人 渡部修
検察官 京秀治郎
主文
原判決を破棄する。
被告人両名はいずれも無罪。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人渡部修作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官渡邉靖子作成名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、いずれもこれらを引用する。
所論は、要するに、被告人両名には、石巻市(以下、「市」ともいう。)が広瀬興業株式会社(以下、「広瀬興業」という。)に委託して実施した原判示石巻市魚町一丁目汚水管等清掃業務(以下、「本件清掃業務」という。)について指揮監督権がなく、また、被告人らの行為と原判示各被害者らの死傷の事実(以下、「本件死傷事故」という。)との間に法律上の因果関係はなく、更には、被告人らには汚水、汚泥の含有物質の調査義務も硫化水素発生の予見可能性もなく、従つて、下水道法に基づき水産加工業者(以下、「加工業者」という。)に対し汚水管の使用を一時停止させて本件死傷事故の結果を回避すべき義務はないのに、原判決が被告人らの過失責任を認め、被告人らに業務上過失致死傷罪の成立を認めたのは、証拠の評価を誤り、事実を誤認したもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない、というのである。
そこで、所論に鑑み原判決を検討すると、原判決は、被告人らに本件清掃業務についての指揮監督権があるとしたうえ、被告人らの行為と本件死傷事故との因果関係や硫化水素発生の予見可能性を認定するなどして本件死傷事故の結果回避義務の存在を認定し、被告人らに業務上過失致死傷罪の成立を認めて有罪の言渡しをしていることが明らかである。
一 本件死傷事故の発生に至るまでの経緯について
まず、本件において格別争いのない経過的事実関係についてみるに、記録及び原裁判所において取り調べた証拠に、当審における事実取調べの結果を総合すると、本件死傷事故の発生に至るまでの経緯は、概ね次のとおりである。
1 市が保有する水産加工団地埋設汚水管(以下、「本件汚水管」という。)は、もと宮城県の所有管理するものであつたが、同県知事と石巻市長との間に締結された昭和五三年一〇月二日付漁港修築財産譲与契約に基づき同月一一日以降市に引き渡され、その後市においてこれが維持管理にあたつていた。
2 市では、本件汚水管について、石巻市公共物管理条例第四条に基づき本管、枝管ともに石巻市水産加工団地の加工業者に使用させていたが、本件汚水管の埋設されている右水産加工団地の排出水は工場排出水が主であることと、新たに立地する区域を都市計画法による市街化区域として下水道法に基づく事業認可を得るには手続上長年月を要するとの見込みから、水産加工団地を下水道法の適用除外区域とし、本件汚水管に関する維持管理は、右石巻市公共物管理条例に基づいて行われ、その事務は石巻市部設置条例及び同市事務分掌規則により石巻市産業部水産課の所管となつていた。
3 本件汚水管は、県から市に移管となる以前はもとより、移管後も清掃をしたことがなかつたことから、昭和五五年度における市の当初予算では水産加工団地内の本件汚水管清掃予算として五〇〇万円が計上されたが、同年五月ころには石巻市排水処理公社の汚水処理機能が低下し、汚水管内の汚水がマンホールから路上に吹き出すなどの事態が発生したため、汚水管内の汚泥の状況を調査し、清掃予算を増額要求することとし、同年七月六日調査が行われた結果、汚水管内の閉塞率は七〇パーセントに達していることが判明した。そこで、市では株式会社東北開発整備センターから同市魚町一丁目地区の汚水管清掃の参考見積りをしてもらつたところ、約一八〇〇万円の費用を要するとのことであつたことから、水産課では同月一八日補正予算を要求し、同月末日開催の臨時市議会において原案どおり可決されるに至つた。
4 そこで、当時、市産業部水産課課長であり、原判示の職務を担当する被告人河室は、総括表(設計書)及び仕様書を添付した施行伺を起案して上司の決裁を受け、同市総務部庶務課に対し、本件清掃業務の入札執行及び契約の締結方を依頼したが、その際、清掃の対象となつた石巻市魚町一丁目地区の汚水管の埋設状況は原判決書添付「魚町一丁目地区汚水管布設図」記載のとおりであり、直径一・一ないし一・三五メートルの汚水主管(以下、「主管」という。)の総延長は約八八九・四メートル、各加工場と主管を結ぶ直径二五ないし四五センチメートルの汚水枝管(以下、「枝管」という。)の総延長は約三五〇三・三メートルであり、清掃の方法は、枝管については機械による高圧洗浄方法を採用し、主管については作業員が直接地下平均約六・三五メートルの深さに埋設された管内に潜入し、手作業により行う方法によるものであつた。また、その際、水産加工場等の平常操業を原則とし、加工業者の生産活動を阻害しないとの基本方針から、仕様書中の業務概要の細目として、特に、「主管の清掃を行う場合は、上流部からの汚水の流出に支障を来たさないように処理すること」との一項目(細目のiii )を設け、設置区間単位のマンホールから次のマンホールヘの迂回路(バイパス)により、順次、排水の方法をとることにしていた。
5 本件清掃業務の入札については、各種汚水槽等の清掃管理等を営業目的とする広瀬興業など五業者が指名され、指名業者に対する現場説明会が同年八月七日石巻市役所第二会議室で開催され、市側から被告人両名のほか水産課流通加工係末永主事、庶務課七尾契約係長、業者側から広瀬興業総務部長千葉和丸のほか各業者の代理人が出席したが、出席した各代理人には総括表(設計書。但し、金額欄の記載のないもの。)、仕様書、図面等が配布されたうえ、被告人河室から各配布資料について口頭による補足説明が行われた。また、その際、業者側から検査方法や汚水、汚泥量等について若干の質問があり、これに対しては被告人河室が応答した。
6 同月一二日行われた指名業者による競争入札の結果、広瀬興業が一七九〇万円で落札したため、即日、水産課課長補佐の被告人青柳と末永主事が広瀬興業の千葉総務部長と仕様書、設計書、図面に基づき本件清掃業務の作業方法、作業日程等の詳細について打ち合わせ、汚水管清掃工事用図面(当庁昭和六一年押第四一号の符号四)に主管、枝管ごとの作業日程をブロツク別に書き入れたが、それによると、主管については、第一ブロツクは八月二〇日から二四日まで、第二ブロツクは同月二五日から二八日まで、第三ブロツクは同月二九日から三一日まで、第四ブロツクは九月一日から三日までの日程で下流から上流に遡つて清掃作業をするというのであり、その際、千葉総務部長から、汚水管の最下流のマンホールから排水処理場の原水槽に通ずる汚水管部分の清掃は、迂回路の設置ができないため多くの工場の休業が見込まれる八月二〇日にすることとし、清掃作業中は全工場の生活排水を除く工場排水を停止すること及び八月二〇日以外の日の工場排水(なお、この点についての関係者の供述の食い違いについては後記のとおり。)について要望され、市側においても右要望を容れて同日開催予定の加工業者に対する説明会で排水の停止及び節水について協力要請をすることとなつた。他方、枝管については、第二ブロツクが八月一九日、第一ブロツクが同月二〇日(第一ブロツクには工場が多かつたことから全工場の工場排水停止予定の日に合わせたもの。)、第三ブロツクが同月二一日、第四ブロツクが同月二二日の日程で清掃作業をし、各ブロツクの清掃該当日には工場排水を停止することなどを内容とするものであり、右の打ち合わせの結果は、被告人河室にも報告されて了承された。
7 市では、即日午後三時ころから石巻市水産物地方卸売市場二階船主控室において、加工業者に対する汚水管清掃実施に関する説明会を開催し、市側から被告人両名及び末永主事ら三名が出席したほか、広瀬興業から千葉総務部長が出席し、加工業者側からは通知をした三七業者中約二五業者と石巻魚市場株式会社の各業者が出席した。そして、主として、被告人河室から汚水管清掃の必要性と広瀬興業が本件汚水管等清掃業務を落札して業務委託を受けるに至つた経緯のほか、広瀬興業との打ち合わせどおり、主管と枝管の作業日程、作業方法及び排水関係などについて説明をし、若干の質疑応答ののち、加工業者からの要望により、各加工業者に対する協力依頼と工事日程を文書により配布することを約して、約一時間余にわたる説明会を終了した。そして、水産課では、翌一三日付の石巻市長名義をもつて、魚町一丁目の水産加工業者三七社と石巻魚市場株式会社には「水産団地内汚水管清掃工事実施に関する協力方について(お願い)」と題する書面を、魚町二丁目と三丁目の水産加工業者二九社に対しては「水産団地内汚水管清掃工事実施に伴う排出水の節水等協力方について」と題する書面(いずれも前同押号の符号三)をそれぞれ配布し、工事日程を周知徹底させるとともに、本件清掃業務の実施について各加工業者の協力を依頼したが、右各文書において、枝管清掃については、各街区の清掃当日は当該街区内工場の排水(少量の生活用排水を除く。以下、同じ。)の停止(操業休止または貯水槽への貯留等の措置)を、主管については、八月二〇日(一番街区清掃日)は全工場の排水停止、同日以外の清掃にあたつては清掃業務期間中極力節水することを依頼していた。
8 そして、同月一四日付をもつて、市と広瀬興業との間に本件清掃業務の委託契約が締結され、仕様書、総括表及び図面の添付された業務委託契約書(前同押号の符号一)が作成され、広瀬興業では右契約に則つて本件清掃業務を実施することとなつた。そして、広瀬興業では、同月一九日、千葉総務部長を現場代理人として届け出たうえ、まず、第二ブロツク(三、四、一〇番街区)の枝管の清掃を終了し、同日夕刻現場に到着した青森下水道開発センターの経営者鈴木博と打ち合わせた結果、主管の清掃について、当初予定していた下流の第一ブロツク(一、二、一一番街区)から工事を始めるのでは水量が多くポンプアツプが不可能であるとして、上流のブロツクから始めることとし、同月二〇日から二二日までは第四ブロツク、同月二三日から二五日までは第三ブロツク、同月二六日から二九日までは第二ブロツク、同月三〇日から九月三日までは第一ブロツクと工事日程を変更することとして、広瀬興業から八月二〇日付をもつて「工程一部変更申請書」(前同押号の五)が市に提出された。そこで、市側では、被告人河室が休暇中であつたことから、被告人青柳が末永主事と工程の変更に伴う支障等について種々検討した結果、枝管は予定どおり行うものであり、主管については一番街区以外は当初から汚水排出を認める状態で清掃を行うものであるから何ら支障はないものと判断し、上司の意見を徴したうえでこれを承認したが、同被告人は、清掃日程の変更を各加工業者に連絡すれば無用の混乱をひき起こすものとの配慮から、あえて清掃日程の変更を各加工業者に連絡することなく、広瀬興業に対し変更された日程に従つて工事を行うように指示し、八月二〇日には変更された日程に従い、主管については第四ブロツク(六、七番街区。予定では同月二二日までの三日間を要するものであつたが、同月二〇日の一日だけで同ブロツクの清掃は終了した。)、枝管については第一ブロツクの清掃が行われた。
9 八月二一日には、主管、枝管とも第三ブロツクの清掃が予定されていたため、広瀬興業では同日午前八時ころから同市魚町一丁目六番九号先の五、九番街区の主管内に原判示今井日出則ら五名の作業員を潜入させて作業に従事中、同日午前八時三〇分ころ同番街区の汚水管に汚水を排出させている加工業者の石巻水産加工業協同組合の加工場から排出された約四トンの汚水が同番街区の主管マンホール内に流入するに至り、右汚水中に発生していた硫化水素を吸引した右今井ら五名の作業員をして硫化水素中毒により水深約一〇センチメートルの主管内に昏倒させて溺水により窒息死させ、あるいは酸素欠乏状態等の傷害を負わせた。
以上の各事実を認めることができる。
二 被告人らの過失責任について
ところで、原判決は、原判示「罪となるべき事実」中、「一 被告人らの業務」及び「四 本件清掃の危険性と被告人らの過失」の各項において、「汚水管の維持管理の一環として汚水排出規制の役割を分担しながら本件清掃業務の全般について指揮監督する業務に従事」する被告人らとしては、本件主管清掃業務の「危険を十分考慮し、順序変更等があればその都度これを加工業者に周知させるとともに当日の作業区間の汚水管に汚水を排出流入させている加工場に対しては清掃時間中の汚水排出を一時停止するよう要請しそれが守られているかどうかを確認するとともに広瀬興業の加藤、千葉らをして作業中の右主管に汚水が流入しないようにその直近上流の枝管排出口を土のうなどで閉塞して汚水を遮断する措置を講じさせもつて事故の発生を未然に防止する業務上の注意義務があつた。」と判示している。もつとも、原判決は、右にみたように、「罪となるべき事実」の中で、被告人らの注意義務の一つとして、「順序変更等があればその都度これを加工業者に周知させる」こと(以下、「順序変更の周知義務」という。)をも掲げながら、「弁護人らの主張に対する判断」中、「第四 結果回避義務及び過失」の項において、被告人には、「1、清掃中の主管に直接汚水を流入させることになる加工場からの汚水を清掃時間中だけ一時停止させること。2、枝管を通過して清掃中の主管に流入してくる汚水をその直近上流マンホール内の上部枝管排出口を土のう等で閉塞して汚水を遮断する措置(このほかに、3として、「主管に潜入する作業員に防毒マスクを着用させること」をも必要な安全措置としているが、原判決は、前記のとおり、被告人らが、汚水排出の規制権を有する市側の担当職員としての立場から、その規制の順守、確認ないし汚水流入の遮断措置を怠つたことを過失として構成しているものといえるので、右3の措置は異質のものというべきである。従つて、原判決がその後の説示において、少なくとも1及び2の措置が安全上必要であるとしながら、3の措置については全く触れていないことからすると、右3の措置は、工事現場の責任者の注意義務としてはとにかく、被告人らの結果回避義務とは考えていないものと思われる。)が必要であつたとして、右の順序変更の周知義務には明確には触れていないので、原判決はこれを過失の一態様として掲げているか否かが疑問の存するところであるが、本件清掃業務は、前記のとおり、加工業者に節水方の協力を呼びかけているとはいえ、上流部からの汚水の流出を前提として行われ、そのため土のう等で汚水を遮断し清掃区間を迂回して排水することを清掃業務の基本的方法として採用していたのであるから、枝管とは異なり、主管清掃の順序変更はあえて加工業者に周知徹底させる必要はなく(被告人青柳が加工業者に連絡すれば無用の混乱をひき起こすものとの配慮から、あえて清掃日程の変更を連絡しなかつたのは首肯できる。)、いずれにせよ、被告人らが右の順序変更の周知をしなかつたことが、本件事故発生の責任原因となるものではない。
しかしながら、本件業務委託契約においては、受託者(広瀬興業)は、前記仕様書及び図面に基づき履行期限までに委託業務を完了させ(業務委託契約書第一条)、委託者(市)は契約の趣旨に従つな委託業務の完成に対して委託料を支払う(同契約書第一一条)という関係にあり、その業務の完成に至る間の業務の遂行上必要な事故防止義務は、原則として受託者に存し、委託者は、委託業務内容の仕様書、図面等の設計図書それ自体に過誤を伴うかもしくは特に危険な作業に不適切な指示をするなど、特別の事由のない限り、事故防止の注意義務を負うことはないものと解すべきである。けだし、本件清掃業務の性質上、それが委託業務であれ、請負であれ、右業務の具体的作業工程の内容やその決定、作業工程から生ずる危険の有無とそれに対する防止措置の要否と方法及びそれに伴う資材の調達等はいずれも業者側の裁量判断に委ねられるのが建前であり、発注者側において監督、指示すべき事柄ではないと考えられるからである。そして、この理は、後にも地方自治法による被告人らの監督権について言及するが、当面、本件事故発生に関し問題になつている主管内の汚水流入とそれに対する事故防止の措置については、本件業務委託契約書において設計図書に基づき工事を施行することが明記されているばかりでなく、前記認定のとおり、指名競争入札に先立つて行われた指名業者に対する現場説明会の席上配布された仕様書中3の(4) のiii において、「主管の清掃を行う場合は、上流部からの汚水の流出に支障を来たさないように処理すること」と定められた本件清掃業務において尚一層妥当するものといわなければならない。すなわち、市においては、原判決も説示するとおり、本件清掃業務の実施にあたり、加工業者の便益を最大限考慮し、加工業者には通常操業を維持させたまま清掃することとし(但し、枝管については機械による高圧洗浄方法を採用したため清掃該当日には当該ブロツクの工場排水を停止することとし、一番街区の主管を清掃するため八月二〇日は汚水排出を全面的に停止させることとしたが、その日以外は各工場からの排水を極力節水してもらうことにした。)、主管の清掃を行う場合、上流部からの汚水の流出を当然の前提として本件清掃業務を企画立案して清掃業者へもその旨説明していたのであるから、業務受託者である広瀬興業には工場排水の流出に伴う事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務が存し、上流部からの汚水を流出させながら主管の清掃を実施するには、当該主管の清掃区域の直近上流を土のう等で閉塞して汚水の流入を遮断し、貯留した汚水をポンプで汲み上げて清掃区域を迂回させて排出させることはもちろん、主管マンホールに直結する枝管のマンホールをも土のう等で閉塞して汚水を同様に迂回させて排水させなければならなかつたのであり、かかる業務遂行上の注意義務は直接業務を担当施行する本件清掃業務の受託者にあり、委託者たる市側もしくはその担当課職員にはなかつたというべきである。
この点に関し、本件清掃業務の受託者たる広瀬興業の専務取締役である原審証人加藤義政及び総務部長である同千葉和丸の公判廷における各供述(以下、それぞれ、「加藤証言」、「千葉証言」という。)中には、同人らと被告人らとが本件清掃業務について打ち合わせた席上、「人が管内に入つて作業をするので、工場排水を出させないようにするため、工場を休ませるようにしてくれと願いました。」(加藤証言。記録一四四丁の三七一。以下、枝番の数字のみで示す。)とか、「工場排水は全面停止してもらう。但し、生活排水については、微々たるものだからバイパスを通してポンプアツプすれば大丈夫ということを言いました。」(千葉証言。同四〇三)という部分や、当審において検察官から提出された加藤義政の検察官に対する昭和五六年一〇月一三日付供述調書(以下、検察官に対する供述調書を「検面調書」という。)には「私は水産課で主管清掃日にはその区域内の汚水は止めてもらいたい、枝管の時も止めてもらいたいということは言つています。」とか、千葉和丸の前同日付検面調書には「本管清掃日に該当する区域の業者も生活排水程度はよいもののその他は流さないこととしました。」との供述部分があるが、他方、加藤証言には、同人は、仕様書3の(4) のiii の記載を知つており、清掃区間外の上流部からも汚水が流れてくると思つたが、「ポンプを入れてバイパスを作つてやりますから、別に深くは考えませんでした。」(同三七五)、とか、清掃作業中は工場排水の全面停止は無理であるとの説明を被告人河室から受けていた旨(同三八六)の供述部分が存し、これらの点を勘案すると、広瀬興業は、仕様書3の(4) のiii 記載のように、主管の清掃を行う場合、上流部からの汚水の流出を前提として本件清掃業務を受託したものということができる。以上のことは、石巻市長作成名義の、同工事実施に際して水産加工団地内加工業者に配布された協力要請文書(前同号の三)に照らしても明白である。従つて、広瀬興業において、汚水の排出は本件清掃時間中、当該作業区間については全面的に規制されているものと了解していたとの点は信用の限りでない。そして、本件清掃業務において、市側の方針は前記のとおりであるから、当初から全面的排水規制は予定されておらず、かつ、その方針とともに工事内容を専門業者に説明のうえ、落札した広瀬興業と本件清掃業務の委託契約を締結したのであるから、全面的排水規制の措置をとらなかつたからといつて、設計書及び仕様書それ自体に過誤があるものとは認め得ない。また、加藤証言、千葉証言ともに、主管の清掃の際、市側から枝管に土のうを詰めるようにとの指示はなかつた旨供述しているけれども、当審において検察官提出の千葉和丸の同年一〇月二一日付検面調書中の「主管内にバイパスを設けそのため主管内に使う土のう用の砂は処理公社前に用意してあるので袋だけは用意するようにとの話は聞いております。」旨の供述部分からすると、広瀬興業側では市側から、主管の清掃に際して、枝管に土のうを詰めるようにとの具体的な事故防止策を指示されなかつたとしても、主管内の汚水止めとしての土のうはもちろん、枝管から主管への流入口を土のうで閉塞して清掃業務を行うなど事故の具体的防止策は広瀬興業において講すべきであつた(被告人河室の昭和五六年一〇月五日付検面調書によれば、そのための土のう用の砂は市側において、日本下水道事業団から貰うことにし、その在り場所は千葉に説明している、と述べている。)ということができ、これらの点に鑑みると、清掃業務遂行上の注意義務は、直接業務を担当施行する広瀬興業側にあつたというべきである。
もつとも、地方自治法二三四条の二第一項によれば、普通地方公共団体が工事の請負契約等を締結した場合において、当該普通地方公共団体の職員は、政令の定めるところにより、必要な監督または検査をしなければならないと定められているが、右職員の監督、検査義務は、当該工事が設計図書のとおりに施行されているかどうかを確認するなど、契約の適正な履行を確保するため、またはその受ける給付の完了の確認をするためのものというべきである。同法における監督、検査については、工事規模の大小や専門的知識の必要等、当該契約の内容・態様に様々なものがあり、検査のみによつては適正な給付の履行確認に万全を期せられない場合においては、監督担当職員が、その場所に立会い、工程の管理その他受託業者に指示することもあるが、その目的は、要するに完全な給付を受けることにあるのであつて、契約業務の遂行上生ずる災害防止を常時監視し、事故の発生を未然に防止するため業務全般について指揮監督すべきであるという積極的注意義務を負担しているものではないというべきである。これを本件についてみるに、被告人らとしては、契約の適正な履行を確保し、または業務の完了の確認をするため受託者たる広瀬興業に対して業務完了報告書を提出させ、検査を行わなければならない(業務委託契約書第一〇条)という義務があるに止まるというべきである。
しかるに、原判決は、主管マンホールに直結する枝管のマンホールを土のう等で閉塞し、汚水をポンプで汲み上げて清掃区域を迂回させて排水し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務が被告人らにあつた旨判示しているが、右判示は本件清掃業務に関する注意義務を正解しないものといわなければならない。
三 原判決は、「弁護人らの主張に対する判断」の「第一 被告人らの監督管理責任」中、「一 監督管理の必要性」の項において、地方自治体等の行政主体がその業務を外部に委託した場合における行政主体の監督責任につき、「請負か委任又は委託かという従来の伝統的な民法理論だけではなく業務委託の目的、内容、その業務が行政上どのような役割を果しているかなど種々の角度から総合的に検討することが必要である」としたうえで、市は汚水管の公共サービスと維持管理等の双方の行政責任を確保するため受託業者である広瀬興業を自己の指揮監督下におくことが必要であり、加工業者に対する汚水排出の一部規制行為は下水道法第一四条に基づく市の専権事項であつて、広瀬興業は独断で加工業者の便益を規制することは到底できないのであるから責任施工できる場合ではなく、市には清掃過程中指揮監督をする必要がある、とし、要するに、主管清掃時には、作業員に滞留汚泥及び汚水流入による有毒ガス中毒の危険があるから、汚水排出の規制権を有する市、即ち被告人らとしては、主管清掃時間中は当該作業区間内の加工業者の汚水排出を一時停止する措置をとる必要があつた旨判示する。
しかしながら、加工業者に対する汚水排出の一部規制行為は石巻市公共物管理条例に基づき市長の専権に属し(同条例には汚水排出の規制についての直接の規定は定められていないが、汚水管の使用が同条例第四条に基づいて許可され、許可の取消等が第八条によつて運用されていることからすると、汚水排出の規制も同条例を根拠として認められるものと解される。なお、原判決は、加工業者に対する加工場からの汚水排出の規制行為は下水道法第一四条に基づく市の専権事項である旨判示するが、市では本件汚水管の埋設されている水産加工団地を下水道法の適用除外区域としたことは前認定のとおりであるから、同団地には下水道法の適用はなく、右判示は失当である。)、受託者にその規制権限がないとしても、元々、市側の施工方針及び設計図書によれば、当該主管作業区間内の加工業者のみならず、その上流域をも含む加工業者に対しては、節水排出の要請以外に排出停止の規制を行わず施行する建前であり、受託者たる広瀬興業においてその趣旨を十分認識していたことも前記のとおりである(なお、広瀬興業の下請業者で主管清掃工事を請負つた青森下水道開発センターの本件被害者を含む現場作業員には、右の趣旨が徹底せず、清掃中は全面排出停止がとられているものと認識していたようであるが、下請業者の関与は市の関知しないことでもあり、市に右趣旨不徹底についての責任はない。)から、広瀬興業に規制権限のないことをもつて、直ちに汚水管清掃業務遂行の過程で生ずる事故の防止義務は市側にもあるとするのは論理の飛躍であつて、まず、受託業者が清掃過程で生ずる危険の回避に努めるべきであり、その作業中汚水排出の規制の必要が生じた場合、規制権者である市長(具体的には汚水管の維持管理にあたる被告人ら)に排水規制を申し出てその措置をとつてもらうべきものであつて、右申し出のない本件において、被告人らに排水規制の措置をとる義務は存しなかつたというべきである(なお、加工業者に対する市の汚水排出の節水方要請については、業者もその趣旨を順守していたものと認められるので、この点についての市、即ち被告人らの指示についても不適切のかどはないというべきである。)。従つて、本件汚水排出の規制権が市側にあることから、清掃業務遂行過程中に発生した汚水排出による事故についての注意義務が被告人らに存するとする原判決の判示は誤つた見解であつて、採用することはできない。
また、原判決は、業務委託契約の条項中には受託業者の責任施工の定めはなく、かえつて、右各条項は市の優位性を示していると判示する。右の「責任施工」なる文言の意味するところは必ずしも明らかではないが、恐らくその趣旨とするところは、本件業務委託契約上、受託業者にとつて加工業者は第三者であるからその便益についての規制権限がないこと、換言すれば、受託業者に独自に汚水の排出を規制する権限のある場合にのみ汚水管の清掃業務遂行の過程において発生した排水に関する事故についての全面的な注意義務があるというもののようであるが、排水の規制権限の存否と汚水管清掃過程における業務上の注意義務は別個の問題であることは前述したとおりであるばかりでなく、原判決摘示の業務委託契約の条項中、市が受託業者に対する工程表の提出やその審査(第三条)、業務の調査等(第六条)、業務内容の変更等(第七条)及び契約外事項(第一六条)の各条項は、この種の請負や委託契約においては通常定められる事項であるのみならず、市において当該契約の適正な履行確保を図るうえで必要な措置であるから、かかる条項が業務委託契約中に存在することをもつて、市の優位性を示す契約であり、ひいては所管課の被告人らに汚水管の清掃過程における業務上の注意義務があるということはできない。
のみならず、関係証拠によると、業務委託契約書(第二条)では、広瀬興業は、業務履行について、技術上の管理をつかさどる業務主任技術者を定めて市に通知するものと定められているところ、広瀬興業は、業務主任技術者として中島英二を届け出たほか、右契約書に定めがないものの、被告人河室の司法警察員に対する昭和五五年一二月二二日付供述調書によれば、石巻市建設工事執行規則に基づく工事請負契約書の様式にならつたと思われる現場代理人として千葉和丸を届け出ているが、このことは業務委託契約と工事請負契約とが、本件清掃業務に関する災害等の注意義務については、必ずしも峻別されているものではないことを示すと同時に、右千葉は、契約の履行に関し、工事現場に常駐し、その運営、取締りを行うほか、契約に基づく請負者の一切の権限を行使する責務と権限を有していたもの(前記規則第一一条第二項参照)であり、中島英二は、技術管理の業務主任技術者として作業現場における作業管理の責任者の地位にあつたものと認められるから、右の事実からしても汚水管の清掃過程における災害防止についての注意義務が市側(被告人ら)にあつたものということはできない。
以上説示したとおり、業務委託契約に基づく本件汚水管の清掃業務について、被告人河室は汚水管の維持管理に関する職務を担当していたとしても、工場排水の流出に伴う事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がなく、同被告人にかかる注意義務がない以上、同被告人の職務を補佐する被告人青柳にも、特段の事情の認められない本件においては、業務上の注意義務はなく、被告人両名に業務上の注意義務がない以上、被告人らの行為と本件死傷事故との因果関係、硫化水素による本件死傷事故の予見可能性及び本件清掃業務における具体的な結果回避義務等について論ずるまでもなく、被告人両名には過失責任を負うべき理由はない。
してみれば、被告人らに過失責任はないのにこれを認めた原判決は、証拠の評価を誤り、ひいては事実を誤認したもので、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。結局、論旨は理由がある。
よつて、その余の控訴趣意に対する判断を加えるまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件について更に次のとおり判決する。
本件公訴事実は、「被告人河室功は石巻市産業部水産課長として、被告人青柳信雄は同課長補佐として被告人河室を補佐し、それぞれ水産加工団地埋設汚水管の維持管理等に関する職務を担当し、同市が昭和五五年八月一四日同市日和が丘一丁目一番一号所在の同市役所において、広瀬興業株式会社との間に業務委託契約を締結して施行した「石巻市魚町一丁目所在汚水管等清掃業務」の清掃業務仕様書の作成、右清掃業務の監督等の業務に従事していたもの、原審相被告人加藤義政は貯水槽の清掃、管理及びこれに付帯する業務等を営む右広瀬興業株式会社の取締役で、同社が同市との間に業務委託契約を締結した右汚水管等清掃業務全般について指揮監督、施行管理等の業務に従事していたもの、原審相被告人千葉和丸は、右広瀬興業株式会社の営業主任で右汚水管清掃業務の現場代理人として、同業務の施行管理、作業員等の指揮、監督等の業務に従事していたものであるが、右清掃業務は、同市魚町一丁目から三丁目内に多数所在する水産加工場が排出する汚水を社団法人石巻市水産加工排水処理公社処理場まで導入するために、同市魚町一丁目の地下に埋設された直径一・一メートルないし一・三五メートル、総延長約八八九メートルの汚水管と、各加工場と主管とを結ぶ直径二五〇ミリメートルないし四五〇ミリメートル、総延長約三五〇三メートルの汚水管枝管の清掃であるところ、枝管の清掃については機械による高圧洗浄方式を採用したが、主管の清掃については作業員が直接主管内に潜入して手作業により行うものとして同月二〇日から同年九月三日までの間を主管の清掃作業実施期間とし、主管を下流からマンホールの設置区間を単位に、一番街区、二、一一番街区、三、四、一〇番街区、五、九番街区、六、七番街区に区割りして作業を実施することにし、当初の計画では同月二〇日に下流の一番街区の清掃作業を行い、翌二一日以降順次上流区間に遡つて清掃を行うものとし、被告人河室、同青柳において関係各加工業者に対し右作業予定を通知するとともに、一番街区については主管が右公社処理場に直結しているため、他街区から流入する汚水を迂回路を設けて排水する方途がないことから、当日の汚水排水の全面停止方を要請し、翌二一日以降の作業については作業区間上流に土のうを設けて上流から流入する汚水をせき止め、迂回路を設けて排水することにすることを理由に作業区間の内外を問わず節水のみの要請を行うにとどめたのであるが、同月一九日に至り作業順序を変更し、上流の六、七番街区から作業を実施し順次下流に移行することにし、翌二〇日関係加工業者に対し、右作業予定変更を周知させぬまま右六、七番街区の清掃作業を行つなが、前記のとおり、関係各加工業者に対しては当日の排水の全面停止方を要請していたので主管内に汚水が流入する事態にはいたらなかつたものの、被告人らは、主管、枝管には各水産加工場が汚水貯水槽等に貯水し、滞留させた魚類洗浄処理後の汚水等を排水流入させており、同汚水は折から夏期でもあつて高温による汚水の腐敗が進み人体に有害なガスを含有しているおそれがあることを知悉していたのであるから、この汚水が清掃作業実施中の主管内に直接流入すれば、主管内で作業に従事している作業員の生命、身体に危害を及ぼすおそれのあることが予想されるので、右清掃業務の監督等の業務に従事する被告人河室、同青柳としては、あらかじめ清掃に伴い予想される危険について、他の地方自治体等に問い合わせ、あるいは文献を入手するなどして、危険防止のための調査、研究を尽くすことはもとより、関係各加工業者に対し作業予定の変更を周知徹底させた上、特に当該作業区間内に直接汚水を流入させている加工業者に対しては清掃作業時間内における工場汚水排水の全面停止を要請し、かつ同要請どおりの措置が講ぜられているかどうかを確認するとともに、原審相被告人加藤らに対し主管の清掃にあたつては、これに直接接続する枝管内に汚水の主管内流入を防止するための措置を講じたうえ作業を実施するよう指示し、かつ、右措置の実施状況を確認して作業にかからせるようにし、もつて、有毒ガスを含有する汚水の主管内流入による危険の発生を未然に防止するための万全の措置を講ずべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、翌二一日、五、九番街区の清掃を行うにあたり、あらかじめ清掃に伴い予想される危険防止のための調査、研究及び関係各加工業者に対する作業予定の変更通知を全くなさなかつたばかりか、同番街区の主管に汚水を直接流入させている加工業者に対し当日の作業時間内における工場汚水排水の全面停止要請及び同要請どおりの措置が講ぜられているかどうかの確認をなさず、原審相被告人加藤らに対して汚水の主管内流入防止措置を講ずることの指示及び同措置の実施状況を確認することもせず、同人らをして同日午前八時ころから同市魚町一丁目六番九号先同番街区の主管内に作業員を潜入させて清掃作業に就かせた過失、右業務の施行管理等に従事する原審相被告人加藤、同千葉としては、主管の清掃にあたつては、あらかじめ被告人河室らに対し当該作業区間内に直接流入する汚水の清掃作業時間中における排水停止措置の有無、その実施状況について協議し、これを確認するとともに、主管に直接接続する枝管内に汚水の主管内流入を防止するための器具を挿入等して閉塞したうえ作業にかかるようにし、もつて、前同様の危険の発生を未然に防止するための万全の措置を講ずべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、同日同番街区の清掃を行うにあたり、右協議等もなさず、汚水の主管内流入防止措置も講じないまま、前記のとおり、同日午前八時ころから主管内に作業員を潜入させて清掃作業に就かせた過失の競合により、同日午前八時三〇分ころ、同町に所在し同番街区に直接排水を流入させている石巻水産加工業協同組合から排水された硫化水素ガスを含む汚水約四トンが同番街区主管マンホール内に流入するにいたり、折から同マンホール内付近の主管内で清掃作業に従事中同ガスを吸引した今井日出則(当時四三歳)、太田義雄(当時四四歳)の両名をして、硫化水素中毒により水深約一〇センチメートルの主管内に昏倒させて、そのころ、同所において右両名を溺水による窒息のためそれぞれ死亡するに至らしめたほか、同様同ガスを吸引した作業員武部恭男(当時四二歳)に対し加療約四か月間を要する有毒性ガス吸入による酸素欠乏状態及び両眼結膜下出血等の傷害を、同工藤秀一(当時三一歳)に対し加療一年八月間以上を要する有毒性ガスの吸入による酸素欠乏状態及び呼吸不全等の傷害を、同八木橋寿次善(当時三三歳)に対し加療約一か月間を要する有毒性ガス吸入による酸素欠乏状態及び両眼結膜下出血の傷害をそれぞれ負わせたものである。」というのであるが、先に認定説示したとおり、被告人らには本件死傷事故につき過失責任はなく、結局、いずれもその証明がないから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高山政一 裁判官 泉山禎治 裁判官 千葉勝郎)