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仙台高等裁判所 昭和61年(ネ)231号 判決 1988年2月15日

控訴人(第一審被告)

秋満敏克

右訴訟代理人弁護士

齋藤正勝

被控訴人(第一審原告)

東芝クレジット株式会社

右代表者代表取締役

増田武雄

右訴訟代理人弁護士

高橋勝夫

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、控訴代理人において別紙のとおり主張し、被控訴代理人において右主張を争うと述べたほかは原判決事実摘示及び当審記録中証拠関係目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一控訴人と被控訴人との間で昭和五九年二月二七日、被控訴人主張の立替払金返済契約(以下、右契約を「本件立替払契約」という。)が締結されたこと、被控訴人が右契約に基づき訴外会社(宮城ダイハツ販売株式会社)に対し金九〇万円の立替払をしたことの各事実は当事者間に争いがない。

二そこで、被控訴人の右契約に基づく本訴立替金請求の当否について検討する。

1  <証拠>を総合とすると次のとおりの事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1)  控訴人は昭和五四年二月頃、運送業(主にいわゆる宅配便)を営む有限会社メール・エンゼル社(代表取締役・鎌倉祐潔、本店・仙台市扇町。なお同社は実質的には右鎌倉の個人経営である。以下右会社を「エンゼル社」という。)に入社した。(2)ところで自動車の販売業者である訴外会社は昭和五五年頃からエンゼル社に対し自動車を売却していたが、更に同五八年四月二二日ダイハツ五八年式ハイゼットブラインドバン三〇台を一台当り現金価格金七二万円、割賦払、代金完済まで所有権留保の約定で売渡し、エンゼル社は右購入した自動車をその姉妹会社である有限会社キャディサービス仙台(代表取締役は右鎌倉、本店・仙台市国分町、営業目的・軽車両等運送事業等、以下「キャディサービス」という。)に貸与して同社に使用させていたが、同五九年二月頃、エンゼル社では、従業員の収入の増加と訴外会社に対する自動車購入代金の決済を図る目的で、従業員の中で自ら営業用車両のオーナーとなり、請負形式で宅配業務に従事し、あるいはエンゼル社に貸与して使用料(リース料)の収得を希望する者に対し、先に訴外会社から購入したブラインドバンを一台ずつ取得させるようにすること(オーナーズ制度の採用)、右希望者はその取得しようとする自動車の代金を信販(クレジット)会社のクレジット(立替払)を利用して訴外会社に払込み、その分エンゼル社の自動車購入代金の支払負担を軽減することを企図し、その頃訴外会社(担当者は同社特販課長の天野俊地)と交渉した結果両者間に大要次のような内容の合意を締結するに至つた。その内容は、(ア)エンゼル社の指名する同社の従業員は、信販会社に対する自動車購入代金の立替払についての申込の代行を訴外会社に依頼し、訴外会社は右従業員に代つて同社と加盟店契約を結んでいる被控訴人に立替払を委託する、(イ)被控訴人から訴外会社に対し、右申込をした従業員について立替払の承認をする旨の通知があり(なお前記甲第一号証の約款一条一項によれば立替払契約はその時点で成立するとされる。)、かつエンゼル社から訴外会社に対し、当該従業員に譲渡すべきこととなる自動車を特定通知したときは、先に訴外会社とエンゼル社との間で成立した三〇台のダイハツ車の売買契約のうち当該自動車の部分は合意解除となり、訴外会社は右従業員に対し右合意解除となつた分の自動車を売却する、(ウ)エンゼル社は右売却対象車をキャディサービスから回収して当該従業員に引渡すなどして占有を移転する、というものであつた。(3)控訴人は前記オーナーズ制度を利用しようとする従業員の中の一員であつたが、エンゼル社から指示されて同年二月二七日頃訴外会社に出むき、同社に用意してあるダイハツオート・サービスクレジット契約書の契約者(立替払委託者)欄に署名押印をして被控訴人に対する立替払契約の申込の代行を依頼した(右契約書が甲第一号証である。なお右契約書の自動車の欄はなんら記入がなく空欄のままであつた。)(4)訴外会社から右クレジット契約書の送付を受けた被控訴人は同月末頃、右契約に基づき控訴人のために売買代金の立替金として訴外会社に金九〇万円を送付した(右立替払の事実は前記のとおり当事者間に争いがない。)が、エンゼル社は訴外会社に対し合意解除のうえ控訴人に売渡すべきこととなる自動車の特定を通知することがないまま同年五月末頃、購入自動車の代金の支払のために訴外会社に振出した手形を不渡りにして倒産し、その代表者である鎌倉祐潔は行方不明となつた。そこで同年六月訴外会社はエンゼル社に売却した前記ダイハツ車三〇台のうち一〇台を所有権留保条項に基づき車両預りの名目でエンゼル社(ないし同社から貸与を受け使用中のキャディサービス)から引揚げて回収し、エンゼル社に対する売却代金を回収するために右引揚げにかかる自動車を他に売却して処分した(なお右売却処分した自動車の中には、エンゼル社が控訴人に取得させることを一応予定していたダイハツ車が含まれていた。)。

2  右認定事実によれば、本件立替払契約は、販売店たる訴外会社と購入者となるべき控訴人との間に未だ売買契約が成立しないまま、あるいは成立したとしてもその効力の発生をみない段階で成立したものであるところ、右売買契約は結局において成立しないこととなりあるいは成立したとしても、自動車を引渡すことは不可能となり、結局において売買契約はその目的を達することができないこととなつたものというべきである(なお前記甲第一号証に不動文字で印刷された契約条項(附合約款)が第一条二項には、「販売店(クレジット取扱店)と購入者間の売買契約は、その申込があつた後、販売店が購入者に代つて被控訴人に対し立替払契約の申込をしたときに成立する。」旨の記載があるが、右条項は販売店が購入者に対し直ちに義務の履行がなされうる通常の売買契約を前提としたものであつて、本件のごとくすでに他に売却してある自動車を合意解除のうえ改めて売却するという特異な事例には適用しえないものであるというべきである。)。

3 ところで、昭和五九年法律第四九号割賦販売法の一部改正によつて新設された同法三〇条の四の規定の施行(同年一二月一日施行)以前においては、購入者と信販会社との間の立替払契約は、経済的には信販加盟の販売店と購入者との間の売買契約と密接な関係があるとはいいえても、法的には一応別個独立の存在というべきであるから、当事者間に特約があるなど特段の事情の存しない限りは、売買契約の成否やその効力の消長が直ちに立替払契約の成否やその効力に影響を及ぼすものではないというべきであるが、購入者と信販会社との間で右立替払契約の成立やその効力の発生・消滅を右売買契約の成立やその効力の発生・消滅にかからしめるなどの明示の特約をしなかつた場合においても(なお売買契約に基づく購入物件の引渡の有無やそのかしを原因とする購入者と信販会社間の紛争が多発し、時として購入者の保護に欠く結果となる事態が生じたため、昭和五五年に通産省の行政指導により社団法人日本割賦協会及び同全国信販協会により個品割賦購入あつせん契約標準約款=いわゆる昭和五五年改訂標準約款が作成され、大方の関係業界で採入られるに至つたが、その八条は、その第一項において「商品の瑕疵故障等については、一切購入者と販売店との間で処理し、購入者はこれを理由に信販会社に対する支払を拒むことができない。」旨規定とすると共にそのただし書として、「ただし購入者において商品の瑕疵または商品引渡の遅延が購入目的を達することができない程度に重大であつて、購入者がその状況を説明した書面を提出し、その状況が客観的に見て相当な場合はこの限りではない。」と規定し、その第二項は「右但書の場合、信販会社は残存する立替払債権を商品の所有権と共に販売店に譲渡し、購入者は右支払拒絶理由が解消されるまでの間販売店に対する支払を拒むことができる。」と規定し、部分的にではあるが、売買契約と立替払契約の関連性ないし相互依存関係を認めたうえ購入者に抗弁権を付与しその保護を図つたことは周知のとおりである。後記のごとく、本件においても甲第一号証=ダイハツオート・サービスクレジット契約書の契約条項八条に右標準約款八条と全く同旨の規定が採用されている。)、当事者の契約意思を合理的に解釈すれば、購入物件の引渡の有無など売買契約に基づく販売店の義務の履行とは完全に無関係に立替払を委託し、何はともあれ、信販会社に対する支払義務は負担するということは通常考えられず、換言すれば立替払契約と売買契約とはその成立、効力発生ないしその履行の点において相互依存の関係にあると考えていると解するのを相当とし、しかも前記買主の抗弁権を認める新法条の施行が近づいた時点においては売買契約に基づく引渡の有無を原因とする購入者と信販会社間の立替金(求償金)をめぐつての紛争が多発したことは周知の事実であり(その故にこそ前記法条制定の気運が生れたものである。)、信販業者も右状況は当然知悉していたことを考慮すると、信販会社が直接購入者と立替払委託契約を締結する方式をとらず、加盟販売店を通してその手続がなされ、しかも信販会社において販売店と購入者との間の売買契約の正確な詳しい内容ないしは引渡などの履行の有無につき購入者に問い合せるなどして確認しようと思えば容易にこれらの措置をとりえたのにこれに格別の関心を払わずなんら確認することもしなかつた場合においては信義則に照らし、信販会社と購入者間に立替払委託契約の成否・効力を売買契約の成否・効力にかからしめるとの暗黙の合意(換言すれば、購入者に対する引渡等の確認をすることなく立替払を実行するときはその実行による危険は信販会社が負担するとの特約)がなされたものと認めるのを相当とする。

4 そこで本件についてこれをみるに、本件立替払契約に前記のごとき右契約の効力等を訴外会社と控訴人との売買契約の効力等にかからしめる旨の明示の合意がなされたことを窺わせる証拠は存しないけれども、(もつとも、前記甲第一号証の契約条項に、購入対象物件に瑕疵がありあるいはその引渡に遅延があり購入目的を達することができない場合にはその事由を被控訴人に対し主張しうる旨の条項がうたわれていることは前述のとおりであり、右条項の存することは右条項の設けられた趣旨に照らし当事者の合理的な契約意思を解釈するうえにおいて十分配慮されるべきものである。)前記1に認定のごとく本件立替払契約はすべて信販の加盟店である訴外会社を介して行なわれ(通常、信販会社は立替払委託の申込を受けた場合購入者の信用を調査のうえ立替払をすべきか否かを決定するのであるが、成立に争いのない甲第二号証及び原審証人山田勇の証言によれば、本件においては、被控訴人は控訴人の信用調査を全く行なうことなく、控訴人に代つてなした訴外会社の申込をいわば鵜呑みにした形で申込を承認し直ちに立替払を実行していることが認められ、右事実によると、訴外会社に本件立替払契約の成立につき被控訴人の代理人的側面が濃厚に存することは否定できない。)、また前記甲第一号証、原審証人山田勇の証言、当審における控訴人本人の供述に弁論の全趣旨を総合すると、被控訴人において訴外会社ないし控訴人に対し、立替払申込にかかる訴外会社と控訴人間の自動車売買契約に関し、その車種、年式、車台・登録番号及びその引渡の有無の照会などの方法による的確な調査、確認をするについて特段の支障となるべき事情が存在しないのにもかかわらずこれらの措置をとることなく、しかも前記のとおり、訴外会社から届けられたクレジット契約書の自動車の欄は全く空白であり、いかなる自動車が売買されたか(あるいは売買の予定か)不明なまま、これに関心を払うことなく直ちに立替払を実行したものであることが認められるところであるから、本件立替払契約には信義則に照らし前記特約が暗黙のうちに合意されたものと認めるのが相当である(なお、被控訴人の立証その他本件全証拠によつても、控訴人において、エンゼル社ないしその経営者である鎌倉祐潔らと相謀り、自己あるいは同人らの利益を図るなどなんらかの目的で、訴外会社からの自動車の購入あるいはエンゼル社からのそれの譲受けを仮装し、被控訴人をして訴外会社に対する立替払を実行させたことを認めることはできない。)。

5  そうだとすれば、前示のとおり訴外会社と控訴人との間で予定された自動車の売買契約は結局において締結されずじまいとなり、あるいは仮に不特定の(ないしは種類が限定された)自動車を目的とする売買契約が成立したと認めうるとしても、その特定をみることなく履行不能となり売買としての効力の発生をみるに至らなかつたものであるから結局において本件立替払契約はその効力の発生をみるに至らなかつたかあるいはその効力を失うに至つたものというべく、したがつて右契約の効力の発生、存続を前提とする本訴請求は理由がなく失当というのほかはない。

三よつて被控訴人の請求を認容した原判決は相当ではないからこれを取消すこととし、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊藤和男 裁判官岩井康倶 裁判官西村則夫)

別紙(控訴人の当審における主張)

一 訴外宮城ダイハツ販売(株)は昭和五八年四月二二日三〇台の車を訴外(有)メールエンゼル社に売り渡している。

その後、訴外(有)メールエンゼル社からの申し出により三〇台のうち約一〇台の車について従業員らに車を取得させる計画を立て、被控訴人の了解も得て車輛を不特定のままクレジット契約を締結させた。

しかし車輛が特定していない為、訴外宮城ダイハツ販売(株)と訴外(有)メールエンゼル社との車輛売買契約の一部も解約されていなかつた。

その後、昭和五九年五月三〇日訴外(有)メールエンゼル社は不渡りを出したので、訴外宮城ダイハツ販売(株)は三〇台の車輛全部を引き上げ売却してしまつた。このことは、被控訴人から訴外宮城ダイハツ販売(株)が立替払いを現実に受けていなかつたおそれがある。

仮に立替払いがあつたとすれば、訴外宮城ダイハツ販売(株)が立替払いを受けた車輛をも売却しており利得を得ていることになるから不当利得であり、被控訴人は立替金の返還を訴外宮城ダイハツ販売(株)に請求すべきである。

二 本件クレジット契約の車輛は特定していない。

従前訴外(有)メールエンゼル社が使用占有していたままの状態が同社の昭和五九年五月三〇日の倒産時点まで継続したものである。

而して控訴人は如何なる方法をもつても車輛の引き渡しは受けていない。

三 又、車輛は既に訴外宮城ダイハツ販売(株)において売却処分されてしまつたのであるから、控訴人は引き渡しを今後受けることもできなくなつているので、被控訴人に対する割賦金を支払う義務もない。

もし、控訴人に車輛の引き渡しもできない状態で被控訴人の請求を認めることは信義則に反し権利濫用である。

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