仙台高等裁判所 昭和62年(う)199号 判決 1988年10月13日
国籍
朝鮮
住居
岩手県北上市常盤台一丁目一番五九号
パチンコ店経営
滝本こと金成萬
一九二二年八月一八日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和六二年一〇月七日盛岡地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官京秀治郎出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役一年二月及び罰金五〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人石川克二郎提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官京秀治郎提出の答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
控訴趣意一 事実誤認の主張について
所論は要するに、原判決は昭和五八年六月ないし八月におけるパチンコ売上額の一部を不合理な推計により過大に算定し、昭和五六年ないし同五八年分の経費支出の一部を計上もれとしたことにより、各年分の所得金額を過大に認定している点で事実の誤認があり、右誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というものである。そこで記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を合わせて検討する。
一 釜石店における昭和五八年六月ないし八月のパチンコ売上額の推計計算について
所論は、原判決は釜石店(釜石市所在の朝日会館をいう。以下、原判示にならい、山田町所在の山田朝日会館を「山田店」という。)における右三か月分の売上推計金額について、原判示検察官方式及び宗像方式を排斥し、各月の推計金額として六月は六一〇万五三〇〇円、七月は六一七万三〇〇〇円、八月は六一四万一四〇〇円(合計一億八四三九万九七〇〇円)と算出したが、右金額は事実に遠く、宗像方式によるのが合理的で、これによると、六月は五五七五万〇八五九円、七月は五六二三万三二五二円、八月は六七四六万六一二〇円(合計一億七九四五万〇二三一円)と算出されるのであって、原判決は六月及び七月を過大に、八月はむしろ過少に認定し、合計額では四九四万九四六九円を過大に計上した誤りがある、というのである。
釜石店における昭和五八年六月ないし八月のパチンコ売上額については、直接これを把握し得る証拠がなく、間接証拠によってこれを推計する必要が認められるところ、その推計方法及び推計金額につき、原判決は、(a)検察官方式、すなわち、昭和五八年一月ないし五月及び九月ないし一二月分について決算メモ等に基づき確定し得る各月別の実際売上額とこれに対応する各月の公表売上額(金銭出納帳簿記載の売上額に取引先菊丹に支払われた換金用商品仕入額を加えたもの。)とを対比し、各月ごとに売上除外率(<省略>)を算出し、このうち繁忙期で売上が上がり売上除外額及び売上除外率の高い一月と一二月とを除いた残り七か月分の一か月の平均除外率二四・四%を算出し、六月ないし八月分の公表売上額に右の平均除外率を用いて右各月の推計売上額(<省略>)を算出する方法(原判決別表A)と、(b)宗像方式、すなわち、証拠上確定し得る昭和五七年分の各月の実際売上額に基づき一月分を一〇〇%とした場合の他の各月の割合を売上指数とし、昭和五八年一月の実際売上額を一〇〇%とみて、その売上金額に昭和五七年六月ないし八月の売上指数を乗じてそれぞれ昭和五八年六月ないし八月の推計売上額を算出する方法とを対比し、「両方式ともいわゆる本人比率法による計算方法で推計の基礎資料も多く存し、ともに一応の合理性がある」ことを認めつつ、両者を比較検討のうえ、検察官方式の方が宗像方式よりも緻密な考慮が働き、より合理的であるが、できるだけ控え目に推計するのが 脱所得の証明の本旨にそうとの見地から、検察官方式に立脚しつつ、平均除外率の計算については、昭和五八年一月、一二月分の外除外率の高い二月分をもこれより除いた平均除外率二二・七%を妥当な数値とし、これをもって同年六月ないし八月分の推計売上額を算出する方法(以下、「原判決方式」という。)を採った。以上の売上指数、平均除外率並びに検察官方式、原判決方式、宗像方式に基づく推計売上額は別紙1売上推計比較表のとおりであり、原判決が認定した右三か月分の推計売上額(一億八四三九万九七〇〇円)は、検察官方式の推計額(一億八八五四万六三〇〇円)よりも四一四万六六〇〇円少なく、所論の主張する宗像方式の推計額(一億七九四五万〇二三一円)よりも四九四万九四六九円多い。
本件における推計の必要性と関連証拠の収集状況にかんがみると、検察官方式も一応の合理性を有するとしつつ、更により控え目に推計売上額を算出すべきものとした原判決方式の合理性は当裁判所においても一応これを肯認すべきものと考えるが、所論にかんがみ、宗像方式による推計の合理性について原判決がこれを排斥すべきであるとした主な理由三点(「事実認定の理由」一、4、(二)の(1)、(2)、(3)点)の当否を中心に宗像方式の合理性を検討する。
原判決は、「(1) 宗像方式では、昭和五七年と五八年の各一月の売上を一〇〇%とし、五八年三月、一一月の新台入替の月の影響という特殊事情のない両年の各二月、三月、九月ないし一一月の売上指数と対比すれば、すべて指数が八〇%台に並び、当該月の指数の差も〇・四%ないし二・八%と僅少であって(原判決別表B(一)、本判決別紙1の表中「売上指数」の欄)、平均化しているといえる。」としつつ、「山田店における同様の売上指数(原判決別表C)によれば、同店の各月の売上指数にはかなりのばらつきがみられることから、釜石店の売上指数の右のような平均化は多分に偶然の現象ではないかと考えられないこともない。」旨判示している。しかし他方、所論の指摘するとおり、釜石店と山田店の所在都市の人口、産業、職業構成、同業店舗数のみならず、当時における両店のパチンコ台数、従業員数(釜石店=約二六八台、約二三人、山田店=一二九台、約八人)等営業規模もかなり異なること等関係証拠によって認められる諸事情を勘案すると、両店における売上指数の動き方にはもともと相関関係は認められないとの推論も成立する余地があるから、右理由づけは決定的なものとは考えられない。
原判決は、「(2) 宗像方式では、昭和五八年の事情が影響を与えるのは一月の売上確定に対してのみであって、他の月には全く影響を及ぼさず、折角証拠上確定されている同年六月ないし八月の公表売上額が何ら生かされていないことから不合理であるというべきである。」と判示しているが、宗像方式はもともと同年分の公表売上額を推計の基礎としない代わりに証拠上確定される昭和五七年の各月の実際売上額と売上指数をもとに、昭和五八年の売上推計をしようとするものであるから、右の判示は推計の方式の相違(売上除外率を用いる検察官方式との相違)を捉えて論難するにひとしく、右理由づけにはたやすく左袒しがたい。宗像方式は、釜石店においては、昭和五七年及び五八年の二年間にパチンコの台数にさしたる増減もなく、通常季節的に年始、年末の一月、一二月及び盆の月には売上が伸びること、各月ごとの売上指数の増減は両年度とも類似していること、昭和五八年四月及び五月の売上指数の高いのは、同年三月に新型機械フィーバー一〇〇台を入れ替えた特殊事情によるものであるから、この両月は推計対象外とすべきであるが、同年六月以降にはその影響はないので、前年同月の売上指数をもって推計すべきこと等(証人宗像日出雄の原審第一一回公判及び当審第二回公判証言、申告所得税の審査請求書)を推論の根拠とするものであって、右の仮説的な前提事実がたやすく否定されない以上、宗像方式による推計もいちがいに不合理として排斥されるものではない。
原判決は、「(3) 宗像方式により、昭和五七年の売上指数をもって、五八年一月を基礎として同年二月ないし五月、九月ないし一二月の各月の売上を計算すれば、宗像方式による算出額と実額表(原判決別表Dとして添付されたもの。その各月の推計算出した金額及び実際の売上額は本判決別紙2の同表のA、B欄と同じ。)のとおりとなって、証拠上認められる実際の売上より三一九五万円(B-A=31,955,801円)少なくなり、ちなみに、四、五、一二月を特殊事情があるものとして除いても一五五一万円(B-A=15,515,676円)少なくなることは、やはり不合理さを免れない。」と判示する。以上によれば、宗像方式をもって昭和五八年の各月(推計対象月を除く。)の実額との対比検証を試みるときは、同方式が著しい過少推計となる不合理が一応論証されるというべきである。しかし、所論の指摘するとおり、四、五、一二月を除いて二、三、九、一〇、一一月の売上額を宗像方式により推計した場合、その推計額は実際売上額を僅か一七〇万五八九五円下回るに過ぎないのに、この金額を一五五一万五六七六円とした原判決の計算は明白な誤りという外ないが、宗像方式においては、既述のように、特殊事情(新台入替による売上増、売上指数の高率)により除くべきであるのは四月及び五月分のみというのであるから、そうすると一般的に売上の伸びのある一二月分は除くべき理由がないことになるので、原判決が何故一二月分をも除外し、しかも単純な計算違いとは考えられない著差の計算値を算出したのか理解し得ない。ちなみに一二月分を除外せず、四月及び五月分を除いて前記の計算を試みると、別紙2のとおり、一五二一万五六七六円となり、原判決の計算(三〇万円の差は原判決の誤算かと思われる。)と符号することが認められるのであって、結局原判決は、右の一二月分を除外しないで計算しながら、判文には誤ってこれを除外する月に加えたものと推認でき、そうすると宗像方式によれば過少推計の不合理がある旨の原判決の結論は正当である。
右のように、宗像方式による推計が実額との対比検証の結果大幅に食い違ったゆえんは、昭和五八年の売上額を推計するに当たって同年の売上指数を用いず、すなわち、推計方法に採用した基礎事実、認定資料の選択が、本件事案にとって不適切であったことによるものというべきである。宗像方式は、前記のように、昭和五七年分の同年一月(基準月)に対する六月ないし八月の売上指数を昭和五八年分の各応当月に適用しようとするものであるが、本件のように昭和五八年分についてかなり豊富で適切な資料が把握されている事実関係のもとにおいては、その資料をも基礎にして推計する方法が、より実態を反映したものということができる。この点宗像方式は、昭和五八年一月以外の同年分について把握されている月別の具体的計数を考慮せず、昭和五七年分と同五八年分の売上パターンが同様であるとの前提に立脚しているか、このことは、パチンコ営業は一般の物品販売と性格を異にした特殊の営業であって、各月の売上は種々の要因によって大きく影響されるとする所論とも矛盾するものである。証拠によると、釜石店の昭和五七年分と同五八年分のみならず、同五六年分との売上指数の対比、山田店における各年分の月別、年別の売上指数には相当のばらつきが認められ、これらの点は、店舗の立地条件、営業規模等の差異からは説明困難である。少なくとも釜石店における売上額、売上指数については昭和五七年と同五八年について各六月ないし八月を除いて対比考察が可能であるところ、五八年分の売上額及び売上指数は平均的に増加の傾向にあることが顕著である。そうすると推計に当たってもこの点をできるだけ反映したものであるべきところ、宗像方式は右のような昭和五八年分の実情等を反映させなかったため、同方式によれば、昭和五八年の把握できる売上は、原判示別表Dのとおり実際の売上より三一九五万五八〇一円少なく、四月及び五月を除外しても前記のように一五二一万五六七六円の大きな差が生じているのであってこの点は同方式の欠陥として看過し得ないところである。
以上のような観点によれば、原判決方式は、宗像方式に比し合理性を有すると認められるが、更に宗像方式にできるかぎり昭和五八年分の実情を反映させつつその合理性を検証してみることとする。昭和五七年と同五八年の各六月ないし八月を除いた各月の売上額を対比すると、昭和五八年は前年に比し、平均的に増加の傾向をみせており、売上額で約二〇・五%、売上指数では、前年の平均に比し約五・七%、特殊事情があるとされる四月及び五月分を除いても約三・六%(売上指数平均率については少数点二桁以下切捨ての概算とする。)増加していることが両年の実際売上額の対比により容易に認定できる。そうすると、宗像方式に則り、昭和五七年の売上指数に昭和五八年分指数の平均上昇率分(少なくとも三・六%)を加えたものをもって同年各月の売上指数とみなすことにより、原判決の(3)点に対する批判も当たらないこととなるとともに、右の趣旨において昭和五八年分をも反映することになる。これを仮に「修正宗像方式」とし、昭和五八年分の実際売上額との推計対比を試みると、別紙2表(A'欄)のとおりとなり、その差額(B-A')は三三万〇四〇二円の僅差となる。そこで、「修正宗像方式」により、昭和五八年六月ないし八月の売上額を推計するため、昭和五七年六月ないし八月の各売上指数にそれぞれ三・六%を加えた数値を修正売上指数として推計計算すれば、その結果は別紙1の「修正宗像方式」の欄記載のとおりとなり、原判決方式に比し、六月及び七月は売上額が減、八月は増となって、所論の趣旨にそうことになる。右の修正方式によると、その推計合計額は一億八六八九万二八六七円となり、原判決方式一億八四三九万九七〇〇円を二四九万三一六八円上回ることとなる。
以上によると、昭和五七年分の売上指数をもって昭和五八年分の売上推計を試みた宗像方式には、その合理性に難点があって採用しがたく、右売上指数を昭和五八年分のものに修正して売上推計を試みても、その全体の算出額は原判決の推計計算を下回ることはないというべきであり、本件は被告人控訴であるので、いずれにしても原判決の認定した売上推計金額には、所論指摘の諸点を検討しても事実誤認があるとは考えられない。論旨は理由がない。
二 経費について
所論は、原判決には、その認定した経費の外、(イ) 三年分の旅費交通費として各年につきそれぞれ金一二〇万円、(ロ) ガソリン代として一か月金三万円、(ハ) 接待交際費として昭和五六年及び昭和五七年分としてそれぞれ金四〇〇万円を認定すべきであるのに、これを計上しなかった点に事実の誤認がある、というものである。
しかしながら、原審取調べの各証拠によっても、必要経費について原判決が認定した点に誤りがあるとは認められず、(イ)の旅費交通費については、大蔵事務官小山勝彦作成の必要経費調査書には所論の指摘する旅費交通費の項目、金額はないところ、被告人は右調査書の費用一覧表の項目について、おかしいという点は見当たらない旨供述し(被告人の検察官に対する昭和六〇年六月二一日付供述調書13冊三六二六丁)、原審公判においても、「昭和五六、五七、五八年には新機種を見るために月三、四回上京出張し、一回平均五、六万円を要したが、こういう経費は認めないと思ったから記帳しなかった」旨供述(原審第一五回公判、15冊六六四丁以下)するのみである。およそ簿外の経費支出については、少なくともその基礎となるべき出張の目的、必要性、時期、回数、それに要し又は要すべき金額などについて具体的に指摘する必要があるところ、何らの事実摘示もないうえ、右事実を窮うに足りる的確な資料もないことに徴すると、たやすくその主張を認めることはできない。また、(ロ)のガソリン代、(ハ)の接待交際費についても、前同様これを推計認容すべき具体的な事実もそれを窮い得る資料もない。
その他記録を調べても、所論の経費支出の主張に対し、すでに認定した額以上に本件にかかる経費を認める必要はない旨の原判決の認定に誤りがあるとは考えられない。論旨は理由がない。
控訴趣意二 量刑不当について
所論は、要するに、原判決は被告人に対し懲役一年四月の実刑並びに罰金七〇〇〇万円(金一〇万円を一日に換算)に処したが、換刑処分が執行されると被告人は三年三か月余りの刑務所生活をやむなくされることや同種の脱税事件の判決の量刑状況にかんがみ、原判決はことに懲役刑に執行猶予を付さなかった点で重きに失し不当である、というのである。
そこで検討するに、本件はパチンコ遊技場を経営する被告人が、原判示「罪となるべき事実」のとおり、三年間にわたり不正行為により巨額の税を免れた、という事案であり、その逋脱額は合計三億三四三二万六〇〇〇円に達し、各年分の逋脱率も優に九〇%を超えていること、その手段も売上を除外し、仮名預金を設定し、従業員に過少記帳を指示するなど、巧妙、悪質といえることに加え、この種の犯行が税負担の公平を害すること等原判決が量刑の理由に説示する点は、十分首肯し得るのみならず、被告人は本件後においても免れた本税のうち、昭和五八年分九五五三万三一九三円並びに三年分の重加算税合計一億〇一二二万六〇〇〇円その他延滞税を含め二億三六三八万七八九三円(昭和六二年一一月末日現在)を滞納していることなどに徴すると、情状も芳しくなく、形式的・表面的に同種他事件の判決結果と比照して、原判決の量刑が公平、平等に反するとの非難は当たらないものといわなければならない。
しかしながら、被告人にはこれまで前科はなく、本件後経理の改善につとめ、再起をはかっていること、これまでに二年分の本税二億五八一八万五七〇七円と利子税九万円余を納付し、前記の未納分もことさらな懈怠によるわけではなく、その後の経済状況の変化によるものと思われること、本件により科せられる罰金刑についても完納の資力が危ぶまれるうえ、今後も巨額の租税負担が窮われることなどに、被告人の年齢(六六歳)をも考慮に入れると、これらの事情はいわば身から出た錆によるものとはいえ、量刑上これを斟酌すべきである。
以上を総合勘案すると、原判決の量刑懲役一年四月の実刑及び罰金七〇〇〇万円(一〇万円を一日に換算)については、前記犯情にかんがみ懲役刑の執行を猶予しなかった点はともかく、その刑期及び金額の点において重きに過ぎて失当と考えられ、破棄を免れない。論旨はこの限度で理由がある。
よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、更に判決することとする。
原判決の認定した罪となるべき事実に、挙示の法令を適用、処断した刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年二月及び罰金五〇〇〇万円に処し、刑法一八条により右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高山政一 裁判官 小島建彦 裁判官 千葉勝郎)
別紙1
売上推計比較表
<省略>
別紙2
宗像方式による算出額と実額表
<省略>
昭和六二年(う)第一九九号
○ 控訴趣意書
被告人 金成萬
右の者に対する所得税法違反事件について控訴の趣意は左記の通りである。
昭和六二年一二月二八日
弁護人 石川克二郎
仙台高等裁判所第二刑事部 御中
記
一、原判決は朝日会館釜石店における昭和五八年六月ないし八月までのパチンコ売上げ額及び昭和五六年、五七年、五八年の経費支出について、事実の誤認がありその誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかである。
(一)、売上額について
(イ) 原判決は昭和五八年六月ないし八月までの三ヶ月のパチンコ売上額についての推計計算について検察官の計算方式及び弁護人主張の宗像計算方式を排し、一月、二月、一二月は除外して三月ないし五月、九月ないし一一月の六ヶ月の売上額合計、公表売上額合計、売上除外金額を出した上、売上除外金額合計額を実際の売上合計額で除しパーセンテージ二二・七%を出し、六、七、八の公表売上額を一マイナス〇・二二七を以て除した数値で各月の推計売上額として六月は金六、一〇六万五、三〇〇円、七月は金六、一八七万三、〇〇〇円、八月は六、一四六万一、四〇〇円と算出した。
原判決は弁護人主張の宗像計算方式について、この方式は五七年と五八年の各一月の売上指数を一〇〇%として各月の売上指数を出しているが、昭和五八年四月の売上額が五七年四月に比して一、八三九万四、〇〇〇円も異常に増加しており、これは同年三月二三日、二五日に一二三台の機械入替をしたこと、換金割合を六一%と大巾にアップしたこと等が原因となっている特殊の月だったのでこれを除いて五七、五八年の各二、三、九、一〇、一一の売上指数を対比すればすべて八〇%台に並んでいることを認め乍ら、五七年の六、七、八月の指数によって五八年六、七、八月の売上額を推計することを排斥している。
(ロ) 原判決のその根拠として山田店における売上指数表を出し、五七年と五八年の各月の指数がかなりの差があるとしている。
原判決は釜石市と山田町はいずれも岩手県の三陸海岸の街で自動車で三〇分位の距離にあることから似たような街と単純に考えて、山田店の例が釜石店にも該当すると考えたと思われるが、これは地元を知らないための論である。
山田町は人口約二万四、〇〇〇人の漁業を主体とした街であり漁業の景気に大きく影響されパチンコ売上もこれによって左右される。
一方釜石市は人口約五万九、〇〇〇人で、新日鉄釜石を主体とした産業都市で又漁港である。釜石店は市内中妻町に所在し漁港からは離れており付近には新日鉄釜石の社宅が多く、釜石店の客は新日鉄の従業員が多い。
又、市内には同業者が一一店舗もあり山田町の三店舗と異なり競争が激しい。
従って山田店の毎月の売上を例にして釜石店を論ずることはできない。
(ハ) 新台入替による売上の増加は通常のことである。
客を呼び込み売上を増加させるために随時新台入替を行うことはパチンコ業界の常識である。
然し、新台入替をやれば必ず売上が増加するとは限らず新台入替の時期が他の業者と重なったり、新台が客の趣向に合わなかったりその他種々の事情によって売上が増加しないこともある。昭和五八年四月五月の売上増加は換金割合の大巾アップとあいまって運良く目的通り売上が増加した月である。
(ニ) 又原判決は宗像方式では証拠上確定されている五八年六、七、八月の公表売上額が何ら生かされていないとする。
然し乍ら昭和五八年の公表売上額は(判決別表A)
五月 四五、九五一、二〇〇円
六月 四七、二〇三、五〇〇円
七月 四七、八二七、九〇〇円
八月 四七、五〇九、七〇〇円
九月 四七、七九一、八〇〇円
一〇月 四七、六五一、一〇〇円
一一月 四五、七七九、五〇〇円
となっており五月を除いてすべて四、七〇〇万円台であり、公表売上金額だけからは売上額を推計することはできず、推計するとすれば九月、一〇月の公表売上金額と六月、七月、八月の公表売上金額がほぼ同じ金額であるから、売上額は六月、七月、八月はそれぞれ五、九〇〇万円となる。
(ホ) 特殊事情にある四、五、一二月を除いた二、三、九、一〇、一一月の売上額を宗像方式により(五七年の指数)により計算した場合
宗像方式
二月 五六七八四五五九円 五八七二八八〇〇円 △ 一九四四二四一円
三月 五八二二一七三八円 五八五五四八〇〇円 △ 三二三〇六二円
九月 五九五四一〇九一円 五九〇四九五二〇円 四九一五七一円
一〇月 五八六四五二一八円 五九二〇六七六〇円 △ 五六一五四二円
一一月 五六三七一〇七九円 五五七三九七〇〇円 六三一三七九円
であって差額は僅かに△金一、七〇五、八九五円に過ぎない。
然るに原判決はこの金額を一五五一万円と間違った計算をし、この間違った数字に基いて宗像方式が不合理であるとしたのは明白且つ重大な誤りである。
又、宗像方式による二、三、四、五、九、一〇、一一月の算出した売上額合計はこれと対応する各月の実際の売上額の合計に比し金三、一九五万円少ないとしているがこれは四月、五月の特別の売上増加を考慮していない論であって、宗像方式を排斥する理由たり得ない。
(ヘ) 原判決は一月、二月、を除いた三ないし五月、九ないし一一月の実際の売上額合計二億六、七八二万一、七八〇円より公表売上額合計二億八、四二五万三、九〇〇円を差引いた売上除外額八、三五六万七、八八〇円を右実際の売上額で除したパーセンテージを二二・七%としこれを平均売上除外率としてこれに基づき六、七、八月の売上を推計している。
(ト) 然し乍らパチンコ営業は一般の物品販売と性格を異にした特殊の営業であって、各月の売上は種々の要因によって大きく影響される。
要因の一つは季節であり年末、年始は売上が多くこれより幾らか落ちるが盆も他の月に比較して一般的に売上が多い。
又、新しい機械の入替により少なくとも、一、二ヶ月は一般的に売上が多い。これも要因の一つである。
更に又、競争相手の同業者の営業方針の変化等(新しい機械の入替、出玉サービス等)によって売上が減少することも又要因の一つである。
これらの要因はパチンコ店の売上について必ず考慮しなければならずこれを考慮しない推計は合理性がないと言わなければならない。
釜石店は昭和五七年一二月に九七台の新台を入替えた効果が昭和五八年一月に表われ、前月に比し一、九一四万円の売上増となっているが二月にはこれが一、〇一九万円も減少し、新台入替の効果が減少し三月も減少した。
三月二三日に九八台、三月二五日に二五台と新台の入替をし、換金割合を六一%と大巾にアップしたため四月には前月比一、一三八万円の売上増となったが五月にはこれより四四〇万円少なく減少傾向になった。
六月、七月、八月はこの減少傾向が継続したことは十分に推測されるところであるが、この外に釜石店の真向側にあった牧野文雄経営のパチンコ店「有楽センター」台数一七四台が、被告人の釜石店に対抗すべく同年5月に約三四〇万円をかけて店の設備を一新し「フィーバー」と言われる新しいパチンコ機械を導入した。
これによって「有楽センター」の客が増加したこと、逆に被告人の釜石店の客が減ったことは証人牧野文雄、同金一成並びに被告人等の当公判廷における供述によって明らかである。
従って釜石店の売上額も減少しているがこの額について被告人は八〇〇万円ないし一、〇〇〇万円と供述している。
「有楽センター」の新機械入替による大きな影響は六月のみならず七月、八月に及んだことは当然推測できる。とすれば原判決認定の六月、六、一〇六万五、三〇〇円、七月六、一八七万三、〇〇〇円、八月六、一四六万一、四〇〇円の売上額は真実に遠く、宗像方式による六月五、五七五万〇、八五九円、七月五、六二三万三、二五二円、八月六、七四六万六、一二〇円の方が真実に近いと言わなければならず「疑わしきは被告人の利益に」の原則に基づき六月、七月、八月の売上額は宗像方式による算出された金額とすべきである。
(二) 経費について
(イ) 交通費について
旅費等の交通費について原判決は一ヶ年一二〇万円が計上されておりこれは被告人の事業規模、営業活動の実態からみて相当な経費であるとしている。
必要経費調査書(検察官請求番号27)の旅費交通費の欄を見ると記載されているのはタクシー代が殆どであり、社長旅費として記入されているのは昭和五八年一〇月三日の金三〇万円だけであり、これ以外は具体的な証拠によらず五六年、五七年とも一ヶ年一二〇万円として計上している。然し、各年とも一率に出張旅費が一二〇万円であることはあり得ないことであり、一回の出張だけでも金三〇万円を要していたのであるから一ヶ月最低でも二〇万円を要し、年間の出張旅費は一二〇万円でなく二四〇万円とみるのが相当である。
(ロ) ガソリン代について
被告人は大迫町に居住し、釜石一ヶ所、山田町二ヶ所のパチンコ店を自動車で週一回程度視察に行き各店の経営状態を調べ従業員に適切な指示命令を与えていた。従って、このガソリン代は当然営業上の経費とみるべきであり、釜石市、山田町所在のガソリンスタンドに支払われたもの、右以外の場所で購入したガソリン代も一部は経費として計上されているが大部分は落ちている。
原判決は交通燃料費として三ヶ年間で約三八〇万円計上されており営業規模からみて相当であるとしているが、被告人は宣伝カー一台、従業員の送迎車一台、釜石店の責任者の車一台、山田店の責任者の車一台と被告人自身の使用する車と計五台を使用しており、五台の車のガソリン代として年間三八〇万円では少な過ぎる。
被告人の車は外車でこのガソリン代は釜石、山田以外の土地で給油した分は少なくとも一ヶ月で金三万円である。
従ってガソリン代が経費として全部計上されていない。
(ハ) 接待交際費について
原判決は接待交際費について昭和五八年度は五一四万八、九八〇円と認定されているが、この金額は実際の支出額より少ないのであるが仮にこれが正当な額としても五六年度一四八万七、八一〇円、五七年度一、九〇一万一、一六〇円は五八年度の約1/3である。
五六年度、五七年度も年間四〇〇万円を越す交際費があったが、殆ど記帳しなかった。
昭和五八年に岩手県朝鮮人商工会の税理士から交際費も経費となると言われ、一部記帳し一部は領収書をとっていないため出張中の交際費を除いては殆ど記帳されるか領収書が残っていたので実数に近い額となっている。
五六年度、五七年度は交際費の支出を特に押さえたということがない。
よって五六年、五七年の交際費としてそれぞれ少なくとも四〇〇万円が相当である。
二、量刑不当について
原判決は被告人に対し懲役一年四月の実刑並びに罰金七、〇〇〇万円に処する旨の余りにも厳しい言渡をしたが、被告人が罰金を納めることができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間七〇〇日分留置されるので被告人は結局約三年三ヶ月余り刑務所生活を送らなければならないことになり、出所したときは満六八才を越えこれまでのようなパチンコ営業活動は不可能となってしまう。
被告人は本件の所得税、重加算税、延滞税等の昭和六二年一一月末日現在額金二億三、六三八万七、八九三円の未納分を速やかに支払うべく懸命の努力をしているが主力の釜石店が他業者の駐車場付の大型店舗開設に大きく影響され、売上が激減し右税金の速やかな支払が困難となっている。この税金を支払い罰金刑を支払うためにはなんとしても被告人が第一線に立って陣頭指揮をし、売上を上げなければならない。
被告人に執行猶予の恩典を与え、これによって被告人を営業に専念させ速やかに本件の税金及び罰金を支払わせることが国家財政、地方財政のプラスとなることであり被告人の罪を償わせることになるから最も適切な処分と信ずる。
又、執行猶予の判決を受ければ税金及び罰金額について被告人に対し融資をすることを申出ている金融機関もあることを付記する。
被告人と同じパチンコ店営業による脱税事件の判決例をみると被告人が韓国人である秋田地方裁判所昭和六一年四月一五日言渡の所得税違反事件は昭和五六、五七、五八年の三ヶ年で総所得六億九、一七八万九、二〇九円(本件より約一億五、八三九円多い)脱税額四億六、二七六万四、八〇〇円(本件より一億二、五三二万円多い)で「懲役二年、罰金九、〇〇〇万円、罰金完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間留置する」旨の判決である。
懲役刑も被告人より八ヶ月重く、罰金も被告人より二、〇〇〇万円多いにも拘わらず懲役刑については執行猶予がつき、又、罰金刑についても一日の換算額が二〇万円と一〇万円多い。
本件と右事件を比較した場合、情状等についても大きな差異が見られないから国籍の相違によって大きく異なる判決結果となったとしか考えられず、これは公平の原則、憲法の保障する平等の権利に反するものである。
又、青森地方裁判所の昭和六一年九月二四日言渡の法人税法違反事件は昭和五六、五七、五八年の三ヶ年で総所得一二億一、六二七万一、七一三円の所得があったのに七億三、二四七万一、八〇五円と五億八、三七九万九、九〇八円少なく申告し、二億四、五〇九万一、二〇〇円脱税したと認定し懲役二年と本件被告人より重い懲役刑であるに拘わらず執行猶予三年の判決を言渡している。
この二つの事件と全く同種の事件であり満六五才の現在まで一度も処分されたことのない温厚な人柄の本件被告人に対しても懲役刑につき執行猶予の恩典を与えるのが相当で原判決は量刑不当であり破棄されるべきである。