仙台高等裁判所 昭和62年(ネ)530号 判決 1988年5月26日
控訴人(第一審被告)
星和夫
控訴人(第一審被告)
星節子
右両名訴訟代理人弁護士
大嶺庫
被控訴人(第一審原告)
株式会社三善材木店
右代表者代表取締役
小泉勝弥
右訴訟代理人弁護士
氏家和男
主文
一 控訴人星和夫の本件控訴を棄却する。
二1 原判決中、控訴人星節子に関する部分を取り消す。
2 控訴人星節子に対する被控訴人の請求を棄却する。
三 控訴人星和夫と被控訴人との間に生じた控訴費用は控訴人星和夫の負担とし、控訴人星節子と被控訴人との間に生じた訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決中、控訴人らの敗訴部分を取り消す。
2 控訴人らに対する被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件各控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二 当事者の主張
原判決事実摘示中、控訴人らに関する部分の記載と同一であるから、これを引用する。
第三 証拠関係<省略>
理由
一被控訴人が製材業を主たる目的とする会社であり、丸星木材株式会社(以下「丸星木材」という。)が木材の製材及び販売を主たる目的とする株式会社であること、控訴人星和夫(以下「控訴人和夫」という。)が丸星木材の代表取締役、控訴人星節子(以下「控訴人節子」という。)及び星功がその取締役であることはいずれも当事者間に争いがなく、<証拠>によると、次のとおり認められる。
1 丸星木材は、昭和四六年六月三〇日に設立された資本金一〇〇〇万円の小規模の株式会社で、昭和六〇年当時の代表取締役は控訴人和夫、取締役は、その妻である控訴人節子(取締役就任時期・昭和四六年六月三〇日)、その弟である星功であつたこと、そして、これまで、丸星木材は、取締役会を開催したことはなく、代表取締役である控訴人和夫が、会社経営の実権を握り、一人でこれをとりしきつてきたものであつて、控訴人節子及び星功は、妻又は弟として、単に名目上の取締役になつたに過ぎず、いずれも右経営に参加したことはなく、控訴人和夫からその営業状態について具体的な説明を受けたこともなかつたこと
2 丸星木材は、昭和五五年頃から被控訴人と原木の取引をしてきたものであるが、その後、経営状態が悪化し、昭和六〇年五月の決算期では、負債総額は一億数千万円にものぼっていたこと、そこで、この間、控訴人和夫は、同年三月頃、被控訴人の営業を担当していた平野儀一に対し、丸星木材の営業をやめると伝え、同月二〇日以降、丸星木材と被控訴人との間の右取引は中断していたこと、ところが、同年七月初旬頃、右平野は、控訴人和夫より、丸星木材の営業を再開する旨言われ、従前の取引と同じく、トラック四台分の原木購入方の申込みを受けたが、右のような経緯から丸星木材の支払能力に不安を感じ、直ちに右申込みに応じなかつたこと、しかし、まもなく、控訴人和夫は、右平野に対し、福島県勿来地区木材製材協同組合(以下「外材輸入組合」という。)に原木の購入を申込んであるので、それが届くまでの「つなぎ」として原木を売つて欲しい、被控訴人には迷惑をかけない、旨申し向けて同人を安心させたこと、そして、その頃、右平野からその旨の報告を受けた被控訴人は、外材輸入組合から丸星木材に木材が入れば、その売却代金をもつて、被控訴人に対する支払がなされるものと信用し、同年七月一〇日から同月二二日にかけ、丸星木材に対し、四回にわたつて、輸入原木を代金総額金一三八七万五四一六円で売渡した(以下「本件売買」という。)が、その際、丸星木材は、右代金を、同年一〇月三一日限り金三八七万五四一六円、同年一一月三〇日限り金五〇〇万円、同年一二月三一日限り金五〇〇万円に分割して支払うことを約し、右各期日を満期とする約束手形三通を振出したこと(ただし、請求原因一2の事実については、控訴人和夫と被控訴人との間では争いがない。)、なお、丸星木材と被控訴人との間の従前の木材の取引内容は、一回につき金三〇〇万円程度のものであつたこと、また、その後、判明したところによると、丸星木材が同年四月一五日以降、外材輸入組合に原木購入の申込みをした事実はなかつたこと、
3 その後、まもなく、丸星木材は、被控訴人から買受けた右原木を製品化したうえ、これを、他に経費をプラスしきれない位の単価で販売し、その代金をもつて、丸星木材の他の手形の決済資金に当てたこと、
4 一方、控訴人和夫は、同年七月頃から丸星木材の債務を整理するための準備にとりかかり、同年八月初旬頃、同控訴人所有にかかる丸星木材の工場敷地を他に売却し、同月中旬頃には右工場を取り壊したこと、しかし、同控訴人は、それでもなお資金繰りがつかず、本件売買代金の支払のために振出した前記約束手形三通のうち、額面金三八七万五四一六円の約束手形が満期である同年一〇月三一日に不渡りとなつたため、金策すべく、同控訴人所有の福島県いわき市田人町旅人字明神石一番六、地目山林、地積一八万八四二九平方メートルを同年一一月一三日付で金九五〇〇万円で売却したが、右売却代金は右山林に設定されていた抵当権の被担保債権の弁済に全て充当されたため、同控訴人は、被控訴人に対し、右売却代金をもつて、本件売買代金の支払に当てることはできなくなつてしまつたこと、
5 その後、丸星木材は、同年一一月三〇日、本件売買に関して振出された額面金五〇〇万円、満期同日なる前記約束手形につき二回目の不渡りを出して事実上倒産し、さらに、同年一二月三一日、前同様振出された額面金五〇〇万円、満期同日なる右約束手形についても不渡りを出したこと、その後、被控訴人は、未だ丸星木材から本件売買代金の支払を受けていないこと
以上の事実が認められ、<証拠>中、右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信し難く、他にこれを左右するに足る証拠はない。
右事実によると、被控訴人は、丸星木材が本件売買代金一三八七万五四一六円を支払わなかつたことにより、これと同額の損害を被つたことが明らかである。
二そこで、まず、控訴人和夫が本件売買について商法二六六条の三第一項所定の損害賠償責任を負担するか否かにつき検討するに、前記認定にかかる本件売買当時における丸星木材の企業規模、営業状態、右売買に至るまでの控訴人和夫及び被控訴人らの言動、右売買の取引額、控訴人和夫所有の前記不動産の売却及びその売却代金による丸星木材の他の債権者に対する債務の支払状況等を総合的に考慮すると、本件売買当時、丸星木材の代表取締役をしていた控訴人和夫は、本件売買代金支払の見込みもないのに、丸星木材を代表して、被控訴人から金一三八七万五四一六円相当の原木を買受け、その後、被控訴人に対し、その売買代金を支払うことができなかつたため、これと同額の損害を与えたことが明らかである。原審における控訴人和夫本人尋問の結果中には、当時、同控訴人は、前記山林を金一億五〇〇〇万円で売却することにより、本件売買代金を所定の期日までに完済し得る目途があつた旨の供述部分があるけれども、これを裏付けるに足る証拠はなく、かえつて、右山林が金九五〇〇万円でしか売却できなかつたこと等に照らすと、右供述だけでは、当時、右売買代金を支払う見込みがあつたことの確たる裏付けがあつたということはできない。
そうすると、控訴人和夫は、本件売買に関し、丸星木材の代表取締役としての職務の執行につき、少なくとも重過失があつたものというべく、同法二六六条の三第一項に基づき、丸星木材と連帯して、右売買により被控訴人が被つた後記損害を賠償する責任がある。
三次に、控訴人節子も、本件売買について同法二六六条の三第一項所定の損害賠償責任を負うか否かにつき判断するに、同控訴人が本件売買当時丸星木材の名目上の取締役であつたことは前記認定のとおりであるところ、株式会社の取締役は、代表取締役の業務執行の全般についてこれを監視し、必要があれば代表取締役に対し取締役会を招集することを求め、又は自らこれを招集し、取締役会を通じて業務の執行が適正に行われるようにするべき職責を有するものであり、このことは、たとえ名目的に就任した取締役であつても変るところはないものというべきである。
しかし、前記一で認定したとおり、丸星木材は実質上控訴人和夫の個人営業と同視すべきもので、その規模も小さく、その営業の一切を同控訴人が一人でとりしきつていたこと、控訴人節子は、控訴人和夫の妻として形だけの取締役になつたに過ぎず、右営業に参加したことはなく、また、控訴人和夫からその営業状態について具体的な説明を受けたこともなかつたこと、控訴人節子が右取締役に就任してから本件売買がなされるまでの間約一四年も経過していることのほか、成立に争いのない乙第三号証及び当審における控訴人節子本人尋問の結果によれば、控訴人節子は、右取締役就任後約三年経過した昭和四九年七月三〇日吟詠の鶯風流師範の免状を取得し、以後、専ら、三〇人位の弟子達に対し、毎週水曜日及び土曜日の午前九時、午後一時、午後五時の三回にわけて、自宅等で吟詠の教授をしていたことが認められること等を合せ考えると、本件においては、控訴人節子に対し、前記職責を尽すよう求めることは困難であると認められるから、控訴人和夫が前記のような経緯で本件売買をしたことについて、控訴人節子が丸星木材の取締役としての職務を行うにつき故意又は重過失があつたものということはできない。もつとも、当審における証人平野儀一の証言及び控訴人節子本人尋問の結果によれば、昭和六〇年七月頃、控訴人和夫が、本件売買に先立つて、平野儀一に対し、前記のとおり、被控訴人から原木を買いたい旨申込みをした際、偶々同席していた控訴人節子が右平野に対し「迷惑を掛けない。」と述べたことが認められるけれども、右認定の事実に照らすと、同控訴人が右のように述べたことをもつて、直ちに、控訴人節子に右職務を行うにつき故意又は重過失があつたものとはいえず、他にこれを認めるべき証拠はない。
してみると、被控訴人の控訴人節子に対する本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく失当である。
四次に、被控訴人の損害額につき検討するに、前記一のとおり、被控訴人の営業担当者である右平野は、本件売買前、丸星木材の支払能力に不安を感じていたものであるが、前掲各証拠によれば、被控訴人は、丸星木材の信用状態を十分に調査することなく、また、人的・物的担保を確保することなく、安易に丸星木材と本件売買契約を締結し、その結果、前記損害を被つたことが認められるので、右損害発生については被控訴人にも過失があつたものというべく、損害の公平な分担の理念に照らし、諸般の事情を考慮して、右損害額の三割を過失相殺するのが相当であると認める。してみると、被控訴人が控訴人和夫に対し本件損害賠償として請求し得べき額は金九七一万二七九一円となる。
五そうすると、被控訴人の控訴人和夫に対する本訴請求中、右金九七一万二七九一円及びこれに対する本件訴状送達日の翌日である昭和六一年二月四日から支払済みまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこれを認容するが、その余の部分及び控訴人節子に対する本訴請求は理由がないのでこれをいずれも棄却すべきである。
よつて、原判決中控訴人和夫に関する部分は相当であり、同控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、原判決中控訴人節子に関する部分は相当でないからこれを取り消したうえ、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九五条、八九条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官伊藤和男 裁判官岩井康倶 裁判官松本朝光)