仙台高等裁判所 昭和63年(ラ)65号 決定 1988年11月18日
抗告人
甲野太郎
相手方山形県知事
板垣清一郎
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第一抗告の趣旨及び理由
別紙(抗告申立書の写)記載のとおりである。
第二当裁判所の判断
一一件記録によれば、本件証拠保全の申立は、要するに、相手方が抗告人に対して二度にわたり違法な強制措置入院を行ない、抗告人に不必要な肉体的及び精神的苦痛等を与え、損害を及ぼした事実を立証するため、(ア)山形県保管にかかる精神衛生鑑定書、精神病入院要否意見書、措置患者病状報告書等の関係文書の書証取調、(イ)山形県環境保健部保健予防課精神保健係の係長及び係員の証人調、(ウ)二本松会山形病院、同上山病院及び山形大学付属病院第三内科の検証、以上を本案訴訟提起に先だち、証拠保全として申立てるというにある。
二ところで、公権力の行使に当たる公務員がその職務を行なうにつき故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、当該公務員個人は、被害者に対し、その民事上の責任を負わないと解すべきこと原決定判示のとおりである。しかしそうであるからといって本件証拠保全の申立が当該公務員を相手方とする証拠保全であってその必要性の存しないことが明らかであると直ちに云うことができるかは疑問である。本件証拠保全の申立書によると、抗告人は相手方として「板垣清一郎(山形県知事)」なる表示をし、更に本件抗告申立書には相手方として「山形県知事板垣清一郎」なる表示をしているのであり、このことからすると抗告人が本件において相手方とするのは「知事個人」であると解し得ないわけではないが、これは法律の専門知識に欠ける抗告人本人において、違法な強制措置入院により被ったとして損害賠償請求をすべき当事者の表示を「行政庁たる知事」、「知事個人」、「山形県」の三者のいずれにすべきかその差異について理解が及ばないからにすぎず、本訴未係属の段階の本件証拠保全の申立の時点においては、その表示が前示のようであるとしても、本訴において、山形県を被告(表示「山形県(代表者知事板垣清一郎)」)として損害賠償請求をすることも当然予想され、この場合、請求が理由があるかどうかについて証拠調べを要することになる(証拠保全手続の緊急性に鑑みると民訴法三四九条の相手方立会権に留意しても本件のような場合前記表示程度でもこれをもって同法三四五条一項一号の「相手方ノ表示」として欠けるところはないと認めるのが相当である。)。すなわち本件の場合証拠保全の申立てとしては本訴が山形県を被告(相手方)として提起され、係属するであろうことも予定して証拠保全の必要性の事由の有無を判断すべきものであると解する。
しかしながら、本件証拠保全の申立書及び抗告状のいずれも、抗告人が本件証拠保全として取調べを求めている証拠について、いずれも証拠保全の事由、すなわち、あらかじめ証拠調をしておかなければ証拠が滅失しあるいはその取調が困難となるというべき具体的事由について全く記載はなく、またこれにつきなんらの疎明もないから本件証拠保全の申立は不適法であり却下を免れない。
三よって、本件申立を却下した原決定は結論において相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官三井喜彦 裁判官岩井康倶 裁判官松本朝光)
別紙抗告申立書
抗告の趣旨
原決定を取り消す。
本件を山形地方裁判所に差し戻す。
との裁判を求める。
抗告の理由
一、原決定の趣旨
本件証拠保全申立を却下する。
二、原決定の理由
原決定の理由とするところは、本件のごとく証拠保全手続として書証取調、証人調及び検証を求める場合にも、その実施に当たっては民事訴訟法二七一条以下の手続によってこれをなすべきであり、抗告人が相手方に対し、証拠保全手続として本件書証取調、証人調及び検証を求めることを申し立てるためには、相手方において民事訴訟法第三一一条、第二七二条各号及び第三三三条のいずれかに該当する証拠を提出する義務が存しなければならない。
しかるに相手方が法律上本件証拠の提出義務を負わないことは、原決定の理由において自陳しているところである。されば本件文書の所持者たる相手方が本件文書の提出義務を負わないことが明らかな本件の場合にあっては、あえて証拠保全の事由の存否につき判断を加えるまでもなく失当として却下を免れない、というにある。
三 原決定を不当とする理由
しかしながら証拠保全の申立にあっては、その申立の方式が民事訴訟法第三四五条所定の方式に適い、その申立の内容が同法第三四三条所定の要件を充足するものである以上、山形地方裁判所はなんら裁量の余地なく、当該証拠保全の申立を許容し、証拠調手続を実施すべきである。
本件の場合のように証拠保全手続として書証取調、証人調及び検証を求める場合にあっても、文書所持者の提出義務の存在はなんら証拠保全申立の要件ではなく、かつ右提出義務を負わない場合にあっても、当該文書の所持者が裁判所の発する提出命令に基づいて任意にこれを提出することによって、その関連としての証人調及び検証もできるのであり、それらの手続によって当該証拠保全の目的は達せられるのであるから、本件における相手方が法律上本件申立にかかる文書の提出義務がないからといって、その一事のみを根拠として抗告人の本件証拠保全申立を却下した原決定は不当である。
なお、国家賠償法は、憲法第一七条の規定を具体化させたもので、行政上の損害賠償の基本法に当たり、民法の規定(第四四条・第七一五条)及び特別法の規定をも適用できる。従って本件に関してはあくまでも民法及び民事訴訟法の規定を準用すべきものと考えられる。
よって、原決定の取消しを求めるため本抗告に及んだ次第です。