仙台高等裁判所秋田支部 平成22年(ラ)36号 決定 2011年5月18日
抗告人
X
上記代理人弁護士
荒井哲朗
白井晶子
太田賢志
佐藤顕子
相手方
Y
第三債務者
株式会社a銀行
上記代表者代表取締役
A
第三債務者
株式会社b銀行
上記代表者代表取締役
B
第三債務者
株式会社c銀行
上記代表者代表取締役
C
主文
1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
1 本件抗告の趣旨及び理由は、抗告人作成の別紙「執行抗告状」(写し)<省略>に記載のとおりである。
2 事案の概要
抗告人は、東京地方裁判所平成22年(ワ)第1559号の2損害賠償請求事件の執行力ある第2回口頭弁論調書(被告株式会社d及び被告Y関係判決)正本に基づき、相手方Yに対し、元金、遅延損害金及び執行費用の合計40万1260円の債権のうち、同人が、第三債務者である株式会社a銀行に対し有する原決定別紙差押債権目録1の預金につき同目録記載の順序で15万円に、同じく株式会社b銀行に対し有する同目録2の預金につき同目録記載の順序で15万円に、同じく株式会社c銀行に対し有する同目録3の預金につき同目録記載の順序で10万1260円に、それぞれ満つるまでの債権を差し押さえる旨の本件差押命令申立てをした。抗告人は、同目録1ないし3において、支店数を限定せずに、複数の店舗に預金債権があるときは、支店番号の若い順序により預金を差し押さえるとして、差し押さえるべき債権を特定した(以下このように支店数を限定することなく店舗に順序を付して差押債権を特定する方式を「本件方式」という。)。原審は、預金債権の差押命令を求めるには「債権を特定するに足りる事項」(民事執行規則133条2項)の一つとして取扱店舗を特定する必要があるが、本件申立ては「複数の店舗に預金債権があるときは、支店番号の若い順による。」とするのみで、取扱店舗を特定しないものであるから、差押債権が特定されているとはいえず、本件申立ては不適法であるとして、本件差押命令申立を却下したところ、抗告人が抗告した。
3 当裁判所の判断
(1) 当裁判所も、本件債権差押命令の申立ては、原決定のとおり、各差押債権を特定しないものとして、却下すべきものと判断する。
(2) 民事執行規則133条2項が差押命令の申立書に「差し押さえるべき債権の種類及び額その他の債権を特定するに足りる事項」を明らかにしなければならないと規定するのは、債権差押命令が、差押債権について、債務者に対し処分を禁止するとともに、第三債務者に対し債務者への弁済を禁止する効果を有することから、差押債権が、債務者及び第三債務者にとって他の債権と識別できる程度に特定されることが必要であるとともに、執行裁判所にとっては、債権差押命令発令に先立ち、差押債権が差押禁止財産に当たるか否か、超過差押えになるか否か等を判断する上でも特定されることが必要であるからである。そして、その特定の程度は債権執行の実効性を確保するという債権者側の要請と、債権差押命令の送達により直ちに弁済禁止効が発生することから、第三債務者に、格別の負担を伴わずに調査することによって、差押えの効力が及ぶ債権を他の債権と誤認混同せずに認識させ、二重払いや債務不履行責任が生じないようにするという第三債務者側の要請とを考慮しつつ、具体的な事案に応じて判断されるべきものと解される。
(3) 抗告人は、まず、本件の第三債務者である各銀行においては、いわゆるCIFシステムなどの電子的記録によって預金を管理し、コンピューター上で預金口座に関する出入金情報が管理されている、出金停止措置が支店を超えて行われているなどとして、本件方式によっても差押債権の特定は十分である旨主張する。しかしながら、本件記録によれば、平成18年3月の段階で、全国銀行協会業務委員会参加の銀行11行のうち、本件方式の差押命令が送達された際に担当部署があるとした銀行は半数に止まり、当該方式による差押命令が送達された後に担当部署への送達を転送する手続がない銀行が半数あり、当該手続があるとした銀行も、転送に少なからぬ時間を要するとし、1日以上要する可能性があるとする銀行もあったこと、差押えの手続を実際に行うのは本店や担当部署ではなく各取扱店であることなどが認められ、そうすると、CIFシステムによって電子的に顧客管理を行っていることは、必ずしも、各銀行が本件方式による差押えを迅速に実施できることを意味しないと推測される。なお、銀行取引の出金停止措置が、債権差押命令と同様の状況下で行われていると認めうる資料はない。
また、抗告人は、二重払いの危険の問題は預金債権の特定の問題と異なるとし、銀行は民法478条により保護されるなどと主張するが、同条により保護されるか否かが不明である上、仮に保護されるとして同条による保護のみで銀行の責任問題が回避できるか否かは即断できない。
加えて、抗告人は、本件同旨申立てに係る債権差押命令の発令に対応する銀行が存在することを指摘するが、それはいまだ単発的な発令であることから可能であるとも解されるのであり、全国の銀行が、本件方式による差押命令を適切に処理できる体制にあると認めることはできない。
さらに、抗告人は、本件各第三債務者が、弁護士法23条の2による相手方名義口座の開設の有無の照会に回答しないことから、本件方式による差押命令を申し立てざるを得ないとして、そのような事情下では、債権者側の要請をより重視して、債権の特定の程度を緩和すべきである旨主張するようである。確かに、弁護士法23条の2に基づく照会を受けた者には、これに応ずべき義務があると解されるが、他方、照会内容に関し守秘義務がある場合には、照会に応じることがこれに反しないか審査することが想定されるのであって、その審査の実情が不明な状況下において、直ちに差押債権者の要請を重視して差押債権の特定の程度を緩和すべきものと判断することはできない。
4 以上によれば、本件差押命令の申立てを却下した原審の判断は相当であるから、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 卯木誠 裁判官 山﨑克人 三井大有)