仙台高等裁判所秋田支部 平成4年(ネ)43号 判決 1995年7月11日
控訴人
国
右代表者法務大臣
前田勲男
右指定代理人
布村重成
<外一三名>
被控訴人
男澤泰勝
右訴訟代理人弁護士
金野繁
同
横道二三男
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録一記載の各土地について、秋田地方法務局船越出張所昭和四九年八月三〇日受付第四八一九号の、別紙物件目録二記載の各土地について、同出張所昭和五一年一一月四日受付第一〇六八七号の、各所有権移転請求権保全の仮登記に基づき、昭和五七年一月二一日付け売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
三 被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録一及び二記載の各土地を明け渡し、かつ、昭和五七年一月三〇日以降右土地明渡完了に至るまで、一日当たり金一万三九〇八円五五銭の割合による金員及び右一日当たりの金員に対するそれぞれの翌日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
四 被控訴人は控訴人に対し、金九一万五九三五円及びこれに対する昭和五七年七月三〇日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
五 訴訟費用は、第一、二審を通じ全部被控訴人の負担とする。
六 この判決は第四項に限り、仮にこれを執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文同旨(ただし、第四項のほか、第三項についても仮執行宣言)
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
当事者の主張は、当審における双方の主張として、次のとおり付加するほかは、原判決が「第二 事案の概要」の項で摘示するとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人
1 所有権移転登記手続請求について
(一) 基本計画の変更・具体化について入植者の意見が反映されたこと
(1) 基本計画の決定・変更に関する農林大臣の裁量権限
事業団法二〇条一項は、農林大臣が基本計画を定め、これを変更する旨定めているが、同条三項は、基本計画の決定・変更の際に秋田県知事及び大潟村村長の意見を聞くことを規定していて、決して農林大臣が一方的・独断的に決め得るものではない。
更に法の定めはないが、農林大臣は以下のとおり、実際には既入植者の意見や陳情・要望を聴取し、慎重に検討した上で基本計画の変更を行なっている。
(2) 変更・具体化に至る経緯
① 米の生産調整
生産力の向上に伴う生産増大と生活水準の向上に伴う食生活の構造的変化による消費減少によって、米の生産過剰が生じ、昭和四四年から、減反政策が実施されたが、同年一〇月の古米在庫量は前年より更に増加し、生産調整のより一層の強化が迫られた。
この結果、全国の農民に対して米の生産調整及び開田抑制に協力を求める中で、八郎潟干拓地だけを例外とすることは国民全体あるいは農民の理解が得られないとして、圃場造成は続行するものの、既定の計画による第五次入植者募集は凍結する内容の昭和四五年二月一九日農林事務次官依命通達「新規開田の抑制について」が発せられた。これにより、八郎潟干拓事業において、約五〇〇〇ヘクタールの土地が用途も定まらぬまま中央干拓地の中に残ることとなった。
② 残地利用についての入植者の要望
昭和四七年九月二一日付けで、大潟村新村建設協議会(入植者全員で組織するもの)会長のほか、大潟村村長職務執行者等五名の連名の陳情書(以下「四七陳情書」という)が提出されたが、その中には「既入植者に対して未配分地の一部を畑作地として追加配分し、田畑複合による安定した営農の確立を図ること」との一節があるし、前記協議会の機関紙の記事からも畑地増反を歓迎する趣旨が読み取れる。
このことは、既入植者自身が畑作による経営拡大を目指して運動を進めていたことを示している。
更に、同協議会の昭和四八年三月二二日開催の昭和四七年度総会において、既入植者の水田面積の内二五パーセントについて新規入植者に振り向けるとの条件がついた形ではあるが、おおむね要望に添った形となった旨の報告があり、同協議会は右内容の実現を図っていたことが明らかである。
③ 国の対応
四七陳情書に対し、農林省が、既入植者が2.5ヘクタールの水稲耕作権放棄に応じるならば前向きの対応をする旨回答したところ、入植者の代表から入植者の総意として、五ヘクタールの追加配分を条件とする右水稲耕作権の返上を了承するとの回答が得られたので、農林省は変更基本計画策定を進め、日本農業の長期的な展望の上に立って、昭和四八年一月五日、次のような内容の「八郎潟中央干拓地における営農および土地配分の方針について」と題する案を策定した。
ア 中央干拓地全体の稲作面積を現在以上に拡大せず、従来と同様の生産調整を行なう。
イ 既入植者の経営規模を、水田一〇ヘクタールから稲作7.5ヘクタール、畑作7.5ヘクタールに変更し、新規入植者については、既入植者の減少する稲作面積に対応する水田及び同面積の畑を分配して、営農規模は田畑の内訳を含めて既入植者と同等とする。
ウ 入植者におおむね水稲単作経営一〇ヘクタールに見合う所得を確保する。
エ 農地整備は田畑輪換(同一の土地を年度によって田または畑として種類を替えて耕作し、地力を保つこと)に支障のないようにする。
オ 稲作面積の増加抑制を確保するために誓約書の提出等の措置を講ずる。
④ 基本計画の変更
右の方針を踏まえて、控訴人は、大蔵・農林・自治の三大臣の協議や県知事、村長職務執行者に対する求意見を経て昭和四八年九月八日付農林省指令四八構改A第一二六三号、自治指第一八三号をもって、基本計画を変更し、同月一〇日付け官報で告示した。
(3) 変更内容についての周知徹底
① 変更基本計画の内容
基本計画の変更の主な内容は、当初基本計画にある「おおむね一〇ヘクタール」の水稲単作を「おおむね一五ヘクタール」を個人配分して、「大型機械の共同利用による田畑複合経営を基本とする。なお、稲と畑作物の作付は当分の間おおむね同程度とする。」と変更したことであるが、この表現のうち、「当分の間」というのは、将来の米の需給事情の変動によって計画内容の再変更があり得ることを想定したものであり、「おおむね同程度」とは、基本的には田・畑いずれも7.5ヘクタールであるが、各入植者が配分を受けた土地の面積(ことに田畑各一枚の土地の面積)に若干の差があるため、正確に田畑同面積ずつ作付することが困難であることを考慮したものである。
② 周知方法
控訴人が変更基本計画を入植者等に周知させた方法は次のとおりである。
ア 昭和四八年九月の第五次入植者募集の説明会における説明
イ 同年九月一〇日の大潟村村政審議会(村議会発足までの間、村条例で設置された諮問機関で、村内各住区の自治会から選出された一八名の委員で構成されていた。)での説明
ウ 大潟村によって同年一〇月に行なわれた既入植者に対する追加配分の事務手続についての説明会における説明
エ 東北農政局によって昭和四九年七月二二日に行なわれた追加配分の申込みに関する個人別調書の記入要領についての説明会における説明
オ 昭和四八年一〇月二日の農林省の基本計画変更に関する記者発表
③ 昭和五〇年度の過剰作付
同年度、多くの入植者が変更基本計画に反した過剰作付を行なったが、これは大潟村農協が、もち米が水稲とは別の畑作物扱いになると思いこんで、入植者に対し、うるち米7.5ヘクタールプラスもち米2.5ヘクタールの合計一〇ヘクタールの作付を指導したことによるもので、周知徹底が不十分なためではない。同農協は、これが変更基本計画と異なっていることを指摘されて、最終的には米の作付7.5ヘクタールプラスもち米一枚(1.25ヘクタール)の線に運動方針を修正した。
④ 稲作許容面積上限8.6ヘクタールの明示
ア 昭和五一年一月二四日付け農林省構造改善局長通達「八郎潟中央干拓地における入植者の営農について」(以下「五一通達」という)
農林省は、八郎潟干拓地における昭和五〇年度の営農を巡る混乱が、同干拓地の入植者は勿論、全国の農業関係者に大きな影響を与えたことから、八郎潟中央干拓地における爾後の稲の作付について再検討した結果、国の施策によって入植した人々に対する特別の配慮として、開田許容面積のうち、当面水田として使用する予定のない秋田県や県立農業短大等の分の面積を入植者らのために利用して、入植者一戸当たり8.6ヘクタールの水田を許容することとしたものである。
イ 五一通達の内容を周知させたこと
事業団は理事長名での各入植者宛の文書において、昭和五一年の稲の作付面積が、個々の農家ごとに8.6ヘクタールを超えた場合には、農地の配分取消及び竣功農地の買戻しの措置をとる旨農林省通達に記載されていることを明記した。
同年一月一六日の同理事長による説明会や同月一三日の農林省構造改善局及び東北農政局による入植者らに対する説明会においても、右通達の趣旨が説明された。
(二) 変更基本計画及びそれに基づく営農方針に合理性があること
(1) 八郎潟干拓事業の概要
八郎潟干拓事業は、国がわが国におけるモデル農村建設を目的として、昭和三二年から二〇年余の長い歳月と約八五二億円の巨額の国費を投じて完成させたものであって、その費用の大きさは、右工事期間のほぼ中間である昭和四一年度の農業基盤整備事業費総額(約八一六億円)に匹敵するものである。
(2) 基本計画の趣旨及び性格
基本計画においては、新農村の建設に関する基本方針等を示すべきことになっているが、新農村建設事業は農業情勢の長期的展望の見地に立ってわが国農村及び農業経営の理想とするところに向けて段階的・漸進的に進められるものであるから、基本計画の定める諸事項が内外の情勢の変化に伴い変更を必要とすることは当然である。
(3) 基本計画の変更の内容
① 当初計画における基本方針
事業団法二〇条一項に基づき昭和四〇年九月一五日に決定された当初の基本計画は、その四項において、「中央干拓地における営農形態については、当面は水稲単作とし、機械化直播方式を主体とするが、田植機等の開発に応じ、機械化移植方式についても考慮する。なお、将来における酪農等の導入についても、今後研究を進める。」と定め、また、五項においては、「中央干拓地の農地配分については、個人配分とし、おおむね五ヘクタール、7.5ヘクタールまたは一〇ヘクタールのうち、いずれかを入植者に任意選択させる。これにより、一戸当たりの年間可処分所得は、おおむね七〇万円以上を期待する。」としている。
② 変更基本計画の内容
前記のように、基本計画変更の主要な内容は、いくつかの規模の水稲単作から一律一五ヘクタール規模の田畑複合経営に変わったもので、この具体化として、控訴人は、五一通達により、水稲耕作面積の上限を8.6ヘクタールと定めたものである。
(4) 田畑複合経営の意義
原判決は変更基本計画の規定した田畑複合経営について、「稲作の生産調整と干拓事業の完成という二律背反した要請の下で考え出された苦肉の策で、将来のわが国の農業を展望した模範的農村の建設というよりは、生産調整政策の色彩が強いものといえる。」という否定的評価をしているが、以下の経緯から明らかなように誤りである。
① 国は、国民の主食であり食生活の基盤ともいうべき米の需給及び価格の安定に重大な責務を負っている。食管制度を廃し、需給調整を市場原理のみに委ねることになれば、米の著しい過剰を招き、米価の大幅な低落・変動をもたらす結果、農家の経営が立ちいかなくなり、国民食生活の安定と稲作農業の健全な発展に支障を及ぼすことになる。このため、国は食管制度を維持するとともに生産調整を行なう方針をとってきた。
② 昭和四六年五月に設置された八郎潟新農村建設事業懇談会は、同年一二月に八郎潟における新農村の経営に畑作を取り入れるとする基本的な考え方を提示し、未利用地は畑として利用し、配分にあたってはわが国の畑作経営のモデルとして土地が利用されることを確保することを取るべき方針として明らかにした。これを受けて国は前記のように基本計画を変更したものである。
③ 四七陳情書では、わが国農業のモデルとなる新農村建設事業の目標を堅持するとともに田畑複合経営による安定した営農の確立を図るよう要望しており、ここからは、入植者らの考えとしても田畑複合経営の導入が新農村建設の目標と両立し得るとしていることが明らかである。
(5) 稲作許容面積8.6ヘクタールの合理性
更に、原判決が右の8.6ヘクタールの水稲作付制限の合理性について疑問であるとする諸点について、反論を加える。
① 8.6ヘクタールを超える部分について転作奨励金が交付されないことについて
農林省は、長期的な視点に立って転作を定着させていくとともに、需要動向に安定的に対応でき高い生産性を有する農業経営の確立を図るために、転作奨励制度を実施したが、八郎潟中央干拓地においては、基本計画変更により、既入植者は2.5ヘクタールの水稲耕作権返上の上、一五ヘクタールまでの追加配分を受けたものであって、本来7.5ヘクタールの耕作権しかない以上、8.6ヘクタールを超過する部分の耕作権はもとより存在せず、したがって水田扱いされないものであるから、これが転作奨励金の対象とならないのは当然である。
② 八郎潟中央干拓地の圃場の立地性(畑作を行なうことが入植者に経営の困難を強いるものではないこと)
ア 八郎潟干拓地の圃場については、最初の造成工事の段階から、排水溝と暗渠排水を組み入れて施工することにより、従来の圃場造成に比べ地下水位の低下と土壌の乾燥強化を図り、田畑輪換圃場として造成している。更に、昭和五〇年から実施した第二次暗渠排水事業において深さ五〇センチメートルの既設の暗渠を、深さ一メートルの暗渠に替えており、これらの措置により、昭和五六年当時、畑作は十分可能となっていた。
イ 田畑複合経営を実施した場合の農家の収入について、原判決は昭和五〇年一一月の大潟村農協の試算を引用して、田畑同面積で畑作物として小麦栽培を行なった場合、畑作が一五二万円の赤字となるとしているが、この試算は次の理由により根拠がない。
米の単位当たり収量について、実際の収量(一〇アール当たり昭和五〇年は五二三キログラム、昭和五一年は五八八キログラム)より低く(同四八八キログラム)算出していること
経営費
a 農機具等について共同利用とせず全部自己資金で購入することを前提としていること
b 小麦用農機具について、稲作用と共用できるのに二重に購入するものとして算定していること
c 小麦作について雇用労働者の必要はないのにその費用を計上していること
d 本来農業経営費ではない自家用車・住宅費支払利子等を計上していること
ウ 五一通達による許容面積の指示に従った農家の経営実態
八郎潟干拓地入植農家経営調査報告書によれば、昭和五一年度の償還金差引後農業所得は五五七万円余であり、全国農家の平均所得を大きく上回り、全国勤労者世帯平均所得の二倍で、国営干拓事業負担金その他の入植時に負担した金員の償還が本格化した昭和五四年以降も全国勤労者世帯平均所得と同程度に達している。
昭和五八年三月三一日(第一次ないし第四次までの当初配分地についての売買予約完結権行使期間満了の日)までに当該農地を売り払った者はいないし、その後、昭和六三年六月一〇日までの離農者も僅か三名で、しかも、その内訳は、賭事による負債整理一名、アパート経営に転職と負債整理一名、本人病気と後継者不在一名となっており、農業経営失敗のための離農者はいない。
③ 第四次までの入植者にとって、入植後僅か数年で、経営の基本方針が水稲単作から田畑複合経営に変わることは予想外の事態であったか。
モデル農村の建設は初めての事業であるから、具体的な施策は固定的なものではなく、我が国の農業を取り巻く諸情勢の変化で変更することを当然予定して計画されているのであって、仮にそのことを入植者が予期していなかったとしても、計画に従わなくてよい理由にはなり得ない。
④ 米生産による収入の安定と比較しての畑作に対する不安が過剰作付を合理化するか。
もし、田畑複合経営による畑作導入に不安があり、水稲単作を維持したいのであれば、既入植者にとっては追加配分申し込みをせず、あるいは追加配分申し込みに際して田畑複合経営に反対の意思を表明する途があった筈であったのにこれをせず、田畑複合経営を前提とした追加配分に応じていながら、それに伴う義務である複合経営について違反することを我儘でないと評価するのは不当である。確かに、昭和五三年の過剰作付、昭和五八年の農事調停申出などがあったものの、昭和六〇年まで曲がりなりにも8.6ヘクタールの稲作上限面積の規制が維持されてきたことは、この制限が合理的であったことを物語るものというべきである。
⑤ 本件買収後の事情変化
国は昭和六〇年に水稲作付制限を一〇ヘクタールに拡大したが、これは、それ以前に行なわれた過剰作付をすべて是正させた上での処置であるから、拡大されたことによりそれ以前の過剰作付の違法性が左右されるものではない。まして、昭和六二年三月三一日に予約完結権の行使期間が満了した以後のことは、行使期間内の予約完結権の行使に影響を与えるものではない。
(三) 被控訴人の行為が悪質・重大であること
(1) 入植者の義務
① 入植者に求められるもの
八郎潟新農村建設事業は、単に干拓により新たな農地造成を目的とするものではなく、造成した農地を拠点として、理想的な農業経営と農村生活を展開し定着させることを目的とするものであるから、その主役となるのは入植者であり、その果たすべき役割は極めて大きい。
そこで農林省は、将来の日本農業のモデルとなる生産性の高い農業を確立し得る優秀な資質と熱意を有する適格者を全国から募って入植させることとした。
② 基本計画に従う旨の誓約等
前記のような選定基準に基づき、応募者は応募の際に、基本計画に示された方針に従って営農を行なうことを約束し、これに違反した場合には配分土地を国が買収することができる旨の契約を締結するのに異存がない旨の誓約書を提出し、更に、入植地の配分通知書の交付を受けるのに先立って、将来土地所有権を取得した後、一〇年間に限り、基本計画に違反したと農林大臣が認めた場合には農林大臣が配分地を買収できる旨の契約書を取り交わした。
③ 入植者に対する優遇措置
前記のように入植者に求められるものが重大であるため、国は、優れた入植者の応募を推進し、更に入植者による新農村建設事業への協力を図る目的で、入植者にとって一般農家に比較して著しく手厚い保護を行なった。
ア 配分農地
入植者は約一年間の訓練後、配分通知書の交付を受けると同時に、干拓予定地について無償の一時使用権を取得し、その後国営干拓事業の竣功と同時に右配分地の所有権を取得(法的には原始取得)している。
右配分農地(当初一〇ヘクタール、追加配分により一五ヘクタール)は、我が国の一般農家の保有地(昭和五〇年の全国平均は一戸当たり1.1ヘクタール)と比較してはるかに広大で、しかも整然と区画整理されている上、一、二か所にまとまって存在し、かつ平坦で、用水・道路等の諸施設にも恵まれ、極めて利用価値が高い。
その一方、入植者が右農地の所有権取得について支払う対価は、農地造成及び基幹導水路建設費用のうち、国が負担した七五パーセントを除いた二五パーセント部分を年利六パーセントの二五年間の長期の元利均等年賦支払で、国営干拓事業負担金を支払うのみである。
被控訴人の場合の右負担金元金は二五〇六万四〇八〇円であるから、その配分面積15.337ヘクタールで除すと、一ヘクタール当たり約一六三万円となり、大潟村の存する秋田県南秋田郡の町村の農用地区域内の昭和五〇年における中田の平均価格は一ヘクタール当たり約七五〇万円であることからいって、被控訴人は市場価格の二割(前記のように、干拓地における農地は、他町村の中田に比べて格段に条件が良好であるから、実際はこれ以上と解される。)以下の価格で本件各土地を取得したことになる。
イ 農業用施設・機械、農家住宅等
これらは、いずれも事業団が国の助成を受けて予め全て整えることになっており、入植者は、国の補助五〇パーセントを差し引いた額を負担してこれを取得するが、その負担額の支払いもやはり最長二五年間の元利均等年賦支払である。
ウ 指導訓練
国は、入植に先立ち、大規模機械化営農に必要な知識・技能を習得させるため、一年間の指導訓練を専用に設けた施設で行なったが、右訓練に要する経費は、食費・学習用教材・作業服等を含めて全て無償で支給貸与している。
エ 公租公課
国は、更に、租税特別措置法二四条の規定に基づき、干拓地について耕作の用に供した年とその翌年以降の三年間農業所得について所得税を免除する措置を講じているほか、固定資産税も一定期間免除する措置も講じている。
オ 集落施設の整備
国は、新農村建設事業の一貫として集落用地の整備、公共用施設の造成などの種々の施策を講じており、これらの事業(国営干拓事業五四三億円、八郎潟新農村建設事業三〇九億円、その他二〇億円)の事業費を単純に干拓地面積で除すると一ヘクタール当たり約五〇六万円で、入植者一人当たりの平均的配分面積で換算すると約七七二三万円にも達するのである。
④ このように、基本計画に従う営農を前提として優遇され、しかも自己の意思による契約により、基本計画に従うことを約束した被控訴人が、基本計画に違反することはそれ自体極めて悪質なことというべきである。
(2) 被控訴人の違反行為が再三にわたる是正指導・勧告を無視して行なわれたこと
① 昭和五一年ないし昭和五五年までの過剰作付とこれに対する是正指導
ア 昭和五一年度
入植者らが「大潟村米作拡大推進本部」を結成し、作付拡大を企図
国が注意書を送付(昭和五一年四月二二日)
作付上限面積を超えて作付した場合、一時使用中の農地の配分通知書の取消等があり得るというもの
被控訴人は、1.13ヘクタール超過して作付
同年六月九日、東北農政局長の事情聴取のための呼出
同年八月二七日までに、被控訴人の青刈りによる是正
イ 昭和五二年度
0.8ヘクタール超過作付
大潟村の是正指導で是正
ウ 昭和五三年度
5.8278ヘクタールの超過
東北農政局長の買戻があり得るとの警告書
同局長の内容証明郵便
県知事名での各入植者宛の再考を促す旨の書面送付
買収予告書の送付
これに対しても、被控訴人は出頭して意見を述べた際に是正拒否と述べる。
是正(同年八月二〇日頃)
エ 昭和五四年度
2.2862ヘクタールの超過
県知事の警告書
農政局長の買収予告書
是正
オ 昭和五五年度
0.1547ヘクタールの超過
大潟村の是正指導による是正
② 昭和五六年の過剰作付
ア 昭和五六年二月九日の控訴人の田畑利用区分計画申請
畦畔を除く14.4ヘクタールの内、田を8.6ヘクタールとするもの
イ 過剰作付 0.564ヘクタール
ウ 是正指導
大潟土地改良区理事の独自の説得
大潟村長の説得
同年七月二七日
県の是正通知書
同月二八日
県及び村の職員の説得
同月二九日
東北農政局職員による是正指導
同年八月六日
同局長名の是正勧告書
同月一一日
県・村職員による是正指導
同月一九日
配分農地買収予告書(内容証明)
同月二五日
控訴人が県農業試験場で是正とする旨述べたのに対し、農政局農政部長が同月三一日までの是正を求める。
最終事情聴取
この時点でも、控訴人は是正する旨の話をしていた。
是正拒否
被控訴人は青刈りのための刈り入れに着手したが、途中でやめる。買収されてもやむを得ないとの話をしていたもの。
全部につき収穫
③ 昭和五七年・昭和五八年度の作付
昭和五七年度
2.7447ヘクタール
昭和五八年度
5.9421ヘクタール
(四) 予約完結権行使の正当性
(1) 生活基盤を失わせることについて
予約完結権の行使に当たって、控訴人は被控訴人に対し国営土地改良事業負担金相当額を供託の形で支払っており、右金額は被控訴人が本件農地を取得するのに要した費用であるから、被控訴人が本件農地の所有権を失うことによる不利益は解消される。控訴人が被控訴人に右負担金以上の額を支払うとすれば、被控訴人は契約違反によって却って利益を得ることになり、社会公正上許されない。
このようなことは、住宅・都市整備公団や地方住宅供給公社が行なう住宅・宅地等の分譲に当たって、買主が一定の期間前に他に譲渡したり、定められた用途以外の用途に供したりなど売買契約の条件に違反した場合の買戻しとして一般に行なわれていることであり、これらは権利濫用とは解されていない。
(2) 比較衡量
原判決は、権利濫用法理を適用する上で当然考慮されるべき、権利の行使によって権利者が得る利益と権利者の行為によって相手方に与える不利益の比較衡量をなしていない。
本件予約完結権の行使は、控訴人が本件農地を取得するということだけではなく、二〇有余年の歳月と八五二億円の国費を投下した新農村建設事業の完遂と国との契約を順守して田畑複合経営を行なってきた他の入植者及び八郎潟の入植者よりはるかに劣悪な条件の下で生産調整に協力してきた全国の農家、更には膨大な国費を負担し支援してきた国民の行政に対する信頼性の回復等である。
他方、被控訴人の受ける不利益は本件農地を失うことであるが、これについては少なくとも従来被控訴人が支払ってきた負担金を返還する形で支払っている。しかもこのような事態に至ったのは、控訴人の可能な限りの説得を無視した自らの背信的かつ意図的・計画的な契約違反に基づくのである。また、本件予約完結権の行使によって社会的不利益が生ずることはない。
権利濫用というからには、権利の行使が法の目的に背き、公序良俗に反することが客観的に認識されることが必要であり、安易に権利濫用の名の下に権利の行使を妨げるべきではない。
2 不当利得返還請求について
(一) 弁済に至る経緯
(1) 控訴人による本件各土地の取得
被控訴人は、昭和五六年に稲作許容面積8.6ヘクタールを0.564ヘクタール超えて作付し、再三にわたる是正勧告を無視して全量につき収穫したので、農林大臣は、本件契約に基づき、本件各土地につき昭和五七年一月一九日付け内容証明郵便をもって買収通知書を発して売買の予約完結権行使の意思表示をしたが、右通知は同月二一日に被控訴人に到達したから、同日、控訴人は本件各土地の所有権を取得した。
(2) 土地改良法による改良区組合員の資格取得
同法四二条一項は、改良区の組合員が組合員たる資格に係る土地の権利を失った場合には、その者がその土地について有する土地改良区の事業に関する権利義務は、その土地について権利を承継することによって組合員たる資格を取得した者に移転する旨規定している。
この規定は、公法関係である改良区と組合員との関係を、権利移転に伴い特別の手続を必要とせず一律に処理することとしたもので、その結果、前組合員の債務は新組合員に引き継がれることになるが、この承継についての負担関係の清算は、契約または不当利得返還請求により旧組合員と新組合員との間で調整されることを当然に予定している。なお、このような法制は、他にも地縁性格が強く、多面的かつ継続的な事業を実施する団体(土地区画整理事業、都市再開発事業)について、同様の必要性から採用されているところである。
また、同法四三条は、資格取得者に土地改良区への取得通知義務を課し、その取得通知をもって組合員資格取得の対抗要件としているところ、控訴人は、昭和五七年一月一九日に被控訴人に買収通知をするとともに大潟土地改良区に対してもこの旨の通知をした。そこで大潟土地改良区理事長は、控訴人の本件各土地取得を認め、本件各土地に関する国営干拓事業に係る負担金、賦課金等の請求は今後控訴人に対してなす旨を通知した。
一方、同理事長は、昭和五七年三月一三日付けで被控訴人に対しても、控訴人が本件各土地に係る権利義務を承継したので、被控訴人が滞納していた昭和五六年度分国営事業分担金、昭和五五年度分事業賦課金、同年度分県営事業分担金、昭和五四年度分から昭和五六年度分までの経常賦課金及びこれらに係る延滞金は被控訴人が改良区に納付する必要はなく、被控訴人と控訴人との間で決済されることになる旨の通知をした。
(3) 被控訴人の滞納状況
① 大潟土地改良区定款第四章「経費の分担」に定める賦課金の内容
ア 国営干拓事業負担金(定款二五条)
干拓事業に要した費用に充てるものとして、干拓により生じた土地の所有権を取得した者に対して賦課徴収されるもの
イ 事業団事業賦課金(定款二六条)
事業団が行なった土地の整備に要した費用に充てるものとして、その土地の整備によって利益を受ける土地の取得者から受けた利益を限度として徴収されるもの
ウ 改良区経常賦課金(定款二四条)及び県営事業分担金(同二六条の二ないし四)
土地改良区地区内の受益地を耕作し、かつ収益を上げるために必要不可欠な経費(水管理費等)及び土地改良区の運営事務費
② 被控訴人の滞納状況
昭和四八年ないし昭和五三年分は納付済みで、昭和五四年ないし昭和五六年度分を滞納していた。
(4) 控訴人による支払請求
① 控訴人は、大潟土地改良区が従前被控訴人に対し賦課し、被控訴人が各年度の指定納入期限までに納付していなかった昭和五五年度県営事業分担金(延滞金を含み一一万三五〇四円)及び改良区経常賦課金(延滞金を含み、昭和五四・五五年度分四一万一三九四円、昭和五六年度分四〇万五四五三円)の合計九三万〇三五一円に、控訴人が本件各土地を取得したことにより控訴人に対して賦課された昭和五六年度分県営事業分担金七万八三七四円と合わせて、合計一〇〇万八七二五円を支払った。
② 控訴人は被控訴人に対し、右一〇〇万八七二五円のうち、昭和五六年度経常賦課金については計四〇万五四五三円を受益期間に応じて割付けた三二万七六九四円と控訴人に対して賦課された昭和五六年度県営事業分担金七万八三七四円についても同様に割付けた六万三三四三円及びそれ以外の金額を合計した九一万五九三五円を昭和五七年七月二九日までに支払うように督促及び納入告知を行ない、右文書は同月一二日被控訴人に到達した。
(二) 不当利得の成立
(1) 控訴人が本件各土地を取得した場合
控訴人が土地改良区に支払った本件賦課金のうち、控訴人が被控訴人に請求した九一万五九三五円(以下「本件請求額」という)は、被控訴人に賦課され本来被控訴人が支払うべきであったもの及び賦課期間の関係で一括して控訴人に賦課されたものの本来被控訴人が受益していた期間に対応するものであって、いずれも被控訴人が負担すべきものであるところ、土地改良法四二条の定めにより控訴人が代って支払ったものであるから、被控訴人は控訴人の支払いにより右金額を利得した反面、控訴人が同額の損失を被ったものとして、右金額に相当する金員を被控訴人は控訴人に対して返還すべき義務を負う。なお、本件各土地の所有権移転が通常の売買等によってなされる場合には、このような負担金の清算は当事者間の特約により調整されるべきものであるが、本件のような売買予約完結権の行使の場合には、特約が不可能であるから、右のように解釈せざるを得ない。このことは、不動産の固定資産税を課せられて納付した登記簿上の所有名義人の真の所有者に対する不当利得返還請求権を認めた最高裁昭和四七年一月二五日判決民集二六巻一号一頁の認めるところである。
被控訴人は、土地改良法四二条の規定が旧組合員については免責的な効果をもたらすというものであるなら、被控訴人が前記債務を免れたのは法の規定によるものであって、控訴人の弁済によるものではないから求償権もしくはこれと同様の効果を有する不当利得返還請求権を認めることはできない旨主張するが、これは大量処理を必要とする土地改良区の賦課金について、技術的考慮から改良区との関係で特例を定めた法の趣旨を、性格の異なる当事者間の内部関係の清算にまで持ち込もうとするもので失当である。
(2) 控訴人の本件各土地取得が認められない場合
① 仮に控訴人が本件各土地を取得しなかったとすれば、本件の弁済には民法七〇五条の非債弁済の規定が適用になる。この場合に、控訴人は右弁済の受領者である土地改良区に支払った金額の返還を求めるべきであるとの見解もあり得るが、それよりも直截に右弁済によって債務を実質的に免れた者すなわち被控訴人に対して利得相当額の返還を求めることができると解することが、実質的な経済関係によって不公平を是正して解決を図ろうとする不当利得制度の立法趣旨に叶うものというべきである。
② 第三者弁済ではないこと
原料決は本件弁済が第三者弁済に当たるとした上で、本件弁済が債務者の意思に反するので弁済としては効力がないから債務者たる被控訴人には利得が生じないとしている。
しかし、第三者弁済とは弁済者が他人の債務であることを認識して弁済する場合であるところ、本件においては、控訴人には他人の債務であるとの認識はなく、自己の債務として弁済したものであって、第三者弁済には当たらない。
③ 民法七〇七条二項の適用
控訴人が錯誤により本件賦課金債務を自己が承継したものとして弁済したものであって、弁済が無効であるとしても、債権者である大潟土地改良区は、右弁済が有効であるとして被控訴人に対する本件請求額に係る債権の請求等の時効中断措置を取らなかった結果、右債権(土地改良法三九条により、国税及び地方税の例によるもので、納期限の翌日から五年間の時効に服するものである。)を時効により失った(なお、この時効消滅については、国税通則法七二条二項により、時効の援用を要せず、また時効の利益を放棄することもできないものとされている。)。
大潟土地改良区が右のように弁済が有効であると考えることは、原審で契約の有効性及び被控訴人が契約に違反したことが認められていることからも無理からぬことというべきである。
二 被控訴人
1 所有権移転登記手続請求について
(一) 基本計画の変更についての入植者の意見の反映
(1) 意見反映の方法について
被控訴人は、入植者全員の意向を無視して控訴人が一方的・独断的に基本計画を変更し具体化したなどと主張するものではない。
控訴人が主張するように、変更に当たって、農林省が秋田県知事・大潟村長及び大潟村の各組織代表との間での意見交流をしたであろうことは否定しないが、そのことから現実に耕作を行なう個々の入植者の同意を得たことにはならず、したがって基本計画の変更とその内容について入植者全員の納得が得られたものではなく、これがその後の紛争の原因となったことを主張するものである。
(2) 残地利用についての入植者の要望
昭和四六年及び昭和四七年の大潟村長職務執行者ら五者による要望書は、それが入植者の全体の意思に合致していたかは別としても、未配分地の追加配分について触れているが、水稲耕作権の返上について触れているものではない。
当時、入植者は一〇ヘクタールの水田を所有し、うち2.5ヘクタールでは畑作を行なっていたが、これに対しては転作奨励金を受けていたものであって、五ヘクタールの追加配分を受けた場合に、右2.5ヘクタール分の転作奨励金を受ける権利が消滅すると認識していた訳ではなく、国・県・事業団からもそのような説明はなかった。
(3) 国の対応
国がこのように2.5ヘクタールの水稲耕作権の返上にこだわった理由は、投じられた莫大な国費の回収のためには、畑には不向きな残存農地を、価格としては著しく安くなる畑としてではなく、価格の高い水田として売却し、併せて2.5ヘクタールについて転作奨励金を廃止したいという打算にあった。
しかし、控訴人はこの点を明確にせずに追加配分の申し込みを募ったことから、入植者の多くはその点につき理解せぬまま追加配分に応じたものと解ざれる。なお、第二次配分の契約書には既配分地についても変更後の基本計画が適用され、田畑複合経営義務が生ずることについての明確な記載は存在しない。
(二) 変更後の変更内容についての周知徹底
(1) 入植者の認識
入植者の多くが十分な説明を受けぬまま追加配分に応じたことは、昭和四八年三月段階でも、畑作に回されていた前記2.5ヘクタールについて畑地として固定されて転作奨励金の対象から外され、一方、田畑同規模の田畑複合経営が厳格に適用されることについての明確な説明がないことから明らかである。
国の基本計画変更のための方針においても、経営規模拡大による入植者の所得について、おおむね水稲単作経営一〇ヘクタールに見合うものとされていたことから、入植者としては、入植からある程度期間が経過して経営が安定した時期においては田畑同規模となるとしても、それまでは試行期間であって、厳格な田畑同規模の作付は強制されないとの意識が生まれたことはやむを得ないものというべきであるし、変更された基本計画自体が「当分の間」とか「おおむね同程度」といった曖昧な用語を使用していることも、厳格な運用とは相容れないものというべきであって、前記の入植者の意識を助長したものである。
(2) 昭和五〇年の大潟村農協の指導
前記のような曖昧な説明に基づく認識が実態となって表れたのが昭和五〇年の大潟村農協の営農方針であって、ここでは水稲一〇ヘクタールの耕作を掲げて前年度から育苗の準備を指導している。最終的には、国の買戻の威嚇により、同農協は八ヘクタール台への青刈りに応じたが、このことによって入植者の農政に対する不信感は高まり、それが、昭和五一年及び昭和五二年のゼブラ方式(畝の間隔を広く取って稲を植えつけ、実際の植付け面積は見かけの面積より小さいとするもの)による一〇ヘクタール水稲作付(入植者のほぼ半数が参加)や昭和五三年の二六戸の畑作専業農家に転作集中の方法による他の全員の12.5ヘクタール水稲作付につながった。
(三) 田畑複合経営の意義
(1) 控訴人の意図
控訴人がいかに強弁しようとも、未利用地の配分は八郎潟干拓事業を頓挫させないための苦肉の策であり、田畑複合経営導入は、水田として新規入植者に売却することにより事業の経費の回収を図り、その一方で既入植者に対する転作奨励金を廃止するという狙いからであって、当時の八郎潟干拓地(水田として開発された土地であり、本来土壤が畑作に適しないため、畑作を可能にするためには、暗渠埋設等により排水対策を十分講じて土壌を乾燥させる必要があった。)における畑作導入は将来の目標でしかなかった。
この矛盾が、水稲圃場として入植者に高額な負担金や賦課金を課しておきながら、水田扱いをさせないという形になって表れている。
(2) 八郎潟干拓地は畑作に適するか
大潟村農協の「大潟村農協組合員の営農概況」は、畑作の不安定さが農業経営を圧迫し、農家の負債の増加傾向の原因になっていることを如実に示しており、昭和五五年から昭和五九年までの五か年の平均でも小麦栽培は大幅な赤字になっていることを示している。
(3) 田畑複合経営について拒否の意図を示さなかったことについて
控訴人は、もし、入植者が畑作について不安を有していたならば、田畑複合経営に反対の意思を表明し、追加配分の申し込みをしないという選択が可能であった旨の主張をするが、これは、控訴人の主張と矛盾する。すなわち、控訴人の主張によれば、基本計画の変更によって、追加配分の有無にかかわりなく、一律に変更基本計画が契約によって従うべき基本計画となる筈であって、変更基本計画の適用がなく、更に基本計画の変更によって従来の基本計画にも従う必要がない入植者の存在は認められないのではなかろうか。仮にそうでないとしても、控訴人としては既入植者への変更基本計画(経営規模の格差を排除して、一律一五ヘクタールを配分することとした内容である。)一律適用のため落ちこぼれがないように追加配分を進めたものと思われ、だからこそ、田畑同等の複合経営義務が厳格に適用されることの説明が意識的に避けられ、この結果、既入植者全体が追加配分を受けることとなったものと思われる。
(四) 被控訴人の行為の評価
(1) 入植者の義務
田畑複合経営が入植者の義務であるとすれば、配分農地全部において畑作を専門としている相当数の農家についても義務違反とすべきであるが、国はこれらの農家に全面積について転作奨励金を支払っているのであって、契約違反とはしていないことが明らかである。
また、水稲作付面積制限8.6ヘクタールは、変更基本計画のほぼ同程度という言葉から導かれる7.5ヘクタールからの拡大の経緯が不明朗であり、その後の一〇ヘクタール、12.5ヘクタールへの拡大と同様に控訴人において一方的になしたものであるから、そのような内容が契約上の義務と解することは到底困難である。
契約理論からいえば、入植者が第一次配分及び追加配分の農地につき、農業経営を放棄したときに予約完結権の行使の要件たる契約違反となるものであり、営農形態や栽培方法、機械の種類、使用方法の違反はこれに当たらない。
また、田畑複合経営に対する違反は、仮に契約違反に当たるとしても、違法性の強いものではない。
(2) 予約完結権行使が正当か否かについて
① 生活基盤を失わせることについて
入植者はそれまで築き上げてきた財産を擲って大潟村に入植してきたのであるから、予約完結権の行使は所得を生み出す源泉であり、生活の基盤である農地を失わせるものとして重大な影響をもたらすものであることは明らかである。
② 比較衡量
本件予約完結権の行使は、国の場当り的農政に逆らった者に対する農林省の官僚の面子の確保のためのスケープゴコトであった。
しかし、農業政策の面から見ても、予約完結権の行使は妥当ではない。国は、生産調整が始まった昭和四四年以後も三次、四次の水稲単作を目的とする入植を続け、第五次入植については、一応田畑複合経営とはしたものの、水田の合計面積の減少を図るわけではなく新たな入植者を入れ、既入植者に増反した。これは、減反政策よりも莫大な国庫からの支出を少しでも回収することを優先したからにほかならない。それにもかかわらず、対価を支払って被控訴人から農地を買戻すことは、現段階で新たな入植者を認めない国がその農地を死蔵することになり、国費の無駄遣いにほかならないし、圃場全体の利用の面からも模範的な新農村建設の趣旨に反することになる。
2 不当利得返還請求について
(一) 土地改良法四二条の解釈について
同条の解釈として、組合員資格取得時期以前に前組合員が負担していた債務部分について、新組合員が責任を負うと解すべきか否かは問題である。このように解することは、新組合員に不測の損害を与える虞れがあり、ひいては取引の安全を害する結果にもなりかねず、更に、そのように解した場合に当然問題になる筈の、前の組合員の債務はどうなるのか、あるいは新組合員が前組合員の債務を弁済した場合の求償関係はどうなるのかについて法が何ら触れるところがないことは、控訴人の主張が失当であることを示すものである。
同条の解釈としては、組合員資格の承継に伴う権利義務の移転は将来に向かってのもので、例えば、資格を取得した者に対して組合員となることを拒否できないとか、総会の議決の効力が自動的に新組合員にも及ぶとかを決めたものに過ぎないものであって、既に遅滞に陥っている債務は移転の対象とならないものと解するのが最も自然かつ合理的な解釈である。
そうすると、控訴人が本来被控訴人が負担していたとされる賦課金等の債務につき弁済することは純然たる第三者弁済に当たるものというべきである。
仮に組合員資格の承継に伴う権利義務の移転が既に不履行に陥っている債務をも対象とするとしても、その結果、旧組合員については免責されるものとすれば、土地改良法四二条自体の効果として被控訴人の債務が消滅したものであり、控訴人の弁済との因果関係がないから、不当利得返還請求権は認められない。
(二) 控訴人の本件各土地取得が認められない場合の法律関係
(1) 第三者弁済が被控訴人の意思に反する場合か否かについて
被控訴人の賦課金等の支払いの遅滞は、当時大潟村において不当な稲作上限面積の強制がなされ、これに大潟土地改良区が荷担したことに対するささやかな抵抗としてなされていたものであり、かつ売買予約完結権行使に対して被控訴人が争っていたことは明白であるから、控訴人の弁済が被控訴人の意思に反することは明白すぎるほど明らかであった。
(2) 民法七〇七条二項の適用
また、このように完結権行使の有効性が争われ、裁判での決着が付くまでは被控訴人が土地を耕作していくことが明らかであったのであるから、改良区としては取りあえず、現実の耕作者である被控訴人を組合員と取り扱って賦課金を徴収していればよく、この場合に、後日、控訴人の完結権行使の有効性が是認されたとしても、その間の現実の耕作者である被控訴人から賦課金の返還が求められる可能性はなかった。それにも拘らず、改良区は裁判の結果を待たずに、所有権が控訴人に移転したとして、過去の賦課金までも控訴人に支払いを求め、永遠に被控訴人を放逐しようとしたものであって、弁済の有効性について改良区が善意であったとか、消滅時効によって被控訴人に対する賦課金請求権を失ったとは到底いえない。
更に、本件では控訴人による弁済が被控訴人の意思に反してなされたことが明らかであるところ、かかる場合にはそもそも民法七〇七条二項の適用がないことについては判例・学説上異論がない。
第三 証拠
証拠関係については、原審及び当審訴訟記録中の証拠関係各目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一 前提事実について
一 争いのない事実
原判決が三枚目裏八行目冒頭から七枚目裏一行目末尾までに判示する事実については当事者間に争いがない。
二 所有権移転登記手続等請求事件に関する前提事実
被控訴人の県営事業分担金・改良区経常賦課金の遅滞及び控訴人による支払い並びに控訴人から被控訴人に対する請求に関する点を除くその余の事実関係については、以下のとおり付加訂正するほかは、原判決がその二一枚目表末行冒頭から三八枚目裏三行目末尾までに説示するとおりであるから、これを引用する。
1証拠について<省略>
2 八郎潟干拓事業について
同二三枚目表二行目「基づいて」の次に「制定された「大規模な公有水面の干拓に伴う新村の設置に係る地方自治法の特例法」により」を加える。
3 新農村の建設の構想と事業団の設立について
同枚目裏四行目「事業団」を「八郎潟新農村建設事業団(以下単に「事業団」という)」と改める。
4 入植者の募集等について
(一) 同二六枚目裏二行目から三行目の「七五パーセント」を、「国営干拓事業の用地造成、基幹道路及び水路施設の整備費用のうち、財政投融資借入金分二五パーセントについてのみ負担金として二五年分割(うち三年間据置)により入植者から支払いを受けるが、これを除く総費用額の七五パーセントに及ぶ一般会計繰入金については全面的に国庫負担として入植者に負担させないこととしたほか」と改める。
(二) 同四行目末尾に「また、訓練の実施に関する経費は、営農指導員等担当職員の人件費や入植者の訓練期間中の食費、宿舎光熱費、学習用教材費等、すべて国からの事業団への委託費によって支出された。」を付け加える。
5 入植者と控訴人との間の契約について
同二七枚目裏三行目「ヘクタール」の次に「(若干の出入りがある。)」を加える。
6 減反政策の実施について(原判決の「6 米需給状況の変化と農林省の対策」の項)
同二八枚目表一〇行目冒頭から同裏五行目末尾までを次のように改める。
「前記抑制通達にもかかわらず、米の供給過剰が進んだため、農林省は、昭和四五年二月一九日に更に農林事務次官依命通達「新規開田の抑制について」を発し、前年度の通達においては段階に応じて開田計画面積の縮減を図るとしていた開田計画を含む国営干拓事業のうち既着工地区についても、土地配分公告をしていないものは畑の造成、他種事業との共同事業に計画を変更し、開田を行なわないものとして工事を行ない、当面計画変更が困難な場合には干陸後当分の間、配分を保留するとした上、八郎潟干拓事業についても第四次入植者の圃場を造成するが、既定計画による第五次入植者の募集(従来の予定ではこの年に行なわれる筈であった。)は行なわない旨明記した。」
7 基本計画の変更について(原判決の「7 基本計画の変更」及び「8 追加配分への動き」の項)
同二八枚目裏七行目冒頭から三〇枚目裏一〇行目末尾までを次のように改める。
「(一) この結果、八郎潟についても開田面積は二三三九ヘクタール以内に縮減されることになり、八郎潟中央干拓地の全面積のほぼ半分に当たる約五〇〇〇ヘクタールの土地が用途も定まらぬままに残されることになり、その用途について各種の意見が出る中で、工業団地や大規模空港の建設等農地以外の利用も検討されるなど、新農村建設事業の前途が危ぶまれる事態となった。
(二) そこで、農林省は、昭和四六年五月に、学者グループを中心として、これに秋田県知事や事業団理事長らを加えて「八郎潟新農村建設事業に関する懇談会」(以下「懇談会」という)を設置し、嶋貫大潟村長職務執行者もオブザーバーとして参加させた上、同年一二月までに三回にわたって検討した結果、最近の農産物の需給動向からみて畑作の重要性は増大しており、稲作転換の定着化の観点からも、低平地における畑作を育成することが重要となっているので、今後の我が国の畑作の模範となるべき生産性の高い畑作経営を八郎潟に導入することは、きわめて有意義であること及び既入植者の経営について、労働力を農業内部で有効利用するために、水稲以外の作物を導入して田畑複合経営とするとともに、経営規模を若干拡大することによって、大規模畑作を実現するのが望ましいこと等の意見を取りまとめた。
(三) 他方、前記の五〇〇〇ヘクタールの残地利用について、既入植者もこれに自分たちの意見を反映させるべく、入植者の自治組織である大潟村新村建設協議会を中心に大潟村当局、大潟村農協、大潟村村政審議会、八郎潟中央干拓地水管理区の五者からなる未配分地(残地)対策委員会を昭和四六年に発足させ、当初の会合で、残地利用に関しては農地以外の利用については強く拒否し、入植再開による村の人口増加は望まず、残地全部を既入植者に一〇ヘクタールずつ追加配分して大規模な専業農家を目指すとともに、田畑輪換に応じた基盤整備をなすよう要望するとの合意をなし、同年一〇月頃農林省に対し、前記五者の代表者の連名により、ほぼ次のような内容の陳情をなした。
(1) 残地を農業用に使用すること
(2) 農業の国際化に対応できる近代的な農業を確立するため、入植農家に対し追加配分をして、極力経営規模の拡大を図ること
(3) 畑作の機械化一貫体系による生産性の高い農業を実現できるように土地の基盤を整備すること
(四) 前記残地委員会を中心とした既入植者は、前記懇談会における議論の経過や大潟村周辺町村の農家の強い増反要求や事業団との折衝もあって、その後、一〇ヘクタールの追加配分要求を断念し、7.5ヘクタールに目標を引下げるとともに、八郎潟周辺他町村の農家の増反要求に対しては、新農村建設の目的に照らし、零細配分をやめ、新規入植の形で対応すべきだが、その際は新規入植者の配分面積と既入植者の配分面積に格差をつけないこと等を求めることとした。
(五) その後、前記の昭和四五年開田抑制通達に関連して、干拓工事の全体の完成を待たず、部分竣功として処理する方針を国の方で固めていったが、これに対して、前記五者の代表者は連名で、部分竣功は基本計画を曲げるもので新農村建設の将来展望も不明であるとして反対の意思を表明するとともに、残地の配分に対し、要旨次のような意見を述べる陳情書(四七陳情書)を、昭和四七年九月二一日付けで、農林省に提出した。
(1) 未配分地は新農村建設事業以外には使用しないこと
(2) 今後の新規入植に当たっては、既入植者と経営規模の格差が生じないように配慮すること
(3) 既入植者に対して未配分地の一部を畑地として追加配分し、田畑複合による安定した営農の確立を図ること
(六) 更に、同月二〇日から二二日にかけて、前記五者の代表者は、秋田県、農林大臣、農林省農地局長、国会議員らに対して前記の内容の陳情を行なったが、これに対する農林省幹部の対応は、前記(2)及び(3)について、新規入植者との面積格差を生じさせないためには経営の方式を田畑いずれも7.5ヘクタールとする田畑複合経営方式に改めることが必要であり、農林省内には畑作のモデルを作るべきだとの意見もあるけれども、入植者が2.5ヘクタールの水田耕作権を返上する方向に固まるならば、農林省としても田畑複合経営を前向きに進めるというものであった。
(七) また、これとは別に、事業団も昭和四七年秋に農林省に対し、「今後の方針についての提案」と題する意見書の提出を行なったが、その骨子は次のとおりである。
(1) 国家投資の回収、入植農家負担の増加の防止、事業団の事業の効率化の見地からは、今後の農業情勢の推移に対応しうる方式で入植を再開するしかない。
(2) しかし、入植中断の経緯からいって、水稲の作付面積を増加させることはできないので、畑作物の生産拡大を目指すこととなるが、その一方、新規入植者についてもモデル的農業経営として従前の一〇ヘクタール水稲単作と同程度の所得を上げられること(さもなければ負担金の償還に耐えられない。)が必要である。
また、既入植者との規模・内容に余り隔たりがない方がよく、新たに多額の追加投資をすることは困難である。
(3) 右(2)の要件を満たすには次のような困難な点がある。
① 中央干拓地はその大部分がヘドロと呼ばれる重粘土であり、乾燥風化が不十分なため、現時点では畑作には向いておらず、これを改善するためには暗渠造成工事のほか牧草を播種する等、少なくとも五年間の期間を要する。
② 収益性の高い作物は、現状の土壌条件では大型機械の走行が困難なため機械作業が実施できないし、逆に、牧草等の大型機械による機械作業が可能な作物は収益性が低く、前記の所得確保が困難となる。
③ 収益性の低い畑作物を基幹作物とした入植で所得を確保するためには水稲経営に比べて配分面積を大きくする必要があり、その結果、既入植者との不均衡を生じる。
④ 中央干拓地は排水方式について排水機場への流出を抑制する田面貯留方式を採っているので、短期間の浸水・湛水も許容しない高収益の畑作物の導入のためには、排水能力増強及び土壌改良に多額の費用を要するほか、作物の種類・生産量の変動に伴う諸施設の遊休化の問題とこれと裏腹の大量の畑作物の輸送・販売等の問題が生じる。
(4) 提案の内容
入植再開に当たっては、畑作専業農家の導入ではなく、既入植者に割り当てられている水稲作付面積の一部を新規入植者に振り向けることにより、中央干拓地全体の稲作面積は増加させることなく、新規入植者にも収益性の高い稲作を一部導入して経営を確保し、一方、畑作のための圃場を既入植者に追加配分するとともに新規入植者にも配分し、新旧入植者の稲と畑の作付面積を7.5ヘクタールずつの同一面積とすることが相当である。
(右の面積は、新規入植者を一四〇戸として、秋田県等の農業用地を六〇〇ヘクタールとした場合の試算である。)
(5) この方法を採用する場合の利点は次のとおりである。
① 稲作による収入の安定化
② 一戸当たりの畑作面積が小さくなる結果、生産品目が多種となり、一品目の集中による生産物の輸送・販売等流通上の問題は比較的小さくなる。
③ 麦作の場合には、冬作であるため排水問題を回避できる上、水稲用機械を共用でき、大型機械の稼働率を高めることが可能となるし、小規模な集約的疏菜作の場合には、高畦栽培等によって浸水被害等を回避でき、地表部の熟成した表土を利用できる。
④ 田畑複合経営の場合には、稲作という安定基盤を有しているので、畑作専従の場合に比して、入植者の経営上の判断による施設の過不足が生じることが少なく、所要の施設は畑作の生産が安定化した時期に新農村建設事業として建設すれば足り、当初の負担増を避けられる。
(八) 農林省は、以上の意見と要望を踏まえて、米の生産調整政策に反しない形での入植再開を検討した結果、昭和四八年一月五日、既入植者の水稲作付面積を一〇ヘクタールから7.5ヘクタールに減じ、その減少分を新規入植者の稲作面積に回し、代りに既入植者には五ヘクタールずつを畑作地として追加配分し、新規入植者には7.5ヘクタールの畑作地を配分することにより、八郎潟中央干拓地全体の水稲作付面積を変えることなく、第五次入植者を募集し、干拓地全体について、一律一五ヘクタール規模で、水稲・畑作を一対一の田畑複合経営(将来的には、土壌の熟度の進行に従い田畑輪換経営)とするが、稲作面積の恣意的な増加を規制するための措置を講ずるとの方針を樹で、昭和四八年九月八日付農林省指令四八構改A第一二六三号、自治指第一八三号をもって、事業団法二〇条一項の基本計画の変更を行ない、これを同月一〇日官報で公告した。
基本計画の変更の内容は、その1の「新農村の建設に関する基本方針」のうち「(3)」以下において、集落の配置や営農組織(おおむね六〇または三〇ヘクターの大区画圃場を単位として大型機械等を使用した協業組織を基本とする)等を定めた部分を削除するとともに、①農地配分につき、おおむね五、7.5、一〇ヘクタールの三種からの任意選択となっていた個人配分面積を、おおむね一五ヘクタールを家族経営の単位として入植者に個人配分すると改め、②営農形態について、当面は機械化直播方式を主体(田植機の開発に応じ、機械化移植方式も考慮)とする水稲単作で、将来的に酪農等の導入を考慮となっていたのを、「大型機械の共同利用等による田畑複合経営を基本とする。なお、稲と畑作物の作付けは、当分の間おおむね同程度とするものとする。」と改めたものである。」
8 第五次入植の開始と既入植者に対する追加配分について
同三〇枚目裏末行冒頭の「9」を「8」と改める。
9 田畑複合経営の推進とこれに対する入植者の反応について(原判決「10 田畑複合経営方針に対する入植者の対応」及び「11 水稲許容面積8.6ヘクタールの明示」)
同三一枚目裏四行目冒頭から同三三枚目裏七行目末尾までを次のように改める。
「9 田畑複合経営の推進とこれに対する入植者の反応
(一) 畑作物の検討
(1) 農林省は、前記の昭和四五年開田抑制通達による新規入植停止を受けて、従前の水田単作経営に代って畑作の導入を検討することとなり、昭和四六年度から五〇〇〇ヘクタールの未配分地に暗渠等の排水工事を行ない、土壌の乾燥を促進して畑地に利用できる圃場を造成すると共に、事業団に委託して、干拓地における畑作について、入植農家に対する営農指導の実施及び必要となる農産施設の建設の判断資料として、干拓地に適した作物の選定及び栽培技術の検討を開始した。
(2) 八郎潟中央干拓地における畑作は四〇〇〇ヘクタールを超える大面積で行なうものであるため、その作物選定に当たっては、次のような条件を満たすことが望ましいと考えられた。
① 大量に生産しても流通上問題を生じないこと
② 収益性が高いこと
③ 高度の機械化生産方式が採用できること
④ 耐湿性が高いこと
八郎潟干拓地は、そもそも基本設計において水田利用を前提として計画され、事業が進められてきたものであり、更に残地は主として干拓地中央の低位部であって排水能力に問題があるため、耐湿性が必要となる。
⑤ 水稲と労力競合がないこと
経営の基盤となっている水稲栽培と労力面で競合することがなく、家族の労力で十分に対処し得るものであることが望ましい。
(3) 前記の要求を全部満たす作目は見いだし難く、ある程度満たすものとして、農林省は、麦類、大豆、牧草(乾草)、飼料用穀物、馬鈴薯、玉葱等を選択し、事業団に栽培試験を委託したが、この結果、湿害を受けることが少ない秋蒔き小麦・牧草及び高畝栽培、明渠施工等排水に留意することにより収量を確保し得る大豆・馬鈴薯が基幹作物として適当とされた。
(4) 事業団は中央干拓地の殆どを占めるヘドロ土壌における畑作の実用化試験を、昭和四三年から昭和四八年にかけて牧草、昭和四五年から昭和五〇年にかけて麦類、昭和四六年から昭和四八年にかけて馬鈴薯、昭和四六年から昭和五〇年にかけて大豆、昭和四七年から昭和四八年にかけて玉葱について行ない、当初は期待されるような成果は上げられなかったが、牧草・春蒔小麦等を除けば、最終的にはヘドロ土壌での標準栽培技術を確立できるようになった。
(5) 一方、事業団の行なった田畑複合経営試験は、大型機械による田畑複合経営の技術的問題点の解明と経済性の検討のために行なわれたが、試験農場がまだ一ないし二作目であって雑草等の繁茂が多いことや土壌の条件が悪いことから、想定より総労働時間がかなり多くなったものの、収量は目標を達成し、所得の点でもある程度の成果を上げた。
(6) 昭和五五年から昭和五九年にかけての大潟村農協組合員の経営実績においても、水稲の約四分の三に達する畑作物中最大の作付面積を有する小麦は、反当たり収量が最低の年は最大の年の収量の四割程度しかないなど変動が激しく、同一面積当たりの収入ではメロンが水稲の二倍以上の収入を上げるものの(ただし、作付面積は水稲の五〇分の一以下である。)、それ以外は水稲の三分の一以下で、主要畑作物である小麦の場合をとってみれば、五年間のうち二年間は赤字であった。
(二) 入植者の反応
(1) このように、八郎潟中央干拓地は本来水稲単作用に計画され、整備されたこともあって、畑作の収入・労働時間等の条件は、需給関係と無関係に農家の収入保証の見地から政策的判断で国際価格より大幅に割高に買入れ価格が決められていて、確実な収入が見込める稲作とは比較にならないほど低く、ことに、田畑複合経営が導入されることになった当初は、土壌条件が悪いうえ、入植者の方も大規模機械化による畑作についての経験も乏しいなど条件が更に悪かったことから、畑作の経営状況の見通しは芳しいものではなく、昭和五〇年一一月に大潟村農協がまとめた試算は、必ずしも経営試算として正確なものとはいえないが、小麦生産は赤字を生じ、水稲による所得を小麦生産の赤字で食いつぶす形となるため、小麦作付を多くすればするほど収入は低くなるというものであった。
(2) また、変更基本計画のもとにおける八郎潟中央干拓地における減反政策の適用は、他地区の一般農家の場合と異なり、変更基本計画で認められた範囲の面積(全面積のおおむね半分)を基本として、これからの減反についてのみ奨励金が交付されるという扱いであったため、既入植者にとって、従来耕作していた水田面積一〇ヘクタールから減少するかなりの面積について、転作奨励金なしに減反を強いられることになることから、強い不満があった。
(3) けれども、変更基本計画に対する公式の説明は別として、この水田耕作権の返上(今まで一〇ヘクタール全部について水田扱いされていたのに、そのうち2.5ヘクタールについては水田として扱われなくなること)について、追加配分の条件となるとの明確な記載は第五次入植者の募集の書類にはなく、入植者に対する大潟村農協や事業団の関係者によっても必ずしも明確な説明がなされておらず、変更基本計画のうち、この点に関する表現が「当分の間」とか畑作と稲作を「おおむね同程度」という曖昧な表現があり、しかも変更基本計画の前提となった「八郎潟中央干拓地における営農及び土地配分の方針について」においては「入植者におおむね水稲単作経営一〇ヘクタールに見合う所得を確保する」とされていたこともあって、既入植者の多くは、変更基本計画の内容のうち田畑同程度との点が直ちに厳格に適用されるものとは考えず、前記のとおり、全員が追加配分を申し込み、配分を受けた。
(三) 昭和五〇年の水稲作付状況
(1) 大潟村農協は、田畑複合経営で水稲の作付面積が7.5ヘクタールに制限されることは認識していたが、前記のように八郎潟干拓地における畑作には難点があったことと、前記のような基本方針の内容からいって、経営基盤が安定するまでは右制限は厳格に実施されるものではないと安易に考えて、うるち米7.5ヘクタールに加えてもち米2.5ヘクタールの作付の計画を樹てて、昭和四九年から指導してきた。
(2) このため、昭和五〇年度においては、第五次入植者を含めて多くの入植者が一〇ヘクタールまでの水稲作付を行なった。
(3) しかし、これに対しては、変更基本計画に反し減反政策を無視するものであるとして、各方面からの批判がおき、農林省が、秋田県、事業団を通じて、強く是正指導をした結果、大潟村農協も、うるち米7.5ヘクタールプラスもち米一枚(1.25ヘクタール前後)の作付に切り替える旨方針転換し、結局、農協の立場も考慮されて同年度は8.99ヘクタールを超過する部分だけが過剰作付として是正された。
(四) 五一通達
農林省は、このように多数の入植者が変更基本計画を無視して過剰作付を行なったことに危機感を持ち、できるだけ多くの水稲作付を望む入植者の意思を、全国的な減反政策の中で、可能な限り反映させるべく、八郎潟中央干拓地における今後の水稲作付については、稲作面積の上限は農家一戸当たり8.6ヘクタールとし、将来、県立農業短期大学農場や県の事業における作付増加があった場合には、この上限を更に削減すること、個々の農家において右上限面積を超えて稲の作付をした場合には、契約書等に定めるところに従い、農地の配分取消や農地の買戻等の措置を行なうことになることなどを内容とする五一通達を、昭和五一年一月二四日付けで発した。」
10 昭和五一年以降の過剰作付と稲作許容面積の拡大(原判決の「12 昭和五一年以降の過剰作付」、「13 水稲許容面積の変更」、「14 水田農業確立助成補助金の交付対象面積の拡大等」の各項)
(一) 同三四枚目裏四行目を次のように改める。
「10 昭和五一年以降の過剰作付と稲作許容面積の拡大」
(二) 同三五枚目裏四行目及び同三七枚目表四行目の各見出しを削る。
11 被控訴人の過剰作付について
同三八枚目裏三行目の次に行を変えて、以下のとおり付加する。
「11 被控訴人の過剰作付について」
(一) 昭和五五年度以前の過剰作付
(1) 昭和五一年
被控訴人は、昭和五一年、稲作許容面積8.6ヘクタールを1.13ヘクタール上回る9.73ヘクタールの水稲作付をしたが、東北農政局長からの指導により、青刈りの形で是正した。
(2) 昭和五二年
被控訴人は、同年においても、前記作付制限を0.8ヘクタール超えて稲の作付をし、大潟村の指導により是正した。
(3) 昭和五三年
被控訴人は、同年において5.8278ヘクタールの超過作付(前記の8.6ヘクタールの稲作制限からの超過をいう。以下、同様)を行ない、東北農政局長からの警告書や買収予告書の送付を受けて、ようやく超過作付分について収穫を行なわない形で是正した。
(4) 昭和五四年
被控訴人は、同年において2.2862ヘクタールの超過作付をし、同様に警告書・買収予告書の送付を受けて是正した。
(5) 昭和五五年
被控訴人は、同年において0.1547ヘクタールの超過作付を行なったが、大潟村の指導を受けて是正した。
(二) 昭和五六年の過剰作付
(1) 被控訴人は、同年においても0.564ヘクタールの過剰作付を行なった。
(2) これに対して、大潟村・秋田県・東北農政局職員らは直接あるいは文書で是正を求めたが、被控訴人が応じなかったため、控訴人は被控訴人に対し、配分農地買収予告書を内容証明郵便で送付したほか、東北農政局農政部長らが直接被控訴人に会って是正を求め、被控訴人は一旦は是正に同意した。
(3) 被控訴人は、これにもかかわらず、合意した同年八月三一日までに是正しなかったので、控訴人は同年九月四日、秋田県農業試験場大潟支場で被控訴人に対する最終的な事情聴取を行なった。この際にも被控訴人は是正の意思を表明したので、控訴人は双方立会で同月七日午後五時までに是正することを求め、被控訴人はこれに同意した。
(4) 被控訴人は、同月七日、圃場に赴いて、東北農政局職員らの立会のもとで是正に着手したが、僅かの間、コンバインを動かしただけで中止し、後日、全面積について刈り取り収穫した。
三 不当利得返還請求事件に関する前提事実
1 土地改良法四二条一項には、土地改良区の組合員が組合員たる資格に係る権利の目的たる土地の全部または一部についてその資格を喪失した場合には、その者がその土地の全部または一部について有するその土地改良区の事業に関する権利義務は、その土地の全部もしくは一部についての権利の承継または第三条二項の規定による交替によってその土地の全部または一部について組合員たる資格を取得した者に移転すると定められているところ、本件各土地は大潟土地改良区(以下、単に「改良区」ということがある。)の土地改良事業の施行に係る地域内にある土地に当たり、かつ農用地であって、所有権に基づき耕作の目的に供されるものである(当事者間に争いがない。)。
2 控訴人は、本件契約に基づく売買予約完結権行使により本件各土地の所有権を取得したとして、被控訴人に買収通知をするとともに、大潟土地改良区に対してもこの旨の通知をしたが、これに対して、同改良区理事長は、控訴人の資格承継を前提として、本件各土地に関する権利義務を控訴人が承継したとの文書を控訴人に対し発した(<証拠略>)。
3 控訴人は、昭和五七年三月二七日、被控訴人が改良区から賦課されたが滞納していた昭和五四年度ないし昭和五六年度分の各種負担金、賦課金を延滞金を含めて、改良区に支払った。その内訳は次のとおりである(<証拠略>)。
(一) 経常賦課金
(1) 昭和五四年度一期分
元金 一三万六九六三円
延滞金・督促手数料 五万二八二七円
(2) 昭和五五年度一期分
元金 一七万八六八一円
延滞金・督促手数料 四万二九二三円
(3) 昭和五六年度全期分
元金 三八万〇〇六四円
延滞金・督促手数料 二万五三八九円
(二) 県営事業分担金
(1) 昭和五五年度全期分
元金 九万二九三四円
延滞金 一万四一五八円
(2) 昭和五六年度全期分
元金 七万八三七四円
4 控訴人は、右支払い額のうち九一万五九三五円について、被控訴人が不当利得しているとして、昭和五七年七月一〇日付けで同月二九日までに支払うよう求めた納入告知書を送付し、同書面は同月一二日被控訴人に到達した(争いがない)。
第二 所有権移転登記等請求事件について
一 争点1(農林大臣は基本計画として営農形態に関する定めをすることができるか)について
この点に関する当裁判所の判断は、次のように訂正するほかは、原判決がその三八枚目裏六行目冒頭から三九枚目表八行目末尾までに説示するとおりであるから、これを引用する。
三九枚目表一行目「条項」から同六行目の「ある」までを、「表現からすれば、事業団の行なう業務である農地等の土地及び施設の整備についてのみ、基本計画で定めるかのようであるが、事業団は八郎潟干拓地に模範的な新農村を建設することを目的とするものであるから、その整備する農地等の土地及び施設は、いずれも、いかなる営農形態のもとで、いかなる新農村を建設するかと密接不可分に関連するものであって、だからこそ、事業団法は、第二〇条一項の抽象的な定めに引き続いて基本計画において具体的にどのようなことを定めるかを列挙しているうちの最初に、新農村の建設に関する基本方針を示しているものと解される」と改める。
二 争点2(基本計画は事業団法の廃止により効力を失い、田畑複合経営義務も消滅したか)について
これに関する当裁判所の判断は原判決がその三九枚目表末行冒頭から四〇枚目裏五行目末尾までに説示するとおりであるから、これを引用する。
三 争点3(基本計画の定めは訓示規定ないしプログラム規定で、これに反することがあっても、予約完結権は発生しないということができるか)について
1 前記のとおり、本件契約は、被控訴人が基本計画に示された方針に従った営農をしないときに、本件各土地の買収を行なうことができると定めているものであって、基本計画の中の営農方針に関する部分が契約上の義務であることは明らかである。
このように、控訴人がわざわざ売買予約契約を締結してまでして、基本的には経営主体である入植者の自由にまかされるべき営農方針に関して基本計画に従うことを求めたのは、八郎潟干拓事業が、単に大規模な農地開発をするというだけではなく、我が国の将来の農業のモデルとなるような農村を建設するものであり、そのためには入植者が個々勝手な農業経営をするのではなく、全体として新農村建設事業に協力することが同事業の推進に必須、不可欠としたことによるものと考えられる。
2 そして、新農村建設事業は単に高収入、あるいは生産性の高い農業経営だけを目指すものではなく、その時々の社会情勢に応じて、国民全体から求められる農業のあり方を踏まえたものでなければならないのであって、これは莫大な国費と長い歳月を要してなされた事業である以上当然のことといわなければならない。
そして、先に述べた基本計画変更、入植再開の経過から明らかなように、減反政策との調和すなわち田畑をほぼ同程度とする田畑複合経営は変更基本計画の中でも重要な内容であったというべきであり、これを単なる努力目標ということは到底できない。
この意味で、畑作専門に耕作を行なう一部の入植者(乙第二五によれば、時期は必ずしも明確ではないが、一四、五名の入植者が畑作専門に営農していることが認められる。)は、田畑複合経営ではないという意味で、基本計画違反といわざるを得ない。しかしながら、前記の減反政策との調和の観点からはむしろ好ましいともいえるので、これを控訴人が咎めなかったことには相当の理由があり、このことから基本計画中の営農方針に関する部分に拘束力がないということはできない。
3 前記認定のとおり、控訴人は、昭和五〇年においては8.99ヘクタールまでは結果として稲作を容認し、更に五一通達によって8.6ヘクタールまでの稲作を認めており、これらの上限面積はいずれも田畑がおおむね同程度という規模に該当するものとは考え難く、この点からすれば、もともと基本計画のうち、田畑ほぼ同程度とする部分は何ら拘束力のあるものではなく、また、右の部分は、控訴人自らが右のような上限面積を容認した時点で拘束力を失ったものと考える余地もないではない。
しかしながら、控訴人が昭和五〇年において8.99ヘクタールまでの稲作を容認したのは、前記のとおり稲作の制限面積を超える作付が大潟村農協の指導に従って行なわれたという経緯から、これを全面的に否定した場合の影響を慮って、事実上是正の範囲を右の範囲にとどめた結果にすぎないものであったし、また五一通達によって8.6ヘクタールまでの稲作を認めたのも、干拓地の土地条件に適しているとはいえない畑作よりも食管制度によって手厚く保護されて安定した高収入が期待できる稲作を強く望む入植者の基本計画違反の行動を抑え切れず、本来、それがおおむね同程度という範囲のものであるか疑いが残るものの、譲歩可能の限界線を示したものと理解されるのであるから、これらのことから、基本計画のうち田畑ほぼ同程度での複合経営に関する部分は法的拘束力がなく、またはその後右の稲作上限面積が設定された時点で拘束力を失ったとみることはできない。
四 争点4(田畑複合経営義務には経営が安定したときからという停止条件がついていたか)について
この点に関する判断は、原判決がその四四枚目表一〇行目冒頭から同裏五一行目末尾までに説示するとおりであるから、これを引用する。
五 争点5(予約完結権の行使が許されるか)について
1 被控訴人が控訴人に対し、入植時に締結した契約により、基本計画に示された方針に従って営農すべき義務を負ったものであることは前記のとおりである。
右契約締結後、当初の基本計画は変更され、右変更基本計画は田畑半々の田畑複合経営をその内容とするところ、五一通達で稲作許容面積が8.6ヘクタールと明示されており、これは基本計画を制定変更する権限を有する農林大臣が変更基本計画の内容として容認される限度を具体化したものと解されるから、これにより、被控訴人は契約上、控訴人に対し、右許容面積を超えて水稲を作付してはならない義務を負うことになった。
そして、被控訴人が昭和五六年の営農において、前記基本計画及び五一通達に反して、右許容面積を0.564ヘクタール超えた9.164ヘクタールの水稲作付をしたことは前記のとおりであり、これに対し、農林大臣が被控訴人に対して昭和五七年一月一七日到達した書面により、基本計画に示された方針に違反して営農をしたことを理由に、前記契約の条項に基づいて本件各土地につき売買予約完結権行使の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
ところで、右予約完結権の行使は、入植者の生活の基盤である農地を失わせるものであって、対価が支払われるとはいえ、控訴人自身が主張するように、右対価は自由な土地売買による場合に比べると著しく低いものであるから(後述のとおり、昭和五二年当時の価格によっても、右対価に相当する国営干拓事業負担金の額は時価の半額以下であったと認められるから、昭和五七年以降においては、右負担金の額と時価との開きは一層大きかったことが明らかである。)、その支払われた金によって大潟村村内に改めて農地を取得することは困難であり、本件予約完結権行使によって、入植者はその所有する宅地等は失わないとしても、生活の基盤である農地を失う結果、入植者は離農するか、他へ移転するかを余儀なくされることになるなど、入植者及びその家族に与える影響は甚大であることを考慮すれば、予約完結権行使が許されるのは単なる形式的な契約上の義務違反ではなく、重大な義務違反行為があった場合に限られると解すべきであるし、また、右のように予約完結権行使の要件を限定しない場合でも、予約完結権の行使がもたらす結果の重大性に鑑み、悪質・重大でない義務違反行為を理由とする予約完結権の行使は権利濫用に当たるということもできよう(これが原判決の立場と解される。)。
2 そこで、本件において予約完結権の行使が許されるかどうかについて、以下判断する。
(一) 前記のとおり、八郎潟干拓事業は多額の国費を投じて行なわれたものであるが、その費用のうち、国営土地改良事業負担金という形で入植者が土地取得の対価として支払うのは全体の四分の一に過ぎず、この結果、入植者は二か所に集中した、しかも高度に整備された一五ヘクタールもの大規模な農地を一般の農地の価格と比較すると著しく低廉な支払でしかも長期の分割という有利な条件で取得することになる。更に、住宅・農業機械等も同様に長期分割で取得できるのであって、甲第一三七によれば、一般的な入植者の場合には、土地についての負担金がおおむね二七八〇万円(被控訴人の場合には、甲第一により二五〇六万四〇八〇円と認められる。)、農地等整備費おおむね一七七〇万円、農家住宅購入費おおむね二五〇万円、農業機械購入費おおむね三〇〇万円、農業用共同利用施設費おおむね一三〇万円を負担することになるが、前記のように土地負担金については七五パーセントの補助があるほか、その他の項目についてもいずれも五〇パーセントの補助金が支出されており、しかも支払いは一括してではなく、最大二五年の長期分割払いとされているのである(甲第一三七、第一四五の三)。このうちの農地の価格だけを見ても、甲第一四六の二によれば、干拓事業竣功の昭和五二年当時において、干拓地周辺に位置する(このことは公知の事実である。)八郎潟、五城目、井川(旧井川村)、飯田川、昭和、天王、琴丘、山本、八竜、若美(旧琴浜村)の各町の耕作を目的とする中田(自作)価格が一ヘクタール当たり七五〇万ないし二〇〇〇万円、同じく中畑価格が二五〇万ないし九〇〇万円であることからいって、各種の条件に優れた大潟村の農地一五ヘクタールは、その半分を畑として評価しても(圃場自体としては田として利用可能なものであるが)七五〇〇万円を下回ることはなく、一般の農地取得の場合と較べて、著しく優遇されたものであったことは明らかである。
だからこそ、入植申し込み者は第一次募集以来募集人数を常に大幅に上回っていたのであり、このように優遇された者が、その特殊な立場に基づき、別別の義務を負担することは稀ではなく、また、そのような特別な義務を負うものであるからこそ、国費をもって他の一般農民と比較して格段に有利に処遇することが正当化されるのである。優遇された待遇を当然視して他の待遇について平等でないとして批判するのは、相当ではない。
そして、右契約によって入植者が負う基本計画(変更基本計画を含む)の方針に従って営農すべき義務はこのような入植者の特別な立場に基づき負担する義務であるところ、右義務は新農村建設事業を推進する上で不可欠のものであるから、控訴人との契約によって入植者、したがって被控訴人の負う基本計画(変更基本計画を含む)の方針に従って営農すべき義務は、甚だ重要な義務というべきである。
したがって、被控訴人の右稲作許容面積を超えて作付をした行為自体、重大な義務違反であり、更に、変更基本計画とは別個のものではあるが、入植中断とその再開の経過からみて切り離すことのできない減反政策との関係では、五一通達を無視する行為を放置することは、周辺農民のみならず減反政策に不満を持つ全国の農家に農政全般に対する不信の念を抱かせるものであって、この点をも考え併せれば、被控訴人の右違反行為は容易に看過し得ないものといわなければならない。
(二) なるほど、被控訴人の昭和五六年における過剰作付の割合は前記許容面積8.6ヘクタールを基準として一割にも満たないもので、違反の程度は比較的少なく、この違反を理由にその生活基盤を失わせることは酷といえるかも知れない。
しかし、(1) 被控訴人は、前記のとおり大潟村農協傘下の大多数の入植者により過剰作付がなされた昭和五〇年を除いても、基本計画の変更後、毎年、過剰作付で問題を生じさせ、買収予告書の送付等を受けて、ようやく超過作付の是正を行なっていたものであるし、(2) 被控訴人は昭和五六年の超過作付について、東北農政局の職員のほか、秋田県・大潟村の職員等から再三にわたり、是正を求められながら、最終的に自己の判断により、過剰作付を維持することに踏み切ったものと認められ、一方、右作付の是正によって、被控訴人が収益の幾らかの減少以外に何らかの重大な損害を被るとか、是正すること自体について支障があったことを認めるに足りる証拠はないのであって、以上の諸点を考慮すれば、被控訴人の本件違反行為の程度がたとい比較的小さなものであっても、そのことから直ちに違反行為の重大性が減殺されるものとは言い難い。
(三) また、前記のとおり、田畑ほぼ同程度の田畑複合経営という変更基本計画の内容からは当然には導かれない8.6ヘクタールの作付制限を国が認め、ここまでは変更基本計画に反しないという形で指導したことは、変更基本計画に従うという契約上の義務の内容自体を不明確にしたことは明らかであって、現に、原審の阿部一郎証言や甲第二三の一、二(別件の訴訟における当時農林水産省構造改善局管理課長であった長晃の証言調書)によれば、農林水産省の係官の間でも、8.6ヘクタールの制限と変更基本計画の関係の理解の仕方が一様でないことが認められ、したがって、専門家でない一般入植者において、変更基本計画にいうほぼ同程度の内容として、8.6ヘクタールが含まれる、ひいては、これと大差のない程度の作付、例えば昭和五〇年に行なわれた8.99ヘクタールまでの水稲作付や、入植中断以前のような一〇ヘクタールまでの作付も、同様にほぼ同程度の範囲に含まれると解釈する余地を与えたものといえなくもない。
しかしながら、右作付制限面積は、入植者からの強い要望を受け、控訴人が本来の線より最大限譲歩した結果によるもので、その後入植者達のした過剰作付に際し国側のとった対応からみて、入植者としても右作付制限の意味するところを認識し、または容易に認識できたものと考えられる。
(四) 更にまた、前記のとおり、八郎潟干拓地の土壌は一般に畑作よりも水田に適しているものではあるが、昭和五〇年頃は別として、昭和五六年頃にはある程度土壌も乾燥し、また栽培技術も進歩した結果、一応の収益を上げることが可能になっていたと認められ、水稲ほどの収入を上げることはできなかったとしても、それは水稲が通常の需給原則とは異なる特殊な形で保護されているからであり、その保護を今後も保つためには減反政策が必要であったこと(なお、最近の食管法廃止等の一連の動きは自由貿易体制維持のための米輸入解禁等の諸事情の変化を踏まえたものであって、減反政策が誤りであったことを示すものではないと考えられるし、農業政策の当否の判断は裁判所の職務に含まれるものではない。)を考えると、作物の選択は別として畑作を行なうことが入植者にとって難きを強いるものとは到底言えない。
3 以上、被控訴人が本件契約で負った右義務の重要性、本件違反行為に至るまでの経過及び右違反行為の態様(控訴人の側からの是正指導とこれに対する被控訴人の対応も含めて)からすれば、前記2(二)ないし(四)に顕れた被控訴人にとって有利とみられる事情を考慮してもなお、本件違反行為は重大かつ悪質なものというべきであり、控訴人のなした本件売買予約完結権の行使は適法なものということができるし、また、これが権利濫用にあたる不当なものとまで解することはできない。
なお、被控訴人は、控訴人の行なう減反政策もしくは五一通達に基づく作付制限に対する抗議の意思を表明する手段として過剰作付の維持を選択した旨主張するようであるが、控訴人が米の供給過剰を回避する方策として設定した作付制限を放棄することは、減反政策が大潟村だけの問題ではなく、全国の農民に協力を求めているものである以上、原則(前記のような経緯からすれば、他地域とは異なり、大潟村においては8.6ヘクタールの作付制限が基準であった。)を無視することは許されないし、被控訴人の違反をこれ以上放置することは、予約完結権行使を切り札として是正措置を求めてきたこれまでの指導が今後著しく困難になることを意味し、控訴人として予約完結権を行使すること以外に選択の余地はなかったものと解される。
その意味では、被控訴人が主張するように、本件の予約完結権行使はスケープゴートの意味がなくはないが、前記のように、被控訴人としても、控訴人の政策に対する批判の象徴として過剰作付を行なっていたというのであれば、本件の事態は覚悟の上であったと考えられ、これをもって控訴人を非難するのは失当である。
六 所有権移転登記請求及び明渡請求について
1 前記のように本件売買予約完結権の行使は有効になされたものと認められるから、控訴人の被控訴人に対する、本件各土地について、本件契約に基づき設定した仮登記に基づく本登記手続として、昭和五七年一月二一日付け売買を原因とする所有権移転登記手続を求める請求は理由がある。
なお、右売買予約完結権行使に基づく代金支払については、既に述べたように(争いのない事実)被控訴人に対して控訴人が有する国営干拓事業負担金支払請求権との相殺の意思表示がなされ、更に残金について現実の提供があったが受領を拒否されたため供託されたから、同時履行の問題は生じない(右の控訴人が被控訴人に対して有するとされる負担金支払請求権は、正確には、予約完結権行使に伴い、本件契約に基づき、被控訴人が右負担金について期限の利益を喪失したことにより、後記の経常賦課金及び県営事業分担金と同様に土地改良法四二条一項の規定により、予約完結権行使の結果、右負担金債務を引き継いだ控訴人が大潟土地改良区に対し支払いをしたことにより、控訴人が本来の負担義務者である被控訴人に対して取得した不当利得返還金請求権というべきであるが、右債権が存在することは、弁論の全趣旨からこれを認めることができ、自働債権の表示の誤りは右負担金が県・改良区を通じて最終的に控訴人に納付されるものであることからいって、相殺の効力に影響しないと解される。)。
2 また、被控訴人が、本件各土地を占有していることは争いのないところであるから、前記売買予約完結権の行使により、被控訴人は控訴人に対し本件各土地の明渡義務を負うものというべきである。
3 また、被控訴人は右土地の明渡し完了まで一般の小作料と同額の賃料相当損害金の支払義務を負うと解すべきところ、甲第八の一、二によれば、右の一般的小作料の額は、本件各土地全体につき一日当たり一万三九〇八円五五銭であると認められる。
第三 不当利得返還請求
一 土地改良法四二条一項の解釈については、控訴人の主張するように、大量円滑に処理することが必要な改良区と組合員との法律関係を権利関係の移転に伴い一律に処理することとしたものと解され、権利譲渡の当事者双方による改良区への通知がなされる場合に限らず、本件のように、一方当事者による権利行使としての権利移転の場合(したがって、双方連名の通知はなされないこととなるが、このことは改良区が承認している限り、権利義務の承継の有無に影響しないと考えられる。)にも同様と解される。このように団体に関する義務が資格承継に伴って当然に承継人に移転する(もしくは重畳的に発生)することは決して珍しいことではなく(例えば、建物の区分所有等に関する法律八条)、このことによって取引の安全性が害されるとか、譲渡人と譲受人との間での清算に関する規定がないために混乱が生じるといったことは考え難い。
二 前記認定のとおり、控訴人は、大潟土地改良区に対し、県営事業分担金及び経常賦課金を支払ったが、最判昭和四七年一月二五日民集二六巻一号一頁の趣旨によれば、本来、本件各土地の所有者として同土地を使用収益している者が負担すべきである県営事業分担金及び経常賦課金は、賦課期間の途中で権利移転があった場合には日割計算で清算するのが相当であるところ、昭和五四・昭和五五年度分(延滞金等を含む)合計五二万四八九八円については全額被控訴人の負担となり、昭和五六年度(甲第二二により、昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日までを指すものと認められる。)分について、売買予約完結権行使の効力発生の日(昭和五七年一月二一日)を基準として、それより前の二九五日分に対応する三九万一〇三八円(一円未満四捨五入)の合計九一万五九三六円については、本来被控訴人が負担すべきものである。したがって、これ以下である九一万五九三五円について、不当利得返還として支払いを求める控訴人の請求は理由がある。
第四 結論
以上の次第で、控訴人の被控訴人に対する請求は、いずれも理由があるからこれを認容すべきであって、これと結論を異にする原判決を取り消し、主文のとおり判決する。
(裁判官富川照雄 裁判長裁判官武藤冬士己、裁判官佐藤明は転補により署名押印できない。裁判官富川照雄)
別紙物件目録一
(一) 秋田県南秋田郡大潟村字方口 六一番二 田
二万二三五〇平方メートル
(二) 同所六一番八 田
二万二九〇三平方メートル
(三) 同所六一番一四 田
二万二八四四平方メートル
(四) 同所六一番二〇 田
二万二七八〇平方メートル
別紙物件目録二
(一) 秋田県南秋田郡大潟村字中野 二〇番一 田
一万三四〇一平方メートル
(二) 同所二〇番二 田
一万二六九四平方メートル
(三) 同所二五番三六 田
一万二二一八平方メートル
(四) 同所二五番三七 田
一万一七八七平方メートル
(五) 同所二五番四一 田
一万二三九五平方メートル