仙台高等裁判所秋田支部 平成4年(ネ)85号 判決 1997年5月28日
控訴人(原告) 安保彰男 外二八名
被控訴人(被告) 株式会社北都銀行(旧商号・株式会社羽後銀行)
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は控訴人らに対し、それぞれ別紙一覧表2の合計欄記載の金額及び同表<1>及び<2>欄記載の合計金額に対する平成四年一月二五日以降、同表<3>欄記載の金額に対する同年三月二六日以降、同表<4>欄記載の金額に対する平成五年三月二六日以降、完済までそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人らのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は第一、二審を通じ、全部被控訴人の負担とする。
五 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求める裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は控訴人らに対し、それぞれ別紙一覧表1記載の金額及びこれに対する平成四年一月二五日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(なお、この請求は当審において請求額を追加的変更により拡張したものである。)
3 訴訟費用は第一、二審を通じて全部被控訴人の負担とする。
4 2につき仮執行宣言。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二事案の概要
事案の概要は、次のとおり、当審における当事者双方の主張を付加するほかは、原判決がその一枚目裏一行目冒頭から同一三枚目裏一行目末尾までに摘示するとおりであるから、これを引用する。
一 控訴人らの主張
1 原判決の問題点
(一) 労働時間短縮は、戦後の高度経済成長に代表される経済至上主義の下で長く犠牲になっていた全労働者の切実な願いであったが、過労死を防ぐためにというぎりぎりの要求を受けて、労働時間短縮の動きが現実化し、その先駆けとして金融機関の完全週休二日制が実施されることとなり、それは金融機関の労働者を始めとする全労働者から期待と歓迎で迎えられる筈であった。
ところが、週休の拡大を機会に平日の労働時間延長が多くの金融機関で強行され、ゆとりある人間らしい生活への期待は失望と怒りに変わった。完全週休二日制が実施されても、金融機関の長時間過密労働の実態は変わらなかったのである。
そして、真の労働時間短縮を願って要求してきた労働者の期待は、原判決によって再び裏切られた。原判決が世論から一様に批判を浴びたのは、原判決が合理性があるとした特定日の時間延長を伴う週休二日制拡大は真の労働時間短縮(時短)でないことが国民や労働者の実感から明らかだったからである。
(二) 原判決がこのいわゆるニセ時短を擁護したことにより、銀行は、ニセ時短の本来の目的であった利益至上主義の傾向を一層強めるに至った。特定日時間延長はサービス残業として違法に時間外手当の支給を免れていたことを合法的にできるようにしたものであり、このように労働者の犠牲の下で利益を上げようとするのが銀行であって、銀行はこのように特定日の時間延長により利益を上げながら、更にサービス残業の形で時間外手当の不支給を続けた例が平成四年一一月の被控訴人の場合以外にも枚挙にいとまがない。
このような銀行の利益至上主義が、銀行の様々な不祥事になって現われた。バブル経済の崩壊から住専問題に至る中で、銀行が信用を第一にした堅い業界で、銀行マンも紳士ではなく、銀行は違法、不当ないし反社会的行動も行なう通常の企業であることが明らかになっていった。
(三) 本件は、違法・不当な利益獲得活動を続けてきた銀行が、労働者の犠牲の上に更なる利益獲得を図ろうとして行なった時間延長を容認するのか、それとも労働者のゆとりある人間らしい生活の実現という社会的・国際的公約を守るのかという問題だった。原判決が、控訴人らの切実な要求を否定し、結果的に銀行の利益至上主義のもくろみを肯定したことの影響は計り知れない。
2 銀行の完全週休二日制実施の意義
(一) 原判決の銀行完全週休二日制実施の趣旨及び経緯についての認定は十分ではない。すなわち、銀行完全週休二日制は、<1>長時間過密労働の蔓延を原因とする銀行労働者の時短に向けての切実な運動、<2>プラザ合意などによる貿易黒字解消の国際公約としての内需拡大・国内労働コストの適正化という時短の必要性、<3>週休二日制を実施しても利益が減少しない銀行特有の利益構造の三点を背景に実現したものであるが、原判決は、なぜ完全週休二日制が金融機関から先行実施されることになったかという銀行完全週休二日制実施の最大の眼目について触れなかったため、<1>銀行の長時間過密労働の実態について触れず、<2>国際公約における国内労働コストの適正化というのは、諸外国で当然に企業のコストになっていたものを日本でも企業のコストにすることを意味するから、時短による負担は経営者に課すのが相当であるのに、この経緯を無視し、<3>週休二日制を実施しても利益が減少しないという銀行特有の利益構造について認識しないという致命的欠陥を有することになった。
(二) 銀行の週休二日制実施の経過
(1) 週休二日制は労働時間短縮が必然とされる歴史の流れの上で進められたものであるが、銀行が他業界に先駆けて実施されることとなったのには理由がある。
それはまず第一に、銀行界では、他産業と比べて土曜休日化が収益に影響しない特質があったことが挙げられる。第二には、銀行では長時間過密労働が常態となっており、労働時間短縮の要求が切実で、全国地方銀行従業員組合連合会(以下地銀連という。)を始めとする金融機関の労働組合や官公庁労働者が中心になって「土休共闘」を結成し、銀行の完全週休二日制実施を求める運動を続けていたことが理由として挙げられる。
(2) 第一の点については、銀行という業種は週休二日制実施がコスト削減をもたらす特殊な業種であることはもはや経済界の常識といってもいい。銀行は単純にいえば、大衆からの資金を預金という形で集め、それを転用投資して貸付利息を得る商売で、預金利息と貸付利息の利鞘で収益を上げるという業種である。したがって、土曜日を休日にしても、貸付利息はその間も発生し、製造業や販売業などの通常の産業と異なり、休日を増やしたことによる売り上げや利益の減少はなく、むしろ土曜休業により、店舗稼働により消費していた水道光熱費等の設備費用の物件費が節約されると共に、土曜日の時間外手当の支払いも不要になる。この土曜日の時間外手当削減分と所定労働時間減少による従業員賃金のコストアップ分がちょうど相殺になるとされるのであるから、銀行業界にとって完全週休二日制は何らコスト増大の要因とはならないことは明らかで、だからこそ、政府は完全週休二日制導入の皮切りとして金融業界を選択したのである。
(3) 完全週休二日制に至るまでの流れは次のとおりである。
<1> 昭和四七年に、労働省が銀行労使に対して、銀行の土曜休業をてこにして日本の社会に週休二日制を普及させたいので検討してほしいとの申入れをした。これを受けて昭和四八年三月、全国銀行協会連合会(以下全銀協という。)は週休二日制の早期実現を目指すとの方針を決定した。なお、昭和五〇年四月の衆議院大蔵委員会で大蔵大臣が「銀行労使の合意を尊重し、一両年中に銀行法第一八条を改正する」旨の発言をしたことから明らかなように、地銀連を中心とする週休二日制実現を求める労働運動に対応して全銀協が昭和五一年上期をめどに週休二日制実現を図ると決定したことが、労使の合意として、週休二日制推進の一つの根拠として銀行法改正が進められることとなったもので、前記第二の労働運動の存在も無視し得ない。
<2> その後、昭和五四年の金融制度調査会の答申を受け、昭和五六年五月に銀行法一八条が改正されて、銀行の休日は「日曜日その他政令で定める日」と改められた。
<3> 国会の大蔵委員会での完全週休二日制の早期実現に関する再三の決議を受けて、全銀協は昭和五七年四月六日に理事会が月一回土曜休日の方針を打ち出し、更に昭和五八年二月八日に同理事会が同年八月からの第二土曜休日を決定し、同年五月に銀行法施行令(以下単に「政令」という場合には同施行令を指す)が改正されて同年八月から第二土曜の銀行休業が実施された。
<4> 全銀協の第三土曜休日化の決定を受けて政令改正を経て昭和六一年八月から第二土曜に加えて第三土曜日の休業が決定された。
<5> 労働省は、昭和六二年一月、全銀協に対し、完全週休二日制の早期実施を要請し、これを受けて、同年一一月一〇日の全銀協理事会は完全週休二日制達成のための具体的検討を行う特別委員会の活動開始を決定し、昭和六三年三月、全銀協は翌年二月からの完全週休二日制実施を公表した。
この結果、同年一〇月に政令が改正され、平成元年二月一日から毎土曜日の銀行休業が実現した。
(4) このような経過から見て、全銀協に加盟している被控訴人にとって、平成元年二月一日の完全週休二日制実現は決して突然の要請ではなく、全銀協内部の十分な検討を経て、第二土曜日、第三土曜日と徐々に休業日を拡大した上、漸く実施されたもので、その対応は既に十分できていたものというべきである。
そして、銀行完全週休二日制の目的が銀行従業員の労働条件の向上に寄与することにあることからすれば、休日を増加する一方で平日の労働時間を延長するという措置は到底許容されるところではなかった筈である。
このことは、第二、第三土曜日の銀行休業実施に当たって、一部金融機関で平日の労働時間を一〇ないし一五分程度延長する動きがあったことについて、昭和六一年一一月二六日参議院大蔵委員会で大蔵省銀行局長が、それは週休二日制を拡大した趣旨を損なうもので大蔵省としても好ましくないと考えている旨答弁していることからも明らかである。
(三) 国際公約としての労働時間短縮
このように銀行週休二日制を突破口として日本企業全体の労働時間短縮を実現しようとする政府の意図は、国際貿易摩擦の原因の一つであった日本企業の長時間労働を解消し、貿易摩擦による国際的非難を免れようとするものであった。したがって、不公正な国際競争の原因となる長時間労働を改めることは、それだけ企業に対して賃金に関するコスト負担を求めるというものでなければならないのに、被控訴人を始めとする銀行は、このような国際公約(外圧)に応えるかのような顔をして、逆にこれを渡りに船として、人員増もせずに特定日労働時間延長により時間外手当を削減して賃金負担の減少を図ろうとしたものであって、政府の意図も国際公約も踏みにじったものというべきである。
(四) 原判決の判断の不徹底
原判決は前記の完全週休二日制に至る経過を踏まえて、銀行完全週休二日制実施の目的からすると被控訴人の行なった特定日の労働時間延長を伴う完全週休二日制は不徹底の誹りを免れないとしながら、結論においては合理性があるとした。しかし、原判決は、その一方で、前記の目的からすると「休日となった土曜日の勤務時間をそっくり平日に振り当てることはもとより、完全週休二日制実現の趣旨に反するような勤務時間制の変更は許されない」とも判示している。
原判決は、どのような場合が「完全週休二日制実現の趣旨に反するような勤務時間制の変更」に当たるかの明確な基準を示していないが、控訴人らとしては、既に述べたとおり完全週休二日制の趣旨からいって平日の時間延長はそもそも許されないと考えているが、仮に百歩譲って原判決のいうようにある程度までは平日の時間延長が許されると解するとしても、その限度は平日の勤務時間に転嫁する部分が転嫁しない場合を下回らなければならない、本件においては、第二、第三土曜日以外の土曜日を休日にする時間短縮幅は年間約一一〇時間であるから、平日の時間延長の幅は五五時間以下でなければならない。しかるに、本件における時間延長は特定日九五日の時間延長だけでも九五時間にも達するもので、時間短縮幅の九割近くにも及んでおり、原判決のような考えを採ってもこれが「完全週休二日制の趣旨に反するような勤務時間制の変更」でないとは到底いえないであろう。原判決の判断こそ不徹底の誹りを免れない。
3 コスト論について
(一) 被控訴人の主張の変遷
被控訴人は、原審において、当初、特定日の所定労働時間延長の理由を人件費のコスト増のためと主張していた(答弁書、平成二年一月二六日付準備書面等)ため、原判決も争点における被告の主張として、完全週休二日制に伴う大幅な所定労働時間の短縮が賃金単価の大幅な上昇を招くため、特定日の時間延長により年間所定労働時間の過度な減少を避ける経営上の必要性があったと整理しているところである。
ところが、控訴審に審理が移行するや、被控訴人は一転して、コスト論は合理性判断の枠組から逸脱しているとして争点ではないとしたり、時間延長の理由には経費上のこともあったが、それは業務の繁閑等を考慮してなされた所定労働時間の調整措置の必要性、合理性に付随する問題であるとして、主要なものではなく付随的なものであるとしたりした挙げ句、原判決が人件費コスト増の圧縮を経営上の必要性として認めたことが合理性判断の大きな根拠となっているのは明白であるにもかかわらず、原判決が合理性を認めたのは人件費コスト増の圧縮の必要性を認めたからではないと断定するなどの主張をしており、その主張からは、コスト論の主張が次第に後退していったことが明らかである。
このように被控訴人の主張が変遷したのは、コスト論という土俵に乗ることが、被控訴人にとって特定日の時間延長措置が週休二日制実施に伴うコスト増加の縮減にとどまらず、週休二日制実施を奇貨として利益を獲得するものであったことが白日の下に曝される虞れがあると、被控訴人が判断したからにほかならない。もしそうでなく、原審でなした主張のように、コスト増の削減にとどまるならば、被控訴人はもっと積極的に証明活動をした筈であって、コンピューター設備等の整っている銀行にとっては、統計数値を弾き出すのは最も得意とするところであるから、そのデータは簡単に算出できたと考えられる。したがって、被控訴人のこのような弁論態度そのものが、コスト論における敗北宣言ということができる。
(二) コスト削減を逸脱した搾取
(1) 完全週休二日制実施によって、労働時間が短縮されても、全体の業務量が減らなければ、平日の労働にそのしわ寄せが行くことになり、平日の労働が過密化し、勢い、労働者は完全週休二日制実施以前より残業時間を増やして稼働せざるを得ないことになる。したがって、本当の意味での時短としての完全週休二日制を実現するためには、従前の土曜日の業務をこなしきれる程度の最低限の増員が不可欠である。その意味で、完全週休二日制実現のためのコスト増としては、本来、そのための増員によるコスト増が考えられるべきであった。
ところが、本訴訟で問題になっているのは、そのような理想的な時間短縮のためのコスト増などではない。被控訴人は完全週休二日制実施に伴う人員増という手当は一切していない。
また、完全週休二日制実施に伴い賃金単価が上昇するが、被控訴人の行なった特定日時間延長は、このような賃金単価の上昇に対する負担軽減の趣旨にとどまらず、金融自由化の波の中で年々増え続けている業務量をできるだけ多く所定労働時間の中で処理し、時間外手当を削減して労働者からの利益搾取をしようという卑劣なものであった。
(2) 特定日時間延長をしなかった場合のバランスシート
<1> 一方的就業規則の不利益変更の合理性についての立証責任は被控訴人にあり、コスト負担が多額に上り、これを削減するために特定日時間延長が必要であることを被控訴人が立証すべきであるが、前記のとおり被控訴人は右立証を放棄したままであるので、控訴人が入手し得るデータに基づき、コストの増減について検討する。
<2> コスト増加分 合計六三〇〇万円
ア 賃金単価アップ 一六五〇万円
被控訴人の釈明によると完全週休二日制実施直前の昭和六二年度の残業代支払総額は約三億三〇〇〇万円であり、被控訴人側の証人の証言によれば完全週休二日制実施に基づく残業手当の基礎となる賃金単価が約五パーセント上昇したとされることによる。
イ 無人化システム設備費用等 四六五〇万円
無人化システム設備費用やこのランニングコストについては、週休二日制実施と直接結びつくものではなく、銀行業界全体を通しての、人員削減、コスト低減、窓口サービスの改善、大量事務処理による内部事務の合理化等の目的で行われてきたコンピューター化、機械化の一環であって、このことによって完全週休二日制実施が容易になったとしても、それは副次的効果に過ぎず、これらの設備費用等を週休二日制実施のコストとして計上することは誤りと考えられるが、原判決の判断の不当性を明らかにするため、一応ここに加えることとし、原判決が一億数千万円としている設備費用を償却期間五年、ランニングコスト年間六五〇万円として合計四六五〇万円となる。
<3> コスト減少分 合計八二二〇万円
ア 土曜時間外手当削減分 五七六〇万円
完全週休二日制実施直前における被控訴人の行員の土曜日分の時間外手当総支給額は明らかではないので、控訴人らの例を参考に算出した。
すなわち、控訴人らの場合には完全週休二日制実施直前において土曜日の時間外勤務は月平均四時間であって、控訴人以外の行員の場合にはこれより多くとも少なくはないから、右四時間を基に、被控訴人の行員の一時間当たり時間外手当平均単価一五〇〇円、時間外手当支給対象行員(控訴人らを含む。)八〇〇名で計算すると五七六〇万円となる。
イ 有給休暇取得日数減少分 八六〇万円
被控訴人の釈明によると、完全週休二日制実施直前の昭和六二年度と実施された昭和六三年度の比較で、被控訴人の従業員全体での年間有給休暇取得日数が八六六日の減少、昭和六二年度と完全実施後の平成元年度の比較で同じく八七〇日の減少になっている。これは、完全週休二日制実施に伴い平日の労働が過密強化されたため、有給休暇は取りたくても取れない状態となった結果であって、被控訴人の休日が増えたため従業員の有給休暇の必要性に対する認識が低下したためであるなどという主張は全く事実に反する。
ウ 土曜日の給水光熱費節約分 一六〇〇万円
昭和六二年度から昭和六三年度にかけて、被控訴人の店舗は一店舗増加したが、被控訴人の年間給水光熱費は一六〇〇万円減少している。平成元年度は更に減少していることから見ても、完全週休二日制実施に伴う直接的経費節減の表れであることが明らかである。
<4> 差引き コスト減少 一九二〇万円
(3) 右のように、特定日時間延長をしなかったとしても、被控訴人は完全週休二日制実現によって一九二〇万円の経費節減になったはずであるが、被控訴人は、本件で問題になっている特定日の所定労働時間延長によって、多額の時間外手当の支払を免れることとなった。被控訴人はその金額を明らかにしないが、控訴人らの主張から明らかなように、控訴人らにおける損失額は月額約二万円であるところ、被控訴人の他の時間外手当支給対象行員の基本給は控訴人らより低いと考えられるので、平均一万五〇〇〇円程度の手当額減少と考えられ、時間外手当支給対象行員は控訴人らを含めて約八〇〇名であるから、その合計は年間約一億四〇〇万円となる。したがって、被控訴人は、完全週休二日制実施に伴い何らコスト負担はなく、却って経費が減少していたにもかかわらず、更に週休二日制実施に伴うコスト負担緩和と称して、多額の搾取を図ったことは明らかである。
(4) このことは、被控訴人の公表された財務諸表の分析からも裏付けられるのであって、山口孝教授の会計・経営分析によれば、次の事実が明らかになった。
<1> 被控訴人は、完全週休二日制実施の前後を通じて、預金・貸出金が大きく伸びており、その収益額も極めて多額に上った。
<2> それに比較して、従業員の増加は抑制された結果、従業員一人あたりの預金額・貸出額・経常収益額は大きく伸びた。
<3> この間、営業費用の増加も抑制され、特に給水光熱費が昭和六三年度及び平成元年度は減少し、完全週休二日制は経費節減に役立っていると認められる。
<4> 事務機械等の設備投資も、そのランニングコストも膨大なものとはいえず、経営負担にはなっていない。
なお、平成元年度及び平成二年度には減価償却費が一億円前後増加しているが、これは内部留保資金であって、被控訴人の資金繰りに資する重要な源泉であって、このことから設備投資が経営を圧迫するとは認められない。
4 平日の所定労働時間延長の意味
(一) 一日の労働時間の延長の影響
(1) 原判決は、年間所定労働時間が減少する(控訴人らの場合には、そうではないことは後述する。)以上、一日の労働時間が多少延びてもその不利益は必ずしも大きくないと述べているが、その根拠は特に示していない。
原審でも控訴人らは、右のような主張が誤っていることを詳細に主張したが、原判決はこれについての判断を全く欠落させているので、以下更に主張する。
(2) 労働時間短縮という政策の中心が年間労働時間の短縮よりもまず一日の労働時間の短縮であったことは明らかな事実であって、これは国際的にもそうであったが、日本の長時間労働の問題も一日の労働時間が先進諸国よりも長いことに大きな原因があることは労働白書(平成六年版)にも記載されているところである。
一日の労働時間をまず減らさなければならないということは、人間の生理的・肉体的・精神的生活が一日をサイクルとしていることに由来する。一日は二四時間であるが、その内、労働者が自由にできる時間は必ずしも多くはない。睡眠や食事など生存に不可欠な時間や労働時間を除くと残りは僅かで、ここから通勤時間及び家事・育児時間を差し引くと、労働者が本当に自由に使える時間はごく僅かしかない。このような中で労働時間が一時間延びると、当然他の時間にしわ寄せが来る。睡眠時間が削られる場合もあれば家族のゆとりの時間がなくなる場合もある。いずれの場合であっても、労働者にとって、疲労を回復するための大切な時間が一時間減少するわけであるから、結局、一日の労働時間が一時間増加することは非労働時間との関係では二時間分の差をもたらすことになる。このように、一日の労働時間の延長は労働時間短縮の目的である「ゆとり」とは全く正反対の状態をもたらすものであることは誰も否定できないところであろう。
(3) しかも、銀行の職場ではサービス残業と呼ばれる時間外手当不払いを伴う長時間労働が蔓延している。したがって、完全週休二日制実施に伴う一日の仕事量の増加は必然的に更に長時間労働を強いることとなる。女性銀行員の過労死事件として有名になった富士銀行の岩田栄さんの事件も完全週休二日制実施直後に発生している。平成元年八月に被控訴人の本店融資部審査担当調査役が自殺した事件も過労が原因と考えられる。
結局、休日が増えても、業務量に見合った人員増をせず、サービス残業を含めた長時間過密労働を強いる構造を変えない限り、かえって職場は多忙となり、労働者の負担は増すのである。平日の労働時間延長はその負担を更に増したものであった。
(二) 賃金減少について
(1) 原判決は、平日の所定労働時間延長による時間外手当減少について「確かに、月二万円の収入減は、原告らにとり大きな痛手となるのは十分理解できる」と認定しながら、「労働者には時間外勤務を求める権利はなく、その意味で従来支給されていた時間外手当は既得の権利という性格が弱いものであるから」本件就業規則の変更に合理性がないとは言えないと判示している。しかし、右判断は以下述べるとおり明らかな誤りである。
(2) 右判断の誤りは、野田進教授の判例評釈(甲四一三)において「問題を正確に把握していないと解さざるを得ない」と評しているとおりであって、「問題は、時間外労働そのものの減少ではなく、同じ労働時間について時間外労働と評価しなくなったことにある。この『収入減』は、時間外労働を求める権利が制限されたことによる賃金の減少ではなく、まさしく就業規則の不利益変更(所定労働時間の延長)に直結した効果である。『時間外労働を求める権利』云々は、筋の違う議論というべきである。」(同評釈)
日本企業の残業の多くは、景気変動にも雇用態度にも関係しない、本来人員増をすべきところを残業で賄う恒常的な残業であって、しかも、被控訴人が所定労働時間を延長した特定日は、被控訴人も認めるように完全週休二日制実施前から業務繁忙な日であって、恒常的に残業が行われていた日であった。したがって、残業を求める権利などが問題になる余地はなく、時間延長がなされるまでは時間外手当が支払われていた労働に対して、同じ内容の労働であるにもかかわらず、時間延長によって時間外手当が減少したことになるのは明白である。
(3) 被控訴人は当審において、従業員の時間外手当は総体として減収にならなかった旨の主張をしているが、被控訴人の主張するように時間外手当の総額が減少していないのは、所定労働時間延長によってもなお処理しきれないほど業務の量が増加しているため、従業員はやむを得ず、時間延長以後は以前に増して長時間労働をしているのであり、土曜日の時間外労働(これが、時間外手当総額に占める割合はかなり大きなものであった。)がなくなったにもかかわらず従前と時間外手当の総額が変わらないとすれば、若干の労働単価上昇があったとしても、平日における総勤務時間の増加が著しく大きかったことを示している。
5 横並び論について
(一) 弱小銀行論の誤り
原判決は、被控訴人の預金量が全国の地方銀行六四行中五八位であること、完全週休二日制実施に伴い被控訴人と同様の所定労働時間延長措置を取ったところが六一行あったことを認定して、被控訴人の経営体力からすると時間延長による人件費コスト増の圧縮を図ることが許容されるとしたが、これは「赤信号みんなで渡れば恐くない」式の悪しき横並び論であって、誤りである。
同じ金融業界である損害保険会社において特定日の大幅な時間延長を採用した会社はなく、延長しても精々一〇分程度が殆どで、全く時間延長をしなかった会社が多数ある。
更に銀行業務を営む会社の内、被控訴人より一般的に預金量も少ない信用金庫の多くが時間延長なしの完全週休二日制を実施しているか、当初、時間延長を行なったが間もなくこれを撤回していることも考慮すべきである。
そして、昭和五七年の労務行政研究所の調査によれば、休日を延長した企業の九一・三パーセントが時間延長なしに休日を増やしていることからいって、横並びで週休二日制実施の意義を無視した行動をしているのは、銀行業界等極く一部に限られてきているのである。
(二) 銀行業界カルテルによる横並び
完全週休二日制実施を機会に所定労働時間の延長を押しつけたやり方は、確かに殆どの銀行が一斉に取った手法である。しかし、これは各銀行がその規模・経営の実情に基づき個別の事情を考慮した結果、偶然生じた横並びではなく、銀行業界のカルテルによるものと考えられる。
すなわち、既に述べたとおり、銀行完全週休二日制は長い年月を掛け、徐々に進められたものであって、全銀協等の経営者は、その間十分に協議をする時間があった。そして、同じ銀行業務を行なう信用金庫の経営者団体である全国信用金庫協会(全信協)は、完全週休二日制実施の際に所定労働時間の大幅な延長をするためのマニュアルを作成していることからいって、個別の体力からは明らかに信用金庫より上の筈の銀行業界でこのようなマニュアルもしくは協議なしで、時間延長で一致すること自体不自然である。
6 自宅研修日の意味
(一) 労働時間の延長か短縮か。
本件就業規則改定前の第三土曜日は、控訴人らについては「自宅研修」とされていた。この自宅研修の時間を所定労働時間に加えるか否かで、本件就業規則の改定が年間四二時間一〇分の労働時間短縮か、それとも年間七時間五〇分の労働時間延長かが異なる。したがって、これは本件就業規則改定の不利益性及び合理性を判断する上で非常に重要な問題というべきである。
(二) 第三土曜日休日化と「自宅研修」
昭和六一年八月に政令が改正されて第三土曜日が銀行の休日とされたが、この時点で、被控訴人と従組(平成五年四月一日の被控訴人株式会社羽後銀行と株式会社秋田あけぼの銀行との合併により、被控訴人は商号を株式会社北都銀行と改め、これ以後、羽後銀行従業員組合は北都銀行労働組合と改称したが、改称の前後を通じて「従組」と略称する。)の間には、昭和五〇年七月二八日付の労働時間に関する協定(当時の就業規則を労働協約化したもの。)が存続していたため、同協定に定められていた平日七時間の労働時間を従組の同意なく延長することはできなかったことから、平日一〇分の延長を定めた改定就業規則はこれに同意した第二組合である労組(前記合併後、羽後銀行労働組合はあけぼの従業員組合と合同し、北都銀行職員組合となったが、特に断らない限り、その前後を通じて「労組」と略称する。)との間にのみ適用された。しかし、従組所属組合員に対してのみ第三土曜日に就労させることが困難であったことから、被控訴人は労働協約・就業規則のいずれにも何ら根拠のない「自宅研修」なる制度を設け、第三土曜日分の所定労働時間(四時間一〇分)については、従組所属従業員については、全く稼働していないにもかかわらず、これを労働時間に含めるという措置を採用した。
これは要するに、右時間を労働時間に含めることによって、時間外労働に対する割増賃金の算定基礎となる所定内労働の賃金割合を土曜休日化にもかかわらず引き上げまいとしたフィクションであって労働時間短縮の本旨と相容れないものであることは明らかである。また、労働基準法施行規則一九条で割増賃金の基礎とされる通常の労働時間とは、実態にあった所定労働時間を指すから、土曜日を実質上休日としながら割増賃金の計算においては労働日とするのは、そもそも労働基準法違反として無効というべきものである。
被控訴人は、第三土曜日について労働義務がある旨主張するが、従組組合員に対して何ら指揮命令はされていなかったのであって、これを労働時間とする根拠はない。
(三) 公序違反
銀行法一八条の定める銀行の休日は、銀行という企業における勤務時間制と直接に関連するもので、第三土曜日を銀行の休日とした経過からいっても、政令による休日は労働時間短縮のための「公序」を形成しているというべきであり、政令休日を勤務時間制上の休日にしない就業規則・労働協約の規定は公序に反し無効で、政令により勤務時間上も休日になったものとみなされると解すべきである。
(四) 以上のように第三土曜日を労働日とすることは、労働時間短縮の趣旨からいって不当であり、また不合理なものであるにもかかわらず、これを前提として、本件就業規則改定により控訴人らにおいても年間所定労働時間が四二時間一〇分短縮されたとするのは、二重の不合理を露わに示すものの他ならない。
7 労使交渉の経過について
本件就業規則改定を正当ならしめる必要性が存在しないことは、従組と被控訴人との交渉経過から更に鮮明になる。
(一) 第二土曜休日の実施に関する交渉
昭和五八年八月の第二土曜日の銀行休日化に際して、被控訴人は、これと引き換えに従来の交代制土曜休日(月一回)協定を廃止すること、土曜日の昼食休憩時間を一五分カットし、年間三日の土曜日特別休暇(休日ではない。)を付与することを申入れ、従組は、これに対し、第二土曜日休日化は完全週休二日制実現へのステップであることから、現実の被控訴人の職場における労働実態の認識を一致させるために、全店における残業の実態や一時間当たりの従業員の賃金コスト等の資料を提示して、その客観的事実を踏まえて意見交換を行いたい旨提案した。しかし、被控訴人は、従組の提案を拒否し、労組と先行妥結した結論を一方的に従組に押しつける態度に終始した。すなわち、同年八月一日の労組との合意直前の同年七月三〇日に従組との交代制土曜休日協定の解約の通告をし、更に従業員に対しては第二土曜日を「自宅研修」にするとしたものである。なお、右自宅研修については、同年一二月三一日付で、被控訴人は従組に対し、昭和五九年一月から従組の組合員に対しても第二土曜日は休日とする旨通知した。
(二) 第三土曜日休日の実施に関する交渉
昭和六一年八月の第三土曜日休日制度実施に際して、被控訴人は、平日の労働時間一〇分延長及び休日の土曜日における現金自動支払機等の稼働についてのシフト勤務態勢を実施しようとした。
これに対して、従組は、昭和三七年に分裂前の従組の運動で制度化されて定着していた平日七時間労働を延長することに反対したが、被控訴人は、東北の地銀の中で所定労働時間が一番短く一〇分間延長しなければ競争に耐えられないと主張したが、所定労働時間の延長を必要とする客観的根拠となる資料は何ら示さなかった。
こうして交渉らしい交渉もないまま、従組組合員に対しては、平日の労働時間一〇分延長は適用できず、第三土曜について労働義務を負わないのに自宅研修と称して所定労働時間に算入するという不合理な扱いが続けられた。
(三) 完全週休二日制実施に関する交渉
完全週休二日制実施に際しての被控訴人の交渉態度は更に異常なものである。
すなわち、被控訴人は労働時間に関する従来の労使協定を改定したいとの申入れをすることなく、完全週休二日制実施を定めた政令の公布(昭和六三年一〇月二一日)を間近に控えた同月一四日、突然一方的通告により昭和五〇年七月二八日に締結以来一三年余にわたって維持されてきた従組との労働時間制の根幹をなす協定の解約通告(この結果、平成元年一月一七日に協定は失効した。)をなすことから始まったのである。
そして、被控訴人は労働時間短縮を目指して実現した完全週休二日制実施を目前にして、それまでの労働時間延長とは全く異なる繁忙期であって時間外労働が恒常化している特定日について一日一時間という従業員にとって重大な不利益をもたらす対策を考えながら、そのことを昭和六三年一二月二八日に本件就業規則改定の提案として示すまで従組に対してひた隠しにした。
年が明けてから従組との団体交渉は開始されたが、その中では被控訴人は協定失効後に改定就業規則(本件就業規則あるいは改訂就業規則という。)を従組組合員に押しつける方針しか念頭になく、従組が完全週休二日制実施に伴う経費の増加や時間外労働に関する資料の提出を求めたのに対し、これを拒否し、平成元年二月二二日の団体交渉において、改定就業規則を同年三月一日以降従組組合員に対しても一斉に適用すると一方的に宣言した。
このような被控訴人の不誠実な交渉態度も就業規則変更の合理性の判断には当然考慮されるべきところ、原判決はこの判断を欠落させているから、この点においても原判決は根本的に再考されなければならない。
8 就業規則変更の法理
(一) 既に述べた事実関係によれば、本件就業規則改定は、従来の判例に表われた事案とは異なる独特の論点を内包している。
従来、就業規則の改定が裁判で争われた事案では、使用者にとって当該労働条件の変更が経営上万やむを得ないという事情を、労働者の被る不利益とどう調整するか、そこに効力判断の焦点が合わされていた。しかし本件では、完全週休二日制の実施に伴って、これほど平日の労働時間を延長しなければならなかった事情は全くない。月末が特に多忙で残業が多かったことは被控訴人において何十年も続いていた事実であって、その時期に一時間もの所定労働時間延長をした真の目的は、支払を義務づけられながらしばしば違法に不払いを続けてきた残業代を一挙に合法的に支払を免れるためにほかならない。加えて週初も一時間の延長をしたのは、完全週休二日制の実施に伴って土曜休日の後週の初めに業務量が増え従来以上に残業を必要とする体制になることを見越して、その残業代も大幅に支払を免れるようにしたものである。
(二) この本件特有のおよそ労働条件向上のための労働時間短縮とは縁もゆかりもない本件就業規則変更は、まさに不合理の極みであって、到底法的効力を有しない。
以下、従来の判例理論も参照しながら、その理由を明らかにする。
(1) 最高裁の判例理論
最高裁の秋北バス事件(大法廷昭和四三年一二月二五日判決)から御国ハイヤー事件(昭和五八年七月一五日判決)、タケダシステム事件(同年一一月二五日判決)、大曲市農協事件(昭和六三年二月一六日判決)までの各判決(以下、これらの事件の判決を挙げるときは、特に断らない限り最高裁の判決を指す。)によって、判例理論は、就業規則の法的根拠を経営者の経営権に求めた従来の考えを改め、就業規則の合理的規定が個別労働契約の内容となるものと解し、その法的規範性の是非については就業規則の作成・変更の必要性と内容そのものの両面からの考察による合理性にかかっているとし、そこから、労働者の不利益性の程度と当該労働関係における作成・変更内容の合理性と必要性の比較衝量を重視する。すなわち、単なる経営上の必要性・合理性を超えた当該労働関係における必要性・合理性を効力判断の中心に置くものである。
そこで問題となる合理性は使用者の都合のみを利する打ち出の小槌となってはならないことは学説が繰返し指摘するところであって、前記の各判例も同様であり、大曲市農協事件判決は、就業規則の合理性とは「その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法規範性を是認できるだけの合理性」をいうものであり、「特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」とした。
(2) 原判決の誤り
ところが、原判決は判例理論の右判断基準に照らして甚だしく偏狭な論旨を展開した。
すなわち、
<1> 控訴人らが本件就業規則改定による所定労働時間の延長により一人当たり年間二四万円の減収となり、一方被控訴人の主張する時間延長をしない場合の人件費コスト増加は年間二〇〇〇万円というのであるから、従業員一人あたりでは年間二万円であり、これ一つを比較しても大変なアンバランスがあるのに原判決はこの比較衝量を回避した。
<2> 更にまた原判決は、このように減収を伴う、したがって単純な年間労働時間の減少とはいえない改善と一日の労働時間の一時間という大幅な延長という全く異なる次元の問題を、一般的利益が不利益を十分補い得るとしたが、これは具体的な検討作業を欠いた感覚的判断と判例批評において厳しく批判されるところである。
<3> 原判決は、一時間の労働時間延長がもたらす子を持つ婦人労働者の被る重大な不利益について、「付随的問題」と称して比較衝量の対象から除外したが、この点も原判決の合理的判断の粗雑さの一つの表れである。
(三) 国際基準
(1) 本件就業規則改定の不合理性はILOにおける近年の労働時間短縮を目指す論議の到達点に照らすと一層鮮明になる。なお、ILO条約を我が国が批准しているか否かにかかわらず、ILOの条約の内容は国際的な労働時間短縮の規範の意味があり、批准を要しないILOの勧告は、加盟各国に対し、現代国際社会における労働時間短縮の基本理念を明示するものとして、我が国の法解釈上にも十分参考に供されるべき指針となるものである。
<1> ILO創設と共に総会で採択されたILO第一号条約は、工業的企業の所定労働時間の最高限度を一日八時間かつ一週間四八時間としたものであるところ、その採択に至る議論の中で、使用者代表が一日当たりの時間規制を緩和して一日八時間又は一週四八時間とする提案をしたが、それでは労働者の現実の生活リズムに即した真の労働時間短縮にはならないとする意見が多数を占めて前記の条項が定められたことが注目される。
<2> 一九三五年のILO第四七号条約は、第一号条約と一九三〇年の第三〇号条約が明記した一日当たりの労働時間規制を当然の前提にしたうえで、「生活水準の低下を来さざるよう適用せらるべき一週間四〇時間制」として、時間短縮に伴う賃金切り下げを否定した。
<3> 一九六二年のILO第一一六号勧告は、当時、国際的にも要請の高まっていた週休二日制へのステップを目指すものであったが、そこで週四〇時間労働制を国際基準として示すと共に、その前提として「労働時間の短縮の際、労働者の賃金にはいかなる減少ももたらさない」ことが原則であることを明記している。
<4> 更に一九八一年のILO総会で採択された「男女労働者特に家族的責任を有する労働者の機会均等及び均等待遇に関する勧告」も、その第一八項において、「一日当たりの労働時間の漸進的短縮及び時間外労働の短縮」に関する措置を取るべきことが明記されており、これはその審議過程からみて、「労働者はその家族責任(本勧告は、被扶養者である子に対し責任を有する男女労働者及び保護又は援助が必要な他の近親の家族に対し責任を有する男女労働者を適用の対象としている)を毎日のペースで受け持たなければならず、そのため彼らの労働時間を短縮する最も有益な方法は一日の労働時間を減らすことである」との考えに基づくものと解される。
(2) このように、労働時間の短縮というとき、それは何よりも「一日当たりの労働時間」の短縮がなければならない。ILOの歴史は、この労働時間短縮の本質を全世界に明示している。ひるがえって日本の現状を見ると、政府は年間総労働時間を切下げる方針を公表するが、それは週休や年休を増やすことによっての対応であって、一日当たりの労働時間の短縮を度外視しているところに根本の問題がある。いくら年休や週休が増えても、一日当たりの労働時間が短縮されなければ、現実の長時間労働の下で夫は家事・育児にかかわることもできず、夫婦の会話さえ十分に持ち得ない。
(3) 本件のような、長時間の時間外労働が慢性化している被控訴人の職場において、土曜休日化によって何らコスト負担が増加するのでもないのに、土曜休日化を機会に、平日の労働時間を延長することは、前記のようなILO条約や勧告の示す国際的要請に照らして不合理この上もないものというべきである。
二 被控訴人の主張
1 銀行完全週休二日制実施と時間延長が矛盾しないこと
(一) 銀行の土曜日休日化の趣旨は、国の施策として、我が国の一般産業に完全週休二日制を普及し所定労働時間の短縮を促進するために、銀行をしてこれの牽引車的役割を果たさせることにあった。
このため、政府は、一連の銀行法令の改正を行なうことによって、昭和五八年八月より第二土曜日、昭和六一年八月より第三土曜日、そして最後に平成元年二月よりその他の土曜日を銀行の休日として、銀行完全週休二日制を実現したものである。
(二) 週四〇時間制を打ち出した労働基準法研究会第二部会は、その報告(乙二)において、週休二日制については、一週の労働時間の短縮の中で実現されるべきものであり、それ自体を法制化することは諸外国においても殆ど例がなく、適当でないとしており、他方、今後の労働時間法制の基本的方向としては、労働時間の規制は一週間単位の規制を基本として一週の労働時間を短縮し、一日の労働時間は一週の労働時間を各日に割り振る場合の基準として考えていくことが適当であるとしている。右考えに基づいて、昭和六二年及び平成五年改正後の労働基準法は、週休二日制を法制化せず、各企業の業務の繁閑等に応じて変形労働時間制やフレックスタイム等の所定労働時間の弾力化措置を採ることを認めている。
(三) 銀行の土曜完全休日化は、労働時間短縮を図る国の施策により、各銀行一斉かつ一律になされたものであるが、これにより所定労働日が週六日から五日に縮減されることから、これに伴い平日の繁忙日が更に繁忙になることが明らかであり、また各銀行における所定労働時間短縮の進捗状況が異なることから、急激かつ極端な時間短縮による企業の負担を緩和、軽減するために平日の所定労働時間を延長する等の新たな勤務体制を設定することは、改正労働基準法の当然許容するところといわなくてはならない。
2 従組との交渉
(一) 被控訴人は右趣旨に則り、第二土曜休日、第三土曜休日、完全週休二日制実施の都度、休日及び労働日、労働時間等を定めた労使協定並びにこれに基づき制定されていた就業規則の改定提案を従業員の大半を占める労組及び少数組合である従組(従組の組合員は羽後銀行時代においても従業員全体の三パーセントを占めるに過ぎなかった。)に対して提案し、両組合との交渉を重ねた。これに対し、労組は、被控訴人の提案が都市銀行や他の地方銀行と同様の提案であって、銀行完全週休二日制実施の趣旨に反するものでないことを認め、右各段階における被控訴人の提案を全て円満に了承し協定の改定に応じたので、被控訴人はこれに基づいて就業規則を改定し、従組組合員を除く非組合員にも実施してきた。
(二) しかるに従組は、第二土曜休日化の当初から「政令休日即従業員の休日」とする法律上全く根拠のない主張に固執し、週休増と関連して提案されていた平日の所定労働時間延長等の措置を一切認めようとしなかった。このため、被控訴人は交渉促進の目的で昭和五八年七月三〇日労働組合法一五条三項に基づき従前の週休に関する労使協定の解約を行なったところ、従組はこれを不当労働行為であるとして、秋田地労委・中労委に対し救済を申し立てたが、右申立は労働委員会の容れるところではなく、結局従組は右申立を取り下げざるを得なかった。この間、中労委は従組に対して第二土曜問題のみならず、当時既に実施されていた第三土曜休日問題についても自主交渉により解決するよう勧告したが、従組はその一方的主張を押し通そうとしたため、解決の方途を見出し得ないまま、完全週休二日制実施を巡る交渉、そして本件裁判闘争に至ったものである。
(三) 第二土曜休日実施に当たっての労組との妥結内容は、<1>毎月第二土曜日を休日とし、従来の月一回の交代制指定休日は廃止する、<2>土曜日の実働時間が八時間を超えない場合の休憩時間を六〇分から四五分間に短縮する、<3>新たに年間三日の土曜特別休暇を付与するというものであった。従組との間の交渉が妥結しないため、職場の統一的な勤務体制実現の必要から、被控訴人は<1>については改定就業規則を従組組合員にも適用することに法律上支障がなかったため、昭和五九年一月からこれを実施し、更に<3>についても、休暇では労働時間の短縮にならないという要求に応じて、三日の土曜特別休暇を三日の土曜指定休日とするという労組との妥結内容を上回る譲歩案を提示したが、従組はこれをも拒否した。
(四) このように従組は自己の主張に固執し、休日・労働日・労働時間等を定めた労使協定の改定に反対し、改定交渉促進のための週休協定の解約手続について、これを不当労働行為であると非難して労働委員会への提訴手続などをとったから、被控訴人としても、この段階では更に労働時間に関する労使協定の解約手続は取り得なかった。従組は被控訴人に解約手続を取らせないようにしていつまでも改定交渉を引き延ばしていたが、第二土曜休日実施のための労使協定改定交渉から既に五年以上が経過し、平成元年二月に実施を控えた本件完全週休二日制実施が目前に迫ったため、被控訴人としては、これ以上放置することはできず、昭和六三年一〇月一四日に労使協定の解約通告を行なった。
右通告は、それまで全く進展しなかった第二、第三土曜休日実施の労使交渉を進展させ、引き続き行われる第四土曜その他の休日実施の労使交渉に備えるものとして必要な措置であって、協定失効後に改定就業規則を従組に押しつけることを狙ったものでは全くない。
(五) 控訴人は、被控訴人が右解約通告から二か月以上後の昭和六三年一二月二八日に完全週休二日制実施に関する提案を行なったとして非難するが、提案が年末の最も繁忙な時期となったのは、従組とのこれまでの交渉経過を考慮して、被控訴人が他の銀行の提案と比べても遜色のない従業員にとって有利な提案を行うべく他の銀行の対応を見ながら慎重に検討していたためであり、当日、被控訴人以外にもみちのく銀行、山形銀行、荘内銀行など近隣の地方銀行も提案を行なっている。
右提案に関する団交は年末年始を過ぎた昭和六四年一月六日に開始されたが、それまでの間に従組が被控訴人の提案を十分検討できるように、被控訴人は従前は団交の冒頭に説明してきた提案内容に関する被控訴人の考え方も提案と同時に従組に対して明らかにした。その内容は、特定日の五〇分延長は全土曜日が休業となるため、従前の連休明けの営業日と同様に週初の営業日が繁忙になることと従前も二五日以降月末までの営業日は繁忙であることを考慮したもので、その実情に合わせたものであると説明した上、本件改定によって、毎週土曜日が休日となるほか、年間所定労働時間も昭和六四年度において年間二九時間三五分短縮され一八五一時間となり、地銀の中でも既に勤務時間が短い被控訴人において、従業員の心情に配慮すると共に完全週休二日制や勤務時間の弾力化により労働時間の短縮を図ろうとする行政指導にも沿って更に労働時間の短縮を図ったものであることを明らかにした。
(六) しかるに、これに対する従組の対応は全く不誠実なもので、言いがかりとしか言い様のない種々の非難を加えて被控訴人の提案をまともに検討・協議しようとしなかった。これは、従組の考えによれば、政令休日即従業員の休日となるから土曜休日化のための就業規則の改定は必要なく、改定に応ずれば平日の所定労働時間の延長を認めることになるから、これを阻止すべきだと従組が考えたことによるものと思われる。この関係で、従組は本件訴訟と同じくコスト論を主張して、完全週休二日制の実施と所定労働時間の延長による経費の増減状況を明らかにする資料の提出を求めたが、被控訴人は今回の完全週休二日制実施と時間外労働を含めた総労働時間の短縮の問題は区別されるべきもので、経費の増減といった問題は直接関係がなく、重要なのは他の銀行の提案と比較してどのような水準・内容のものかであるとして、東北地銀の対応と題する資料及び平日の労働時間延長の必要性について「来店客数及び端末操作回数調べ」と題する資料を提出した。
(七) 更に、被控訴人は従組とも交渉妥結することを期待して、提案内容のうち特定日から年末年始の営業日を除くとの修正提案を平成元年一月三〇日労組及び従組に対して行なった。この結果、年間所定労働時間の短縮は平成元年度の暦で年間三一時間一五分(従組組合員については四二時間一〇分)の短縮となった。
(八) 労組は同年一月三一日正式に妥結を申入れてきたので、被控訴人は従組との間でも妥結を期待してその意見を求めたが、従組は労組が妥結すれば銀行の対応が変わらないから団交の意味がないとして交渉継続に消極姿勢を示したため、被控訴人は銀行完全週休二日制実施の日である同年二月一日から改定就業規則を適用することとしたが、従組に対しては引き続き交渉することを考慮して暫時その適用を差し控える旨の申入れをした。
(九) しかし、これに対しても従組は執行委員がスキーに出かけている等の理由から団交の期日を先延ばしたり、種々の理由を挙げて団交開催自体に難色を示したりした。このため、交渉は全く進展せず、従組組合員と他の従業員との勤務時間の差異により職場の統一的管理に支障を来していたこともあって、被控訴人は従組に重大な考慮を促す意味で、妥結しなくても三月以降は従組組合員に対しても改定就業規則を適用することを告げて二月二二日に団交が開催された。これに対して従組は被控訴人の態度を非難するのみで実質的な交渉は進展しなかったので、被控訴人は三月一日以降従組に対しても改定就業規則を適用する旨の文書通告を行なったものである。
(一〇) このように、労使交渉における不誠実な態度は従組に見られることは明らかであって、労働組合との交渉の経過を就業規則改定の合理性判断において考慮する必要は特になかったから原判決はこれに触れていないのであって、原判決が判断を欠落したものでないことは明白である。
(一一) 従組の本件完全週休二日制実施の労働運動は上部団体である地銀連の指導によるものであるが、地銀連傘下の少数組合を除いて、各銀行の労働組合は各銀行の実情に応じた労使の自主交渉によりすべて円満に妥結しており、地銀連傘下の組合についても、本件における従組を除いては、結局控訴人らが「横並び」回答と称する銀行側の提案を受け入れることよってすべて解決しているのである。従組のみがこのような解決に応じなかったのは、被控訴人の提案が地方銀行中最高水準の時間短縮を実現するものであったにもかかわらず、従組が政令休日即従業員の休日とする法律常識に全く反する主張に固執し、平日の所定労働時間の延長等の調整措置を一切認めないで、本来の銀行完全週休二日制実施の趣旨を遥かに超える極端な時間短縮を一挙に獲得しようとしたところにあり、このような強引な労働運動は改正労働基準法が期待する労使の正常な交渉を不可能ならしめる逸脱した労働運動というべきである。
3 自宅研修の性質について
(一) 控訴人らは、被控訴人と従組との間で第三土曜休日実施に関する被控訴人提案について妥結していなかったため、被控訴人が第三土曜日をその都度自宅研修扱いとしつつ交渉を重ねてきたことから、第三土曜日は既に休日になったものとして、本件就業規則変更による労働時間の変更の内容を検討すべきものとするが、右主張は全くの誤りである。
右の扱いは、就業規則改定により正式に休日となった第二土曜日と異なり、従組との関係では、労使間の協定も就業規則の改定も行われていないため、これを休日とするわけにはいかず、さればといって銀行の休業日に出勤させることは無意味であるので、第三土曜日を休日とする労使間協定ないし就業規則の改定及び適用がなされるまでの労使交渉中の暫定的措置として、当該土曜日を迎える都度、「自宅研修扱い」とすることを従組組合員に通告し、事実上就労しなくてもよいとの措置を取っていたのに過ぎず、就労義務があるが具体的労働を免除したものであって、その形式からも被控訴人が休日そのものとして認めたものでないことは明白である。
従組が第三土曜日について既に正式に休日となっている労組の組合員との差別を問題にした不当労働行為事件において、被控訴人が従組組合員についても事実上休日扱いになっているから差別はないと述べたのも、具体的労働の免除を述べたのに過ぎず労働義務が当然に免除される休日ではないことを示している。
このことは、第三土曜休日化の際に現金自動預入支払機(以下「ATM」という。)を稼働させるために従組組合員に対しては本来の出勤日として就労を指示していることからも明らかである。
なお、前記のように自宅研修は労使交渉中の暫定的措置に過ぎないから、常態的に労働を免除する場合には当たらず、労働基準法施行規則第一九条にいう通常の労働日より除外すべきものではない。
(二) 政令休日公序論(中山意見書)について
控訴人らがその主張の根拠の一つとして挙げる中山和久教授の意見(政令休日公序論)は、控訴人らが固執してきた政令休日即労使関係での休日論とは異なるが、政令休日は労働時間短縮のための公序を形成しているのであって、これに反する時間制の採用は許されず、政令休日を勤務時間制上の休日としない就業規則・労働協約の規定は公序に反するものとして無効になり、政令休日は政令自体から直接に勤務時間制上も休日となったものとみなされるというのであって、「公序」によって従業員の休日を設定することは法律論としても誤りであるばかりか、銀行完全週休二日制の趣旨を完全に誤解している。銀行完全週休二日制の趣旨は、既に述べたとおり、他産業に先駆けて完全週休二日制を実現して労働時間の短縮を図ると共に、他産業に対する牽引車的役割を果たさせるものであるが、それは、労働基準法の改正経過から明らかなように、完全週休二日制自体は法制化せず、変形労働時間制の採用を含めて労使間の話し合いにより、各企業の実情に応じ、業務の繁閑等を考慮しつつ、労働時間の短縮を図って最終的に完全週休二日制と週四〇時間制を実現しようとしたものであるから、既に労働時間の短縮が進んでいる銀行においては、土曜日をそのまま休日にすれば労働時間短縮が進みすぎる場合に平日の所定労働時間の延長等の措置を取ることも土曜休日の趣旨に反するとか、時間短縮の趣旨に反するということはない。まして、交渉期間中の暫定的措置である自宅研修の通告が公序に違反することは全くないというべきである。
4 コスト論について
(一) 控訴人らは、本件完全週休二日制実施に関する被控訴人全体のコストとして何ら被控訴人に大きな負担を強いるものではなかったと総括し、その根拠として山口証言を援用するが、右証言は、完全週休二日制によって銀行が利得した部分と増加した負担、それに時間延長に伴うコストの増減の比較検討が立証不可能であるため、銀行全体の収支の状況からみて、平日の所定労働時間延長なしに完全週休二日制を実施した場合の被控訴人の負担を論証しようとしたものと考えられるが、右証言は杜撰であって、無理矢理に控訴人らの主張を裏付けようとしたもので到底信用しがたい。
(二) すなわち、
(1) 控訴人らの主張によれば、完全週休二日制実施の前後を通じて預金量及び経常収益が大きく伸び、人件費の伸びは預金量等の伸びを下回っているというのであるが、山口証言も認めるように、当時はバブル経済に入ろうとする時期であって預金量・経常収益の伸びはそのためであり、それにもかかわらず、被控訴人の従業員一人当たりの預金量や経常収益の伸びは他行に比べて少なく、預金金利の自由化が進行し競争が激しくなっていたことを考慮すれば、弱小銀行である被控訴人は厳しい状況に置かれていたことが明らかであるのに山口証言はこれを無視している。
(2) 山口証言は、人件費の伸びが預金量・経常収益の伸びを下回っているとするが、そのような比較をするのであれば、この間の営業利益の伸びが大幅に減少していることを考慮すべきであり、山口証言の分析は当を得ない。
(3) 山口証言は更に、所定労働時間延長がなかったとした場合の人件費の増加は前年度比六・六パーセント増(延長があった場合には四パーセント)で何ら経営の根幹を揺るがすものではないとするが、前年度の人件費は前々年度比一・二四パーセントの増にとどまっていたのであるから、六・六パーセント増を過小評価するのは誤りである。
(4) 山口証言は、給水光熱費が昭和六二年度と比較して昭和六三年度、平成元年度と減少したことを捉えて、完全週休二日制による経費節減効果の端的な表れとするが、節減の状況からすれば被控訴人の経費節減努力の表れとみるべきであり、強弁も甚だしい。
(5) 更に、控訴人らは、平日の所定労働時間延長及び土曜日休日化による時間外手当削減額をコスト論で主張するが、現実には完全週休二日制実施の前後において、年間の時間外手当支給総額は削減されるどころか二二〇〇万円も増加しているのであって、控訴人らの主張が机上の空論であったことが明らかとなった。これは、土曜日が休業となってもその分の仕事がなくなるわけではないから平日の時間外労働が増え、その結果、賃金単価の上昇による時間外手当増額分も含めると全体として支給総額が増えることとなったと思われる。
(6) 控訴人らは更に、完全週休二日制実施により被控訴人の従業員の労働密度は更に高まり有給休暇が取れなくなったとしてその分の損失額まで推定するが、被控訴人は、完全週休二日制実施とこれに伴う所定労働時間の短縮と合わせて、時間外労働の削減と年次有給休暇の取得促進を積極的に進めてきたから、年次有給休暇の取得日数の減少は過密労働のため休暇が取れないことによるのではなく、毎週二日の休日のほか祝祭日・特別休暇などもあって年次有給休暇の必要性が低下しているからと思われる。
これに関連して、控訴人らは被控訴人従業員が減少していることから過密労働が進んだと主張するが、これは銀行業務の機械化を無視した偏見に満ちた一方的な主張である。最近の銀行業務はその大半をコンピューター処理で行い、預金からの支払いもその殆どが本部のコンピューターにより一括集中処理され、預金者の現金支払いも大半がATMで行われ、預金の積立・借入金の分割弁済も口座からの自動引き落としによってなされるのであるから、銀行の全体的な業務量は増加しても、実際に従業員が手作業で行う業務は減少しているのが実情である。加えて、このような銀行業務の一括集中化により、従業員の担当する業務が単純化しているため、各銀行も正規従業員の採用を縮小してパートタイマーを採用し、あるいは関連会社に業務を委託しているのであって、業務量が増えても人員が減少ないし微増にとどまるのは各銀行とも同様の傾向にあるのであり、このことが過密労働につながるというのは根拠がない。
5 就業規則変更の合理性判断基準
(一) 判例の示す基準
最高裁が就業規則の不利益変更について初めて判断を示したのは秋北バス事件であるが、その後御国ハイヤー事件、タケダシステム事件を経て、大曲市農協事件において最高裁は秋北バス事件の理論を整備し、就業規則の不利益変更の拘束力を変更の合理性の有無によって判断するという枠組みを確立すると共に、その判断基準を明確にした。その後の第一小型ハイヤー事件(平成四年七月一三日判決)も右判断を踏襲している。
大曲市農協事件判決において最高裁が説示するところによれば、就業規則の不利益変更の具体的判断は、変更の「必要性及び内容の両面」から行うこととされており、各面に関わる複数の事情を総合的に勘案して結論を導く手法が取られている。この判断に関わる複数の事情は、下級審の判例を含めて検討すると、概ね次の四種類に分類できる。
<1> 従業員が被る不利益の性質と内容・程度
<2> 変更の必要性の原因と程度
<3> 変更の内容自体の相当性
<4> 変更の手続の相当性
(二) 本件変更の経緯とその内容
既に交渉経過について述べたとおり、被控訴人と従組との間の交渉は従組のかたくな態度により進展せず、第二土曜休日に関しては、被控訴人の提案の内、従来の月一回の交替制指定休日を廃止し、第二土曜日を休日とする部分についてのみ改定就業規則を従組組合員にも適用したが、それ以外の部分は第三土曜休日に関する部分、第四その他の土曜休日に関する部分を含めて全部、従組との間に締結されていた労使協定を所定の手続きを経て失効させた後、本件で改定された就業規則が労組組合員及び非組合員に対する適用より一か月後の平成元年三月一日より従組組合員にも適用することとなった。
その結果、控訴人らとの関係では、これまでは第二土曜のみが休日で、その他の土曜日は第三土曜日を含めて、午前八時五〇分から午後二時まで(休憩時間六〇分)が所定労働時間となっていたが、すべての土曜日が休日となり、その代り、平日の所定労働時間が特定日を除き午前八時五〇分から午後五時まで(休憩時間六〇分)と一〇分延長され、更に年間約九五日に上る特定日(年末年始を除く毎週の週初営業日及び毎月の二五日以降月末までの営業日)には終業時刻が午後五時五〇分と従来より一時間延長されたものである。この結果、平成元年度の暦によると、年間所定労働時間が一八九一時間三〇分から一八四九時間二〇分に四二時間一〇分短縮された。また、週所定労働時間は特定日が八時間、その他の日は七時間一〇分、週平均所定労働時間は三七時間という改正労働基準法が目指す週四〇時間を大幅にクリアした時間短縮が実現されたものである。
(三) 基準に基づく判断
(1) 従業員が被る不利益の性質と内容・程度
<1> 控訴人らが被る不利益の内容・程度がどのようなものであるかを検討するには、その前にその不利益の既得権性ないし権利としての性質について検討する必要がある。
本件において不利益変更が問題にされているのは一日の所定労働時間と所定労働時間の延長による時間外手当の減収である。
<2> まず、一旦設定された勤務体制による一日の所定労働時間について容易に変更を許さない既得権性の強い権利として捉えることは企業の実情に反し、労働契約の解釈として妥当ではない。かつ、勤務時間は現代企業における職場の統一的管理の必要上就業規則による画一的決定が強く要請されるものであり、少数の従業員がこれに反対しているからといって、これに別の勤務体制を認めれば職場は混乱し、円滑な業務遂行に支障を来すことは必至である。
しかも、労働基準法は所定労働時間の短縮を図るための措置として、各企業における業務の繁閑等の事情を考慮し、「労働者の生活設計を損なわない範囲」において、一日八時間、一週四〇時間の法定労働時間を超える変形労働時間制を採用することを認めているのであって、現行法制の下においては一日八時間の法定労働時間はあくまでも原則であるに過ぎないことも考慮すべきである。尤も、右のように一日の所定労働時間を法定労働時間の範囲を超えて延長することは、育児を行う者や老人等の介護を行う者など特別の配慮を要する者に対する保護に欠けることは事実である。ただし、控訴人らは子を持つ婦人労働者について深刻な影響が出る旨主張するが、控訴人らには該当者はいない。そこで、このような特別な配慮を要する者がいる場合には、法(労働基準法施行規則一二条の六)は、その点についての配慮を義務づけているが、変形労働時間制の採用自体が許されないとはしていないのである。
<3> 次に、時間外手当の問題は、労働者には時間外勤務を求める権利そのものが存在しないから、使用者が従来行われていた時間外勤務を認めないことにより失う時間外勤務手当は、これを既得権として主張し得ないというべきである。
ただ、控訴人らはこれまで殆ど常態的に従前の所定労働時間を超えて時間外勤務をしてきたという実情にあり、またそれによる時間外勤務手当の支払いを受けてこれを生活費の一部としてきたのも事実であるから、時間外勤務をすることについては、一応期待的利益として保護される余地もないとは言えない。しかし、それはあくまで期待的利益程度に過ぎず、その権利性は極めて薄弱なもので、その点で、五五歳定年後五八歳まで引き続き在職する取り扱いがされてきたが、六〇歳までの定年延長に伴い、右五八歳までの在職期間中支払われてきた賃金が引き下げられたという事案につき、単なる期待的利益とした第四銀行事件東京高裁判決(平成四年八月二八日判決)や運賃改定に伴う歩合給の支給率等の不利益変更の合理性に関し、合理性を否定した原判決(札幌高裁平成二年一二月二五日判決)を破棄した第一小型ハイヤー事件最高裁判決が参考になる。
<4> 控訴人らの主張は、全体的な労働条件の改善状況の中でみれば一日の所定労働時間の延長は何ら不利益を与えたものではないことを無視したものである。御国ハイヤー事件判決は不利益変更の合理性の判断に当たって代償となる労働条件の提供の有無を問題にしているが、大曲市農協事件判決は、直接の代償措置に限らず、関連するその他の労働事件の改善状況を含めて全体的、総合的に判断している。本件の場合は、国の施策によって、完全週休二日制実現のための他の産業に対する先導車的役割を銀行に期待しているのであるから、各銀行の実情に応じ、業務の繁閑・時間短縮の進捗状況を踏まえた調整措置をとることは当然に認められるべきであって、本件において問題になっている所定労働時間の延長とそれ以外の労働条件の改善は代償措置としてではなく一体のものとして全体的に捉えるのが妥当である。そして、全体的に捉えるならば、一日の所定労働時間が延長されても、従前より一週、一か月または一年のいずれかで所定労働時間の延長が図られていれば、銀行完全週休二日制実施の趣旨にも沿うものとして全体としては有利な変更とみるべきである。なお、これに関して、控訴人らが年間所定労働時間は七時間五〇分延長されたとするのは、既に述べたとり第三土曜日の自宅研修の扱いに関し全く誤った評価をすることに起因する認められる余地のない議論であることは既に述べたとおりである。
(2) 変更の必要性の原因と程度
<1> 被控訴人が特定日(年末年始を除く毎週週初営業日及び毎月の二五日以降月末までの営業日)について所定労働時間を六〇分延長して一日八時間の措置をとったのは、右特定日が週休二日制導入以前から繁忙を極めた日であり、完全週休二日制により週五日のみの労働となれば更に繁忙を極めることが予想されたことから、これに対して所定労働時間を延長し、新たな勤務体制を編成する必要があったところ、従業員の利益を配慮して法定労働時間の八時間まで延長する措置をとったものである。また、特定日以外の日については、もともと被控訴人の所定労働時間は午前八時五〇分から午後四時五〇分までの七時間(休憩時間六〇分)であったところ、これは全国地方銀行中最も短いものであり、競争関係にあった秋田銀行の所定終業時刻が午後五時であったこともあって一〇分延長したものであるが、それでも全国地方銀行中最も短いものであった。
完全週休二日制実施に当たっては、殆ど全ての銀行が多かれ少なかれ同様の措置をとっているのであって、銀行間の競争の中で業務遂行上不利になる勤務体制を避けて合理的な勤務体制を確立しようとするものであるが、完全週休二日制をそのまま実施することによって生ずる極端な時間短縮による人件費増の負担の緩和、軽減も考慮されたのはいうまでもない。
被控訴人は預金量が全国地方銀行六四行中五八位という弱小銀行であるにも関わらず、その実現した年間所定労働時間一八四九時間二〇分は全国地方銀行中七番目に短いものであることからいって、一日の所定労働時間の延長は完全週休二日制実施に伴い最小限必要とされた措置とみるべきであり、何ら問題とされるいわれはない。
もし、被控訴人がこのような延長措置がとれないとすれば、被控訴人は急激かつ極端な時間短縮による負担と犠牲を一方的に受任せざるを得ない結果となるのであり、かくては金融の国際化自由化の波の中でただですら困難な状況に置かれている被控訴人を更に困難な状況に陥れることは必至である。この意味で、原判決が被控訴人の措置を「銀行完全週休二日制実施の目的からすると不徹底のそしりを免れない」とするのは誤りだといわなくてはならない。
<2> なお原判決がこれに関連して、被控訴人は「預金量の順位からすると相対的に競争力の低い銀行といわざるを得ず、人件費コスト増の圧縮を図ることも一応許容されてしかるべきである」と説いたことから、控訴人らは原判決がコスト論を中心にして合理性判断をしたものとして、コスト論に関する主張を当審において展開したが、その誤りについては既に指摘したとおりである。
<3> 一日当たりの所定労働時間延長は完全週休二日制実施に伴う合理的な新たな勤務体制であるところ、これについては従業員の大多数をしめる労組(本件提訴当時は七二九名で従業員全体の七四パーセント)との間で交渉が妥結し、その結果、従組(本件提訴当時の組合員は三〇名で全体の三パーセント)組合員を除く九七パーセントの従業員に右勤務体制が適用されるようになったのであって、僅か三パーセントに過ぎない従組組合員が反対するからといって、控訴人らのみ別個の勤務体制を認めることは不可能で、職場の統一的管理の点からも本件就業規則改定の必要性は高い。
(3) 変更の内容自体の相当性
<1> 既に述べたように、本件改定の内容は、労働基準法も認めている変形労働時間制を採用することなく、一日八時間の法定労働時間の範囲内での所定労働時間の延長に過ぎず、しかも年間所定労働時間は四二時間一〇分短縮されて週平均三七時間としたものであるから、銀行完全週休二日制実施の趣旨に沿った相当なものである。
原判決がこれを「銀行完全週休二日制実施の目的からすると不徹底」とするのは銀行完全週休二日制実施の趣旨を誤解したものであって、銀行完全週休二日制実施の趣旨は、昭和六三年四月一日に施行された改正労働基準法が目的とする週四〇時間制を完全週休二日制実施によって実現すべく、銀行にその牽引車としての役割を期待したものであって、平成三年三月三一日までは週四六時間、平成六年三月三一日までは週四四時間が原則であり、同年四月一日から漸く本則に従って週四〇時間制となるが、その後も猶予措置が平成九年まで残ることを考えれば、平成元年に週三七時間の所定労働時間の下に完全週休二日制実現を果たした被控訴人の制度が趣旨にそぐわないということは到底できない。
<2> タケダシステム事件判決は、生理休暇規定の不利益変更に関して、その合理性判断に当たっては、「関連会社の取り扱い、我が国社会における生理休暇制度の一般的諸事情」をも総合勘案する必要があるとしているところ、都市銀行も含めて殆ど全ての銀行が同様の対応措置をとり、その中で被控訴人の時間短縮の成果は全国地方銀行六四行中七位で、特定日を除く一日の所定労働時間は最も短いということは、変更の内容性が労働者にとって極めて有利であったことを示している。
(4) 変更の手続の相当性
タケダシステム事件判決は、不利益変更の合理性判断に当たって、「労働組合との交渉の経過、他の従業員の対応」等の諸事情をも総合勘案する必要があるとしているところ、既に述べたとおり従組の対応は極めて不誠実なもので、被控訴人は従業員の大多数を占める労組との交渉妥結後も、従組との妥結を求めて交渉したが、解決の見通しが立たず、新たな勤務体制を統一的画一的に実施する必要に迫られ、改定就業規則を従組組合員にも適用するに至ったもので、本件改定就業規則には既に企業内の多数従業員の規範意識に支えられるに至ったものであることからいっても、変更手続の相当性は明らかである。
三 当事者間に争いのない事実
1 控訴人らに対し、改定前就業規則に基づいて支払われたとした場合の時間外手当と現実に被控訴人から支払われた給与中の時間外手当の金員の差額は、別紙一覧表2の<1>ないし<3>欄記載のとおりであり、その合計は同表の合計額欄記載のとおりである。なお、<1>欄は本件改定就業規則が控訴人らに対して適用されるようになった平成元年三月ないし平成三年三月分、<2>欄は同年四月から同年九月分まで、<3>欄は同年一〇月から平成四年三月分まで、<4>欄は同年四月から平成五年三月分までの金額である。
2 原審請求分(別紙一覧表<1>欄記載の分の該当する期間についての請求であるが、計算方法の関係で<1>欄記載の金額を上回る。)については、控訴人らはその請求する遅延損害金の始期を平成四年一月二五日とした。なお、毎月の給与は当月分が二五日に支払われる。
3 <2>欄記載の金額については平成五年三月一二日被控訴人に送達された申立書により、<3>欄記載の金額については同じく同年八月二七日に送達された申立書により、<4>欄記載の金額については同じく平成六年五月二日に送達された申立書により、それぞれ請求額拡張の申立がなされた。
第三当裁判所の判断
一 本件の事案と争点
本件は、被控訴人の従業員である控訴人らが、銀行の完全週休二日制実施にともなって、被控訴人が、昭和六三年三月二八日改正し、平成元年三月一日から控訴人らに適用した本件就業規則の内容が、毎土曜日を休日にする代わりに、週の初めの営業日と毎月二五日以降の平日すなわち特定日の所定労働時間を延長するなど、昭和五〇年七月二八日から控訴人らに適用されてきた旧就業規則に比べて控訴人ら労働者にとって不利益なものであり、しかもその変更には合理性がないから、これに同意していない控訴人らには、本件就業規則の効力は及ばないとして、旧就業規則に基づいて計算した平成元年二月二八日から平成五年三月分までの時間外勤務手当(時間外手当)から、現実に支払われた時間外手当を差し引いた残額の支払を求めている事案であるが、その計算関係には争いがないから、争点は、もっぱら、所定労働時間を変更した本件就業規則の効力ということになる。
二 就業規則の不利益変更に関する判断基準
一般に、就業規則の変更によって労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されないというべきである。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、はじめてその効力を生ずるものというべきである。そして、右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである。以上が、最高裁判所の判例の趣旨とするところであり(最高裁判所平成九年二月二八日第二小法廷判決、裁判所時報一一九一号一頁)、当裁判所が判断基準として採用するところでもある。
したがって、以下において本件就業規則変更の不利益性、変更の合理性の順で検討することにする。
三 本件就業規則変更の不利益性
1 就業規則変更の沿革
本件就業規則の変更の経過が以下のようなものであったことは、当事者間に争いがない(原判決一枚目裏一〇行目から四枚目裏一一行目まで)。すなわち
(一) 控訴人らは、被控訴人銀行の従業員で、いずれも北都銀行労働組合{本件当時の名称は羽後銀行従業員組合(従組)}の組合員である。従組の当時の組合員数は約三〇名であり、地銀連に加盟していた。
(二) 被控訴人は秋田市に本店を置き、主に秋田県内に支店を有する地方銀行で、平成元年五月時点での従業員数は九八七名であった(その後「あけぼの銀行」と合併して現在の北都銀行になった)。なお、被控訴人には、当時、従組の他に労組があり、その組合員数は約七三〇名であった。
(三) 時間外手当の定め
被控訴人における給料の支払は毎月一五日締めで翌月二一日払いである。一か月間(前月二八日から当月一五日まで)の時間外手当額は、各人の一時間当たりの賃金単価に一か月間の時間外勤務時間を乗じた額によるが、賃金単価は、各人の基準賃金に各種手当を加えた額を、当該年度の所定内労働時間を一二で除した時間数である一か月間の平均所定内労働時間で除したものであった。
(四) 就業規則の変更と右変更された就業規則を控訴人らに適用するまでの経緯
(1) 被控訴人と従組間には昭和五〇年七月二八日付けの就業規則に関する協約が存在し、右労働協約では、平日の所定労働時間は午前八時五〇分から午後四時五〇分(その間休憩六〇分)で、土曜日のそれは午前八時五〇分から午後二時(休憩六〇分)と定められ、また、土曜日については、月一回の交替制指定休日の制度が採用されていた。
(2) 昭和五八年八月から、政令により毎月の第二土曜日が銀行の休日とされたのにともない、被控訴人は、毎月第二土曜日を休日とし、交替制指定休日は廃止する、土曜日の実働時間が八時間を超えない場合の休憩時間を四五分に短縮する、新たに年間三日の土曜特別休暇を付与することを内容とする就業規則の改定を労組と従組に提案し、労組との間では右就業規則について労働協約が成立したが、従組との間では妥結に至らなかったため、被控訴人は右就業規則を従組には適用しなかった。
(3) 次に、昭和六一年八月から、政令により毎月の第三土曜日も銀行の休日とされたのにともない、被控訴人は従組及び労組に対し、平日の終業時刻を一〇分間遅らせて午後五時までとする、第三土曜日を休日とする、年間三日の土曜指定休日を年間二日とし、六か月に一日とするという内容の就業規則の改定案を提出し労組とは妥結したが、従組とは妥結に至らなかったため、右改定就業規則は従組組合員以外の従業員のみに適用し、従組組合員についてはこれを適用しなかった。このため、被控訴人における平日の勤務時間は、従組組合員については午前八時五〇分から午後四時五〇分まで、それ以外の従業員については午前八時五〇分から午後五時までとなった。また、従組組合員以外の従業員は、前記就業規則、労働協約の変更により、毎週第二、第三土曜日が休日となったが、従組組合員については、引き続き昭和五〇年七月二八日付就業規則に関する協定(昭和五九年一月に一部変更)が適用された結果、第二土曜日は特別休日、第三土曜日は自宅研修との扱いがなされた。
(4) 被控訴人は、昭和六三年一〇月一四日、従組に対し、前記昭和五〇年七月二八日付労働協約の解約を通告したため、右通告から九〇日を経過した平成元年一月一七日右協約は失効した。その結果、原告らの勤務時間は右労働協約の対象になっていた旧就業規則により規律されることになった。
(5) 政令により平成元年二月から銀行の完全週休二日制が実施されるのを控え、被控訴人は、昭和六三年三月二八日、従組及び労組に対し、「毎週の週初営業日及び毎月二五日以降月末までの営業日については終業時刻を午後五時五〇分とする。第二、第三土曜日のほかに全土曜日を従業員の休日とする。土曜指定休日年間二日を廃止する。」ことを内容とする就業規則等の改定案を提出した。その後、被控訴人は右勤務時間を延長する日から年末、年始の営業日を除外する一部修正提案を両組合に行い、平成元年一月三一日、右修正案で労組とは妥結し、修正案を内容とする本件就業規則改定の手続きがとられ、従組組合員を除き平成元年二月一日より、改定された本件就業規則が適用された。一方、被控訴人と従組とは何回か団体交渉を重ねたが、妥結するには至らず、被控訴人は、平成元年三月一日より、従組の同意及び控訴人ら各人の同意なくして、本件就業規則を、控訴人らにも適用した。
本件就業規則が、控訴人らにも適用されると、控訴人らの平日の所定労働時間は、従来午前八時五〇分から午後四時五〇分であったものが、特定日以外の平日が午前八時五〇分から午後五時、特定日は午前八時五〇分から午後五時五〇分と延長され、一方、土曜日がすべて休日となることになる。
(五) 右の争いのない事実によって明らかなように、本件就業規則は、土曜日をすべて従業員の休日とする一方で、平日のうち週初の営業日及び毎月二五日から月末までの営業日(特定日)の終業時刻を従来の午後四時五〇分から午後五時五〇分に変更するものであり、これにより特定日の所定労働時間は六〇分延長されることになった。そして、特定日は平成元年度の暦でも年間の労働日の三分の一を超える九五日を数える。このように、本件就業規則が、終業時間を繰下げたこと、従来の旧就業規則に比して、特定日以外については一〇分、特定日については六〇分労働時間を延長したことが、就業規則を不利益に変更したものと解すべきことは明かである。労働時間は、賃金とならんで最も重要な労働条件であり、企業側にとっても経営に直接結びつくが、労働者にとっては生活に直接関係する重要な事項である。そして、労働時間は、長くなると、労働者の過労や病気を招き、労働者の心身の健康に影響するとともに業務上の災害の発生等にもつながるおそれがあるところから、労働時間については、労働基準法においても、一日八時間を超えてはならないとして原則的な許容限界を明示しているところである。このような趣旨を考えると、たとえ法定の労働時間の範囲内といえども、終業時間の繰り下げとそれに伴う実労働時間の増加は、特別の事情がない限り、労働条件の不利益変更にあたると解すべきである。そして、このような不利益を課するにあたって勘案された諸条件、たとえば本件における休日の増加とか、年間所定総労働時間の軽減などの他の労働条件の変化は、不利益の内容あるいはその程度と併せて、不利益変更の合理性判断の要素として考慮すべき事柄になると位置づけるのが相当と思われる。
四 本件就業規則改定の合理性
(一) 銀行完全週休二日制実現の経緯
(1) 本件就業規則の改定の合理性判断の前提として、その背景になっている銀行完全週休二日制実現までの過程を要約しておくことが便宜であるが、この点については、原判決が、二一枚目表四行目冒頭から二六枚目表二行目末尾までに判示している事実を、当裁判所としても、原判決が掲示する証拠によって明らかに認定することができる。すなわち
「<1> 昭和三五年度の労働者一人当たりの平均年間総実労働時間は約二四二六時間であり、これが昭和四五年度には約二二三九時間と減少したものの、依然欧米諸国とは大きな隔たりがあった。
しかし、わが国の企業の国際競争力が強くなるにつれ、欧米を中心にわが国における長時間労働に対する批判が高まってきたこともあって、政府としても労働時間短縮を実現することに取り組むことになり、その実現の方策として週休二日制を導入することとして、週休二日制が実現し易く、かつ、他産業に対する波及効果が大きい銀行など金融機関と公務員の週休二日制の実現を目指すことになった。そして、労働省は、昭和四七年一月、銀行労使に対し「銀行の土曜日休日をテコにして、日本の社会に週休二日制を普及させたいので検討してほしい。」旨の申し入れをし、同じ年、自治省や大蔵省に対しても週休二日制の検討を要請した。
<2> 一方労働者側でも、地銀連が、昭和四六年の定期大会に初めて運動方針の最重点課題の一つに完全週休二日制の実現を掲げ、その後、地銀連外金融関係及び商業事務関係の約二〇単産で完全週休二日制推進会議を結成し、昭和四九年二月、右完全週休二日制推進会議、全逓労組、自治労の三団体で共闘を発足させ、更に、昭和五〇年三月、右各団体に、公務員関係の単産が加わり、銀行法一八条を改正して銀行の週休二日制を実現し、これを全金融機関・官公庁に広げていくことを目的とした金融・官公庁週休二日制・土曜休日促進共闘会議が設立され、週休二日制実現のため、銀行法一八条の改正を求める運動を展開していった。一方、全国銀行協会連合会(全銀協)も同年二月、完全週休二日制を実現する方針を決定した。
<3> その後、昭和五〇年ごろのいわゆるオイルショックにより、週休二日制実施の気運が一時弱まり、昭和三五年をピークに減少していた年間総実労働時間も増加傾向を示すようになったが、昭和五三年四月、衆議院大蔵委員会、参議院大蔵委員会において、全銀協等に対し、金融機関週休二日制についての利用者の理解を得るためのPR活動の強化及び週休二日制が円滑に実施されるための具体的諸問題の検討を指示することを求める旨の決議が相次いでなされた。
同年五月二五日、労働省は、労働事務次官通達(基発五六号)で、労働時間短縮に向けての労使の自主的努力を助長、促進することを指示し、その中で具体的に、過重な所定外労働時間の削減、年次有給休暇の消化の促進、週休二日制の推進の三点を、当面の対策の重点としてあげた。また、労働省は、同年六月二三日、すでに何らかの形の週休二日制を実施している企業にあっては、できるだけ早期に完全週休二日制を図るよう指導することを指示する労働基準局長通達(基発三五五号)を出した。
<4> 昭和五四年六月二〇日、大蔵大臣の諮問機関である金融制度調査会は、オイルショック後収益の悪化した銀行の経営刷新のための提言を行い、そのためには銀行法の改正が必要であるとの答申を行ったが、この答申の中で、銀行営業日の規定は週休二日制の実施に対応できるよう規定の内容を弾力的なものとし、政令への委任を可能とすることが適当であるとの提言がなされた。この答申を受け、銀行法改正法案等が国会に提出され、昭和五六年五月二五日可決成立し、昭和五七年四月一日より施行された。これにより、銀行の休日に関する定めも改正され、従来、「銀行の休日は祭日、祝日、日曜日其の他銀行の営業所在地に行はるる一般の休日に限る。」との規定が、「銀行の休日は、日曜日その他政令で定める日に限る。」と改正された、なお、右法改正に際し、衆議院大蔵委員会及び参議院大蔵委員会は、金融機関の週休二日制の早期実施のため、諸条件の整備を目指して積極的に努力するなどの附帯決議をなした。
<5> 何らかの形で週休二日制を採用する企業は昭和四五年の四パーセントから昭和五四年には四六パーセントと増加したものの、同年度の年間総実労働時間は約二一一四時間と二〇〇〇時間を超える状態であった。このような中、労働省は、わが国の労働時間の短縮の問題が、労働者の生活の充実、高齢化社会への対応そしてこれからの貿易摩擦との関連できわめて重要だという認識にたち、わが国の労働時間を昭和六一年度までに欧米諸国の水準(年間二〇〇〇時間を割る)に近付けるべく、週休二日制の普及など労働時間短縮に積極的に取り組むとして、昭和五五年一二月「週休二日制等労働時間対策推進計画」を策定した。この計画の中では、労働時間の短縮は、労使の自主的努力を基本とするが、行政としても、週休二日制の普及促進、夏季一斉休暇をはじめとする長期休暇制度の促進等による年次有給休暇の完全消化の慣行の形成、三六協定の適正化指導を中心とする時間外、休日労働対策の強化を中心に行政指導を展開することが強調された。
<6> 昭和五七年一月二日、労働基準監督局長から全銀これを受けて全銀協理事会は、昭和五七年四月六日、郵便局や農協会長に対して、銀行業界において完全週休二日制が実現することは、銀行従業員の労働条件の向上に寄与するのみならず、他産業における週休二日制の普及に与える影響が大であるとして、昭和五九年までに完全週休二日制が実現できるよう要請し、協と同時スタートを前提に、月一回の土曜休日を実施する方針を打ち出し、昭和五八年二月八日、同年八月から第二土曜日休日を実施することに決定し、これを全銀協以下金融二団体が確認し、公表した。
同年五月一三日、銀行法施行令が改正され、同年八月から毎月第二土曜日の休日が実現することになった。
<7> このように、金融機関の第二土休が実施されたが、年間総実労働時間はほとんど変化がなく、昭和六〇年六月一九日、衆議院大蔵委員会は「労働時間の短縮は、世界の趨勢であるばかりでなく、貿易摩擦の軽減にも資するものであり、現在、実施の気運が出てきている金融機関の週休二日制の、当面一日の増加について、円滑かつ遼やかに実施できるよう、政府は最善の努力を行うべきである。」との決議を行った。同年八月二六日、全銀協は週休二日制特別委員会において、昭和六一年八月からこれまでの第二土曜日に加え第三土曜日も休業する、土曜休業日はCD・ATMを稼働させて預金の支払と残高照会に応じる、昭和六一年二月までに細目を検討することを決定し、その後、再度銀行法施行令が改正され、同年八月から、毎月の第二土曜日及び第三土曜日を休日とする月二回週休二日制が実施された。
<8> 昭和六〇年代に入るとわが国の対外経済摩擦の解消策として、内需拡大を図るための週休二日制実施・拡大が重要視され、昭和六一年四月に出された「国際強調のための経済構造調整研究会」の報告(通称前川レポート)は、「労働時間については公務、金融等の部門における速やかな実施を図りつつ、欧米先進国並みの年間総労働時間の実現と週休二日制の早期実現を図るべき」と提言、昭和六二年四月に出された「経済審議会経済構造特別部会」の建議(通称新前川レポート)では、「政府目標として二〇〇〇年に向けてできるだけ早期に年間総実労働時間を一八〇〇時間程度にするように目指すことが必要で、それには週休二日制の普及促進、年次有給休暇日数の引き上げ及び消化促進、連続休暇の普及等による休日増を中心に進めていくことが必要」との提言を行った。
<9> 昭和六二年二月一〇日、全銀協理事会は、完全週休二日制の実施に向けて、具体的な方法を検討するため、特別委員会の活動を開始することを正式に決定し、昭和六三年三月一五日には郵政省が「昭和六四年二月の実施を目処に土曜日の窓口閉庁を拡大する方向で具体的な検討を進める。」との意向を発表し、全銀協も郵政省と同時スタートを目処に完全週休二日制を実施することとし、同年八月ころまでに実施細目を決める旨の発表を行い、同年一〇月二一日、全土曜日を銀行等金融機関の休日とする旨の銀行法施行令の一部を改正する政令が公布され、翌年二月一日より、銀行の週休二日制が実施されることになった。」
という事実である。
(2) 以上の事実に加えて、昭和六〇年六月には、労働省から「労働時間短縮の展望と指針」が出され、労働時間短縮の意義が、<1>労働者の健康の確保と生活の充実、<2>経済社会や企業の活力の維持・増進、<3>国際化への対応、<4>長期的に見た雇用機会の確保のために必要であると定めた上、労働時間短縮の重点について最も基本となるのが週休二日制の普及であり、第二が年次有給休暇の消化促進及び連続休暇の定着、第三が所定外労働時間の短縮であるとして、このような事項に留意の上労働時間短縮の効果的な推進に努めるように、労働事務次官から、都道府県知事、都道府県労働基準局長宛に通達がなされているという背景があったことも認めることができる(甲五〇一)
(3) このような銀行の完全週休二日制実現の背景や経緯からすると、銀行を含む金融機関の完全週休二日制は、官公庁の週休二日制と共に、他の産業を含む全労働者の週休二日制を実施しやすくするための足場づくりの意味があったことは明らかである。銀行法施行令の改正による銀行完全週休二日制は、労働者生活の充実、高齢化社会への対応や貿易摩擦の緩和などという国家施策を実現するために必要な手段である労働時間短縮という至高の目的を実現することを主眼として取り組まれてきたということができる。それは、運動の中心になってきた地銀連を初めとする金融関係の労働者の要求に止まらず、日本の労働者全体の労働時間短縮を求める諸外国の要望並びにこれに対する日本政府の対外的公約など、国内外の各分野の要求に合致する要請であったというべきである。そうだとすると、被控訴人などの金融機関が、企業としての社会的な責任を遂行しようとする限り、その従業員との関係においても、週休二日制の実施については、労働時間短縮をより実現する方向で取り込むことが望まれるわけであって、たとえば、休日となる土曜日の勤務時間をそのまま平日の所定労働に取り込むなど、週休二日制を形式的に実現すれば足りるというような受け取り方(甲三三五)は労働時間短縮の目的から見て不十分であるという批判を受けることにならざるを得ない。被控訴人の主張の中にも、土曜日を完全に休日とすれば労働時間短縮は一切なくてもいいかのごとき見解が見られるが、失当というべきであろう。この点で、本件就業規則の変更は、土曜日を完全に休日化するにしても、その代わりに、特定日の一時間の所定労働時間延長を含めて平日の所定労働時間延長を伴う結果、控訴人ら所属の従組に対する関係では、規定の上では一応労働時間の短縮が実現されているとしても、後述のように、その短縮の程度はかなり小さいものになっており、その内容自体の合理性を積極的に評価し得ないところが残ることになった。
(二) 本件就業規則の不利益の程度
(1) 本件就業規則の変更の内容が、控訴人ら従組組合員にとっては、第二、第三土曜日を含めた全部の土曜日が休日になる代わりに、平日の所定労働時間の終了時刻が午後四時五〇分から通常日で午後五時に、特定日で午後五時五〇分に延長され、かつ土曜指定休日が廃止されるというものであることは前示のとおりである。
(2) 本件就業規則によって、右のように平日特に特定日の終業時間が午後五時五〇分に繰り下げられ、労働時間が延長されることについては、原審における控訴人近藤瑠美子の供述を待つまでもなく、通勤、食事の準備及び子弟の保育・教育など家庭を持つ労働者の一般的な生活形態からいって、不利益感が強いことは容易に推定できることである。
また、特定日として、月の何日かだけが他の労働日より終業時間が遅くなる変形労働時間制を採用することが、労働者の生活の規則性を阻害し、余暇を利用することを困難にするという指摘も、労働基準法改正に関する議論の中には存在する(甲一六八中の西谷論文など)。
しかし、労働基準法は、昭和六三年当時も、就業規則によって一か月単位の変形労働時間制を導入することを認めていた。したがって、労働時間の調整の必要があれば、就業規則などにおいて、一か月以内の一定の期間を平均して一週間当たりの労働時間が週単位の法定労働時間を超えない定めをした場合は、特定の週あるいは特定の日において法定の制限を超える労働時間を定めることも許容される場合があることは明らかである。しかも、被控訴人の本件就業規則に定める労働時間は、週四〇時間以内(昭和六三年当時は経過措置として週四六時間以内)一日八時間以内という法定の基準を充足しているのであるから、完全週休二日制実施に伴う新たな勤務体制を設定しようという意図の下に本件就業規則の変更を行ったとする被控訴人の主張が、一つの合理性を示していることを否定することはできない。特定日の所定労働時間を他の平日に比べて若干延長することも、他の条件との兼ね合いの中で当然許される場合もあるとはいわざるを得ない。
(3) しかし、本件就業規則の変更においては、本件請求自体で明らかなように、特定日の労働時間が延長されることによって、控訴人らにとっては、特定日の労働の実態が従来と変わらないのに、従来であれば時間外手当が支給された時間が所定内労働時間に組み込まれる結果、時間外手当の支給を受けることができなくなるという経済的な不利益が随伴していることが重要である。
控訴人らの平素の労働においては、従来から所定外の労働時間が多く、月平均二五時間四九分という数字が算出されている(甲四三五、四三六の一ないし二八)が、特に毎月二五日以降月末までの平日の残業が多く、一ヶ月の時間外労働の三分の一に達し、一日平均一時間二〇分から二時間程度の時間外労働を行うことが常態になっていたことが推認され(甲四九五ないし五〇〇)、この認定を否定する証拠は提出されていない。銀行業務の実情からいって、月末など特定時期に事務量が増加することは当然予想されるから、人員増や事務の合理化による特段の効率化がない限り、将来も毎月末の繁忙の状況が従来同様に継続すると予測されるので、旧就業規則によった場合には、右に認定したような時間外労働が当然に継続し、控訴人らは、それに応じた時間外手当を受領することが期待できたのに、本件就業規則が適用された結果、時間外手当が支給されないことになった。それによる控訴人らの収入の減少は、既に争いのない事実として指摘したように、控訴人によって多少の額の上下はあるものの、平均すれば、控訴人一か月当たり一万八〇〇〇円余りの減収(他より著しく額が少ない控訴人伊保谷洋次を除けば平均一万九〇五五円の減収)があったことが計算上明らかである。被控訴人人事部作成の時間外勤務手当単価の表(乙一四)により、平成元年四月の給与改定後の単価を見ると、控訴人らの給料は割り増しなしで一時間当たり一八五六円から二二六二円の間であるから、この計算上の減収分は控訴人らの一日(八時間)分の給与を上回る額ということになる。また、昭和六三年当時の被控訴人や地銀労組の定期昇給込みの賃上げ額が一万三〇〇〇円台に過ぎないこと(甲四五四)や、平成元年春の賃上げ結果は、主要企業で賃上げ額が一万二七四七円、賃上げ率五・一七パーセントであったこと(平成元年版労働白書)などにてらしても、右の金額の減収は、控訴人らにとって、容易に回復しがたい著しい経済的な不利益にあたると評価するに値する。
したがって、控訴人らは本件就業規則の変更により、前示のような六〇分(特定日)あるいは一〇分(それ以外の平日)の労働時間の延長という時間的な不利益(本来なら削減あるいは改善の対象となるべき所定時間外労働が所定時間内労働に組み込まれて恒常的なものになってしまう不利益も含む)に併せて、従来と異なり時間外手当が支給されなくなることによる収入の減少という二重の不利益を受けることになったというべきである。したがって、控訴人らにおいて、完全週休二日制という労働者の福祉目的に適合するはずの就業規則の変更が、平日の労働強化や減収をもたらしているとして、不利益感を強めていることは、十分理由があることというべきである。
(4) この点で、被控訴人は、時間外手当は、時間外労働を求める権利と同様に既得権性が弱いと主張するが、本件のように所定時間外労働が恒常化している労働実態の中で考えると、問題は、同一労働が所定内労働として定められた月給の範囲内において処理されるか、それとは別に二五パーセントの割増賃金のついた時間外労働として別個の対価を受けるかということに帰着することになるのであり、使用者によって労働時間が一方的に延長されることは、労働者側において従来時間外手当として受領していた労働の対価を意に反して失うことになり、経済的不利益を強いられる結果になるといわなければならない。そうだとすると、その実質に着目する限り、単に時間外労働が廃止されて収入が減少したとか、単純に所定内労働時間が延長されたという場合と比べて労働者側の不利益が著しいといわざるを得ないから、既得権性が低いと軽視するのは相当ではない。その意味で、本件のような時間外手当に関する事項は、賃金あるいは退職金などと同様に、控訴人ら労働者にとって重要な権利、労働条件に関する事項に該当すると見るべきであり、不利益変更を肯定するためには、控訴人らに対してこのような不利益を受忍させるに足る合理的な理由が要求されると解するのが相当である(最高裁昭和六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号六〇頁参照)。
(5) 被控訴人は、完全週休二日制導入による労働時間の短縮が、控訴人らの時間外手当の喪失という経済的不利益を上回ると主張する。土曜日の休日化は、明らかに控訴人らにとっても利益となるものではある。しかし、先に述べたように、被控訴人においては、第二土曜日はすでに休日とされていたものであるし、また第三土曜日も、従組組合員にとって、正規の休日という訳ではないが、被控訴人からの自宅研修との通告によって、実際には勤務を命じられていない扱いであったことは当事者間に争いがない。
右の第三土曜日の扱いに関する経緯は、原判決がその一六枚目表冒頭から一九枚目裏八行目までに認定するとおり、当裁判所も原判決が掲示する証拠によって認定することができる。
すなわち、
「<1> 昭和四六年二月一五日より実施された就業規則には、所定内労働時間、休日につき左記のような定めがあった。
平日 午前九時から午後五時(休憩六〇分)
土曜日 午前九時から午後二時(休憩六〇分)
但し、営業時間後で業務が終了した場合、所属長の許可あれば、退行できる。
休日 日曜日
国民の祝日
その他同業者の申し合わせによる臨時休業日
<2> 昭和三九年から、月一回の営業土曜日に交替で休日をとる交替制指定休日の制度が全国的に普及し、被控訴人においても昭和四七年九月より、この制度を実施することになった。被控訴人は、この制度を導入するにあたり、平日及び土曜日の始業時刻を午前八時五〇分に、終業時刻も一〇分繰り上げて午後四時五〇分とした(従組組合員については妥結が遅れ、交替制指定休日が実施されたのは昭和四九年一二月)。
<3> 昭和五〇年七月二八日、被控訴人と従組の間で就業規則に関する協定が締結された。この就業規則には、所定内労働時間及び休日につき左記のような定めがあった。
平日 午前八時五〇分から午後四時五〇分(休憩六〇分)
土曜日 午前八時五〇分から午後二時(休憩六〇分)
休日 日曜日
国民の祝日
国民の祝日が日曜日にあたるときにはその翌日
その他同業者の申し合わせによる臨時休業日
月一回の土曜日の指定休日
<4> 昭和五八年七月六日、同年八月より月一回週休二日制(第二土休)が実施されることに関連し、被控訴人は、従組及び労組に対し、就業規則等の一部改正と指定休日に関する規程の廃止についての提案を行った。提案の趣旨は左記のとおりである。
ア 現行の指定休日は、第二土曜日休業による月一回週休二日制に吸収する。
イ 年三回(四か月に一回)の土曜日の特別休暇を付与する。
ウ 土曜日の実働八時間を超えない場合の休憩時間は四五分間とする。
右提案につき、労組とは同月二五日まですべて妥結し、従組組合員を除く被控訴人従業員については、右改正就業規則が同年八月より適用され、第二土休が実施されることになった。
一方、従組は、政令休日は当然従業員の休日であり、指定休日を第二土休に吸収することは既得権の侵害であると反発し、結局妥結に至らず、被控訴人は、同年一二月三一日、従組に対し、昭和五九年一月一日より第二土曜日の休日と指定休日の廃止に関する部分のみ改正就業規則を従組組合員にも適用する旨通告した。
<5> 昭和六一年八月より第二、第三土休が実施されることになったが、被控訴人は、同年七月九日、従組及び労組に対し、第三土休実施に伴う就業規則等の一部改正等の提案を行った。この提案による所定労働時間、休日については左記のとおりであるが、これは、平日の所定労働時間を一〇分延長する、第三土曜日を休日とする、これまでの年三回の土曜日指定休を年二回とするものであった。
平日 午前八時五〇分から午後五時(休憩六〇分)
土曜日 午前八時五〇分から午後二時(休憩六〇分)
休日 日曜日
国民の祝日
国民の祝日が日曜日にあたるときにその翌日
一月二日及び三日
毎月の第二土曜日及び第三土曜日
特に銀行が定めた日
四月一日より三月三一日までの間六か月に一回の土曜日の指定休日
被控訴人と労組は、右就業規則の一部改正につき、同年七月二三日妥結した。しかし、従組は、政令休日は即銀行労働者の休日との考え方を変える必要はないし、今変える段階にも至っていない、労働時間の一〇分間延長については合理性・納得性に欠け賛成できないと主張し、団体交渉はほとんど歩み寄りのないまま終了した。このような状況の中で、初の第三土休である同年八月二八日が迫り、被控訴人は、従組組合員には改定前就業規則が適用される結果、第三土曜日は依然出勤日であるが、銀行の営業が休みになるのに従組組合員のみの出勤を求めるわけにはいかないとして、同月一四日、従組に対し、同月二八日は自宅研修扱いとする旨文書で通告し、各従組組合員には管理者からその旨口頭で通告させた。その後も団体交渉や事務折衝が重ねられたが、歩み寄りはなく、平成元年の完全週休二日制を迎えるに至った。」
以上の事実である。
右に認定したところによれば、被控訴人は、第三土曜休日の実施に伴い、平日の所定労働時間を一〇分延長する、第三土曜日を休日とするなどの就業規則の改定提案を行ったが、平日の所定労働時間を一〇分延長するという点について従組の同意が得られず、結局、被控訴人提案すべてにつき従組と妥結することができなかったため、従組組合員に対する関係では第三土曜日を休日とすることはできず、一方、従組組合員以外の従業員の関係では第三土曜日が休日となり、銀行の営業も休みとなるため、従組組合員だけ出勤させても無意味であるとして、従組組合員については第三土曜日を自宅研修扱いとしてきたものである。
したがって、従組組合員については、第三土曜日を従業員の休日とする就業規則も労働協約も存在しないことになり、法律上第三土曜日についての就労義務は免除されていないことになるから、従組組合員らが第三土曜日は自宅研修扱いということで現実には出勤していなかったとしても、本件就業規則の変更の不利益性の程度を検討するにあたっては、従組組合員の従前の年間所定労働時間は、第三土曜日は休日でないとして算出すべきことにならざるを得ない。控訴人らは、銀行業界では、従来から銀行の休日は銀行従業員の休日であるとの認識があり、また、第三土曜休日も労働時間の短縮を目指したものであるから、政令による第三土曜日の銀行の休日は当然銀行従業員の休日になると主張している。甲三三三及び原審証人平田貞治郎の証言によれば、旧銀行法一八条は、銀行営業日の休日につき「銀行の休日は祭日、祝日、日曜日その他銀行の営業所在地に行はるる一般の休日に限る」と定めていたが、法定休日は例外なく銀行労働者の休日となってきたこと、前記認定のとおり、金融機関の週休二日制の実現のために旧銀行法等が改正され、第二土曜休日、第二、第三土曜休日、完全週休二日制実施を目的として銀行法施行令が順次改正されてきたという事実を認めることができるが、このことから直ちに、銀行法が直接銀行労働者の労働条件を規律する趣旨を含んでいるもの、あるいは、銀行法施行令の改正により増加した銀行営業日の休日を従業員の休日とする法律上の義務があるということはできない。銀行法は、目的を定めた同法一条からも明らかなように事業規制法であり、銀行とその従業員との間の法律関係を規律するものではないから、銀行法施行令の改正により増加した銀行営業日の休日が従業員の休日となるには、労働協約、就業規則等によりその旨定める必要があるというべきことだからである。
したがって、被控訴人と控訴人ら間の第三土曜日の取り決めは、労働時間の中で就労のあり方を規定する暫定的な措置としての性質を有していたものというほかないが、右の扱いは昭和六一年八月から今回の就業規則の変更の時点(平成元年二月)まで約四年近くも継続されてきており、被控訴人の人事部次長であった小玉和夫の陳述書(乙四四)によれば、その理由は別として、従組と被控訴人との間の第三土曜日休日化に関する団交は殆ど開かれておらず、また、当審における控訴人鈴木政隆の供述(第一回)によれば、従組に対しては毎月自宅研修扱いにする旨の通告がなされていたが、個々の組合員に対しては、最初は別にして、その後は通告はされておらず、控訴人らは通常の休日と同様に過ごしていたし、CD・ATMの保守要員としての出勤についても従組組合員が拒否しても懲戒等の処分はなされず、前記乙四四によれば、被控訴人の人事部幹部自身が第三土曜日には労働義務を免除していると表明するほどであったことが認められるのであるから、実情としては、労働義務が免除された休日と同等の評価が慣行化していたと理解するのが実態に即する見方といって差し支えない。また、さきに認定したように、第三土曜日を休日とする銀行法の改正は、週休二日制の実現を通して労働時間の短縮を目指す目的からなされているのであるから、被控訴人においても、第三土曜休日を実現する代わりに、それと同一内容の労働時間を平日に移して所定内労働時間を従前と同様に保持することが相当であるとは思えないのであって、控訴人らにおいても、就業規則に関する団交が軌道に乗れば、第三土曜日が休日として労働義務が免除されることになる(そのための幾分かの代償は別にして)という期待を持ち得た状態であったとみるべきものであろう。
そうだとすれば、本件就業規則の変更が控訴人らに与える不利益性の判断に際して、右第三土曜日を全面的に通常の労働日と同様に評価して、労働時間を機械的に比較することは当を得たものとは言い難い。すなわち、右第三土曜日を休日として計算して、実労働時間が年間七時間五〇分の延長となる(弁論の全趣旨により明らかである)という控訴人の主張をそのまま本件就業規則の変更の不利益性の根拠におくことはできないが、同時に、第三土曜日を労働日として評価し、本件就業規則の変更によって、年間所定労働時間は平成元年度すなわち平成元年四月一日から平成二年三月三一日までの暦で計算すると一八四九時間二〇分と四二時間一〇分短縮されたとする被控訴人の主張も、機械的に過ぎて文字通りに受け取る訳にはいかず、控訴人らの不利益を合理化する理由には足りないと解するのが相当である。
(三) 被控訴人による就業規則変更の必要性
(1) 被控訴人の経営上の必要性
被控訴人の従組宛の昭和六三年一二月二八日付提案書(甲二九)によれば、被控訴人は、本件就業規則の変更を提案する理由として、従組に対し次のようなことを述べている。すなわち、第一に、完全週休二日制実施に際して、公共性の高い金融機関として顧客サービスの低下につながらないよう配慮し、社会的コンセンサスを得ながらその円滑な実施と定着化を図らなければならないこと、第二に、企業として、厳しい経営環境下にあって、社会的責任を全うするためには、必要な競争力を維持し、将来とも安定的発展を図らなければならないこと、の二点である。
この理由のうち第一の点については、完全週休二日制の実施により土曜日が銀行の休業日となる関係で、顧客がそれ以外の日、特に土曜日の前後の週初めの営業日や金曜日などに移行して、該当日の事務量が増加する可能性があることは容易に想像されるので、それに対応できるようにする点で就業規則の改定が必要とされた趣旨は理解できる。したがって、被控訴人の提案の特定日のうち、週初の営業日の所定労働時間が延長されたことは、その意味で理由があるといえるであろう。終業時刻の延長は、窓口での取り扱いが終了した後のことであるから、それによってどれだけ顧客の利便が図られるかは疑問がないわけではないにしても、ひとまず理由付けが可能であるといえる。しかし、毎月二五日以降の特定日の延長が、週休二日制の実施に伴う事務量の増加と関連することを認めるに足る証拠はない。被控訴人は、これについて、週初営業日以外の特定日ももともと業務多忙な日であるから、完全週休二日制実施により、より多忙となることを考慮して、所定労働時間を延長し、業務の繁閑に応じた勤務態勢をとった旨主張している。確かに当審における控訴人鈴木政隆の供述(第二回)によっても、完全週休二日制実施後、月末の特定日の業務がより多忙になったことが推認されるのではあるが、特定日の所定労働時間延長は、顧客サービスの維持に繋がるというよりも、むしろ第二の競争力維持に関係する理由であると解する方が正確であるように思われる。
次に、第二の点は、その表現自体から、直ちに完全週休二日制実施に関連したものとは理解し難いが、本件就業規則の変更が、銀行としての競争力を維持するために必要であるということに尽きる。前記提案書は、すすんで、「当行の場合、地銀の中でも勤務時間が短く、これ以上の時間短縮が難しい実情にあるものの、従業員の心情に配慮したことと、完全週休二日制や変形勤務時間制等の導入による勤務時間の弾力化により、労働時間の短縮を図ろうとする行政の指導にも沿って、更に労働時間の短縮につながる改定とするものである。」と述べているのであり、このことから明らかなように、完全週休二日制による土曜休日化の分をそのまま労働時間短縮とすることは、他行との競争上困難であるという立場を訴えようとしているものと理解することができる。
たしかに、時間外手当、休日手当の単価は、基準給与に住宅手当等諸手当を加えた額を一か月の平均所定勤務時間数で除して算出されるものであるから、週休二日制の導入によって、所定労働時間の減少することは、労働時間の一時間あたりの単価を上昇させることになり、時間外勤務手当の支出額の上昇にもつながることが想定される(原判決は、この意味のコスト・アップ率を五・一二パーセントと算定している。)。しかし、休日を設ければ生産量が減少するような製造業等とは異なり、銀行においては週休二日制を実施しても、その間の預金が減少するとか金利が停止するなど事業収益に影響する事態は考えられないし、従業員に対する給料も月給制であるから、右のコスト・アップは、たとえば時間外手当の算定とか賃金カットの算定に際して意味を持つに過ぎず、直ちに被控訴人の収益の減少や支出の増加につながるものとは言い難い。まして、先に述べたように、労働時間短縮を目指す週休二日制の実現に際して、もし右のコスト・アップを回避するために、平日の労働時間を増やさなければならないというのであれば、そもそもの労働時間短縮や所定労働時間外の労働の減少という目的に反することにもなるのであるから、使用者側としては、ある程度のコスト・アップを受忍しつつ、事務処理の合理化など生産性の向上をとおして、コスト・アップによる不利益を回避していくことが週休二日制の導入の前提になっていると理解されるのである。そして、具体的には、土曜営業時の光熱・水道費など経費の削減や土曜労働につきものであった時間外手当の節約などによって支出が減少する分だけでも右のコスト・アップ分は相殺されるという意見が見られるほどである(甲三三)。しかし、この点を別にしても、銀行によって賃金水準や従業員の年齢構成等も異なるのであるから、被控訴人のいうように、所定労働時間の長短が直ちに経営実績に反映し、銀行間の競争で不利益を被る結果になるとみることは短絡的に結論を急ぎ過ぎるといわざるを得ないし、本件において、特定日の労働時間延長をしなければ、被控訴人の経営上不利益を生ずるような問題点があることに関する具体的な主張は、被控訴人からなされていないのである。そればかりか、原判決が、前述のように、完全週休二日制実施におけるコスト面からの負担を合理性判断の一要素として考慮したことに対する反論として、控訴人が当審において主張したコスト論に対しても、その計算方法に対する批判を述べるばかりで、被控訴人が持っているはずのより正確な資料に基づいて、完全週休二日制実施によるコスト面でのプラスマイナスを明らかにしようとする態度は見られない。このことは、当審における証人山口孝の証言によって、限られた資料で、しかもいわゆるバブルの時期の好況という要素があったにしても、本件完全週休二日制実施の前後において、経理的に見て特定日の所定労働時間延長なしに完全週休二日制を実施することは被控訴人にとってさほどの負担にはならなかったと推定されること、業界紙である日本金融通信の昭和五八年六月六日号(甲三三)が月一回の週休二日制実施でも上位都銀では年間一億円以上の経費削減をもたらすと分析していることなどを考慮すれば、週休二日制の実施が、被控訴人の経営を圧迫することになり、被控訴人が、企業収益を確保するという経営面から本件就業規則の変更を必要としたことを認めさせるに足る証拠は十分でないといわなければならない。
(2) 他の銀行・金融機関の態度との関連性
他の地方銀行(第二地方銀行を除く)が完全週休二日制に際して取った動きは、被控訴人の調査(乙一〇)によれば、原判決添付の「完全週休二日制実施に関する地銀各行の対応」の表記載のとおりと認められる。その対応はごく一部の銀行を除き、被控訴人と同様に一日の所定労働時間延長の措置が執られている(ただし、特定日を採用しない銀行もあり、また特定日の定め方は多様である。)ものと認められる。また、完全週休二日制実施後の各地方銀行の所定労働時間は、同様に被控訴人の推定を交えた調査(乙一二)によれば、原判決添付の「地方銀行の労働時間比較」の表記載のとおりと認められ、これによれば、被控訴人のそれは全国地方銀行六三行中でも短い方から七番目であることが認められる。
このことは、本件就業規則の変更内容が他の地方銀行の取った措置から逸脱するものではなく、控訴人らにとって、他行の労働者に比べて特に不利益な内容ではないことを示すものではある。そして、地方銀行より規模としてはずっと大きく、経営内容も当然異なる筈の都市銀行でも、完全週休二日制実施に伴い月末・月初などの大幅な所定労働時間延長の措置が執られていること(甲三八、九六)、信用金庫業界では、業界団体である全国信用金庫同友会が「完全週休二日制への対応について」と題して取るべき措置を教示し(甲三三五)、その中で完全週休二日制実施に際して、極力現行所定労働時間を確保することを基本スタンスとするとともに、弾力的時間制度を導入して時間外労働の削減に努めることを指示していることを見ると、地方銀行や都市銀行等も含めて、週休二日制の実施に関する態度が何らかの形で協議がなされた結果、前記のような措置が統一して打ち出されたようにも考えられるが、一方において、特定日の労働時間延長をせずに週休二日制の完全実施にふみ切った信用金庫等の金融機関も報告されている(甲四五三など)のであるから、特定日の労働時間延長が週休二日制の実施のために不可欠または必要な合理的理由があることは十分証明されているとはいえない。また、他の銀行における従来の時間外手当支給状況など、本件と具体的に比較するための詳しい資料も提出されていない。そうだとすれば、他の金融機関の対応の仕方に横並びに順応するということが、控訴人らに不利益を受忍させるに足る正当な事由になるとは考え難い。
問題は、被控訴人の本件就業規則の変更が控訴人らに与える具体的な不利益の内容であり、その正確な比較をしないまま、他の銀行と横並びの措置を取ることを重視するのは相当ではないからである。
(3) 労働組合との協議
<1> 原審における証人小玉和夫の証言並びに同人の陳述書(乙四四)、完全週休二日制実施に関する被控訴人と従組との団交の記録(乙五七)、この間の従組と被控訴人間の文書(甲八、一四ないし一七、二七及び三一)、秋田県地方労働委員会(以下、単に「地労委」という。)の昭和六一年八月二六日付命令書(乙四〇)、これに関連する従組の組合ニュース(甲五八、六〇)、中労委への再審査申立取下書(乙四三の二)、本件就業規則変更関係の労組ニュース(甲三五八)及び同変更に関する従組側作成の団交要旨(甲三六〇)によれば、次の各事実が認められる。
ア 被控訴人は、第二土曜日、第三土曜日、全土曜日の休日化に伴う銀行法施行令改正の都度、休日及び労働日、労働時間等を定めた労働協約並びにこれに基づいて制定されていた就業規則の改定提案を労組及び従組に対して行い、当時の被控訴人の従業員の大半(組合員資格のない者を含めた就業員全体の約八割)を占める労組は比較的短期間のうちに被控訴人提案を受け入れたが、従業員全体の三パーセントを占めるに過ぎない少数組合である従組は、第二土曜日休業の当初から「銀行法の休日即従業員の休日」とする考え方に基づき、当該土曜日を休日化する代わりに他の勤務条件を変更するとの被控訴人提案を拒否し続けた。
イ 従組は、第二土曜日に関する交渉過程で、第二土曜日とそれまで行われていた指定休日の関係を整理するために被控訴人が昭和五八年七月三〇日に指定休日に関する一連の協定の解約通告を行なったこと等について、不当労働行為に当たるとして地労委に提訴したが、地労委は銀行法令に基づく休日が自動的に従業員にとっても休日となるという慣行は認められないとし(なお、銀行法もしくは施行令自体の解釈として、そのように解釈すべきであるという主張及び施行令上の休日を従業員の休日とすべき公序があるとの主張はなされていない。)、従組の申立を棄却した。
ウ 従組は右命令に対する再審査申立を中労委に対して申し立てたが、平成元年に右再審査申立を取り下げた。
エ 被控訴人は、完全週休二日制実施に関する施行令改正がなされた昭和六三年一〇月二一日に先立つ同月一四日に、改訂前就業規則に沿って定められた労使協定の解約通告を行なった。
オ 被控訴人は、同年一二月二八日に本件就業規則の変更に関する提案を、従組及び労組に対して行なった。
カ 労組では一部に反対意見もあったが多数が賛成したため、前記改正された施行令に基づき銀行の土曜完全休日化が実施される平成元年二月一日の前日である同年一月三一日に妥結を申し入れたので、被控訴人は労組との間で右変更に関する協約を締結した。
キ 被控訴人は従組との間でも、本件就業規則変更に関する交渉を進めようとしたが、従組は、前記第三土休問題以降の論点を蒸し返し、被控訴人側も控訴人から出された資料提出要求に対応せず、完全週休二日制をめぐる所定労働時間の変更の当否など、核心に触れた協議には入ることがなかった。
ク 被控訴人は従組との交渉が継続中であったため、従組組合員に対する改定就業規則の適用を平成元年二月中は控えるとともに、自宅研修として従組組合員についても土曜日は実質的に休日扱いとしたが、交渉が進展しないとして同月二八日、同年三月一日から改定就業規則を従組組合員にも適用する旨の通告をした。
ケ 以上の事実関係に照らすと、本件就業規則の変更については、銀行法施行令の改正によって週休二日制の実施時期が定められていたために、労使の協議を行うについて、十分な時間があったとは言い難いところがある。また、従組は、銀行法による銀行の休日が、即労働者の休日に当たるという解釈に固執して、対話が成立しない雰囲気があったために、被控訴人としても、現実に完全週休二日制の実施期日が迫っており、労働条件を統一的・画一的に定めたいとする視点から、労組の同意のある本件就業規則を従組にも適用することに踏み切ったという動機は理解するに難くはない。
しかし、これまで述べてきた本件就業規則の不利益性に照らすと、その変更に対して控訴人ら従組組合員が抵抗したことも無理からぬところがあるといわざるを得ず、労使の交渉が平行線をたどって妥結しなかったという理由で、控訴人らに不利益を受忍させるには不利益の程度が大きすぎると考えられるので、交渉の経過によって、本件就業規則変更の合理性を認めるということは相当とはいい難い。
<2> また、本件就業規則については、前示のように、被控訴人の従業員の大多数をもって組織されている労組がすでに変更について合意している。多数労働者が賛同していることは、就業規則の変更が合理性を有することを推認する一つの根拠となり得る。そのために、被控訴人としても、労組との合意に基づいた労働条件によって統一的・画一的に処理することを望んだことは当然と理解されるが、労働条件や規律の集合的処理の必要を強調する余りに、少数者の権益を不当に侵害することがあってはならないこともまた必要な要請というべきである。原審における控訴人鈴木政隆の供述、同人の陳述書(一)(甲三五二)、従組との関係について触れた労組ニュース(甲二四七)、従組の一九六七年度運動方針(甲三五七)及び控訴人側作成の元労組幹部の被控訴人での役職について明らかにした表(甲二三八及び三六九)などによると、かって従組の運動方針に反対する一部の者が従組から脱退して労組を作り、被控訴人に協調した組合活動を行うようになったという沿革があって、被控訴人としても労組と協調する姿勢をとり、従来から労組の幹部が被控訴人内部でも出世していくという実態が認められるので、ともすれば、被控訴人の経営陣と労組員とによって、被控訴人銀行の労使の多数の意思が形成される雰囲気があったことは推認するに難くなく、それが企業体の多数意見を形成していることは推認できる。しかし、控訴人らが主張している本件就業規則の適用による不利益が理由のないものではないとすると、これを多数意見によって放棄させるとすれば、少数者の権益が顧みられないということになりかねないし、その受忍を強いるには、経済的な不利益が大きすぎるというべきであるから、労組側が本件就業規則の変更に合意していることも、右の変更を控訴人らに適用する合理性を支える決定的な理由にはならないというべきである。
五 結論
1 就業規則変更内容の合理性
以上に検討したように、本件就業規則の変更によって控訴人らが被る不利益の内容・程度、被控訴人側の就業規則変更の必要性、変更された就業規則の内容、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合などの対応、同種事項に対する他の金融機関など社会における一般的状況などを総合して判断すると、被控訴人が、完全週休二日制の実施に伴って土曜日が休業になることを受けて、労働時間の配分を統一的・画一的に行うべく就業規則を変更する必要性が生じたことは理解できるが、特定日なかでも毎月二五日以降の平日の終業時間を六〇分延長するという変更は、それに伴う控訴人らの経済的な不利益と合わせ考えると、週休二日制に付随して必要になる範囲を超えて控訴人らに不利益を科する内容であるというべきであるから、労働時間に関する本件就業規則の変更は、全体として合理性を欠くといわざるを得ず、これらの不利益を緩和するために、更に何らかの措置を伴わない以上、これに同意しない控訴人らを拘束する規範的な効力を持つものではないと解するのが相当である。
2 控訴人らの請求金額について
そうすると、控訴人らは改訂前の旧就業規則に基づく時間外手当の支給を受ける権利があり、現に支払いを受けた額との差額及びこれに対する遅延損害金の請求権があることになる。右差額は、平成元年三月から平成三年三月分までは別紙一覧表2の<1>欄記載のとおりであり、それに対する遅延損害金の始期は、右期間のうち最後の給与支払日である平成三年三月二五日以降であり控訴人らが指定した平成四年一月二五日であり、平成三年四月ないし同年九月分は前記表の<2>欄記載のとおりであり、これに対する遅延損害金の始期も同様に平成四年一月二五日となり、平成三年一〇月ないし平成四年三月分は前記表の<3>欄記載のとおりであり、これに対する遅延損害金の始期は、右差額の計算が期間を通じての合計額でなされているので、期間中の最後の給与支払日である平成四年三月二五日の翌日とすべきであり、同年四月ないし平成五年三月分は前記表の<4>欄記載のとおりであり、これに対する遅延損害金の始期は同様に平成五年三月二六日となる。
第四 よって、控訴人らの本訴請求(当審で追加的変更されたものを含む。)は前記の限度で理由があり、この限度で認容し、その余を棄却すべきであるから、これと結論を異にする原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 守屋克彦 手島徹 富川照雄)
別紙一覧表1及び2 省略