仙台高等裁判所秋田支部 平成7年(ネ)140号 判決 1998年9月30日
控訴人
豊間かな子
右訴訟代理人弁護士
山内滿
同
狩野節子
被控訴人
学校法人秋田経済法科大学
右代表者理事長
寺田典城
右訴訟代理人弁護士
柴田久雄
同
加賀勝己
被控訴人
橋元春男
右訴訟代理人弁護士
揚野一夫
主文
一 原判決中、被控訴人学校法人秋田経済法科大学に関する部分を次のとおり変更する。
1 被控訴人学校法人秋田経済法科大学は控訴人に対し、金一二〇万円及びこれに対する平成四年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人の被控訴人秋田経済法科大学に対するその余の請求を棄却する。
二 被控訴人橋元春男に対する控訴を棄却する。
三 訴訟費用は、控訴人と被控訴人学校法人秋田経済法科大学との関係では、第一・二審を通じ控訴人に生じた費用の四分の一を被控訴人学校法人秋田経済法科大学の負担とし、その余は各自の負担とし、控訴人と被控訴人橋元春男との関係では、控訴費用は控訴人の負担とする。
四 この判決は控訴人勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金二五〇万円及びこれに対する平成四年一〇月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
なお、控訴人は、本訴請求のうち、金員の支払いを求める部分以外のものを放棄した。
第二 事案の概要
事案の概要は、以下のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおり(ただし、放棄された請求にかかる部分を除く。)であるから、これを引用する。
一 当審で追加された請求原因(控訴人)
被控訴人学校法人秋田経済法科大学(被控訴人学校法人)法学部教授会構成員は、平成四年一〇月二三日、控訴人の教授会出席停止、講義担当停止、委員会活動停止を決議(本件決議)したが、右決議は控訴人の教授会出席権、委員会で活動する権利、労働権及び人格権に基づく就労請求権を侵害する違法なものである。また、右決議は、もっぱら控訴人が提起した秋田地方裁判所平成四年(ワ)第三四五号事件(本件別訴)の終了を迫る目的でされたものである上に、控訴人に弁明する機会も与えなかった点において手続的にも違法なものであり、法学部教授会構成員は、被控訴人学校法人の理事長から控訴人に対する教授会出席妨害等につき是正するよう再三求められながら、これに応じなかったため、控訴人は多大な精神的苦痛を被ったもので、被控訴人学校法人は、教授会構成員の使用者として控訴人に生じた損害を賠償すべきである。
二 追加された請求原因に対する反論(被控訴人学校法人)
被控訴人学校法人としても、本件決議が不適切であったことは争わないが、本件決議自体は法学部教授会を構成する個々の教員ではなく、審議機関としての法学部教授会が行ったものであるから、被用者たる法学部教授会構成員に故意又は過失があるとはいえないばかりか、被控訴人学校法人は、再三にわたり法学部長に対して、右決議の再考を促し、その是正を求めているのであって、被控訴人学校法人は使用者責任を負わない。
第三 判断
一 証拠(丙一ないし三、六)によれば、秋田経済法科大学(経法大)の組織、運営等に関して以下の事実が認められる。
被控訴人学校法人は、経法大、秋田短期大学等を設置する学校法人であり、経法大運営のため秋田経済法科大学学則(学則)が設けられている。学則は、経法大は教育基本法の精神に則り、教養教育との密接な関連のもとに科学的で実際的な専門教育を施し、健全にして善良な社会人を育成することを目的とし、人類の福祉と国家の繁栄に寄与することを使命とするとし(一条)、教員組織として学長、副学長、教授、助教授、講師及び助手とし、教員に関する規程は別に定めるものとし(三条)、各学部に専任の教授、助教授及び講師をもって組織する教授会を置き(四条)、教授会は学部長が招集して議長となること(五条)、教授会の審議事項として、一号 教育課程及びその担任に関すること、二号 学生の入学、退学及び賞罰に関すること、三号 学生の試験並びに卒業に関すること、四号 教育及び研究に関すること、五号 教員の進退に関すること、六号 学部長の選挙に関すること、七号 予算及び決算の報告をうけること、八号 その他教育上重要なことと定めている(八条)。
なお、被控訴人学校法人では、秋田経済法科大学、秋田短期大学特任教授規程により、学長の推薦により理事長が任免する、専任教員ではあるが、原則として授業のみを担当する特任教授(助教授、講師)を置くことができるものとされていた。
また、被控訴人学校法人は、教職員の服務規律として学校法人秋田経済法科大学就業規則(就業規則)を設け、教職員は互いに協力して職場の秩序を維持し、諸規則を守り、上司の命に従い誠実に職務の遂行に専念しなければならない(四条)、教職員の人事は理事長が行う(二八条)、業務上の必要により、教職員の配置転換、又は職務の変更を命ずることがある(三二条一項)旨定めている。
二 争いのない事実及び証拠(原審控訴人、被控訴人橋元各本人、原審証人村田彰、当審証人大渕利男、甲一ないし八、一二、一八、二二、二四、乙一、丙一、二、四ないし六、一五、一六)に弁論の全趣旨を総合すれば、本訴に至る経緯として以下の事実が認められる。
1 控訴人は、昭和五三年三月金沢大学大学院文学研究科修士課程を終了した文学修士で、秋田大学教育学部非常勤講師等を歴任した後、昭和五八年四月一日開設された経法大法学部の専任教員として採用された。
控訴人の雇用契約は期間四年間とされ、控訴人は、特任講師として扱われ、教授会や委員会へ参加を許されていなかった。
2 控訴人の雇用契約は、昭和六二年四月一日、契約期間を一年間として、昭和六三年四月一日には契約期間二年間として、それぞれ更新されたが、控訴人は、特任講師としての処遇に不満を持ち、法学部教授会に対して専任講師として処遇することを求めていた。
平成二年三月三一日、契約期間が満了し、新たな雇用契約は締結されなかったが、従前の雇用契約が継続しているものと扱われていたため、同年六月五日、控訴人は山内弁護士に依頼して、当時経法大法学部長であった被控訴人橋元や当時の被控訴人学校法人理事長であった佐々木喜久治に対して、平成二年四月一日以降の控訴人の雇用契約上の地位や、控訴人を特任講師として扱う法的根拠などに関する「教員身分に関する質問書」なる文書(甲九、一〇)を送付した。
同年六月二九日開催された法学部教授会において、控訴人を専任講師とすることが決定され、同年七月五日、控訴人に対し、経法大講師及び法学部勤務を命ずる旨の辞令が交付され、以後、控訴人は専任講師として扱われ、教授会や各種委員会への参加も認められるようになった。
3 平成三年一一月二五日、控訴人は、被控訴人橋元に対し、秋田経済法科大学法学部教員選考規程(選考規程)二条に基づき、審査に必要な書類を提出して、助教授への昇任申請をしたが、法学部教授会は、控訴人の助教授昇任を否決した。
なお、経法大法学部においては、教員の採用及び昇任については、秋田経済法科大学教員選考基準に定める基準を満たすか否かについて、選考規程により設置される選考委員会の選考を経て、教授会がその可否について審議決定し、学部長はその結果を学長に報告し、学長はさらに理事長に報告することとされており、最終的には、常任理事会の審議を経て、理事長が決するものとされている。
4 控訴人は、平成四年九月二四日、被控訴人学校法人、被控訴人橋元、当時の学長大渕利男、当時の理事長佐々木喜久治を被告とし、前項記載の法学部教授会決議により控訴人の昇任期待権が侵害されたなどとして慰謝料の支払いを求める本件別訴を提起したところ、控訴人が本件別訴を提起したことが、新聞や雑誌等に掲載された。
5 本件別訴の第一回口頭弁論期日は同年一一月九日に行われることとなったが、これに先立ち、同年一〇月二三日開催され、控訴人も出席していた法学部教授会(定数三一名のところ出席者二九名)において、北條浩教授から、新聞雑誌等に掲載された記事からして、本件別訴においては法学部教授会も実質的には被告として訴えられていることとなるので、法学部として対応する必要があるとして、控訴人を退席させて審議する必要があるとの緊急動議が提出された。
議長をつとめていた被控訴人橋元は、右動議につき反対意見の有無を確認したところ、反対者はなく、控訴人に退席を求めた。控訴人は反対意見でなく賛成意見を求めるべきであると抗議したものの、要求に応じて退席した。
6 控訴人退席後、被控訴人橋元が本件別訴の内容につき説明して訴状を朗読し、本件別訴で問題とされた助教授昇任に関する教授会の決定に違法な点があったか、判断が正しいものであったか確認するための採決が行われ、情報不足により判断できないことを理由に反対した一名を除く二六名が教授会の判断が正しいとした。
その後、質疑が行われ、学生募集に対しても多大な影響が考えられる、第一回期日が同年一一月九日なのでこれに対する対応が早急に必要である、控訴人の行為が就業規則五条一項で禁止された、学園に対する名誉棄損に該当し、逆に名誉棄損で訴えるべきである、これまでの経緯と訴状の記載内容からして控訴人が訴訟中に講義を行うことは受講生に動揺を与え、大学が混乱するおそれがあるなどの意見が出された結果、本件別訴終了まで、控訴人につき教授会の出席を停止すること(全会一致)、講義を停止すること(賛成二五名、反対二名)、委員会活動を停止すること(全会一致)が決議された。また、本件別訴に対処するために対策小委員会を設置することが全会一致で決定された。
その後、議場に戻ってきた控訴人が議事録の閲覧、弁明の機会を与えること、他の審議事項への出席を求めたところ、弁明の機会については、提訴中であり無意味であること、他の要求については教授会出席停止中であることを理由にいずれも拒絶された。
また、被控訴人橋元が控訴人に対して、本件決議の内容を口頭で伝えたところ、控訴人は決定事項について文書で通知すること及び講義の停止については掲示等で学生に通知することを要求した。
7 本件決議がなされた後、被控訴人橋元は、当時経法大学長であった大渕利男に対して、本件決議がされたことを電話で報告した。大渕学長は、本件決議が控訴人の権利行使を制限する重要な問題であると考え、被控訴人橋元に対して書面で報告するよう求めた。
同年一二月四日ころ、法学部教務課長作成の「法学部講師豊間かな子の処遇について」と題する書面(乙四の二)が大渕学長に提出された。右書面には、同年一〇月二三日本件決議がされたこと及び右決議の理由として、本件別訴が提起されており、このような関係下における教授会の審議においては冷静かつ合理的な議論は期待できず、このような状況の中で授業を続行しては学生に動揺を与えると判断した旨記載されていた。大渕学長は、平成四年一二月四日、佐々木理事長に対し、右書面を添え善処を求めた報告書を提出した(乙四の一)。
8 同月一六日、佐々木理事長は大渕学長に対し、本件決議は控訴人に弁明の機会を与えず不利益処分を行ったもので手続上重大な暇疵があること、憲法上保障された裁判を受ける権利に対して、不利益を課したもので適当でないことを理由に、法学部教授会において再考することを促すよう通知する(乙五)とともに、右決議の執行の有無を調査し報告するよう求めた(乙六)。
佐々木理事長からの通知を受けた大渕学長は、翌一七日、被控訴人橋元に対し、再考を求めた佐々木理事長からの通知を検討して善処するよう連絡し(乙七)、本件決議の執行の有無を調査して報告するよう通知した(乙八)。
平成五年一月三〇日、被控訴人橋元は、大渕学長に対して、同月二九日に行われた法学部教授会において審議した結果、本件決議を尊重して欲しいとの結論であった旨回答し(乙九の二)、本件決議の執行の有無については、本件決議後、被控訴人橋元から控訴人に内容を伝えたところ、控訴人はこれに従った対応をしている旨報告した(乙九の三)。大渕学長は、同年二月六日右回答及び報告を添えて、佐々木理事長に報告した(乙九の一)。
9 平成五年三月二四日、控訴人は、秋田地方裁判所に対し、被控訴人らを被告とし、本件決議の無効確認や慰謝料の支払い等を求める本訴を提起した。
佐々木理事長は、大渕学長に対し、本訴が提起された後である平成五年七月九日及び平成六年五月六日の二回にわたって、本件決議は適当でないので控訴人に講義を担当させるよう求める通知をした(乙一〇、一一)。平成六年五月六日の通知を受け、同年五月一三日付の法学部教授会作成名義の「決議見直しに関する法学部教授会の意見書」と題する書面(丙一八)が作成され、被控訴人学校法人に提出された(なお、被控訴人学校法人においては、右書面は出所が不明であるとして正式文書として扱っていない。)。
右書面には、本件決議の見直しをしない理由として、本件別訴は控訴人が法学部教授会をいわれなく中傷、誹謗するものであること、控訴人が特任講師から専任講師になるに際しては法学部内に多くの反対意見があったが、控訴人の強い要請を受けて実現したものであるにもかかわらず、控訴人は辞令交付の席で暴言を吐き、同僚等に挨拶もせず、同僚の送別会の乾杯に際しただ一人着席したままであり、助教授昇任申請の書類を内容証明郵便で送付し、さらに被控訴人橋元に対して内容証明郵便で、就業規則に基づき公正に処理するよう要請し、公正に処理されない場合は就業規則上懲戒処分に該当する旨警告するなど、常軌を逸する行動をしたこと、控訴人は本件別訴につきマスコミに誹謗情報を流して世論を扇動し、日本科学会議秋田支部という革新的支援団体に支援を請い、「アカデミックファシズム、じつに法学研究者にあるまじき法的常識を疑わしめる暴挙」等のアピールを採択させ、右アピール文を経法大や秋田短期大学内の教員メイルボックスに入れる等の扇動活動をしたことから、大学及び法学部の正常な運営を期し、学生の動揺を防止して大学の混乱を回避し、特に学生が学問及び課外活動に集中しうる教育環境を確立させるとともに、控訴人には研究に専念させるという教育上の特段の配慮から、必要最小限の合理的措置を講じるためになされたものである旨の記載がある。
10 控訴人は、本件決議以降、講義を担当することはできないものの、研究室等の利用は可能であり、被控訴人学校法人から給与及び賞与を支給されていた。なお被控訴人学校法人は控訴人に対する定期昇給も行ってきた。
なお、平成一〇年三月、控訴人に対する教授会出席停止、講義担当停止、委員会活動停止の各停止措置が解除され、控訴人は同年四月以降、教授会に出席し、講義を担当し、委員会活動を行っている。
三 本件決議の不利益性
一般に、学問の自由を保障するため、大学を外的勢力である公権力やその他の権力による制約拘束から解放し、大学がその本来的機能である研究・教育を自主的自律的に決定遂行し得る手段として、大学の自治が尊重されている。そのために、学校教育法も、大学において、重要な事項を審議するための機関として、教授会を置くことを定めている。教授会は、一般に、学科、講座、学科目及び学部付属の研究施設の設置廃止に関する事項、教育課程の編成に関する事項、学生の入退学、試験、卒業に関する事項など大学における教学部門の重要な事項を審議するものとされているのであり、そのような審議における意思決定が尊重されることが大学の自治の内容であると理解される。いうならば、大学の自治は、教授会の自治を内容とするものとも理解できるのである。したがって、これを教授会構成員の立場からみれば、学校教育法が、教授は法律上当然に教授会の構成員となることを予定しているように、また被控訴人学校法人の学則も、教授が当然に教授会の構成員となり、しかも教授会に教学に関する重要事項の審議権を与えているように、教授会に参加し、大学の自治に参画することは、構成員にとって単なる義務ではなく、教授の地位に含まれた当然の権利であると理解すべきものであり、この理は、助教授など教授会に加えられる他の職員の場合も変わりはないというべきである。したがって、教授会の構成員である教職員に対し、正当な理由なく教授会に対する出席を禁止することが許されないことは当然である。
また、大学において教育研究に携わる者としては、学生に対する講義を通じて自分の研究内容を発表し、その成果の上にさらに研究を進展させることに学問的な関心を有するのが普通であると思われるから、学生に対して講義を行うことは、雇用契約上の義務ではあるが、同時に教員側に利益を与える側面があるのであるから、教員に対して講義を禁止することが単に義務を免除する行為で不利益がないということができないことは明らかである。
したがって、その他の点を判断するまでもなく、控訴人に対してなされた本件決議の不利益性は明らかであるといわなければならない。
もっとも、本件決議は、大学自治の担い手であるべき教授会によってなされている。しかしながら、大学の自治は、前示のように学問の自由を保障する目的のため、必要不可欠の制度として、その法的意義を有するものであって、学問の自由と直接関わりのない事項については法的規制の対象となりうるし、大学の自治の名のもとに、個人の権利を侵害することが許されないことも多言を要しない。そして、本件決議は、控訴人が、本件別訴を提起したこと、いいかえれば憲法三二条に定める裁判を受ける権利を行使したことを不当とみて、それに対する制裁としてなされたものと解されるのであり、この判断を左右し得る証拠はない。そうだとすると、憲法三二条で保障されている裁判を受ける権利は、人権を保障する裁判制度を支える根本原則であり、すべての個人が、政治権力から独立した公平な司法機関に対して、平等に権利・自由の救済を求め、同時にそのような公平な裁判所以外の機関から裁判されることのない権利であって、憲法上保障された人権のうちでも最も基本的なものに属し、学問の自由及びこれを保障するものとしての大学の自治そのものも最終的には裁判制度により保障されるものであることをも考慮すれば、大学の自治の名において、これを侵害することは許されないというべきであり、本件決議が違法ないし不当に控訴人に不利益を科したものであることは否定できないというべきである。
四 以上を前提に、控訴人の被控訴人らに対する請求につき判断する。
1 被控訴人橋元に対する請求について
被控訴人橋元が、平成四年一〇月二三日開催された法学部教授会において不公平かつ恣意的に議事を運営したことを認めるに足る証拠は存在しない。なお、前示のとおり、被控訴人橋元は、北條浩教授からの緊急動議につき反対意見を求める方法で採決しているが、議事として取り上げるか否かを決するための採決の方法として議長の裁量の範囲内であるものと認められる。また、被控訴人橋元は退席することなく議長としての地位に留まっているが、本件別訴の当事者となっているとはいえ、法学部教授会において被控訴人橋元自身の処遇が問題となったものではなく、被控訴人橋元が退席しなかったことが不公平とまではいえない。
本件決議に際して、控訴人に対し弁明の機会が与えられなかったことは前示のとおりであり、そのこと自体は相当とはいい難いところがあるが、本件決議が控訴人の専任講師たる地位自体を奪うものではなく、その権利の一部を停止することを目的としたものであったことなど考えると、決議の内容を離れて、手続だけで独立の不法行為を構成するような違法性を帯びると解するのは相当でない。
したがって、その余につき判断するまでもなく、控訴人の被控訴人橋元に対する請求は理由がない。
2 被控訴人学校法人に対する請求について
被控訴人橋元が不法行為責任を負わないことは前示のとおりであり、被控訴人橋元の不法行為を前提とする、被控訴人学校法人に対する請求に理由がないことは明らかである。
しかしながら、法学部教授会が本件決議をするに至った経緯及びその後控訴人が長期にわたり教授会出席権等を行使できなかった事情は前記二に認定したとおりであり、本件決議が、本件別訴が提起されたことを理由に、それが係属する間、控訴人の教授会出席権等を制限する目的でされたことは明らかであるから、控訴人はこれらの権利のみならず、本件別訴につき裁判を受ける権利をも侵害されたものとみるべきものである。
そして、大学の自治は学問の自由を実現するために保障されたものであり、大学の自治を理由に人権を侵害することが許されないことは前示のとおりであって、大学の自治を実現するものとしての教授会も、その構成員の裁判を受ける権利を侵害することは許されないものと言わねばならない。
本件においては、教授会構成員が、本件決議を行い、かつ被控訴人学校法人から再考を促されたにもかかわらず、これを是正しなかったため、控訴人は長期にわたり教授会への出席や委員会活動をすることができず、講義を担当することを妨げられるにいたったもので、教授会構成員のこれらの行為は控訴人に対する不法行為を構成し、被控訴人学校法人はその使用者として控訴人が被った損害を賠償する責任がある。
なお、被控訴人学校法人が、当時の法学部長であった橋元に対し、本件決議を再考するよう促したもののこれが効を奏しなかったことは前示のとおりであるが、本件決議は教授会構成員各自の研究・教育に関わるものではなく、また、被控訴人学校法人としても本件決議が不適切であり、少なくとも講義を担当させないことについて教授会の権限がないことを自認していることからしても、被控訴人学校法人としては業務命令を発するなど、本件決議から派生した事態を是正する手段を有していたのであるから、被控訴人学校法人が本件決議の再考を促した事実があったとしても、それが改善されない限り、その責任を免れることはできないというべきである。
3 損害
本件決議の内容、これがなされた経緯、本件決議後の被控訴人学校法人及び法学部教授会の対応、平成一〇年四月以降、控訴人は本件決議により停止されていた各種権利を行使しうる状態にあること、その他本件に現れた一切の事情を考慮し、控訴人に対する慰謝料としては一〇〇万円を、また弁護士費用としては二〇万円を相当と認める。
第四 結論
以上の次第で、原判決中、控訴人の被控訴人学校法人に対する請求を棄却した部分は主文第一項と異なる限度で相当でなく、控訴人の被控訴人学校法人に対する控訴は一部理由があるから、原判決中被控訴人学校法人に関する部分を変更し、控訴人の被控訴人橋元に対する請求を棄却した原判決は相当であり、控訴人の被控訴人橋元に対する控訴は理由がないから、これを棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官守屋克彦 裁判官丸地明子 裁判官大久保正道)