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仙台高等裁判所秋田支部 平成8年(ネ)144号 判決 1998年9月30日

控訴人

豊間かな子

右訴訟代理人弁護士

山内滿

狩野節子

被控訴人

学校法人秋田経済法科大学

右代表者理事長

寺田典城

被控訴人

大渕利男

被控訴人

佐々木喜久治

右三名訴訟代理人弁護士

柴田久雄

加賀勝己

被控訴人

橋元春男

右訴訟代理人弁護士

揚野一夫

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

1  原判決を取り消す

2  被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して金二〇〇万円及びこれに対する、被控訴人学校法人秋田経済法科大学及び同佐々木喜久治については平成四年一〇月三日から、同大渕利男については同月七日から、同橋元春男については同月一五日から、いずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

事案の概要は、以下のとおり付加訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。なお、略称については、原判決の例によることとする。

一  原判決四丁裏三行目及び同一〇丁表九行目に「被告」とあるを、いずれも「原告」と改める。

二  当審における控訴人の主張

1  原判決は、本案前の抗弁に対する判断においては、「控訴人は助教授昇任申請を否決されたことにより給与等の経済的側面において一定の不利益を被ることになると考えられることからすれば、右昇任申請を否決する決議が違法であるか否かという問題が一般市民法秩序と直接の関係を有しないとは直ちに認め難い。」として、被控訴人らの主張を排斥しながら、本案の判断においては、「人格的判断も含めた判断は学問及び教員人事について専門的知識を有する教授会に最終的に委ねられるべきで、裁判所が適否の判断をすべきでない。」としており、論理一貫性に欠けるうえ、客観性のない「人格的判断」を何ら具体的基準も定立せずに助教授昇任の判断基準に加えたもので違法である。

2  経法大法学部においては、控訴人と同時あるいはその後に講師として採用された教員は、本件選考基準所定の勤続年数を経た後の選考で例外なく助教授に昇任しているほか、控訴人より後に講師として採用された者も、法学部教授会において助教授昇任を可決されており、明らかな人事上の差別が存在する。本件においては、この人事上の差別を正当とする合理的理由はなく、控訴人の助教授昇任を否決したことは、控訴人に対する差別であると同時に控訴人の昇任期待権を侵害するものである。

第三判断

一  本案前の抗弁に対する判断

当裁判所も被控訴人らの本案前の抗弁は理由がないと判断するものであるが、その理由は、原判決が一三丁表六行目から同裏七行目までに説示するとおりであるから、これを引用する。

二  争いのない事実及び証拠(原審控訴人、被控訴人橋元各本人、<証拠・人証略>)によれば、控訴人が助教授昇任申請にいたった経緯として、以下の事実が認められる。

1  被控訴人学校法人は、経法大、秋田短期大学等を設置する学校法人であり、平成四年当時、被控訴人橋元は経法大法学部長、被控訴人大渕は経法大学長、被控訴人佐々木は経法大理事長の地位にあった。

2  控訴人は、昭和五三年三月金沢大学大学院文学研究科(ドイツ文学専攻)修士課程を終(ママ)了した文学修士で、秋田大学教育学部非常勤講師等を歴任した後、昭和五八年四月一日開設された経法大法学部の専任教員として採用され、同日、控訴人に対して経法大講師及び経法大法学部勤務を命ずる旨の辞令(<証拠略>)が交付された。

辞令交付後、控訴人は、雇用期間を昭和五八年四月一日から昭和六二年三月三一日までの四年間とし、期間終了後契約は当然に終了する旨記載された雇用契約書(<証拠略>)に署名捺印するよう求められた。控訴人は、それまでに契約期間については何ら交渉がなく、期間の定めのない雇用契約が締結されるものと考えていたため、控訴人の就職を斡旋してくれた、当時経法大経済学部教授であった又井美恵子に相談した上で、不本意ではあったものの前記契約書に署名捺印した。なお、控訴人と同時に講師として採用された者で、契約期間を限定された者は控訴人以外には存在しなかった。

なお、経法大においては、本件選考規程により採用される教員以外に「秋田経済法科大学、秋田短期大学特任教授規定」により、学長の推薦により理事長が任免する、専任教員ではあるが授業のみを担当し、教授会その他教員をもって構成する委員会等の構成員となることのできない特任教授(助教授、講師)を置くことができるものとされていた(<証拠略>)。そして、被控訴人学校法人は、控訴人の採用以来、控訴人を特任講師として扱い、教授会や委員会への参加を認めなかった。

3  被控訴人学校法人は、昭和六一年一一月一日付けで、控訴人に対して翌昭和六二年三月三一日をもって契約期間が満了する旨の通知(<証拠略>)を発したが、昭和六二年四月一日、控訴人との間で契約期間を一年間とする雇用契約を締結した(<証拠略>)。

4  控訴人は、又井教授の勧めもあり、昭和六二年五月六日ころ、身分変更のための審査書類(<証拠略>)を被控訴人橋元宛てに提出した。また昭和六三年一月二六日ころには、教授会構成員に対し、採用時から控訴人のみが契約期間を限定した特任講師として扱われ、変則的な扱いを受けている事情を説明し、特任講師の身分を変更するよう求める書面(<証拠略>)を送付した。

同年四月一日、控訴人に対し、任用期間を更新し、期間を昭和六五年三月三一日までの二年間とする辞令(<証拠略>>が交付されたが、控訴人はこの間も処遇の改善を求め続けていた。

期間満了を控えた平成二年三月中旬、控訴人は、資格審査のための書類提出を求められたが、昭和六二年五月及び昭和六三年二月に提出済みであるとして拒絶する旨記載した内容証明郵便(<証拠略>)を送付した。その後、あらためて平成二年三月付けの書類の提出を求められ(<証拠略>)、さらには木谷昇理事の勧めもあって、控訴人は同年三月二二日ころ必要書類を提出した。

5  同年三月三一日、控訴人の契約期間は終了したが、その後も控訴人に対して新たな辞令は交付されないまま、控訴人の雇用は継続しているものと扱われていた。

同年六月五日、控訴人は控訴代理人である山内弁護士に依頼して、被控訴人橋元及び同佐々木に対して、平成二年四月一日以降の控訴人の雇用契約上の地位や、控訴人を特任講師として扱う法的根拠などにつき説明を求めた「教員身分に関する質問書」なる文書(<証拠略>)を送付した。

同年六月二九日開催された法学部教授会において、控訴人を専任講師とすることが決定され、同年七月五日、控訴人に対し、経法大講師及び法学部勤務を命ずる旨の辞令(<証拠略>)が交付され、以後、控訴人は専任講師としての処遇を受けた。

6  平成三年一一月二五日、控訴人は、当時の法学部長であった被控訴人橋元に対し、本件選考規程二条に基づき審査に必要な書類を提出して、助教授への昇任申請をした(<証拠略>)。

三  証拠(<証拠略>)によれば、控訴人の昇任申請の取り扱いについて、以下の事実が認められる。

1  まず、被控訴人学校法人においては、理事のうち理事長の推薦に基づき、理事会において選任された常任理事により組織される常任理事会が存在し(寄附行為七条の二)、大学、短期大学教員の任免に関する事項は、この常任理事会の審議事項となっており(理事会運営規程三条四項)、教員の採用及び昇任については、本件選考規程に基づく選考結果を踏まえ、常任理事会の審議を経たうえで、最終的には理事長が行うことになっている(就業規則二八条)。

2  そして、本件選考規程は、その一条において、「秋田経済法科大学法学部(以下「本学部」という。)の教員(教授、助教授、講師及び助手)の採用及び昇任は、秋田経済法科大学教員選考基準に基づき、この規程の定める選考を経なければならない。」と定め、選考の具体的方法につき、概ね以下のとおり定めている。

二条「本学部教員は、秋田経済法科大学教員選考基準(注・本件選考基準)に定める基準に達した場合(当該年度中に達すると認められる場合を含む。)は、学部長に対して次の書類を提出し、審査を申請することができる。一号 申請書(所定のもの)、二号 履歴書、三号 著書、研究論文又はその写し」、四条「前条の規定による審査の申請があったときは、学部長は教授会に諮り、選考委員会を設けて、これに審査を委嘱する。」、七条「選考委員会は、必要と認めるときは、被選考者の研究業績につき、他の大学教授、学識経験者の意見を聞くことができる。」、一〇条「選考委員会は、秋田経済法科大学選考基準に基づいて選考を行い、その結果を教授会に報告しなければならない。」一一条「教授会(教授、教授会)は、選考委員会から報告された被選考者の採用又は昇任の可否について審議決定し、学部長は、その結果を学長に報告するものとする。」、一二条「学長は、前条の結果を速やかに理事長に報告しなければならない。」

3  さらに、右選考規程が引用している本件選考基準をみると、同基準一条は、「教員(教授、助教授、講師及び助手)の選考は、人格、健康、教授能力、教育実績・研究業績及び学界並びに社会における活動等について行わなければならない。」と定め、同三条は、「助教授となることのできる者は次の各号の一に該当する者とする。一号前条に規定する教授となることができる者、二号 大学において助教授の経歴を有する者、三号 大学において原則として四年以上(博士課程を修了した者にあっては三年以上)専任の講師として在職し、その間研究論文等を発表し、教育研究上の業績があると認められる者、四号 大学の学部を卒業した者で、担当教科に関する研究所、試験所、調査所等において、原則として八年以上(修士の学位を有する者にあっては六年以上)研究、調査等に従事し、その間研究論文等を発表し、教育研究上の業績若しくは能力があると認められる者、五号 体育、技能等を担当する者で、研究上又は技術、技能上の業績をもち、前各号の一に準ずる資格があると認められる者」と、それぞれ定めている。

4  控訴人の本件申請については、その申請を受けて、本件選考規程に定める手続にしたがって、選考委員会が設置され、控訴人の研究業績に関して外部審査も行われた結果、控訴人の論文数が従前の例に比べて著しく不足しているという意見はあったものの、在職年数及び研究業績に関しては本件基準を満たすと判断された。しかし、選考委員会は控訴人の昇任の可否については結論を出さず、その他の選考基準の充足の判断は法学部教授会の議に委ねることを相当として、平成四年二月二八日その旨を報告した(<証拠略>)。

同日、選考委員会から審査に関する報告を受けた法学部教授会は、控訴人提出の審査資料を回覧して審査した後、控訴人の昇任の可否につき無記名で投票をした結果、昇任を可とするもの二票、不可とするもの九票、白票一票となり、控訴人の昇任は否決され(<証拠略>)、同年三月一八日、被控訴人橋元は、控訴人に対して右審議結果を通知した。

5  控訴人は、平成四年四月一三日、被控訴人橋元、同大渕、同佐々木に対して、控訴人の昇任否決の具体的理由につき回答するよう求める内容証明郵便を送付したが、三名とも控訴人の要求に応じなかった。

四  被控訴人らに対する請求について

1  被控訴人学校法人に対する請求について

学校教育法は、大学の目的を、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることと定め(五二条)、教育研究に携わる職制として、教授、助教授、助手を予定し、教授は、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事するものであり、助教授は、教授の職務を助けるものとされている。また同法は、大学は必要に応じて、講師その他必要な職員を置くことができるとし、講師は、教授又は助教授に準ずる職務に従事する者であると定めている(五八条)。

そして、大学設置基準は、助教授の資格として「助教授となることのできる者は、次の各号の一に該当し、教育研究上の能力があると認められる者とする。一号 前条に規定する教授となることのできる者、二号 大学において助教授又は専任の講師の経歴のある者、三号 大学において三年以上助手又はこれに準ずる職員としての経歴のある者、四号 修士の学位(外国において授与されたこれに相当する学位を含む。)を有する者、五号 研究所、試験所、調査所等に五年以上在職し、研究上の業績があると認められる者、六号 専攻分野について優れた知識及び経験を有すると認められる者」(一五条)と、講師の資格として「講師となることのできる者は、次の各号の一に該当する者とする。一号 第一四条又は前条に規定する教授又は助教授となることのできる者、二号 その他特殊な専攻分野について教育上の能力があると認められる者」(一六条)とそれぞれ定めている。

右のとおり、助教授と講師では、大学における教育研究に携わる職制の中心に予定されている職種と、必要に応じて置かれこれに準ずる職種との違いがあることから、その職務内容及び求められる資格が異なることは当然のことであり、本件選考基準もこれらの規定を当然の前提として定められたものと理解することができる。

そうだとすると、本件選考規程に基づく選考は、被選考者について、本件選考基準三条の条件を充足するかどうかという判断と併せて、同基準一条にいう控訴人の「人格、健康、教授能力、教育実績、研究業績及び学会並びに社会における活動等」が、経法大の教育研究に携わる職制の重要な部分である助教授としての職務遂行能力に適合し、その基準を満たすかどうかについて判定するものというべきものである。それは、当然に、教育研究能力という全人格的な評価につながることを意味し、講師として求められる資格と助教授として求められる資格とに前記のような違いがあることから推しても、講師として一定年数在職し、業績があったとしても、当然に助教授に期待される教育研究能力を充足するものとは言い難いといわざるを得ないのであり、このような全人格的な評価が必要的に介在する以上、控訴人が主張するような助教授への昇任期待権を観念する余地はないといわねばならない。

このように、全人格的な評価とはひとまず別な在職年数や研究業績などの客観的な側面が一定の条件を満たしたとしても、当然あるいは機械的に講師から助教授へ昇任しうるという職制ではない以上、控訴人と同時に、あるいは控訴人に遅れて講師として採用された者が助教授に昇任した事実があったとしても、そのことで直ちに控訴人を差別的に扱ったといえるものではないことも当然である。

したがって、控訴人を助教授に昇任させなかったことが、控訴人の権利を違法に侵害したとはいい難いから、その余の点につき判断するまでもなく控訴人の被控訴人学校法人に対する請求は理由がない。

2  被控訴人橋元に対する請求について

被控訴人橋元が、法学部教授会において、恣意的あるいは不公正な運営をしたことを認めるに足る証拠は存在しない。

また、控訴人は、控訴人が教育研究者として成長するために昇任申請が否決された理由を知る必要があり、被控訴人橋元には、法学部教授会における控訴人の助教授昇任が否決された理由や外部審査の結果を開示する条理上の義務があると主張するが、選考とは競争試験以外の能力の実証に基づく試験であり、被選考者の対象となる職務の遂行能力の有無を選考の基準に適合しているかどうかに基づいて判定するものであることからして、被選考者において選考の理由を開示すべきことを求める権利はないものというべきであって、控訴人の主張はそれ自体失当である。

3  被控訴人大渕、同佐々木に対する請求について

控訴人は、法学部教授会が恣意的あるいは不公正に運営されたことを前提として、当時学長であった被控訴人大渕及び当時理事長であった被控訴人佐々木には、法学部教授会に再議を促すなど適正な措置を執るべき義務がある、更には控訴人に対して昇任否決の理由を開示すべき義務があるなどと主張するが、法学部教授会が恣意的あるいは不公正に運営されたことを認めるに足る証拠は存在しないし、控訴人が選考の理由の開示を求める権利を有しないことは前示のとおりである。

第四結論

以上の次第で、控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却して、主文のとおり判決する。

(平成一〇年六月八日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 守屋克彦 裁判官 丸地明子 裁判官 大久保正道)

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