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仙台高等裁判所秋田支部 平成9年(ネ)119号 判決 1998年3月02日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  原判決主文第一項を以下のとおり更正する。

被控訴人と控訴人の間において、平成六年一〇月三一日被控訴人が控訴人から受領した四五〇万円についての被控訴人の控訴人に対する不当利得返還債務が存在しないことを確認する。

理由

【事実及び理由】

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

第二  事案の概要

本件は、宅地建物取引業者である被控訴人が、顧客であった控訴人から支払いを受けた四五〇万円の金員(被控訴人は、右金員について、控訴人・被控訴人間の違約合意に基づいて支払いを受けたと主張している。)について、控訴人が不当利得返還請求権があると主張しているとして、右不当利得返還債務の不存在確認を求めた事案である。

一  争いのない事実

1 被控訴人は、宅地建物取引業者の指定を受けた株式会社である。

2 被控訴人は、平成三年一二月一四日、平成四年一二月八日、平成五年九月二〇日の三度にわたり、控訴人ないしはその代理人から、その所有する別紙物件目録記載の不動産(本件物件)の売却を依頼されて媒介契約を締結し、その都度仲介行為を行って買手を探し出し、右買手から売買契約締結の了解を取り付けたが、その度毎に、控訴人の一方的な都合によって契約締結は中止され、結局売買契約は成立するに至らなかった。

3 被控訴人は、平成六年三月二八日、控訴人から、本件物件の売却について、四度目の仲介の依頼を受けて、控訴人との間で専任媒介契約を締結した。

4 平成六年八月二三日、右契約に基づく被控訴人の仲介により、控訴人と東北電力株式会社(東北電力)の間で本件物件の売買契約が成立し、控訴人は、同年九月六日、被控訴人に対し、仲介手数料四五〇万円を支払った。

5 右仲介手数料のほかに、控訴人は、平成六年一〇月三一日、被控訴人に対し、四五〇万円(本件四五〇万円)を支払った。

6 控訴人は、被控訴人に対して、本件四五〇万円につき不当利得返還請求権を有すると主張している。

二  当事者の主張及び争点

1 控訴人の主張

本件四五〇万円は、平成四年一二月八日もしくは平成五年九月二〇日の媒介契約に基づく仲介手数料として交付されたものであるところ、右媒介契約に基づく被控訴人の媒介によっては、本件物件の売買契約は成立しなかったのであるから、被控訴人の報酬請求権は発生していない。したがって、本件四五〇万円は、何ら法律上の原因なくして控訴人から被控訴人に交付されたものであり、控訴人は被控訴人に対して、不当利得に基づき本件四五〇万円の返還請求権を有する。

2 被控訴人の主張

本件四五〇万円が仲介手数料であることは否認する。

控訴人と被控訴人は、平成五年九月二〇日の媒介契約締結に際して、右契約に基づく被控訴人の媒介の結果、控訴人の売渡条件で買主から同意が得られたのに、控訴人の方で売買契約を中止した場合には、控訴人は被控訴人に対し、約定手数料相当額の違約金を支払う旨の合意(本件合意)をした。本件四五〇万円は、本件合意に基づく違約金として支払われたものである。

3 控訴人の反論

仮に本件合意があったとしても、

(一) 本件合意は、専任媒介契約約款一八条二項(同条項は、同約款に反する特約で依頼者に不利なものは無効であると規定している)により無効である。

(二) 本件合意は、媒介した売買契約の成立の有無にかかわらず仲介手数料相当額を支払うという合意であり、完全報酬性をとる媒介契約の本質に反しており、本来自由であるべき売買契約の締結、媒介契約の解除を事実上制限するものであって、民法九〇条に反して無効である。

(三) 宅建業法四六条は、宅建業者の受けることのできる報酬額の上限を制限し、それを超える報酬を受取ることを禁止しており、同法四七条二号は、不当に高額の報酬を要求する行為を禁止しており、これらの規定は強行法規である。本件合意は、実質的には、媒介行為による一個の売買契約の成立に関して、仲介手数料の二重取りを認めるものであって、右強行法規に反するものとして無効である。

4 争点

以上によれば、本件の争点は、(1)本件四五〇万円の法的性格(仲介手数料か、本件合意に基づくものか)、<2>本件四五〇万円が本件合意に基づくものであったとして、本件合意は無効か、である。

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実、《証拠略》によれば、本件の経緯について、以下の事実が認められる(なお、以下の1ないし4、7、8、9のうち「本件合意に基づき」を除いた部分、10、11のうち第二項を除いた部分、12の各事実は争いがない。)。《証拠判断略》

1 控訴人は、合板、金属、建設、精密等機械の修理及び部品製作等を業とする株式会社である。平成三年当時の控訴人代表者藤林茂治(控訴人代表者茂治)は、控訴人の負債整理等のために本件不動産の売却を企図し、控訴人の専務取締役佐渡恒雄の経営する臨海物産株式会社を通じて、被控訴人に対し、本件物件の売却の媒介を依頼し、そのころ、控訴人と被控訴人は、媒介契約を締結した。被控訴人は、右契約に基づき、営業活動をした結果、東北電力との間で、平成四年三月上旬ころを目途に売買契約を締結する旨の確約書を締結することの合意を取り付けた。

2 ところが、右確約書の締結直前の同年二月三日になって、控訴人から、売買は見合わせたい旨の一方的な申入れがあり、売買契約成立には至らなかった。

3 控訴人代表者茂治は、平成四年一二月八日、被控訴人の事務所を訪れ、被控訴人に対し、再度本件物件の売却の媒介を依頼し、控訴人と被控訴人は、本件物件につき契約書を作成して、専任媒介契約を締結した。右契約によれば、本件物件の媒介価額は一億五〇〇〇万円、約定報酬額(仲介手数料)は売買価額の三パーセントである四五〇万円とされていた。被控訴人は、右契約に基づき、再度東北電力と交渉した結果、平成五年四月二八日、控訴人と東北電力は、控訴人は東北電力に本件物件を代金を一億五〇〇〇万円で売り渡すこと、控訴人は自己の費用で地積測量図を作成し東北電力に提出すること、売買契約の細部について双方とも今後誠意をもって協議すること、互いに速やかに社内手続を進め売買契約を締結すること、を内容とする確認書を取り交わした。その後、被控訴人は、地積測量図の作成を完了し、控訴人代表者茂治の依頼により控訴人の債権者である株式会社第一勧業銀行秋田支店に対し、前記確認書を提示するなどして、本件物件の売買代金の入金まで債務の返済を猶予してくれるよう依頼した。他方、東北電力も、前記確認書に基づき、売買契約締結に向けての手続を進めた。

4 ところが、控訴人代表者茂治は、同年六月二九日、被控訴人に対し、再度本件物件の売却を中止する旨を述べ、その結果、売買契約は締結に至らなかった。東北電力側では、右控訴人の態度に非常に憤激し、媒介者としての被控訴人の信用は著しく傷つけられる結果となった。

5 被控訴人代表者は、右一連の控訴人代表者茂治の行動から、控訴人が専任媒介契約を締結して被控訴人に媒介行為や銀行との交渉をさせたのは、真実本件物件を売却するためではなく、資金繰りの急場しのぎの銀行対策のためであり、被控訴人はそのために利用されたのではないかと思い、控訴人に対する不信感を強めた。

6 控訴人代表者茂治は、同年九月二〇日、被控訴人の事務所を訪れ、被控訴人に対し、何とかもう一度やってくれないかなどと述べて、前回と同じ条件での本件物件についての媒介を依頼した。被控訴人は、前回のこともあったので一度は右依頼を拒否したところ、控訴人代表者茂治は、前回のようなことはしない、万一そういうことがあった場合は、約定報酬相当額の金員を支払う、本件物件を売却しなければ控訴人の資金繰りが出来ない状況にある、などと懇請したので、被控訴人代表者としても、そこまでいうのであれば絶対違約はしないだろうと信頼し、そのころ、控訴人と被控訴人の間において、前回と同じ内容での本件物件の媒介契約が締結されるとともに、被控訴人において右媒介契約に基づき媒介行為をなし、その結果、控訴人の売渡条件どおりでの購入を承諾する買主が現れたのに、前回のように控訴人の一方的理由で売却を中止した場合には、約定報酬相当額の四五〇万円の違約金を支払う旨の本件合意が成立した。

7 被控訴人は、右媒介契約に基づき、三度東北電力と交渉し、平成六年三月末日に売買契約を締結する合意を取り付け、その結果、控訴人と東北電力は、右契約締結に先立ち、平成五年一一月一〇日に、その旨の確認書を締結する段取りとなった。

8 ところが、控訴人は、右確認書の締結を引き延ばしたうえに、同年一一月二二日、当時の専務藤林光隆を通じて、被控訴人に対し、売買価格を五〇〇〇万円増やして二億円でなければ売却しない、今回の売却は中止する旨を述べ、売買契約は締結に至らなかった。

9 このため、被控訴人は、本件合意に基づき、控訴人に対し、四五〇万円の請求をしたところ、控訴人代表者茂治から、同月二四日付の文書で、売買契約成立に至らなかったことを謝罪するとともに四五〇万円の支払いについて平成六年三月末日までの猶予を求められたので、被控訴人は、これに応じて、右支払いを猶予した。

10 さらに、平成六年三月二八日、控訴人の専務藤林光隆が、同年一〇月までに控訴人所有土地を処分しその代金の一部をもって支払うのでそれまで四五〇万円の支払いを猶予してくれるよう求める旨の控訴人から被控訴人宛の文書を持参して、四五〇万円の猶予を求めるとともに、またもや被控訴人に対して、本件物件の売却の媒介を依頼してきた。被控訴人代表者は、それまでの経緯から一度は断ったものの、藤林専務からの熱心な申入れがあり、その後の同年五月に藤林専務が、控訴人の代表者に就任したので、最終的には、右依頼を承諾し、同月二五日、控訴人と被控訴人は、改めて契約書を作成して本件物件につき専任媒介契約を締結した。

11 被控訴人は、右媒介契約に基づき、四度東北電力と交渉した結果、平成六年八月二三日、被控訴人の媒介により、控訴人と東北電力の間に本件物件の売買契約が成立した。

同年八月三〇日付で被控訴人から控訴人に対し、右売買契約の媒介についての仲介手数料四五〇万円及び右消費税一三万五〇〇〇円の合計四六三万五〇〇〇円の請求書が出された。

控訴人は、同年九月六日、被控訴人に対し、右四六三万五〇〇〇円を支払った。

12 控訴人は、その後である同年一〇月三一日、被控訴人に対し、本件四五〇万円を支払った。

二  右一で認定した事実経過に《証拠略》を総合すれば、本件四五〇万円は、媒介契約に基づく仲介手数料ではなく、あくまでも本件合意に基づく違約金として支払われたものであることが明らかであり、本件四五〇万円の領収書及びその支払猶予を求める文書の記載も何ら右認定を左右するものではない。

三  そこで、本件合意が無効といえるかについて判断するに、前記事実経過に照らせば、控訴人は、本件合意を締結する以前に、被控訴人に対し、二度にわたり本件物件の売却の媒介を依頼して媒介契約を締結しており、被控訴人はその都度右媒介契約に基づき、東北電力に対する営業活動を行い、いずれも東北電力から控訴人の売渡条件での売買契約締結についての同意をとり、控訴人が翻意さえしなければ売買契約が成立することが確実な状況にまでこぎ着けていたのに、いずれも、東北電力及び被控訴人には何らの落ち度のない控訴人の一方的な都合による翻意により、契約成立に至らなかったものであり、これにより不動産仲介業者としての被控訴人の東北電力に対する信用がかなり低下したであろうことは容易に推測されるところである。してみると、右二度にわたる控訴人の一方的な売却中止は、それが直ちに被控訴人に対する債務不履行や不法行為を構成するものではないとしても、商道徳にもとるものであって被控訴人に対する背信行為であることが明らかであり、右によれば、被控訴人において、控訴人からの三度目の媒介契約締結の申入れを一度は拒否したことも無理からぬところであり、被控訴人が最終的に三度目の媒介契約締結に応じたのは、控訴人側で本件合意の締結を提案してきたからであることは明らかである(すなわち、三度目の媒介を引き受けて、またもや東北電力に営業活動をし成約直前までこぎ着けて、またも中止となった場合を想定すれば、被控訴人の不動産業者としての信用失墜は明らかであり、もはや控訴人を信用できなくなった被控訴人において、三度目の控訴人の翻意を防ぐためにも、何らかの担保を求めることは全く当然というべき状況にあったというべきであり、右担保があったからこそ、三度目の媒介契約に応じたものと考えるほかない。)。そのうえ、控訴人は、本件合意を締結しながら、またもや売買契約成立の直前に売却を中止しているのであって、右控訴人の行為は、それまでの二度の中止行為と比較しても、さらに被控訴人の不動産仲介業者としての信用を失墜せしめる背信性の強いものであったというべきである。にもかかわらず被控訴人が、四度目の媒介契約の締結に応じたのは、右時点で控訴人が本件合意に基づく違約金の支払義務を認めたうえでその支払猶予を求め、本件物件の売却等によりこれを支払う意向を示し、四度目の媒介契約の仲介手数料とは別個に四五〇万円を支払う意思を示しており、被控訴人においてこれを信頼したからであると解するほかない。他方、控訴人は、合板、金属、建設、精密等機械の修理及び部品製作等を業とする株式会社であり、資金繰りのためとはいえ、総額一億五〇〇〇万円にものぼる本件物件を処分しようとしていた商人で、自ら本件合意の締結を提案しているのであって、三度目に一方的な売買中止をなした場合には、仲介手数料相当額の違約金を支払わねばならないことを十分に承知していたものであり、そうであるからこそ、控訴人は、わざわざ二度にわたって念書まで出して支払猶予を求めたうえで、最終の媒介契約に基づく仲介手数料を支払った後に、任意にさらに本件四五〇万円を支払ったのであると解される。のみならず、控訴人は、四度目の媒介契約の締結申入れに際しても、被控訴人に対して、右媒介契約に基づく仲介手数料とは別個に四五〇万円の支払義務があることを自認し、右四五〇万円の支払のためにも本件物件の売却が必要であるなどとして、被控訴人に媒介契約の締結を懇請して右媒介契約の締結にこぎ着け、その結果として本件物件を希望どおりの価格で売却するに至っているのであって、そのような控訴人において、本件合意の効力を否定する行動をとることは、禁反言の原則に照らしても、到底許されないものといわざるを得ない。

以上によれば、一般的に本件合意のような合意が有効かどうかは別として、右本件合意成立に至るまでの本件の事情に照らすならば、少なくとも、右のような特殊事情において締結された本件合意については、到底民法九〇条違反といえないことは明らかであるし、本件合意は、宅建業法の制限を超えた仲介手数料を合意したものではなく、右制度を潜脱するためになされたものともいえないから、宅建業法違反ゆえに無効ということもできない。なお、控訴人は、本件合意につき、専任媒介契約約款一八条二項による無効の主張をしているが、本件合意は、前記特殊事情のもとにおいて、右約款が何ら規定していないことがらに関してなされた合意であるから、右無効の主張も理由がない。

四  以上検討したところによれば、被控訴人は本件合意に基づいて有効に本件四五〇万円を受領したものであって、控訴人に本件四五〇万円の不当利得返還請求権が存在しないことが明らかである。

なお、原判決の主文第一項においては、本件債務不存在確認請求訴訟の訴訟物が十分に特定されているとはいい難いものの、当事者双方の主張に照らして、本件訴訟物が不当利得返還請求権であることは明らかであるというべきである。

第四  以上によれば、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟物を明確にするために、原判決の主文第一項を本判決主文第三項のとおりに更正して、主文のとおり判決する。

(平成一〇年一月二六日口頭弁論終結)

(裁判長裁判官 守屋克彦 裁判官 丸地明子 裁判官 大久保正道)

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