仙台高等裁判所秋田支部 昭和24年(を)74号 判決 1949年11月30日
被告人
伊藤益太郞
主文
原判決を破毀する。
本件を秋田地方裁判所大曲支部に差し戻す。
理由
按ずるに(一)原判決はその理由中罪となるべき事実第二において所論の通り被告人が田口繁美等に向つて供米を三倍にする云々と申受けて同人等を威迫したと認定したが、その証拠として挙示したもののうち証人田口繁美に対する尋問調書中の供述記載をみると同人は被告人が右の通り申向けた頃にはその場に居合せず、炊事場に居たので被告人が右の樣に言つたのは聞かなかつたと述べて居り其の他の原判決列挙の証拠全部を精査しても田口繁美がその場に居たことや被告人の判示言辞を聞いたことを認め得る証拠は全然ない。原判決が被告人において田口繁美を威迫したと認定したのは所論の通り証拠によらないで事実を認定したものであり刑事訴訟法第三百七十八條第四号に所謂判決の理由にくいちがいがある場合に当るので論旨は理由があり此の点から原判決は破毀を免れない。
なお職権をもつて本件記録により原審の訴訟手続を調査するに、原審の裁判官はその第一回公判廷で檢察官請求の証拠調のうち檢証及び証人中有明市郞、斎藤庄治郞を除く外全部を採用する旨、また主任弁護人請求の証人中斎藤庄治郞、仲野谷福治を除く外全部を採用する旨決定を言渡しながら其の後檢察官及び主任弁護人請求の右証人有明市郞、斎藤庄治郞(双方申請)仲野谷福治については、何等採否の決定をせず、該証人三名の取調をしないまゝ弁論を終結し、他の原審取調の証拠に基いて原判決をなしたことを認め得る。
尤も原審第二回公判廷で裁判官は檢察官、被告人及び主任弁護人に対し他に取調を請求する証拠があるかどうかを尋ねたところ、檢察官は被告人の供述調書其他の証拠書類及び証拠物件の取調を求めただけで前記の証人については更に取調の請求をしなかつたし、また被告人及び主任弁護人は別に取調を請求する証拠はないと答へているのみならず裁判官が、檢察官、被告人及び主任弁護人に対し反証の取調の請求等により証拠の証明力を爭うことができると述べたのに右当事者双方は別に爭はないと答へたことを認め得るけれども此のことだけで檢察官、主任弁護人が前記の証人尋問の請求を抛棄したものとは認め難い。
原審は右の証人尋問の請求について、採否の決定をなすべきであつたのにこれをなさなかつた。此の点において原審の訴訟手続は法令に違反し、しかも此の違反は原判決に影響を及ぼすことが明であり且当裁判所において直に判決するに適しないものと認める。