仙台高等裁判所秋田支部 昭和24年(ネ)36号 判決
控訴代理人は当審において本訴請求中別紙目録記載の(イ)(ロ)田地につき秋田縣北秋田郡長木村農地委員会のなした農地買收計画の取消を求める部分を取り下げその余の部分について「原判決を取り消す右(イ)(ロ)田地について控訴人のなした農地買收計画取消請求の訴願に対し被控訴人が昭和二十三年一月二十四日になした右訴願棄却の裁決を取り消す訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は控訴代理人において、
一、本件訴状の原裁判所の受附印の日附が昭和二十三年六月三十日となつているが、本件訴状は控訴代理人において同月二十八日午後八時頃秋田地方裁判所の宿直室で同宿直係員に提出したのであり右訴状が翌二十九日右宿直係員より同地方裁判所民事部書記課に引き継がれその受附印がその翌三十日に押されたにすぎないのであり、本訴は法定の出訴期間内に提起受理されたものであり、
二、本件(イ)(ロ)田地について長木村農地委員会のなした農地買收計画の日は不明であるが、右買收計画に対し控訴人が異議の申立をしたのは昭和二十二年十一月十八日である、
三、本件小作調停成立の日から田地返還期限にいたるまでのいわゆる小作料なるものは、單なる遅延損害金の性質を有するものにすぎない、調停の結果合意解約が成立したが田地返還期限を猶予したのでその期間の損害金に該当し、新な賃貸借契約を基本とする賃貸料ではない、
四、被控訴人は訴願棄却の裁決理由において「当農地委員会はこれについて調査するに前掲(イ)(ロ)田地については小作調停で田地返還の契約が成立したのであることは事実である、しかしながら小作契約の解除解約にはたとえそれが合意によつて成立したものであつても農地調整法第九條の許可を要するものであり、本件解約は調停によつて成立したものであるがその効力要件である前記許可がない限り現に小作人が耕作しているのであるから自作地とは認められない」といつているのであつて、関係人が小作調停の成立と同時に前記小作契約を合意解約し田地返還の契約をしたものであることは全く控訴人の主張と一致し双方爭のない事実であるのに原判決は「右小作調停においては訴外人等に対する從前の小作契約について訴外川田善之助の分については昭和二十二年十一月末日、訴外熊田利市の分については昭和二十三年十一月末日とそれぞれ期限を定めることになつたにすぎないものと認むべきである」と説示し、訴願裁決の基礎について当事者に全然爭のなかつた事実を不法に変更し、進んで本件の爭点や被控訴人の訴願裁決理由を別異のものにするにいたつたのは全く違法の裁判といわなければならない、殊に小作契約を解除解約することなしに直ぐに小作地を返還するというような契約をするようなことはあり得ないことであり、原判決が本件小作調停調書の記載を前述のように解釈したのは実驗則に反するものといわなければならない、
五、本件小作調停は賃貸借契約を合意解約したが合意解約による田地の返還期限を猶予したにすぎないものであるが、仮にしからずして本件調停により賃貸借契約を締結したものとしても、右賃貸借は前述のような事情により前述のような趣旨の約定により成立したものであり、いわゆる一時賃貸借でありその期限の満了により当然右賃貸借が終了するから本件買收計画は違法である、
と陳述し、被控訴代理人において右控訴人附加陳述一の本件訴状提出に関する主張事実及び同様附加陳述四のように訴願棄却の裁決理由において被控訴人が合意解約を認めるような説明をしていることはこれを爭わないが、右控訴人附加陳述三の小作料の性質に関する主張事実及び同五の一時賃貸借の主張事実はこれを爭う、本件訴願棄却の裁決理由において控訴人主張のように説明したのは、右裁決理由書を素人が書いたための誤であると陳述した外、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用すると述べた。(立証省略)
四、理 由
別紙目録記載の(イ)(ロ)田地について秋田縣北秋田郡長木村農地委員会が第七回農地買收計画にこれを編入したので、控訴人が右(イ)(ロ)田地の農地買收計画に対し異議の申立をなしこれが却下されたので被控訴人に対し訴願したところ、被控訴人が昭和二十三年一月二十四日右控訴人の訴願を棄却する旨の裁決をなしたことは当事者間に爭のないところでありまた右買收計画に対し控訴人が異議の申立をしたのは昭和二十二年十一月十八日であり、右訴願棄却の裁決書が昭和二十三年五月二十九日控訴人に送達されたとの控訴人の主張事実は被控訴人において明らかに爭わないところである、よつてまず本訴の法定出訴期間内の提起かどうかの点について案ずるに、控訴人が前示認定のように昭和二十三年五月二十九日前示訴願棄却の裁決書の送達を受けたのであるから、特別の事情の認められない限り同日控訴人において右裁決処分のあつたことを知つたものというべくしかして本訴は自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第四十七條の二により、控訴人において右処分を知つた日から一箇月以内に提起しなければならないものであるところ、本件訴状に、秋田地方裁判所民事部の右法定期間満了の翌日である同年六月三十日附受附印が押捺されているが、本件訴状は、控訴代理人において同月二十八日午後八時頃秋田地方裁判所宿直室で同宿直係員に対しこれを提出し、同宿直係員から翌二十九日同地方裁裁所民事部書記課にこれを引き継いたがその受附印はその翌三十日に押されたものであることは当事者間に爭のないところであり、右爭のない事実に、本件記録編綴の右同月二十八日の同地方裁判所宿直係員(現在秋田地方檢察廳檢察事務官)鈴木三夫作成の「同人が同日午後八時頃右秋田地方裁判所宿直室で控訴代理人から本件訴状の提出を受けこれを受け取つて翌二十九日右訴状を同地方裁判所民事部書記課に引き継いだことを証明する」との書面を綜合するときは、本訴は法定の出訴期間内に原裁裁所に提起し受理されたものであることを認定するに十分である、
よつて次に本案について本件小作調停の成立事情等について案ずるに、成立に爭のない甲第一乃至第四号証原審証人川田善之助同熊田喜一の各証言及び同田堰亮五郎の証言の一部(後記措信しない部分以外)を彼此綜合考察するときは、控訴人が、訴外川田善之助に対し約二十年前より控訴人所有の北秋田郡長木村雪沢字大平下五十九番田一反二畝二十歩、約十年前よりその所有の本件(イ)田地を又訴外熊田利市に対し約二十年前よりその所有の本件(ロ)田地を、いずれも賃貸小作させて來たところ、終戰後控訴人家においては控訴人の子息三名が復員し、それぞれ農業により独立の生計を立てなければならない事情に迫られて來たので、右川田善之助及び熊田利市に対し右小作田地の返還方を請求し、殊に川田善之助に対しては、同人において都合が惡いときはせめて右大平下五十九番田地のみでも返還せられたいと請求したところ、同人において大平下五十九番田地は今返還困難であるから本件(イ)田地を返還するといいこれが返還を承諾したので、控訴人が同人の言を信じて右(イ)田地の耕作準備をなしたところその後書面で返還を拒絶され又熊田利市に対しても本件(ロ)田地の返還方を請求していたが前同様円満解決が困難だつたので、控訴人は当初右(イ)(ロ)田地の返還請求訴訟を提起しようとし弁護士田堰亮五郎に委任したが、同弁護士の意見により小作関係事件でもあり昭和二十一年四月二十三日大館区裁判所に対し小作田地交換調停事件として、換地を提供して右(イ)(ロ)田地の即時返還の調停を求める旨の申立をなしたこと、右調停事件は川田善之助に対する同区裁判所同年(セ)第三八号事件、熊田利市に対する同第三七号事件として、いずれも四、五回調停委員会を開催し、種々調停勧告をし、当初川田善之助及び熊田利市において容易に應じなかつたが同人等の依頼していた労働組合の川田雄二郎にも出席してもらい同年五月三十日の調停委員会においてその調停は成立したのであり、その成立した調停條項の文言は、右第三八号事件として川田善之助との間に成立した分は
一、控訴人は川田善之助に対し本件(イ)田地を昭和二十一、二年限り從前どおりの條件で小作させること但し昭和二十一年の小作料を免許すること
二、川田善之助は控訴人に対し右(イ)田地を昭和二十二年十一月末日限り何等の催告をも要しないで引き渡すこと
三、控訴人は右(イ)田地の引渡を受けたときはこれが換地として長木村雪沢字楢ノ木岱十三番ノ一田一反一歩等田地四筆合段別二反一畝十歩を昭和二十二年十二月一日より小作させることとし同日これを引き渡すこと但し小作條件は右引渡の際双方協定すること
又右第三七号事件として熊田利市との間に成立した分は
一、控訴人は熊田利市に対し本件(ロ)田地を昭和二十一年より昭和二十三年まで從來どおりの條件で小作させること但し昭和二十二、三年の小作料を免除すること
二、熊田利市は控訴人に対し昭和二十三年十一月末日何等の催告を要しないで右(ロ)田地を引き渡すこと
と明記しており、右のような調停條項の成立を見たのは、控訴人は換地を提供して直ぐにも返還を受ける意向であつたが、当時川田善之助及び熊田利市においても耕作準備をしていたので、昭和二十一年度一箇年だけはいたし方なく小作させることを主張したのに対し同人等がどうしても更に相当期間小作させてくれと主張したため結局前記のような期限を附して更に賃貸小作させることの契約をしたのであり、且つ川田善之助には換地を小作させることを條件としたので熊田利市より期限を一箇年早くしたのであること及び右調停がいずれも認可されたことを認定することができる、しからば本件調停は、控訴人においてその子息が農業により独立の生計を立てなければならない事情に迫られ古くから本件(イ)(ロ)田地を賃貸小作させていた川田及び熊田に対しそれぞれ換地を提供して小作田地の即時返還方を請求し種々調停の結果成立したものであり、川田善之助との間に成立した調停の合意は、本件(イ)田地について更に賃貸借を締結し、その賃貸期限を昭和二十一、二年度の二箇年としそれまで從來どおりの條件で賃貸小作させ但し昭和二十一年度の小作料を免除し、その後は換地を賃貸小作させることを條件として右(イ)田地の賃貸借期間を更新しないで昭和二十二年十一月末日限り賃貸借関係を終了させて右(イ)田地の引渡を受けるとの趣旨等の契約であり又熊田利市との間に成立した調停の合意は、本件(ロ)田地について前同様更に賃貸借を締結し、その賃貸期限を昭和二十一年度から昭和二十三年度までの三箇年としそれまでは從來どおりの條件で賃貸小作させ但し昭和二十二、三年度の小作料を免除し、その後は右(ロ)田地の賃貸借期間を更新しないで昭和二十三年十一月末日限り賃貸借関係を終了させて右(ロ)田地の引渡を受けるとの趣旨の契約であると解するのを相当とする。
控訴人は、本件調停の措辞が不正確であり、その趣旨は賃貸借の合意解約であり、小作料というているのは損害金の性質を有するものにすぎないと主張し、原審証人田堰亮五郎は右合意解約の主張に副う証言をしているが、右証言部分はにわかに措信することができない、本件訴願棄却の裁決理由において被控訴人が右控訴人主張の合意解約を肯定していることは当事者間に爭のないところであり、右事実は一應この点に関する判断資料であり、本訴は右裁決処分の取消を求めるいわゆる抗告訴訟ではあるが、右合意解約であるとの見解は前示認定のように事実に反するものであり、又裁決手続は行政廳の行政処分手続でありこの手続が訴訟提起の前提となつているところから抗告訴訟といわれているのであるが、結局訴訟手続以前の手続にすぎないのであり、このような手続中において被控訴人が誤つて合意解約を承認したからといつて、被控訴人の裁判上における自白のような効力があるわけでもなく前示認定の妨げとならない、本件調停條項中に田地の引渡のことをいうているのは、前示認定のように更になした賃貸借の賃貸期間を更新しないとの合意によるものである、かく解してこそ條項の全文を矛盾なく理解することができる。控訴人はこれを合意解約によるものと解し、その趣旨に副わない大部分の條項文詞を措辞不正確なりと非難するのは正しい解釈態度ではない、その他控訴人の全立証によつても前示認定を覆えし控訴人の主張事実を肯認するに足らない。
しかして前記本件(ロ)田地に関する熊田利市との間の調停において成立した賃貸借は、前示認定のように賃貸期限を僅かに三箇年とし昭和二十三年十一月末日限り更新しないで引き渡すことを約定し、しかも右期限は控訴人の讓歩の結果であり、特に調停條項においても右期限が到來したときは何等の催告をも要しないので引き渡すべきことを明言しているのであるから、右は昭和二十四年法律第二百十五号による改正前の農地調整法第九條第二項但し書にいわゆる特別の事由により一時賃貸借をなしたことが明らかな場合に該当するものといわなければならない、原審証人川田善之助及び同熊田喜一は、熊田利市において内心調停條項の約旨に從つて田地を引き渡す意思がなく農地法の改正により引き渡さなくともよくなることを予期し一應承諾したかのような証言をしているが、熊田利市がその眞意に反して調停に應じたとしても当時控訴人において同人の眞意を知りながら右調停に應じたことの主張立証のない限り、同人の内心の意向がどのようであつても調停條項の趣旨に基く効力の発生を妨げない、この前記改正法律施行前のいわゆる一時賃貸借には法定更新に関する右改正前の同條第二項本文の適用のないことは同項但し書により明らかであり、又更新拒絶に関し同條第一、三項の適用もないから、かかる賃貸借は予め更新拒絶の通知をすることを要しないで期間の満了により当然に終了するものであり、本件(ロ)田地の一時賃貸借は昭和二十三年十一月末日限り当然に終了すべかりしものといわなければならない。
よつて次にかかる一時賃貸借農地買收計画の適否について案ずるに控訴人が前示農地買收計画に対する異議の申立をしたのは昭和二十二年十一月十八日であるから、自創法第六條第五項第七條第一項により推測される右買收計画当時において、本件(ロ)田地が一時賃貸借により熊田利市の小作する控訴人の小作田地であつたのは勿論、被控訴人の訴願棄却の裁決当時も又控訴人の小作田地であつたが、その後本訴の第一審繋属中賃貸借関係が終了し控訴人の自作し得べき農地に帰したるべきものであり、若し買收できるものとすれば將來自作地になるべき農地を態々自創法による買收手続を待つて自作農を創設しようとすることとなるからこの点について審究するに、まずこの点の判断に当つて考慮すべきことは、農地買收は、終戰後の日本に民主的社会を創設するための先決要件として不可欠の至上命令として連合国よりその嚴正且つ果断な実施を要求されている農地改革の一環をなし、昭和二十年十二月九日附連合軍の最高司令官の農地改革に関する覚書及びその後昭和二十一年六月対日理事会における論議の趣旨に基いて制定された自創法によつて実施されているものであり、同法第一條にも、自作農を急速且つ廣汎に創設しもつて農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的とすると宣言しているのである、すなわち農地買收は占領下におかれた日本において嚴正且つ果断に実施を要求され急速且つ廣汎に創設することを宣言している事業であり、この趣旨により買收対象の農地は廣く同法第三條第一項に規定した外、同條第五項の都道府縣農地委員会又は市町村農地委員会が買收適地と認めるものをも加え、しかも昭和二十二年法律第二百四十一号により改正前の同法附則第二項同法施行令第四十三、四條、右改正後の同法第六條の二により、第一次農地改革が発表された昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基いて買收するいわゆる遡及買收をも認め、右第三條第一項の原則の例外として買收しない農地を同法第五條各号の場合に限定し廣汎に買收すべき規定を設けており、又同法施行令第二十一條に農地の買收及び賣渡を昭和二十三年中に完了すべく、賣渡計画自体同年十月三十一日までに完了すべきことを規定しており、このような自作農創設事業の基本をなす農地買收計画を民主的に構成された農地委員会に実施させることとし農地委員会はこの急速且つ廣汎の自作農創設事業遂行のため重大な権限を賦與され前記法令等の命ずるところによりこの事業の完遂のため努力しているのであり、かかる農地委員会のなした処分といえども、純然たる自由裁量に属するものでない限り、その適否について司法裁判所の判断を受けなければならないのは勿論ではあるが、これが判断に当つてはこの点の法令の目的その他の事情を考慮することがなければならないのは当然である、この点の考慮の下にまず本件(ロ)田地の一時賃貸借が自創法第五條により買收を免るべき農地に該当するかどうかを観るに、同條各号中第六号以外の場合に該当しないことが明白であるから、右第六号の場合に該当するかどうかを檢討するに、同号所定の場合はまず自作農がその所定の事由によつてその自作地につき自ら耕作の業務を営むことができないため賃貸借又は使用貸借により一時その自作地を他人の耕作の業務の目的に供した場合であることを要ししかして右にいわゆる自作農は同法第二條第四項により定義されているとおり自作地につき耕作の業務を営む個人に限定されているから、本件(ロ)田地の一時賃貸借は、前示認定のように控訴人が古くから賃貸していた小作田地の返還調停事件において成立したものであり、右調停成立当時の控訴人を右にいわゆる自作農というを得ないのみならず、右第六号後段所定の市町村農地委員会に関する要件を具備するかどうかについては、前示認定事実により控訴人方において近く自作するものとは認められるが、控訴人の自作を相当とするかどうかについては、前示のように終戰後子息三名の復員により労働力を増加したことは推知し得るが、控訴人方及び熊田利市方の耕作業務の適否等により本件(ロ)田地を控訴人が耕作した方がその農地の生産性を高め且つ熊田利市方に右(ロ)田地を手放すことを許すべき事情のあること等については、何等控訴人の主張立証がない、本件一時賃貸借が調停委員会における調停の結果成立したものではあるが当時の調停委員会は昭和二十四年法律第二百十五号による改正前の小作調停法第二十九條第二項により指定された委員により構成された委員会であり、調停の結果成立したことの一事をもつて直ちに控訴人の自作を相当とすべきものと即断することができない、却つて原審証人川田善之助及び同熊田喜一の各証言によれば現在控訴人は田地二町五反歩余畑一町五反歩余を自作していること、本件(ロ)田地は元畑地であり熊田利市が控訴人の所有となる以前から畑地として小作し、水利の便がよくなつてから田地となしその後田地として小作して來たものであり、前示のように調停の結果一應三箇年と定めたがその期間中に又控訴人に願つて小作させてもらう所存だつたことが認められ又控訴人の本件調停申立の動機は、前示認定のとおりであり、すなわち控訴人が現に合計四町歩余の自作地を耕作しながらその子等に分家仕分するために本件田地の返還を求めているものというを得べく、これ等の事情に徴すれば容易にその自作を相当とするものというを得ないことを窺うことができる、結局自創法第五條第六号の場合に該当するものというを得ないから同條により買收を免れ得べき農地であるというを得ないものといわなければならない。又次に一時賃貸借農地といつてもその賃貸借期限は常に必ずしも一、二年とは限らないから前述のように急速且つ廣汎に自作農を創設しようとする自創法の趣旨から同法第五條第六号の場合に該当しない限りこれを買收対象以外に放置することは許さるべきことではない、勿論一時賃貸借農地を買收しても買收計画の公告の効力としては同法第四十二條により土地の現状変更禁止の効力があるのに留まり、これにより一時賃貸借の期限の到來により当然生ずべき賃貸借関係終了の効力の発生をも阻止することはできないのであり、その期限が到來するときは賃貸借関係が終了するのであり從つて一時賃貸借農地の買收計画はこのような將來生ずべき権利関係を度外視してなされたものではあるが、このようなことは自創法の当然予想したところであり、いわゆる遡及買收の場合においては將來の権利関係ではなく、現に存する権利関係を度外視して買收処分を実施するのであることを思えば何等異とするに足らないであろう、結局單に一時賃貸借農地なるが故をもつて当然買收対象から除外さるべきものというを得ない。
以上の理由により本件(ロ)田地についてなした前示長木村農地委員会の農地買收計画には何等違法ありというを得ず又前示被控訴人の訴願棄却の裁決も又、本件調停により合意解約が成立したとしこれに地方長官の許可を要するものとした点は失当であるが、結局右買收計画に対する異議申立却下に対する訴願を棄却したのは相当であり何等控訴人主張のような違法ありというを得ない。
次に本件(イ)田地に関する川田善之助との間の調停において成立した合意について案ずるに、川田善之助との間の合意は、前示認定のように本件(イ)田地の賃貸期限を昭和二十一、二年度の二箇年としそれまでは從來どおりの條件で賃貸し、その後は換地を賃貸小作させることを條件として賃貸借期間を更新しないで昭和二十二年十一月末日限りこれを引き渡す趣旨の合意であり、しかして右換地の賃貸借については、右調停成立当時は、昭和二十一年法律第四十二号による改正前の農地調整法第六條第三号により、川田善之助の耕作の目的に供するために賃借権を設定する場合であるからこれにつき右改正前の同法第五條所定の地方長官又は市町村長の認可を要しなかつたこと控訴人主張のとおりであるが、右換地の引渡期限前である昭和二十一年十月二十一日右法律第四十二号により右第六條第三号の規定が廃止され、同年十一月二十二日から右改正法律が施行されたがその附則第二項により、右改正法律施行前從前の第六條第三号により從前の第五條による認可を受けないでした農地に関する契約で当該契約にかかる権利の設定又は移轉に関する登記及び当該農地の引渡のいずれも完了していないものには、改正後の第四條を適用することを明言しているから、前述のように期限前でありその登記はもとより引渡を了しないことの明白な本件換地の賃貸借の場合にも右改正後の第四條の遡及適用があるものであるところ、右改正後の第四條第一項によれば、農地の賃借権の設定等は、命令の定めるところにより当事者において地方長官の許可又は市町村農地委員会の承認を受けなければなすことができず、又同條第三項によれば、第一項の許可又は承認を受けないでなした行爲はその効力を生じないと規定しており、本件換地の賃貸借について右地方長官の許可又は市町村農地委員会の承認を得ていないこと弁論の全趣旨により認められるところであるから、本件換地の賃貸借の合意は右改正法律の施行された昭和二十一年十一月二十二日以降無効といわなければならない、從つて同日以降、これを條件とした本件(イ)田地に関し更になした賃貸借の期間を更新しないで昭和二十二年十一月末日限り賃貸借関係を終了させて引き渡すとの趣旨の合意部分の無効となるのはもとより、この部分も無効となるものとすれば、前示認定の調停成立事情に照し、本件(イ)田地に関し調停において成立した合意全部が無効となるものといわなければならない、控訴人は、調停が認可され確定判決と同一効力を有するようなになつた後において法律の改正があつても既に成立した調停の効力に影響がないとの主張をするが、調停は、調停委員会における調停勧告により成立しその内容條件は当事者の合意により確定されるものであるから、その実質は私法上の契約の性質を有するものといわなければならない、しかして私法上の契約が一般に農地調整法の制限に服すべきは当然であり、当事者の合意が調停による場合においてもその例外ではない、從つて調停の場合であつてもその当時農地調整法により一般に要すべき重要な要件を欠くときはその合意は当然に無効であるといわなければならない調停成立後において農地調整法の改正により制限を受くべきこととなつた場合も同様であり、その調停の認可された場合とても同様である、認可された調停が裁判上の和解と同一の効力を有し結局確定判決と同一効力を有するといわれるのはその調停が有効に成立したときの効力である、しかして本件(イ)田地に関する調停の合意は、前示のように控訴人の買收計画に対する異議申立の日から推測されるその買收計画当時においては、まだ換地の賃貸借について地方長官の許可等を要件とする改正法律の施行前であるからこの点に関する瑕疵を認められず、右(イ)田地に関して更になした賃貸借により川田善之助の小作する控訴人の小作地であつたが右賃貸借が自創法第五條第六号の場合に該当しないことは本件(ロ)田地に関する調停のこの点に関し前段説明したところによつて明らかであるから、結局前示長木村農地委員会が右(イ)田地についてなした買收計画を違法なりというを得ないのみならず、前示被控訴人の訴願棄却の裁決当時は本件(イ)田地に関する調停の合意は結局全部無効に帰したものというべく、しかして一般に農地の賃貸借はその賃貸借期間が満了しても法定の更新拒絶の通知をしない限り当然に終了するようなことがなく從前の賃貸借と同一條件で更に賃貸借をなしたものと看做されるから、右裁決当時右(イ)田地は依然川田善之助の小作する控訴人の小作地として賃貸借関係が継続していたものといわなければならず、なお仮に調停の合意が全部無効とならず換地の賃貸借を直接條件とした部分のみ無効となり昭和二十一、二年從來どおりの條件で賃貸するとの部分は有効であるとしても、この有効部分のみの合意はその賃貸期限が短期ではあるがこれをもつて直ちにいわゆる一時賃貸借ということを得ず、この場合は前記改正前の農地調整法第九條第四項の適用があり、結局全部無効の場合と同一に帰するから右裁決は、前段説明のようにその理由において失当の点もあるが結局訴願を棄却したのは相当であり、何等控訴人主張のような違法ありというを得ない。
以上控訴人の本訴請求はその理由がないからこれを棄却すべく、これと同趣旨に出た原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないから民事訴訟法第三百八十四條によりこれを棄却し、訴訟費用の負担について同法第九十五條第八十九條に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 百武一 村上武 浜辺信義)
(目録省略)