仙台高等裁判所秋田支部 昭和29年(う)176号 判決
一、論旨は本件放火は焼毀の結果を生じていないとして原判決の事実誤認を主張する。
しかし所論援用の原判決挙示の原審受命裁判官の検証調書中長谷川政雄の指示部分には「押入れのこの辺(附属図面赤色表示のタル木)に横(南北)に渡したタル木がありこれに火がつき一面に赤くなつていた床板裏は余り気をつけぬが、火がついていたことははつきり見えた」旨の記載があり同証人の原審受命裁判官に対する証人尋問調書中には「六尺ものタル木のうち二尺五寸か三尺位が赤くなつて焼けていた」旨の記載がありこれらの記載と原判決挙示の鑑定書及び床板四枚(証第四号)根太一本(証第五号)を合せ考えるとき本件住家の押入床下の根太及び床板の一部が焼毀されたことを認めるに充分である。
二、所論は右鑑定書が発火点近くの押入前床板の踏破り破壊によつて開口を造つたことは床下における燃焼ガスの逸出と空気の流通を良好ならしめ床板(証第四号)及び根太(証第五号)が独立燃焼するための条件となつているといつている部分を採り上げ、右開口は発見者長谷川政雄が造つたもので被告人の行為とは関係がないのであるからこの開口作出を独立燃焼の条件として考慮することは許されないと主張する。
原審受命裁判官の検証調書、並びに当審証人長谷川政雄、同キヨヱの当公廷における各供述(第四回公判)によれば、長谷川政雄、同キヨヱ等は原判示日の午後八時頃自宅住居において油性物の焼けるにおいを感得し火の不仕末による出火に非らずやとの懸念から屋内諸々を調査したが何等異状を発見することができぬうち、右においはいよいよ激しくなつたので午後九時ごろ同家仕事場の床板の巾一尺五寸位長さ一間位の部分を開いて床下を調べたが右異様なにおいの原因を探し当てることができず、その後、右床板を開放したままにしておき二、三度同様調べているうち午後十一時頃に到りキヨヱが右床板の開口が赤くなり床下から火が出ているのを発見し政雄が同仕事場北側に接した寝室押入れ床下に内容物が燃えている桶(証第一号)を認め直ちに消火の必要上右押入前床板を巾一尺五寸長さ三尺位踏み破り開口を造り同所から右桶を取り出すと共に押入の床板に注水して消火したことが認められる。以上のように家屋床下内部に燃焼物がある場合において、右の如く床板を開き又はこれを踏破つて開口を造るときは、燃焼物の燃焼力を強めるに有利な条件として作用するものであることは吾人の経験に徴し明らかであつて、所論鑑定書もこの理を説き右二個の床板開口作出が燃焼の好条件となつたため床板(証第四号)及び根太(証第五号)は独立燃焼の状態に在つたと判断しているに外ならない。しかして右認定のとおり床板踏破りによる開口の作出は作出と同時に消火していることにかんがみこれが燃焼に有利に働いたことは殆ど無視して妨げないものといい得べきであるのみならず、(当審第二回公判調書中証人堀川秀一の供述記載によると右の条件を考慮せず他の床板開放の条件だけを考慮しても鑑定結果に影響ない。)本件のように住家の床下に油の燃焼による放火の装置を施した場合において、前叙の如く家人が油の燃えるにおいを感じ床板を開いて床下を調べるとか発火点を発見して消火すべく緊急の措置として発火点近くの床板を破壊し開口を造るが如きことは通常一般人の予想し得られるところであつて、かかる他人の過失又は緊急行為としての開口作出が被告人の放火行為に介入競合して住家床板等を焼毀する結果を生じたときでも、被告人の放火行為と右焼毀との間に因果関係を認めるのを相当とするから被告人の放火行為が既遂に達したか否かを判定するには右二個の開口作出を考慮すべきは当然であつて右鑑定書が右二個の開口作出を本件床板根太が独立燃焼の域に達したことの条件として考慮し、原判決がこの鑑定書を採つて本件放火につき既遂認定の資料としたことは正当で原判決には所論のように被告人の放火行為に関係のない条件を考慮した判例の趣旨に違反する鑑定結果を採用した違法は存しない。論旨はいずれも採用できない。
(裁判長裁判官 中兼謙吉 裁判官 岡本二郎 裁判官 兼築義春)