仙台高等裁判所秋田支部 昭和29年(ネ)194号 判決 1955年12月26日
控訴人 長谷川長蔵 外二五名
被控訴人 佐藤多吉 外一一名
補助参加人 山下勇太郎 外一名
主文
原判決を取消す。
青森地方裁判所鯵ケ沢支部昭和二十八年(ヨ)第一四号仮処分命令申請事件につき、同支部が同年十一月五日なしたる仮処分決定は、控訴人等に於て被控訴人等に対し合計金十万円の保証を立てることを条件として、之を取消す。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の連帯負担とする。
事実
控訴人等代理人は「原判決を取消す、被控訴人等の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする」旨の判決を求め、被控訴人等代理人に控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、被控訴人代理人に於て、本案前の抗弁として、控訴人等と共に共同被申請人として本件仮処分命令を受けた補助参加人長谷川行は控訴人等と共同して本件仮処分の取消を申立てていながら、同人に対する仮処分の関係をそのまゝにして、控訴人等だけで本件仮処分の取消を求めることは不適法である。本案について、本件仮処分により保全せられる被控訴人等の権利は原判決添付目録記載の森林及び試植林(以下単に本件森林と称する)について被控訴人等が有している入会権に基ずく収益を為す権利であると述べ、控訴人等代理人に於て、控訴人等は特別事情を理由として本件仮処分の取消を求むるものにして、その特別事情とは、被控訴人等の右被保全権利が終局に於て金銭的補償を得ることにより目的を達し得られるものなること及び本件仮処分を維持することにより甚大な社会的損失が惹起せられることの二点を主張するものである、と述べたる外は、すべて原判決摘示の通りであるから、之を引用する。(但し、原判決五枚目裏三行目中「片附くかわからない。長期に……」とあるは「片附くかわらない長期に……」の、同六枚目裏終りから三行目下段「かけることには」とあるは「かけるとは」の同七枚目表六行目中「被申立人等の例から……」とあるは「被申立人等の側から……」の、同十枚目裏終りから三行目下段「種材」とあるは「特殊材」の、同十一枚目表一行目上段「本計の如き……」とあるは「本件の如き……」の、同三行目上段「伐採より……」とあるは「伐根より……」の、同十一枚目裏七行目中「処分は……」とあるは「仮処分は……」の同十二枚目表終りから五行目「本件立木の素材、伐採販売……」とあるは「本件立木がもともと伐採販売……」の、同終りから四行目下段以下三行目上段にかけて「保安林である。特殊事情は……」は「保安林である特殊事情は……」の、各誤記と認める)。
補助参加人等代理人は、補助参加人等は本件森林につき控訴人等と同一の共有権を有し本件訴訟の結果について利害関係を有するから、控訴人等を補助するため参加申立に及ぶと述べた。
<立証省略>
理由
先ず、被控訴人等主張の本案前の抗弁につき判断するに、本件仮処分が補助参加人長谷川行及び同山下勇太郎の二名をも共同被申請人としてなされていることは後記の通りであつて、右長谷川が当初より本件訴訟の当事者に加わつていないこと及び右山下が原審に於ては控訴人等と共に当事者となつていたが当審に至つて当事者となつていないことは一件記録に照し明白である。しかし、本件の如く数人の申請人と数人の被申請人との間に入会権確認等請求事件についてその執行保全のため松立木の処分を禁止するという趣旨の一個の仮処分決定がなされた場合でも、右仮処分決定の取消を求める訴訟は必ずしも被申請人の全員が共同して之を提起することを必要とするものではなく又右仮処分当事者全員の間の権利関係が合一にのみ確定しなければならないという法律的要請ある場合にも該らないものと認めるべきであるから、本件訴訟を以て所謂必要的共同訴訟と目すべきではない。したがつて右長谷川及び山下の両名が前記の如く控訴人等と共に本件訴訟の当事者に加わつていないからといつて、本件訴訟を不適法として却下すべきではない。又控訴人等が本件判決を得ても、その執行力は本件訴訟の当事者たる控訴人等及び被控訴人等以外の者には及ばないのを原則とするから、本件仮処分は右の範囲に於て取消されるにすぎないのであつて、補助参加人等と被控訴人等との関係に於ては尚有効に存続することも亦当然の理である。したがつて、本件仮処分が本件判決によつて全面的に取消されるとの見地からする被控訴人等の非難は当らないというべきである。尤も本件森林の立木は本件仮処分決定が執行された結果、現に執行吏に於て之が占有をなしていることは弁論の全趣旨から明らかであるから、控訴人等が本件判決を得ただけでは直ちに最終的には所期の目的を達し得ないこと前段説示から明白であるけれども、前記長谷川及び山下の両名と被控訴人等との間に於て後日本件仮処分の取消について何等かの解決(例えば別訴又は示談による)がつけば、控訴人等の目的も結局達せられることになるのであるから、本件訴訟の利益がないということはできない。更に被控訴人等は民法第二百五十一条を根拠として、他の入会権者である右長谷川等の同意なくしては本件の如き仮処分の取消を求むる訴訟は之を提起し得ない旨主張するけれども、その仮処分の取消を申立てるが如き行為は同法条に所謂共有物に変更を加える場合に該らないと解すべきであるから、右主張も採用できない。
よつて進んで本案につき判断する。
控訴人等、補助参加人等計二十八名を被申請人、被控訴人等十二名を申請人とする青森地方裁判所鯵ケ沢支部昭和二十八年(ヨ)第一四号仮処分申請事件につき、同庁が昭和二十八年十一月五日本件森林の立木につき控訴人等主張の如き内容の仮処分決定をなしたること及び右仮処分により保全せんとする被控訴人等の権利が本件森林について被控訴人等が有する入会権に基ずく収益権なることは当事者間に争がない。
よつて被控訴人等の右被保全権利が金銭的補助を得ることにより、その終局の目的を達し得るものであるか否かについて按ずるに、成立に争なき疏甲第一、第七号証、疏乙第二、第七号証の各記載、原審に於ける証人長谷川伝三郎、控訴人本人長谷川長蔵、同佐藤粕太郎、同山下久一、同佐藤甚助、同佐藤善蔵、被控訴人本人佐藤良吉、当審証人山下文作の各供述を綜合すると、本件森林は古くより防風防砂の目的で育成されたものに係り約百十年前津軽藩より広岡村に払下げられ爾来広岡村中の入会山として同村部落民に於て前記目的を害しない範囲に於て薪炭材等の採取をなし来つたが、明治初年の頃地租改正により右広岡村は他村と合併の結果、青森県西津軽郡越水村となり旧広岡村の地域は同村大字越水と呼称せられるに至つたけれども、右大字越水の地域はその後に於ても依然として広岡部落と称せられ、同部落民に於て平等の割合を以て本件森林について補植、根払その他の管理の労務に服する反面、本件森林より生産される松、雑木等を薪炭材料として分配収益し来り、右慣習は近年に至つても存続し、昭和二十一年頃及び昭和二十三年頃にも本件森林から松立木等を伐採し主に薪炭用として右部落民に於て分配したること及び控訴人等及び被控訴人等が右広岡部落の住民であること、以上の事実を一応認めることができ、右認定を覆えすに足る疏明方法は存しない。
以上の事実に徴すると、被控訴人等の前記被保全権利は、本件森林から生産される薪炭用材等につき右広岡部落民として収益分配を受けることを内容とするものであること明白であるから、被控訴人等の右被保全権利は金銭的補償を得ることにより、その終局の目的を達し得るものと断定するに差支えない。右と所見を異にし被控訴人等の右権利が金銭的補償を以ては目的を達し得ないとなす被控訴人等の主張は排斥する。
被控訴人等は若し本件仮処分が取消されるに於ては、控訴人等が本件森林の立木を自由に処分し、被控訴人等の前記権利を侵害した場合に於て、被控訴人等が控訴人等に対し之が損害賠償の請求をなすに当り、その損害額の立証が著しく困難であるから、本件仮処分の取消は許されない旨主張するけれども、本件に顕われた全疏明方法によるも此の点の事実を疏明するに十分ではない。のみならず、本件森林が保安林の指定あるものであることは当事者間に争がないのであるから、本件森林の立木の伐採については森林法所定の厳重な制限があり、県知事の許可がないと自由に伐採し得ないこと明白なるを以て、本件森林から伐採せられる立木の種類、本数、材積等についての立証方法は通常山林に比し却つて容易であると認められるから、被控訴人等の右主張も採用できない。
而して仮処分により保全せらるべき権利が金銭的補償を得ることにより、その終局の目的を達し得る場合は民事訴訟法第七百五十九条に所謂特別の事情あるときに該当するものと解すべきものなるを以て、控訴人等の本件申立は爾余の争点についての判断をなすまでもなく正当にして之を認容すべきものとす。右と見解を異にし本件申立を棄却したる原判決は失当にして取消を免がれざるものである。控訴人等は当審に於て控訴の趣旨として原判決を取消す、被控訴人等の請求を棄却する旨の判決を求めているけれども、右は結局原判決を取消し、本件仮処分決定を取消す旨の判決を求める趣旨と解せられるから、控訴人等をして被控訴人等に対し金十万円の保証を立てしめて、本件仮処分決定を取消すを相当とする。
よつて民事訴訟法第三百八十六条、第八十九条、第九十六条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 松村美佐男 浜辺信義 兼築義春)