仙台高等裁判所秋田支部 昭和30年(う)10号 判決
論旨は原判決が準強盗致傷罪の公訴事実に対し窃盗及び暴行の二罪を認めたのは事実を誤認し、法令の適用を誤つたものと主張する。よつて窃盗犯人たる被告人が逮捕を免れるため、杉沢正枝に対し暴行を加え傷害を与えたか否かについて検討する。
窃盗犯人が現場において発見せられ、発見者自身から逮捕されるのを免れる目的で同人に対し逮捕の攻撃力を抑圧するに足る暴行を加える場合が準強盗罪の成立する普通の事例といえるのであるが、発見者自身による逮捕を免れるため同人に暴行を加える場合でなく、発見者が騒ぎ立てこの結果他人から逮捕されるのを免れるため、発見者に対し同人が騒ぎ立てることを不可能ならしめる暴行を加えた場合においても、その暴行が社会通念上一般に発見者自身から予期される逮捕行為を抑圧するに足る程度のものである限り、準強盗罪の成立あるものと解するを相当とする。
本件についてこれをみるとき、原判決の挙示する証拠並びに当審で取調べた診断書及び当審証人杉沢正枝の供述によれば、被告人は原判示杉沢嘉助方において現金等を窃取した後、さらに喫煙用のマツチを窃取せんとした際、誤つて就寝中の杉沢正枝(二十五年)の足許に躓いたため、この衝撃により同女が頭をもたげ、起上る様子をしたので同女から発見されたと思い込み、同女が起き上り大声を発して騒ぎ立てるときは別室に就寝中の家人等が馳せきて同人等から逮捕されるのを免れるため、とつさに同女の右側に身を倒してその身体を押えつけると共に両手で同女の口辺を強く圧して暴行を加え同女が起き上ることも大声を発して騒ぎ立てることも不可能ならしめ、右暴行により、同女の上口唇部に全治まで約三日を要した挫傷を与えた事実を認めることができ、右暴行は社会通念上一般に正枝が逮捕行為に出たであろう場合において同女の逮捕の攻撃力を抑圧するに足る程度のものとみるを相当とするから、右被告人の所為は準強盗致傷罪に当るものといわねばならない。原判決が準強盗致傷の公訴事実に対し窃盗と暴行の二罪を認めたのは事実を誤認したか法令の解釈を誤つたものというべく右違法は判決に影響すること明らかであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
よつて量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条第三百八十二条により、原判決を破棄し同法第四百条但書により更に判決する。
罪となるべき事実
被告人は昭和二十九年九月二日午前二時頃秋田県鹿角郡花輪町下花輪七十八番地杉沢嘉助方において、同人所有の出刄庖丁一丁、現金二百円及び杉沢正枝所有の現金五十円を窃取し、一且帰りかけたがふとさらに喫煙用のマツチが欲しくなり、机上からこれを窃取しようとして、そこに就寝中の右正枝の足許をまたいだとたん誤つて同女の足に躓いたためこの衝撃により同女が頭をもたげ起き上る様子であつたので、被告人は同女から発見されたと思いなし、同女が起き上り大声を発して騒ぎ立てるときは別室に就寝中の家人等がきて同人等から逮捕されるのを免れるため、とつさに同女の右側に身を倒してその身体を押えつけると共に、両手で同女の口辺を強く圧して暴行を加え、同女をして起き上ることも大声を発して騒ぎ立てることも不可能ならしめ、右暴行により同女の上口唇部に全治約三日を要した挫傷を負わしめたものである。
(裁判長裁判官 中兼謙吉 裁判官 岡本二郎 裁判官 兼築義春)