仙台高等裁判所秋田支部 昭和31年(ナ)5号 判決 1958年2月17日
原告 渡辺道蔵 外一五名
被告 秋田県選挙管理委員会
補助参加人 石井勇司
主文
昭和三一年三月二〇日施行の秋田県南秋田郡五城目町議会議員一般選挙における五城目選挙区の選挙の効力に関する訴願について、被告が同年一一月二四日なした裁決は、これを取消す。
右選挙区の選挙は、これを無効とする。
当選人加賀谷力司は、右第二項にかゝわらず、その当選を失わない。
訴訟費用中、参加によつて生じた部分を除く部分は、全部被告の負担とし、参加によつて生じた部分は参加人の負担とする。
事実
第一、原告訴訟代理人の請求の趣旨及び原因
一、請求の趣旨として主文同旨の判決を求め、
二、請求の原因として
(1) 原告等は、いずれも、昭和三一年三月二〇日施行の秋田県南秋田郡五城目町議会議員一般選挙に際し、五城目選挙区の選挙人であつて、原告館岡薫を除くその余の原告等は、いずれも、右選挙に立候補したが、当選を得なかつたものである。なお、原告等は、公職選挙法に定めるところにより、適法な異議、訴願を経由した。
(2) 五城目町選挙管理委員会は、右選挙に際し、補充選挙人名簿を調製することになり、昭和三一年三月一〇日、その旨の告示をなし衆知させたが、その要旨は、(イ)、調製期日、三月一〇日、(ロ)、申請期間、三月一〇日、一一日の二日間、(ハ)、調製期間、三月一二日、一三日の二日間、(ニ)、縦覧期間、三月一四日、一五日の二日間、(ホ)、異議申立決定期間、三月一六日一七日の二日間、(ヘ)、確定期日、三月一八日、なお補充選挙人名簿は届出制であること、届出がなければ名簿に登載されないこと、印鑑持参の上五城目町選挙管理委員会に届出ずべきことなどであつた。
(3) その結果、補充選挙人名簿は、五城目地区においては、その投票所の数に応じ、第一区から第四区まで四冊調製され、その登録人員は、第一区七二名、第二区五一名、第三区六〇名、第四区二七名、合計二一〇名、投票数は、第一区六四名、第二区四六名、第三区五四名、第四区二四名、合計一八八名であり、立候補者、その得点及び当落の別は別表のとおりである。
(4) ところが、右町選挙管理委員会は、右告示によつて指定された申請期間経過後である昭和三一年三月一二日以後においても、引続き選挙人の登録申請を受理し、これを右名簿に登載した。その数は、第一区四〇名、第二区二四名、第三区三〇名、第四区七名、合計一〇一名で、その内投票した者の数は第一区三六名、第二区二一名、第三区二九名、第四区六名、合計九二名である。また、右各補充選挙人名簿を右告示によつて指定された調製期間内に調製せず、同縦覧期間内に一般選挙民に縦覧させた形跡なく、その各袋綴を幾度となく改変し、綴り直しているのである。更に、右名簿の基礎となる登録申請書を点検するに、申請用紙の記入箇所全部がペン書となつているにかかわらず、申請日付だけが墨書となつているもの五七枚、申請書の日付訂正又は加筆の跡歴然としているもの一八枚、申請日の記載のないもの五一枚、代理人による申請と認められるもの二二枚が含まれており、右代理申請にかかるもののうち二〇枚は、右町選挙管理委員会書記松橋鉄之助において、投票日経過後に作成したものであつて、その中には、本人の依頼のないもの、押印のないもの、申請者の氏名と明らかに異なる印鑑を押してあるものなどがあり、しかも、右二〇枚の申請書による選挙人は、いずれも補充選挙人名簿に登載されないまま投票しているのである。なお、右町選挙管理委員会の委員長は、不在者投票に関する規定に違反し、これがため、不在者にして投票のできなかつた者もあつたのである。
(5) 以上記載事実の一つをとつてみても、右町選挙管理委員会の作成した右各補充選挙人名簿は無効のものであるから、本件選挙中、右各名簿に基いて行われた部分は、その自由公正を害され、その結果に重大な異動を及ぽす虞がある場合に当るものというべく、したがつて、右選挙の無効と、被告のなした裁決の取消を求めると陳述した。
第二、被告訴訟代理人の答弁
一、請求の趣旨に対し、原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、
二、請求の原因に対し、(1)、(2)は認める。(3)のうち、投票者数第一区六四名とあるは六六名であり、合計一八八名とあるのは一九〇名である。その他は認める。(4)の事実は否認する。もちろん被告においても、右町選挙管理委員会の管理執行につき、若干欠陥のあつたことは認めるけれども、そのために選挙の自由公正を害し、選挙を無効とすべき程のものではない。即ち、後日被告の調査したところによれば、本件昭和三一年三月一八日確定の補充選挙人名簿記載のうち、八六名は登録申請期間経過後の登載にかゝり、そのうち、投票した者の数は八二名であることが判明したので、右八二名は無効と認めたのであるが、そのため、右補充選挙人名簿全部を無効であるとする原告の主張はゆき過ぎである。ところで、右町選挙管理委員会において、右のように、登録申請期間経過後に、多数の登録申請を受理し、これを補充選挙人名簿に登載したゆえんのものは、これらの者は、いずれも、選挙権を有するものでありながら、基本選挙人名簿作成の際、その移載に漏れる等の事情にあつたため、選挙の管理執行に関する法規を厳格に解釈して、これ等の者から選挙権を奪うよりは、選挙の公正という面に着眼して、これらの人々にも投票させることが、より妥当であると考えられたからである。なお、右補充選挙人名簿は、その調製期間内に調製されており、また、これが縦覧期間内には、多数の選挙民が縦覧したのであつて、この点に関する原告訴訟代理人の主張は、何等根拠のないものである。
三、よつて、原告の本訴請求は棄却を免れないと述べた。
第三、証拠関係<省略>
理由
一、昭和三一年三月二〇日、秋田県南秋田郡五城目町議会議員の一般選挙が施行されたこと、原告等は、右選挙に際し、五城目選挙区の選挙人で、原告館岡薫を除くその余の原告等は、いずれも右選挙に立候補したが、当選を得なかつたものであること、原告等は公職選挙法に定めるところにより、適法な異議、訴願を経由したこと、五城目町選挙管理委員会は、右選挙に際し、補充選挙人名簿を調製することになり、昭和三一年三月一〇日、登録申請期間を三月一〇日、一一日の二日間、調製期間を三月一二日、一三日の二日間、縦覧期間を三月一四日、一五日の二日間、異議申立決定期間を三月一六日、一七日の二日間、確定期日を三月一八日と定めて、その旨告示をなし衆知させたことは、いずれも、当事者間に争のないところである。
二、ところが、原告は、右補充選挙人名簿中右五城目選挙区に関する部分は、(1)右告示された調製期間内に調製されなかつたこと、(2)同縦覧期間内に一般選挙民の縦覧に供されなかつたこと、(3)その投票所の数に応じ、第一区から第四区まで四冊に分れているが、いずれも、右告示された申請期間経過後の申請にかゝるものをも登載していること、(4)右四冊の名簿はいずれも幾度か綴りかえられていること等の事由のために、全部無効であると主張するから案ずるに、成立に争のない甲第一七号証の一、二、第六号証の一ないし五、第七号証の一ないし三、第九号証、第一四号証の二、第一五号証の一、二、の各記載に、証人伊沢正信の証言の一部(後記信用しない部分を除く)、同分銅良一の証言及び弁論の全趣旨を綜合すれば、右町選挙管理委員会では、右申請期間経過後の申請についても、異議の申立とみなして、漫然これを受理することにその方針を決めたので、その後、選挙当日にいたるまで、多数の申請を受理せざるを得なくなり、そのため、右補充選挙人名簿は、四冊とも、幾度か綴りかえられ、しかも、その都度、右町選挙管理委員長の奥書を貼付する等、正規に作成されたと認められる証左もないので、右各簿冊は、少くとも、選挙当日である昭和三一年三月二〇日までに調製されたとはいい得ない状態にあつたものと認めるより外ないのである。されば、右各補充選挙人名簿は、いずれも、右調製期間である同月一二日及び一三日の両日間には調製されておらず、また、その縦覧期間である同月一四日及び一五日の両日間には一般に縦覧に供されなかつたものといわなければならない。証人佐々木ユキ、荒川要治郎、桜田紀太郎、斉藤末五郎の各証言及び証人伊沢正信の証言の一部は、にわかに信用し難く、甲第八号証の一、第三〇号証の一の記載だけでは、右認定をくつがえすに足らない。他に、右認定を左右することのできる証拠はない。されば、右各補充選挙人名簿は、その他の点について判断するまでもなく、全部無効であり、本件選挙中右五城目選挙区の選挙は、結局選挙の規定に違反するものといわなければならない。
三、そこで、右違反が右選挙区の選挙の結果に異動を及ぼす虞があるかどうかの点について考察するに、右補充選挙人名簿に登載された者の総数が合計二一〇人で、そのうち、投票者数が第二区四六名、第三区五四名、第四区二四名であること、立候補者の数、各立候補者の得票、当落の別が別紙のとおりであることは、当事者間に争なく、成立に争のない甲第一号証の一、二の記載によれば、第一区の投票数が六五名であることが認められるので、右各数字を彼是検討するに、最高点当選者の得票数は四一一票で、落選者中最上位のそれは一七三、〇五二票で、その差が右補充選挙人名簿による投票数を上廻るけれども、第二位以下の当選者の得票数は二四八票ないし一七四票で、いずれも、これを下廻ることは算数上明かである。されば、若し、右補充選挙人名簿が適法に調製され、且つ従覧に供されていたとすれば、最高点当選者以外の候補者の得票は右選挙区の選挙の結果と異なる結果になり、右第二位以下の当選者は、必ずしも当選していたとは断定できないのである。したがつて、右補充選挙人名簿の無効は、本件選挙の結果に異動を及ぼす虞のある場合に当るものといわなければならない。されば、本件選挙中右五城目地区における選挙は、その他の点について判断するまでもなく結局無効である。
四、ところで、本件選挙においては、右五城目選挙区の外に数選挙区があつたことは公知の事実であり、また、右無効と認定された選挙の部分は、右五城目選挙区のうち、右補充選挙人名簿に関する部分だけであつて、その基本選挙人名簿に関する部分は、当裁判所の判断の対象外であるから、右無効は公職選挙法第二〇五条にいわゆる選挙の一部の無効と解釈するのを相当とするところ、右選挙において最高点で当選した訴外加賀谷力司の得票数は前記のように四一一票で、落選者中最上位者の得票数一七三、〇五二票との差が二三七、九四八票となり、右無効の補充選挙人名簿による投票数合計一八九票を上廻つているばかりでなく、右候補者の得票数を、同条第二項以下に規定されている計算方法によつて計算しても、同条第三項所定の合計数が右各補充選挙人名簿記載の選挙人の数より多いことが明かであるから、同候補者は当選に異動を生ずる虞のない者であるというべく、しかも、これを区分することができるので、右候補者加賀谷力司は、右選挙区における選挙が右認定のように無効であるにかゝわらず、その当選を失わないものであるといわなければならない。
五、されば、右五城目選挙区の選挙を全部有効とする原裁決は違法であつて、取消を免れない。よつて原告の本訴請求を右の趣旨で正当として認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九四条後段を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松村美佐男 松本晃平 小友末知)
別表
当落の別
立候補者氏名
得票数
当落の別
立候補者氏名
得票数
当選
加賀谷力司
四一一
当選
菊地耕三
二一五
当選
畠山松太郎
二四八
当選
島崎兼蔵
二一二
当選
桜庭久四郎
二四二
当選
荒川要市郎
二〇四
当選
山田栄蔵
二三〇
当選
館岡五郎
一九三
当選
石井金之助
二二五
当選
宮田清三郎
一八九
当選
坂谷市右エ門
一七四
落選
永井秀之助
一二八
落選
渡部八喜二
一七三、〇五二
落選
猿田鉄蔵
一二〇
落選
分銅瑞惇
一六七
落選
石川謙一郎
一一九、八三三
落選
猿田安太郎
一六五
落選
館岡憲二郎
一一二
落選
渡辺道蔵
一五五、九四八
落選
小松冬操
一一一
落選
千田幸和蔵
一四三
落選
三浦清蔵
一一〇
落選
築地俊竜
一三七
落選
館岡斌郎
九四
落選
二木敬治
一三四
落選
石川兼吉
八五、四一六七
以上