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仙台高等裁判所秋田支部 昭和32年(ナ)3号 判決 1958年2月17日

原告 熊谷シン

被告 秋田県選挙管理委員会

主文

昭和三二年七月一六日施行の秋田県仙北郡中仙町農業委員会委員一般選挙における第一選挙区の選挙の効力に関する訴願について、被告が同年一一月六日なした棄却の裁決は、これを取消す。

右選挙区の選挙は、これを無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人の請求の趣旨及び原因

一、請求の趣旨として主文同旨の判決を求め

二、請求の原因として

(1)  原告は、昭和三二年七月一六日施行の秋田県仙北郡中仙町農業委員会委員一般選挙における第一選挙区の選挙人である。

(2)  前項記載の選挙に際し、原告の夫訴外熊谷清虎は、昭和三二年七月一二日、右選挙区選挙長に対し、立候補の届出をなして運動中であつたところ、投票日の直前である同月十五日午後三時三〇分頃、何人かのため、右清虎の氏名印鑑を冒用した辞退届が右選挙長に提出され、即日有効として受理されたので、右清虎は、右選挙区の選挙民から真実立候補を辞退したものと誤認され、その結果落選した。

(3)  原告において、右立候補辞退届が何人によつてなされたかを調査したところ、訴外戸堀春吉が、当時、右選挙に右選挙区から立候補中の訴外熊谷良久の辞退届を提出するに際し、中仙町役場において、同町選挙管理委員会書記藤田松助をして右清虎の辞退届をも作成させた上、これにほしいままに右良久の印鑑を冒捺して同委員会に提出受理させたことが判明した。

(4)  原告は、昭和三二年七月三〇日、右選挙の効力に関し、右町選挙管理委員会に異議の申立をなしたところ、同委員会は同年八月一二日申立棄却の決定をなし、原告は、同月一四日その受付を受けたので、同月二六日、更に、被告委員会に訴願を提起したのであるが、被告委員会は、昭和三二年一一月六日右訴願棄却の裁決をなし、原告は、同月八日右裁決書の交付を受けたものである。

(5)  被告委員会は、訴願棄却の理由の一として、被告委員会としては、辞退届の実質的要件を審査する権限なく、単に、形式的審査をなし得るだけであると主張する。仮りにそのとおりであるとしても、本件においては、右辞退届が前記のように本人自身によつてなされたものでなく、代理人によつてなされたものであり且その名下の印鑑は右良久の印鑑であることが認識されていることは、右町選挙管理委員会において、これを認めているところなので、同委員会において、この場合委任状その他の資料によつて、その代理資格を証明させなかつたことは、形式的審査に欠くるところがあるものといわなければならない。更に、その二として、右辞退届受理の結果は、右選挙の結果に異動を及ぼす虞がない旨主張するけれども、立候補者が誤つて立候補辞退者としての取扱を受け、その旨一般選挙民に告知されるにおいては、当選可能の者が落選し、落選可能の者が当選する場合のあることは、自明の理であるから、右辞退届受理の結果は、右第一選挙区の選挙の結果に異動を及ぼす虞が十分あるものというべきである。

(6)  よつて請求趣旨記載どおり判決を求めると陳述した。

第二、被告指定代理人の答弁

一、請求の趣旨に対し、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、

二、請求の原因に対し、(1)は争わない。(2)のうち、訴外熊谷清虎が本件選挙に際し、原告主張の日、その主張の選挙長に対し、立候補の届出をなしたこと及び同訴外人名義の立候補辞退届が原告主張の日に、右選挙長に対して提出され、即日受理されていることは争わないけれども、右辞退届が右清虎の真意に基かないでなされたものであるとの点は不知である。(3)のうち、訴外戸堀春吉が、原告主張の日、中仙町役場において、同町選挙管理委員会書記藤田松助をして右清虎の辞退届を作成させたことは認めるが、その時刻は午後三時一三分頃であり、右春吉は、右清虎の使者として行動したものである。(4)は争わない。(5)は争う。選挙長は、立候補辞退届を受理するに際し、本人の意思に基かないものである等のことが判明した場合には、その届出の受理を拒否すべきであることは当然であるけれども、立候補辞退届は、書面によることも、自筆によることも、本人自らすることも必要でないのである。

三、選挙の一部又は全部が無効となるためには、選挙の管理機関が法令に定める選挙の手続規定に違反し、そのため選挙の結果に異動を及ぼす虞のある場合に限るのであるが、本件においては前記のとおり、右町選挙管理委員会の手続に違法の事実が存在しないので、原告訴訟代理人の本訴訟請求は失当であると述べた。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、秋田県仙北郡中仙町において、昭和三二年七月一六日、同町農業委員会委員の一般選挙が施行されたこと、原告は、その際、第一選挙区の選挙人であつたこと、原告が、本訴を提起する前に、適法に、異議に対する決定及び訴願に対する裁決を経たこと、訴外熊谷清虎は、右選挙に際し、立候補の届出をしたものであるが、昭和三二年七月一五日、同訴外人名義の立候補辞退届が右選挙区の選挙長に対して提出され、即日受理されたこと、以上の事実は、いずれも、当事者間に争のないところである。

二、ところが、原告は、右清虎の辞退届は、同人の意思に基かない偽造のものであるから無効であると主張するので、先ず、この点について判断するに、訴外戸堀春吉が、昭和三二年七月一五日、中仙町役場において、同町選挙管理委員会書記藤田松助に対し、右清虎の立候補辞退届の作成方を依頼し、同書記をしてこれを作成させたことは、被告の認めるところであり、成立に争のない甲第一、二号証の記載に、証人熊谷清虎、同藤田松助の各証言を綜合すれば、右春吉は、同日午前一〇時四二分頃にも、右書記に対し、右選挙区から立候補していた訴外熊谷良久の辞退届を書いてもらい、その場において、所持していた「熊谷」と刻した印鑑を押して、これを右書記に提出、受理させたこと、右春吉は、右良久の辞退届を提出してから、一旦同所を立去つたが、同日午後三時一三分頃、再び右役場に到り、前認定のように、右書記に右清虎の辞退届を作成させた上、同届書にに、右良久の辞退届に押捺したものと同一の右「熊谷」と刻した印鑑を押して、これを右書記に提出し、受理させたことを認めるに充分である。右認定をくつがえし得る証拠はない。されば、右清虎の立候補辞退届は、右春吉に偽造されたものであつて、本人の意思に基かない無効のものというの外なく、上記のような事情においては、右書記は、右春吉が真に右清虎の使者又は代理人であるかどうかの点につき、委任状を徴するとか、或はその他の方法で、もつともよく調査し、これを確認する義務があるものといわなければならない。そして、このことは、選挙管理委員会の書記は、同委員会又は選挙長に対する届出等を受理する包括的権限を有するものと解されることにかんがみ、結局、選挙長が右届出を受理するに際し、その形式的審査の義務を忠実に果さなかつたことに帰着するものというの外なく、選挙長の右義務違背は、法令に定める選挙の規定に違反するものといわなければならない。

三、ところが、右町選挙管理委員会は、右清虎の辞退届をたやすく、本人の意思に基く有効のものとして、取扱い、直ちに管内所定の告示場所一八個所に、同候補者の辞退届があつた旨告示する等、右清虎を立候補辞退者とみなして、その後の手続を進めたことは、右藤田証人の証言及び弁論の全趣旨によつて認められるから、右認定にかかる手続規定の違反が、右選挙の結果に異動を及ぼす虞のある場合にあたることは明らかである。被告のこの点に関する主張は採用できない。

四、されば、本件選挙中右第一選挙区における選挙は無効というべきであるから、被告の前記裁決は違法であつて、これが取消を求める原告の請求は正当である。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村美佐男 松本晃平 小友末知)

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