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仙台高等裁判所秋田支部 昭和34年(ナ)3号 判決 1962年2月28日

原告 藤原寛一 外五名

被告 秋田県選挙管理委員会

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の連帯負担とする。

事実

(申立)

原告等訴訟代理人は「昭和三四年四月三〇日執行の天王町議会議員一般選挙の効力に関する訴願につき、同年一一月二六日被告秋田県選挙管理委員会がなした右選挙を無効とするとの裁決は之を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

(主張)

原告等訴訟代理人は請求原因として次のとおりのべた。

1  原告等は昭和三四年四月三〇日執行せられた秋田県南秋田郡天王町議会議員一般選挙における当選人である。

2  訴外佐々木留治、佐々木吉之助外八名から天王町選挙管理委員会に対し選挙の効力に関する異議申立がなされたが同年六月三日天王町選挙管理委員会において右申立人等の請求は棄却せられたが、申立人は之を不服として被告秋田県選挙管理委員会に選挙の無効の訴願を提出したところ、

3  被告は右申立人等の請求を容れ、同年一一月二六日「昭和三四年四月三〇日執行の一般選挙における選挙の効力に関する異議申立につき天王町選挙管理委員会が同年六月三日なした棄却の決定は之を取消す。右一般選挙はこれを無効とする」との裁決をなした。

4  然れども被告の裁決は次の理由で違法である。

(イ)  本選挙においては選挙管理機関は適法に選任せられ、且選挙執行にあたり公正に其の職務の執行がなされたことは明白である。

(ロ)  裁決によれば本選挙の有効投票総数六、〇九六票で、各候補者の得票数の総計六、〇八五・九五三票との差は一〇・〇四七票で、選挙長の作成に係る選挙録の記載ではこの配分を何れの候補者に帰属せしめたか不明であるとしているが、本選挙において作成せられたる選挙録を仔細に検討するときは、別表中「<4>原告等主張の得票数」欄記載のごとく各候補者の得票総計は六、〇九五・九九五票(何れの候補者にも属しない有効投票は〇・〇〇五票)であり、有効投票総数と符合する。

(ハ)  裁決によれば、その後天王町選挙管理委員会及び被告委員会が点検したるに、加賀谷幸太郎の得票数二二七票は三一票減の一九六票、中村政雄の得票数一九四票は二票を増加して一九六票なることが判明し、現在町選管において保管する投票総数は有効投票総数六、〇六七票、無効投票(正規の用紙を用いたもの)四七票、合計六、一一四票であり、投票者数六、一二〇名に対し過剰投票は存在しなかつたことが明らかとなつた。(但し六票の不足は選挙人が投票所より持ち帰つたと推定され、かゝることは何れの選挙においても経験せられることである。)

(ニ)  被告委員会も認定するように選挙会及びその後の投票の保管においても何ら投票数の増減の不正行為が介在した事実はなく、只投票数の誤算、選挙録の誤記が存するにすぎない。被告委員会が、右選挙録の誤記及び得票数の計算の誤謬が選挙の結果に異動を及ぼすおそれのないことを確認しながら、本選挙の効力を否定したことは不法である。

(ホ)  被告委員会は、投票中に規定用紙以外の紙片一一八票が混入されている事実を以つて選挙の規定違反であり、且つ選挙の結果に異動を生ずるおそれあるものとしているが、公職選挙法第二〇五条にいう「選挙の規定に違反する」とは選挙の管理機関の規定違反をいうものであつて、本件選挙において選挙の管理機関が選挙人と通謀して白紙を投票中に混入せしめた事実もないに拘らず、之を右法条違反として選挙の効力を否定したのは違法である。

(ヘ)  被告委員会は不在者投票用封筒の不備若しくは瑕疵を云々するも「不在者投票用封筒の記載に不備ある不在者投票又は法定の外封筒を欠く不在者投票は、必ずしもその投票を無効とするものではなく、又仮にそのためにその投票が無効となり且つ当該選挙の管理者のなした投票管理に違法の点がある場合でも直ち選挙無効の原因とはならない。(福岡高裁昭和二六年(ナ)第三〇号昭和二八年一月二〇日判決)

以上の次第で原裁決は事実認定において徒らに根拠なき想像の上に立ち法令の解釈を誤つた違法のものであるから本訴に及んだ、被告訴訟代理人は答弁として次のとおり述べた。

一、請求原因第一乃至第三項の事実は認める。

同第四項の事実中被告委員会の裁決が違法であるとの点、(イ)の選挙管理機関が選挙の執行にあたり公正に職務の執行をしたとの点、(ロ)の選挙録を検討すると各候補者の得票総数が原告主張の票数になるとの点、(ハ)の開票時において過剰投票が存在しなかつたとする点、(ニ)(ホ)(ヘ)の主張事実全部は之を争う。(ヘ)に挙示する判決例は本件に適切ではない。

二、本件選挙無効原因

1 本件選挙は選挙の管理機関において選挙事務処理に適正を欠き、選挙の自由、公正が著しく阻害され、そのため選挙の結果に異動を及ぼすおそれが十分にあつたから無効である。即ち

(イ) 過剰投票

選挙会の決定によれば、本件選挙の投票者数は六、一二〇名であるのに、投票総数は六、二六一票即ち投票者数を上廻ること一四一票であつた。然しその内一一八票は投票用紙に似せた紙片で成規の投票用紙は六、一四三票であるから、これ亦投票者数を二三票超過している。このことは選挙録の記載によつて認め得る。開票当夜開票所においてはこの不可解な結果に参観町民は激昂して喧騒を極め、開票者は翌朝午前三時に至る迄点検を重ねたが、事実は如何ともなし難く、選挙録にそのまゝを記載したもので、右事実は当時天王町選管から被告委員会事務局に報告された。もつともその後本選挙に対する異議申立があつた為、町選管が投票の再点検をした結果は原告主張の如くとなり、その後訴願の段階において被告委員会で点検した結果もそれと同一であつた。そして町選管では選挙会の決定は有効投票数の算定を誤つたものとしているが、果してそうであるか或は当初の選挙会の決定が真実で、その後町選管が再度点検を行う迄の間に何等かの原因によつて投票数の増減が行われたものであるかについては更に調査を要するが、選挙会では何回も点検を重ねた上のことでもあり、町選管もその処置に困惑して当時県選管に指示を仰いだ位であるから、むしろ選挙会の決定後に投票の増減という事実が発生したと認むべき公算大である。前述の様に選挙会の決定では成規の用紙だけでも投票者数より二三票多いから、之は不在者投票用紙の交付をうけた選挙人で投票しなかつた者の用紙が、他の選挙人の手で不正に行使された疑が生じた。不在者投票用紙の交付をうけて投票しなかつた者は四七人であり、その内三一人が投票用紙を返送していない。何れにせよ投票者数を上廻る二三票は不正に投票されたものであることは明らかである。かような多数の不正投票は固より不可抗力の事態ではないから、選挙管理機関の悪意によると否とを問わず、その監視の責任をつくしたものといゝ難く、選挙の管理執行が違法に行われたことに帰着し、且本件選挙においては最下位当選者と次点者との得票数の差は僅かに二票にすぎないから、右不正投票の防止ができなかつた場合においては、選挙の結果に異動を生じた蓋然性が大である。仮に選挙会の決定が町選管のいう如く計算の誤りであつたとするならば選挙長は勿論、事務従事者、選挙立会人が投票の点検、計算等の事務処理に適正を欠き完全な職責を果さなかつたもので、したがつて本件選挙は自由公正を確保することができなかつたといわねばならない。

(ロ) 不成規の紙片の混入

選挙会が無効投票として処理した投票のうちに一一八票の不成規の紙片があつた。そのうち一票は被告委員会の調査の時には紛失して見当らなかつたが、残り一一七票の詳細は次表のとおりである。

これ等の紙片は開票に際し、開票事務従事者が発見したもので反証のない限り投票所において選挙人によつて投入されたものと認むべきである。この紙片は個々の選挙人が連絡なく散発的に作成行使したものではない。前記の表に示すように、同一包装紙を利用した同一規格(10cm×10cm)のもの二七枚、西洋紙を利用した同一規格(9cm×13cm)のものが三三枚、納税袋の用紙を使用した同一規格(9cm×7cm)のものが一四枚、その他についても同一の紙質の、同一規格のものに分類せられ、且その規格はいずれも成規の投票用紙に極めて類似しており、これからみると特定の者がそれぞれ同時に裁断し準備したものであること明らかである。この事実は何らかの目的をもつた特定の者がその実現のために計画し、概ねこの紙片に相当する選

区分

紙名

枚数

規格

備考

チリ紙表紙

1

封筒用クラフト

8

14cm×10cm

カーキ色

包装紙

27

10cm×10cm

カーキ色すかしが入

つている

電報用紙

2

2等分してあるもの

西洋紙

33

9cm×13cm

印刷してあるもの

西洋紙

9

6cm×10cm

納税袋の用紙

14

9cm×7cm

上質紙

5

8cm×13cm

不整状の用紙

12

ノート切週刊マンガ

西洋紙切など

紙くずに類するもの

6

色紙のこまかくきつ

てあるものなど

117

挙人を集団的に組織し、その手を通じて投票箱に投入せしめたものであることが推認できる。そしてその目的がいわゆる「たらい廻し」にあつたと認めることは、前記過剰投票の事実、開票の際投票箱の中から数枚の投票用紙が一まとめに一投票用紙に包まれて出て来た事実等からして決して無理ではない。即ち本件では相当組織的且多数のたらい廻し投票の行われた蓋然性が大である。右は直接には選挙管理機関が選挙の管理執行の手続に関する明文の規定に違反したものとはいえなくても選挙法の基本理念である選挙の自由と公正の原則が著しく阻害された場合に該当し、前同様選挙の結果に異動を及ぼすおそれが十分にあるといわねばならない。

2 本件選挙は、不在者投票に関する手続につき、選挙の管理執行の規定に違反があり、右違法は選挙の結果に異動を生ずるおそれが十分あるから無効である。

(イ) 不在者投票用紙及び封筒交付の違法

a 不在事由の証明のないもの、

後記の者は本件選挙において不在者投票をするため天王町選管に対し不在者投票用紙及び不在者投票用封筒の請求をしているが、この場合公職選挙法施行令(以下単に令という)第五二条一項所定の、不在事由を証明する証明書を提出しなければならないのに、単に疎明書と題する書面に「証明者なし」と記載したものを提出したのみで、之に対し不在者投票用紙及び封筒を交付している。即ち「証明者なし」との陳述そのものを以つて疎明として扱つているが、証明者が存しない訳はない筈であり、ないとすればその理由を疎明させなければならず、又証明者の証明が得られなければ、それが正当な事由に基くことを疎明させなければならない(令第五二条三項)のに、かゝる疎明をさせないで不在者投票用紙及び封筒を交付したことは選挙の管理執行に関する規定に違反したものである。

<1> 天王町天王字江川三八    土工      斎藤一

<2> 同町天王字道合一〇            石黒敦子

<3> 同町天王          大工     菅原道雄

<4> 同町天王字江川六一     無職    伊藤テツノ

<5> 右同所           漁業     伊藤光夫

<6> 同町天王字天王一一一    鳶職     金子勝美

<7> 同町天王字上江川      土建業    安田勇蔵

<8> 右同所           土建業    滑川三市

<9> 同町天王字二田二二六    土工     武田作治

<10> 同町天王字上江川四七    事務員   米沢谷利秋

<11> 同町天王字下出戸二〇    公吏    加賀谷次夫

<12> 同町天王字上江川四七の二七 農     海老沢ミヤ

<13> 同町天王字下出戸六四    幼稚園教諭 伊藤志保子

b 証明書に不在事由の記載なく、且証明者の住所の記載なく、従つて不在者投票の事由を証明したものとは認められないから前同様違法なもの

<14> 天王町天王字三枚橋下二五        大貫長之助

c 法第四九条の事由に該当しないもの

後記の者は、昭和三四年四月二三日出発、同年五月一〇日頃迄北海道旅行のためということを不在事由としているのみで法第四九条二号に、いわゆるやむを得ない用務又は事故のための旅行中であることの理由に該当するものとは認め難く、前同様違法である。

<15> 天王町天王字二田二二     会社員    茂木輝男

<16> 右同所            飲食業    茂木節子

<17> 右同所            飲食業   茂木キクニ

(ロ) 不在者投票の受理手続の違法

本件選挙において不在者投票用封筒で

<18> 投票者の氏名等、封筒の表面及び裏面の一切の記載のないもの 五票

<19> 投票者の氏名の記載だけのもの               七票

<20> 裏面の記載だけのもの                   一票

合計一三票の不在者投票を、投票管理者において、令第五六条、第五七条、第五九条、第六一条第一項の規定に違反しているものとして受理を拒否すべきであるのに、違法に之を受理し、他の一般投票に混入した。本来不在者投票は選挙における例外的手続であつて、その濫用によつては選挙の自由公正が害されるおそれが大であるため法はその正当な執行の保障としてその管理に関し厳重な規定をおいているものであるから、如上の投票が有効票として算定された場合、これを単に潜在的無効投票として当選無効の原因にとゞまると解すべきでなく、選挙の自由と公正が害されたものと認むべく、最下位当選者と次点者との得票差が僅かに二票であり、前記一三票の不在者投票が若し拒否されたら選挙の結果と異なつた結果が生じたものと認めるのが相当であるから、選挙無効の原因となるといわねばならない。

原告は不在者投票手続の管理執行に違法ありとしても直に選挙無効の原因とならないとして福岡高裁の判決を引用しているが、右判決の趣旨は最高裁判所の判決により既に変更されている。(最高裁判所昭和二八年(オ)第一〇二九号、同二九・九・一七判決、昭和二八年(オ)第五一六号同二九・一〇・一四判決)不在者投票用紙、封筒の交付手続の違法と選挙の効力につき仙台高等裁判所昭和三〇年(ナ)第一七号乃至二一号同三一・一二・二五判決、過剰投票の存在と選挙の効力につき広島高等裁判所昭和三一年九月二七日判決を各参照されたい。

(立証省略)

理由

原告等がいずれも昭和三四年四月三〇日執行された秋田県南秋田郡天王町議会議員一般選挙における当選人であること、訴外佐々木留治、同佐々木吉之助外八名から天王町選挙管理委員会に対し選挙の効力に関する異議申立がなされ、同年六月三日右申立人等の請求が棄却され申立人等が之を不服として被告に選挙無効の訴願を提出し、被告が天王町選挙管理委員会の請求棄却の決定を取消し、右一般選挙はこれを無効とする裁決をしたことはいずれも当事者間に争いがない。そこで以下右選挙を無効とする原因の有無につき検討すると、

一、不在者投票について。

公職選挙法(以下法という)のたてまえは選挙人は選挙の当日自ら投票所に行き、投票用紙の交付をうけ、自ら候補者氏名を記載して投票するのが原則で(法第四四条乃至四六条)、法第四九条の不在者投票は選挙人の選挙権行使を全からしめるための止むを得ない制度として右の原則の例外として定められているものであり、かゝる不在者投票制度が濫用されゝば選挙の自由、公正を害する結果ともなるから、右不在者投票制度に対する法の規制は厳重であり、したがつてその解釈、運用についても厳格、適正であることが期待されるこというまでもない。

(1)  不在者投票用紙及び投票用封筒交付手続の違法について。

法第四九条、同法施行令(以下令という)第五〇条一項、第五二条一項によれば、選挙人は法第四九条一号乃至四号所定の事由(以下不在事由という)によつて選挙の当日自ら投票所に行つて投票することができないと認められる場合においては、その登録されている選挙人名簿の属する市町村の選挙管理委員会の委員長に対し直接又は郵便をもつてその旨を証明して投票用紙及び投票用封筒の交付を請求することができるのであるが、右不在事由に該当する旨の証明は令第五二条一項一号乃至四号に掲げる証明者の証明書を提出してしなければならないと規定されている。たゞ右証明者がない場合(令第五二条一項所定の証明者の範囲は不在事由毎に極めて広範囲の者を網羅しているから、証明者がない場合は通常は生じないと考えられるが)、又は証明者があつても正当な事由により証明書を提出することができない場合に限り、右証明書の提出は必要でないが、証明者がいない事由、又は正当な事由自体は当該市町村の選挙管理委員会の委員長に疎明しなければならないとされている。(令第五二条三項。この場合、法第四九条にいう「不在事由の証明」まで疎明を以つて足りるかどうか一応問題となるが、前記関係法条の規定の趣旨より、積極に解する。)ところで成立に争いない乙第三号証の一乃至一〇、同第四号証の一乃至五、同第五号証の一、二、証人高橋正雄の証言によれば、天王町選挙管理委員会委員長二田亮は本件選挙において選挙人よりの請求に基き不在者投票の投票用紙及び投票用封筒を交付するに当り

(イ)  被告主張の選挙人斎藤一外一二名(<1>乃至<13>)に対し、右選挙人等より、令第五二条三項の規定による証明書を提出することができない理由記載欄に「証明者なし」と記載した右選挙人等自身の作成した疎明書と題する書面(乙第三号証の一乃至一〇、同第四号証の五、同第五号証の一、二)を徴した上、之に対し不在者投票の投票用紙及び投票用封筒を交付している事実が認められるが、右疎明書を以つて前記令第五二条三項の規定する証明者のない事由(換言すれば不在事由が疎明で足る事由)の疎明があつたものということができないこと明らかで、したがつて右投票用紙及び封筒の交付は違法といわねばならない。

(ロ)  被告主張の選挙人大貫長之助(<14>)に対し、同人より官職農業氏名田代三郎作成名義の、同選挙人が本件選挙の当日自ら投票所に行つて投票することができない見込であることを証明する旨の証明書(乙第四号証の四)を徴した上、之に不在者投票用紙及び投票用封筒を交付しているが、右証明書には不在事由及び証明者の住所の記載がないことが認められ、右証明書を以つて前記法第四九条の規定する不在事由の証明があつたものということはできないから、右投票用紙及び封筒の交付は違法といわねばならない。

(ハ)  被告主張の選挙人茂木輝男外二名(<15>乃至<17>)に対し、右選挙人等より何れも令第五二条三項の規定による証明書を提出することができない理由記載欄に「証明者なし」と記載し、不在事由記載欄に「四月二十三日出発、五月十日頃迄北海道旅行の為、行先美唄市南美唄町」と記載した右選挙人等自身の作成した疎明書と題する書面(乙第四号証の一乃至三)を徴した上、之に対し不在者投票の投票用紙及び投票用封筒を交付していることが認められるが、右疎明書を以つて不在事由の証明が疎明で足りる事由(証明者のない事由)の疎明があつたものと認められないこと前説示のとおりであり、更に又不在事由として法第四九条二号にいう「やむを得ない用務又は事故」の疎明があつたものといえないことも明白で、したがつて右投票用紙及び封筒の交付も亦違法といわねばならない。

(2)  不在者投票の受理手続の違法について。

令第五六条一項、第六〇条、第六二条、第六三条によれば、法第四九条各号に掲げる不在事由によつて投票用紙及び投票用封筒の交付をうけた選挙人がその登録されている選挙人名簿の属する市町村において投票をしようとする場合においては、選挙の期日の前日までに、投票用紙に自ら当該選挙の候補者一人の氏名を記載し、これを投票用封筒に入れて封をし、投票用封筒の表面に署名して、直ちにこれを不在者投票管理者に提出し、不在者投票管理者は右投票を受け取つた場合においては投票用封筒の裏面に投票の年月日及び場所を記載し及びこれに記名し、且投票立会人に署名させ、更にこれを不在者投票証明書とともに他の適当な封筒に入れて封をし、その表面に投票が在中する旨を明記し、その裏面に記名して印をおし、直ちに選挙人が属する投票区の投票管理者に送致し、投票管理者は投票所を閉じる時刻までに右投票の送致を受けた場合においては、送致に用いられた封筒を開いてその中に入つている投票及び不在者投票証明書を一時そのまゝ保管した上、投票箱を閉じる前に、投票立会人の意見を聞いて、右保管にかゝる投票が受理することができるものであるかどうかを決定し受理すべきでないと決定された投票はこれを投票送致用封筒に入れ仮に封をし、その表面に不受理の決定があつた旨を記載し、これを投票箱に入れなければならないとされており、したがつて投票管理者は不在者投票管理者から送致された投票につき、投票用封筒が前記法定記載要件を欠いている場合には之を受理しない決定をした上所定の手続をとらねばならないところ、成立に争いのない乙第六号証の一乃至五、同第七号証の一乃至七、同第八号証と前記証人高橋正雄の証言によれば、本件選挙において投票管理者は不在者投票管理者より送致をうけた投票のうち、投票用封筒の(イ)表面及び裏面の記載を全く欠いたもの五票(乙第六号証の一乃至五)(ロ)表面の記載だけあつて裏面の記載を欠いたもの七票(同第七号証の一乃至七)、(ハ)裏面の記載だけあつて表面の記載を欠いたもの一票(同第八号証)合計一三票につき受理の決定をしたことが認められるから、投票管理者の右受理の決定は違法であるといわねばならない。

而して前記市町村選挙管理委員会の委員長による不在者投票の投票用紙及び投票用封筒の交付についての規定及び、投票管理者による不在者投票の受理についての規定はいずれも選挙執行機関の選挙の管理執行に関する規定というべきであるから、本件選挙は法第二〇五条にいう「選挙の規定」に違反したといわねばならない。そこで次に右違法が選挙の結果に異動を及ぼす虞があるかどうかにつき考えると、前記(1)の無効票合計一七票、(2)の無効票合計一三票以上合計三〇票が本件選挙の有効投票数に算入されていることは弁論の全趣旨より明らかなところである。ところで前記(1)の各選挙人が、若し不在者投票の不適格者として投票用紙封筒の交付を拒まれゝば選挙当日棄権した者があるかも知れないし、また不在者として投票した場合と選挙の期日に投票した場合とで同じ候補者氏名を記載するとも限らず、ことに不在者投票は立候補期間満了前にも行い得るのであるから、これらの者が選挙当日投票したとすれば、その後に立候補した者に投票したかも知れないのであり、(この点につき最高裁判所昭和二八年(オ)第一〇二九号同二九年九月一七日第二小法廷判決民集八巻九号一六四四頁参照)、(2)の投票については、そもそも法が不在者投票の方法、送致、保管につき前記のごとく厳重な規制をしているのは、不在者投票が選挙の当日投票管理者により投票箱に入れられるまでの間に票のすり替え等が行われないための配慮によるものと解されるから、前認定のごとく投票管理者において右(2)の一三票の投票の受理に違法があつた以上、選挙人による投票後之が投票箱に投入される迄の間に何人かの手により右投票のすり替えが行われなかつたとは断定できない。 以上の観点に立つて考えると、前記合計三〇票は、本件選挙の次点者と全当選者との関係ではいわゆる潜在的無効投票の性格をもつが最下位当選者と全落選者との関係ではいわゆる潜在的有効投票の性格をもつといわねばならない。そして成立に争いない乙第一号証と証人佐々木吉之助の証言によれば、本件選挙における各候補者の得票数は別表中「<1>選挙録の記載」欄に記載したとおりであること、最下位当選者は第二六位の伊藤忠吉(一四八票)で、次点者は戸田藤三(一四六票)であることが認められるから、本件選挙はその管理執行が前記選挙の規定に違反した結果、全候補者三四名中一二名(第二〇位三浦重春より第三一位佐々木吉之助までの一二名、三五パーセント強)全当選者二六名中七名(二七パーセント弱)の当落につき異動を生じる虞があるといわねばならない。

二、選挙の管理執行一般について。

更に成立に争いない乙第一号証、証人三浦利七、同佐々木吉之助、同高橋正雄の各証言、検証の結果によれば、

1  本件選挙の投票者数六一二〇名に対し、成規の投票用紙による投票総数は六一四三票で二三票の過剰投票があつたこと、ところがその後天王町選挙管理委員会において前記異議申立に基き投票の点検をしたところ当選者原告加賀谷幸太郎の得票数二二七票が三一票減少し、当選者中村政雄の得票数一九四票が二票増加していることが判明したこと、(この点について原告等は当初の選挙会の決定に誤算があつたにすぎないというのであるが、中村政雄の分はともかく、他の候補者の得票数に一票の誤算もないのに、原告加賀谷幸太郎の分について三一票もの多数の票の誤算があつたと考えることは、特段の事情の認められない本件では著しく社会通念に反するといわねばならない。)

2  開票に際し、投票箱の中から不成規の紙片一一八枚(内一一七枚現存)が発見され、右紙片は選挙人により投票所において投票箱の中に投入されたと思われること、右紙片は形状の不規則なもの数枚を除くと、殆んどが定規をあてがい鋭利な刃物で裁断したと思われる成規の投票用紙に似せた略正方形又は矩形のもので、形状、紙質からみると、内一〇枚は「不二の小間紙」「のし紙」又は「かけ紙」と、同一字体ですかしの入つた同じ薄黄茶色の同質ハトロン紙、内一五枚は同じ薄カーキ色の同質ハトロン紙で殆んど同じ大きさの略正方形、内二一枚はいずれも同じ大きさの矩形の同質西洋紙であり、右紙片投入行為に組織的集団的な計画性が認められること、(被告はこの点から本件選挙において相当組織的且多数の「たらい廻し投票」の行われた蓋然性が大であると主張するが、他に特段の事情の認められない本件では右認定事実だけから投票のたらい廻しの行われた蓋然性が大であるとまで認めることはできない)

以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。そうすると右事実は本件選挙の管理執行機関において選挙の管理執行に関する規定に違反したということはできないとしても、少くとも選挙の事務処理に適正を欠き、選挙の自由と公正が阻害され、そのため選挙の結果につき選挙人において多大の疑惑の念を生ぜしめる結果となつたといわねばならない。

以上説示のとおり、本件選挙は、選挙の管理執行機関において不在者投票の投票用紙及び投票用封筒の交付及び不在者投票の受理について選挙の管理執行に関する規定に違反し、その結果全候補者のうち三五パーセント強、全当選者のうち二七パーセント弱の者の当落に異動を生ぜしめたのみでなく、選挙の管理執行機関において選挙事務処理に適正を欠き、選挙の結果につき選挙人に多大の疑惑の念をいだかせ、選挙の自由と公正の理念が全体的に阻害されたと認められるから、本件選挙はこれを無効とした被告の裁決は正当であり、これが取消を求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 石橋浩二 佐竹新也)

(表)

区分

<1>選挙録の記載

<2>町選管の決定

<1>と<2>の比較

<3>県選管点

検の結果

<4>原告等の主

張の得票数

1投票者数

六、一二〇名

六、一二〇名

六、一二〇名

2投票総数

六、二六一票

六、二三二票

二九票減

六、二三一票

3有効投票数

六、〇九六〃

六、〇六七〃

二九票減

六、〇六七〃

(1)法第六八条の二

第一項以外の有

効投票数

六、〇四六〃

(2)法第六八条の二

第一項の有効投

票数

二一〃

二一〃

二一〃

4無効投票数

一六五〃

一六五〃

一六四〃

(1)成規の用紙

四七〃

四七〃

四七〃

(2)不成規の用紙

一一八〃

一一八〃

一一七〃

5各候補者の得票数

←当選者

(1)石黒孝蔵

二五三・五六七票

同<1>

同<1>

(2)大関銀治郎

二五一〃

(3)中村新之助

二四六〃

(4)安田寅五郎

二三六〃

(5)加賀谷幸太郎

二二七〃

一九六〃

三一票減

(6)三浦五三郎

二二六・四三七

同<1>

(7)京谷仁太郎

二二一〃

(8)藤原寛一

二二〇・九四五

(9)吉田吉次郎

二一五〃

(10)島崎竹治

二〇四〃

(11)佐藤久之助

二〇二〃

(12)上坂順治

一九九〃

(13)丸山金次郎

一九八〃

(14)菅生清之助

一九五〃

(15)渡部運吉

一九四・一八二

(16)中村政雄

一九四〃

一九六〃

二票増

(17)石黒俊蔵

一九三・四三二

同<1>

(18)加藤孫助

一七八〃

(19)沼田幸一

一七八〃

(20)三浦重春

一七四・三三六

(21)中村正治

一七一〃

(22)米谷多一郎

一六五〃

(23)菊地岩二郎

一六四票

同<1>

(24)渋谷健蔵

一六二〃

(25)藤原三之助

一五四・〇五四

(26)伊藤忠吉

一四八〃

←以下落選者

(27)戸田藤三

一四六〃

(28)成田亀之助

一三〇〃

(29)渡部新一

一二八〃

一三〇・八一七

(30)佐々木富蔵

一二七〃

一三〇・五四一

(31)佐々木吉之助

一二四〃

一二七・四五八

(32)三浦利七

一一七〃

一一七・二二六

(33)松村兼松

一一一〃

同<1>

(34)大張彦一

三二〃

6各候補者の得票数の

合計

六、〇八五・九五三

六、〇九五・九九五

六、〇九五・九九五

7按分の際切り捨てた

〇・〇〇五

〇・

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