仙台高等裁判所秋田支部 昭和34年(ラ)56号 決定 1962年8月27日
抗告人 浅野武三
主文
原決定を取り消す。
抗告人を1の事実について過料金一万円、2の事実について過料金一万円、3の事実について過料金一万円、4の事実について過料金九千円、5の事実について過料金九千円、6の事実について過料金八千円、7の事実について過料金七千円、8の事実について過料金七千円、9の事実について過料金六千円、10の事実について過料金五千円、11の事実について過料金五千円、12の事実について過料金四千円、13の事実について過料金三千円、14の事実について過料金三千円、15の事実について過料金二千円に各処する。
理由
本件抗告の趣旨と理由とは、別紙一、二のとおりである。
一 まず、登記期間懈怠の個数についての抗告人の主張の当否を判断する。株式会社の取締役および監査役が同一の株主総会において選任された場合には、取締役および監査役の選任はいずれも株主総会の専権に属すること、取締役および監査役の選任が同一の株主総会によるものであることからみて、取締役および監査役の選任により代表取締役の負担する、選任された取締役および監査役についての変更登記義務は包括的に観察して一個であり、したがつて、その懈怠は一個の秩序違反を構成するにとどまるが、代表取締役の選任は取締役会の決議によるものであるから、代表取締役の選任により代表取締役の負担する、選任された代表取締役についての変更登記義務は、代表取締役の選任が取締役および監査役の選任と同一の日になされたとしても、取締役および監査役についての変更登記義務とは別個のものであり、その懈怠も別個の秩序違反を構成するものと解するのが相当である。よつて、本件についてみると、原決定認定の第二の事実は昭和二六年一月二五日再選された取締役についての変更登記義務の懈怠、第三の事実は同日再選された代表取締役についての変更登記義務の懈怠であるから、取締役の再選と代表取締役の再選とが同一の日になされているとしても、二個の変更登記義務の懈怠が存するので、これを二個の秩序違反を構成するものとみた原決定は相当であり、この点に関する抗告人の主張は理由がない。原決定認定の第五の事実は昭和二八年一月二五日再選された取締役についての変更登記義務の懈怠、第六の事実は同日再選された監査役についての変更登記義務の懈怠、第七の事実は同日再選された代表取締役についての変更登記義務の懈怠であり、本件記録編綴の登記簿抄本によると、第五の取締役の再選および第六の監査役の再選は同一の株主総会によるものであることを認めうるので、第五、第六の各事実は包括して一個の秩序違反を構成し、第七の事実はこれと別個の秩序違反を構成するものとみるべきであるから、第五、第六、第七の各事実がそれぞれ別個の秩序違反を構成すると認めた原決定は一部失当であつて、抗告人の主張は一部理由がある。原決定認定の第九の事実は昭和三〇年一月二五日再選された取締役についての変更登記義務の懈怠、第一〇の事実は同日再選された監査役についての変更登記義務の懈怠、第一一の事実は同日再選された代表取締役についての変更登記義務の懈怠であり、本件記録編綴の登記簿抄本によると、第九の取締役の再選および第一〇の監査役の再選は同一の株主総会によるものであることを認めうるので、右と同様の理由により、抗告人の主張は一部理由がある。原決定認定の第一三の事実は昭和三二年一月二五日再選された取締役についての変更登記義務の懈怠、第一四の事実は同日再選された監査役についての変更登記義務の懈怠、第一五の事実は同日再選された代表取締役についての変更登記義務の懈怠であり、本件記録編綴の登記簿抄本によると、第一三の取締役の再選および第一四の監査役の再選は同一の株主総会によるものであることを認めうるので、右と同様の理由により、抗告人の主張は一部理由がある。原決定認定の第一七の事実は昭和三四年一月二五日再選された取締役についての変更登記義務の懈怠、第一八の事実は同日再選された監査役についての変更登記義務の懈怠第一九の事実は同日再選された代表取締役についての変更登記義務の懈怠であり、本件記録編綴の登記簿抄本によると、第一七の取締役の再選および第一八の監査役の再選は同一の株主総会によるものであることを認めうるので、右と同様の理由により、抗告人の主張は一部理由がある。
二 さらに、抗告人は原決定の過料の量定は過重であると主張する。本件記録によつて認めうる登記期間の懈怠の態様、個数その他諸般の情状を考慮すると、原決定がその認定に係る第一ないし第一九の各事実に対して科した過料はいずれも重きに失すると認められるので、抗告人の主張は理由がある。
三 以上のとおりであるから、原決定は全部取消を免れない。しかしながら、本件記録編綴の登記簿抄本および抗告人作成の懈怠理由書を総合すると、つぎの(一)の事実が認められる。
(一) 抗告人は、能代市富町九八番地に本店を有する浅野精機株式会社の代表取締役であるところ、
1 昭和二五年一月二五日同会社株主総会において浅野芙美、和田清吉を監査役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
2 昭和二六年一月二五日同会社株主総会において抗告人、矢川仁平治、土屋喜市、落合恭治を取締役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
3 昭和二六年一月二五日同会社取締役会において抗告人を代表取締役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
4 昭和二七年一月二五日同会社株主総会において浅野芙美、和田清吉を監査役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
5 昭和二八年一月二五日同会社株主総会において抗告人、矢川仁平治、土屋喜市、落合恭治を取締役、浅野芙美、和田清吉を監査役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
6 昭和二八年一月二五日同会社取締役会において抗告人を代表取締役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
7 昭和二九年一月二五日同会社株主総会において浅野芙美、和田清吉を監査役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
8 昭和三〇年一月二五日同会社株主総会において抗告人、矢川仁平治、土屋喜市、落合恭治を取締役、浅野芙美、和田清吉を監査役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
9 昭和三〇年一月二五日同会社取締役会において抗告人を代表取締役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
10 昭和三一年一月二五日同会社株主総会において浅野芙美、和田清吉を監査役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
11 昭和三二年一月二五日同会社株主総会において抗告人、矢川仁平治、土屋喜市、落合恭治を取締役、浅野芙美、和田清吉を監査役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
12 昭和三二年一月二五日同会社取締役会において抗告人を代表取締役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
13 昭和三三年一月二五日同会社株主総会において浅野芙美、和田清吉を監査役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
14 昭和三四年一月二五日同会社株主総会において抗告人、矢川仁平治、土屋喜市、落合恭治を取締役、浅野芙美、和田清吉を監査役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
15 昭和三四年一月二五日同会社取締役会において抗告人を代表取締役に再選したので、同日から二週間以内に右変更の登記をなすべき義務があるにかかわらず、これを怠り、昭和三四年八月二五日にいたり、その登記手続をし
たものである。
(二) 右の事実は商法第一八八条第三項、第六七条、非訟事件手続法第一八八条第一項の規定に違反し、商法第四九八条第一項第一号に該当する。よつて、主文のとおり決定する。
(裁判官 林善助 佐竹新也 篠原幾馬)
別紙一
申立の趣旨
御庁昭和三十四年(ホ)第五十号登記期間懈怠事件の過料処分金弐拾八万九千円也の処分はこれを取消し、更らに相当の御処分を求めます。
申立の理由
一、申立人会社は曩に提出致しました懈怠理由書記載の様な懈怠理由は事実でありますが申立人会社の事務担当者は常に定住性がなく更迭が多かつたので会社の主頭部が法律的知識のとぼしかつたことが原因し前記の様な懈怠を致しました次第でありますから今後商法の勉強して懈怠事由の発生しない様勤めますから此度の事項については特別の御詮議を以つて御寛大なる御処分賜り度御願い申上げる次第であります。
追而
御処分通知書中に対する不服の点
一、第一の事実については過料が過重と思料します。
第二、第三の事実については昭和二十六年一月二十五日の変更事項だから同一性を有するのでこれを二件として取扱うことは失当であると思料します。
即ち登記申請は一件で足るものであります。
第四の事実は過重と思料します。
第五、第六、第七の事実については前第二、第三の事由と同一であり同一性があるからこれを三件として取扱つたことは失当と思料するものであり登記申請も一件で足るものであります。
第八の事実は過重と思料するものであります。
第九、第十、第十一の事実については前第二、第三の事由と同一であります。
第十二の事実については過重と思料します。
第十三、第十四、第十五の事実についても前第二、第三の事由と同一でありますので登記申請も一件で足りるものであります。
第十六の事実については過重と思料するものであります。
第十七、第十八、第十九の事実についても前第二、第三の事由と同一であつて登記申請も一件で足りますからこれを三件として取扱うことは失当な取扱いと思料するものであります。
二、又申立人会社は職員、従業員を合せて十四人で最近の会社経営は赤字の一途をたどつて居り今解散しても数百万の借材があり従業員の家族合計数十人に及び今会社の運営が止まり解散すると従業員及びその家族が路頭に迷う外なく会社が今参拾万円近い過料に処せられては全く破産に及ぶ状態になりますので叙上の点を御賢察下され最低の御処分賜り度伏して懇願申上げる次第であります。
別紙二
一、抗告人が原審決定書に記載するが如く登記期間を懈怠したことについては争はないが、原審において合計二十八万九千円に及ぶ過料に処せられたことはまことに過重な処分であると思料する。
(イ) 過料はいわゆる秩序罰の一種であり、本件の場合においては私法的秩序を維持するためにする国家の命令に違反したことに対する制裁である。
而してその対象は行政犯すなわち公法上の義務違反であり、社会的非行ではない。この趣旨からすれば、行政犯の責任者に対しては、これに対し同種の義務違反を繰返さないよう警告し、これを確実ならしめ得る程度の過料を課すれば足るのであり、その営業を破綻せしむるが如き、多額の過料に処すべきものではない。
本件の浅野武三はこの種の違反を犯したのは最初であり、しかも最後となることは明白である。なるほど懈怠事項は多岐にわたるが、今日までこのすべてを違反と感じていなかつたのである。これは法律の不知であり、重大なる過失ではあるが、過失にすぎないのである。
刑事犯の被告人のように厳重に処罰すべきではない。
(ロ) 今日登記簿上に記載されていながら実際上は事務所などもなく何等の活動もなさず、いわゆる幽霊会社と称すべきものが無数にあり、登記簿上の記載は事実に吻合しないのが、通例だと称しても過言ではない。変更登記などは全然なされていない。また実際上事務所を有し営業活動をしてはいるが、その規模が小さく取締役その他の機構が整備せず、個人営業と異ならないものもまた無数に存在する。
而も我が商法の下においては資本金額百億、二百億というような大会社でも、また本件浅野精機株式会社のように資本金三十万四十万のものでも一律に取締役、監査役を選任することを必要とし、その選任または変更があつたときは必ず登記を要する。これを懈怠すれば一様に一定額の過料の制裁を受けなければならない。不均衡である。
大会社はいづれも顧問弁護士を有し、また内部にも法律事務を取扱う課係を設け専門的知識と経験を有する係員を配属し、万遺洩なきを期している。したがつて登記期間懈怠の如き事故は殆んどあり得ない。もし有りとすれば著しい怠慢である。
ところが、本件浅野精機株式会社の如きは代表取締役以下の職員、工員合わせて十四人にすぎず個人営業同様のもので代表取締役浅野武三は主として注文取り、集金などの渉外事務に追われ、内部で事務を取扱う者は職員一名であり、これが会計その他一切の事務を処理しているのであるから、また登記その他の法律事務に暗いためついに今回の如き事故を起したものである。
しかも斯の如き小企業において法律事務に明るい専門家を使用することはその経済が許さない。その懈怠は責むべきであるが、その事情には大いに酌量すべきものがある。
(ハ) 本件の懈怠事項は十九項目にわたつているが、いづれも役員の重任に関するものであり、従来の役員がそのまゝ居据るものであつて新たな役員が就任するものではないから、登記を要しないものとの誤解を生じ易い事情があつたものである。これが今日まで数年間登記を懈怠した主な理由である。
(ニ) すでに必要なる登記は全部完了しているのであるから、その過料処分は警告を発する程度のもので足る筈である。
(ホ) 本件浅野武三並びに浅野精機株式会社は製材業のために使用する各種帯鋸の製作、修理を営業とするものであるが、主たる仕事は修理であるし、その資本金は三十万円にすぎない。原審はこれに対し、合計二十八万九千円の過料を課した。
資本金の額に比敵するような過料額は過大であること勿論であり、現に別添の登記簿謄本により明白なように浅野武三所有の店舗兼居宅には百数十万円の抵当権が、また浅野精機株式会社の工場財団(機械器具を含めて)にも数十万円の抵当権が設定されている実情であるから、過料の額を減額し御寛大なる裁判を賜るよう希望する。