大判例

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仙台高等裁判所秋田支部 昭和50年(ネ)86号 判決 1977年6月13日

控訴人(第一審原告)

笹沼義雄こと

笹沼良雄

右訴訟代理人

松浦松次郎

外一名

被控訴人(第一審被告)

酒田市

右代表者市長

相馬大作

右訴訟代理人

古澤久次郎

外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一、控訴人は、「一、原判決を取り消す。二、被控訴人は控訴人に対し金一九七万七〇六〇円及びこれに対する昭和四九年一〇月二四日から完済に至るまで、年五分の割合による金員を支払え。三、控訴費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び第二項につき仮執行の宣言を求め、控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

二、当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加するほか、原判決事実欄の記載と同一であるから、これを引用する。

1  控訴人の付加主張

(一)  旧憲法時代の帝国議会の議員について、議員がその資格獲得と同時に享受すべき権利は、唯単に将来国家に対し労務を提供するにおいて、これを要件として歳費を受けることのできる基本的権利たるに過ぎないものであつて、この基本的権利が現実に請求することのできる権利として発生するのは 議員において現実の労務提供があつた後のことに属するとする判決(東地判大正四年一〇月二八日)があるが、右の判決は、「国家]とあるのを「普通地方公共団体」と読み替えれば、そのまま普通地方公共団体の議会の議員の場合についても当てはまるものである。右の意味における基本的権利は、公法上、議員たる公務員が公務員としての特殊な地位を有することから発生する権利であつて、公務員に専属するものであるから、性質上、その地位から分離してこれを他人に任意に譲渡することは許されない。

もつとも、官吏の俸給について、その性質上、譲渡、質入若しくは放棄を許すべきものではないが、既に受取期限の到来した俸給は、その官吏において自由に処分し得べきは当然なり、と判示する判決(大判大正元年一〇月一五日)もあり、他方、市立小学校教員の将来受くべき俸給はもちろん既に支払期日の到来して未だ受取らざる俸給といえども譲渡を許さざるものなる主旨を判示したる原判決を正当とする判決(大判昭和九年六月三〇日)もあるので、市議会議員の報酬についてもこれを前述の意味における基本的権利と支払期日が到来して既に発生した具体的請求権とに分けて譲渡の可否を検討すべきであるが、本件債権譲渡の場合は、支払期日が到来して未だ受取らない報酬は存在しないので、譲渡が許されないことは明らかである。

(二)  訴外佐藤久吉が被控訴人の議会の議員として被控訴人に対して有していた報酬請求権は、地方公務員としての特殊な地位に伴い、公法上発生する公法上の権利であつて私法上の権利ではない。したがつて、その権利(前記の基本的権利)は、性質上、民法の規定に従つてこれを譲渡することは許されない。判例(東地判明治三四年九月二一日、東地判同年六月一九日)も、帝国議会の議員の歳費請求権について、公法上の権利であつて私権ではない等の理由で譲渡の不許を判示した上、議員がそれを他人に譲渡する契約をしてもその契約は私法上の効力を生じないものであるから、その契約の相手方は国庫に対して歳費請求権を取得するものではない旨を判示しているが、右譲渡の不許は、地方公共団体の議員であろうと国会議員であろうと何ら異なるところはないというべきであるから、右判例に徴しても本件債権譲渡契約は、何等私法上の効力を生じないものと解すべきである。

原判決は、本件債権譲渡が許される理由として、地方自治法その他の法律及び被控訴人の条例に市議会議員の報酬請求権の譲渡を禁止する明文の規定がない旨を挙げている。しかしながら、本件報酬請求権は、前述の如く私権とは異なり、地方公務員という公法上の特殊な地位にある者のみが有する公法上の権利であるから、むしろ民法の債権譲渡に関する規定が適用されないのが原則というべきであり、明文の規定の存否を理由とする場合は、譲渡を許す旨の明文の規定がない限り譲渡することができないと解すべきである。また、原判決は、本件報酬請求権が純然たる金銭債権に過ぎないことを理由の一とするが、それは、右請求権が公法上の請求権であつて私権ではないという権利の特質を看過した解釈であつて、軽卒な論理に基づくものというべきである。

(三)  被控訴人は、譲渡の許されない債権については当然に差押も許されない旨を主張する。しかしながら、差押を禁止された債権は譲渡することができない旨又は債権が譲渡することができる場合においてのみ差押えることができる旨を定めた法規が存在しない以上、債権には差押は禁止されるが譲渡は許されるもの、逆に差押は妨げないが譲渡は禁止されるものがあることを否定できない(大判昭和九年六月三〇日参照)。譲渡禁止と差押禁止の問題は、別個に個々の権利毎に決しなければならないものである。

そして、市議会議員の報酬請求権については、譲渡は許されないが、差押は許されるのである。その根拠は、民事訴訟法六〇四条の規定である。すなわち、同条は、特に明文をもつて「俸給又ハ之ニ類スル継続収入ノ債権ノ差押ハ債権額ヲ限度トシ差押ニ収入スヘキ金額ニ及フモノトス」と規定しており、一般職、特別職を問わず、公務員の給与、歳費ないし報酬等の請求権は、前記の基本的権利ないし差押後にその基本的権利に基づいて継続的に発生する具体的請求権であると、差押時に支払時期が既に到来して未だ受領していない場合の具体的請求権であるとを問わず、強制執行の目的とすることが許されるのである。それは、我が民訴法が強制執行に関して右公務員の給与、歳費等について、公法上の権利であるに拘らず私法上の債権として同一視し、ないしは強制執行に関してはこれを私法上の債権と同一の法則に服従せしめて、特に差押等を是認したものに外ならない(大判大正元年一〇月一五日、大判明治四五年五月八日参照)。

(四)  なお、自治省においても、甲第九号証の二によれば、市議会議員の報酬請求権について、現実に一定の金額を請求し得る権利として具体的に確定する前における抽象的権利は議員たる地位ないし身分と不可分のものであつて、支給期日の到来した分については譲渡することは差支えないが、未だ支給期日の到来しない分については譲渡することができないとの見解を採つている。

2  被控訴人の付加主張

(一)  議員が議員たる公職の資格において議会に出席して議決に参加する等の公法的な活動をなす権利は、正に基本的権利であつてこれを譲渡することができないことはもちろんであるが、右公的活動のため労務を提供したことに対する俸給を受くべき権利そのものが公法上の権利であると見るのは明らかに誤りであり、それは原審認定のように、純然たる金銭債権に過ぎないのである。

公務員の俸給受給権は、公務員たる地位に附随する一つの私的財産権であり、支払期が到来することによつて現実に支払を受け得る弁済期が到来するに過ぎず、その譲渡又は転付を受けた者が支払期到来毎に支払を受け得るというだけで、支払期が到来したか否かによつて債権の本質そのものに何等変更を来たすものではない。したがつて、支払期到来前の俸給の譲渡は許されないとの控訴人の主張は明らかに誤りであり、民事訴訟法六〇四条もこの点につき「差押後ニ収入スヘキ金額ニ及フ」と規定し、支払期日未到来の俸給の譲渡又は差押、転付の有効なことを明らかにしている。

(二)  控訴人は、本件報酬請求権は地方公務員という公法上の特殊な地位にある者のみが有する公法上の権利であると主張するが、右は議員という公職にある者が議員として公的な職務を遂行することにより支給を受け得る私的な純然たる金銭債権と公的活動の権利(議会において議決権を行使し又は委員会において職務を遂行する等の権利)とを混同した謬論である。

(三)  譲渡禁止の債権について、差押、転付又は取立手続が許されないことは言うまでもない。換言すれば、差押転付が許される債権は譲渡が許されると解するのが当然である。控訴人は、譲渡禁止と差押禁止の問題はそれぞれ個々の権利毎に決定しなければならないと主張するが、その区別の規準は何等主張されていない。また、市議会議員の報酬請求権については、譲渡は許されないが差押は許されるとする、その区別の標準等も何等明らかにされていないので、到底首肯し得ない。

(四)  控訴人は、本件報酬請求権につき譲渡は禁止されるが差押は許される根拠として民事訴訟法六〇四条を挙げているが、誤りである。すなわち、同条は、特に公務員の一般職又は特別職に限定したものではなく、一般の俸給を受ける権利の差押に関する規定であり、また、同条には「差押後ニ収入スヘキ金額ニ及フ」と明記してあるが、これは、差押又は譲渡当時支払期日にない収入すなわち支払期未到来の俸給分についても、差押又は譲渡の効力が及ぶことを明記したものである。

(五)  控訴人は、我が民訴法は公務員の給与歳費等については私法上の債権と同一視し、強制執行に関しては私法上の債権と同一の法則に服従せしめていると主張しているが、右主張は、公務員の給与に関しては法が私法上の債権として取扱つていることを認めていることに外ならない。

(六)  なお、甲第九号証の二の自治省の見解については、正式の見解であるか否か疑問であり、内容も誤つている。

3  証拠関係<省略>

理由

一当裁判所は、原裁判所と同様、控訴人の本訴請求は理由がなく これを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次に付加、訂正するほか、原判決理由欄の記載と同一であるから、これを引用する。

1  原判決五枚目表一〇行目の「弁論の全趣旨」の前に「原本の存在及び成立につき争いのない乙第三号証、」を加える。

2  原判決五枚目裏八行目の「解すべきである。」の次に「けだし、一般に公法上の債権についてその譲渡、差押が禁止されるのは、当該債権の履行を受けるべき原債権者に特殊な利益を確保する必要があるため、換言すれば、権利の性質上あるいは社会政策的理由に基づき特定の者にその利益を確保させなければならないためであつて、等しく公法上の債権といつても、その性格は多様であるから、一律にその譲渡を禁止すべき合理的根拠はなく、右のような必要のない限り譲渡性、差押性を認めて何ら妨げないものということができるのである。」を加える。

3  原判決原判決五枚目裏一一行目の「弁論の全趣旨」の前に「前掲乙第三号証及び」を加える。

4  原判決七枚目表五行目の次に行を改めて、「なお、本件報酬につき直接払の原則が適用されるとしても(酒田市特別職の給与等に関する条例第一一条地方公務員法第二五条第二項参照)、本件債権の譲受人たる奥山雄二が直接被控訴人に対し、右譲受債権の支払いを求めることが許されないことはともかく右事由から直ちに本件債権譲渡が無効であるということはできない(最判昭和四三年三月一二日参照)。」を加える。

5  原判決七枚目表七行目「できない。」を「できず、又右判示を覆すに足る証拠もない。」と改める。

二よつて、原判決は正当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(中島恒 吉本俊雄 相良萠紀)

【参考・第一審判決理由(抄)】

(山形地裁酒田支部昭50.6.12判決)

ところで、普通地方公共団体の議会の議員が地方自治法二〇三条に基づき当該普通地方公共団体より報酬の支給を受けるべき権利(報酬請求権)は、それ自体としては金員給付を目的とする債権であるから、その性質は公法上の債権であつても、法律または条例の明文の規定によつてその譲渡が禁止され、あるいは、その性質上譲渡が許されないと解されない限り、民法四六六条以下の債権譲渡に関する規定に基づき、これを任意に譲渡しうるものと解すべきである。

しかるところ、地方自治法その他の法律上、普通地方公共団体の議会の議員の報酬請求権の譲渡を禁止する明文の規定はなく、弁論の全趣旨によれば、被告酒田市においても、酒田市特別職給与条例その他の条例上、右譲渡を禁止していないことが認められる。

また、議員の報酬請求権は、議員たる地位に基づき取得する債権ではあるが、それ自体は、議員の職務の対価として支払われる純然たる金銭債権に過ぎず、その譲渡によつて議員たる地位が直接左右されるものではない。それに加えて、地方自治法上、普通地方公共団体の議会の議員は常勤職ではなく、同法その他の法律上わずかに特定公職との兼職が禁止され、あるいは、当該普通地方公共団体と密接な関係のある特定企業からの隔離が定められているほかは、他の職業を兼ねることが許されており、議員の報酬には、議員の生活維持費的性質が希薄であること、さらにまた議員としての職務を行うために要する費用は、地方自治法二〇三条三項により、別途弁償を受けることができることを考慮に入れれば、議員の報酬請求権の譲渡を許したとしても、それにより直ちに議員たる地位を維持し、あるいは、議員としての職務を行使するうえで著しい支障が生じるなどの公益を害する結果を生じるとまではいい難く、その他、議員の報酬請求権の譲渡が性質上許されないと解すべき合理的理由は見出し難い(なお、仮に、議員の報酬請求権の譲渡が性質上許されないとするならば、本件命令のごとく、これを差押えることの適否も問題とされねばならない。)。

そうだとすれば、議員の報酬請求権はこれを任意に譲渡しうるものと解すべく、この理は、本件のように月額制の報酬請求権をその支給日到来前に包括的に譲渡する場合にもなんら異るところはないというべきである。

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