伊勢崎簡易裁判所 事件番号不詳 判決
主文
被告人を罰金三万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
罪となるべき事実
被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四二年一一月二六日午前四時二〇分ころ、大型貨物自動車を運転し時速約五〇キロメートルで長野県塩尻市大字宗賀七三―四三番地付近国道一九号線(幅員車道七・八五メートル、歩道東側一・五メートル西側一・六メートル)を南方木曾方面から北方松本市方面へ向け進行中、右道路が東方塩尻駅方面から西方朝日村方面に通じる県道(幅員六・六メートル)と交差する信号機の設置された交差点の手前に差しかかつたが、右交差点は、左右の見とおしが悪く、右信号機が黄色の灯火の点滅を表示していて交通整理を行つていない状態であつたから、自動車運転者は、前記信号にしたがつてあらかじめ速度を調節し、右のように見とおしのきかない状況などに応じて交差点進入前に減速または徐行して、右交差点内および左右道路からの他の交通に十分注意し、その安全を確認して進行し、危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに早朝で交通閑散であることに気をゆるしてこれを怠り、漫然同一速度で同交差点に進入しようとした過失により、交差点直前(交差点中央から南方約一〇メートル)に達した際、右方県道上を同交差点に向つて進行する吉沢和夫(二一才)運転の普通乗用自動車を右斜め前方約一五メートルの地点にはじめて発見し急制動をかけたが、間にあわず、右交差点中央附近で、自車前部を右普通乗用自動車の左側部に激突させ、その衝撃により同車に同乗した池内文弘(二〇才)に対し頸椎骨折の傷害を負わせ、同日午前七時四〇分塩尻市大門六番町四番三六号塩尻病院で右傷害により同人を死亡するにいたらしめたほか、同様同車に同乗中の中村由紀夫(二一才)に対し加療約三ケ月を要する左側下腿骨折等の、同市川三郎(二一才)に対し、加療約一ケ月を要する左眼部挫創等の、同二階堂広(二二才)に対し加療約二週間を要する頭部打撲傷等の、前記吉沢に対し加療約二週間を要する前頭部挫創等の各傷害をそれぞれ負わせたものである。
証拠の標目(省略)
訴訟関係人の主張に対する判断
一 弁護人および被告人は、本件交差点の信号が黄色の点滅であつたから、被告人に減速徐行の義務がなく、左右の交通に十分注意し安全を確認して交差点に進入したから過失はないと主張弁解する。
1 黄色の点滅信号は、歩行者および車輛等に他の交通に注意して進行することを命じているものであるが、他の交通に注意するとは、当該交差点の見とおしその他具体的な四囲の交通状況に応じて、内心的な注意にとどまらず交差点における衝突等の事故を防止するため適切な行動に出るべきことを求めるものと解する。
2 前掲証拠7・8によると、本件交差点付近における国道南方部分と県道東方部分相互の見とおしは、交差点東南角にある数棟の家屋などで妨げられ、国道を北進する場合、交差点入口から手前約一〇メートル(交差点中央から約一五メートル)に接近してようやく県道上交差点中央から東方約二〇メートルを見とおすことが可能であると認められる。
また、前示証拠2・3によれば、被告人は、本件交差点南方約二〇〇メートルで、黄色点滅信号を見たにもかかわらず、単にアクセルから足を離したにとどまり、従前の速度で進行を継続し、交差点に接近したことが明らかである。
3 そうすると、被告人は、右信号を認めるとただちに左右の交通をたしかめるべく、そのため前示見とおしの障害に即応し、見とおしのきくところまで適宜減速して進行する等の措置を採るべきであつた(のみならず、後に説明するとおり、本件交差点の場合交差点で徐行できるようにあらかじめ減速すべきであつた)のに、そうしないで判示のように交差点に進入しようとしたもので、このことは、信号にしたがつて右のような措置を採るべき注意義務を怠つたものといわなければならない。したがつて安全を確認したということもできない。たとい、後に認定するように県道側の信号が赤色点滅であつたからといつて、右注意義務に消長はないと考える。
二 次に、弁護人および被告人は、本件交差点における国道は県道より明らかに広いから、右国道を進行する被告人に交差点を徐行する義務はないと主張する。
1 進行道路が交差道路より明らかに広いかどうかは、交差点における車輛の進行順位を決定するものであることにかんがみると、進行道路の幅員の明らかに広いことが交差点の手前の相当の距離の地点で誰にも容易に見分けられることを要し、その地点は当該車輛の速度等と相関的に定められるべきである。すなわち、それは、交差点入口から右入口で徐行状態になるために必要な制動距離だけ手前の地点でなければならない。
2 前掲証拠3・7・8によれば、被告人は、本件事故の際、急制動をかけてから衝突して停止するまでに二〇メートル以上進行したこと、その当時、晴天で、国道のアスフアルト舗装は乾いていたことがそれぞれ認められる。そうすると、被告人の自動車は、時速五〇キロメートルで制動をかけて徐行状態になるために少くとも二〇メートルを要するものと推認される。すでに認定したとおり、本件交差点における国道の車道部分の幅員は、七・八五メートル、県道のそれは六・六メートルであり、また、前記証拠8によれば、見とおしのきかないことや交差点のすみ切りのため県道入口が広げられていることから、国道上本件交差点手前(南方)約一〇メートルにおいてはじめて国道が県道より明らかに広いことを確認できることが認められる。それに前記証拠7・8を対比すると、本件事故当時、本件交差点に照明設備がなかつたことが認られ、これも度外視することは許されない。そうすると、本件交差点手前二〇メートルでは、両道路の広狭が一見して見分けられないのであるから、被告人は交差点を徐行する義務を免除されないというべきである。
なお弁護人は、黄色点滅信号の交差点においては、交通整理が行われているから道交法四二条は適用されず、同条所定の徐行義務はないというが、交通整理が行われているという見解は是認できない。
三 弁護人は、本件の事情のもとで、国道を直進する自動車運転者は、右県道から交差点に差しかかる他の車輛が交通法規を守り、赤色点滅信号にしたがつて一時停止をし安全を確認したうえで交差点に進入してくることを信頼して運転すれば足り、あえて交通法規に違反し、右の信号にしたがわず一時停止しないで高速度で交差点に突入しようとする車輛のありうることまで予想して、あらかじめ交差点手前で減速徐行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務はないと主張する。
1 前掲証拠3・4・6・7によると、吉沢和夫は判示のように自動車を運転し時速約六〇キロメートルで県道を西進し、本件交差点に差しかかり、その手前約三〇〇メートルで赤色点滅信号を認めながら一時停止はもちろん減速徐行もしないで交差点に進入して被告人の自動車の直前を横断しようとする瞬間に衝突したことが認められる。早朝で交通閑散とはいえ、いまだ闇にとざされた交差点を交通法規を無視して疾走し、重大な事故を起した右吉沢の責任ははなはだ重い。また、これら証拠によれば、その時の県道の交通量は国道のそれに比して極めて少かつたことも明らかである。
2 しかしながら、現今の交通道徳の意識はいまだに低く、一時停止の信号等を無視する自動車運転者の少くないこと、しかも人目の少い交通閑散時にそれが見られることは広く知られているところに徴すれば、本件交差点においても右吉沢のごとく信号の命ずる一時停止をしないで交差点に進入しようとする車輛がありうるのであつて、この現実を無視し、他の交通が法規にしたがつて行われるであろうと信じて進行すれば足り、一律に減速徐行する義務がないとすれば、交差点における衝突の危険等を防止することができず、現在の交通事情のもとではとうてい容認しがたいものである。まして、本件事故は、すでに認定したように、被告人において減速徐行しない過失がなければ発生しなかつたものであるから、信頼の原則により保護されるべきものでない。
法令の適用
昭和四三年法律六一号による改正前の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号、刑法五四条一項前段、一〇条(犯情の最も重い池内文弘に対する業務上過失致死罪の刑により処断)
(罰金刑選択)
同法一八条、刑訴法一八一条一項本文