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佐倉簡易裁判所 昭和36年(ろ)4号 判決 1961年7月19日

被告人 井岡四郎 外一名

主文

被告人井岡四郎、同小林重三を各罰金四万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金四百円を一日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

被告人小林重三に対し金一万円を追徴する。

被告人両名に対し公職選挙法に規定する選挙権及び被選挙権を有しない期間を各二年間に短縮する。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人井岡四郎は昭和三十五年十一月二日施行の衆議院議員選挙に際し千葉県二区より立候補した伊能繁次郎の選挙運動者であるが、右候補者伊能繁次郎に当選を得しめる目的をもつて同年十一月十日頃印旛郡四街道町四街道千五百二十三番地所在の株式会社白善社事務室において右選挙の選挙人である相被告人小林重三に対し伊能候補のため投票竝びに投票取纒めの選挙運動を依頼し、その報酬として現金一万円(千円紙幣十枚)を供与し

第二、(一) 被告人小林重三は相被告人井岡四郎と同様に右選挙における伊能候補者の選挙運動者であるが、前記日時、場所において相被告人井岡四郎より同人が前記趣旨で供与することの情を知りながら現金一万円(千円紙幣十枚)供与を受け

(二) 同被告人は伊能候補に当選を得しめる目的をもつて

(1)  同年十一月十一日印旛郡四街道町四街道千五百二十六番地酒井こと方において右選挙の選挙人である酒井ことに対し伊能候補のため投票方を依頼し、その報酬として箱入り白砂糖四瓩入り一箱(金六百十円相当)を供与し

(2)  右同日同郡同町四街道千五百八十五番地小島卓方において、右同小島卓に対し右同様の趣旨で同白砂糖四瓩入り(一箱金六百十円相当)を供与し

(3)  右同日同郡同町四街道千五百二十三番地大橋秀史方において右同大橋秀史に対し右同様の趣旨で、同白砂糖三瓩入り一箱(金四百六十五円相当)を供与し

(4)  右同日同郡同町四街道千五百二十三番地岡野一馬方において右同岡野一馬に対し右同様の趣旨で同白砂糖三瓩入り一箱(金四百六十五円相当)を供与し

(5)  右同日同郡同町四街道千五百二十三番地名和ふさ方において、右同名和ふさに対し右同様の趣旨で同白砂糖四瓩入り一箱(金六百十円相当)を供与し

(6)  右同日同郡同町四街道千五百十一番地綿みつ方において右同綿みつに対し右同様の趣旨で同白砂糖四瓩入り一箱(金六百十円相当)を供与し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人安藤国次の主張に対する判断)

同弁護人は「被告人小林重三が相被告人井岡四郎から金一万円の供与を受けたとしても右金員のうちから更に金三千三百七十円相当の白砂糖を購入して酒井こと外五名の者に対し供与したものであつて、右砂糖の被供与者酒井こと外五名の者も略式命令請求によつて起訴せられ、既に夫々罰金刑に処せられ、同時に同人等に対し右合計金三千三百七十円相当の金額の追徴を科せられて、その不正利得額については既に追徴の目的を達成したものであるから、被告人小林に対しては、これを控除した残額に相当する金六千六百三十円の追徴を科するは格別当初供与を受けた金一万円全額を不正利得額として追徴することは酒井こと外五名に対する追徴額と重複する限度において却つて国庫が不当に利得することになり失当である。」と主張するが、被告人小林に対する追徴は法定追徴(公職選挙法第二百二十四条)であつて、裁定追徴(刑法第十九条の二)ではないが、追徴は所謂「刑」ではないから(刑法第九条参照)追徴額の多寡に関する弁護人の主張は刑事訴訟法第三百三十五条第二項の少くとも「刑の加重減免の理由となる事実の主張」には該当しないものと認めるのが相当であり、その主張自体が失当である。しかし追徴は没収の附加刑(刑法第九条)たると異なり所謂刑ではないとしても価額の剥奪を主眼とし物自体(多くは物の所有権の剥奪たる没収と共に犯人から不正の利益を剥奪する趣旨において両者相共通し、実質的意味において没収と選ぶところがないから一種の刑なりとみて、同弁護人の主張に対してその当否を考察するに、追徴は対象物自体につき没収を科し得ない法定の場合(刑法第十九条の二)に、これにより当該不正の利得者たる犯人に対しその不正の利益を得しめないことを主眼とするものであるから苟も不正利得者と目せられる関係の犯人が複数であるときにの不正利得の限度額において、利得者各自に対応して各別に追徴を科し得るものというべく、殊に法定追徴に関する限り、これを科しなければならないものである。本件において被告人小林重三は相被告人井岡四郎から現金一万円(千円紙幣十枚)の供与を受けてその所有権を取得して利得したものであつて、本来ならば被告人小林に対し、その所有に帰属した右現金一万円(千円紙幣十枚)自体を没収すべきであるが、(公職選挙法第二百二十四条)被告人小林の当公判廷における供述によつても明らかな如く、爾後に至つて右現金一万円(千円紙幣十枚)を没収し能はざる状態と化したので、これに相当する不正利得の価額金一万円を剥奪する意味において追徴を科すべきものであり、又被告人小林から白砂糖合計金三千三百七十円相当の供与を受けた酒井こと外五名の者も被告人小林からこれを不正に利得したものであつて、その価額を収得せしめる理由はない。然るところ、右酒井こと外五名の者に対しては先に同人等に対する略式命令によつて追徴を科したことは当裁判所に顕著な事実であり、而して今回更に被告人小林に対しても前示認定の如く、相被告人井岡から金一万円の供与を受けて不正に利得したことが認められる――以上、追徴を科すべきことは当然である。元々被告人小林が相被告人井岡から前記金一万円の供与を受けるについては単に酒井こと外五名の者等に供与すべき白砂糖購入代金の支払いのために、たとえ予定せられていたにせよ相被告人井岡の手足となり純然たる取次行為として寸毫たりとも自己に収得する意思が全くなかつたというものではなく、実に被告人小林の独立固有の地位において相被告人井岡から供与を受けたものであることが被告人小林の当公廷における供述の全趣旨に徴し容易に認め得るから、右金一万円につき同被告人の不正利得者たることは明らかであるものと言い得る。しかし酒井こと外五名の者の供与を受けた白砂糖の購入代金合計三千三百七十円は被告人小林の右取得した金一万円のうちから支出したものであつて同被告人の不正利得額は右支出額だけ事実上減少したことにはなるが、それは被告人小林が前記の如く相被告人井岡から右供を受与けるにあたり独立固有の地位において供与を受けた必然の結果として右供与を受けた後、自己固有の計算において為した任意の処分行為によるものであつて、これを供与者たる相被告人井岡に対し受領拒絶の趣旨のもとに直ちに任意返還し、その他当初から明らかに供与金を利得せざるものと認められるの類とは大いに趣を異にするものであるから、たとえ前記の如く収得金一万円のうち金三千三百七十円を支出したとしても被告人小林の当初収得した金一万円から右支出額金三千三百七十円を控除した残額六千六百三十円が不正利得額となるものではなく、被告人小林の不正利得額は法律上当初の金一万円全額の価格について依然存続しているものと認めるのが相当である。而して酒井こと外五名の者もその不正利得額については既に略式命令によつて追徴せられたわけであるが、これは飽くまでも同人等の不正利得額に対する追徴であつて被告人小林に対するものではない。

要するに被告人小林の不正利得額金一万円の価額と、酒井こと外五名の者の不正利得額合計金三千三百七十円の価格とはその各自の不正利得したことにおいて全く別個独立のものと考えるべきであるから、たとえ既に酒井こと外五名の者に対し追徴を科したからとて被告人小林に対する追徴には毫も影響するところがなく、同被告人に対してはその不正利得額と認められる金一万円全額につき、ここに追徴を科すべきものと認定する。

叙上認定と所見を異にし、被告人小林に対する追徴額はその供与を受けた金一万円の価額から酒井こと外五名の者に対する追徴分合計金三千三百七十円相当額を控除して然るべきであるとの弁護人の主張は到底認容し得ない。

(法令の適用)

被告人井岡四郎の判示所為につき公職挙法第二百二十一条第一項第四号、第一号、罰金等臨時措置法第二条第一項(罰金刑選択)刑法第十八条、公職選挙法第二百五十二条第三項。

被告人小林重三の判示所為につき公職選挙法第二百二十一条第一項第四号第一号、罰金等臨時措置法第二条第一項(執れも罰金刑選択)刑法第四十五条前段第四十八条第十八条、公職選挙法第二百二十四条後段、第二百五十二条第三項。

(裁判官 立沢貞義)

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