佐賀地方裁判所 平成11年(行ウ)2号 判決 2000年11月17日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告の平成七年分の所得税について平成九年七月一日付けでした更正処分のうち納付すべき税額三八三万三九〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告の平成七年分の所得税の確定申告に対し、被告がなした更正処分のうち納付すべき税額三八三万三九〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分がいずれも違法であるとして、原告がその各取消しを求めている事案であり、原告において貸付債権(二四一〇万円)の担保として根抵当権を設定していた土地について競売申立てを行い、自らが最低売却価額(一〇万五〇〇〇円)の約二三〇倍となる右貸付債権相当額で落札した場合に、同土地の譲渡所得の計算上取得費に算入できる額が幾らかが争われているものである。
一 争いのない事実等
1 当事者等
(一) A、その妻のBらは、昭和四〇年ころから、天本採石の商号で、佐賀県鳥栖市α二六二八番地一一の山林七五二平方メートル(以下「本件土地」という。)に隣接する数筆の土地(以下「採石場の各土地」という。)において、採石業を営んでいた。
(二) 原告は、Aに頼まれ、同人らに対し、金銭の貸付けをしていた(甲四九)。
2 本件土地等
(一) Bは、昭和五六年及び同五七年に、国民金融公庫から融資を受け、Bが所有していた採石場の各土地について抵当権の設定を受けた。ただし、右当時、本件土地は、少なくとも登記簿上は、Bの所有となっておらず、右抵当権の対象にはなっていなかった。
(二) Bは、昭和五九年三月二九日、採石場に隣接する本件土地を、Cから交換により取得した。なお、右交換に先立つ同五五年ころ、本件土地に、採石場で稼働する重機械やトラックに燃料を供給するためのタンクやスタンドが設置された(甲五一、弁論の全趣旨)。
3 本件土地の譲渡の経緯
(一) 原告は、昭和六一年七月四日、原告との金銭消費貸借に係る債務者であるD(A・B夫妻の子)に対する貸付債権二四一〇万円の担保として、Bが所有していた、本件土地及び前記採石場の各土地併せて計一五筆の土地に、根抵当権(極度額二五〇〇万円)を設定した。
その後、天本採石は倒産状態になり、抵当権者である国民金融公庫の申立てにより、採石場の各土地は競売に付され、平成元年四月二七日、原告が経営する久留米土木有限会社(以下「久留米土木」という。)が右各土地を落札した。右競売において、後順位抵当権者である原告には配当がなかった。また、本件土地には、国民金融公庫の抵当権は設定されておらず、競売の対象にもなっていなかったので、Bが従前どおり所有し、これに原告のために極度額二五〇〇万円の根抵当権が存続し、原告ないし久留米土木が賃借するという状態が続いた。
原告は、平成元年九月、原告とその妻を出資者として鳥栖砕石有限会社(以下「鳥栖砕石」という。)を設立し、Dを代表取締役として、採石場の土地を賃借して、採石場の経営をさせた。本件土地も、鳥栖砕石において、採石場のための給油施設として使用されていた。
(二)(1) 原告は、平成四年九月四日、当庁に対し、前記根抵当権の実行として本件土地の競売(以下「本件競売」という。)の申立てを行い、同月七日、競売開始決定を得た。その後、当庁は、不動産鑑定士Eを評価人に選任して、本件土地の評価を命じ、当庁は、平成六年二月二八日、平成五年五月二八日時点での本件土地の価額を一〇万五〇〇〇円と評価した右評価人作成の評価書(甲一八)に基づき、本件土地の最低売却価額を一〇万五〇〇〇円と決定した。なお、平成四年一〇月二六日に、Dは死亡している。
(2) 当庁は、平成六年二月二八日付けで、原告に対し、最低売却価額が一〇万五〇〇〇円であることから、手続費用及び差押債権者の債権に優先する債権三〇万円(見込額)を弁済すると、剰余を生ずる見込みがない旨の通知をした。
右通知を受けて、原告は、同年三月八日、当庁に対し、鳥栖砕石が本件土地の購入を希望しており、本件競売事件は十分剰余の生ずる見込みがある旨記載された「剰余を生ずる見込みのある届出」、及び、手続費用及び優先債権の見込額を超える額(申出額)を二四一〇万円と定め、当該金額に達する買受けの申出がないときは、債権者である原告が自ら申出額で買い受け、その保証として二四一〇万円を提出する旨の記載がある「不動産買受申出書」を提出した。
当庁は、原告が、前記無剰余通知を受けた日から一週間以内に、民事執行法六三条二項各号に定める保証の提供をせず、剰余を生ずる見込みがあることの証明もしなかったとして、同月一四日、本件競売の手続を取り消す旨の決定をした。
(3) これに対し、原告は、平成六年三月二二日、当庁に対し、前記「不動産買受申出書」に記載した保証金二四一〇万円を提供するとともに、同月二三日、執行抗告の申立てをした。
右執行抗告につき、当庁は、同日、再度の考案により、前記本件競売手続の取消決定を取り消すと共に、同年四月二一日、入札期間を同年六月二日から同月九日までと定めて、本件土地の売却の実施を命じた。
(4) 右入札において、原告が二四一〇万円の最高価額で買受けの申出をしたので、当庁は、平成六年六月二〇日、原告に対する売却許可決定を言い渡し、その結果、原告は、同月二八日に本件土地の所有権を取得した。なお、右入札において、原告のほかに、買受けの申出をした者はいなかった(乙九)。
本件競売手続において、原告に優先する債権者はおらず(甲一〇、一七、四二)、同年七月二五日の弁済金交付期日において、原告に対し、弁済金二三五六万九五七六円、手続費用五三万〇四二四円の合計二四一〇万円が交付された。
(三) 原告、原告の妻及び久留米土木は、本件土地を取得してから約六か月後の平成七年一月一八日ころ、筑後川砂利砂協業組合(以下「訴外組合」という。)に対し、採石場に関する権利の一切(採石場の土地と本件土地、採石資源、鳥栖砕石の持分等)を、合計二億七五〇〇万円で売却したが、そのうち、原告は、本件土地を一一万三〇〇〇円で、鳥栖砕石の原告の持分を六五〇〇万円で売却した。
なお、訴外組合は、本件土地を含む合計一七筆の土地の取得に当たり、平成六年一〇月三日、平和総合コンサルタント株式会社(以下「平和総合」という。)に鑑定評価を依頼し、同社作成の同年一一月二日付け鑑定評価書(乙三)により、右一七筆の土地の同年一〇月一日時点での価額は総額一二六九万四〇〇〇円(一平方メートル当たり一五〇円)であるとの鑑定結果を得ており、右一一万三〇〇〇円は、右鑑定結果に基づき決定されたものである。また、右鳥栖砕石の持分の譲渡により、原告は、三六二九万円の譲渡益を得た(甲一)。
4 本件各処分の経緯
(一) 原告は、別紙別表1の内容を記載した平成七年分の確定申告書を法定申告期限までに被告に提出し、もって右所得税の確定申告をした。
(二) 被告は、原告の右確定申告に対し、平成九年七月一日付けで別紙別表2のとおりの更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、本件更正処分と併せて「本件各処分」という。)をした。
(三) 原告は、平成九年八月二八日、被告に対し本件各処分についてその全部取消しを求める異議の申立てをしたところ、被告は同年一一月二八日付けでこれを棄却する旨の決定をした。
そこで、原告は、平成九年一二月二五日、国税不服審判所長に対し本件各処分についてその全部取消しを求める審査請求の申立てをしたところ、同所長は平成一一年二月二五日付けでこれを棄却する旨の裁決を行い、原告は、同年三月五日ころ、右裁決書謄本の送達を受けた(弁論の全趣旨)。
原告は、平成一一年四月三日、本件訴えを提起した(顕著な事実)。
二 主たる争点
1 所得税法(以下、単に「法」という。)三八条一項の「資産の取得に要した金額」は、資産の取得に関して支出した費用のうち、取得時における当該資産の客観的価値を構成する費用に限られるか等
2 取得時における本件土地の客観的価格は幾らか等
三 当事者の主張
1 争点1(法三八条一項の「資産の取得に要した金額」は、資産の取得に関して支出した費用のうち、取得時における当該資産の客観的価値を構成する費用に限られるか等)について
(被告の主張)
(一) 譲渡所得に対する課税は、所有資産の値上りによる増加益(キャピタルゲイン)を所得とし、その資産が所有者の支配を離れて他に移転する機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるから、右資産の増加、益の有無及び額は、当該資産の取得時における客観的価値によって、判断すべきである。
よって、法三八条一項の「資産の取得に要した金額」は、資産の取得に関して支出した費用のうち、取得時における当該資産の客観的価値(合理的な自由市場において形成されるであろう市場価値を表示する適正な価額)を構成する費用に限られ(そのほか、右客観的価値を取得するために要した付随費用も含まれる。)。客観的価値を反映しない本件競売における落札価格の全額を「資産の取得に要した金額」とみることはできない。
(二) 原告の主張に対する反論又は再反論は次のとおりである。
(1) 原告の主張(二)(1)に対して
租税負担を回避・軽減する行為がなされた場合(なお、(三)(1)でも述べるとおり、原告の本件の一連の行為は、不合理な取引を行うことによって課税を免れる異常な租税負担軽減行為であるといえる。)、租税負担の公平の観点から、実質主義により課税を行わなければならない。異常な租税負担軽減行為に対して、当事者の恣意を認容し、形式的な課税要件事実をもって課税関係を終了させるということは、租税正義の根幹をなす負担の公平の原則に著しく反し、看過することは許さないからである。
このような実質主義の考え方は、前記(一)で述べた譲渡所得に対する課税の趣旨と併せて、法三八条一項の解釈についても考慮されるべきである。すなわち、異常な租税負担軽減行為を防ぐため、所有資産の増加益の有無及び額は、必ずしも現実的な価格に拠ることなく、当該資産の取得時における客観的価値を基準として算定し、経済的実態に即して客観的価値を認定した上、その増益分を計算すべきことになり、また、形式上、課税要件事実となる金額が異常な租税負担軽減行為により客観的交換価値と乖離したものとなっている場合、その価格での支出は資産取得のために必要かつ合理的なものと認めることはできないから、実際に行われた譲渡の価格をもって「取得費」とみることは許されない。このように、租税実体法全体を通じる考え方(実質主義)を踏まえた上で、これと個別の課税標準の意味(譲渡所得であれば値上り益)を整合的に解釈していくことは、租税実体法の解釈手法としては当然である。
右のように、譲渡所得に対する課税の趣旨は、法三八条の解釈の基準となるべきものである。
(2) 原告の主張(二)(2)に対して
確かに、一般的には、所得は、現実の収入金額や取得金額で計算しているが、これは、現実の収入金額が異常な租税負担軽減行為によりもたらされる金額でない限り、当該取引の持つ経済的機能によって該資産の客観的交換価値が実現されるからである。右収入金額が、一見、客観的交換価値と乖離するかのようにみえる場合であっても、それは競争原理によって形成される価格そのものであり、当該資産を取得するために支出されるべき合理的必要性がある価格と認められるのであって、実際の売買価格を基準に所得を算定することは、客観的価値を基準とすることと何ら齟齢しない。
(3) 原告の主張(二)(3)に対して
被告が主張している法三八条一項の解釈は、通常は、取引価格は客観的価格を反映していることを前提とし、異常な租税負担軽減行為によって形成された価格を除外しているにすぎず、社会一般に成立する取引価格に何らかの限定を加えている訳ではないし、限定を加えている面があるとしても、「取得費」の解釈上認められるものであり、何ら文理に反するものではない。
(三)(1) 本件競売における原告の落札価格が、最低売却価格の約二三〇倍の二四一〇万円であり、原告が、その約六か月後に、訴外組合に本件土地を一一万三〇〇〇円で売却していること、原告は、貸金業を営む事業所得者ではないため、私的な貸付金に貸倒れが生じても税法上は何ら考慮されることはないこと、本件競売代金が原告の手元に回収されることは確実であったことなどの本件の事実関係からすれば、本件における原告の一連の行為は、裁判所という公的機関における競売手続を利用して、貸倒れになった貸付債権額二四一〇万円を、本件土地の取得費二四一〇万円としてあえて創出し、そのことをもって客観的な証明を得たことになると考え、本件土地の譲渡所得の計算上、多額な赤字を計上することで、これを他の所得と損益通算することを可能ならしめ、他の所得に対する課税を実質的に回避しようとしたものと推認できる。
右のとおり、本件における原告の一連の行為は、競売手続を利用した租税回避行為であってそれを正当化することはできないし、また、法三八条一項についての原告の主張を前提にすると、著しく租税の公平を害することになってしまう。
(2) 原告が主張するような、原告とDらと間で、本件土地で負債を精算するような約束があった事実はない。また、原告がBやDらを支配する関係にあったことなどからすれば、原告は、本件土地を取得しようとすればいつでも取得できたものである。
(原告の主張)
(一) 法三八条一項の「資産の取得に要した金額」は、その取得のために現実に支出した金額のことをいう。
原告は、本件競売により本件土地を取得する際、買受代金として二四一〇万円を支払っているから、本件における「資産の取得に要した金額」は、右二四一〇万円に、落札経費五四四一円を加えた二四一〇万五四四一円である。
(二) 被告は、法三八条一項の「資産の取得に要した金額」は、資産の取得に関して支出した費用のうち、取得時における当該資産の客観的価値を構成する費用に限られる旨主張するが、そのような解釈は、次の(1)ないし(3)のとおり不当であり、法は、値上り益を把握するに際しては、資産の取得時と譲渡時とにおける客観的価値を探求し、その差額により客観的な価値の増加額を求めようとしているのではなく、現実の譲渡価格と現実の取得価格との差額をもって値上り益としての譲渡所得とみなすことにしていると解すべきである。
(1) 譲渡所得が、所有資産の価値の増加益であるとされるのは、譲渡所得の本質又は課税根拠の説明にすぎず、それがそのまま実定所得税法を解釈する上での基準となりうるものではない。
(2) 資産の増加益の有無及び額が、当該資産の取得時における客観的価値を基準として算定するのであれば、収入金額についても、同様に、現実の譲渡価格ではなく、「客観的価値を構成する金額」とならざるを得ないが、「収入金額とは、譲渡資産の客観的価値を指すものではなく、具体的場合における現実の収入金額を指すものと解するのが相当である。」という判例(最高裁昭和三五年(オ)四三七号同三六年一〇月一三日第二小法廷判決・民集一五巻九号二三三二頁)に反しているし、また、客観的価値よりも廉価で取得した場合も、取得価格は、現実の取得価格ではなく、客観的価格としなければならないが、そのような解釈は課税庁においてとられていないであろうし、更に、現実の価格は必ずしも常に客観的価値を反映するとは限らないから、課税をするたびごとに資産の評価をしなければならないことになるが、そのような取扱いは不当であるし、また、たまたま本件のように何らかの事情で資産の価値についての鑑定評価がある場合に限って、「客観的価値」を問題にするのであれば、課税の公平を害する結果になる。
(3) 三八条一項の「資産の取得に要した金額」に、「客観的価値を構成する」や「客観的価値を取得するため」などの限定を加えることは文理に反し不当である。
(三) 本件における原告の行為は、次に述べるとおり、経済的に合理的なものであって、租税回避行為であるということはできない。
(1) 原告は、鳥栖砕石を設立し、Dに採石場の経営をさせたものの、経営は好転しなかったので、採石場の営業全体を第三者に売却することとなった。
(2) 本件土地は、採石場の一角にあり、採石場と一体となって利用されていた上、採石場で稼働する重機械やトラックに燃料を供給するための給油施設が設置されているので、原告としては、採石場を売却するためには、本件土地をBから取得する必要があった。
しかし、Bは、高齢のため、判断能力を失っており、任意の売買契約を締結するのが困難であったので、原告は、設定されていた根抵当権に基づき、本件競売の申立てをした。
(3) 原告としては、本件競売手続において、本件土地が万が一でも第三者に落札されることになれば、新たに許可を受けて他の場所に給油施設を設置することが極めて困難であることから、採石場用地は採石場として稼働できなくなり、採石場全体の価値がなくなるので、是非とも落札しなければならない事情があった。
(4) したがって、原告としては、自らが取得するためにはなるべく高い価格で入札する必要があるが、一方、原告は、買受代金が被担保債権額の二四一〇万円以下であれば、原告の支払うべき売却代金は全額原告に配当されるという法的立場にあった。
(5) また、原告は、天本採石が創業されるころから、天本家に対し金銭的な援助をしてきており、天本家の創業以来の苦労を知っていたから、負債は採石場だけで整理したいとのBの希望を尊重したいと考えていた。
(6) 右(1)ないし(5)によれば、原告が、本件競売において二四一〇万円という価格で入札することは極めて経済合理的な判断であるといえる。
(四) 仮に、原告が、貸金の貸倒れ損失を収入金額から控除することを目的として本件競売申立てをしたものであるとしても、原告の本件の所得税の確定申告を、租税回避行為として否認することは、租税法律主義(憲法八四条)に反し、不当である。
私法上の法律関係については、当事者の自由な意思により決定されるべきものであるが、その際、課税関係がどのようになるかは、当然考慮されるべき要素の一つであって、右も考慮した上で最も適当・有利な、法によって認められた方法を選択することは、合理的経済人として当然である。
2 争点2(取得時における本件土地の客観的価格は幾らか等)について(被告の主張)
(一) 近接してなされた、執行裁判所の選任した評価人による評価(一〇万五〇〇〇円)と、平和総合の鑑定結果(一一万三〇〇〇円)とが、ほぼ一致していること、右各鑑定の経過に不自然な点がないこと、原告も、現に右一一万三〇〇〇円で、訴外組合に対し、本件土地を売却していることなどからすれば、右価額は、合理的な自由市場において形成されるであろう本件土地の市場価値を示しているといえる。
また、本件土地上に、他人(鳥栖砕石)のタンク等の給油施設が設置されていたことは、むしろ、土地の客観的価格の低下要因になるものであるし、仮に、右給油施設が土地に附合するなどしてBの所有に属していたとしても、右施設が本件競売時までに一〇年以上時を経ており減価償却を終えてほぼ無価値となっていると考えられる上、訴外組合との売買おいて、原告が、右施設の存在を理由に本件土地の値段を高くしたい等の交渉をしたこともなく、現に一一万三〇〇〇円で売却していることなどからすれば、右施設の存在をもって本件土地の価格が高騰するとはいえない。また、そもそも土地自体の資産価値と、そこに設置されている設備の資産価値とは、別個に考えるべきである。
(二) よって、原告が本件土地を本件競売により取得した時点での本件土地の客観的価格は、高くとも一一万三〇〇〇円を上回るものではない。
(原告の主張)
平和総合作成の鑑定評価書は、買主側の依頼により作成されたものであって、その妥当性に疑問があること、本件競売における評価人作成の本件評価書及び最低売却価額は、競売という特殊な売買形式を前提とする評価であること、本件土地には、隣接地の採石場で稼働する重機械やトラックに燃料を供給するためのタンクやスタンドが設置されているのに、右各評価書においてはこれらの価格は考慮されていないことなどからすれば、右各資料に基づき客観的価格を算定することは不当である。
3 結論
(被告の主張)
(一) 以上のとおり、被告は、本件土地の譲渡所得の計算上、控除することのできる取得費につき、原告が支払ったとされる不動産買受代金のうち、一一万三〇〇〇円の部分のみが本件土地の客観的価格を構成するものと認め、これに落札経費五四四一円を加えた一一万八四四一円を、右取得費であると認めた。
これにより、被告は、原告に対し、本件各処分をしたものであり、本件各処分は、法三八条の正当な解釈に基づくものであって、適法である。
(二) なお、仮に、原告が、実質において、二四一〇万円の債務の代物弁済として本件土地を取得したことになる場合は、代物弁済により取得した資産を譲渡した場合における取得費については、その資産の取得時における時価をもって資産の取得に要した金額とし、これに設備費及び改良費の額を加算して算定するのが相当であると解するのが租税実務の取扱いであり、この取扱いによれば、本件土地の取得費は、本件更正処分と同額になる。
よって、いずれにせよ、本件各処分に違法な点は存しない。
(三) また、仮に、本件土地の客観的価格が二四一〇万円であるとした場合、原告は、訴外組合に対し、二四一〇万円の土地を一一万三〇〇〇円という著しく低い価格で譲渡したことになるので、法五九条一項二号(みなし譲渡)の規定により、客観的価格である二四一〇万円で譲渡したものとみなされ、本件土地の売買時における価額は、二四一〇万円となり、「資産の取得に要した金額」は、原告の落札価額二四一〇万円に落札費用五四四一円を加えた二四一〇万五四四一円となるから、分離短期譲渡所得の金額はマイナス五四四一円となり、本件更正処分と同額になる。
よって、いずれにせよ、本件各処分に違法な点は存しない。
(原告の主張)
以上のとおり、本件土地の譲渡所得の計算上控除できる取得費は、買受代金二四一〇万円に、落札経費五四四一円を加えた二四一〇万五四四一円であって、本件更正処分のうち納付すべき税額三八三万三九〇〇円を超える部分及び本件賦課決定処分はいずれも違法であるから、原告は、被告に対し、右違法部分に係る処分の取消しを求める。
第三当裁判所の判断
一1 まず、原告の取得時における本件土地の時価が幾らかであるかにつき検討するに、近接してなされた、本件評価書における評価額(一〇万五〇〇〇円)と、平和総合の鑑定結果(一一万三〇〇〇円)とがほぼ一致していること、右各鑑定は、いずれも、不動産鑑定士によってなされたものであり、その経過や内容にも不合理な点がないこと(甲一八、乙三)、原告も、現に平和総合の鑑定結果に基づき、一一万三〇〇〇円で、訴外組合に対し、本件土地を売却していることなどからすれば、右時価は、一一万三〇〇〇円であると認められる。
2 この点につき、原告は、給油施設の価格が考慮されていないことなどからすれば、右各資料に基づき時価ないし客観的価格を算定することは不当である旨主張するが、前項記載の各事実に加えて、右給油施設は、設置されてから本件競売時までに一〇年以上時を経ている上、訴外組合との売買において、原告が、右施設の存在を理由に値段を高くしたい等の交渉をせずに、本件土地を一一万三〇〇〇円で売却していること(原告本人)などからしても、原告の右主張を採用することはできない。
二 争点1(法三八条一項の「資産の取得に要した金額」は、資産の取得に関して支出した費用のうち、取得時における当該資産の客観的価値を構成する費用に限られるか否か等)
1(一) 譲渡所得の金額について、法は、総収入金額から資産の取得費及び譲渡に要した費用を控除するものとし(法三三条三項)、右の資産の取得費は、別段の定めがあるものを除き、当該資産の取得に要した金額並びに設備費及び改良費の額の合計額としている(法三八条一項)が、右にいう「資産の取得に要した金額」とは、当該資産の客観的価格を構成すべき取得代金の額に、登録免許税、仲介手数料等当該資産を取得するための付随費用の額を加えた金額であると解するのが相当である(最高裁昭和六一年(行ツ)一一五号平成四年七月一四日第三小法廷判決・民集四六巻五号四九二頁参照)。
そして、名目上当該資産の取得のために支出された代金であったとしても、その額が当該資産の時価を著しく上回り、その代金を支出することが当該資産の取得のために必要であったとも認められないような場合には、右代金は当該資産の客観的価格を構成すべき取得代金とはいえないし、また、右付随費用にも当たらないから、これを「資産の取得に要した金額」ということはできない。
(二) そこで、本件についてみるに、本件競売手続において、三〇万円を超える額を申出額とすれば、原告は無剰余取消決定を免れることができたし、また、当時、原告のほかに本件土地を買い受けようとする者はおらず(原告本人)、結局入札したのは原告一人であったのに、原告の申出額(落札額)である二四一〇万円は、右三〇万円の約八〇倍、最低売却価額の約二三〇倍、前記時価の約二一三倍にも相当する額であるなどの本件の事実関係からすれば、右落札額は、本件土地の時価を著しく上回るものであり、また、その支出が本件土地の取得のために必要であったとは到底認められないから、右二四一〇万円すべてを「資産の取得に要した金額」ということはできず、結局、右二四一〇万円のうち本件土地の客観的価格を構成するといえる額だけが、「資産の取得に要した金額」に含まれるものというべきである。
2 右の点につき、原告は、法三八条一項の「資産の取得に要した金額」は、その取得のために現実に支出した金額のことをいう旨主張する。
しかしながら、そもそも、法三八条一項の「資産の取得に要した金額」とは、その文言からしても、名目上当該資産の取得代金として支払われた金額のことではなく、当該資産の取得に必要であった金額のことをいうと解することができる(なお、原告は、法三八条一項の「資産の取得に要した金額」に、「客観的価値を構成する」などの限定を加えることは文理に反し不当である旨主張するが、右のとおり、先の解釈は何ら同項の文理に反するものではなく、原告の右主張は失当である。)。
また、本件のように、時価の約二一三倍もの額を取得費として控除することは、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算して課税するという譲渡所得の課税根拠から考えても、相当とはいえない(原告は、右譲渡所得の課税根拠は解釈の基準にはならない旨主張するが、右主張は失当である。)。
更に、本件競売手続における原告の申出額が前記のとおり不自然性・不合理であることに加え、買受申出額二四一〇万円は原告のDに対する貸付債権額の元本と同額であり、他に優先債権者はいなかったため、原告に対し、右金額がそのまま弁済金として交付されることが確実であったこと、本件競売申立て当時、Dから貸付債権を回収することは、無理な状況にあったこと(原告本人、弁論の全趣旨)、原告が、本件土地と同時になされた鳥栖砕石の持分の譲渡により三六二九万円の譲渡益を得たことなどの事実関係からすれば、本件の原告の一連の行為は、競売手続を利用して、貸倒れになるDへの貸付債権額二四一〇万円を、本件土地の取得費として作出し、本件土地の譲渡所得の計算上多額な赤字を計上することで、これを他の所得と損益通算することを可能にし、実質的な支出をほとんどすることなく、他の所得に対する課税の負担を軽減しようとしたものと評価せざるを得ないが、原告の主張する解釈は、右のような租税負担軽減行為を容認し、租税の公平を害するものであり、相当でない。なお、原告は、原告の行為には経済的合理性があり、租税回避行為ではない旨主張するが、原告の供述(甲四九、原告本人)によっても、他に本件土地を買い受けようとする者がいないという状況で、原告が申出額を最低売却価額の約二三〇倍の金額である二四一〇万円と定め、その額で落札した他の合理的な理由を見出すことはできないから、右主張は失当である。また、先の解釈が租税法律主義に反し不当であるということはできない。
また、原告は、客観的価値を基準として算定するのであれば、収入金額についても、同様に「客観的価値を構成する金額」とならざるを得ないが、昭和三六年の判例に反するほか、客観的価値よりも廉価で取得した場合も、取得価格は、現実の取得価格ではなく、客観的価格としなければならず、更に、課税をするたびごとに資産の評価をしなければならないなどの不都合があるなどと主張する。しかしながら、「資産の取得に要した金額」につき先のような解釈をとったからといって、直ちに収入金額についても同様の解釈をとるべきことにはならないし(原告主張の判例と本件とは事案を異にするというべきである。)、また、客観的価格とは、適正な取引価格、換言すれば、取引の相手方との間で、経済的・合理的判断の下に合意決定された適正価額のことをいうと解すべきであるところ、取引がこのように適正に行われる限りにおいては、現実の取得価格(実際の代金額)が、右客観的価格となるのであって、このような条件の下では原告が主張するような不都合は生じないから、原告の右主張も失当である。
右によれば、結局、原告の主張は採用できない。
三 争点2(取得時における本件土地の客観的価格は幾らか等)について
前記一のとおり、原告が本件土地を本件競売により取得した時点での本件土地の時価が一一万三〇〇〇円であり、原告が、現に、右の額で訴外組合に本件土地を売却していることからすれば、原告が本件土地の買受代金として支出した二四一〇万円のうち、本件土地の客観的価格(適正な取引価格)を構成するといえる額は、一一万三〇〇〇円であると認めるのが相当である。
四 結論
以上によれば、本件土地の譲渡所得の計算上控除することのできる取得費は、本件土地の客観的価格を構成する取得代金一一万三〇〇〇円に、付随費用である落札経費五四四一円を加えた一一万八四四一円であり、右取得費をこれと同額としてなした被告の本件更正処分のうち納付すべき税額三八三万三九〇〇円を超える部分及び本件更正処分に付随してなした本件賦課決定処分は、いずれも適法である。
よって、原告の請求は、いずれも理由がないから、主文のとおり、判決する。
(裁判長裁判官 亀川清長 裁判官 早川真一 裁判官 横路朋生)