佐賀地方裁判所 平成14年(ワ)467号 判決 2008年6月27日
原告及び原告訴訟代理人弁護士の表示
別紙一原告目録記載及び
別紙二原告代理人目録記載のとおり
《住所省略》
被告
国
上記代表者法務大臣
鳩山邦夫
上記指定代理人の表示
別紙三被告代理人目録記載のとおり
主文
一 原告ら全員の主位的請求をいずれも棄却する。
二 被告は、別紙一原告目録の予備的請求欄に「認容」と記載された原告らに対する関係で、本判決確定の日から三年を経過する日までに、防災上やむを得ない場合を除き、国営諫早湾土地改良事業としての土地干拓事業において設置された、諫早湾干拓地潮受堤防の北部及び南部各排水門を開放し、以後五年間にわたって同各排水門の開放を継続せよ。
三 別紙一原告目録の予備的請求欄に「棄却」と記載された原告らの予備的請求及び同欄に「認容」と記載された原告らのその余の予備的請求をいずれも棄却する。
四 原告ら全員の請求の趣旨第(2)項に係る金銭請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、別紙一原告目録の予備的請求欄に「認容」と記載された原告らと被告との間では、これを二分し、その一を上記原告らの負担とし、その余は被告の負担とし、その余の原告らと被告との間では全部原告らの負担とする。
事実及び理由
第一当事者が求めた裁判
一 原告らの請求の趣旨
(1)ア 主位的請求
被告は、原告ら全員に対する関係で、国営諫早湾土地改良事業としての土地干拓事業(以下「本件事業」という。)において設置された、諫早湾干拓地潮受堤防(以下「本件潮受堤防」という。)を撤去せよ。
イ 予備的請求
被告は、別紙一原告目録の予備的請求欄に「認容」又は「棄却」と記載された原告らに対する関係で、本件潮受堤防の北部及び南部各排水門を常時開放せよ。
(2) 被告は、原告ら全員に対し、各一〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から(別紙一原告目録の堤訴番号欄に「1」と記載された原告らについては平成一四年一二月一七日から、同欄に「2」と記載された原告らについては平成一五年一月一八日から、同欄に「3」と記載された原告らについては平成一五年三月二五日から、同欄に「4」と記載された原告らについては平成一五年五月七日から、同欄に「5」と記載された原告らについては平成一五年一一月二一日から、同欄に「6」と記載された原告らについては平成一五年一二月一九日から、同欄に「7」と記載された原告らについては平成一六年五月一日から、同欄に「8」と記載された原告らについては平成一六年一〇月二八日から、同欄に「9」と記載された原告らについては平成一七年七月一四日から、同欄に「10」と記載された原告らについては平成一七年八月九日から、同欄に「11」と記載された原告らについては平成一七年九月一三日から、同欄に「12」と記載された原告らについては平成一七年一二月八日から、同欄に「13」と記載された原告らについては平成一七年一二月二〇日から)、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告の答弁
(1) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(2) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(3)ア 担保を条件とする仮執行免脱宣言
イ 執行開始時期を本判決が被告に送達された後一四日を経過した時とすること
第二事案の概要
一 事案の要旨
被告は、本件事業において、平成九年四月、有明海の西北部に位置する諫早湾の湾奥部に南北約七kmにわたって本件潮受堤防を設置して、その奥部約三五四二haの海洋部分を締め切り、以降、その内部に複式干拓方式により農地用の干拓地を造成するとともに、締め切られた内部の海水を淡水化させて調整池とした。
本件は、主位的請求及び予備的請求並びにこれらと並列の関係にある金銭請求により構成されているが、それぞれの要旨は次のとおりである。
(1) 主位的請求
本件事業において、被告が設置した本件潮受堤防により有明海全体において環境悪化及び漁業被害が生じたとして、原告ら全員が被告に対し、別紙一原告目録の漁・市欄に1と記載されている原告ら(以下「漁民原告ら」という。)については、漁業権又は漁業を営む権利としての妨害予防請求権及び妨害排除請求権、人格権、環境権並びに自然享有権に基づき、別紙一原告目録の漁・市欄に2と記載されている原告ら(以下「市民原告ら」という。)については、人格権、環境権及び自然享有権に基づき、本件潮受堤防の撤去を求めた事案である。
(2) 予備的請求
同様に、本件事業において、被告が設置した本件潮受堤防により諫早湾内及び諫早湾近傍場において漁業被害が生じたとして、別紙一原告目録の予備的請求欄に「認容」又は「棄却」と記載された原告ら(以下「予備的請求に係る漁民原告ら」ともいう。)が被告に対し、漁業権又は漁業を営む権利としての妨害予防請求権及び妨害排除請求権、人格権、環境権並びに自然享有権に基づき、本件潮受堤防の北部及び南部各排水門(以下併せて「本件各排水門」ともいう。)の常時開放を求めた事案である。
(3) 金銭請求
被告において、農林水産省の有明海ノリ不作等対策関係調査検討委員会(以下「ノリ第三者委員会」という。)による、平成一三年二月の短期・中期・長期の開門調査実施の提言にもかかわらず、中期・長期の開門調査を実施しないことにより、原告らの期待権が侵害されたとして、原告ら全員が被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求権に基づき、慰謝料各一〇万円及びこれに対する各原告の訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 前提事実《省略》
三 争点
<主位的請求及び予備的請求について>
(1) 漁業権又は漁業を営む権利に基づく妨害予防及び妨害排除請求の可否
(2) 人格権、環境権及び自然享有権に基づく請求の可否
(3) 有明海における環境変化と本件事業との間の因果関係の有無
(4) 漁業被害と本件事業との間の因果関係の有無
(5) 本件潮受堤防の締切りの公共性の有無
<金銭請求について>
(6) 原告らの中・長期開門調査に関する期待権侵害を理由とする不法行為の成否
四 争点に関する当事者の主張《省略》
第三当裁判所の判断
一 漁業権又は漁業を営む権利に基づく妨害予防及び妨害排除請求の可否(争点(1))について
(1) 漁業権又は漁業行使権に基づく物権的請求の可否
ア 原告らは、漁業権が漁協の組合員である漁民原告らに帰属する旨主張する。
しかしながら、現行漁業法のもとにおける共同漁業権は、①都道府県知事の免許によって設定されるものであり(漁業法一〇条)、しかも、その免許は、先願主義によらず、都道府県知事が予め定めて公示する漁場計画に従い、法定の適格性を有する者に法定の優先順位に従って付与されること(同法一三条ないし一九条)、②更新は原則として認められず、法定の存続期間の経過により消滅すること(同法二一条)、③組合員は、当該漁協等の定める漁業権行使規則に規定された資格を有する場合に限り、当該漁業権の範囲内において漁業行使権を有するものであって、組合員であっても漁業権行使規則に定める資格要件を満たさない者は行使権を有しないものとされており(同法八条一項)、全組合員の権利という意味での各行使権は存在しないこと、④漁協は、法人格を有し(水産業協同組合法五条)、加入及び脱退の自由が保障され(同法二五条、二六条)、組合員の三分の二以上の同意があるときは組合が自ら漁業を営むこともできるものとされている(同法一七条)ほか、総会特別決議があるときには、漁業権の放棄もできる(同法四八条一項八号、五〇条四号)ものとされていることなどからすると、古来の入会漁業権とはその性質を全く異にするものであって、組合員の地位は、いわば社員権的権利にすぎないから、共同漁業権自体が個々の組合員に帰属すると解することは困難である(最高裁判所平成元年七月一三日第一小法廷判決・民集四三巻七号八六六頁参照)。
なお、区画漁業権、すなわち、のり養殖業、のり浮流し養殖業、のりひび建養殖業及びもがいひび建養殖業に係る第一種区画漁業権並びにあさり養殖業、あさり・はまぐり養殖業、あげまき養殖業、くまさるぼう養殖業、はまぐり養殖業及びもがい養殖業に係る第二種区画漁業権についても、漁業従事者に直接免許された場合(漁業法一八条参照)を除き、漁協に対して付与され組合員はその行使につき共同漁業権と同様の規律に服するものであるから、組合員の地位は、原則として、上記の共同漁業権の場合と同様であり、本件において、いずれの漁民原告らに対しても第一種区画漁業権及び第三種区画漁業権が免許されたことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、漁民原告らの漁業権に基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
イ 前記のとおり、漁業法八条一項は、漁協の組合員であって、当該漁協かその有する共同漁業権等ごとに制定する漁業権行使規則で規定する資格に該当する者は、当該漁協の有する共同漁業権等の範囲内において漁業行使権を有する旨定めている。
そして、この漁業行使権は、漁業権そのものではないが、単なる操業請求権にとどまらず、漁業権から派生する権利として、漁業権が物権とみなされる(漁業法二三条一項)のと同様に、物権的性格を有し、第三者がその権利の存在を争い又は権利行使の円満な状態を侵害したときには、組合員はその第三者に対し、妨害予防請求権や妨害排除請求権を行使することができると解される。
(2) 漁民原告らへの漁業行使権の帰属の有無
ア 主位的請求のみに係る漁民原告らについて
後記で判断するとおり、漁民原告らの主位的請求については理由がないから、主位的請求のみに係る漁民原告らの漁業行使権の帰属の有無については、判断を省略する。
イ 予備的請求に係る漁民原告らについて
(ア) 予備的請求に係る漁民原告らは、前記前提事実記載のとおり、別紙四の二八(佐賀県有明海漁協・大浦支所)、同四の二九(長崎県島原漁協)及び同四の三〇(長崎県有明海漁協)のいずれかの漁協に属している。
(イ) 予備的請求に係る漁民原告らが別紙四の二八、二九、三〇の「漁連の免許」欄及び「漁協の免許」欄各記載の漁業権のうち○が記載されている漁業権に係る漁業行使権を有することは、当事者間に争いがない(原告番号四二七~四三四、八〇〇、八五六、八五八、八七二、八七四、八七九、八八二、一六一一、一六一三、一六一四、一六一九~一六二二、一六二九~一六三九、二〇三二、二二五二~二二五四、二二六〇、二二六四~二二六九、二二七一~二二九〇、二二九二~二三〇二、二三〇四~二三一一、二三一三~二三一六)。
(ウ) 予備的請求に係る漁民原告らのうち、別紙四漁民原告権利証明状況一覧表の各地区免許欄記載の漁業権につき、○又は×のいずれも記載されていない者は、いかなる漁業行使権を有するか認めるに足りる証拠はないから、漁業行使権を有するとは認められない(八六一~八六四、八六六~八七一、八七三、八七五、八七七、八七八、八八〇、八八一、一六〇七、一六〇九、一六一五~一六一八、二二四四~二二五一、二二五六~二二五九、二二六一~二二六三)。
(エ)a 予備的請求に係る漁民原告らが別紙四の二八の「漁連の免許」欄及び「漁協の免許」欄各記載の漁業権のうち×が記載されている漁業権に係る漁業行使権を有することについては、同別紙の資格要件証明号証番号欄に書証番号の記載がない又は記載があっても特記事項があるときは漁民原告らが当該漁協の組合員ないし正組合員であることについて当事者間に争いがあり、資格要件のうち赤字で記載された要件を漁民原告らが満たすことについて当事者間に争いがあるところ、以下、争いがある点について検討する。なお、被告は、上記資格要件につき漁協作成の文書による立証が必要である旨主張するが、立証方法が限定される理由はなく、被告の上記主張は採用できない。
b 証拠(甲B一三七の二五、四〇、一五一、一八六、二一二~二一四、原告B山松夫本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告B山松夫(原告番号八〇〇)は、タイラギ潜水漁等に従事し、昭和四九年ころ以降漁船漁業に従事していたことが、原告C川竹夫(原告番号八五六)、原告D原梅夫(原告番号八七二)、原告E田春夫(原告番号八七三)、原告A田夏夫(原告番号一六一四)、原告B野秋夫(原告番号一六一九)、原告C山冬夫(原告番号一六二〇)、原告D川一夫(原告番号一六二一)及び原告E原二夫(原告番号二二五四)は、タイラギ潜水漁等に従事し、遅くとも平成九年以降漁船漁業に従事していたこと、原告A川三夫(原告番号一六一三)、原告B原四夫(原告番号一六二二)、原告C田五夫(原告番号二二五三)、原告D野六夫(原告番号二二五二)及び原告E山七夫(原告番号二二六〇)は、遅くとも平成九年以降漁船漁業に従事していたことがそれぞれは認められるから、別紙四の二八「漁協の免許」欄記載のf及びhの漁業権に係る漁業行使権をそれぞれ有していると認められるが、かきひび建養殖業に従事していたことは認めるに足りる証拠はないから、同bの漁業権に係る漁業行使権を有していることは認められない。
c 証拠(甲A四二二、B二一二~二一四)及び弁論の全趣旨によれば、原告A山八夫(原告番号八六〇)、原告B川九夫(原告番号八七六)、原告C原十夫(原告番号一六〇八)及び原告D田一男(原告番号二二五五)は、いずれも、旧大浦漁協の正組合員であって地元地区内に住所を有し旧大浦漁業協同組合に三年以上所属している者で、遅くとも平成九年以降、タイラギ潜水漁業及び漁船漁業(原告C原十夫についてはアサリ養殖も)を営んでいることが認められるから、別紙四の二八「漁連の免許」欄記載のa―1、b、c及びd―1並びに「漁協の免許」欄記載のf、h及びiの漁業権に係る漁業行使権を有していると認められるが、いずれもかきひび建養殖業に従事していたことは認めるに足りる証拠はなく、むしろ、原告C原十夫については、ノリ養殖業を平成一五年で廃業したことが認められる(甲B二一二)から、「漁協の免許」欄記載のb及び原告C原十夫についてはaの漁業権に係る漁業行使権を有していることは認められない。
d 証拠(甲B一五一、一七九、二一二、二二一の二、原告E野二男本人)によれば、原告E野二男(原告番号八六五)は、旧大浦漁協の正組合員であって地元地区内に住所を有し旧大浦漁業協同組合に三年以上所属している者で、原告A原三男(原告番号一六一一)については、昭和二九年以降漁業に従事していたが、遅くとも昭和四〇年ころ以降、原告E野二男については、遅くとも平成八年以降、いずれもノリ養殖業及び漁船漁業等を営んでいることが認められるから、同原告らについて、別紙四の二八「漁協の免許」欄記載のa、f及びhの漁業権に係る漁業行使権を有しており、原告E野二男については、これらに加えて同「漁連の免許」欄a―1、b、c及びd―1並びに「漁協の免許」欄iの漁業権に係る漁業行使権を有していると認められるが、いずれもかきひび建養殖業に従事していたことは認めるに足りる証拠はないから、同「漁協の免許」欄記載のbの漁業権に係る漁業行使権を有していることは認められない。
二 人格権、環境権及び自然享有権に基づく請求の可否(争点(2))について
(1) 人格権に基づく請求について
原告らは、本件撤去請求等の根拠として、人格権を挙げ、本件事業により、人格権である、有明海の恵みを享受する権利、具体的には、早い潮流・広大な干潟・浮泥の存在など有明海の環境特性、そして、それに支えられた有明海の豊かな生物相を有形無形に利用する権利が侵害されている旨主張している。
しかしながら、人格権とは、生命、身体、健康、名誉等の各種の人格的利益をいうのであって、原告らの主張するような権利は、人格権には当たらず(その内容は、むしろ、後記のとおり、環境権に等しい。)、このようなその内容が極めて漠然かつ曖昧なものを一般的な権利として認めるべき根拠は見出し難く、妨害予防請求権や妨害排除請求権の根拠として是認することはできない。
そして、原告ら主張に係る本件事業及び本件潮受堤防締切りによる有明海への影響及び漁業被害は、その主張自体から判断しても、原告らの生命、身体、健康等の身体的人格権を直接侵害するようなものではないことは明らかである。さらに、人格権の内容に原告らが主張する職業選択の自由が含まれるとしても、本件事業等がこれを直接侵害するものではない。
したがって、人格権に基づく原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
(2) 環境権及び自然享有権に基づく請求について
原告らは、環境権とは、「一定の地域を中心とする環境を考え、それを地域住民が共有し、支配する私権であり、自らを取り巻く環境を支配し、良好な環境を享受する権利」、自然享有権とは、「豊かな自然環境を享受し、将来世代のためにもその環境が維持されるように保護を求める権利」である旨主張している。
原告ら主張の上記のような権利は、環境保護の必要性が強調される今日、傾聴に値するものではあるが、保護されるべき環境の内容は、社会の変化に伴って変化する可能性が高い上、個人個人の自然環境に関する考え方や利害の内容、程度も多種多様であるから、これを私法上の権利として認める明文の規定がなく、その概念、成立・存続・消滅の要件、法律効果等、その内容も確立していない現時点において、無限定に不可侵性、絶対性を有する権利として是認することは困難であるというべきである。
したがって、環境権及び自然享有権に基づく原告らの請求も、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三 有明海における環境変化と本件事業との因果関係の有無(争点(3))について
(1) 因果関係の認定基準について
ア 訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、事実と結果との間に高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りると解される(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)。
イ 原告らは、本件事業と漁場環境の悪化との因果関係について、予防接種ワクチン禍訴訟における、いわゆる白木四原則に準じて、①時期的な一致、すなわち、本件潮受堤防の締切りと漁業環境の悪化が発生したこととの時期的な一致が認められること、②漁場環境の悪化を示す質的変化が生じていること、すなわち、本件潮受堤防の締切り前後で漁場環境が質的に悪化していること、③科学的な説明が可能であること及び④有力な他原因がないことの立証があるときは、本件事業に伴う工事及び本件潮受堤防の締切りと有明海における漁業環境の悪化ないし漁業被害との間に因果関係が高度の蓋然性をもつと認められると主張する。
上記の白木四原則は、いわゆる疫学四条件、すなわち、①その因子が発症の前に作用するものであること(時間的条件)、②その因子の作用する程度が著しいほどその疫病の罹患率が高まること(量反応関係の条件)、③その因子が除去されたり、それを持たない集団では罹患率が低いこと(消去の条件)、④因子が作用するメカニズムを生物学的に矛盾なく説明できること(生物学的妥当性の条件)と同趣旨を述べるものであると解される。
本件においては、有明海という広大な海洋環境の変化が問題とされており、このような自然的環境に影響を与え得る自然的条件、社会的条件は多様であり、かつ、それらの条件が複雑に関係し合って環境の変化がもたらされ得るものであることは自明であるが、このような場合に、因果的連鎖を逐一証明することは不可能に近いから、因果関係の証明負担の軽減方法を検討する必要があり、その意味から、疫学的証明による方法は、因果関係の判断において、大いに参考になるものと考えられる。
ウ そこで、本件においても、まず因果関係の疫学的証明がされているか検討することとするが、その場合であっても、有明海における環境要因等に関する科学的知見を踏まえて因果関係につき検討することは不可欠であり、まず、この点について検討することとする。
なお、有明海における環境要因等に関する科学的知見については、前記前提事実記載のとおり、科学的知見を有する複数の学識経験者等により構成された委員会の検討を経て作成されたノリ第三者委員会最終報告書及びノリ第三者委員会開門調査に関する見解、評価委員会による評価委員会報告、並びに、当事者の一部が本訴と同じであり争点もほぼ同じくする公調委原因裁定申請事件において、専門委員である学識経験者により作成された専門委員報告書、専門委員報告書に基づく公調委裁定があり、これらは、作成時までの有明海における観測結果及び科学的知見に基づいて作成されたものである。
このうち、公調委裁定(乙二二五)は、公害等調整委員会設置法に基づいて設置された、公害紛争処理の専門機関であり、準司法機関である、独立行政委員会の公調委が、専門家を含む参考人の陳述内容、自らした現地調査の結果や専門委員報告書等に基づき、平成一七年八月三〇日という本訴の口頭弁論終結時期と比較的近接した時期に、本件の争点と基本的に同様の因果関係の有無に判断を加えたものであり、本件における因果関係につき意識的に十分な検討を加えているものであるから、本訴においても、その内容は十分に尊重されるべきものであると解される。
(2) 本件事業と有明海の環境変化との関係について
ア 潮汐について
(ア) M2分潮に着目した検討
a 証拠(甲E三〇二六《宇野木・有明海における潮汐と流れの変化―本件事業の影響を中心として―、以下「宇野木二〇〇二」という。》、三〇二七《宇野木・有明海の潮汐減少の原因に関する観測データの再解析結果》、三二九九《宇野木・建設途中の締切り堤防が湾の潮汐に与える影響》、三三二三)によれば、原告らが本件事業及び本件潮受堤防の締切りによる、有明海の潮汐減少の主張の根拠とする宇野木の見解は以下のとおりであると認められる。
「本件事業の開始を一九八六年(昭和六一年)、本件事業の工事着工を一九八九年(平成二年)、本件潮受堤防の締切りを一九九七年(平成九年)とする。
本件事業等による地形変化が潮汐に与えた影響については、外海の潮汐変化の影響を消去する目的で、内湾(有明海においては大浦)における分潮の振幅と湾口(有明海においては口之津)における分潮の振幅との比で導かれる内湾における分潮振幅の調和定数の増幅率の変化に注目し算定する。なお、M2分潮の振幅は長周期の変動係数f(「f値」は、月の公転軌道に起因し、一八・六年の変動周期を有する。)により変化するが、仮にM2分潮振幅についてf値を含む値を用いても、二地点の分潮の振幅の比である上記増幅率においてはf値は消去され、各地点のM2分潮振幅のデータにf値を含むか含まないかにより違いは生じない。
さらに、上記増幅率については、地形変化以外の要因による変動を消去するため、三年間の移動平均(前後三年間の平均値を中央年の値とするもの)を用いる。
以上により算定された増幅率は、一九八六年の本件事業開始以前及び一九九七年の本件潮受堤防の締切り以降の各期間において、一定値を保っており、これは、各期間において有明海におけるM2分潮振幅の調和定数に影響を与えるような地形変化はないことを示している。
しかし、増幅率は、一九八六年の本件事業開始から一九九七年の本件潮受堤防の締切りまでの期間において一方的に減少しており、これは、有明海におけるM2分潮振幅の調和定数に影響を与えるような地形変化が進行したことを示している。また、一九九六年から一九九八年までの増幅率は急減に減少しており、これは本件潮受堤防の締切りが急激に行われたことと対応している。
増幅率減少に関する本件事業等の人為的開発事業による地形変化(内部効果)及び海面上昇に伴う湾内の水深増加による地形変化(水深効果)並びに外海の潮汐変化(外部効果)それぞれの寄与度については、以下のとおり算定される。
地形変化による効果(内部効果及び水深効果)は、専ら内湾における潮汐の振幅に影響を与え、湾口における潮汐の振幅に影響を与えないのに対し、外部効果は、内湾及び湾口いずれにおける潮汐の振幅にも影響を与えるところ、内湾における影響は湾口における影響を増幅率に基づき増幅されたものとなる。
そこで、口之津(湾口)におけるM2分潮振幅の振幅減少量に増幅率を乗じたものが大浦(内湾)におけるM2分潮の振幅減少量のうち外部効果によるものである。
そして、大浦(内湾)におけるM2分潮の振幅減少量から外部効果分を差し引いたものが地形変化による効果分となる。
地形変化による効果分のうち、水深効果分については、一次元矩形湾に対する共振潮汐の理論を用いた湾の長さ、水深、初期の湾奥振幅、分潮周期及び基本振幅周期等の数式により推定し、地形変化による効果分から水深効果分を差し引いたものを内部効果によるものと算定する。
以上によれば、M2分潮及び潮汐の減少に対する寄与は、本件潮受堤防の締切りを含む本件事業を主体とする内部効果分が約五〇%、海面上昇による水深効果分が約一〇%、外海の潮汐変化による外部効果分が約四〇%である。
本件潮受堤防が締め切られる前の本件事業に伴う工事の潮汐への影響としては、定性的には水中部分の工事が本質的に重要な役割を果たしており、この影響を定量的に算定するには本件事業における各工事に関する詳細なデータに基づく議論が必要であるが、これは今後の課題である。いずれにしても、本件潮受堤防の開口率が二〇%に達しなくとも、内部効果により有明海において潮汐の減少は生じる。」
b この点に関し、被告は、原告らが宇野木の見解を前提に昭和五八年(一九八三年)以降の増幅率のみを取り上げているが、より長期的な増幅率の経年変化を見ると、昭和四五年(一九七〇年)から昭和五五年(一九八〇年)まで増加し、昭和六一年(一九八六年)ころから減少していることが明らかとなっていると主張している。
そして、現に、昭和四三年から平成一二年までの各年の大浦と口之津の各M2分潮振幅の調和定数を比較した結果(乙二六〇の三)によれば、被告主張に沿う事実が認められ、公調委原因裁定においても、この事実を前提に「参考人宇野木が指摘するより長期的に見た場合、本件事業開始前の増幅率はほとんど一定であるとの前提は採れないことになるし、増幅率の変化要因についても、参考人宇野木がいうように限定することができるかについては疑問の余地が生じることになるのであって、M2分潮振幅とその増幅率との関係から外部効果と内部効果を区別しようとする参考人宇野木の見解については、現時点では採用することができ」ないとされていることが認められる。
原告らは、これに対して、宇野木の証言に基づき、本件事業という環境の変化が潮汐減少に与えた影響を検討するについても、本件事業の前後においてどのような変化をしているのかについて着目すれば必要かつ十分であり、しかも、昭和四〇年代後半から昭和五〇年代後半にかけてM2分潮の増幅率が増加している要因は、その期間日本周辺の平均海面が下がったことによるという別の要因に基づくものであると説明できると主張し、小西達男・日本沿岸水位の長期変動と関連する減少について(甲E三二八六)によれば、昭和四五年から昭和五五年までに日本沿岸の平均水位は約四cm低下したことは認められる。
しかしながら、原告らの主張をもってしても、上記公調委原因裁定において指摘されているとおり、本件事業開始前の増幅率はほとんど一定であるとの前提は採れないこと、増幅率の変化要因についても宇野木の見解のように限定することができるかについては疑問の余地が生じることになるから、宇野木の見解に基づき内部効果を算定することは現時点においても困難であると言わざるを得ない。
(イ) 本件潮受堤防の締切りによる有明海全体の潮汐に対する影響
証拠(甲E三一二二、三二三〇、乙三八八)によれば、専門委員報告書、これが引用する灘岡和夫・潮汐・流れを中心とした有明海の物理環境に関する論点整理及び評価委員会報告を総合すると、file_2.jpg有明海の潮汐は一九九〇年代に入ってやや減少傾向であることが多くの研究者によって報告されているが、減少量は潮汐振幅全体の二%ないし三%程度であること、file_3.jpg環境問題との関係を見るには分潮振幅の変化だけではなく、実際の振幅変化(調和定数ではなく、f値を乗じたもの)を考える必要があること、file_4.jpg実際の潮位には気象・海象等の要因が加わり、潮汐変動以外に特異な変動が含まれること、file_5.jpg有明海における潮汐振幅減少要因は、①有明海内の海水面積の減少(本件潮受堤防、その他の埋立・干拓、港湾建設等により有明海の海水面積が減少した結果、有明海の共振が弱まる。)、②平均水位の上昇(有明海内の平均水位上昇により有明海の共振が弱まる。)、③外洋潮汐振幅の減少(広域的な平均水位上昇により東シナ海全体の共振が弱まることを主因として外洋の潮汐振幅が減少する。)に整理することができること及びfile_6.jpgこれらの各要因の相対的割合については、簡単な理論計算やデータ解析及び数値シミュレーション等により様々な報告が行われており、必ずしも統一的な見解が得られているわけではないが、概して①有明海内の海洋面積の減少の寄与率につき、一割から二割までの間とする結論から五割程度とする結論が導かれていることが認められる。
以上によれば、本件潮受堤防の締切りが、その後に生じた潮汐振幅全体の二、三%程度の減少に部分的に寄与したとの関係は認めることができる。
なお、被告は、本件潮受堤防による実際の潮汐の影響についてM2分潮振幅の調和定数に着目すること自体が不適当である旨主張し、なるほど、上記のとおり、有明海の潮汐変化に関して、現時点において、環境問題との関係を見るには分潮振幅の変化だけではなく、実際の振幅変化(調和定数ではなく、f値を乗じたもの)を考える必要があることが指摘されているが、これを踏まえた評価委員会報告においても、M2分潮振幅の調和定数に基づく見解が直ちに排斥されているものではないから、被告の主張は直ちに採用できない。
また、被告は、大潮差につき、佐賀県大浦地点における経年変化を見ると、昭和四五年(一九七〇年)以降、増減を繰り返しながら、昭和五四年(一九七九年)まで増加傾向であり、同年における五〇九・一cmをピークとして、再び増減を繰り返しながら減少傾向であり、また、本件潮受堤防が締め切られた平成九年(一九九七年)四月以降も減少傾向が続いており、年平均潮差の経年変化については、長期的に増減を繰り返しているとして、本件潮受堤防の締切り前後でそれらの傾向に変化は見られないのであるから、大潮差の経年変化に本件潮受堤防の締切りの影響が現れているとは認められないし、実際の潮汐は、気象潮などの非常に多くの要因に影響を受け本件潮受堤防の締切りによる潮汐振幅の減少による潮汐への影響は数ヘクトパスカルの気圧変化により日常的に起きている規模のものでしかないと主張しており、なるほど、証拠(乙二一二)によれば、諫早湾干拓事業開門総合調査報告書において大潮差及び年平均潮差に関する被告主張に沿う事実が報告されていることが認められる。
しかしながら、前記の評価委員会報告においても、実際の潮位には気象・海象等の要因が加わり、潮汐変動以外に特異な変動が含まれていると言及した上で、潮汐振幅の減少による潮汐に対する影響を論じているのであって、気象潮等の存在を考慮しても、潮汐振幅の減少による潮汐への影響が有明海の環境変動を把握するに不適切であるということはできないし、実際の大潮差及び年平均潮差に本件潮受堤防による影響が顕著に見受けられないとしても、本件潮受堤防が潮汐振幅の減少に部分的に寄与したという関係を肯定し得るとした上記判断は覆るものではないものというべきである。
(ウ) 本件潮受堤防の締切りにより影響が発生した時期及び本件事業における本件潮受堤防の築提等工事による有明海の潮汐に対する影響
a 証拠(甲E三〇二六、三一六二《中村充・有明海の潮汐、潮汐の変動についての所見・公調委乙三〇四五》、三一六三《中村充公調委調書》、三二九九《宇野木・建設途中の締切り堤防が湾の潮汐に与える影響》乙四一二、四一三)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(a) 中村充が水産省監修「沿岸漁場整備開発事業施設設計指針」(平成五年三月)の示す数式に基づいて、本件潮受堤防の開口率(開口部の水深減少を考慮しないもの)の内側と外側の海水交流量及び位相差を計算した結果、本件潮受堤防の築堤が進行して、本件潮受堤防の内外の位相差に与える影響については、開口率が二〇%を下回るまではほとんど生じず、海水交流量に与える影響については、開口率が一〇%を下回るまではほとんど生じないとの結論となった。
(b) 宇野木は、梶浦欣二郎・湾水振動におよぼす防波堤の効果の理論に基づいて、「本件潮受堤防による海底上昇を考慮しない場合は本件潮受堤防の開口幅(以下単に「開口幅」という。)が一kmを超えると、湾奥の潮汐は堤防がない状態に近づく。さらに、築堤工事による開口部における海底上昇(水深の減少)を考慮した場合は、開口率が一・四kmであっても、水深の減少が開口率の減少と同割合で進行したときには潮汐振幅は四六%に、水深の減少が開口率の減少の二倍の割合で進行したときは潮汐振幅は九%にそれぞれ減少する。これらの結論は湾奥を口の開いた堤防で締め切ったときを想定したものであって、有明海の脇にくっつく諫早湾の締切りとは形状が異なるが、およその傾向を知ることはできる。本件潮受堤防の築堤工事のみ限定した場合は上記のとおりの傾向が見受けられるが、本件事業に伴う、本件潮受堤防の築堤工事に先立つ軟弱地盤改良工事、築堤工事以外の小江干拓の造成工事、敷砂及び採砂等による潮汐に値する影響は工事の進捗状況の詳細なデータに基づく議論が必要であって、今後の課題として残されている。」としている。
(c) 本件潮受堤防の築堤工事中の潮止工区における瞬時締切り前の海底上昇(水深減少)は平均で三八cmであり、被告が宇野木と同様の理論に基づいて開口幅が一・二kmで、海面上昇が三八cmである場合の潮汐振幅の相対的割合を算定するとほぼ一〇〇%であって潮汐振幅に対し全く影響がないという結果が得られる。
b 以上によれば、本件潮受堤防の築堤工事及び締切りによる潮汐に対する影響に関しては、本件潮受堤防の開口部が二〇%を下回った平成九年三月末前ころには本件潮受堤防による影響が生じていたものの、影響のほとんどは潮止工区が締め切られた同年四月一四日以降に生じたものであると認められる。
また、本件潮受堤防の築堤工事以外の本件事業に伴う工事については、同工事の進捗状況の詳細なデータに基づく科学的検討を経ていない現時点においては認めることはできない。なお、被告は、本件潮受堤防の築提工事以外の本件事業に伴う工事につき、諫早湾口における海底からの採砂及び本件潮受堤防の内側海域における小江干拓地の提防築提工事しか考えられないとして、これらの工事によって有明海の平均水深そのものが変化したと仮定し、宇野木が潮汐振幅の減少に対する各要因の寄与率の計算に用いた水深効果に関する数式に基づき、有明海の固有振動周期の変化を試算しても、採砂及び小江堤防築堤工事いずれについても、極めてわずかな変化しかないと主張するが、これが科学的に承認されたものであるか、どの程度の正確性を有するものであるか明らかでないから、被告のこの主張は採用できない。
イ 潮流について
(ア) 諫早湾内及びその近傍における潮流
証拠(乙一四一、一四二)によれば、環境モニタリング調査平成一〇年~平成一四年及び平成一六年潮流観測の結果、諫早湾内の地点における観測結果については、本件潮受堤防の締切り後、湾奥部及び湾央部では潮流の流速は減少しており、その減少の程度は、本件潮受堤防に近い諫早湾奥部から湾口に向かうにつれて徐々に小さくなっており、湾口部でも湾奥部等ほど顕著ではないものの流速が減少する傾向が見られるが、諫早湾外の地点(別紙九潮流観測位置図上のSt.12、St.13及びSt.14の各表層及び中層)における観測結果は、別紙一〇環境モニタリングによる諫早湾周辺海域での潮流速の観測結果のとおりであり、同一観測地点の同一層の観測結果でも、本件潮受堤防の締切り後の平成一〇年ないし平成一四年及び平成一六年の潮流速に相当のばらつきがある上に、St.13の中層のように本件潮受堤防の締切り前のものと比べていずれも潮流速が上昇しているのに対し、同St.13表層は本件潮受堤防の締切り前のものに比べていずれも潮流速が減少しているものもあり、一定の変化傾向すら見い出せないし、締切り後の潮流速を見ても、最小値に対する最大値の偏差も一様ではないことが認められる。
以上によれば、諫早湾内では、全般的に潮流速の減少が見受けられ、湾奥部における流速低下の程度は大きいが、湾口部に向かうにつれて流速減少の割合は小さくなっていることが認められ、諫早湾湾外においては潮流速の一様な減少が見受けられないことが認められる。
(イ) 旧有明町沖における潮流
a 観測結果及びその比較
(a) 小松利光による平成五年旧有明町沖潮流観測及び平成一五年旧有明町沖潮流観測の比較
証拠(甲E三二三四)によれば、小松利光らは、平成一五年一〇月八日から同年一一月一〇日までの旧有明町沿岸部のP61地点(北緯三二度五一分五八秒、東経一三〇度二〇分五八秒、平均水深一五m)の水深五m並びにP62地点(北緯三二度五二分二三秒、東経一三〇度二一分五四秒、平均水深三二m)の水深五m及び同二〇mで電磁流速計を係留して流速流向の測定を行い、西ノ首らが平成五年一〇月一三日から同年一一月一一日までの同位置における潮向潮流の観測結果と比較した結果は、現地観測に基づく北部有明海の流れ構造と海水交換特性に関する研究で発表された内容としては以下のとおりであった(なお、齋田倫範ほか・有明海島原半島沿岸部における流況定点観測(乙一二八)、同・現地観測に基づく北部有明海の流れ構造と海水交換特性に関する研究(甲E三二七四)では同じ観測結果につき異なる数値が記載されているがこのような差違が生じている理由については明らかではない。)。
① 潮流速
平成五年観測時及び平成一五年観測時におけるそれぞれの潮流速の平均値(cm/s)は、P61(五m)で、六〇・二であったものが四七・六となり、二一・〇%の減少、P62(五m)で、四一・五であったものが三〇・一で二七・三%の減少、P62(二〇m)で、五二・七であったものが三九・二で二五・七%の減少であった。
② M2分潮潮流楕円
係数fによる変化を含まない調和定数の潮流楕円の長軸長は、平成五年観測時と平成一五年観測時の比較で、P61(五m)で、一〇・四%の減少、P62(五m)で、二七・八%の減少、P62(二〇m)で二六・七%の減少であった。
(b) 被告は、平成五年の旧有明町沖潮流観測と平成一五年の旧有明町沖潮流観測の観測の比較の正確性に関して、各観測期間中の淡水流入条件が異なること及び各観測の際の観測地点の同一性が担保されていないことを指摘して、各観測結果は比較できない旨主張する。
そして、証拠(甲E三二七四、三二三〇、乙一八六、二二五、四五一、四五四)によれば、以下の事実が認められる。
① 淡水流入条件に関して、現地観測に基づく北部有明海の流れ構造と海水交換特性に関する研究において、アメダス(島原)における各観測期間中の総雨量は、平成五年で六七mm、平成一五年で一八二mmであり、アメダス(久留米)の各観測期間中の総雨量は、平成五年で六九mm、平成一五年で九四mmで、地区側の流量は大きく変化していなかったものとして、気象イベントに起因する観測条件の顕著な違いはないとしている。
② 各観測期間における筑後川の各観測期間中の平均流量は、各観測期間前の降水量の影響などから平成五年で七七m3/s、平成一五年で五二m3/sであって、後者は前者より約三割少ない。
③ 淡水流入条件については、公調委裁定においても淡水流入条件の比較として筑後川の平均流量で比較することが妥当であることを前提として、被告主張と同様の指摘がされている。
④ 観測地点の同一性に関しては、九州農政局が、旧有明町地先のP61周辺(北緯三二度五一分五七・九九九秒、東経一三〇度二〇分五七・九九九秒)及びP62周辺(北緯三二度五二分二三・〇〇〇秒、東経一三〇度二一分五四・〇〇〇秒)を含む東西方向三・六四km、南北方向一kmの海域について、平成一六年一一月五日から同月一九日まで海底地形を、同月一二日から一三日まで及び同年一二月一二日及び同月一三日に流向流速分布を島原半島沖における潮流・海底地形調査として調査した結果によれば、同海域における海底地形は、勾配が急で、P61地点付近では起伏が激しく、P62地点付近では北西方向に切り立った階段状の地形となっており、観測地点のわずかなズレでも地形の影響により流速流向に大きな違いが生じうるし、頻繁にかつ不規則な位置に現れる潮目が観測地点の東側に位置するか西側に位置するかによって、密度構造及び潮流流向・流速がかなり異なる。
⑤ 専門委員報告書は、小松利光による比較については、同報告書が引用する灘岡和夫、花田岳・有明海における潮汐振幅減少要因の解明と諫早堤防締め切りの影響において示された数値シミュレーションの結果に有意的な大きさの減少という意味で整合するが、定量的な対応関係については局所的な地形効果の影響などさらに検討を要するとしている。
⑥ 平成五年の旧有明町沖潮流観測の観測位置の特定のために用いられたGPS(相位システム)には精度上の限界がかなりあった。
b 数値シミュレーション結果
(a) 専門委員報告書の数値シミュレーション結果
証拠(甲E三二三〇)によれば、専門委員シミュレーションにより、本件潮受堤防の締切りの有無の条件を変えて、小潮・上げ潮時、小潮・下げ潮時、大潮・上げ潮時、大潮・下げ潮時の各表層及び底層の潮流速を計算した結果、上記締切りにより、諫早湾及びその近傍部では、表層及び底層で、諫早湾及びその近傍(旧有明町沖を含む。)では潮流速が減少し、諫早湾湾口北部では流速が増加する傾向であり、また、表層及び底層における残差流(なお、一五日間の流動場を平均して得られたものであって、潮汐残差流ではない。)を計算した結果、上記締切りによる影響が諫早湾湾口周辺で特に大きいことになったことが認められる。
(b) 国調費流動モデル
証拠(乙二一二)によれば、開門総合調査において、国調費流動モデルを用いて、本件潮受堤防の有無の条件を変えて、潮流ベクトル(大潮時)と平均流ベクトルを計算し比較した結果、諫早湾及びその周辺海域にその差が見られたが、それ以外の海域では明らかな差が見られなかったことが認められる。
c まとめ
以上によれば、諫早湾内、諫早湾湾口中央部(前記St.13地点)から長崎県旧有明町沖にかけての海域における潮流速の減少については、環境モニタリング調査の結果、専門委員モデル及び国調費流動モデルによる数値シミュレーションの結果のいずれもが示すところであり、本件潮受堤防による締切りによって、潮流速が、同堤防に近い諫早湾湾奥部ではかなりの程度、諫早湾湾口部から湾外南側にかけてはある程度、長崎県旧有明町沖においても若干減少したものと認められる。
しかし、小松らの旧有明町沖潮流観測の比較で指摘された潮流減少の程度については、公調委裁定及び公調委専門委員報告書でも指摘された局所的な地形効果の影響に対する検討がいまだ十分に行われておらず、現時点においても、採用できない。
また、諫早湾湾外北側(前記St.12地点)付近の海域では、環境モニタリング調査の結果及び専門委員モデルの数値シミュレーションの結果から、本件潮受堤防の締切りにより潮流速がわずかに増加したものと認められる。
(ウ) 諫早湾及びその近傍部を除く有明海における潮流
a 西海区水産研究所平成一三年有明海潮流観測
(a) 証拠(乙八九)によれば、西海区水産研究所は、有明海沿岸四県の水産研究機関と共同して、平成一三年二月二三日、三角ノ瀬戸以北の有明海全域においてひも流し測量による表層の潮流速の観測(西海区水産研究所平成一三年有明海潮流観測)を行い、海上保安庁の昭和五二年までの有明海潮流観測を比較して、平均で約二〇%の流速の減少が認められたとの発表が行われたことが認められる。
(b) しかしながら、西海区水産研究所平成一三年有明海潮流観測は、平成一三年二月二三日の一日のみのひも流し法による観測方法によっているのに対し、海上保安庁昭和五二年までの有明海潮流観測は、八月末の一五昼夜連続の係留系測流による観測方法であり、観測季節及び観測手法が異なるところ、ノリ第三者委員会の中間取りまとめ(甲三〇〇一の六)において、潮流については季節的な変化、海底地形、気象、海象にも影響されるなど局所的、局時的な特性に大きく支配される旨指摘されており、公調委原因裁定(乙二二五)においても、西海区水産研究所平成一三年有明海潮流観測によって潮流の変化を認定することは困難であるとされているから、西海区水産研究所が発表するとおりの潮流の減少を認めることはできない。
b 海上保安庁平成一三年有明海潮流観測
(a) 証拠(乙九〇、一二三、一八八)によれば以下の事実が認められる。
① 海上保安庁水路部は、海上保安庁昭和四八年有明海潮流観測と比較する目的で、有明海全域の一二地点において、平成一三年五月一〇日から同月二八日までの一五昼夜潮流連続観測を行った。
② 有明海北部から中央部にかけての流向は、上げ潮時、下げ潮時ともほぼ同じ傾向であったが、流速値では平成一三年の調査の方がやや大きめであった。有明海南部では、上げ潮時、下げ潮時とも流向・流速値は、ほぼ同じであった。早崎瀬戸付近では、上げ潮時の流速値及び下げ潮時の流向に違いが見られたが、これは地形的な渦の影響によるものと考えられる。全体的には、場所によって平成一三年の調査の方が若干流速値が大きい傾向であるが、ほぼ同等の潮流を示している。
③ 恒流は、風向による変化が見られ、一五日間平均で比較すると、有明海湾奥から中央部にかけては昭和四八年の観測時及び平成一三年の規測時ともに微弱であった。有明海南部から早崎瀬戸にかけての沿岸域では、湾口に向かう流れが見られたが、流速は平成一三年の調査時の方が小さめであった。
(b) しかしながら、証拠(甲E三〇〇一の六)によれば、「第六回ノリ第三者委員会での海上保安庁沿岸調査課長の説明において、有明海は、水深が浅く複雑な海底地形を有し、潮汐も大きいため、場所によって潮流の大きさが大きく、又、調査期間の風や河川水の流入などによって流況が変化する可能性がある。平成一三年の調査、昭和四八年の調査、他の調査も含めて、調査地点のわずかな違い、観測の季節、観測期間の風の状況、河川水の流入状況等を考慮すると、各調査結果を比較するのは困難である。」とされていることが認められる。
また、有明海の潮流新旧比較観測結果(乙一八七)では以下のとおり分析されている。
① 平成一三年の潮流観測結果と昭和四八年の結果を比較したところ、潮汐について一方的な減衰傾向は見られず、場所によっては強くなっているところもあり、明確な変化傾向は得られなかった。
② 島原半島に沿って南下する沿岸流(恒流)の流速は平成一三年の調査において昭和四八年の調査と比較して約三分の一となっており、各測点の潮流鉛直分布についても特徴的な変化が現れていた。ただ、この変化については、各観測期間の河川水の流入量を比較すると、昭和四八年八月、九月の期間と平成一三年五月の期間とでは、後者が前者の約四分の一であり、昭和四八年の調査時には密度流による平均流の強化、淡水と海水との大きな密度勾配による潮流の鉛直分布差への影響によるものと説明しうる。
③ 結局、潮流観測の結果の違いは、淡水流入条件による重力循環(密度流)の違いによる可能性が大きいが、淡水流入は季節や日々の気象によって大きく変化し、年ごとの違いも大きいので、この違いが経年的な長期変化かどうかは今のところ判断できない。
④ また、恒流(平均流)についても、場所によっては一五日平均よりも数日程度の短期変動が大きく、上下層での違いが顕著になる場合もあり、このような変動が、風などの気象条件によるものか、密度流の変化に起因するものか、今後、さらに検討する必要がある。また、場所や水深による違いも大きいと考えられるので、今回のような垂直二次元の考察ではなく、三次元的な考察を進める必要がある。
c 数値シミュレーションの結果
(a) 数値シミュレーション検討の考え方
証拠(甲E三二三〇、三三一七、乙三七五)によれば、以下の事実が認められる。
① 専門委員報告書は、沿岸海域の環境変化に関する数値シミュレーションと実際の観測結果との関係、検討手法について、以下のとおりの考えを示している。
「基本的には、現地での観測結果が第一義的な重要性を有するが、現地観測では、計測項目が限られる上、広域的で時空間的に連続性を有するものはほとんど不可能に近く、観測結果について、個別の影響要因のみの効果を分離評価することは簡単ではないという難点があり、現地観測の結果による解析を補う意味で、数値シミュレーションを活用して、対象とする変量を時空間的な連続性を持った形で把握し、特定の要因(ここでは諫早湾締切り)の影響を分離評価するために必要になるとする。さらに、数値シミュレーションの限界については、数値シミュレーションは何らかのモデルを基礎とするものであり、モデルである以上様々な簡略化や仮定が入り込むことは不可避であるし、数値シミュレーションモデルの初期条件や境界条件、さらにはモデル中のパラメータなどの駆動のための設定、さらに、その検証にも、現地の観測結果が必要になるが、その現地の観測結果自体も、質・量ともに限られるのが一般的であり、したがって、数値シミュレーションには、そのモデル構造から来る限界と、依拠する現地データの問題の両面から、何らかの限界があるものである。
そして、有明海の環境評価については、以上のとおり、現地の観測結果の解析と数値シミュレーションは、共に何らかの制約・限界を内包しており、環境変化要因の評価の手法としては、それぞれ単独の手段とはなりえないから、現地データ解析と数値シミュレーションの両面からの検討が必要で、それらの結果を総合することによって、諫早湾締切りの影響評価をより多面的・総合的に行うことが可能となる。
さらに、有明海の数値シミュレーションについては、十分な再現性を有する三次元密度流数値シミュレーションには、駆動のために、塩分等のより詳細な初期値の観測結果、さらに、検証のための詳細な現地の観測結果、理想的には、有明海全体から東シナ海(開境界)までを網羅する連続観測結果(成層期、混合期それぞれ最低一五日間の流向・流速、水温、塩分)が必要となるが、これらの観測結果は現状では存在せず、数値シミュレーションの再現性といっても、駆動のための観測結果及び結果の検証のための観測結果がいずれも不十分な状況であることを留意する必要がある。」
② ノリ第三者委員会の平成一五年三月二七日の最終報告書において、今後の検討課題と提言して、シミュレーション等を利用して、経年的な地形の変化や年代ごとの変化に留意して、流速の鉛直プロファイルも含めて潮流の変化を検討する必要があると指摘するが、専門委員報告書の現地の観測結果と数値シミュレーションの関係及び環境変化における考慮の仕方と同様の考えを示すものである。
③ 評価委員会報告に対するパブリックコメントNo.14に対する回答において、委員会の考え方として、潮流潮汐に関する専門委員シミュレーション及び国調費流動モデル等のシミュレーションにつき、現在のモデルでは再現性に限界があり、また実測データも不足しており、シミュレーションの高度化、観測データの蓄積が課題とされているほか、同パブリックコメントNo.15に対する回答においては、実測の観測結果も当日の気象海象条件による影響を受ける可能性があるとして、実測とシミュレーションの双方の特長を生かしつつ総合的に評価すべきとの見解が示されている。
なお、専門委員報告書が指摘する有明海における三次元密度流数値シミュレーションの駆動ないし結果の検証に必要な現地の観測結果について、現時点までに十分に得られたこと及びこれらの観測結果に基づく数値シミュレーションが構築されたことはうかがえない。
そこで、当裁判所においても、有明海の三次元数値シミュレーションの結果につき、上記のとおり、専門委員報告書等で述べられた考えに従って検討する。
(b) 専門委員シミュレーション
証拠(甲E三二三〇)によれば以下の事実が認められる。
① 本件潮受堤防の締切りにより、諫早湾及びその周辺に止まらず、対岸の熊本県沿岸や有明海中央部南側海域においても、潮流速が減少する傾向が見受けられる。熊本県沿岸及び有明海中央部南側海域における潮流速の減少は、特に大潮・下げ潮時の底層で有意な減少を示す領域が現れているが、減少割合としては大きくても一割程度である。
② モデルの概要
専門委員シミュレーションは、国内外を問わず広く使用実績があり、有明海についても田中昌宏ら・有明海の潮汐及び三次元流動シミュレーション(乙四三九・以下「田中ら(二〇〇二)」という。)による使用実績がある汎用市販ソフトDELFT3D―FLOWを用いたものである。
浅海部においても鉛直総数を一〇層のまま水際線の移動を含めて計算可能であるσレイヤーモデルが用いられており、浅海部での潮汐現象に重要な海底摩擦の影響を精度良く計算することができ、底層での貧酸素水塊の移流構造などを把握する上で重要となる底層での広域的な残差流のパターンも検討することができる。また、鉛直渦動粘性係数・拡散係数の評価手法としては、内湾の非定常性の強い密度場の解析が必要であることを考慮して、k―εモデルを適用している。
計算領域は、有明海における潮汐の共振減少を正確にシミュレーションするため、計算領域の大きさが計算結果に有意な大きさの影響を与えない程度に領域を設定して、東シナ海及び八代海を含めた領域となっている。ただし、密度流を含む三次元計算では計算時間が膨大となるため、東シナ海の領域では二次元モデル(一層)とし、有明海近傍からは三次元モデル(一〇層)を用いて、両者の境界を、潮汐波の有明海からの反射を適切に処理するために2wayのネスティングでつないでいる。
検証対象期間は、成層期での有意な大きさの出水イベントの典型例として平成一〇年六月一六日から同月三〇日までの一五日間(計算期間は同年五月一日から同年六月三〇日)としている。
潮流に関する諸条件のうち、潮汐及び主要八河川のうち本明川を除く七河川(嘉瀬川、菊池川、白川、筑後川、緑川、矢部川、六角川)からの淡水流入(本明川については、流量が他の七河川に比べて微少であり、諫早湾の河川起源水の多くは筑後川水系の由来のものであるとして無視された。)を境界条件(外力条件)とし、海水密度については塩分のみに関するとして考慮している。
なお、数値シミュレーションにおいては、干潟部におけるノリ網による水理抵抗の効果を考慮していないが、上記検討期間はノリ作期ではないから問題とならないとされ、風及び水温は、特に水温については冬季や春先の塩分成層が弱いときには、流況を支配する重要な要因となることがあるが、気象条件に依存して変化するため、結果の解釈を難しくする可能性が高く、結局、数値シミュレーションの主たる目的は本件潮受堤防の影響につき分離評価することであるとして、考慮されていない。
③ 再現性の検証
現地の観測結果のうち、比較的計測精度が高く長期に渡って継続的にデータが得られている潮位変動を検討対象として、潮汐振幅の再現性について有明海湾口域に位置する口之津での振幅を基準とした有明海内の三角及び三浦での増幅率の実測値との比較で検証したところ、国調費モデルよりも実測値に近い計算結果が導かれていた。
しかし、専門委員報告書は、潮流(潮流速、残差流)、成層度(塩分成層)の再現性については、同一のソフトを用いた田中ら(二〇〇二)による数値シミュレーションにおいて塩分分布や残差流パターンが良好に再現されることが検証されたとするのみであり、また、専門委員報告書五六頁に示された締切り前、大潮・下げ潮時の計算結果として、諫早湾全域において表層の塩分の方が底層の塩分よりも濃くなるという結果は、実際にはほとんど起こり得ない現象であって、塩分分布の再現性に疑問を生じさせるものである。
以上によれば、専門委員報告書モデルは、従前の田中ら(二〇〇二)の研究実績を踏まえて、使用実績がある汎用市販ソフトを用いて構築されており、モデルの再現性の検討も潮位変動を基準として行われているから、一応の再現性はあるものとして評価すべきである。
ただ、前記のとおり、そもそも、有明海においては三次元数値シミュレーションを駆動し検証するに十分な観測結果はないこと、専門委員報告モデルは成層期での有意な大きさの出水イベント時における本件潮受堤防の締切りの有無による差違を比較する目的で構築されたものであって、専門委員報告書において示された計算結果も同時期におけるものであるから、専門委員報告書一一一頁において記載されているとおり、これを離れて成層期の非出水期や冬場の非成層期の現象に関して詳細な検討をすることはできず、十分に留意する必要があるというべきである。
(c) 国調費流動モデル
証拠(甲E三〇〇一の八、三〇六六《第八回ノリ第三者委員会での水産庁計画課・海域環境予測シミュレーション・モデル等の構築結果についての報告内容》、三一二四《第七回評価委員会における水産庁計画課課長補佐の説明内容》、乙二一二《本件事業開門総合調査報告書》)によれば、以下の事実が認められる。
① モデルの概要
九州農政局が平成一四年及び平成一五年に実施した開門調査で、潮位・潮汐を含めた影響を検討する流動解析において、現地観測結果と併せて用いられたシミュレーションモデルは、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省の四省共同の平成一三年及び平成一四年の有明海海域環境調査(国土総合開発事業調査費調査)において構築された海域環境予測シミュレーション・モデルの流動モデル(国調費流動モデル)である。
有明海海域環境調査は、有明海全体の海域環境の現状と推移の把握、流動・水質等のシミュレーションモデルの構築と解析を通じた有明海における中長期的な海域環境の改善方策及び沿岸域の各種整備の方策等を検討することを目的とするが、国調費流動モデルは、有明海の特徴である、植物プランクトンによる赤潮の発生、夏期の貧酸素現象、ノリ漁期の植物プランクトンと栄養塩の推移などの現象を、風、気温、日照量などの気象要因や河川流量・負荷量などを時々刻々変化させた一年間の通年計算を行う目的で構築されたものである。また、国調費流動モデルは、一〇名の学識経験者からなるモデル専門部会の指導助言に基づき構築されたものである。
国調費流動モデルは、水温・塩分の移流拡散仮定を考慮した鉛直一四層のレベルモデルである。
格子間隔は九〇〇mであり、澪筋などの表現が十分ではないという指摘が構築時からあったが、計算時間が膨大となるので、基本モデルとしては九〇〇m格子とし、必要に応じて細かな格子で検討することとされた。
鉛直渦動粘性係数及び鉛直拡散係数は、Munk and Anderson(一九四八)の方法で設定された。
② 国調費流動モデルの再現性
国調費流動モデルの再現性については、平成一三年における有明海湾口の口之津、湾央の三角、湾奥の大浦におけるM2分潮の潮汐振幅及び遅角の観測値と比較して、計算値の方が、上記潮汐振幅で一、二%程度大きい値を、遅角も一、二度大きい値を示しており、潮流については潮流パターンとしてはおおむね再現されており、水温、塩分も変動パターンについては観測値と一致するなど十分ではないものの再現性を有する。
以上によれば、国調費流動モデルは、学識経験者の関与の下、有明海の特徴的現象を、風、気温、日照量などの気象要因や河川流量・負荷量などを時々刻々変化させた一年間の通年計算を行う目的においては、一応の再現性を有するものというべきである。
しかし、専門委員報告書において、国調費流動モデルについて、レベルモデルでは海底摩擦の影響を精度よく計算することは不可能であること、Munk and Anderson(一九四八)は長期的な密度場の変化を平均的に解析するには十分であるが内湾の非定常性の強い密度場の解析には限界があること及び計算領域が十分に広く設定されていないためにM2分潮の潮汐振幅が湾内で実測値に比べて大きめに計算されていることが指摘されていると認められ、国調費流動モデルは、一年間の通年計算を行って有明海の環境の傾向を把握する目的を離れて、詳細な変化については再現性を欠いているといえる。
(d) 専門委員モデルと国調費流動モデルの関係
原告らは、専門委員モデルが国調費流動モデルよりも再現性において優れているとして前者のシミュレーション結果が後者のシミュレーション結果を否定し、後者の結果は信用できない旨主張する。
しかし、以上検討したとおり、各モデルとも、有明海においては三次元流動数値シミュレーションを駆動し検証するに足りる十分な観測結果がなく再現性に制約があるのであり、各モデルは異なる目的の下に構築されたものであって、国調費流動モデルもその目的の下では一応の再現性を有し、単純にその再現性の優劣を論じることはできない他、専門委員モデルにおいても、検討期間は通年ではないこと及び気象条件等考慮されていない要因がある等限界があるのであるから、各モデルのシミュレーションの結果については、それぞれのモデルの性質に留意して認定に用いるのが相当である。
d まとめ
以上によれば、有明海湾奥部海域については、海上保安庁による昭和四八年有明海潮流観測及び平成一三年有明海潮流観測の比較、専門委員数値シミュレーション、国調費流動モデルによるシミュレーションのいずれによっても、有意的な潮流減少を認めることはできない。
なお、上記の上記有明海潮流観測の比較上の問題点、数値シミュレーションの限界に照らして、有意的な潮流減少がないことを認めることもできない。
また、熊本県沿岸及び有明海中央部南側海域については、専門委員シミュレーションによれば、熊本県沖において最大で一割程度の潮流速の減少を示している。
有明海中央部南側海域について、海上保安庁の昭和四八年有明海潮流調査と平成一三年有明海潮流調査の比較では、昭和四八年よりも平成一三年の観測時の方が若干大きいと報告されており、この比較が困難であることは同報告のとおりであること、有明海南部から早崎瀬戸にかけての沿岸域では恒流の減少傾向が報告されているが、この原因としては密度流の違いが指摘されている。さらに、国調費流動モデルによるシミュレーションでも諫早湾及び島原半島沖以外の海域では、有意的な潮流速の減少は現れていない。
結局、本件潮受堤防の締切りによる流速の減少を示唆するものは、専門委員シミュレーションの結果のみであるが、これを裏付ける現地の観測結果が認められない以上、潮流減少を認めることはできない。ただし、潮流減少がなかったことを認めることができないことは前記同様である。
なお、漁民原告らは、本人尋問及び陳述書において、大幅な流速の減少が生じている旨陳述・供述し、以上の検討のとおり、有明海全体における流速の減少自体が直ちに否定されるものではないが、これらの陳述・供述のみに基づき正確な潮流速の減少の算定をするのは困難であり、流速の減少を認めることはできない。
e 流向の変化
流向の変化については、流速の減少と同様に漁民原告らが、本人尋問及び陳述書において、大幅な流向の変化が生じている旨陳述・供述しているが、これらの陳述・供述のみから正確な流向の変化を算定するのは困難であり、流向の変化を認めることはできない。
また、海上保安庁の昭和四八年と平成一三年の有明海潮流調査を比較しても、流向について変化は報告されておらず、専門委員シミュレーション及び国調費流動モデルによるシミュレーションのいずれにおいても有意的な流向の変化を示しているとはいえない。
なお、小松利光は原理的な説明から諫早湾湾口における流向が明確な分岐合流の流れからキャビティーフロー様の流れに変化した見解を示すが、後述のとおりこれにより流向の変化を認めることはできない。
以上によれば、有明海において流向の変化を認めるに足りる証拠はない。
(エ) 小松利光(以下「小松」という。)の見解について
a 証拠(甲E三二七二、三三〇六、三三〇七《第二五回評価委員会における小松の説明内容》、乙三八八、証人小松)によれば、以下の事実が認められる。
(a) 潮流の変化に対する本件潮受堤防の影響に関する小松の見解の骨子は以下のとおりである。
「本件潮受堤防の締切りにより諫早湾及び有明海における入退潮量が減少し、潮流が減少するところ、潮流の減少の程度は、原理的には、上記締切りにより失われた海表面積の割合に比例するものであって、ラインD(旧有明町と熊本県長洲町付近を直線で結んだもの)上(同ライン以北の海表面積の減少率は約四・九%)では潮汐振幅の増加を考慮して約五・一%の潮流減少となる。
また、本件潮受堤防による締切り前の諫早湾の奥行きと有明海湾奥部への奥行きはほぼ同じ程度であったから、ラインB(佐賀県大浦と大牟田市付近を直線で結んだもの)及びラインC(諫早湾湾口)における各断面平均流速はほぼ同じであったところ、それぞれの潮流は独立したものとして、満ち潮時の分岐、引き潮時の合流の流れが発生していたが、本件潮受堤防の締切りにより、ラインBにおける断面平均流速が減少して、独立した分岐合流の流れがキャビティーフローのような潮流となっており、この傾向は大潮時よりも中潮時に顕著に現れる。」
(b) 評価委員会報告二四頁では、上記小松利光の見解に沿って、本件潮受堤防の締切りによる入退潮量の減少の割合については、流体力学の基本原理である連続条件(体積保存則)を満足するために、海面積に比例して入退潮量が減少するものとされ、諫早湾湾口断面においては、上記締切りにより諫早湾の海面積の三三%が減少したことから、入退潮量が三三%程度減少し、有明―長洲ラインにおいては、上記締切りにより同ライン以北の海面積の約四・九%が減少したことに加えて潮汐振幅の増加を考慮して断面平均で五・〇%程度の減少と概算されると結論付けられている。
小松は、本件潮受堤防の締切りにより分岐合流の流れが弱化しキャビティーフロー様の流れが生じていることについて、平成一八年一一月二九日開催の第二五回評価委員会において説明を行ったが、小松利光個人の最新の研究成果として説明されたものであって、評価委員会における潮流等に関するワーキングチームの見解として未だ採用されておらず、また、評価委員会報告において言及されていない。
b 小松の見解については、少なくとも、本件潮受堤防の締切りにより分岐合流の流れが弱化しキャビティーフロー様の流れが生じたという部分については評価委員会においても採用されておらず、これを用いて、逆に本件潮受堤防の前後の流向の変化等を認めることは困難である。
また、確かに、上記のとおり、諫早湾湾口南側のラインD上では旧有明町沖のみの非一様的な潮流の減少が認められるものの、小松の見解は、湾口部の流向に関しては、本件潮受堤防の締切り後に行われたラインB上の潮流観測の結果のみならず、平成元年の環境モニタリング調査等の締切り前の諫早湾湾口部における潮流観測の結果をも踏まえた検討を経ていることが窺えない。そして、小松は、本件訴訟陳述書(甲E三三二六)において、被告が上記環境モニタリング調査の結果に基づき上記締切り前でも明確な分岐合流の流れが見受けられない旨の指摘に対して、同締切りによるフローパターンの大きな変化について論じているのであって、種々の自然条件の変化のある中で細かい議論をしても無意味であると反論するが、専門委員シミュレーションにおいても有意的な流向の変化は示されていない以上、原理的な説明としてはともかく、現時点において、小松利光の見解に基づき、流向の変化が生じ、諫早湾と有明海奥部との潮流の傾向に変化が生じたと認めることはできない。
ウ 成層度について
(ア) 諫早湾内及びその近傍部
諫早湾内及びその近傍部における成層度の強化を示す現地の観測結果は認められない。
また、被告は、諫早湾中央部のB3地点における海水密度の鉛直分布を見れば、本件潮受堤防の締切り前の密度の平均値の差は、表層(二一・一σt)と中層(二一・七σt)であることから〇・六σtであるのに対し、上記締切り後の密度の平均値の差も、表層(二〇・八σt)と中層(二一・四σt)であることから〇・六σtであって、成層度につき本件潮受堤防の締切り前後で変化はないと主張し、証拠(乙一九九)によればこれに沿う事実が認められる。
しかし、前記のとおり、諫早湾湾外北側を除く諫早湾内及びその近傍部において、本件潮受堤防の締切りにより潮流速が減少しているところ、専門委員報告書(甲E三二三〇)は、これを前提に、潮流現象による鉛直混合の弱化によって成層度は増大している可能性が高く、さらには、専門委員シミュレーションの中央部水域の表層着色水の挙動に関する結果から、熊本県沿岸の河川起源低塩分水が上記締切りによって諫早湾内により多く輸送されることによる成層度の変化というメカニズムも可能性としてあり得ると指摘していることが認められる。
また、専門委員シミュレーションの上記締切りの有無の条件のみを変化させて塩分成層度について算定した結果によれば、諫早湾内から近傍部にかけての海域の成層度が本件潮受堤防の締切りにより増大する傾向があることが示されている。
以上によれば、潮流速の減少が見られない諫早湾湾外北側を除く諫早湾内及びその近傍部においては、潮流速の低下が認められること、これに基づく成層度の強化の仕組みが科学的に説明しうること及び専門委員シミュレーションにおいても成層度の強化を示す結果が示されているが、これに符合する現地観測結果がないことからすれば、本件潮受堤防の締切りによって成層度の強化が生じている可能性が認められるものの、実際に成層度の強化が生じていることまでは現時点で認めることができない。
(イ) 有明海湾奥部及び諫早湾湾外北側
a 原告らは、「浅海定線調査は、file_7.jpg月に一度大潮の満潮時プラスマイナス二時間の間に行われているところ、大潮の満潮時というと、一年の間でも潮位変動が最も激しい日であり、潮位変動による当該海域の海洋構造の変動も最も激しい時期であり、時期として海洋構造の分析には適さない。さらに、file_8.jpg一部を除いてセンサーを用いた調査ではなく、採水による調査であり、file_9.jpg表層、海面下五m、海底から一m上の三点の調査しか行われていないため、海洋構造の分析には全く適さない調査デザインが採用されている。」旨主張して、浅海定線調査の結果を成層度の変化の認定に用いることができない旨主張する。
確かに、専門委員報告書は、浅海定線調査については、以下の問題点を指摘するとともに、同報告書作成の平成一六年一二月当時であるが、堤らの水質調査について当海域の成層特性を詳細に議論することができるデータを得ているものと評価しつつも、堤ら水質調査も含めて本件潮受堤防の締切り前後の変化を論じることができるような現地の観測結果はあまりないとしている。
(a) 浅海定線調査は、月に一回の観測に基づくもので、時間的な分析能が粗く、そのため、河川出水直後の成層度といったイベント的な現象を捉えることは難しい。
(b) 鉛直方向には五m間隔でのデータしかないため、水温や塩分成層の詳細な構造を見ることはできない。
(c) 空間的解析能の粗さも問題である。
(d) 現地データの性質上、数値計算で取り入れられている要素以外の様々な影響因子の効果が大きく、成層度の微妙な経年変化傾向をマスクしている可能性もある。
しかし、浅海定線調査は、本件潮受堤防の締切り前からの長期間の現地の調査としては、昭和四〇年から継続的に大潮満潮時の前後二時間に同じ方法で行われているものであって、結局、専門委員報告書も、問題点を指摘しつつも、浅海定線調査による観測結果について、統計平均的に見れば何らかの経年変化傾向が現れてきてもおかしくないと考えられるとして、ゾーン別の空間平均及び年度平均の結果に基づき経年変化を検討する資料として採用している。
したがって、本件についても、この限度で浅海定線調査の観測結果を成層度の傾向につき認定に用いることができるというべきである。
b 原告らは、短期開門調査期間中である平成一四年四月二六日及び同年五月一九日に、佐賀県と長崎県の県境沖から諫早湾を経て島原半島を取り囲むように布津沖まで全長約四〇kmにわたって有明海の西側海岸沖一帯で巨大な潮目現象が観測され、堤ら水質調査によれば、平成一四年四月二八日、同年五月一三日、同月二〇日にこの潮目を境に、島原半島よりの水面下五ないし一〇mの表層には低塩分の海水が存在し、沖合には高塩分の海水が存在していたところ、この巨大な潮目現象及び海洋構造は、本件潮受堤防の締切り前の状態に近い状態であった短期開門調査期間中に限って発生した現象であり、これは、本件潮受堤防の締切り前の状態により近い短期開門調査期間中、赤潮の発生原因となる低塩分化した表層水が、有明海西側海岸一帯に偏在し、潮目現象として視認できる状態にまでなっており、かかる海洋構造は、有明海奥部に流入した低塩分表層水が、移流拡散現象によって有明海西側海岸を通って、外海まで運ばれていることを示していると主張する。
確かに、上記認定のとおり、本件潮受堤防の締切りにより旧有明町沖を含めた諫早湾近傍部においては潮流の減少が認められるが、本件事業開門総合調査報告書(乙二一二)二五頁によれば、調整池の水位は標高―一・〇mから―一・二mまでの範囲で管理され、一時的に―〇・七三mまで上昇して、排水門の通過水量が増加したが、潮位への影響は本件潮受堤防近傍の観測地点においてもほとんど認められず、潮流への影響は、本件潮受堤防近傍部の観測地点で主として排水時に認められたが、諫早湾湾奥に限られており、短期開門調査により、旧有明町沖における潮流の回復が顕著であったとは認められない。また、ノリ第三者委員会の平成一三年一二月一九日の本件事業地排水門の開門調査に関する見解(甲E三三一六)によれば、諫早湾内は別として有明海における潮位、流速及び流向の流動の変化については短期開門調査において実施された水位管理下の流速を制限しての開門では知見が得られないとしており、上記の現地の観測結果と併せて検討すれば、諫早湾外の流動に関して短期調査期間中が本件潮受堤防の締切り前の状況と近いものとなっていたとは認められない。
さらに、専門委員報告書(甲E三二三〇)によれば、有明海湾奥部での河川起源水の滞留時間が上昇したことを明確に支持する現地の観測結果及び数値シミュレーションの結果はないとされており、専門委員報告書作成後現在に至るまで、上記滞留時間の上昇を支持する現地の観測結果はうかがえない。
また、公調委裁定(乙二二五)では、潮目については、海水の密度差が要因の一つとなるにしても、日数的にも限られた観測の中から、その有無及び規模の大小を論じることには自ずと一定の限界があるばかりか、そもそも、その規模と流入河川流量との関係や、潮目の有無や規模がどのように滞留時間に結びつくのかという点では、潮目の有無や規模から、河川起源水の滞留時間の長短を論じることは困難と考えざるを得ないと指摘されている。
したがって、原告らの潮目現象に基づく主張は採用できない。
c まとめ
専門委員報告書(甲E三二三〇)によれば、専門委員シミュレーションの結果では、有明海湾奥部では、特に小潮・下げ潮時に、塩分成層度が本件潮受堤防の締切りにより明らかに強化されている領域が現れているものの、有意的な底層潮流速現象は現れておらず、前記の統計処理を施した浅海定線調査の結果には塩分成層度の変化は明瞭ではないとして、少なくとも成層期の出水期に関しては有明海湾奥部における成層度の強化を明確に結論付けられなかったとしている。
そして、この専門委員報告書の見解を覆すに足りる証拠はないから、有明海湾奥部において成層度が強化している可能性は否定できないが、実際に成層度が強化しているとまでは認めることはできない。
また、諫早湾湾外北側も有明海湾奥部と同様に成層度が強化している可能性は否定できないが成層度の強化を認めることはできない。
(ウ) 熊本県沿岸域
a 証拠(甲E三二三〇)によれば以下の事実が認められる。
(a) 専門委員シミュレーションによれば、熊本県沿岸海域において、本件潮受堤防の締切りに伴う塩分成層度が強化されている領域が現れているところ、同時に、熊本県沿岸海域を含む諫早湾とその対岸を結ぶラインより南側の海域において、本件潮受堤防の締切りに伴う有意的な底層潮流速減少が認められるから、塩分成層度の強化の原因として有意的な底層潮流速の減少を上げることができる。さらに、塩分成層度強化域は、菊池川や白川河口域から広がる形で現れていることから、塩分成層度の強化の原因がこれらの河川からの河川プルーム水の海域内での輸送パターンが本件潮受堤防の締切りにより変化したことである可能性も否定できない。
(b) 浅海定線調査の観測結果の経年変化によれば、熊本県沿岸域において成層度の強化の傾向は明らかではないが、有明海中央部のSt.20における観測結果の経年変化をみると、成層度が一九九〇年代後半から強まってきており、夏期・冬季ともに最大密度勾配を示す層が薄くなる傾向が認められ、表層混合層厚が薄くなる傾向を示している。
(c) これらの事実によれば、本件潮受堤防の締切りによって、熊本県沿岸域で成層度が強まるとともに表層混合層厚が薄くなった可能性がある。
b まとめ
以上の専門委員報告書の見解を覆すに足りる証拠はないところ、熊本県沿岸海域に関しては、成層度が強化されている可能性、その原因が本件潮受堤防による底層潮流速の減少ないし河川プルーム水の輸送パターンの変化である可能性があるものの、成層度の強化自体を支持する現地の観測結果は証拠上認めることはできず、さらに、熊本県沿岸海域における潮流の変化に関してはこれを認めるに足りる証拠がないことは前記のとおりである。
したがって、熊本県沿岸海域において、成層度が強化されている可能性があるものの、現時点においても成層度の強化を認めることはできない。
エ 本件調整池からの排水による諫早湾の水質の悪化について
(ア) 本件調整池の水質
証拠(甲E三〇〇一の二《第二回ノリ第三者委員会における環境影響評価及び環境モニタリング調査等の結果についての報告》、三二三〇《専門委員報告書》、三三三七《平成一九年九月七日付け第一五回諫早湾干拓調整池等水質委員会議事録》、乙三一七《平成一五年度環境モニタリング結果》)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
a 平成二年度から平成一五年度までの夏期における環境モニタリング調査水質及び底質観測の本件調整池内のB1地点及びB2地点における水質の観測結果を比較した結果によれば、調整池内のB1、B2調査点では、全窒素(T―N)、全リン(T―P)及び化学的酸素要求量(COD)とも、平成二年度から平成八年度までは平均値及び変動幅ともにほぼ横ばいで推移していたが、平成九年度以降変動幅が明らかに大きくなるとともに、平成九年度及び平成一〇年度にかけて増加して、その後、全窒素(T―N)及び全リン(T―P)は横ばいとなり、化学的酸素要求量(COD)は平成一五年度にかけて更に増加傾向であり、平成一五年度から平成一七年度まで横ばいで推移し、平成一八年度には平成一二年度から平成一四年度の水準で推移している。
b ただし、本件調整池内の観測結果の本件潮受堤防の締切り前後の変化は、上記のとおり、同締切りにより干潟又は浅海域であったところが淡水化されたことに伴う変化であって単純に比較することはできないし、S11地点については平成九年以降の観測結果しかなく、本件潮受堤防の締切り前との比較はできない。
(イ) 諫早湾の水質及び底質
a 本件調整池からの排水の拡散範囲証拠(乙七三、一九二~一九五、三八八)によれば、以下の事実が認められる。
(a) 九州農政局の本件調整池からの排水の拡散状況に関する目視による調査の結果を総合すると、本件排水門からの排水量が一〇〇万m3以上の場合、排水は、排水量に応じて北部排水門を中心とする同心円の弧のように広がり、このうち、調整池からの平均的な排水量に相当する一〇〇万m3程度の場合における拡散距離は、北部排水門近傍の二km程度の範囲内にとどまり、一年に一回相当の規模である洪水時の排水量(約二一七〇万m3)の場合の拡散距離は、潮受堤防排水門から六km程度の範囲内(環境モニタリング調査のB3地点の付近まで)にとどまっている。
(b) 平成一一年六月二五日の北部排水門から二七九〇万m3の排水を行った際の目視の観測結果でも、北部排水門から本件潮受堤防方面に約四・五km、旧小長井町地先方向に約六・〇kmまで達していた。
(c) 通常期に南部排水門から約七五万m3を排水した際の目視の観測結果では東方向に約二・七kmまで拡散し、南部排水門前面の南A地点では、排水に伴い水深一・五m付近までの塩分濃度の変化が生じ、SS、COD、栄養塩等の項目で若干の濃度上昇が認められたが、排水開始後約三時間三〇分後には解消された。
(d) 梅雨期に北部排水門から約三三〇万m3及び南部排水門から約一二〇万m3の各排水を行った際の目視の観測結果では、排水の拡散範囲では最大B3地点付近までであった。この際の鉛直方法の水質変化は、排水門前面では底層まで達するものであったが、本件排水門から一km以上離れると、二・〇m以浅の層にとどまり、変化した水質は排水後約八時間程度で解消された。排水による水質変化は、排水門から二、三kmの地点ではSS、COD、栄養塩等の項目で若干の濃度上昇が見られたが、観察終了時点までには解消された。
(e) また、平成一六年九月三〇日に南部排水門から五九万m3の排水を行った際の観測結果によれば、諫早湾央B3地点(排水門からの最短距離約五・五km)の表層水質には、排水中から排水終了後のいずれの時刻においても、塩分濃度の低下や濁度の上昇など、排水の影響と考えられるような有意な変化は認められず、排水時における塩分の経時変化を鉛直方向で観測したところ、調整池からの排水は、排水門近傍の海域で低塩分水塊を形成し、時間経過とともに海域沖合へと広がるものの、その範囲は潮受堤防排水門から約一・三km以内にとどまっており、濁度、SS、CODについても、塩分の拡散形態に類似した変化を示しており、調整池からの排水は、排水門近傍の海域で混合希釈するとともに、その範囲は一~一・五km程度であると考えられる。
(f) 平成一七年七月四日から同月六日までの諫早湾における浮泥調査によれば、本件調整池以外の淡水の影響は否定できないものの、淡水由来の珪藻類の殼が諫早湾奥部(特に本件排水門付近)に沈降しているが、湾央にかけて減少し、湾口部ではほとんど見られない。なお、平成一六年一一月五日及び同六日の諫早湾における浮泥調査によれば、調整池排水の懸濁粒子の沈降範囲は、排水門からほぼ二キロメートルの範囲にとどまっているとされているが、平成一七年の調査と差違が生じた理由は明らかではない。
(g) 本件調整池内での優占種であり、諫早湾内では本件潮受堤防の近傍にしか生息しない汽水性植物プランクトン(Ske-letonema subsalsum)の殻の分布状況とこれを踏まえて作成した調整池由来の懸濁粒子の沈降範囲に関する調査結果によれば、調整池排水の懸濁粒子の沈降範囲は、本件排水門からほぼ二kmの範囲にとどまっており、調整池から排出された懸濁粒子の大半は排水門近傍に沈降・堆積している。
以上によれば、本件調整池からの排水の影響は、水質に関しては、本件潮受堤防から約六kmの範囲内に、底質に関しては、諫早湾湾央の範囲内にそれぞれ止まっていると認められる。
b 水質
証拠(乙四四の一、三一七)によれば、諫早湾湾央部及び湾口部の環境モニタリング調査水質及び底質観測の結果は以下のとおりであると認められる。
(a) 諫早湾湾央部及び湾口部における水質についての観測結果によれば、全窒素(T―N)及びCODについては、平成二年度から平成一二年度にかけて緩やかに減少し、平成一三年度から平成一五年度にかけてやや増加する傾向であるが、概ね平成七、八年度当時の水準の範囲内に止まっており、全リン(T―P)については、平成二年から平成一五年まで本件潮受堤防の締切り前後を通じて経年的にほぼ横ばい傾向である。
(b) また、前記のとおり、本件調整池からの排水による水質変化は、本件排水門の各前面であっても、排水終了後短時間で解消されるものである。
したがって、諫早湾の全窒素(T―N)、全リン(T―P)及びCODのいずれについても、本件事業に伴う工事及び本件潮受堤防の締切りにより増加した傾向は認められない。
c 底質状況 前記前提事実及び証拠(甲E三〇〇一の八、三〇三〇、三二三〇、三二四八、乙三八八)によれば、以下の事実が認められる。
(a) 平成元年から平成一五年までの環境モニタリンダ調査の水質及び底質調査の結果の四季ごとの経年変化によれば、底質T―Nについては、諫早湾奥部(S1、S6、S7、S8の各地点)、湾奥部(B3地点)及び湾口部北側(B4地点)で、また、底質T―Pについては諫早湾奥部(S6地点)で、いずれも本件潮受堤防締切りの平成九年ころから緩やかな減少傾向から緩やかな増加傾向に転じ、平成一五年ころには平成元年ころの水準よりやや高めの状態にあり、底質CODについては、本件潮受堤防の築堤工事が先行した諫早湾湾奥部の北岸沖(S1、S7地点)では堤防天端が大潮期の平均満潮位以上の高さに達した平成七年度ころから、締切りまで開口していた諫早湾湾奥部の南岸沖(S6、S8地点)、諫早湾湾奥部(B3地点)、諫早湾湾口部北側(B4地点)では締切りの平成九年ころから、いずれもそれまでの横ばい傾向から緩やかな増加傾向に転じ、平成一五年ころは平成元年ころの水準よりも高めに推移し、これら諫早湾湾奥、湾央及び湾口のB4でのCOD濃度の濃度レベルと経年的傾向は、調整池とほぼ同様のものである。
(b) さらに、底質変化の要因として、評価委員会報告において、排水中の淡水産植物プランクトン等陸起源有機物が諫早湾湾奥部の底質中の有機物となっている可能性が指摘されており、専門委員報告書及び評価委員会報告において、いずれも、流速低下による有機粒子の沈降・堆積しやすい状態が生じたことが指摘されているが、環境省が平成一三年六月下旬から同年九月上旬にかけて行った諫早湾における夏期環境調査において、同年八月二三日にダイバーが潜水し底泥に抵抗なく手を差し込める深さを測定した結果、浮泥堆積量は、本件各排水門前のX、Y地点で概ね二五~三〇cmであり、湾中央部(B―1地点)で二〇~三〇cmであった。
(c) なお、その余の諫早湾及びその近傍域において、本件潮受堤防の締切りの前後で底質が悪化したと認めるに足りる証拠はない。
以上によれば、本件潮受堤防の締切りにより諫早湾において潮流の減少が生じており、さらに、本件調整池由来の懸濁物質が湾奥から湾央にかけて沈降しているところ、上記地点における底質の悪化は本件調整池からの排水中のCODないし懸濁物質の沈殿ないし本件潮受堤防の締切りによる潮流の減少を一因として生じていると認められる。
オ 貧酸素水塊について
(ア) 諫早湾
a 証拠(甲E三〇〇一の三《第三回ノリ第三者委員会報告農林水産省農村振興局平成一三年三月諫早湾干拓調整池水質等緊急調査結果について》、三一八七《九州農政局諫早湾干拓事務所平成一四年一月諫早湾漁場調査結果報告書》、三二三〇、乙一六一~一六三、一六七、二〇四)によれば、以下の事実が認められる。
(a) 九州農政局が、諫早湾におけるタイラギ資源減少の原因調査として、平成六年八月三一日又は同年九月一日の小潮期、平成七年八月三〇日の大潮期、平成八年八月二〇日又は同月二一日の小潮期に、それぞれ諫早湾内の海底直上約〇・五mでの溶存酸素量を調査したところ、平成六年は二・八mg/l~七・三mg/l、平成七年は四・一mg/l~六・〇mg/l、平成八年は四・四mg/l~五・八mg/lであった。同原因調査の結論としては、低酸素水については、タイラギの斃死に直接影響が及ぶと思われる環境因子であるが、低酸素水が観測された調査点とタイラギ現存量が減少した調査点とは一致していないこと、低酸素水が認められなかった平成八年においてもタイラギ斃死が発生していることなどから諫早湾内におけるタイラギ斃死との因果関係を説明することはできないとされた。
(b) 専門委員報告書は、本件潮受堤防の締切り前には底層の溶存酸素の測定が行われていないため締切り前後の比較はできないものの、上記程木らの貧酸素水塊の観測結果等から締切り後一mg/lとなるような極めて低い酸素濃度が観測されており、このような極度の貧酸素水塊の発生が生じた場合は水産資源に大きな影響を与えるはずであるが、締切り前は平成三年以降のタイラギ漁獲量の激減を除けばそのような報告は見られないこと、上記九州農政局の平成六年ないし平成八年に観測された貧酸素水は小潮期の最低で二・八mg/lであって、貧酸素水が観測された調査点とタイラギ現存量が減少した調査地点は一致しないとされていることから、諫早湾内では締切り後に貧酸素水が進行した可能性が大きいとする。さらに、本件調整池からの排水には、高い懸濁物質及びCODが含まれた淡水であるところ、鉱物粒子が海水に接して凝集し、有機物の一部を取り込んで沈降し、これが本件潮受堤防前面から諫早湾湾央部にかけての浮泥層に現れており、沈降した有機物が無機化される過程で酸素を消費するが、前浜のような強い干満差で攪拌されない沖合域では、特に成層期において底層水の貧酵素化が進み、底質の還元化が起きるとする。
(c) 菊池泰二(以下「菊池」という。)は、平成元年度から平成一五年度までの環境モニタリング調査における諫早湾内の底生生物及び底質の調査結果に基づいて、当該海域の底生生物とその生息環境の変化について、底生生物の個体数及び種類数の変化のみならず、底生生物の多様度指数及び底質の変化にも着目して、これらを総合的に考察した結果、諫早湾湾奥部(S1、S6、S7、S8地点)では、本件潮受堤防の締切り後、湾央に近いS7、S8地点で泥地に住むゴカイ類や二枚貝類の個体数が増加しているといえるなどとしつつも、湾口部を含む諫早湾において、本件潮受堤防の締切り前後で湾内の一部の海域で底生生物の個体数・種類数について小型の二枚貝類などの寿命が短い種の出現や遊泳力のあるヨコエビ類の生息環境回復後の加入による自己生産(産卵)等を伴う変動等がみられているものの、諫早湾において締切り前後で底生生物の生息環境に大きな変化が生じているとは認められないと結論している。
(d) 専門委員報告書は、諫早湾全体については菊池と同様の結論を採用しつつも、一般的に環境が悪化すると、大型の二枚貝や大型の甲殼類が減少して小型のゴカイ類やヨコエビなどの小型甲殻類が増加する現象が見受けられるところ、諫早湾湾奥部については、すべての地点で質重量の減少が見受けられ、同現象が見受けられると結論付けている。
(e) 九州農政局平成一六年六月潮受堤防の締切り前後における諫早湾の底生生物と生育環境においても、諫早湾湾奥部において、本件潮受堤防の締切り後、比較的低溶存酸素に耐性を持つといわれるシズクガイが増加し、シズクガイを含む海底面に堆積した有機物を餌とする表在性堆積物食者の増加が見受けられることから、湾奥部において有機物が堆積しやすくなったと考えられるとする。
b 以上の認定事実に加えて、実際に諫早湾湾奥部では本件調整池由来の有機物の堆積が見られ、底質の悪化が認められることからすれば、底生生物に関する専門委員報告書の見解は合理性を有し、諫早湾湾奥部において本件潮受堤防の締切りによりベントス相の変化が生じていることが認められる。
諫早湾湾央部については、本件潮受堤防の締切りの前後で、底生生物の生息状況を比較するに足りる観測結果は窺われない。
しかし、前記認定のとおり、諫早湾湾央においても、湾奥部ほどではないものの相当程度の潮流の低下が生じており、本件調整池以外の淡水流入の影響を否定できないものの淡水由来の珪藻類の殻が諫早湾央部で沈降するほか水質においても本件調整池からの排水による影響が見られることもあり、湾奥部においても本件排水門前面と同程度の浮泥が観測されているものであるから、底層水の貧酸素化を推認することができる。
したがって、諫早湾湾奥部及び湾央部において、本件潮受堤防の締切りによる潮流の減少、本件調整池の排水により底層水の貧酸素化が進行したことが認められる。
(イ) 諫早湾近傍部
原告らは、諫早湾湾央等で発生した貧酸素水が引き潮によって諫早湾の近傍部へ移動し、諫早湾の近傍の漁場にも直接的な影響を与える旨主張する。
諫早湾近傍部のうち、湾外北側については、有明海湾奥部と併せて論じることとし、ここでは島原沖について検討する。
証拠(甲E三二三〇、甲E三二三四)によれば、専門委員報告書において、専門委員シミュレーションの結果として諫早湾湾口部から周辺海域に向けての底層水塊輸送機構が存在し、諫早湾から島原半島沖に南下する流れ及び諫早湾前面から有明海湾奥部にのびる谷地形に沿って有明海湾奥部方向に北上する流れにより底層水及び表層堆積物が近傍部に輸送されうることが指摘されており、西ノ首ら「諫早湾干拓事業が有明海の流動構造へ及ぼす影響の評価」において、諫早湾への水塊の流出入が島原半島沿岸で集中的に生じることが示唆されるとの報告がされていると認められる。また、前記のとおり、島原沖は本件潮受堤防による潮流の減少も認められる。
しかし、島原沖の熊本県B’地点における浅海定線調査(乙五二八)の溶存酸素濃度の観測結果に照らして、貧酸素化が進行しているとの経年変化は読みとることはできないし、島原沖については、三省庁の連続広域観測においても対象とされておらず、本件事業の開始ないし本件潮受堤防の締切りの前後で底生生物の生息環境の推移を認めるに足りる証拠はなく、さらに、専門委員報告書においても、主として有明海湾奥部への貧酸素水塊等の輸送を論じる際にその可能性に言及されているのみであって、他に諫早湾から島原沖への底層水の輸送による貧酸素化につき十分に検討されたことも窺われないから、底層水の輸送により諫早湾近傍部である島原沖においても底生生物の生息環境に影響を及ぼすような貧酸素水が生じている可能性は否定できないが、これを認めることはできない。
なお、被告は、環境モニタリング調査の平成一六年七月一一日から同年九月一七日までの諫早湾央B3地点とB5地点の底層水の酸素飽和度の観測結果の相関関係から、諫早湾内で発生した貧酸素水塊が諫早湾外の島原沖にまで達している可能性は極めて低く、貧酸素水塊は、大潮時や強風時の鉛直混合によって諫早湾内において解消していると考えられると主張し、証拠(乙一九八)によれば、これに沿う事実が認められるが、この事実から専門委員報告書の指摘する可能性を否定できるか十分に論じられていないものであって、上記可能性を否定するに足りないものである。
(ウ) 有明海湾奥部
a 証拠(甲E三〇三二《第八回ジョイント・シンポジウム諫早湾締切りが有明海環境に及ぼす影響の検討要旨集》、三二一七《連続広域観測で捉えた有明海の貧酸素水塊の動態》、三二三〇《専門委員報告書》、三二六三《諫早湾潮止め後の有明海における二枚貝群集の変化》、三三〇八《有明海奥部における貧酸素水塊の発生状況》、三三〇九《有明海奥部における夏期の貧酸素水塊発生域の拡大とそのメカニズム》、乙三八八《評価委員会報告》、乙一九六、二一九、三五一、三五二)によれば以下の事実が認められる。
(a) 浅海定線調査
浅海定線調査において、有明海湾奥海域(福岡県側海域及び佐賀県側海域)では、一九七〇年代から七月及び八月を中心に貧酸素現象が観測されており、貧酸素現象(溶存酸素濃度が四・三mg/l又は四・〇mg/l)の発生が観測された回数を検討すると、本件事業の着工の前後、本件潮受堤防の締切りの前後で明確な増加傾向は窺えないが、浅海定線調査の有明海湾奥海域の佐賀県側海域における観測地点S1、S9及びS10の各年六月及び七月の昭和四七年から平成一四年までのDO濃度の観測結果の経年変化に照らせば、長期的な貧酸素化の進行が示唆される。
(b) 東ら採泥調査
東ら採泥調査で、平成九年六月に、諫早湾湾口部付近、熊本県沖から島原沖にかけて及び有明海湾口部で溶存酸素濃度が二mg/l以下に低下していることが、平成一一年六月に、諫早湾湾口部の二定点で溶存酸素濃度が二・八mg/lとなっていることが、平成一三年六月には、平成九年六月に観測されたものよりも広範囲に貧酸素水塊が発生し熊本県荒尾付近まで及んでいることが観測されたことがそれぞれ認められる。
(c) 程木ら調査
平成一三年八月五日から同月七日の調査において、諫早湾内中央部でDO(溶存酸素)が一mg/l、北側で二mg/l以下であり、さらに佐賀県有明海奥部西側水域にも二mg/l以下の貧酸素水塊が観測された。
(d) 三省庁による広域連続観測
三省庁による広域連続観測は、有明海湾奥部において海底設置型の多項目測定装置等を海底上〇・二mに設置し三〇分又は一〇分間隔での観測を行い、諫早湾内の九州農政局の観測地点では観測櫓に取り付けられた多項目水質系により一時間ごとの観測を行ったものであるが、平成一六年から平成一八年の六月から九月末までの観測期間中において、諫早湾湾口南側のB5地点及び湾央の一二地点を除く全ての地点で貧酸素化(溶存酸素飽和度が四〇%以下)が観測された。
有明海湾奥干潟縁辺域において、底層において、平成一六年から平成一八年までの八月上旬から中旬の小潮期にほぼ無酸素となる著しい貧酸素化が、湾奥沖合域での観測結果と併せると湾奥底層に分布する貧酸素水塊が下げ潮に伴って湾奥沖合の中層に移動することがうかがえる。
有明海湾奥沖合域(水深一〇m以上)では、平成一六年から平成一八年の観測結果に照らして、表層と低層の密度差が大きくとなると底層の溶存酸素飽和度が低下する変動を繰り返しているが、この変動は年により大きく異なっている。また、台風の強風による擾乱を受けるまで一か月半を超える長期に渡る貧酸素状態が継続していることが観測された。
有明海湾奥及び諫早湾内の観測結果から、有明海における貧酸素水塊の発生場所の中心は諫早湾及び有明海奥部の北西海域であり、同時的に貧酸素化すること、特に湾奥の干潟縁辺域では小潮期に急激に貧酸素化することが明らかとなった。
貧酸素水塊の分布範囲は、岡本和麿ら「有明海奥部と諫早湾における表層堆積物中の有機物の分布と有機炭素安定同位対比」において報告された有機物含量が多く、還元的な底泥の分布とちょうど重なっている。
(e) 堤ら水質調査
平成一五年七月二三日の有明海奥部海域底層の溶存酸素濃度は、広範囲にわたって、三・〇mg/l~三・五mg/lという極めて低い値を示していた。なお、同日の有明海奥部は、極めて強度の塩分成層構造を示していた。
平成一六年七月二八日の有明海奥部海域底層における溶存酸素は、一・九mg/l~二・七mg/lという極めて低い値を示していた。そして、同日、有明海においては、極めて強度の塩分成層及び極めて強度の温度成層の二重の成層が観測された。
(f) 専門委員報告書では、大隈ら(平成一三年)の研究によればこの海域におけるベントス調査では、二枚貝の平均密度が一九八九年の三〇二一個体/m2から二〇〇〇年の六六〇個体/m2へと、およそ二割にまで減少しており、環境条件の悪化を示しているとする。
(g) 専門委員報告書においては、底質環境の悪化の原因として、有明海湾奥部の佐賀県側海域については、一部海域で諫早湾で発生した貧酸素水塊の輸送に伴う底質の嫌気化を、より広範な海域で赤潮の長期化・大規模化に伴って赤潮プランクトンの死骸がより多く堆積するようになったことを、いずれも可能性として挙げている。福岡県側海域については、佐賀県側海域と同様に赤潮の長期化・大規模化が可能性としてあげられるが、浅海定線調査の結果から貧酸素水塊の発生頻度が高くなった傾向はみえないし、底質の嫌気化に関する長期的なデータはないとする。
(h) 木元らが平成一六年から平成一八年までの三省庁の広域連続観測を分析した結果、有明海における貧酸素水塊の発生機構としては、成層が形成される夏期に底泥と躍層下の有機懸濁物の酸素消費により貧酸素化するというものであり、有明海奥部の干潟縁辺域では、小潮期に潮流が低下して成層が強化され滞留した水中の有機懸濁物を底泥の酸素消費により急速に貧酸素化し、湾奥の沖合域では、表層からの酸素供給が低下して底層で徐々に酸素消費が進行して貧酸素化するというものが推察され、この見解は評価委員会報告においても採用されている。
b 以上の認定事実によれば、有明海湾奥部において、長期的には貧酸素化が進行している可能性があること、平成元年から平成一二年にかけて有明海湾奥部において底質環境が悪化したこと、赤潮の長期化・大規模化によるプランクトンの死骸の堆積量の増加が貧酸素水塊の発生の原因となる可能性があることが認められる。
なお、原告らは、有明海湾奥部において貧酸素水塊が頻発するようになったのは本件潮受堤防締切り後であると主張するが、上記認定のとおり、専門委員報告書締切り前後で比較しうる観測結果は浅海定線調査及び大隈らのベントス調査のみであるが、前者については、湾奥部佐賀県側海域で夏季に貧酸素化が進行していることは示唆されるものの、締切り後の貧酸素現象の観測が締切り前のものに比べて著しく増加しているとの傾向は見受けられず、また、後者については時期を特定することができない。確かに、専ら締切り後の観測結果に基づき発生機構が推察されるに至っているが、この発生機構から本件潮受堤防の締切り前後の傾向を論じることはできるとはいえず、原告らの主張は採用できない。
また、専門委員報告書は、諫早湾から底層水の有明海湾奥部佐賀県側海域への輸送を指摘するので以下検討する。
被告は、浅海定線調査のD地点とF地点の周辺海域における底層の酸素飽和度の観測結果は、D地点のある佐賀県沖寄りで低く、F地点のある諫早湾寄りで高い傾向が明らかであり、諫早湾から有明海湾奥部方向へ貧酸素水塊が移動しているとは考え難いと主張する。
しかし、佐賀県側海域の浅海定線調査(乙二五二)によれば、底層溶存酸素濃度は、おおむね諫早湾口に近い佐賀St3地点の方が北側の佐賀県海域よりも高いものの、昭和四九年七月一九日、昭和五六年八月二八日及び平成一五年八月二九日の各観測の際には佐賀St3の方が北側の佐賀県海域よりも低い減少が観測されているから、諫早湾口から北上する底層の流れによって有明海湾奥部佐賀県側海域の貧酸素化が促進される可能性は否定できない。
ただ、前記のとおり、本件潮受堤防の締切りにより諫早湾湾口部において底生生物の生育環境に影響を与えるような貧酸素化が進行したことは認めることはできず、上記認定のとおり、浅海定線調査から有明海湾奥部における本件潮受堤防締切り前後で貧酸素水塊の発生の増加傾向は窺われず、有明海湾奥及び諫早湾内における三省庁の広域連続観測の観測結果から、有明海における貧酸素水塊の発生場所の中心は諫早湾及び有明海奥部の北西海域であり、同時的に貧酸素化することが認められている。
したがって、有明海湾奥部佐賀県側海域の一部において、諫早湾から北上する底層の流れによる底層水の貧酸素化の促進については可能性としては肯定できるものの、この事実を認定することまではできない。また、諫早湾湾外北側についても同様である。
カ 赤潮について
(ア) 証拠(甲E三一〇八、乙二五一の一~二七)によれば、昭和五三年から平成一六年までの九州海域における赤潮及び松岡「諫早湾における赤潮原因プランクトンの最近の変化」で引用される長崎県総合水産試験場の観測結果を総合した結果は以下のとおりである(なお、平成一二年以降有明海沿岸の各県の赤潮を含む漁場監視体制が強化されており(甲三〇〇一の六)、このことにつき留保する必要があることはノリ第三者委員会の最終報告(甲E三三一五)及び松岡の上記論文において述べられているとおりである。)。
a 諫早湾における赤潮の発生状況
(a) 松岡は、昭和四九年から平成一三年までの長崎県総合水産試験場から提供を受けた赤潮発生記録資料に基づき、諫早湾の赤潮発生状況を分析して、以下のとおり、平成九年四月の本件潮受堤防の締切りの前後で赤潮の発生が増加し、赤潮の原因種に変化が生じているとする。
長崎県旧森山町から同県旧有明町までの沿岸の南部海域では、昭和四九年から締切りまでに一〇件であるのに対して、締切りから平成一三年までに一五件が観測されている。
長崎県旧高来町から同県旧小長井町までの沿岸の北部海域では、昭和四九年から締切りまで五件であるのに対して、締切りから平成一三年までに二八件が観測されている。
なお、上記検討において、昭和五七年七月一八日から同月一九日までに長崎県旧瑞穂町西郷から同県島原市安徳までの地先(南部海域)で観測されたGymnodinium SPを構成プランクトンとする最大面積九km2の赤潮(NS―参1)は考慮されておらず、甲E三一〇八の一九九一年八月一七日から同年九月七日まで発生したとされる赤潮は、翌年である平成四年八月一七日から同年九月七日までに発生した赤潮(NS―13)の誤記と考えられる。
諫早湾における締切り前の赤潮の原因種は、珪藻(Skeletonema costatum)、渦鞭毛藻(Akashiwo sanguinea)及びラフィド藻(chattonella antiqua, C. marina, Heterosigma akashiwo)であったが、締切り後、渦鞭毛藻赤潮は原因種が多様化し、多発する傾向があり、ラフィド藻では平成一〇年一〇月にFibrocapsa japonicaが、渦鞭毛藻では、平成一一年六月にProrocentrum minimum及びAlexan-drium costatumが、平成一三年七月にはクリプト藻(Crypomonas sp.)が加わっており、従前からの珪藻、渦鞭珪藻及びラフィド藻を原因種とする赤潮も構成種が異なっている。
(b) 平成一四年から平成一六年までの九州海域の赤潮に基づく諫早湾における赤潮の発生状況は以下のとおりであり、上記松岡の分析と矛盾するものとはいえない。
① 平成一四年四月二四日には諫早湾湾口部でクラプト藻類他を構成プランクトンとする赤潮(NS―08、最大面積:不明)が観測された。
② 同年四月二八日から同年五月二八日まで諫早湾並びに旧深江町地先及び旧布津町地先の南部海域で、ラフィド藻(Heterosigma akashiwo)を構成プランクトンとする赤潮(NS―11、最大面積:二〇km2)が観測された。
③ 同年七月二九日から同年八月一日まで諫早湾で、Noctiluca scintillansを構成プランクトンとする赤潮(NS―23、最大面積:不明)が観測された。
④ 同年一一月七日から同年一二月一〇日まで諫早湾で、Gymnodinium Sanguienumを構成プランクトンとする赤潮(NS―32、最大面積:一五km2)が観測された。
⑤ 平成一五年四月二五日から同年五月二日まで旧小長井町地先の北部海域で、ラフィド藻(Heterosigma akashiwo)を構成プランクトンとする赤潮(NS―05、最大面積:〇・四km2)が観測された。
⑥ 同年五月二〇日から同年七月一八日まで諫早湾で、ラフィド藻(Hetero-sigma akashiwo)を構成プランクトンとする赤潮(NS―09、最大面積:六km2)が観測された。
⑦ 同年六月三〇日から同年七月一日まで諫早湾で、Noctiluca scintillansを構成プランクトンとする赤潮(NS―15、最大面積:不明)が観測された。
⑧ 同年八月二〇日から同月二七日まで諫早湾で、ラフィド藻(Heterosigma akashiwo)及び渦鞭毛藻(Ceratium fu-rca)を構成プランクトンとする赤潮(NS―18、最大面積:不明)が観測された。
⑨ 同年九月二日から同月一六日まで諫早湾で、クリプト藻、珪藻(Skeleto-nema costatum)及びラフィド藻(Cha-ttonella antiqua, C. marina)を構成プランクトンとする赤潮(NS―21、最大面積:不明)が観測された。
⑩ 同月一七日から同月二〇日まで諫早湾で、渦鞭毛藻(Ceratium fusus, C. furca)を構成プランクトンとする赤潮(NS―26、最大面積:二km2)が観測された。
⑪ 平成一六年五月一四日から同月二五日まで諫早湾から島原市沖までで、ラフィド藻(Heterosigma akashiwo)を構成プランクトンとする赤潮(NS―13、最大面積:不明)が観測された。
⑫ 同年五月二六日から同年六月一日まで小長井町地先で、珪藻(Skeletonema costatum)を構成プランクトンとする赤潮(NS―15、最大面積:不明)が観測された。
⑬ 同年七月一日から同月九日まで諫早湾で、珪藻(Skeletonema costatum)を構成プランクトンとする赤潮(NS―19、最大面積:不明)が観測された。
⑭ 同月二七日から同年八月二日まで諫早湾で、ラフィド藻(Heterosigma aka-shiwo)を構成プランクトンとする赤潮(NS―13、最大面積:一八km2)が観測された。
⑮ 同年八月五日から同月二〇日まで諫早湾で、ラフィド藻(Chattonella an-tiqua, C. marina)を構成プランクトンとする赤潮(NS―25、最大面積:不明)が観測された。
⑯ 同月二六日から同年九月一日まで諫早湾から旧有明町地先で、渦鞭毛藻(Ceratium fusus)及び渦鞭毛藻(Co-chiodinium polykrikoides)を構成プランクトンとする赤潮(NS―28、最大面積:不明)が観測された。
⑰ 同年一二月二〇日から同月二四日まで旧瑞穂町地先から旧国見町地先までの南部海域において諫早湾から旧有明町地先までで、Gymnodinium Sanguienumを構成プランクトンとする赤潮(NS―48、最大面積:不明)が観測された。
(c) 諫早湾における赤潮の年間発生期間を比較すると、平成九年までは平成八年を除いて年間四〇日間を超えることなく、赤潮発生が認められない年もあったが、平成一〇年以降では、一二〇日間を超えた平成一一年及び平成一五年を除いて、八〇日間前後で推移しており、平成九年以前と平成一〇年以降の年間発生期間は明らかに異なる。
b 有明海湾奥部における赤潮の発生状況
(a) 有明海湾奥部における赤潮の年間発生件数は、福岡県海域及び佐賀県海域のいずれも顕著な増減はない。福岡県海域では、年間発生期間及び一件当たりの日数が、平成一〇年度以降著しく長期化し、平成一四年度に一度減少したものの平成一〇年度以前と比較しても高い水準で推移している。佐賀県海域では、年間発生期間が、平成一〇年度以降著しく長期化し、平成一六年度に減少したものの平成一〇年度以前と比較しても高い水準にあり、一日当たりの日数は平成一〇年度以降増加し、平成一三年に一度減少したものの、平成一四年度以降は平成一〇年度以前と比較して高い水準で推移している。また、分類群別では、有明海全体における年間発生件数、年間発生期間及び一件当たりの日数について、珪藻、渦鞭毛藻及びラフィド藻のいずれも増加傾向である。
近年の長期化は、福岡県海域については、主として七月ないし九月期と一月ないし三月期の珪藻赤潮によるものであり、佐賀県海域では、主として一月ないし三月期の珪藻赤潮によるものである。
(b) なお、原告らは、有明海湾奥部の赤潮の発生状況に関して、件数等で把握するのは相当ではなく、赤潮の継続日数に最大面積を乗じた指数である赤潮発生規模指数を用いて把握すべき旨主張し、堤裕昭は昭和五七年から平成一五年までの九州海域の赤潮記載の観測結果に基づいて、九州海域の赤潮でも明らかとなる発生期間、植物プランクトンの種類、発生海域に、堤ら水質調査、報道機関による報道内容及び赤潮に関する知見に基づく推認を加えて、九州海域の赤潮において別個の赤潮として扱われている赤潮も一つの赤潮として扱ったり、熊本県沿岸海域で観測された赤潮も有明海湾奥部で発生した後拡大したものとして一つの赤潮として、赤潮発生規模指数を算定している。
しかし、評価委員会報告に対するパブリックコメントに対する評価委員会の考え方(乙三七五)において、堤裕昭の分析に関して、大面積の赤潮発生の多くは有明海中・南部であり、少し遅れて湾奥部でも発生したとして扱っているが、このことをどのように確認したか、また、逆に湾奥の外側で発生した赤潮が湾奥に流れていた可能性をどのように排除したのか不明であるので採用できない旨記載されている。
さらに、本件潮受堤防の締切り前の有明海の赤潮発生状況に関する観測は、九州海域の赤潮記載の観測結果及び浅海定線調査があるが、九州海域の赤潮の観測結果は、赤潮の発生日及び発生場所を特定したり、発生後の拡大の様子等を論じることができるほどの精度を有していないことは原告らも自認するところであるし、浅海定線調査は、前記のとおり、観測地点の限られた月に一回の観測に基づくもので、時間的空間的な分析能が粗く、九州海域の赤潮記載の観測結果と同様十分な精度を有していない。
しかも、堤裕昭が赤潮の同一性認定の資料としているものは、平成一三年以降に開始された堤ら水質調査及び報道機関による報道等であって、本件潮受堤防締切り以前も含めて継続的に行われていた観測結果ではなく、本件潮受堤防の締切り前の赤潮も含めてその同一性を判断するに足りる資料があるとはうかがえないから、本件潮受堤防の締切りの前後の赤潮の発生状況を堤裕昭が採用した方法により比較することは困難であると言わざるを得ない。
c 有明海熊本県海域における赤潮の発生状況
有明海熊本県海域における赤潮の年間発生件数及び年間発生期間は、増加傾向にある。一件当たりの日数については、平成八年から平成一一年にかけて増加し、その後は昭和四九年から平成八年までの水準と比較して、かなり高い水準のまま横ばいである。また、夏季における渦鞭毛藻、ラフィド藻の発生件数もやや増加し、一〇月ないし一二月期にも渦鞭毛藻の長期間にわたる発生が見られた。なお、分類群別での有明海全体における傾向は前記のとおりである。
(イ) 有明海の赤潮に関しては、評価委員会報告(乙三八八)において、以下のとおり整理されている。
a 赤潮原因種別の赤潮の特徴
(a) 小型珪藻(年中発生)
基礎生産者として重要であり、食物連鎖の根幹をなすので、小型珪藻の赤潮の発生はある程度やむを得ないといえる。
小型珪藻の赤潮は、河川から栄養塩が供給されて塩分が減少し、強い照度を与える晴天が続くと底泥中の休眠期細胞が発芽、繁茂して発生する。
透明度の上昇は、発芽機会の増加につながるため、小型珪藻の赤潮の増加の原因になると考えられる。
小型珪藻及びその発芽のための成熟に要する期間は以下のとおりである。
Chaetoceros sp.1 三日間
Chaetoceros 二八日間
Leptocylindrus danicus 五~六日間
Skeietonema costatum 不明
(b) 大型珪藻(秋期から冬季にかけて発生)
大型珪藻のRhizosolenia属は、有明海において昭和二三年、昭和四〇年、昭和五五年、平成八年、平成一二年に赤潮を形成して、ノリ養殖に被害を与えた。
平成一二年に有明海で大発生したRhizosolenia imbricataは、毎年観測され、平成一二年以前にも赤潮レベルに達したことがあった。Rhizosolenia imbricataは、休眠期細胞が発見されていないことから外海に生息しており、低塩分の夏期には湾内への侵入が阻まれているが、高塩分状態(三〇~三五psu)になるときに湾内へ侵入して、高い日照条件下で大発生して、赤潮を形成する。
増殖に必要な条件としては、高栄養塩、高水温、高照度、高塩分である。高栄養塩は、降水による低塩分及び日照不足による小型珪藻の非発生が一因となっている。高水温、高照度及び高塩分は、懸濁物質の減少による透明度の上昇及び河川水量の減少が一因となっている。また、河川水の流入は、繁茂状態から死亡・分解に至る原因である塩分低下を招くことがある。
大型珪藻及びその発生期間は以下のとおりである。
Rhizosolenia imbricata 一二月~一月
Rhizosolenia setigera 一二月~一月
Eucampia zodiacus 二月~三月
(c) ラフィド藻(夏期発生)
Chattonella赤潮は、有明海湾奥部西部海域及び諫早湾での発生が顕著で、この発生には富栄養化や貧酸素水塊が関係している。諫早湾においては平成元年(一九八九年)に最初に確認されたところ、この発生には工事による人為的な底泥の攪拌が関係した可能性がある。
貧酸素水塊の形成により底泥から鉄が溶解し、貧酸素水塊の崩壊で窒素やリンとともに鉄が供給されると、Chattonella属の増殖が促進される。
Chattonella赤潮は、魚類と貝類に被害を与えるところ、これによる漁業被害を減少させるためには貧酸素水塊の形成を押さえることが重要である。
(d) 渦鞭毛藻(夏期発生)
渦鞭毛藻類Cochiodiniumは八代海で大規模な赤潮となって重大な漁業被害を招いている。
Cochiodinium polykrikoidesは、有明海でも出現海域が広がり、赤潮は形成するようになっているが、八代海における状況は以下のとおりである。
Cochiodinium polykrikoidesのシストは八代海では確認できず、冬季に遊泳細胞(単細胞)の存在が認められている。本種のseed populationは越冬栄養細胞である可能性が高く、栄養細胞は水温と日照量の増加とともに高塩分環境下で増殖して赤潮形成すると、一・四~三・六m/hの早い日周鉛直移動により底層の栄養塩を利用して赤潮を持続すると考えられる。赤潮の消滅後、本種は栄養細胞で越冬すると思われる。
Cochiodinium. polykrikoidesは、塩分変化に敏感(狭塩分性種)であり、赤潮は渇水年に発生し、降雨年で非発生であることが示唆される。
八代海では、平成一二年夏期に同種の赤潮により約四〇億円の漁業被害が生じたが、このときの水温と塩分は、二四・五~二六・六℃、三二・〇~三三・〇psuで、増殖速度は〇・三七day-1であり、室内実験の最適増殖速度はほぼ一致した。赤潮発達期に水深一〇m付近で水温・塩分躍層が形成され、赤潮衰退期以降は崩壊していた。赤潮形成期の底層水には高濃度の栄養塩が分布していたが底泥から溶出して貯蔵されたと考えられる。発生が多発している八代海内の御所浦や津奈木周辺で初期発生し、その後、分布を拡大させたものである。
b 赤潮原因種の休眠期細胞
海底泥表面に存在する休眠期細胞は、赤潮の発生源として重要であり、同細胞の分布調査により赤潮発生履歴に関する情報を得ることも可能である。
農林水産省農林水産技術会議事務局「研究成果四三二 有明海の海洋環境の変化が生物生産に及ぼす影響の解明」で発表された有明海における調査結果によると、珪藻類(Skeletonema costatum, Chaetoceros spp., Thalassiosira spp.が主要珪藻類)の休眠期細胞が優占し、湾奥部から湾奥部の海域において5×105MPN/cm3を越える高密度で存在していたが、湾奥部から湾口部の海域では密度は低かった。
c 赤潮による漁業被害
有明海における赤潮被害の年間発生件数は、増加傾向である。原因プランクトン別に見ると、珪藻類による被害件数が多く、ノリの色落ちにより大きな被害が発生している。
(ウ) 赤潮の発生件数等の増大要因
原告らは、有明海沿岸の赤潮発生前四〇日間の福岡県柳川市、同県大牟田市、佐賀県杵島郡白石町及び長崎県諫早市の四地点における降水量の平均が同一である場合、本件潮受堤防の締切り後、締切り前に比べて、有明海湾奥部における赤潮の発生ないし赤潮発生規模指数が増大しており、これらの原因は海洋構造の変化にしか求められない旨主張するところ、赤潮の増大の原因について検討する。
a 富栄養化
(a) 有明海全体
諫早湾を除く有明海全体において河川からの栄養塩供給の総量が増加しておらず、富栄養化が進んでいないことは当事者間に争いがない。
また、証拠(甲E三二三〇、乙三八八)によれば、以下の事実が認められる。
評価委員会報告においても、珪藻赤潮について、降雨等による淡水及び栄養塩類の流入が発生の一因となるが、有明海に流入する主要河川の流量に明確な傾向は認められず、負荷量も昭和五〇年代に高い傾向が見られたが、その後は減少傾向であり、また、水質の栄養塩濃度(DIN、DIP)についても近年増加傾向は見られないが、淡水や栄養塩の流入と珪藻赤潮の長期的な増加との関係については現在ある情報では判断できないとされている。
(b) 諫早湾
原告らは、諫早湾について、本件調整池からの排水等により水質の悪化、富栄養化が進んでいると主張する。
しかし、諫早湾において、T―Nは、平成二年度から平成一二年度まで緩やかに減少した後、平成一五年度にかけてはやや増加しているが、それでも平成七、八年度の水準にとどまるのであって、干拓事業に伴う工事及び本件潮受堤防の締切りの前後で富栄養化が進行した傾向は認められない。
b 補食圧
原告らは、アサリについて、その餌となるのは底生珪藻がほとんどであって浮遊珪藻はほとんどないから、従前二枚貝類による補食圧が赤潮発生の制限要因となっておらず、赤潮の頻発化と二枚貝類の減少と関連性は低いと主張する。
しかし、原告ら主張の根拠として引用する小池ら「東京湾小櫃川河口干潟におけるアサリの食性と貝殼成長」(甲E三二九六)は、専ら、アサリの食性について検討するものであって、確かに、アサリの食性は、調査結果から食物の主体が底生珪藻にあり、浮遊性珪藻を積極的に濾過する摂餌様式ではないとするものであるが、アサリ以外の二枚貝類を含めたベントス一般の主要食物を明らかにするものではないから、上記小池らの論文を前提としても、ベントスの赤潮原因種の植物プランクトンの補食圧が赤潮発生の制限要因となっていなかったとは認めることはできない。
むしろ、評価委員報告書によれば、二枚貝類の懸濁物の除去能力については、一九九〇年以前の一日当たりの濾水量(夏期)は四ないし一〇億m3であり、アサリの最盛期における濾水量は四―六億m3に達すると推定されており、アサリ等二枚貝類の減少が海域の浄化能力の低下を招き、赤潮を増大させる要因の一つと考えられるとされ、赤潮原因種の植物プランクトンの摂餌による直接的な赤潮発生の抑止について評価するにはアサリ等二枚貝の主要食物について更なる調査が必要であろうとされている。また、専門委員報告書においても、植物プランクトンの成長と環境条件の検討において、混同層が海底まで及ぶ場合はベントスによる補食を考慮しなければならないとしている。
また、中西弘「有明海における水質・赤潮等の変化の要因についての意見」と題する書面(乙一八三)及び中嶋雅孝ら「有明海における冬季のノリ及び赤潮プランクトンの増殖特性」(乙二七三)では、貝類の年間漁獲量を年間生産量とする等の仮定に基づく貝類による植物プランクトン等水中懸濁物取込量の変化を計算したところ、昭和五一年には約一〇t/日で、昭和五一年から昭和五八年ころまでは六ないし九t/日、昭和五九年から平成九年ころまでは二ないし四t/日、平成九年から平成一一年までは一t/日程度、平成一一年度以降は一t/日未満となったとする。
しかし、上記計算は有明海全体における昭和五一年ころからの補食圧の減少傾向を論じるものであって、平成一〇年以降の赤潮の発生件数、発生期間の増加傾向と有明海の特定の一部海域における傾向を論じるものではないから、補食圧の減少が実際に有明海湾奥部及び諫早湾における赤潮の発生件数等の増加を招いたと認めることはできない。
c 成層度及び河川起源水の滞留時間の増加
(a) 成層度
評価委員会報告では、栄養塩の負荷量との関連で、水質の栄養塩濃度についても近年増加傾向が見られてないとして、陸域からの影響を大きくする他の要因である成層化等を含めた検討が必要であるとしている。
専門委員会報告書では、植物プランクトン一般の光合成について、植物プランクトンの鉛直移動を考慮しない場合に、日照との関係で植物プランクトンの増減がない臨界深度より混合層の水深が浅い場合は植物プランクトンが増加するとしており、日照の弱い冬季に混合層が底層に及ぶ場合は赤潮を形成し得ないとしている。
以上より、成層度の強化は、植物プランクトンの増加ないし赤潮の発生要因となることが認められる。
しかし、前記のとおり、有明海において本件事業に伴う工事及び本件潮受堤防の締切りにより成層度が強化されたことは認められない。
(b) 河川起源水滞留時間の増加
これを支持する現地の観測結果及び数値シミュレーションの結果はうかがえないところ、河川起源水滞留時間の増加は認められない。
d 水温
原告らは、水温による上昇により有明海において赤潮の発生が増加するのであれば他の海域における赤潮の発生も増加しなければならないとして、水温の上昇による赤潮の発生の増加を否定し、被告は、有明海における赤潮の発生件数等の増加が水温の上昇による旨主張する。
この点、専門委員報告書(甲E三二三〇)において、Richard. W. Eppleyによる各種の植物プランクトンを培養した結果から得られた多様な種から構成されるプランクトン群集の最大成長速度と水温との関係式に基づきSkeletonema costatumにつき水温による最大成長速度の制限につき計算して、水温八℃から一一℃では二割程度の成長速度の上昇であるとする。
しかし、評価委員報告では、水温上昇の影響は種類ごとに異なるとして主要な赤潮プランクトンに関し作成された水温と成長速度のモデル式に基づき、Skeletonema costatum, Chattonela antiqua, Gymnodium mikimotoiにつきそれぞれ浅海定線調査の観測結果に基づく表層平均水温等の数値を用いて、増殖速度を算出したところ、増殖速度は季節によって一定程度増加する結果となったとされ、珪藻であるSkeletonema costatumの増殖速度は、昭和四九年から平成元年までの平均水温と平成九年から平成一五年までの平均水温とをそれぞれ用いた場合の比較で、冬季において、福岡県及び佐賀県海域では一一~一五%、長崎県及び熊本県海域では二~三%の増加、冬季以外の季節では一~七%の減少とされ、各県海域における珪藻赤潮の発生日数と比較して、水温上昇は、赤潮の増加の要因の一つである可能性があると考えられるが、水温上昇以外の要因も大きく影響している可能性があるものと考えられると結論付けている。なお、評価委員報告の上記算定によれば、珪藻類Skeletonema costatumの増殖速度は、福岡県海域において、七月ないし九月期で七%の減少、一月ないし三月期で一五%の増加、佐賀県海域で一月ないし三月期で一五%の増加である。
専門委員報告書における算定は、証人中西弘が証言し、乙二七六に記載されているとおり、Skeletonema ccstatum自体の関係式ではない植物プランクトン群集に関する関係式を用いて最大成長速度の制限につき計算するものであって、Skeletonema costatumの増殖率の変化率を過小に評価されており、後に作成され、かつ、各種のプランクトンごとの関係式に基づき算定した評価委員会報告と比べて信頼性が劣るものといえる。
そして、ノリ不作等第三者委員会平成一三年度成果についての委員会まとめ(乙二七五)によれば、有明海における珪藻赤潮の原因種として最も頻度の高いのは、Skeletonema costatumであり、鞭毛藻赤潮の原因種として最も頻度の高いのは、Chattonela antiquaで、これに次いで頻度の高いのは、Gymnodium mikimotoiであるところ、評価委員会報告はこれらの赤潮原因種につき種別の関係式に基づき算定したものであって、有明海における赤潮の傾向につき論じうるものといえるし、前記認定の有明海湾奥部の福岡県海域における七月ないし九月期の珪藻赤潮の増加傾向とは矛盾しているものの、一月ないし三月期の珪藻赤潮の増加の傾向にも示しているものであるから、水温上昇は、他の要因も大きく影響している可能性があるものの、有明海における赤潮の増加の要因の一つである可能性があると認められる。
e 水中日射量(日射量及び透明度)
(a) 日射量
原告らは、従前から有明海において秋季の日射量が赤潮原因種の植物プランクトンの光合成の制限要因になっていなかった旨主張し、対して、被告は、日射量の増加が有明海及び諫早湾における赤潮増加の原因として主張する。
専門委員報告書によれば、昭和六〇年から平成一五年までの佐賀地方気象台及び熊本地方気象台のデータに基づいて、冬季においては平成五年以降に若干の上昇が認められるが、夏期については佐賀地方気象台の観測結果で一九九〇年代後半からの上昇が若干うかがえるものの、データのばらつきが多いため明瞭な傾向を読みとることはできないと認められる。
したがって、明瞭な増減がうかがえない日射量について、平成一〇年以降の赤潮の発生件数等の増加との関係を明確に論じうるものではない。
(b) 透明度
原告らは、透明度一般について、透明度により臨界深度が変化するだけで植物プランクトン増殖の制限要因とならず、また、赤潮の発生増加の主要な要因になっていないと主張し、堤裕昭はこれに沿う陳述をする(甲E三三二一)。
しかし、評価委員会報告では、透明度上昇は、光制限を緩和し、植物プランクトンの増殖に有利に働くと一般的に考えられているとされ、専門委員報告書では、水温・塩分から見た混合層内での混合がそれほど活発ではなく、昼間に鞭毛藻などが表層付近に移動して定位できるような場合を除いて、植物プランクトンの光合成一般について、透明度が混合層水深との相関でその程度は異なるものの制限要因になることを前提としているのであって、原告らの主張は採用できない。
また、評価委員会報告によれば、浅海定線調査に基づく各県海域における昭和四九年から平成元年までの平均透明度と平成九年から平成一五年までの平均透明度を比較した結果、全県ほとんどの海域で上昇が認められ、特に海域としては熊本県海域が、季節としては冬季が上昇率が高いとされ、各県海域における赤潮の発生日数の増加傾向と透明度の上昇傾向が符合していることから、透明度の上昇は赤潮の発生の増加の要因の一つであると考えられると結論付けられている。
なお、専門委員報告書において、浅海定線調査に基づく昭和四九年から平成一五年までの有明海湾奥部の福岡県沖のAゾーン、同部の佐賀県沖のA’ゾーン、諫早湾から対岸に至る範囲のCゾーン、長洲町から三角に至る熊本県沖のDゾーン、有明町から布津町に至る島原沖のEゾーン、さらに外側の口之津までの湾口部のFゾーンの各ゾーンの平均透明度の経年変化を一二か月の区間で移動平均したところ、Aゾーンでは横ばい、A’ゾーンではわずかに上昇傾向であり、Fゾーンでは三〇年間で約二mの透明度の上昇が見られ、その傾向は九〇年代以降加速しているとされ、有明海の一部海域において透明度の上昇が認定されているが、これらの透明度上昇の長期的な傾向について、本件事業に伴う工事又は本件潮受堤防の締切りとの関係を認めることは困難であるし、専門委員報告書においても河川からの懸濁物負荷の減少が透明度の変化に影響していることが明らかと結論付けているから、上記透明度の上昇が本件事業によるものとであるとは認められない。
(c) 降水量
専門委員会報告書によれば、佐賀地方気象台及び熊本地方気象台の観測結果に基づく昭和四九年から平成一四年までの各季の降水量の経年変化から経年的な変化傾向の存在は伺えないとされていることが認められる。
したがって、明瞭な増減がうかがえない降水量について、平成一〇年以降の赤潮の発生件数等の増加との関係を明確に論じうるものではない。
f 専ら諫早湾における赤潮の増加原因
評価委員報告において、Chattonella属の赤潮は、富栄養化した流速の低い海域における貧酸素水塊の形成、底泥からの栄養塩の供給と関係すると考えられ、また、鉄がChattonella属の増殖を促進することが知られているとして、底層環境の悪化が推測されている有明海の湾奥西部海域や諫早湾湾奥では、貧酸素水塊の形成によって底泥から鉄や栄養塩類が溶解し、貧酸素水塊の崩壊の際に窒素や燐と一緒に鉄が供給されて、Chattonella属の増殖を促進していると考えられ、貧酸素水塊の発生がChattonella属の赤潮の増加の一因となっているものと思われるとされている。なお、評価委員報告においては小潮時にChattonella赤潮の発生が多いともされている。
また、専門委員報告書においても、諫早湾及び近傍において浮泥の厚さが増していることから、底からの栄養塩の溶出が赤潮発生を促した可能性も大きいとされている。
前記のとおり、諫早湾においては、本件潮受堤防の締切りにより、湾外北側を除いた近傍部も含めた潮流の低下、湾奥及び湾央における底質の悪化及び貧酸素水塊発生の促進が認められている。
そして、諫早湾における昭和五三年度から平成一六年度までのChattonella赤潮の発生は以下のとおりであり(甲E三一〇八、乙二五一の一~二七)、本件潮受堤防による諫早湾湾奥及び湾央における底層の悪化等の進捗と同赤潮の発生頻度の増加傾向とは矛盾するものではないと認められる。また、評価委員報告書は、前記のとおり、諫早湾における平成元年のChatto-nella属の赤潮の発生には本件事業の工事による人為的な底泥の攪拌が関係した可能性があるとしている。
(a) 平成元年七月三一日から同年八月一四日まで、諫早湾湾口部の島原半島の旧国見町・旧多比良町沖で観測された赤潮(NS―11、Chattonella antiqua、細胞数:八〇〇〇、最大面積二二・五km2)
(b) 平成四年八月一七日から同年九月七日まで、旧国見町沖から早瀬瀬戸付近の口之津町沖までで観測された赤潮(NS―13、Chattonella antiqua、細胞数:一九五〇〇、最大面積三〇km2)
(c) 平成六年八月八日から同月一九日まで、諫早湾湾奥部北岸の小長井町沖から島原市沖を経て口之津町沖までで観測された赤潮(NS―17、Chattonella antiqua、細胞数:一一五〇、最大面積一〇km2)
(d) 平成八年八月七日から同月二七日まで、諫早湾湾奥部北岸の小長井町沖から旧国見町沖を経て島原市沖までで観測された赤潮(NS―14、Chattonella antiqua、細胞数:一八〇〇、優占種はGyrodinium dominans 最大面積〇・一四四km2)
(e) 平成一〇年七月一五日から同年八月七日まで、諫早湾湾奥部北岸の小長井町沖から旧瑞穂町沖を経て口之津町沖までで観測された赤潮(NS―14、Chattonella antiqua、細胞数:五一六〇〇、最大面積一六〇km2)
(f) 平成一一年六月二五日から同月三〇日まで、島原市沖から口之津町沖までで観測された赤潮(Chattonella antiqua、細胞数:四〇七、最大面積二二・五km2)
(g) 平成一二年六月二五日から同月三〇日まで島原市沖から口之津にかけて観測された赤潮(NS―07、Chattonella antiqua、細胞数:四〇七、最大面積不明)
(h) 平成一二年八月四日から同月二八日まで、小長井町沖から口之津町沖までで観測された赤潮(NS―14、Chattonella antiqua、細胞数:一三一三〇、最大面積不明)
(i) 平成一三年八月二七日から同月二九日まで小長井港で観測された赤潮(NS―30、Chattonella antiqua、細胞数:不明、優占種はHeterosigma akashiwo 最大面積不明)
(j)平成一五年九月二日から同月一六日まで諫早湾で観測された赤潮(NS―21、Chattonella antiqua、細胞数七〇〇〇、C. marina、細胞数二九五〇、優占種はクリプト藻、最大面積:不明)
しかし、前記のとおり、諫早湾においては本件調整池からの排水による一時的な水質の悪化は認められるが、恒常的な水質の悪化は認めることができず、また、諫早湾におけるChattonella赤潮が評価委員会指摘の貧酸素水塊と密接に関連した機序で発生していることを示す観測結果は評価委員会報告でも明らかにされておらず、評価委員会報告における表現に照らしても、観測結果等の裏付けがなくとも高度の蓋然性を持って認定しうるほどに確かな知見であると認めることもできない。
さらに、前記のとおり、諫早湾における赤潮については、Chattonellaを原因種としない赤潮の発生の増加や原因種の増加も指摘されているのであって、諫早湾湾奥及び湾央における底質の悪化等はChatto-nella赤潮の発生を促進する要因となりうるものの、他の原因種の赤潮を含めた増加要因も想定されるところである。
以上によれば、本件潮受堤防の締切りにより諫早湾においてChattonella赤潮の発生が促進されている可能性があり、また、諫早湾における平成元年のChattonella属の赤潮の発生には本件事業の工事による人為的な底泥の攪拌が関係した可能性があると認められる。
なお、諫早湾内について、渦鞭毛藻を原因種とする赤潮の発生の増加が指摘されているところ、専門委員報告書において、諫早湾及びその近傍につき、成層度の強化が日周鉛直移動により底層の栄養塩を利用できる鞭毛藻の成長に有利に働き、諫早湾における鞭毛藻の発生頻度の著しい増加の理由であると考えられるとされているが、諫早湾において成層度が強化されたことを示す観測結果はないし、成層度の強化についてはその可能性が認められるのみである。
g 要因相互の関係
証拠(乙三七五、三八八)によれば、評価委員報告において、一九六〇年代までの有明海は、潮流による浮泥の巻き上げや流動が赤潮の発生を制限し、植物プランクトンを中心とした浮遊生態系と干潟生態系を主とする底棲生態系が適度なバランスを取っていたが、近年の有明海は、干潟の減少、底層環境の悪化により、干潟生態系を主とする底棲生態系が衰える一方で、流動の低下、透明度の上昇等によって植物プランクトンに有利な要件が生じ、浮遊生態系主体の物質循環に移行してきた可能性が推察されると結論付けられ、また、再生への取組として赤潮発生の増加、植物プランクトンの増殖に関するメカニズム(水温、透明度、負荷流入、成層化等)の更なる解明を挙げており、赤潮増加について大きく影響した環境要因の変化を明らかにしていない。
評価委員会報告においても、上記のとおり、赤潮発生件数等の増加の原因については一九六〇年代以降の環境変化と関連してその概略を示すに止まっており、各要因による寄与を明らかにしておらず、赤潮発生の増加等のメカニズムに関する解明は今後も必要であるとされているから、未だ、本件事業に伴う工事及び本件潮受堤防の締切りによる寄与の有無及び寄与があるとしてその程度について認めるに足りる知見ないし観測結果はないものと認められる。
h なお、原告らは、堤の見解に依拠して、有明海湾奥部において、本件潮受堤防の締切り後、赤潮発生前四〇日間の同一降水量(有明海沿岸における四地点の降水量の平均)で発生する赤潮の規模が締切り前に比べて著しく大規模化するに至っており、この結果からしても赤潮の大規模化の原因となる成層度の強化が有明海湾奥部において生じている事実も認めることができると主張する。
しかし、前記のとおり、有明海湾奥部において発生する赤潮については評価委員会報告のとおり、赤潮原因種ごとにその発生及び増殖の機序がある程度明らかになっており、堤の見解は平成一五年一一月一〇日の第六回評価委員会において評価委員から指摘されている(甲E三二一三、乙三七二)とおり、赤潮原因種ごとの発生等の機序の知見に基づく検討が未だ行われていないものである。
また、前記のとおり有明海湾奥部における年間発生期間及び一件当たりの日数の増加の原因となっている珪藻赤潮について着目するとしても、ノリ不作第三者委員会最終報告書九頁では、平成一二年度及び平成一三年度にそれぞれ発生した大型珪藻(Rhizosolenia imbricata)を原因種とする赤潮について両者とも大量降雨等による相当の栄養塩の供給の後の高日射により発生したが、前者は高塩分条件を崩して赤潮を終息させるような荒天がなかったため一一月下旬から翌年三月まで赤潮が継続してノリ不作の被害をもたらしたのに対して、後者は赤潮発生後大雨により赤潮が終息し、その後高日射が続かなかったため、赤潮が再度発生することなく、むしろ、ノリは豊作となったとされていることに照らせば、高日射や高塩分等を捨象して降水量のみと赤潮発生の状況を比較することによって赤潮の発生傾向を明らかにすることは困難であるといわざるを得ないから、原告らの主張は採用できない。
そして、前記のとおり、赤潮の年間発生日数等の増加の原因については様々な要因によることが指摘され、また、各要因の寄与の程度についても未だ十分に明らかにされておらず、評価委員会報告に対するパブリックコメントに対する評価委員会の考え方(乙三七五)においても渦鞭毛藻類については基本的情報が得られていないとされているから、有明海湾奥部における赤潮の年間発生日数等の増加ないし諫早湾における渦鞭藻類赤潮の発生件数の増加をもって各海域における成層度の強化を認めることもできない。
(エ) まとめ
以上によれば、本件潮受堤防の締切りにより諫早湾においてChattonella赤潮の発生が促進されている可能性があり、また、諫早湾における平成元年のChattonella属の赤潮の発生には本件事業の工事による人為的な底泥の攪拌が関係した可能性があると認められるが、本件事業により、諫早湾におけるChattonella以外のプランクトンを原因種とする赤潮の年間発生件数等の増加、諫早湾を除く有明海における全ての種類の赤潮の年間発生件数等の増加が生じたとまでは認めることはできない。
キ 底質の細粒化等について
(ア) 諫早湾内
a 湾奥部について
証拠(甲E三二三〇、三二四三、乙二二五)によれば以下の事実が認められる。
(a) 専門委員報告書は、近藤寛らの平成一〇年一一月から平成一三年一一月までの諫早湾内一三地点の底質調査の結果を諫早湾湾奥ゾーン、湾央ゾーン、湾口ゾーンの三群に分けてMdφについて統計処理をした結果によれば、湾央ゾーン及び湾口ゾーンでは時間経過に伴う変化は伺えないが、湾央ゾーンでは余り明確ではないものの、時間とともに細粒化する弱い傾向が見られるとする。
(b) また、上記湾奥ゾーンの近藤らの調査地点は、公調委裁定において、環境モニタリング調査のS7、8地点とB3地点の間に位置するものとされている。
(c) 前記のとおり、諫早湾内においては本件潮受堤防の締切りにより流速が低下し、本件調整池排水の懸濁粒子の大半が諫早湾奥部に沈降、堆積し、その量は湾央にかけて減少していることが認められる。
(d) なお、東は、専門委員報告書の諫早湾湾奥部及び湾口部における中央粒径値の変化の検討に当たって、各調査地点毎に粒径組成がかなり異なるにもかかわらず平均値の経時変化の回帰直線を検定したことは統計処理上誤りであると指摘しているが、諫早湾湾央部及び湾口部における東ら採泥調査の結果を検討しても、細粒化傾向を見出すことは困難であり、専門委員報告書は最終的に本件潮受堤防との位置関係、経時変化の傾向や大きさも考慮して上記判断を行ったものであり、その判断は合理的である。
したがって、諫早湾湾奥部において、本件潮受堤防の締切りにより、余り明確ではないものの、時間とともに細粒化する弱い傾向が生じたものと認められる。
b 諫早湾湾央部及び湾口部について
上記のとおり専門委員報告書において、同報告書の作成当時の観測結果から細粒化の傾向が生じたものと認められないとされているところ、現時点に至るまで、細粒化の傾向が生じたことを示す観測結果は窺えないから、細粒化の傾向は認められない。
(イ) 諫早湾を除く有明海
原告らは、平成九年六月まで変化がなかった有明海の底質のパターンが、平成一四年六月には変化(細粒化)したと主張する。
そして、原告らが引用する日本海洋学会編「有明海の生態系再生をめざして」(甲E三二三二)九四頁以下の東執筆部分によれば東の有明海全体における細粒化に関する分析は以下のとおりである。
東らは、底質の粒子に関する観測として、有明海全体について、本件潮受堤防の締切り直後の平成九年六月三日から同月五日までの九二定点の採泥調査及び平成一四年六月の有明海全体における八八定点における採泥調査を行い、諫早湾から有明海湾奥部にかけての海域で、平成一二年六月、同年一一月、平成一三年六月、同年一一月にそれぞれ採泥調査を行った。
中央粒径値Mdφの分布について、鎌田泰彦による昭和四二年の調査及び木下康正ら昭和五四年の調査と有明海全体の各東ら採泥調査とをそれぞれMdφ等値分布図で比較すると、昭和四二年及び昭和五四年の調査のおける分布のパターンは平成一四年六月の調査に基づくものよりも平成九年六月の調査に基づくものに比較的近かった。平成九年六月の調査と平成一四年六月の調査を比較すると、Md二φ~Md三φの細粒砂の分布が拡大して大牟田沖から島原近くまで広がり、Mdφ一・五の分布が島原沖のみに縮小して、島原から布津にかけてMdφ二となり、湾口から島原沖まで連なり湾の中軸を島原沖、多比良、長洲沖までとぎれながら分布していたMdφ一の範囲が消滅して、一部がMdφ一・五となった。
中央粒子値の度数分布について、各調査の結果を比較すると、昭和四二年及び昭和五四年の調査並びに平成九年六月の東ら採泥調査については、最瀕値がMdφ一~二で一致しているのに対し、平成一四年六月の東ら採泥調査については同値がMdφ二~三である。
さらに、全ての東ら採泥調査及び平成一三年六月の有明海湾央部以北と諫早湾において五三定点での陶山らの採泥調査の結果を比較すると、東ら採泥調査のみでは平成一四年六月までには、陶山ら採泥調査の結果も考慮すると平成一三年六月までには、中央粒子値の最瀕値が移行しており、本件潮受堤防の締切りから四、五年後に底質の細粒化が顕在化したといえる。
また、諫早湾湾口部における採泥調査における細粒砂の経年変化に注目すると、諫早湾湾口部から湾外中央部に向かってその面積が拡大しており、全般的な流動の低下と諫早湾に蓄積された細粒砂が有明海湾奥に向かう下層流によって湾口外に流出した可能性があるとしている。
しかし、証拠(甲E三二〇一、三二三〇、三二四二、乙三八八)によれば以下の事実が認められ、これに反する部分で東の分析は採用できない。
a 評価委員報告は、鎌田泰彦による昭和四二年の調査及び平成九年六月及び平成一四年六月の東ら採泥調査を比較して、有明海全体は長期的に泥化しているとし、有明海湾奥部については、平成元年及び平成一二年に佐賀県有明水産振興センター(旧佐賀県有明水産試験場)が有明海湾奥部において実施した底質調査に基づいて、タイラギの生育環境との関係で、有明海湾奥部西側から中央部にかけて分布していた中央粒径値Mdφ六の部分がMdφ七に変化しており、こうした海域で泥化が進んだものと思われるとしている。
b 専門委員報告書では、鎌田泰彦による昭和四二年の調査、昭和五〇年、昭和五一年の福岡・佐賀各有明水産試験場による調査、木下康正ら昭和五四年の調査、平成元年及び平成一二年の佐賀県有明水産振興センターによる調査、平成九年六月及び平成一四年六月の東ら採泥調査を比較すると、有明海湾奥部ではMdφ七以上の細粒な地域は長年の変動の中で拡大と縮小を繰り返しているように見え、平成元年から平成一二年にかけてMdφ七以上の有明粘土の地域が広まったことは事実としても、それが、本件潮受堤防の締切りである平成九年前後でどのように変化したのか評価する観測結果はなく、平成二年五月から平成一二年五月までの中央粒径値の変動は通常の変動の範囲であると考えられ、諫早湾口から熊本県荒尾市沖、島原半島沖にかけての有明海中央部についても平成九年六月から平成一四年六月までの東ら採泥調査について、八回の観測結果がある諫早湾湾口については統計処理を行った上で比較しても、特定の傾向があるとまではいえず、熊本県荒尾市沖についても底質変化を明らかにする観測結果は得られなかったとしている。
c 近藤ら「有明海における海底堆積物の粒度分布とCN組成」では、平成九年六月の東ら採泥調査と昭和四二年の調査とを比較して、熊本県の白川、緑川沖合の泥質堆積物はやや沖合に拡大しており、また、沿岸にも泥の分布が広がり、湾奥部西部の島原半島沖に広く分布する砂質堆積物は昭和四二年時はMdφ〇~二の粗粒~中粒砂であったが、Mdφ一~二の中位粒であり、やや細粒となり、湾奥部の泥質堆積物の広い分布は昭和四二年時と異なり南側への張り出しが小さくなっており、諫早湾湾口部では泥質堆積物であったが、細粒砂が分布し、湾奥部の北部から諫早湾までではMdφ九以上の粘土が見られるが、昭和四二年時にはMdφは九よりも小さかったとされている。
d なお、陶山らの平成一三年六月では中央粒径値の最瀕値がMdφ二~三であったにもかかわらず、東ら採泥調査では、平成一三年六月及び同年一一月の各調査において最瀕値の移行が現れずに平成一四年六月になって最瀕値が移行するに至ったという相互の観測結果が一見矛盾することについては公調委裁定でも疑問が呈されていたがこれについて十分な説明は行われていない。
e また、細粒化の原因については、専門委員報告書では、有明海湾奥部につき、潮流速の低下及び赤潮の大規模化にともない赤潮プランクトンの死骸がより多くこの海域の海底に堆積するようになった可能性を指摘するところであるが、前記のとおり、本件潮受堤防の締切りにより有明海湾奥部において潮流速の低下及び赤潮の大規模が生じたことは認めるに至らなかったものである。さらに、ノリ不作第三者委員会最終報告書及び評価委員会報告では、各種事業による人為的な砂利採取による河川を通じた陸域からの土砂供給の減少を指摘している。
したがって、有明海全体について、長期的に検討すれば細粒化する傾向があるが、この細粒化は本件潮受堤防以前にもかなり進行しており、評価委員会が指摘する有明海湾奥部西側から中央にかけての泥化(Mdφ七への変化)も、専門委員報告書において指摘されるMdφ七の地域の長年の変化の一環である可能性もあり、本件潮受堤防の締切り以後に生じた細粒化傾向によるものと認めるに足りる証拠はなく、本件潮受堤防の締切りにより細粒化が進行していると認めることもできない。
ク まとめ
現在の科学的知見に基づき、本件潮受堤防の締切りを主として、本件事業による有明海の環境に対する影響を検討した結果は以下のとおりである。
(ア) 潮流及び流向の変化
a 諫早湾湾外北側を除く諫早湾内及びその近傍部の潮流
本件潮受堤防の締切りにより、潮流速が、同堤防に近い諫早湾湾奥部ではかなりの程度、諫早湾湾口部から湾外南側にかけてはある程度、長崎県旧有明町沖においても若干減少したものと認められる。
b その余の有明海の潮流
有明海湾奥部海域については、現地観測結果及び数値シミュレーションのいずれによっても、有意的な潮流減少を認めることはできない。
また、熊本県沿岸及び有明海中央部南側海域については、本件潮受堤防の締切りによる流速の減少を示唆するものは、専門委員シミュレーションの結果のみであり、これを裏付ける現地の観測結果が認められないから、潮流減少を認めることはできない。
c 有明海の流向
有明海において流向の変化を認めるに足りる証拠はなく、認められない。
(イ) 成層度の強化
a 諫早湾湾外北側を除く諫早湾内及びその近傍部
諫早湾内及びその近傍部における成層度の強化を示す現地の観測結果は認められないものの、潮流速の低下が認められること、これに基づく成層度の強化の仕組みが科学的に説明しうること及び専門委員シミュレーションにおいても成層度の強化を示す結果が示されていることから、本件潮受堤防の締切りによって成層度の強化が生じている可能性は認められるが、可能性に止まる。
b その他の有明海
有明海湾奥部及び諫早湾湾外北側において成層度が強化している可能性は否定できないが、成層度の強化は認めることはできない。
熊本県沿岸海域において、成層度が強化されている可能性があるものの、現時点においても成層度の強化を認めることはできない。
(ウ) 本件調整池からの排水による諫早湾及びその近傍部への影響
a 水質
諫早湾の全窒素(T―N)、全リン(T―P)及びCODのいずれについても、本件事業に伴う工事及び本件潮受堤防の締切りにより増加した傾向は認められない。
b 底質
本件潮受堤防の締切りにより諫早湾において潮流の減少が生じており、さらに、本件調整池由来の懸濁物質が湾奥から湾央にかけて沈降しているところ、上記地点における底質の悪化は本件調整池からの排水中のCODないし懸濁物質の沈殿ないし本件潮受堤防の締切りによる潮流の減少を一因として生じていると認められる。
なお、その余の諫早湾及びその近傍域において、本件潮受堤防の締切りの前後で底質が悪化したと認めるに足りる証拠はない。
(エ) 貧酸素水塊の発生
a 諫早湾湾奥部及び湾央部
本件潮受堤防の締切りによる潮流の減少、本件調整池の排水により底層水の貧酸素化が進行したことが認められる。
b 諫早湾近傍部である島原沖
底層水の輸送により底生生物の生息環境に影響を及ぼすような貧酸素水塊が生じている可能性は否定できないが、これを認めることはできない。
c その余の有明海
有明海湾奥部佐賀県側海域の一部及び諫早湾湾外北側において、諫早湾から北上する底層の流れによる底層水の貧酸素化の促進については可能性としては肯定できるものの、この事実を認定することはできない。
有明海湾奥部佐賀県側海域の一部において、諫早湾から北上する底層の流れによる底層水の貧酸素化の促進については可能性としては肯定できるものの、この事実を認定することはできない。また、諫早湾湾外北側についても同様である有明海湾奥部において、長期的には貧酸素化が進行している可能性があること、平成元年から平成一二年にかけて有明海湾奥部において底質環境が悪化したこと、赤潮の長期化・大規模化によるプランクトンの死骸の堆積量の増加が貧酸素水塊の発生の原因となる可能性があることが認められる。
(オ) 赤潮の発生
a 諫早湾
平成九年四月の本件潮受堤防の締切りの前後で赤潮の発生が増加し、赤潮の原因種に変化が生じており、年間発生期間を比較すると、平成九年以前と平成一〇年以降の年間発生期間は明らかに異なる。
本件潮受堤防の締切りにより諫早湾においてChattonella赤潮の発生が促進されている可能性があり、また、諫早湾における平成元年のChattonella属の赤潮の発生には本件事業の工事による人為的な底泥の攪拌が関係した可能性があると認められる。
b 有明海
赤潮の年間発生日数等の増加の原因については様々な要因によることが指摘され、また、各要因の寄与の程度についてもいまだ十分に明らかにされていないから、これを認めることはできない。
(カ) 底質の細粒化
a 諫早湾湾奥部
諫早湾湾奥部において、本件潮受堤防の締切りにより、余り明確ではないものの、時間とともに細粒化する弱い傾向が生じたものと認められる。
b 諫早湾湾央部及び湾口部
諫早湾湾央部及び湾口部について、専門委員報告書における知見及び観測結果に照らして、細粒化の傾向は認められない。
c その余の有明海
有明海全体について、長期的に検討すれば細粒化する傾向があるが、本件潮受堤防の締切り以後に生じた細粒化傾向によるものと認めるに足りる証拠はなく、本件潮受堤防の締切りにより細粒化が進行していると認めることもできない。
(3) 疫学的因果関係の有無の検討と立証の程度
ア 上記認定事実を前提に、疫学的因果関係の有無についてみるに、本件潮受堤防の締切りの前後で明らかに変化が認められる環境要因としては、諫早湾、有明海湾奥部及び熊本県海域における赤潮の年間発生期間等の増大があるものの、赤潮の年間発生期間等の増大については、成層度の強化との関連で論じたとおり、消去法によりその原因を特定できるほどに科学的知見の集成が行われていない。
その余の点についてみても、結局のところ、本件においては、全体として、潮受堤防の締切り前のデータが不足しており、締切りによる環境因子に対する暴露(締切り後)群と非暴露(締切り前)群の統計的有意差及び相対的危険度・寄与危険割合を確証する方法がなく、量と効果の条件や消去の条件を定量的に示すことはできないものというべきである。
そうすると、本件事業、とりわけ本件潮受堤防の締切りと有明海の環境変化について、疫学的な因果関係を認めることは困難であり、したがって高度の蓋然性をもって認定するのは困難といわざるを得ない。
イ そこで、翻って原告らの立証の程度につきみるに、本件潮受堤防の締切りと有明海全体の環境変化との間の因果関係については、前記のとおり、可能性の程度にとどまるものの、本件潮受堤防の締切りと諫早湾内及びその近傍場の環境変化との間の因果関係については、相当程度の蓋然性の立証はされているものというべきである。その点は、前記のとおり、その結果を全面的には採用し難いものの、専門委員報告書(甲E三二三〇)においては、「諫早湾内及びその周辺での赤潮の発生頻度の増加に関しては、以下のように、諫早湾締切の影響をかなり明確に論じることができる。すなわち、諫早湾が締め切られたことにより、近傍場では潮流速が大幅に減少し、それに起因して同海域で鉛直混合が低下し成層度が上昇したものと考えられる。また、有明海湾奥部海域からの河川起源低塩分表層水や熊本県沖の低塩分表層水が、締切によって諫早湾内により多く流入するようになった可能性があり、それによっても諫早湾及びその周辺での成層度が上昇したことも考えられる。成層度が増加したことにより、特に日周鉛直移動が可能な鞭毛藻の成長に有利な環境が作られ、この海域での夏期を中心とした鞭毛藻赤潮の頻発化が生じたものと考えられる。」、「諫早湾及びその周辺での底質及び底層水に関しては、以下のように諫早湾締切の影響に関しては、明確に論じることができる。すなわち、ノリに対する影響で述べたように、諫早湾が締め切られたことにより、近傍場では潮流速が減少し、そのため同海域の成層度が強化され、干潟浅海部の消失の効果とあいまって、そこに生息する生物の酸素消費速度が酸素供給速度を上回り、底層水の貧酸素化及び底層の嫌気化に加え、場合によってはヘドロ化が起こり、底生生物にとっての生息環境が悪化したと考えられる。」とされ、有明海八代海総合調査評価委員会委員長の須藤隆一氏が、新聞記事(甲E三三三五)ではあるものの、「諫早湾内部だけを見た場合、水質悪化の最大の原因は諫早湾干拓であることは紛れもない事実」と述べていることなどから明らかである。
(4) 有明海における環境変化と本件事業との間の因果関係の有無の判断に関する被告の責務
ア 以上のとおり、本件事業と有明海の環境変化との因果関係については、現在に至るまで、平成一二年のノリ不作を期に被告において設置されたノリ第三者委員会及び評価委員会の検討結果、公調委原因裁定事件の結果、原告ら及び被告引用の研究成果を踏まえても、科学的に十分に解明されているとはいえない。
上記検討においても明らかなように、本件事業と有明海における環境異変等との因果関係の有無を検討するに当たっては、本件事業の開始前、特に本件潮受堤防による締切りの前後の観測結果を比較することが重要であるところ、諫早湾内においては環境モニタリング調査により本件事業の開始前後を通じた観測結果があるものの、その余の有明海については、専門委員報告書においても観測方法等の問題点が指摘されている浅海定線調査、観測季節が異なることなどから比較は困難とされている海上保安庁による潮流調査、赤潮の発生日及び発生場所を特定したり発生後の拡大の様子等を論じることができるほどの精度を有していない九州海域の赤潮記載の観測結果等のみであって、信頼性の高い観測結果はなく、原告らにおいて、信頼性の高い観測結果に基づいて上記因果関係を立証することは困難である。また、現在の有明海の海況の観測に関しても、被告らが東ら水質調査及び小松ら潮流調査等について指摘するように有明海における海況等について信頼性の高い観測を行うことは容易ではないし、一私人である漁民原告らに対し多大な人員費用の負担を必要とする有明海の海況に関する詳細な調査を行うことを求めることはできない。さらに、本件事業による環境への影響の有無を論じるために、数値シミュレーションとして、公調委専門委員による専門委員シミュレーション及び被告による国調費流動モデルに基づくシミュレーションが構築されているが、前記の数値シミュレーション検討の考え方で述べたとおり、数値シミュレーションは現地観測結果を補うものであり、十分な再現性を有するシミュレーションを構築するには詳細な現地の観測結果を要するが、現在に至るまで、これに足りる現地観測が有明海においてされたことは認められない。
ところで、ノリ不作第三者委員会は、同委員会平成一三年一二月一九日「諫早湾干拓地排水門の開門調査に関する見解」(甲E三三一六)において、有明海における観測結果の充実のための一つの方策を示しており、その内容は以下のとおりである。
(ア) 本件潮受堤防の締切りが有明海の環境の与えている影響に関する知見で開門調査により得られる可能性があるもの
a 潮汐潮流について
有明海全体の流動に対する影響については常時開放によって何らかの知見が得られる可能性がないとはいえないが、水位管理下の流速を制限しての制限条件付きの開門では知見は得られないであろう。
諫早湾の流動に関する影響については、制限条件付きの開門でも知見は得られる可能性がある。流動に関して得られる知見はシミュレーションの検証にも重要であり、これを考慮すると可能な限り大規模で長期間の開門が必要である。
b 赤潮について
赤潮の発生件数の増減を直接観測することは困難であろう。しかし、開門調査によって諫早湾の流動の変化が生じ、成層を形成しにくくする可能性もあり、このことが赤潮の発生に影響を与えることも考慮すれば、開門調査により知見が得られる可能性はある。ただし、赤潮に関する知見を得るためには可能な限り大規模で長期間の開門が必要である。
c 貧酸素水塊について
開門により流動及び底質の変化が生じれば、貧酸素水塊に関する知見も得られる可能性がある。ただし、貧酸素水塊に関する知見を得るためには可能な限り大規模で長期間の開門が必要である。
d 諫早湾内の底質の変化及び底生生物の減少について
開門調査により諫早湾内における流動の低下に伴う底質の変化及び底層の貧酸素化について開門調査で知見が得られるであろう。
e タイラギ等二枚貝の減少、生育不良及び稚貝の斃死について
長崎県のタイラギについては、本件事業に伴う工事着工後、漁場は壊滅状態で資源回復の試みも成功していない。この資源の変化には成層域の底質の変化、さらには底層の貧酸素化が影響している可能性が大きく、特に発生した稚貝の夏季の斃死は貧酸素化が関係していると考えるべきとの指摘も多い。
アサリについては、諫早湾湾口での夏季の斃死には有害プランクトン赤潮の影響と貧酸素の影響が指摘されており、また、底質の変化も影響している可能性があるが、有害化学物質やその他の要因についても検討を要する。
影響要因を減らす観点からは、開門自体は有害プランクトン赤潮の発生を防止し、貧酸素水塊の発生を抑制するから望ましい効果をもたらす可能性がある。
(イ) まとめ
本件事業は重要な環境要因である流動及び負荷を変化させ、諫早湾のみならず有明海全体の環境に影響を与えていることが想定される。したがって、その検証を当面シミュレーションや現存の干潟の調査等で行うとしても、やはり開門調査が必要で、最終的には水位変動下での調査が望まれる。
第一段階としては二か月程度の開門調査を行う。この調査により得られる知見は極めて限られたものとなろうが、本件潮受堤防内外の詳細な水質分布や浅海域を含めた干潟の浄化能力の現地での観測結果は貴重なものとなろう。
次の段階として半年程度の開門調査を行い、さらにそれらの結果の検討を踏まえて数年の開門調査へと進むことが望まれる。環境要因については季節により大きく変動するから、ある一時期だけの短期間の調査では不十分であろう。
そして、被告は、上記の見解に基づいて、第一段階の短期開門調査に当たる平成一四年四月二四日から同年五月二〇日までの本件各排水門の制限付き開放による本件調整池への海水導入を含む諫早湾干拓事業開門総合調査を行い、この結果は同調査報告書にまとめられている。同調査報告書によれば、本件各排水門の開放による潮流に対する影響は主として排水門近傍の観測地点で排水時に観測された諫早湾湾奥に止まり、その他の上記見解で指摘されたとおり、赤潮、貧酸素水塊等について本件各排水門の開放自体によって新たな知見が得られたことは窺えない。
また、被告は、中・長期開門調査について、有明海における各種調査の動向、上記開門総合調査の結果及びその影響、ノリ作期との関係等の観点を踏まえ総合的な検討を行った上で、中・長期開門調査の取扱いを判断することとし、平成一五年三月、中・長期開門調査検討会議を設置した。そして、中・長期開門調査検討会議の論点整理の結果においても、まず開門して海水導入を行い、その時に生起する諸現象を観測することから始める調査手法については、結局、どのような手法によりどのような知見が得られるかについては明確な結論が得られなかったものの、本件各排水門を長期間大きく開門することで、本件潮受堤防の築造前とは異なる新たな人工的な環境を作ることにあり、海域や本件調整池の流動、水質、底質、生物等に変化を生じさせ、これを観測することにより、本件事業が有明海の環境変化に及ぼしたとされる影響について、何らかの手掛かりを得ることができるのではないかという結論が得られており、中・長期開門調査の調査としての有用性が否定されるに至っておらず、むしろ一応認められている。
さらに、福岡高等裁判所は、第一次仮処分事件保全抗告審決定(平成一七年(ラ)第四一号同一七年五月一六日決定)において、「本件事業を所管する九州農政局は、ノリ不作等検討委員会の提言に係る中・長期の開門調査を含めた、有明海の漁業環境の悪化に対する調査、研究を今後とも実施すべき責務を、有明海の漁民らに対して一般的に負っているものといわなければならない。特に、ノリ養殖の共販金額に代表される有明海の漁業生産額と本件事業による計画農業粗生産額、すなわち、有明海のノリ養殖が大不作であり、過去最低であった平成一二年度の共販金額約二七一億円と平成一六年度の共販金額約四四七億円との差は実に一七六億円であるのに対し、本件事業による計画農業粗生産額は、約二四六〇億円もの巨費をかけながら、その二%にも満たない年間約四五億円というものである。費用対効果という面からこれを比べたとき、上記調査、研究を今後も実施すべき必要性が大きいことは明らかであろう。」と判示しており、公調委も、公調委裁定において、「成層度の強化、赤潮の発生・増殖の機構等の重要な論点について客観的データの蓄積や科学的知見の面でなお不十分であるという状況を踏まえて、今後、有明海を巡る環境問題について更なる調査・研究が進められて、環境変化の実態とその要因が解明された上、的確な対策が実現され、かつてのような豊かな有明海が再生されることを切に念願するものである。」と付言しているほか、「裁定は、干拓事業が有明海における漁業環境に対して影響を及ぼした可能性を否定するものではなく、有明海の環境変化の諸要因に関し、専門委員による調査・検討のほか、膨大な事件記録等を精査して、現地実測データ、数値シミュレーション結果その他客観的証拠や科学的知見の掌握に可能な限り努めたが、赤潮発生の一因ともなり得る海域での成層度の強化、赤潮の発生・増殖の機構等の重要な論点について、客観的データの蓄積や科学的知見の面ではなお不十分であって、現時点では、因果関係の有無のいずれとも、一般人が疑いを差し挟まない程度の真実性をもっては認定し得ないとの判断にとどまらざるを得なかったのである。このような状況を踏まえ、今後、有明海を巡る環境問題について、国を始めとして、更なる調査・研究が進められて、的確な対策が実施され、かつてのような豊かな有明海の再生が図られることを念願するものである。」との公調委委員長の談話を発表している。
ところで、被告の農林水産省農村振興局が制約を設けない本件各排水門の開門時を含めた中・長期開門調査につき、これによる環境に対する影響や本件調整池や本件潮受堤防が現に発揮している機能の代替方法等も含めて検討したところ、本件調整池からの取水を予定している本件干拓地及び後背地への農業用水の確保については困難であるが、その余の点については、捨石工、排水ポンプの設置、樋門の対策工、堤防の改修工事等により、環境に対する影響を軽減し、上記機能の一部であれ代替でき、また、これらの工事のためには通年の施工で最低三年間、ノリ漁期を避けて冬季施工を行わない場合は倍の六年間が必要であり、観測・現地調査については本件調整池が海域への生態系に移行するのに最低二年間が必要であり、その後の調査としても最低三年間が必要であるとされている。
イ 以上によれば、現状において、中・長期開門調査を除いて、本件潮受堤防による影響を軽減した状況における観測結果及びこれに基づく科学的知見を得る手段は見出し難いにもかかわらず、漁民原告らにとって、被告管理に係る本件各排水門の操作を行うことができないのは明らかである上、多大な人員費用の負担を必要とする有明海の海況に関する詳細な調査を漁民原告らに要求することも酷に過ぎるから、漁民原告らに対し、本件事業と有明海における環境異変等との因果関係の有無につき、これ以上の立証を求めることは、もはや不可能を強いるものといわざるを得ない。
これに対して、被告は、本件各排水門を管理している上、信頼性の高い観測を行うための人員や費用を負担し得ることは明らかであり、また中・長期開門調査は、諫早湾内の流動を回復させるなどして本件事業と有明海における環境変化との因果関係に関する知見を得るための調査として有用性が一応認められており、また、その実施についても様々な工事を伴うものの、不可能を強いるものではない。
このような諸事情に加えて、前記のとおり、第一次仮処分決定における抗告審や公調委からも、中・長期開門調査等の実施を求められていることに照らせば、とりわけ、原告らにおいて、中・長期開門調査時には潮流が回復してこれに関する知見が得られる見込みが高い湾外北側を除く諫早湾及び諫早湾近傍における流動に関連する環境変化のうち、現在の科学的知見に基づいても本件事業により生じた蓋然性が相当程度に立証されているものに関する限りは、被告が中・長期開門調査を実施して上記因果関係の立証に有益な観測結果及びこれに基づく知見を得ることにつき協力しないことは、もはや立証妨害と同視できると言っても過言ではなく、訴訟上の信義則に反するものといわざるを得ない。
したがって、上記の関係では、被告において、信義則上、中・長期の開門調査を実施して、因果関係がないことについて反証する義務を負担しており、これが行われていない現状においては、上記の環境変化と本件事業との間に因果関係を推認することが許されるものというべきである。
(5) 本件事業と有明海における環境変化との因果関係の判断
ア 前記の科学的知見に基づく検討の結果及び上記の被告の負担する義務に照らすと、本件事業により、①諫早湾湾外北側を除く諫早湾内及びその近傍部の潮流につき、潮流速が、同堤防に近い諫早湾湾奥部ではかなりの程度、諫早湾湾口部から湾外南側にかけてはある程度、長崎県旧有明町沖においても若干減少したこと、②諫早湾湾奥部及び湾央部において、底層水の貧酸素化が進行したこと、③諫早湾湾奥及び湾央における底質の悪化が生じていること、④諫早湾湾奥部において、余り明確ではないものの、時間とともに細粒化する弱い傾向が生じたこと、⑤湾外北側を除く諫早湾内及びその近傍において成層度が強化されたこと、⑥諫早湾においてChattonella赤潮の発生が促進されたこと及び⑦成層度の強化を前提に諫早湾においてChattonella以外のプランクトンを原因種とする赤潮の発生の増加したことが推認できるものというべきである。
イ もっとも、上記推認は、現時点での科学的知見及び被告が中・長期開門調査を実施していない現状を前提とするものであり、今後も、評価委員会報告(乙三八八)において研究課題が掲げられる等有明海の環境変化についての観測、研究が進展することが予測され、また、被告において任意に中・長期開門調査を行う等上記推認を基礎とした事情が今後変化する可能性があることは当然に予測されるところである。
そして、中・長期開門調査による観測・現地調査については本件調整池が海域への生態系に移行するのに最低二年間が必要であり、その後の調査としても最低三年間が必要であるとされていることを考慮すると、上記推認を前提として本件請求を認容するとしても、本件潮受堤防の撤去又は本件各排水門の開放開始から五年程度で現状とは異なる環境条件の下での観測結果等が十分に得られている蓋然性が高く、上記推認の前提とした事情に変化が生じ、むしろ、本件潮受堤防との間の因果関係を科学的に否定するに足りる科学的知見が得られている可能性も否定することはできない。
そうすると、被告に対して本件潮受堤防の撤去ないし無期限の本件各排水門の開放の負担を負わせることは相当ではない。
ウ 以上によれば、本件請求は、予備的請求のうち、上記推認の基礎とした事情が継続することが予測される五年間に限り本件各排水門を開放する限度で認容できるというべきであり、漁民原告らの主位的請求及びその余の予備的請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
四 漁業被害と本件事業との間の因果関係の有無(争点(4))について
(1) 原告らは、漁業行使権の侵害は、漁業環境の悪化により、漁業者が各漁場において従前の漁業環境の下円満な漁業を営むという権利行使を侵害されていることであるとして、漁業環境の悪化の事実から直ちに物権的請求権が発生する旨主張する。
しかし、漁業権及び漁業行使権は、前記のとおり物権とみなされるとしても、漁業権は行政庁の免許により公共の用に供する水面等において排他的に漁業を営むことを目的として設定された使用権であり、漁業行使権は漁業権の範囲内で行使しうるものであり、海面の排他的総括的な支配権を取得するものではないから、物権的請求権発生のためには、あくまで個別の漁業被害が発生していることが必要である(しかし、漁業環境の悪化が認められる以上は、漁業被害が発生する蓋然性が高いから、漁業環境の悪化が漁業被害の発生を推認させる重要な間接事実になることは疑いがない。)。
また、被告の責任の有無を判断するには、侵害行為の違法性の審査として、被告が主張するように、侵害行為につき、その侵害の程度が、社会生活上、受忍するのが相当といえる限度を超えているか否かという観点から審査を行う必要があり、さらに、現に供用されている本件潮受堤防等の施設について、本件各排水門の開放というその効果を一部であれ阻害する作為が求められた場合に当該請求を認容すべき違法性があるかどうかを判断するについて、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察してこれを決すべきものである(最高裁判所平成七年七月七日第二小法廷判決・民集四九巻七号二五九九頁参照)。
(2) そこで、諫早湾及びその近傍部における環境変化と本件事業との間の因果関係の上記認定を前提として、原告らの漁業行使権に対する影響及び漁業被害の有無を検討する。
ア 魚類の漁船漁業
(ア) 証拠(甲E三二七三、乙三八八)によれば有明海において魚類等の減少に関して評価委員報告では以下のとおり整理されていることが認められる。
a 資源量について
有明海においては、漁獲努力量等の資源評価に係る情報が整備されておらず、漁獲努力量に基づく資源量の算定を行うことができない。
漁獲量の経年変化を資源量の変動の目安と考えることができるものの、統計資料の性格上、個別の魚種の増減の詳細ではなく、傾向としての検討を行うこととした。
有明海全体の魚類の漁獲量は、昭和五二年の一万三〇〇〇t台をピークとしてその後減少傾向を示し、平成一〇年には六〇〇〇t台まで減少し、平成一一年には六〇〇〇tを下回った。
有明海の主要魚種の大半は底生種であり、この種の漁獲量は減少傾向にあるが、特にウシノシタ類、ヒラメ、ニベ・グチ類、カレイ類及びクルマエビの漁獲量は一九八〇年代後半から減少を続け、一九九〇年代後半に昭和五一年以降の漁獲統計値の最低水準を下回って減少している。
b 資源量減少の要因について
(a) 魚類等に関する知見の現状
魚類等については、現時点において必ずしも十分な情報がない中で、専門的知見を有する委員の考察により、以下のとおり原因・要因が整理された。今後、有明海の魚類等に関するデータについて収集・整理を図っていく必要がある。
(b) 初期減耗に関与する要因の検討の重要性
シログチは、有明海中央~湾口の底層で産卵し、仔稚魚は湾奥に出現するが、近年、他魚種に比べて減少の程度が大きい。また、漁獲が減少しているクルマエビもシログチと類似した再生産の特性を有する。中央部又は奥部の深部で産卵し、仔稚魚が奥部の浅海底域で生育する魚類は多く、それらの仔稚魚は、流れにより浅海域に運ばれて成育することから、輸送経路に当たる海域の環境悪化(貧酸素化等)、潮流変化、成育場の減少等影響を受ける可能性がある。魚類資源は初期(卵~仔稚魚)減耗が大きく、その程度によって資源量が決まることからこうした魚類の資源変動を考える場合、初期減耗にどのような要因が関与しているかという検討が必要である。
このほか、エツなどの有明海の特産魚類は、河口域、感潮域を仔稚魚の成育場として利用しており、取水による淡水域の縮小や、護岸構造物の設置、人為的な流量操作、採砂等が複合的に影響する可能性があると考えられる。また、有明海の代表的な魚類であるコイチは、有明海湾奥と諫早湾で産卵し、その仔稚魚は有明海湾奥沿岸の浅海域から河口域に多く分布することから、感潮域、河口域、干潟域の減少が影響を及ぼす可能性があると思われる。
(c) 要因の整理
魚類資源の減少に関与する可能性のある要因については、生息場(特に仔稚魚の成育場)の消滅・縮小、生息環境(特に地質環境や仔稚魚の輸送経路)の悪化に整理できる。
生息場の消滅・縮小に関しては、魚類資源の初期減耗がその資源量に大きく関与することを考えれば、稚魚の育成場である干潟・藻場や感潮域の消滅・減少が魚類資源の減少の一因になる可能性があると思われる。
生息環境の悪化については、貧酸素水塊の発生(沈降有機物の増加等による)やベントスの減少(底質の泥化による)があげられる。これらは底生魚類が生息する底層環境(餌料環境を含む。)を悪化させるとともに、それらの仔稚魚の輸送経路に当たる海域において影響を及ぼすことも推測され、魚類資源の減少の一因となる可能性があるものと思われる。
また、潮流・潮汐の変化による影響については、潮流の変化が仔稚魚の輸送状況を変える可能性があり、また、潮汐の減少は仔稚魚の育成場である干潟の減少につながる。
その他に考えられる漁獲資源の減少要因としては、漁獲圧があげられるが、有明海において魚類への漁獲圧が大きく増加したとは考えにくい。また、ノリ酸処理材については、魚類への影響試験結果を考慮すると酸処理材が適正に使用されていれば、その影響は少ないと考えられる。このほか、外来種の影響、人為的なコントロール(種苗放流、駆除等)、海底地形の変化、化学物質の影響については、関連情報がないため判断できない。
(イ) 上記のとおり、魚類については、現時点において必ずしも十分な情報がないとされ、指摘された個々の要因についても魚類資源の減少の一因となる可能性が指摘されているのみであり、また、外来種の影響等いまだ解明されていない要因もあると認められる。
しかし、前述のとおり、本件事業により、本件潮受堤防の締切り及び干拓地の造成により、現在、干拓地又は本件調整池となっている干潟、藻場及び感潮域を消失させ、また、諫早湾湾奥部及び湾奥部における貧酸素水塊の発生及び生物相に影響を与えるような底層の悪化、諫早湾湾外北側を除く諫早湾内及びその近傍部の潮流速の低下を生じさせたものであり、諫早湾内においては複数の漁獲資源の減少要因を生じさせており、少なくとも、諫早湾及びその近傍部において魚類の漁船漁業の漁業環境を悪化させているものと認められる。
諫早湾及びその近傍部においては、①佐賀県有明海漁協(別図二八)の農共第一号のしゃこ漁業等を内容とする第一種共同漁業及びあみもじ網漁業等を内容とする第二種共同漁業の漁業権並びに有共第一号のしゃこ漁業等を内容とする第一種共同漁業及びあみもじ漁業等を内容とする第二種共同漁業が、②長崎県島原漁協(別図二九)の南共第一〇号のしゃこ漁業等を内容とする第一種共同漁業及び雑魚磯刺網漁業等を内容とする第二種共同漁業並びに南共第七九号のたこ漁業等を内容とする第一種共同漁業及び雑魚底刺網漁業等を内容とする第二種共同漁業、③長崎県有明海漁協(別図三〇)の南共七号のしゃこ漁業等を内容とする第一種共同漁業及び雑魚磯刺網漁業等を内容とする第二種共同漁業、南共八号のしゃこ漁業等を内容とする第一種共同漁業及び雑魚磯刺網漁業等を内容とする第二種共同漁業並びに南共第七九号のたこ漁業等を内容とする第一種共同漁業及び雑魚底刺網漁業等を内容とする第二種共同漁業がそれぞれ設定されている。
佐賀県有明海漁協の農共第一号の第一種共同漁業及び第二種共同漁業(竹羽瀬漁業等を除く。)については、別紙四の二二ないし二八の「漁連の免許」欄d―1に有共第一号の第一種共同漁業及び第二種共同漁業(建干網漁業及び桝網漁業等を除く)については、同欄a―1に、長崎県島原漁協の南共第一〇号の第一種共同漁業については、別紙四の二九の「漁協の免許」欄a―1に、同第二種共同漁業については、同欄a―2に、南共第七九号の第一種共同漁業及び第二種共同漁業については、同欄bに、長崎県有明海漁協の南共第七号の第一種共同漁業及び第二種共同漁業については、別紙四の三〇の「漁協の免許」欄cに、南共第八号の第一種共同漁業については、同欄d―1に、第二種共同漁業については、同欄d―2に、南共第七九号の第一種共同漁業については、同欄e―1に、第二種共同漁業については、同欄e―2に、それぞれ「○」又は「×」と記載された漁民原告らが、漁業行使権を有する。
佐賀県有明海漁協大浦支所、長崎県島原漁協及び有明海漁協所属の漁民原告らのうち、別紙一一漁業被害一覧表の「漁業従事」・「漁船漁業」欄に「○」と記載されている原告らについては、同表「被害の立証」欄記載の書証ないし本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、漁船漁業に従事していると認められ、本件事業による環境異変の内容、程度に照らすと、本件事業による漁業被害を被ったと推認できる。
佐賀県有明海漁協諸富町支所、同漁協南川副支所及び同漁協広江支所所属の漁民原告らのうち、別紙一一漁業被害一覧表の「漁業従事」・「漁船漁業」欄に「○」と記載されている原告らについては、同表「被害の立証」欄記載の書証ないし本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、漁船漁業に従事しているが、諫早湾及びその近傍部においては従事していないものと認められる(そもそも予備的請求に係る漁民原告らではない。)。
別紙一一漁業被害一覧表の「漁業従事」・「漁船漁業」欄に「×」と記載されている漁民原告らについては、同表「被害の立証」欄記載の書証ないし本人尋問の結果に照らして、漁船漁業に従事していないことが認められ、何ら記載されていない漁民原告らについては、漁船漁業に従事していることを認めるに足りる証拠がない。
なお、福岡県有明漁連にも農共第一号の各漁業権が設定されているが、弁論の全趣旨から、福岡県所在の漁協に所属する漁民原告らが諫早湾及びその近傍部において同漁業権の漁業行使権に基づいて漁業に従事しているとは認められない(そもそも予備的請求に係る漁民原告らではない。)。
(ウ) なお、原告らは、漁業統計上クチゾコ類として扱われているコウライアカシタビラメについて、本件事業により有明海全体の漁獲が減少した旨主張する。
確かに、証拠(甲E三二四五、三二四九)によれば、田北徹は、コウライアカシタビラメの産卵場所は島原半島沖であり、稚魚の成育場所は諫早湾及び有明海奥部で、産卵場所から成育場所への移送メカニズムは不明であるが、諫早湾湾口及び有明海湾中央部における潮流の減少が移送メカニズムに影響を与えており、本件事業による生息場所の減少及び移送メカニズムへの影響がコウライアカシタビラメの減少要因となっているが、魚類統計上はイヌノシタ等他のクチゾコ類の水揚げが増えるなどして上記現象が現れていない可能性があるとしている。
しかし、コウライアカシタビラメを特定して漁獲量の減少を客観的に認定しうる証拠はなく、原告らが自認するとおり、コウライアカシタビラメの成長過程の詳細は不明であって、田北の見解を前提としても、有明海全体の漁獲量に対する影響を検討する場合には諫早湾と同様にコウライアカシタビラメの稚魚の成育場所である有明湾奥部における環境異変による影響等を検討する必要もあるが、これらについて十分に検討されているとは認められない。
したがって、上記のとおり、本件事業によるものと認定した諫早湾及びその近傍部における漁業被害に加えて、本件事業により有明海全体のコウライアカシタビラメの漁獲に関しても漁業被害が生じていると認めることはできない。
イ 魚類を除く漁船漁業及びタイラギ潜水漁業
(ア) 証拠(乙二五一、三八八)によれば以下の事実が認められる。
a 有明海においてベントスの減少に関して評価委員報告では以下のとおり整理されている。
(a) タイラギ
タイラギの漁獲は、数年おきにピークが生じたが、長崎県では一九九〇年代から福岡県及び佐賀県では平成一二年ころからピークがなくなり、ほとんど漁獲されなくなった。
主要漁場である有明海北部海域において、中・西部の漁場が消滅するとともに、残された北東部の漁場では平成一二年以降に成貝の大量斃死の発生が確認された。また、近年ナルトビエイ等による食害が見られる。
主要漁場である有明海北部海域におけるタイラギ資源の減少について、長期的な減少要因(中・西部漁場の消失)、近年の減少要因(北東部漁場の大量斃死)に分けて整理、考察すると以下のとおりとなる。
・ 長期的な減少要因
タイラギ成貝の生息量調査(昭和五一年から平成一一年)の結果、平成四年以降は、東側に分布が偏る傾向が見られ、また、昭和五六年の調査では浮遊幼生・稚貝とも広範囲に分布していたのに対し、平成一五年の調査では浮遊幼生は広範囲に見られるが、着底稚貝は東側海域に偏って分布していた。すなわち、中央~西側海域では浮遊幼生がいるものの着底稚貝が見られなくなっており、こうした着底稚貝の分布傾向はその後の調査(平成一六年、平成一七年)でも確認されている。
浮遊幼生と着底稚貝の分布の違いについては、そもそも浮遊幼生が中央~西側の海域に着底しなかった、又は、同海域に着底後に死亡したという二つの原因が想定される。しかし、浮遊幼生には着底時の底質選択性がなく、砂のない泥の気質では斃死し、砂のある気質では着底後に足糸で砂粒を固着して生存することが実験によって確認されたことから、後者の原因によるものと考えられる。
また、タイラギ稚貝と底質との関係については、平成一五年から平成一七年までの調査結果から、酸揮発性硫化物(AVA―S)、強熱減量が少なく、中央粒径値四付近の底質に稚貝が多く分布することが示されている。
このほか、タイラギの覆砂実証調査(佐賀県、福岡県)から、シルトの堆積が見られない福岡県沖の覆砂区ではタイラギ稚貝は生残するが、シルトが多く堆積する佐賀県の覆砂区域ではタイラギ稚貝の生息密度が低下してほとんど見られなくなるとの結果が得られており、底質の泥化がタイラギ稚貝の生息に悪影響を及ぼすことが推測される。
有明海湾奥部における中央部から西側にかけての底質の細粒化、有明海湾奥西部における貧酸素化の進行が示唆されることも考慮すると、有明海北部海域のタイラギ資源の長期的な減少は、同海域の西側ないし中央海域における底質環境の悪化(泥化の進行、有機物・硫化物の増加、貧酸素化)によって、タイラギの着底期以降の生息場が縮小したことが主な要因であると考えられる。
その他の要因としては、漁獲圧、ナルトビエイ等の食害、ウイルス、化学物質が想定されるが漁獲努力量はタイラギの資源量に応じて増減させてきたこと、ナルトビエイ等による食害やタイラギの大量斃死は過去には確認されていないこと、中・西部漁場のタイラギのみが化学物質等の影響を大きく受けるとは考えにくいこと等を考慮すれば、これらがタイラギ資源の長期的減少の主たる要因である可能性は低いものと考えられる。
また、有明海の潮流変化がタイラギの浮遊幼生の輸送状況に及ぼす影響については、情報不足により判断ができない。
・ 近年の減少要因
近年のタイラギ資源の減少要因としては、平成一二年以降に北東部漁場で確認された成貝の大量斃死(立ち枯れ斃死)の発生があげられる。大量斃死は、タイラギ稚貝の着底から一年以降の五月~八月及び秋期にタイラギの大きさに関係なく発生している。衰弱個体は軟体部が萎縮し、えらや肝臓にウイルス様粒子が確認されている。
酸素消費量を指標としてタイラギの活力を見ると、着底後三か月(一一月ころ)には既に活力の低下(酸素消費量の低下)が確認されている。成貝の活力低下時にウイルス感染の影響が認められるが、この活力低下の原因は明らかにされていない。また、大量斃死の発生が最初に確認された時期(平成一二年七月一〇日、平成一三年六月一日)の水温はそれほど高くなく、底層が貧酸素状態になっていたとは考えにくい。
北東部漁場において近年発生しているタイラギの大量斃死のメカニズムについては現時点では不明である。
また、近年、ナルトビエイによる食害が春から初夏に認められる(タイラギの資源量が十分にある場合は秋にも食害が認められる。)。ナルトビエイは、平均体重が雄で六kgと大型のエイであり、最大で体重の一〇%の餌を食べているとの報告もある。ナルトビエイの資源量は明らかにされていないが、漁業者からの聞き取り等によると、近年増えているとの指摘があり、タイラギの造成漁場、天然漁場において、タイラギ資源の水準が低位にある状況において、近年のナルトビエイによる食害はタイラギ資源の減少要因の一つと考えられる。
以上を整理すると、有明海北部海域のタイラギ資源の減少は長期的要因として中西部漁場での底質環境の悪化(泥化、有機物・硫化物の増加、貧酸素化)による着底期以降の生息場の縮小、短期的要因として北東部漁場での大量斃死(原因不明)とナルトビエイによる食害が考えられる。
なお、漁獲量が減少して休漁状態となっている長崎県海域におけるタイラギ資源の減少要因については、タイラギ幼生の輸送状況に及ぼす潮流変化の影響、大量斃死の発生メカニズムについては明らかにされておらず、今後解明していくべきと考える。
(b) アサリ
アサリは、熊本県沿岸で昭和四二年に六万五〇〇〇tの漁獲を記録したが、その後減少し、一九九〇年代半ばから二〇〇〇t前後で推移してきた。最近は回復傾向にあり、平成一五年の漁獲量は七〇〇〇tとなった。一九八〇年代と二〇〇〇年代の漁場を比較すると、漁場が岸に寄り、熊本県荒尾地先などで漁場が縮小した。熊本県の主要漁場(荒尾地先、菊池川河口域、白川河口域、緑川河口域)全体で漁獲量が減少しているが、特に緑川河口域の減少が顕著である。ただし、有明海のアサリ漁獲量は、一九六〇年代は二万t以下であり、有明海全体で三万t以上の漁獲量があったのは、昭和四八年から昭和五九年までの一二年間であったことに留意する必要がある。
アサリ資源の減少に関係する要因としては、過剰な漁獲圧、底質環境の変化、ナルトビエイによる食害、有害赤潮、マンガンの影響があげられる。
漁獲圧に関しては、アサリ漁獲量の減少につれて、殼幅一二~一三mmの小型のアサリ(恐らく満一歳)を一回目の繁殖が十分に終わらないうちに漁獲してしまうことが指摘されており、前年加入した稚貝の九八%が一年後には漁獲されるとの推計結果(熊本県水産研究センター)も得られている。また、資源管理を行っている地域ではアサリの漁獲量が回復傾向にあることからも、アサリ資源の減少には漁獲圧が大きく影響していると思われる。
底質環境の変化に関しては、アサリの生産性を失った漁場に覆砂を施すことにより稚貝の成育が認められ、生産が回復することから、漁場の縮小に関しては、底質環境にアサリの成育を阻害する要因の存在が推察される。
昭和五二年の漁獲量が四万二〇〇〇tに対し平成一五年のそれが五〇〇〇tと漁獲量の減少が著しい緑川河口域について、底質の変化につき、長期データがある中央粒径で検討すると、若干であるものの底質の細粒化の傾向が推測される。
既存の文献によると、アサリの稚貝は、足糸で砂粒子に付着して体を保持するため、底質の粒径選択性があり、粒径〇・五mm以上の粒子が適当とされている。アサリ着底の適・不適を見るには、中央粒径のみではなく、アサリの着底に適した粒径の粒子の割合(粒径分布)を見ていく必要があると考える。緑川河口域の底質の粒径分布に関する長期的なデータはなかったが、平成八年の緑川河口域の粒径分布をみると、稚貝の着底に適するとされる粒径〇・五mm以上の粒子は二、三%しかなく、その割合は、アサリの生産性が高い他の地域の漁場と比して著しく低い。また、その分布形状から、細かい均質な粒で構成されていることが分かる。
緑川河口域の粒径分布を考慮すると、アサリ稚貝の着底に適した大きさの粒子の割合が中央粒径の減少の程度より大きく減少した可能性が示唆され、底質の細粒化が緑川漁場におけるアサリ資源の減少につながった可能性が推測される。しかしながら、中央粒径の側転数が昭和五六年と平成八年ないし平成一五年の調査で異なること、中央粒径の減少がわずかであることから、過去のデータと比較可能な調査の実施とデータの精査が必要と考える。
また、アサリ稚貝の着底には底質の基盤の安定性が重要な要因との指摘がなされている。定置網やノリの棒杭、覆砂の実施場所等の周辺にはアサリが多く見られ、こうした構造物等が基盤の安定性に寄与するものと推測される。加えて、アサリの漁獲量が四万tあったころにおいては、アサリが層をなしており、アサリ自身(貝殼も含めて)も基盤の安定に寄与していたことが推測できる。
食害については、ナルトビエイ(特に若い個体)が満潮時に干潟のアサリ漁場に出現してアサリを食害することが指摘されている。飼育実験によると体重二kgの若いナルトビエイが夏季に毎日一kgのアサリを食べたとの報告や、ナルトビエイは群れになって干潟に出現するために一日に数tのアサリを食害されたとの報告もある。ナルトビエイによる食害は、近年のアサリ資源の減少の一因と考えられる。
食害赤潮による影響に関しては、Chattonella赤潮の発生によってアサリの斃死が確認されている。近年Chattonella赤潮の発生は増加傾向にあることから、アサリ資源に影響している可能性が推測される。
マンガンのアサリへの影響に関しては、以下の問題が指摘されている。
荒尾と緑川地先で影響が強く、その間にある菊池川地先、白川河口域の漁場で影響は少ないとしているが、干潟でつながっている各漁場に影響の差がでるのか(火山の影響はむしろ白川、菊池川の方が大きいと思われる。)。
河川からの砂の流入がマンガンイオンの被害を防ぐ効果があるのか。
砕石、竹等の構築物でも覆砂と同じ効果(アサリ生育)が確認されている。
マンガンイオンの毒性と漁場基質のマンガン含量に関するデータはあるのか。
以上を整理すると、アサリ資源の減少要因は、過剰な漁獲圧、底質環境の変化、ナルトビエイによる食害、有害赤潮が考えられる。底質環境の変化に関しては、緑川河口域の底質に細粒化の傾向が推測されたが、追加的にデータの収集、精査が必要である。また、他の海域においても底質に関するデータの収集、整理を図り、アサリの初期減耗との関係について検討を進めていくべきと考える。マンガンについては、その影響の有無を判断するために明確にすべき点が指摘された。
d 九州海域の赤潮によれば、諫早湾内で発生した赤潮により以下の漁業被害が生じている。
・ 平成一〇年七月一五日から同年八月七日まで小長井町地先から口之津町口之津港までで観測された赤潮(Chattonella antiqua, NS―14)については、ブリ(養殖)、メジナ(養殖)、ブリ(畜養)、ボラ・スズキ・コチ・エイ・タコ・カニ・グチ・シタビラメ類(いずれも天然)の漁業被害
・ 平成一二年八月一〇日から同月二八日まで小長井町地先から口之津町地先までで観測された赤潮(Chattonella antiqua, NS―14)については、コノシロ・スズキ・ハゼ類・エビカニ類他(いずれも天然)の漁業被害
・ 平成一五年の北部海域の赤潮(He-terosigma akashiwo, NS―09)については、ボラ・チヌ・コノシロ等(定置網)の斃死の漁業被害
・ 平成一五年の北部海域の赤潮(微細藻類《クリプト藻》、Skeletonema cos-tatum, Chattonela antiqua, C.marina, NS―21)については、アサリ(養殖)の斃死
・ 平成一六年の赤潮(Chattonella marina, C.antiqua, NS―25)については、アサリ(養殖)、グチ・チヌ類(定置網)の斃死
(イ) タイラギ潜水漁業
タイラギ資源の減少要因としては、有明海北部海域では長期的要因として中西部漁場での底質環境の悪化(泥化、有機物・硫化物の増加、貧酸素化)による着底期以降の生息場の縮小、短期的要因として北東部漁場での大量斃死(原因不明)とナルトビエイによる食害、長崎県海域については、タイラギ資源の減少要因については、タイラギ幼生の輸送状況に及ぼす潮流変化の影響、大量斃死の発生メカニズムについては明らかにされていないとされている。
前記のとおり、本件事業によって有明海湾奥部における底質の細粒化、底層水の貧酸素化は認められなかったものであり、また、原告らが主張するとおり、立ち枯れ斃死によって有明海湾奥部における底層水の貧酸素化等を推認しうるほどに同斃死の機序が明らかとなっているとは認められないから、本件事業により、有明海湾奥部におけるタイラギ潜水漁業の漁業環境の悪化ないし漁業被害が生じているとは認められない。
長崎県海域については、タイラギ資源の減少要因については明らかになっていないと指摘されており、有明海湾奥部と同様の要因を考慮するとしても、本件潮受堤防により底質の細粒化、底質の悪化、底層水の貧酸素化が生じたと認められるのは本件潮受堤防から諫早湾湾央部に至るまでの範囲に限られるところ、この海域におけるタイラギ漁を内容とする漁業権に係る漁業行使権を有する原告らはいない。さらに、漁業統計の変動をもって、本件潮受堤防による何らかの影響を想定しうるほどに長崎県海域におけるタイラギ資源減少の機序が明らかになっているとは認められないから、結局、本件事業により、長崎県海域におけるタイラギ潜水漁業の漁業環境の悪化ないし漁業被害が生じているとは認められない。なお、諫早湾及びその近傍部における魚類の漁業被害と異なり、本件潮受堤防による漁業環境の悪化等を認定するに至らなかったのは、魚類資源とは異なり、いまだ資源減少の要因となる可能性がある環境要因すら解明されていないからである。
なお、原告らは、本件事業により熊本県沿岸域での貧酸素化が進行した旨主張し、専門委員報告書(甲E三二三〇)は、赤潮の頻発化、長期化が顕著で、専門委員シミュレーションにおいて潮流速の減少、成層度の強化が現れているとして、熊本県沿岸域において底層が貧酸素化しやすくなったとの結論を導いていると認められる。しかし、熊本県沿岸域における貧酸素化を示す現地の観測結果は窺われないし、貧酸素化を基礎付ける専門委員報告書が貧酸素化の原因としてあげる環境変化については、変化が生じたこと又は本件事業が原因であることを認めることはできなかったものであり、結局、上記のとおり、タイラギの資源減少については十分に解明されていないから、熊本県沿岸域におけるタイラギ漁業の漁業環境の悪化は認めることができない。
(ウ) アサリの採取及び養殖漁業
上記のとおり、アサリ資源の減少要因は、過剰な漁獲圧、底質環境の変化、ナルトビエイによる食害、有害赤潮が指摘されており、また、諫早湾内において発生したChattonella赤潮により実際に養殖アサリの斃死が報告されているところである。
前記のとおり、上記のアサリ資源の減少要因のうち、本件事業により、諫早湾においてChattonella赤潮の発生が促進されたことが認められ、Chattonella赤潮の発生状況、拡大の態様を詳細に認定するに足りる証拠はないが、同赤潮は上記認定のとおり、諫早湾及びその近傍部において発生しているから、本件事業によりChattonella赤潮が促進され、諫早湾及びその近傍部におけるアサリ採取又は養殖漁業の漁業環境を悪化させていると認められる。
諫早湾内においてはアサリ漁業等を内容とする長崎県有明海漁協(別図三〇)の南共第七号第一種漁業権が設定され別紙四の三〇の「漁業の免許」欄cに「○」又は「×」と記載された漁民原告らが漁業行使権を有し、諫早湾近傍部においては、アサリ漁業等を内容とする佐賀県有明海漁協(別図二八)の有共第一号並びにアサリ養殖業等を内容とする有区四〇〇一ないし四〇〇八及び四〇五六ないし四〇五九号が設定されており、有共第一号については別紙四の二二ないし二八の「漁連の免許」欄cに「○」又は「×」と記載された漁民原告らが漁業行使権を有し、有区四〇〇一ないし四〇〇八及び四〇五六ないし四〇五九号については、別紙四の二八の「漁協の免許」fに「×」と記載された原告B山松夫らが漁業行使権を有する。
佐賀県有明海漁協大浦支所、長崎県島原漁協及び有明海漁協所属の漁民原告のうち、別紙一一漁業被害一覧表の「漁業従事」・「アサリ採取養殖」欄に「○」と記載されている原告らについては、同表「被害の立証」欄記載の書証ないし本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、アサリの採取又は養殖の漁業に従事していると認められ、原告B田四男及び原告A原三男は、平成一六年八月のChattonella赤潮(NS―25)により養殖アサリに被害を受けた旨陳述している(甲B二二一の二、三)ことに照らすと、本件事業による漁業被害を被ったと認められる。
佐賀県有明海漁協諸富町支所、同漁協南川副支所及び同漁協広江支所所属の漁民原告らのうち、別紙一一漁業被害一覧表の「漁業従事」・「アサリ採取養殖」欄に「○」と記載されている原告らについては、同表「被害の立証」欄記載の書証ないし本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨に照らして、アサリの採取又は養殖の漁業に従事しているが、諫早湾及びその近傍部においては従事していないものと認められる(そもそも予備的請求に係る漁民原告らではない。)。
別紙一一漁業被害一覧表の「漁業従事」・「アサリ採取養殖」欄に「×」と記載されている漁民原告らについては、同表「被害の立証」欄記載の書証ないし本人尋問の結果によれば、アサリの採取又は養殖の漁業に従事していないことが認められ、何ら記載されていない漁民原告らについては、アサリの採取又は養殖の漁業に従事していることを認めるに足りる証拠がない。
ウ ノリ養殖
(ア) 証拠(甲E三二三〇、三八八)によれば、以下のとおり、評価委員会報告及び専門委員報告書において、では、有明海のノリ養殖業につき以下のとおり整理されていると認められる。
a 評価委員会報告
有明海におけるノリ生産枚数は増加して推移してきたが、平成一二年度漁期において、ノリの色落ち被害が生じ、生産枚数は大きく落ち込んだ。平成一三年度以降の生産枚数はおおむね以前の水準で推移している。
佐賀県のノリ生産量、経営体数、ノリ網の柵数の推移を見ると、経営体数、柵数とも横ばい又は減少傾向であるが、生産技術の改良により生産量は増加している。病気等の発生によって生産量の落ち込みが見られる年があり、近年では平成一二年度漁期の減少が大きい。
また、有明海の秋季(一〇月)の水温はノリの採苗に影響する(水温二五℃以上では殼胞子が出にくい。付着後に異形芽になりやすい等)。佐賀県におけるノリの採苗期日は平成一〇年までは概ね一〇月一日から同月七日(平均三・八日)であったが、平成一一年以降は一〇月四日から同月一二日(平均八・三日)と五日弱遅くなった。
平成一二年度のノリ不作については、一一月の集中豪雨の後、極端な日照不足で小型珪藻が発生せず、一二月初頭に栄養塩を多量に含む高塩分海水が持続する条件下、高い日照条件が重なって、大型珪藻Rhi-zosolenia imbricataが大発生して赤潮を形成し、栄養塩を吸収してノリ色落ち被害につながったと考えられる。
ノリ採苗時期(佐賀県)については、水温や潮汐(大潮が採苗に適す)等海況条件を踏まえ、関係者が協議の上で決定される。有明海の水温が平成一一年以降に高く推移していることも、採苗時期の決定に際して考慮されていると思われる。また、秋芽網の生産量と水温との関係については負の相関が示唆されており、秋~冬季の水温上昇が秋芽網期におけるノリの生産に影響を及ぼす要因の一つである可能性が示唆される。
b 専門委員報告書
ノリ養殖は、有明海沿岸四県も含めて地域的、経年的には、かなりの変動があり、技術の進歩によって生産の安定が図られたが、生物による自然界の生産であるため気象等環境要因に左右される部分が大きい。基本的には海藻による光合成であるのでその要素である光と栄養塩が問題となり、プランクトンとの間で競合関係が生じている。
ノリの不作の直接的な要因は栄養塩摂取に関してノリと競合する主要生物である植物プランクトンの異常増殖現象、すなわち赤潮の生成であるとする。
c 平成九年から平成一六年までで、諫早湾で発生し、ノリ養殖業の漁業被害が報告された赤潮は以下のとおりである。
(イ) 原告らは、有明海の各海域について、赤潮の頻発化等、潮流速の減少によりノリ養殖業の漁業環境が悪化していると主張するが、前述のとおり、諫早湾及びその近傍部以外の有明海における環境異変については、本件事業との間の因果関係を認めるに至らなかったものであるから、その他の各海域におけるノリ養殖業の漁業環境の悪化と本件事業との間の因果関係は認められず、以下、諫早湾及びその近傍部に限定して検討する。
原告らは、諫早湾近傍におけるノリ養殖業の漁業環境の悪化について、諫早湾の赤潮の頻発化及び流速の減少であると主張する。
諫早湾及びその近傍部において設定されているノリ養殖業等を内容とする漁業権は、佐賀県有明海漁協大浦支所(別図二八)の有区第一二七一~一二七五、一二七七及び一二八六号が、藻類養殖業を内容とする長崎県有明海漁協(別図三〇)の南区第五〇九号等であり、有区第一二七一~一二七五、一二七七及び一二八六号については別紙四の二八の別図二八のとおり、諫早湾湾口部北側付近であり、有区第五〇九号については漁業権の位置は不明であるが、同漁業権に係る漁業行使権を有する原告C野五男は旧有明町沖でノリ養殖業を営んでいると認められる(甲B一八〇)ところ、前記のとおり、諫早湾湾外北側ではむしろ本件潮受堤防の締切りにより潮流速がわずかに増加したものと認められており、旧有明町沖においては潮流速が若干減少したものと認められているのみである。
また、潮流速の減少自体がノリ養殖業の漁業環境を悪化させることについては、評価委員会報告及び専門委員報告書のいずれにおいても言及されておらず、これに関する科学的知見は乏しいといわざるを得ないから、いずれにしても、諫早湾及びその近傍における具体的なノリ養殖の漁場において潮流速により漁業環境の悪化が生じているとは認めることができない。
また、諫早湾内で発生した赤潮は、そもそも、ノリ漁期ではない夏季を中心に発生しており、また、九州海域の赤潮(乙二五一の一~二七)に照らして、諫早湾を含む海域で発生した赤潮によるノリ養殖業に対する漁業被害は窺えないし、諫早湾近傍部に位置する以上、諫早湾外の有明海における赤潮の影響も当然に想定しうるから、諫早湾の赤潮により漁業環境の悪化が生じているとは認めることができない。
原告らの主張は採用できないから、本件事業により諫早湾及びその近傍部に所在するノリ養殖の漁場において漁場環境の悪化が生じているとは認められない。
エ 別紙一一漁業被害一覧表「予備的請求」欄に「×」と記載された予備的請求原告らは、同原告らの従事する漁業及び漁業被害を認めるに足りる証拠がなく、同原告らの予備的請求は理由がない。
また、同「漁業の従事」欄に漁業行使権不明と記載されている予備的請求原告らは、前記のとおり、同原告らが有する漁業行使権を認めるに足りる証拠がないため、漁業被害の有無を判断するまでもなく、同原告らの予備的請求は理由がない。
(3) 結局のところ、予備的請求に係る漁民原告らのうち、漁業行使権及び漁業被害が認められる原告らは、別紙原告目録の予備的請求欄に「認容」と記載された原告ら(原告番号四二七~四三四、八〇〇、八五六、八五八、八六〇、八六五、八七二、八七四、八七六、八七九、八八二、一六〇八、一六一一、一六一三、一六一四、一六一九~一六二二、一六二九、一六三一、一六三二、一六三五、一六三八、一六三九、二〇三二、二二五三、二二五四、二二六〇、二二六四、二二六六、二二六九、二二七二、二二七七、二二八二~二二八四、二二八六、二二九二、二三〇二、二三〇五、二三一四、二三一五)のみである。
五 本件潮受堤防の締切りの公共性の有無(争点(5))について
(1) 前記のとおり、予備的請求原告らの予備的請求については五年間に渡る本件各排水門の常時開放の限度で理由があるので、これを前提に以下検討する。
(2) 本件事業の公共性
ア 前提事実欄記載の事実、証拠(乙三三一、三三六、三三九、三四五)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(ア) 本件事業は、複式干拓方式を採用するものである。
複式干拓方式は、干拓地に設置された堤防外が外海となる単式干拓とは異なり、干拓地に設置された堤防の外側に第一線締切り堤を築造して内水を形成して、淡水化を図るものである。
複式干拓方式は、一般的に、内水の淡水化による水源の確保、干拓地及び沿岸既耕地の塩害の防止、第一線締切り堤の築造による海岸線の短縮による台風時、高潮時等の防災効果、河川部の河川堤防の安全性の強化等の効果があるとされている。
(イ) 本件事業においても、①かんがい用水が確保された大規模平坦な優良農地を造成し、生産性の高い農業を実現すること及び②高潮、洪水、常時排水不良等に対する地域の防災機能を強化することが目的とされている。
本件潮受堤防は、平成一一年三月に完成し、既に防災機能等を発揮しており、平成一一年九月の台風一八号による最高潮位+三・二二mの高波発生時に高波被害が発生しておらず、昭和六〇年八月の台風一三号による同程度の最高潮位+三・二一mの高波発生時に生じた家屋一八戸の床上浸水と水稲一三〇〇haの被害と比較して高波被害が軽減され、平成一一年七月の最大時雨量一〇一mm、総雨量三四二mmの降雨時には農産物被害額は三〇〇万円で同日中に解消される湛水が生じたが、昭和五七年七月(長崎大水害)の最大時間雨量九九mm、総雨量四九二mmの降雨時の農産物被害額一億〇七〇〇万円、四、五日継続した湛水と比較して、湛水被害が軽減されている。
また、従前、干拓地の樋門の前に干潟の土が堆積して排水不良が生じていたが、本件潮受堤防の締切りにより、干潟の土の堆積がなくなり、干拓地の管理作業の軽減の効果が生じている。
本件事業の中央干拓及び小江干拓地においては、平成二〇年四月からの営農開始が予定されている。
(ウ)a 農林水産省農村振興局が、一定期間本件各排水門を常時又は制限付きで開放した場合の海域等の環境保全、防災機能等の確保に与える影響及びこれに対する対策を検討した結果のうち、高波時を除く常時開門の場合に関するものは以下のとおりである。
b 海域・調整池の環境保全
本件各排水門の合計二五〇mの幅でのみ海水が本件調整池と外海とを出入りするための本件各排水門近傍で局所的に大きな流速が生じ、底泥の巻き上げ、洗堀が発生し、数値シミュレーションによると巻き上げられた底泥は諫早湾内に拡散することになる。
洗堀が発生するおそれがある本件各排水門の近傍については底泥を浚渫した上で捨石工を実施し、護床工を補強する。
なお、調整池内の浮泥が必要となるが、すべてを除去することはできず、再び流入することから対策からは除去した。
上記工事の工期は三年程度、費用は本件調整池の淡水魚等の生物保護のための費用一億円をあわせて合計四二三億円である。
c 防災機能の確保
(a) 本件調整池の背後地のうち常時開門時に予測される最高水位標高(+二・五m)以下にある農地は約二〇〇〇haであり、住宅等は約八〇〇戸である。
(b) 対策工
・ 背後地の平時の排水対策
常時自然排水から一日〇~二回の排水となることによる排水不良に対する対策として平時の必要ポンプ排水量一一・四m3/sに十分な排水ポンプを設置する。
・ 背後地の洪水時の排水対策
湛水被害の発生の可能性があることから、平時の必要ポンプ排水量一五五m3/sに十分な洪水用ポンプを設置する。
・ 樋門の対策工
排水樋門を通じて本件調整池から塩水が潮遊池に浸入して塩害を及ぼすことのないように老朽化している制水ゲートやフラップゲートを補修する。
・ 堤防の補修
調整池の塩水化及び調整池の水位上昇に伴いクラック等からの浸透や漏水に対する対策工事を実施する。
上記工事の工期は三年程度、費用は合計二〇二億円程度である。
d 周辺の農業等への配慮
・ 農業用水
本件調整池から確保することとされていた本件干拓地及び背後地の農業用水の確保は、周辺に急峻な地形であることから新たに水源を求めるような適地が見あたらず、水需要が逼迫している諫早湾周辺では困難である。
・ 潮風害の対策
本件調整池が塩水化することにより、塩分飛散による潮風害が発生するおそれがあることから、飛散防止対策として防風ネットを設置する。
上記工事の工期は一年程度、費用は漁船等の近接防止のための進入防止ブイ等の設置工事費用約六〇〇〇万円をあわせて合計六億円である。
イ 上記のとおり、本件事業により高波被害及び洪水による湛水被害等の防災効果が現に発揮され、本件干拓地においては、平成二〇年四月以降年間四五億円の農業生産が予測されている営農が予定されていることが認められる。
しかし、前記のとおり、本件請求においては五年間に渡る本件各排水門の常時開放の限度においてのみ理由があるのであって、これを前提とすれば、三年程度の工期を必要とする種々の工事及び高波時の常時開放の中止により本件事業が発揮している機能は代替しうるものであり、唯一代替し得ない本件調整池による農業用水の確保については、上記請求の限度であれば、前記のとおり淡水域と海水の環境変化には二年程度を要することからすれば、上記常時開放を前提としても七年間に渡り農業生産に影響を与えるものといえる。
(2) 対策
ア 前提事実、前記認定事実及び証拠(甲E三〇〇一の二、三三三七、乙二一八、二三五)によれば以下の事実が認められる。
(ア)a 被告は、本件事業の着工前及び事業計画の変更後にそれぞれ環境影響評価を行い、同変更後に行われた環境影響評価については平成三年度に環境影響評価書としてまとめられた。
b 同環境影響評価書のうち、前記認定の漁業被害に関するものは以下のとおりである。
(a) 潮流
流向は、本件潮受堤防付近では流向の変化が見られるが、諫早湾湾口部に向かって徐々に小さくなり、湾外ではほとんど変化がない。
締切り前後での流速の変化は、本件潮受堤防に離れるほど小さくなり、湾口部では締切り前と大きな変化は見られないが、最速流速時の締切り前後の流速の変化は、湾内、湾口部及び湾口部から島原沖にかけても見られるが、その程度は、本件潮受堤防から離れるほど小さくなる。
(b) 海底地形
本件潮受堤防前面では土粒子が徐々に堆積する。
(c) 海域水質
CODについては、本件各排水門付近及び諫早湾湾央部において減少が見られるが、変化の範囲及び濃度はともにわずかである。
(d) 水生生物
・ プランクトン
諫早湾内に分布するプランクトンには多少の影響を及ぼす。
・ 魚卵・稚仔魚
諫早湾内に分布する魚卵・稚仔魚には多少の影響を与える。
・ 底生生物
諫早湾やその周辺海域の底生生物にほとんど影響を及ぼすことはないものと考えられる。
・ 魚類、イカ・タコ類、エビ・カニ類諫早湾内の魚類、イカ・タコ類、エビ・カニ類には多少の影響を及ぼす。
・ 貝類
諫早湾内の貝類には多少の影響を及ぼす。
(c) 総合評価
諫早湾湾奥部の消滅は、干潟域や湾奥部に生息する生物相の生息域や産卵場などを一部消滅させるが、このことが有明海の自然環境に著しい影響を及ぼすものではなく、また、その影響は計画地の近傍に限られることから、本件事業が諫早湾及びその周辺海域に及ぼす影響は許容しうるものであると考えられる。
また、本件潮受堤防によって、新たに造成される本件調整池の水質は、予測すると十分、環境保全目標を満足する結果となっているが、より一層の水質保全を図るために、本件調整池に流入する汚濁負荷量の軽減対策が推進されるよう調整するとともに、造成された後、本件調整池の水質予測の再現性を確認する。さらに、本件調整池の完成により出現する干陸部については、良好な水辺環境が保全・創造されるよう努めるものとする。
(イ)a 被告は、昭和六一年九月八日、小長井町漁協等と、計画変更前の環境影響評価に基づいて、本件潮受堤防の内側については漁場の消滅による損失補償を、同外側のうち本件事業の影響が予測される範囲については影響による損失補償に関する諫早湾干拓事業に伴う漁業補償に関する協定を締結した。
b 被告は、諫早湾及びその近傍部において、環境影響評価書に従って、潮流等の観測を環境モニタリング調査として行っている。
c 被告は、本件調整池等の水質保全について、指導助言を行う諫早湾干拓調整池等水質委員会を設置するとともに、本件調整池の水質改善を図っている。
(ウ)a 被告は、平成一二年度の有明海におけるノリ不作を契機として、ノリ第三者委員会を設置し、ノリ第三者委員会開門調査に関する見解を受けて、平成一四年四月から同年五月に短期開門調査等を実施し、ノリ不作第三者委員会は、平成一五年三月二七日に最終報告書を公表した。
b 被告は、平成一二年度のノリ大不作を契機として制定された有明海及び八代海を再生するための特別措置に関する法律に基づいて、評価委員会を設置し、同委員会は、被告の観測結果等に基づいて有明海の漁業被害について検討し、平成一八年一二月二一日、委員会報告を行った。
c 被告は、有明海全体の漁業不振の対策として、環境変化の仕組みの更なる解明のための調査として、①三省庁による広域連続観測等潮流、水質、赤潮及び貧酸素現象の一斉観測、②海底の耕耘、作澪、湧昇流を起こす施設の設置などの現地実証、③これらの成果を「有明海及び八代海を再生するための特別措置に関する法律」に基づく有明海の環境改善の効果的な実施に反映させる④調整池からの排水の抜本的な改善のため、浄化装置の設置、環境保全型農業の実践による流域の負荷削減対策、地域住民の協力の下での生活排水対策など幅広い対策を行うとする。
(エ) 被告は、評価委員会報告等において上記認定の諫早湾及び近傍部における漁業被害も含めてその機序が十分に解明されていないこともあり、有明海全体の環境変化の観測、研究は推進しているものの、漁業被害の回復のための措置は行っていない。
イ 以上のとおり、被告は、環境影響評価において、諫早湾内における漁業資源の減少を予測し、諫早湾内の漁協に対して補償を行ったが、諫早湾近傍を漁場とする予備的請求に係る漁民原告らに対しては、これを行っておらず、また、本件調整池の水質改善など、上記認定の本件事業により生じた環境の変化の一部についてはその軽減のための措置を行っているが、漁業被害に至る機序が科学的に未解明であることもあり、漁業被害の回復のための実効ある措置を行っていない。
(3) まとめ
上記のとおり、一定期間の本件各排水門の常時開放を前提とすると、本件潮受堤防が既に発揮している防災機能等については新たな工事を施工すれば代替しうるし、結局代替することができないため、支障が生じる七年間程度の農業生産についても、予備的請求に係る原告らの漁業行使権の侵害に対して、優越する公共性ないし公益上の必要性があるとは言い難い。
さらに、被告は、予備的請求に係る原告らの漁業被害の回復又は軽減のための措置を行っているとは認められない。
しかし、上記防災機能等を代替するための工事には短くとも三年間の工期を必要とすることも考慮すれば、予備的請求に係る原告らは本判決確定の日から三年間は本件各排水門の開放を求めることはできないものと解するのが相当である。
六 原告らの中・長期開門調査に対する期待権侵害の有無(争点(6))について
原告らは、金銭請求の根拠として、被告がノリ第三者委員会の見解に基づき現在に至るまで中・長期開門調査を行っていないことが原告らの同調査が実施されることについての期待権の侵害に当たる旨主張する。
しかし、もとより、ノリ第三者委員会は、有明海のノリの不作を契機として設置されたものではあるが、行政目的のために設置されたものであり、間接的に原告らの利益に資することがあるとしても、原告ら自身の直接の利益のために設置されたものではないし、同委員会の中・長期の開門調査実施に対する見解も、行政に対する、「委員会としての認識と要望」ないし「提案」にすぎないことは明らかである(甲三〇〇一の七)。
そうすると、原告らがノリ第三者委員会の見解により、中・長期の開門調査が実施されるとの期待を抱いたとしても、原告らのそのような期待は、保護に値する法的利益であるとはいえず、原告らの金銭請求に関する主張は失当である。
七 結論
(1) 以上によれば、原告ら全員の主位的請求はいずれも理由がなく、予備的請求は、別紙一原告目録の予備的請求欄に「認容」と記載された原告ら(原告番号四二七~四三四、八〇〇、八五六、八五八、八六〇、八六五、八七二、八七四、八七六、八七九、八八二、一六〇八、一六一一、一六一三、一六一四、一六一九~一六二二、一六二九、一六三一、一六三二、一六三五、一六三八、一六三九、二〇三二、二二五三、二二五四、二二六〇、二二六四、二二六六、二二六九、二二七二、二二七七、二二八二~二二八四、二二八六、二二九二、二三〇二、二三〇五、二三一四、二三一五)が被告に対し、本判決確定の日から三年を経過する日までに、防災上やむを得ない場合を除き、国営諫早湾土地改良事業としての土地干拓事業において設置された、本件潮受堤防の南北各排水門を開放し、以後五年間にわたって同南北各排水門の開放を継続することを求める限度で理由があるが、別紙一原告目録の予備的請求欄に「棄却」と記載された原告らの予備的請求及び同欄に「認容」と記載された上記原告らのその余の予備的請求はいずれも理由がない。また、原告ら全員の金銭請求もいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(2) なお、事案の性質に照らして、付言する。
本件訴訟は、中・長期の開門調査自体を求めるものではなく、もとより本判決もこれを直接的に命じるものではない。しかしながら、前記で説示したとおり、あるいは第一次仮処分事件の保全抗告審の決定が判示しているように、本件事業のように大規模な公共事業を実施した被告としては、これにより有明海の漁業に被害を及ぼしている可能性がある以上、有明海の漁民らに対し、率先してその当否を解明し、その結果に基づいて適切な施策を講じる義務を一般的に負担しているというべきであって、そのためにはもはや中・長期の開門調査は不可欠である。有明海のような広大な海洋の環境変化の原因を、本件訴訟の原告らのような一私人が解明することは極めて困難なのであって、被告としては、本件事業と有明海の環境変化との間の因果関係について、自ら一般的には立証責任を負担していないからといって、それを根拠に、これを放置することは到底許されるものではない。当裁判所としては、本判決を契機に、すみやかに中・長期の開門調査が実施されて、その結果に基づき適切な施策が講じられることを願ってやまない。
(裁判長裁判官 神山隆一 裁判官田中芳樹及び同稲吉大輔は、いずれも転補につき署名押印することができない。裁判長裁判官 神山隆一)
別紙一 原告目録
A野太郎 他2534名
別紙二 原告代理人目録
馬奈木昭雄 井下顕 池永満
稲尾吉茂 岩城邦治 岩本洋一
井上滋子 井手豊継 上田國廣
大倉英士 小澤清實 大谷辰雄
梶原恒夫 椛島敏雅 上鶴和貴
木梨吉茂 木上勝征 黒木聖士
後藤富和 小泉幸雄 小島肇
小林洋二 小宮和彦 作間功
平田かおり 高森浩 知名健太郎定信
津留雅昭 津田聰夫 中山篤志
野林信行 林田賢一 深堀寿美
藤井克巳 堀良一 馬渡桜子
前田豊 松浦恭子 武藤糾明
八尋八郎 八尋光秀 山本一行
吉野隆二郎 吉村敏幸 秋月慎一
安部千春 荒牧啓一 上地和久
小川威亜 緒方剛 我那覇東子
河辺真史 迫田学 田邊匡彦
高木佳世子 高木健康 蓼沼一郎
畑中潤 縄田浩孝 仁比聡平
前田憲德 前野宗俊 三浦久
溝口史子 吉野高幸 横光幸雄
渡邊和也 内田省司 椛島修
北村哲 塩澄哲也 紫藤拓也
高峰真 髙橋謙一 田中健太郎
富永孝太郎 永尾廣久 中野和信
桑原義浩 西村隆 兵頭充紀
角銅立身 中村博則 河西龍太郎
辻泰弘 中村健一 東島浩幸
本多俊之 松田安正 焼山敏晴
力久尚子 宮原貞喜 桑原貴洋
浜田愃 大和幸四郎 岩永隆之
梶村龍太 熊谷悟郎 塩塚節夫
中村尚達 迫光夫 原章夫
森永正之 横山茂樹 横山巖
小林清隆 龍田紘一朗 髙尾徹
板井優 板井俊介 江越和信
国宗直子 寺内大介 西清次郎
松野信夫 三角恒 森德和
中村照美 芳澤弘明 谷脇和仁
田上尚志 清水善朗 伊藤明子
阪口徳雄 関根孝道 豊川義明
中嶋弘 飯田昭 村田正人
籠橋隆明 原田彰好 梓澤和幸
荒井新二 尾崎俊之 菅野庄一
木村晋介 澤藤統一郎 徳住堅治
梶山正三 三枝重人 坂本博之
高橋智 梶村龍太 小林清隆
白川博清 谷脇和仁 山口茂樹
松野信夫 中原昌孝 榮京子
甲木美知子 市橋康之
別紙三 被告代理人目録
乙部竜夫 他22名
別紙四の一 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・大川漁協)《省略》
別紙四の二 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・上新田漁協)《省略》
別紙四の三 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・川口漁協)《省略》
別紙四の四 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・大野島漁協)《省略》
別紙四の五 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・浜武漁協)《省略》
別紙四の六 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・沖端漁協)《省略》
別紙四の七 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・柳川漁協)《省略》
別紙四の八 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・両開漁協)《省略》
別紙四の九 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・有明漁協)《省略》
別紙四の一〇 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・皿垣開漁協)《省略》
別紙四の一一 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・山門羽瀬漁協)《省略》
別紙四の一二 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・大和漁協)《省略》
別紙四の一三 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・中島漁協)《省略》
別紙四の一四 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・手鎌漁協)《省略》
別紙四の一五 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・三浦海苔生産漁協)《省略》
別紙四の一六 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・三浦漁協)《省略》
別紙四の一七 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・三浦第一漁協)《省略》
別紙四の一八 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・新三池漁協)《省略》
別紙四の一九 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・大牟田漁協)《省略》
別紙四の二〇 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・早米ヶ浦漁協)《省略》
別紙四の二一 漁民原告権利証明状況一覧(福岡県有明海漁連・新大牟田漁協)《省略》
別紙四の二二 漁民原告権利証明状況一覧(佐賀県有明海漁協・諸富町支所)《省略》
別紙四の二三 漁民原告権利証明状況一覧(佐賀県有明海漁協・大詫間支所)《省略》
別紙四の二四 漁民原告権利証明状況一覧(佐賀県有明海漁協・早津江支所《省略》
別紙四の二五 漁民原告権利証明状況一覧(佐賀県有明海漁協・南川副支所)《省略》
別紙四の二六 漁民原告権利証明状況一覧(佐賀県有明海漁協・広江支所)《省略》
別紙四の二七 漁民原告権利証明状況一覧(佐賀県有明海漁協・東与賀支所)《省略》
別紙四の二八 漁民原告権利証明状況一覧(佐賀県有明海漁協・大浦支所)《省略》
別紙四の二九 漁民原告権利証明状況一覧(長崎県島原漁協)《省略》
別紙四の三〇 漁民原告権利証明状況一覧(長崎県有明漁協)《省略》
別紙四の三一 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県荒尾漁協)《省略》
別紙四の三二 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県牛水漁協)《省略》
別紙四の三三 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県長洲漁協)《省略》
別紙四の三四 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県岱明漁協)《省略》
別紙四の三五 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県滑石漁協)《省略》
別紙四の三六 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県大浜漁協)《省略》
別紙四の三七 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県横島漁協)《省略》
別紙四の三八 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県河内漁協)《省略》
別紙四の三九 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県松尾漁協)《省略》
別紙四の四〇 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県小島漁協)《省略》
別紙四の四一 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県沖新漁協)《省略》
別紙四の四二 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県畠口漁協)《省略》
別紙四の四三 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県海路口漁協)《省略》
別紙四の四四 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県川口漁協)《省略》
別紙四の四五 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県住吉漁協)《省略》
別紙四の四六 漁民原告権利証明状況一覧(熊本県網田漁協)《省略》
別図一 福岡県有明海漁連・大川漁協の漁業権位置図《省略》
別図二 福岡県有明海漁連・上新田漁協の漁業権位置図《省略》
別図三 福岡県有明海漁連・川口漁協の漁業権位置図《省略》
別図四 福岡県有明海漁連・大野島漁協の漁業権位置図《省略》
別図五 福岡県有明海漁連・浜武漁協の漁業権位置図《省略》
別図六 福岡県有明海漁連・沖端漁協の漁業権位置図《省略》
別図七 福岡県有明海漁連・柳川漁協の漁業権位置図《省略》
別図八 福岡県有明海漁連・両開漁協の漁業権位置図《省略》
別図九 福岡県有明海漁連・有明漁協の漁業権位置図《省略》
別図一〇 福岡県有明海漁連・皿垣開漁協の漁業権位置図《省略》
別図一一 福岡県有明海漁連・山門羽瀬漁協の漁業権位置図《省略》
別図一二 福岡県有明海漁連・大和漁協の漁業権位置図《省略》
別図一三 福岡県有明海漁連・中島漁協の漁業権位置図《省略》
別図一四 福岡県有明海漁連・手鎌漁協の漁業権位置図《省略》
別図一五 福岡県有明海漁連・三浦海苔生産漁協の漁業権位置図《省略》
別図一六 福岡県有明海漁連・三浦漁協の漁業権位置図《省略》
別図一七 福岡県有明海漁連・三浦第一漁協の漁業権位置図《省略》
別図一八 福岡県有明海漁連・新三池漁協の漁業権位置図《省略》
別図一九 福岡県有明海漁連・大牟田漁協の漁業権位置図《省略》
別図二〇 福岡県有明海漁連・早米ケ浦漁協の漁業権位置図《省略》
別図二一 福岡県有明海漁連・新大牟田漁協の漁業権位置図《省略》
別図二二 佐賀県有明海漁協・諸富町支所の漁業権位置図《省略》
別図二三 佐賀県有明海漁協・大詫間支所の漁業権位置図《省略》
別図二四 佐賀県有明海漁協・早津江支所の漁業権位置図《省略》
別図二五 佐賀県有明海漁協・南川副支所の漁業権位置図《省略》
別図二六 佐賀県有明海漁協・広江支所の漁業権位置図《省略》
別図二七 佐賀県有明海漁協・東与賀支所の漁業権位置図《省略》
別図二八 佐賀県有明海漁協・大浦支所の漁業権位置図《省略》
別図二九 長崎県島原漁協の漁業権位置図《省略》
別図三〇 長崎県有明漁協の漁業権位置図《省略》
別図三一 熊本県荒尾漁協の漁業権位置図《省略》
別図三二 熊本県牛水漁協の漁業権位置図《省略》
別図三三 熊本県長洲漁協の漁業権位置図《省略》
別図三四 熊本県岱明漁協の漁業権位置図《省略》
別図三五 熊本県滑石漁協の漁業権位置図《省略》
別図三六 熊本県大浜漁協の漁業権位置図《省略》
別図三七 熊本県横島漁協の漁業権位置図《省略》
別図三八 熊本県河内漁協の漁業権位置図《省略》
別図三九 熊本県松尾漁協の漁業権位置図《省略》
別図四〇 熊本県小島漁協の漁業権位置図《省略》
別図四一 熊本県沖新漁協の漁業権位置図《省略》
別図四二 熊本県畠口漁協の漁業権位置図《省略》
別図四三 熊本県海路口漁協の漁業権位置図《省略》
別図四四 熊本県川口漁協の漁業権位置図《省略》
別図四五 熊本県住吉漁協の漁業権位置図《省略》
別図四六 熊本県網田漁協の漁業権位置図《省略》
別紙五 所属漁協不明漁民原告目録《省略》
別紙六 漁業権・行使規則対照表《省略》
別紙七 諫早堤防締切りによる海表面積の減少割合《省略》
別紙八 別表五 漁民原告被害主張一覧《省略》
別紙九 潮流観測位置図《省略》
別紙一〇 環境モニタリングによる諫早湾周辺海域での潮流流速の観測結果《省略》
別紙一一 漁業被害一覧表《省略》