佐賀地方裁判所 平成18年(わ)191号 判決 2007年5月08日
主文
被告人を懲役8年に処する。
未決勾留日数中200日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1 平成18年8月13日午前1時15分ころ,普通乗用自動車(トヨタクレスタ)を運転し,甲野一郎(当時56歳)運転の普通乗用自動車(ホンダオデッセイ)を追尾し,同車が佐賀県唐津市<番地略>先交差点を同市東町方面から同市鏡方面へ右折進行するのを認め,同交差点内で同車をその右後方から追い越して同車の進路前方に進出し,同市<番地略>付近道路を同市鏡方面へ進行中,同車が対向車線に進出して自車を追い越そうとしたため,前記甲野運転車両の通行を妨害する目的で,重大な交通の危険を生じさせる速度である時速約40キロメートルで自車を運転し,あえて右転把して同対向車線に進出し,自車を追い越そうとしている前記甲野運転車両の直前に自車前部を進入させて前記甲野運転車両に著しく接近し,これを見て衝突の危険を感じた前記甲野をして同人運転車両を右転把させ,対向車線外側の歩道上に乗り上げさせ,同所に設置された道路案内板の支柱に衝突させ,よって,前記甲野に外傷性肺挫傷の傷害を負わせ,同日午前2時13分,同市<番地略>所在の「A病院」において同人を前記傷害により死亡させ,同車に同乗中の乙山二郎(当時31歳)に心臓破裂等の傷害を負わせ,同日午前1時45分,同市<番地略>所在の「B病院」において同人を前記傷害により死亡させ,同車に同乗中の丙川三郎(当時46歳)に入院等による加療約3か月間を要する右肘脱臼骨折,右骨及び腓骨骨折の傷害を負わせ,
第2 前記普通乗用自動車を運転中,同日午前1時15分ころ,同市<番地略>付近道路において,前記の交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して前記甲野らを救護する等必要な措置を講じなかった。
(証拠の標目)<省略>
(事実認定の補足説明)
第1 本件の争点
弁護人は,危険運転致死傷の公訴事実につき,「被告人が,甲野運転車両の直前に自車を進入させたという事実はない。また,『同車を停止させるため』,『同車の直前に進入して同車を停止させようと企て,同車の通行を妨害する目的で』とある部分は,確定的なものではなく未必的なものにとどまる。」と主張し,被告人も,当公判廷でこれに沿う供述をしている。
したがって,本件は,被告人の行為が危険運転致死傷罪を構成するか否かが争われているのであるが,具体的な争点は,①被告人が甲野運転車両の直前に自車を進入させた事実の有無,②通行妨害の目的の有無である。
以下,順次補足して検討する。
第2 前提事実
前掲関係各証拠によれば,次の各事実が認められ,これらの事実については,被告人も概ね認め,又は積極的には争っていない(各項見出しに認定に供した証拠を挙げた。)。
1 本件現場の状況等(甲1,2,3,30)
(1) 本件現場は,佐賀県唐津市<番地略>付近の片側一車線の直線道路(以下「本件道路」という。)であり,平坦なアスファルト舗装がされ,道路中央部には,白色のペイントでゼブラゾーンが引かれており,これを境に北東側(唐津市鏡方面に向かう進行方向左側)には,幅3.0メートルの車道を経て幅1.5メートルの路側帯と幅2.2メートルの植込等が設けられ,南西側(同市鏡方面に向かう進行方向右側)には幅3.0メートルの車道を経て幅1.5メートルの路側帯,幅1.0メートルの花壇及び幅2.0メートルの歩道が設置されている。
(2) 本件道路の北東側には「Cホテル」の建物が,南西側には松浦川河川敷があり,深夜の交通量は閑散で,街路灯がないために暗いが,見通しは良く,本件発生当時,路面は乾燥していた。
(3) 本件発生直後,本件道路南西側の歩道上に,甲野一郎(以下「甲野」という。)運転車両(ホンダオデッセイ・佐賀300<以下略>,以下「オデッセイ」という。)が,同歩道上に設置された道路案内板の支柱に車両前部中央部付近を衝突させ,右側前後輪を歩道上に乗り上げた状態で停車していた。車道上にタイヤ痕等は認められなかった。前記支柱の約10.2メートル手前の歩道縁石(高さ約20センチメートル)に,長さ約10センチメートルの黒色擦過痕(黒色タイヤ痕よう)に続いて長さ約60センチメートルの白色擦過痕が認められ,その付き終わりから約2.9メートル唐津市鏡方向の歩道上に,幅約18センチメートル・長さ約5メートルの帯状擦過痕が,同車両の右前輪付近に向けて認められた。同擦過痕の方向は,道路縁石方向に対して約8度の角度であった。
2 被告人運転車両及び甲野運転車両の各形状及び破損状況等(<証拠等略>)
(1) 甲野運転車両は,車長4.75メートル,車幅1.77メートル,車高1.67メートル,乗車定員7名,右ハンドル,車両重量1510キログラム,3名乗車時の地面からドアミラー下端までの高さは約102.8センチメートルである。同車両の車体前面には,道路案内板の支柱と衝突した大きな衝突変形があり,右前後輪ホイールの一部が変形しパンクしていた。同車両の左ドアミラーは前傾し,レンズが損傷し,外側に被告人運転車両の右ドアミラー表面の無色透明樹脂と同種の樹脂片が付着し,同ドアミラーと一致する形状の痕跡が認められた。甲野運転車両の左前フェンダー部分,左前ドア及び左後ろドアガラスには前から後ろ方向の擦過痕が認められた。同車両の助手席ドア三角窓ガラス外側には,被告人運転車両の右ドアミラー表面の無色透明樹脂と同種の樹脂が付着していた。本件発生時には運転席に甲野,助手席に乙山二郎(以下「乙山」という。),後部座席に丙川三郎(以下「丙川」という。)が乗車していた。
(2) 被告人運転車両(トヨタクレスタ・佐賀300<以下略>,以下「クレスタ」という。)は,車長4.75メートル,車幅1.75メートル,車高1.42メートル,乗車定員5名,右ハンドル,車両重量1420キログラム,1名乗車時の地面からドアミラー下端までの高さは約92.8センチメートルである。同車両の右ドアミラーは前傾し,レンズ部分が脱落し,枠部分に甲野運転車両の左ドアミラーの黒色樹脂と同種の樹脂が付着し,右ドアミラー枠の先端には前から後ろ方向の擦過損傷が認められた。同車両の右前フェンダー及びモールには後ろから前方向の擦過痕とタイヤ痕ようの痕跡があり,右前後ドアには擦過痕及び旋条痕が,右前輪ホイールには旋条痕が認められた。同車両の右後部ドアには,甲野運転車両左前輪タイヤ外側から採取された微物と類似した成分の樹脂が付着した,後ろ下から前上方向のタイヤ痕ようの痕跡があった。
3 本件発生に至る経緯(乙2,5)
被告人は,知人女性から,交際していた丙川から嫌がらせをされているという内容の相談を度々受けていた。
平成18年8月12日夜,被告人は,同女から,丙川から脅迫電話があって怖いので迎えに来てほしい旨頼まれたので,同女を迎えに行き,被告人がその当時間借りしていた丁田四郎(以下「丁田」という。)宅に同女を連れて帰った。丁田宅に到着後,丙川から同女の携帯電話に数回電話があり,丁田が同女の代わりに電話に出てたしなめるなどした。その後,被告人は,同女から,丙川から嫌がらせ等をされていないか不安なので自宅の様子を見て来てほしいと頼まれ,翌13日午前1時ころ,その当時被告人が使用していた丁田の親族所有に係るクレスタを運転して同女宅の様子を見に出かけ,その途中で丙川が乗車した甲野運転のオデッセイを発見し,携帯電話で丁田に現在位置などを報告しながらオデッセイを追尾した。
4 本件の発生及び発生後の状況(乙2,5)
(1) 前記の追尾開始から約15分後,オデッセイが佐賀県唐津市<番地略>先交差点を同市東町方面から同市鏡方面へ右折進行し,クレスタは同交差点を内回りして右折進行し,オデッセイを追い越した。するとオデッセイが対向車線に進出して右側からクレスタを追い越そうとして,本件道路に至った。
(2) 前記のとおり,本件道路において,オデッセイが右側からクレスタを追い越そうとした際,クレスタが右に寄り,クレスタの右側面とオデッセイの左側面が衝突し,オデッセイは対向車線外側の歩道上に設置された道路案内板の支柱に衝突して停止した。被告人はクレスタを止めてオデッセイの停止地点まで戻り,オデッセイの中の様子を見た。被告人は偽名を使って110番通報をし,通報を受けた警察官が到着する前に本件道路から立ち去った。
第3 クレスタとオデッセイの衝突位置等
1 佐賀県警察本部刑事部科学捜査研究所技術吏員作成の鑑定書(甲30,以下「本件鑑定書」という。)は,前提事実記載の本件現場の状況や,クレスタ及びオデッセイの各形状及び破損状況等を踏まえ,①クレスタの右側面の擦過方向が後ろから前方向であり,オデッセイの左側面の擦過方向が前から後ろ方向であることから,両車両の衝突時の速度はオデッセイの方が速かったこと,②オデッセイの車両前面の衝突変形量や歩道上に印象された擦過痕の長さ等を計算式に当てはめて計算すると,オデッセイが道路案内板の支柱に衝突した時点の速度は時速61.1キロメートルであり,歩道上に印象された擦過痕の印象開始時の速度は時速64.1キロメートルであったこと,③両車の衝突状況は,道路縁石方向に対して約8度の角度方向で並進している時のクレスタ右側面とオデッセイ左側面前部の擦過衝突であること,④歩道上に印象された5.0メートルの帯状擦過痕には屈曲点がないことからその間に衝突衝撃が発生した可能性は低く,他方,両車両のドアミラーが衝突する位置関係となるには,オデッセイの右車輪が歩道縁石に完全に乗り上げた状況にあったと考えられることなどからすると,両車両の衝突位置は,オデッセイが歩道の縁石に乗り上げた直後から,歩道上の帯状擦過痕の印象開始地点までの区間のいずれかである可能性が大きい等の結論を導いている。
2 本件鑑定書は,前提となる客観資料の採取や保存方法に問題は認められず,鑑定結果を導き出す推論の過程も矛盾や飛躍等がなく正当である。特に,クレスタとオデッセイのドアミラーの位置関係に照らせば,通常ではドアミラー同士が接触することはあり得ず,本件道路の状況に照らし,オデッセイの右車輪が歩道縁石に乗り上げた状態の時に衝突していた可能性が大きいとの結論は,再現実験も行った上での合理的なものである。
3 以上によれば,両車両は,道路縁石方向に対して約8度の角度で,オデッセイの方がクレスタよりも速い速度で接近並進している時に,クレスタ右側面とオデッセイ左側面前部とが浅く擦過衝突し,歩道縁石にオデッセイが時速約64キロメートルで乗り上げ,同地点付近で,両車両のドアミラー同士が擦過衝突したことが認められる。
4 この点,弁護人は,両車両は,甲45号証添付図面⑤エ地点(ゼブラゾーン内)で衝突した旨主張しているが,本件鑑定に照らし,採用することができない。
第4 丙川供述(甲40,41)及び被告人の公判供述等の信用性の検討
1 丙川供述の信用性の検討
(1) 供述要旨
甲野運転のオデッセイで唐津市内を走行中,クレスタに追尾されていることに気が付いた。私は後部座席から後ろのクレスタの動きを見ていた。オデッセイは,Cホテル前の交差点を減速して右折した。この時私は前を見ていた。オデッセイが右折を終えて車体が直進し始めたくらいの時に,突然オデッセイの右側をクレスタが追い越し,前に飛び出してきた。甲野は,クレスタがオデッセイの前に出た瞬間,加速してクレスタの右側に出た。そして,オデッセイの前がクレスタの右後ろに差し掛かろうとした時,クレスタが急にオデッセイの直前に頭をつっこむようにして進路を塞いできた。オデッセイのフロントガラスを通じて,オデッセイの進路前方に,クレスタの右側面が見え,クレスタが右斜めに割り込んできたように見えた。私は「ぶつかる。」と叫んだ。甲野も「あっ。」と声をあげ,オデッセイが右に進路を変えた。それと同時くらいに,ガスッという音がして,クレスタとオデッセイが接触したように見え,オデッセイの車体が下から突き上げられるような衝撃を感じたので,縁石に乗り上げたのだと思う。乗り上げた角度はけっこう浅かったと思う。ぶつかる直前のオデッセイの速度は時速60キロメートルくらい,クレスタはそれよりもけっこう遅かったので時速40キロメートルくらいだったと思う。
(2) 信用性の検討
丙川供述は,オデッセイとクレスタの走行状況及び衝突状況について,前記前提事実及び第3の認定事実と符合しており,基本的に信用できる。
2 被告人供述の信用性の検討
(1) 被告人の公判供述の要旨
オデッセイが,右側から追い越しをかけてきて,オデッセイの頭がクレスタの前輪付近くらいまで前に出てきた。私は,若干ハンドルを右に切って,クレスタの車体がゼブラゾーンに少しはみ出した。深く考えてはいないが,1回抜いた車にまた抜かれそうになったので,とっさに少しハンドルを切ったのだと思う。相手の車の前に出ようとは思っていなかった。相手が止まってくれればいいとは思った。相手の車にぶつけるつもりや,相手の車を路外に追い出すつもりはなかった。走行しているときには衝突したことは分からなかった。クレスタはゼブラゾーンに少しはみ出た甲45号証添付図面⑤から⑥,⑦へと進行して停車した。オデッセイは同図面エ付近からそのまま斜めに行って道路案内表示板に激突した。
なお,被告人は,捜査段階では,本件発生直前にクレスタで右転把したことを認めていた時期もあったが(乙2),最終的には右転把したことを否認していた(乙5)。
(2) 信用性の検討
被告人の公判供述は,クレスタで右にハンドルを切ったかどうかという点についてあいまいなものである上,被告人の公判供述によれば,クレスタは,本件道路中央部のゼブラゾーンに少しはみ出た程度であって左車線上をほぼ直進していたことになるが,かかる供述内容は,前提事実及び第3の認定事実と符合しない。
以上より,被告人の公判供述は基本的に信用することができない。また,右転把の事実を否定する被告人の捜査段階の供述はもとより信用できない。
第5 争点に対する当裁判所の判断
1 被告人が甲野運転車両の直前に自車を進入させた事実の有無(争点①)及び通行妨害の目的の有無(争点②)について
(1) クレスタ及びオデッセイの各走行状況及び衝突位置等
前提事実,第3の認定事実及び丙川供述によれば,次の事実が認められる。
ア 被告人は,丙川からの嫌がらせを心配した知人女性から頼まれて,同女を丁田宅まで連れ帰った。丁田宅では,丙川から同女にかかってきた電話に丁田が出て丙川をたしなめるなどした。同女宅の様子を見るためにクレスタを運転して丁田宅を出発した被告人は,丙川が乗車したオデッセイを発見し,現在位置等を随時丁田に携帯電話で連絡しながらオデッセイを追尾した。
イ クレスタがオデッセイの追尾を開始してから約15分後,オデッセイがCホテル前の交差点を減速しながら唐津市鏡方面へ右折し,クレスタが交差点を内回りしてオデッセイを右後方から追い越した。
ウ クレスタとオデッセイは片側1車線の本件道路を同市鏡方面へ向けて進行し,オデッセイはクレスタを右側から追い越すために加速して対向車線に進出した。
エ 被告人はオデッセイの追い越しをさせまいとして,オデッセイの前部がクレスタの右後部付近に差し掛かろうとした時,右転把してオデッセイの直前に右斜めに割り込むように自車前部を進入させた。これによりオデッセイの進路は塞がれた形になったため,オデッセイも右転把した。
オ クレスタとオデッセイは,本件道路の進行方向右側の歩道縁石に対して約8度の角度で接近並進し,クレスタの右側面とオデッセイの左側面前部とが擦過衝突し,オデッセイの右前輪が縁石に乗り上げるのとほぼ同時に,両車両のドアミラー同士が擦過衝突した。走行時のオデッセイの速度は時速約60キロメートル,クレスタは時速約40キロメートルであった。
カ オデッセイは乗り上げた歩道上の道路案内板の支柱に衝突して停止した。
(2) 前記(1)の認定事実によれば,被告人はオデッセイの直前にクレスタの前部を進入させたことや,オデッセイに対する通行妨害の目的を有していたことはいずれも明らかである。
これらの点に関する弁護人の主張はいずれも採用できない。
2 そうすると,被告人の本件行為は危険運転致死傷罪の構成要件を充足することになるから,危険運転致死傷罪が成立する。
(法令の適用)
罰条
判示第1の行為のうち
危険運転致死の点
いずれも刑法208条の2第2項前段
(1項前段の致死の場合)
危険運転致傷の点
刑法208条の2第2項前段
(1項前段の致傷の場合)
判示第2の行為につき
道路交通法117条,72条1項前段
科刑上一罪の処理
判示第1の各罪の関係につき,刑法54条1項前段,
10条(一罪として刑の長期及び犯情の点で最も重い乙山に対する危険運転致死罪の刑で処断)
刑種の選択
判示第2の罪につき懲役刑を選択
併合罪の処理
刑法45条前段,47条本文,
10条(刑の長期の点で重い判示第1の罪の刑に法定の加重),刑法47条ただし書
未決勾留日数の算入
刑法21条
訴訟費用の不負担
刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件は,被告人が,普通乗用自動車を運転して被害車両を追尾し,いったん被害車両を追い越した後,被害車両から逆に追い越し返されそうになったため,それを許すまいとして,被害車両の通行を妨害するために,時速約40キロメートルの速度でその進路直前に自車を進入させて著しく接近したことにより,両車両の衝突の危険を感じた被害車両を右転把させ,歩道上に乗り上げさせて同所に設置された道路案内板の支柱に衝突させ,よって,運転席及び助手席に乗車していた被害者2名を死亡させ,後部座席に乗車していた被害者1名に重傷を負わせた危険運転致死傷の事案及び事故発生後に被害者らを救護する措置をとらなかった道路交通法違反の事案である。
被告人は,知人女性とトラブルになっていた被害者が乗車している被害車両を発見し,親交のある暴力団員に電話連絡しながら被害車両を約15分間にわたって追尾し,いったん被害車両を追い越したが,被害車両が対向車線に進出して右後方から逆に追い越し返そうとするのを認めるや,追い越しをさせないため,時速約40キロメートルの速度で自らも対向車線方向に急転把して被害車両の進路直前に自車前部を進入させて著しく接近し,時速約60キロメートルで走行している被害車両と進路右側の歩道方向に向けて並進して擦過衝突し,被害車両を歩道上に乗り上げさせて道路案内板の支柱に激突させたものであり,このような運転態様は交通の安全や法規を全く無視した危険極まりないものである。
被害車両は道路案内板の支柱に激突して大破し,運転席に乗車していた被害者は外傷性肺挫傷の,助手席に乗車していた被害者は心臓破裂の致命傷をそれぞれ負って即死に近い状態で死亡し,後部座席に乗車していた被害者も入院加療約3か月間を要する右肘脱臼骨折,右骨及び腓骨骨折の重傷を負っており,生じた結果は極めて重大かつ悲惨である。幼い子供たちや妻をはじめ,大切な家族を残して突然生命を絶たれた被害者2名の無念さは察するに余りあるもので,遺族の怒り,悲しみは非常に深刻であり,被告人に対して峻烈な処罰感情を抱くのも無理からぬことである。また,重傷を負った被害者も,後遺症により日常生活や仕事に支障が出る不安を抱えており,被告人に対して厳しい処罰を求めている。
このような重大な事故であったにもかかわらず,被告人は偽名で110番通報をしたのみで何ら救護の措置をとることなく逃走し,未だに謝罪や被害弁償などの慰謝に向けた措置を講じていない。クレスタが任意保険に加入していなかったため,被害者らに十分な補償ができず,自賠責保険からの補償がなされたのみである。
これらの情状からすれば,被告人の刑事責任は重い。
他方,本件危険運転致死傷の犯行は,いったんは追い越した被害車両から逆に追い越されそうになったため,とっさに右転把して行った犯行であり,計画性は認められないこと,偽名は用いたものの110番通報は行っていること,相当前に執行猶予付きの懲役刑に処せられた以外の前科を有しないこと,被告人の兄が被告人の更生に協力する旨申し出ていることなど,被告人のために酌むことができる情状も認められる。
そこで,以上の諸情状を総合考慮の上,主文のとおり量刑した。
(裁判長裁判官 若宮利信 裁判官 伊藤ゆう子 裁判官 稲吉彩子)