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佐賀地方裁判所 平成18年(行ウ)6号 判決 2007年10月05日

主文

1  佐賀市長が原告に対し,平成18年7月21日付け佐賀市指令市生第30号で通知した公文書部分公開決定のうち,別紙記載の文書を非公開とした部分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

主文第1項同旨

第2事案の概要

1  事案の要旨

本件は,原告が情報公開条例に基づき,建築物に関する公文書の公開請求をしたところ,佐賀市長はその一部を非公開にする旨の部分公開決定(佐賀市指令市生第30号,以下「本件処分」という。)をしたため,原告が被告に対し,本件処分のうち,別紙記載の文書(以下「本件文書」という。)を非公開とした部分は違法なものであると主張して,その取消しを求めた事案である。

2  争いのない事実等

以下の事実は,当事者間に争いがないか,括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。

(1)  当事者

ア 原告は,松山市に本店を有する,土地建物その他不動産の調査・測量・図面の作成並びに工事の設計・施工・管理及びコンサルタント業等を目的とする資本金2億円の株式会社である(弁論の全趣旨)。

イ 被告は,行政文書の公開を定めた「佐賀市情報公開条例」(甲4,平成17年10月1日条例第19号,以下「本件条例」という。)を制定・施行している地方公共団体である(甲4,弁論の全趣旨)。

(2)  本件条例の定め

本件条例には,被告の公文書の公開に関し,次のような定めがある(甲4)。

1条 この条例は,市政情報の公開を求める市民の権利及び市の保有する公文書の公開に関する必要な事項等について定めることにより,市民の市政に関する知る権利を保障し,市の諸活動について説明する責任が全うされるようにするとともに,市政への市民参加を推進し,信頼を確保し,公正で開かれた市政を実現することを目的とする。

3条 実施機関は,この条例の解釈及び運用に当たっては,公文書の公開を請求する市民の権利を十分尊重するとともに,個人に関する情報をみだりに公開することのないよう,最大限の配慮をしなければならない。

5条 何人も,この条例の定めるところにより,実施機関に対し,公文書の公開の請求(以下「公開請求」という。)をすることができる。

6条 実施機関は,公開請求があったときは,公開請求に係る公文書に次の各号に掲げる情報(以下「非公開情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き,公開請求したもの(以下「公開請求者」という。)に対し,当該公文書を公開しなければならない。

(1)  法令又は条例(以下「法令等」という。)の規定により公開することができないとされている情報

(2)  個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,特定の個人が識別され,若しくは識別され得るもの又は特定の個人を識別することはできないが,公開することにより,なお個人の権利利益を害するおそれのあるもの。ただし,次に掲げる情報を除く。

ア 法令等の規定により,何人も閲覧できるとされている情報

イ 公表することを目的として実施機関が作成し,又は取得した情報

ウ 人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公開することが必要であると認められる情報

エ 公務員等(国家公務員法(昭和22年法律第120号) 2条1項に規定する国家公務員(独立行政法人通則法(平成11年法律第103号) 2条2項に規定する特定独立行政法人及び日本郵政公社の役員及び職員を除く。),独立行政法人等(独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号) 2条1項に規定する独立行政法人等をいう。以下同じ。)の役員及び職員,地方公務員法(昭和25年法律第261号) 2条に規定する地方公務員並びに地方独立行政法人(地方独立行政法人法(平成15年法律第118号) 2条1項に規定する地方独立行政法人をいう。以下同じ。)の役員及び職員をいう。)の職務の遂行に係る情報に含まれる当該公務員等の職及び氏名

オ 実施機関が実施する事務事業であって予算執行を伴うものに係る情報のうち公開することが必要なものとして,実施機関があらかじめ公示した基準に該当するもの

(3)  法人その他の団体(国,独立行政法人等,地方公共団体及び地方独立行政法人を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって,公開することにより,当該法人等又は当該個人の権利,競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがあるもの。ただし,次に掲げる情報を除く。

ア 人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公開することが必要であると認められる情報

イ 実施機関との契約又は当該契約に関し作成された実施機関の支出に係る文書に用いられた氏名又は名称,住所又は事務所若しくは事業所の所在地及び電話番号並びに法人等にあっては,その代表者の氏名

(4)  公開することにより,人の生命,身体又は財産の保護,犯罪の予防及び捜査その他公共の安全及び秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある情報

(5)  市の機関内部若しくは機関相互又は市の機関と国等(国,独立行政法人等,他の地方公共団体,地方独立行政法人及び公共的団体をいう。以下同じ。)の機関との間における審議,検討又は協議に関する情報であって,公開することにより,率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれ,不当に市民の間に混乱を生じさせ,又は特定の者に不当に利益を与え,若しくは不利益を及ぼすと認められるもの

(6)  実施機関又は国等の機関が行う監査,検査,交渉,争訟,試験,人事等の事務事業に関する情報であって,その内容及び性質上,公開することにより,当該事務事業若しくは同種の事務事業に関する関係者との信頼関係が著しく損なわれ,これらの事務事業の実施の目的が著しく失われ,又はこれらの事務事業の公正若しくは円滑な執行に著しい支障を及ぼすおそれのあるもの

7条 実施機関は,公開請求に係る公文書の一部に非公開情報が記録されている場合において,非公開情報が記録されている部分を容易に区分して除くことができるときは,公開請求者に対し,当該部分を除いて当該公文書を公開しなければならない。

10条 5条の公開請求をしようとするものは,次に掲げる事項を記載した請求書(以下「公開請求書」という。)を実施機関に提出しなければならない。

(1)  氏名及び住所(法人その他の団体にあっては,名称,代表者の氏名及び事務所又は事業所の所在地)

(2)  公開請求に係る公文書を特定するために必要な事項

(3)  前2号に掲げるもののほか,実施機関が定める事項

2  実施機関は,公開請求書に形式上不備があると認められるときは,公開請求者に対し,相当の期間を定めて,その補正を求めることができる。この場合において,実施機関は,公開請求者に対し,補正の参考となる情報を提供するよう努めなければならない。

(3) 本件処分

ア  原告は,平成18年7月14日付けで,佐賀市長に対し,本件条例に基づき,建築物の新築届につき,次のとおりの公開請求をした(争いがない)。

(ア) 原則

平成18年4月1日から平成18年6月30日までに届出のあった,住居表示に関する条例に基づく「建築物の新築届」(位置配置図共)

建物の所在を特定する地図(位置配置図)がない場合は,当該建物の住居表示台帳

(イ) 代替請求案1

住居表示新設受付簿と当該建物の住居表示台帳

(ウ) 代替請求案2

住居表示台帳に新設建物を記載した日付がある場合は,当該住居表示台帳のみ

イ  これに対し,佐賀市長は,平成18年7月21日付けで,住居番号設定通知書一覧のうち,「届出人」,「氏名または名称」,及び「設定住所」のうち町(丁目を含む。)を除く街区符号(番地)・住居番号(号),並びに位置配置図を非公開とする旨の決定(佐賀市指令市生第30号)(本件処分)をした(争いがない。)。

(4) 本件訴訟提起

原告は,平成18年9月10日,本件訴訟を提起したが,本件訴訟においては,本件処分のうち,本件文書(以下本件文書に記載された情報を「本件情報」という。)を非公開とした部分のみの取消しを求めている(顕著な事実)。

(5) 本件文書及びそれに関連する文書の概要

ア  建物等新築届

住居表示に関する法律4条に基づく住居番号を付するための手続として,佐賀市住居表示に関する条例3条1項に基づき,提出が求められている。

新築届は,その様式が佐賀市住居表示に関する条例施行規則4条2項に定められており,表面に,届出日,届出人の住所・氏名,(新築物件に居住する者の)氏名又は名称,建物・工作物の種類,届出人の資格,新築の場所(住所のもととなるもの)を記載し,裏面に位置を記入することとされている(甲6,乙1,2)。

また,新築届の提出の際,「位置図」すなわち建物ないしそれが所在する土地の客観的な位置を照合するための資料,並びに,「配置図」すなわち建物の出入り口の位置,及び建物の大まかな形状が記載された図面を添付することが求められている。これら「位置図」及び「配置図」の添付は,法律や条例の規定によるものではなく,適切な住居表示を付するための資料とするため運用上これを求めているものである(乙2,20)。

イ  住居番号設定通知書一覧

新築届の受付順に付した番号(受付番号),新築届の受付日(受付日),新築届の届出人(届出人),新築物件に居住する者の氏名または名称(氏名または名称),住所設定を行った住所(設定住所),住所設定を行った期日(実施期日)が記載されている(甲3)。

住居番号設定通知書一覧の作成は,法律や条令の規定によるものではなく,被告が,住所の設定,変更を円滑に行うための資料とすべく,便宜作成しているものである。

ウ  住居表示台帳

住所表示(何丁目何番何号)の場所を地図として示した文書であり,住所表示のほか,同住所に居住している者の氏名または名称が記載されている(乙3)。住居表示台帳は,住居表示に関する法律9条2項により関係人に公開されている。

エ  建築計画概要書

第1面を含めそのすべてが,「建築物若しくは建築物の敷地の所有者,管理者若しくは占有者又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがないもの」として建築基準法93条の2及び同法施行規則11条の7により定められた文書であり,特定行政庁たる佐賀市長(建築基準法2条32号)は,閲覧の請求があった場合,閲覧させなければならないとされている(以下「建築基準法上の閲覧制度」という。)。

建築計画概要書の第2面には,①地名地番,②住居表示,③都市計画区域の内外の別等,④防火地域,⑤その他の区域,地域,街区,⑥道路,⑦敷地面積,⑧主要用途,⑨工事種別,⑩建築面積,⑪延べ面積,⑫建築物の数,⑬建築物の高さ等,⑭許可,認定等,⑮工事着手予定年月日,⑯工事完了予定年月日,⑰指定特定工程工事終了予定年月日,⑱その他必要な事項,の各欄が設けられ,建築計画概要書の第3面には①付近見取図,②配置図の各欄が設けられており,これらの各欄にはそれぞれ該当する情報が記載される(甲9)。

3  争点及びこれに関する当事者の主張

(1)  本件情報の本件条例6条2号本文所定の情報該当性

〔被告〕

ア 個人情報ないし個人識別情報の該当性

本件情報は,個人識別情報である。なお,法律上他の手続により公開されている情報であるからといって,個人情報ないし個人識別情報であることが否定されるものではない。

一般に,個人識別情報については,その情報のみから直ちに個人を識別できる情報にとどまらず,一般人が一般的な方法で取得可能な情報と照らし合わせて個人が識別可能な情報をも広く含むと解される。

住居番号設定通知書一覧記載の住所は,住居表示実施当時に告示された当初の住所表示状況を表す住居表示台帳(被告の総務課管理の住居表示台帳)記載の住所と異なり,その位置情報に加え,ある地点に建物が建設され,それにどのような住居番号が設定されたかという情報を含むものであり(被告の市民生活課管理の住居表示台帳),その住所の街区符号及び住居番号を公開することは,「住所」の全てを公開してしまうことを意味し,「住所」が全て公開されてしまえば,ゼンリンの住宅地図,電話帳その他一般的な方法で取得可能な情報と照らし合わせることにより,「住所」に誰が居住しているかを容易に判断することが可能になり,それにより個人が識別されてしまう。

位置図についても,概ね上記の市民生活課管理の住居表示台帳の記載内容とほぼ同一の情報を含むから,公開によって,同様に個人が識別されてしまう。

また,配置図(平面図)についても,容易に取得し得る他の資料,例えば,マンションのような場合,表札,郵便受け及び案内板などを調査することにより,居住者の本拠である住まいに関する情報が明らかになるから,個人識別情報に該当すると解される(東京高等裁判所平成3年5月31日判決・判例タイムズ766号109頁参照)。

イ 「公開することにより,なお個人の権利利益を害するおそれのある」情報の該当性

仮に,本件情報が個人識別情報に該当しないとしても,以下のとおり,本件条例6条2項本文の「公開することにより,なお個人の権利利益を害するおそれのある」情報に該当する。

すなわち,原告が請求する本件情報には,客観的な建物の所在位置のみならず,新築建物の住居表示(住所)情報も含まれており,これは,他の情報と照合した場合,容易に個人の氏名及び住所情報を結合した名簿に転化する危険性があるところ,原告のような業者に対し網羅的に新築建物の住居表示情報を公開することを許容してしまえば,住民基本台帳に関し営業目的での情報取得を禁じた趣旨が没却されてしまい,新たな名簿作成の方途を残してしまう恐れが生じ,かかる名簿に基づく建物の改築,リフォーム等に関する訪問販売等による消費者被害,あるいは不当架空請求及びアダルトサイトの(不当)請求の被害が拡大する危険性がある。

また,建物の新築年月日や建物の所在,玄関の位置,道路からの距離等の情報は,プライバシー情報として,他人に知られたくない情報である。

〔原告〕

ア 個人情報ないし個人識別情報該当性について

本件公開条例6条2号は,個人との関係で,その正当な権利利益を保護するために設けられたものである。この趣旨からすれば,同号本文に定める「個人に関する情報」とは,識別される個人に固有の情報をいうのであって,個人の変動とは無関係に定まり,かつ,ほとんど公知であるような情報は,個人の人格的利益やプライバシーとの関係が限りなく薄いものとして「個人に関する情報」に該当しないと解すべきである。

住居番号や地名地番は,所在を示すものとして,土地建物の所有者や居住者の入れ替わりとは無関係に客観的に定まっているものといえる。また,住居表示に関する法律3条3項の告示がされた区域においては,当該区域にある建物その他の工作物の所有者,管理者又は占有者は,見やすい場所に,住居番号を表示しなければならないとされているのであるから(同法8条2項),どこに,どのような住居番号が設定されているかは,知ろうと思えば,誰でも知ることができるものである。そして,住居番号が表示された時期と新築届の日(あるいは,住居番号設定通知の日)とは近接していると思われるから,住居番号がいつごろ設定されたかについても,容易に推測することが可能である。そして,建物を上から見た形については,航空写真から容易に確認することができる。

結局,「いつ,どこに,どのような平面形の建物が建って,どのような住居番号が設定されたか」は,個人の変動とは無関係に定まり,かつ,ほとんど公開されているに近いものとして,特定個人に固有の情報ではないというべきである。

したがって,本件情報は,「個人に関する情報」に該当しない。

そして,本件情報が「個人に関する情報」に該当しない以上,本件情報と登記簿や住宅地図,その他,一般人が通常入手し得る他の情報とを照合すれば,新設にかかる場所の不動産の所有者や居住者等の特定の個人を識別することができるとしても,非公開情報には該当しない。

なお,現に,原告は,多数の自治体に対し,本件情報と同様の情報を内容とする公文書の開示請求をしているが,大半の自治体は開示に応じている。

イ 「公開することにより,なお個人の権利利益を害するおそれのある」情報の該当性について

「公開することにより,なお個人の権利利益を害するおそれのある」情報に該当するためには,当該情報を公開することによって,直接,個人の権利利益を害する関係がなければならないというべきである。

この点,被告が例示する,訪問販売等によって私生活上の平穏を害することなどは,本件情報が公開されることにかかわらず,何らかの形で新築情報を知った,当該訪問販売等をする者によって直接もたらされるものであって,観念的には本件情報と関連性が認められるのかもしれないが,間接的なものにすぎず,本件情報を公開することで直接に生じるものとはいえない。

また,本件情報が公開されることが,リフォーム詐欺やアダルトサイトの架空請求被害につながるなどは,すでに空想の域であり,関連性は皆無というべきである。

以上より,本件情報は,「公開することにより,なお個人の権利利益を害するおそれのある」情報に該当しない。

(2)  本件情報の本件条例6条2号ただし書ア所定の情報該当性

〔原告〕

本件条例6条2号ただし書アは,このような情報は,個人の人格的利益やプライバシーとの関係が希薄となっており,秘匿の必要性が極めて低いことから,例外的に公開すべき旨を定めたものと思われる。

このような趣旨からは,法令等の規定により,閲覧以上に強い態様で公開することが予定されていたり,法令等の解釈・適用の結果として,特段の制限なく閲覧を許すような運用がされていたりする場合には,「法令等の規定により,何人も閲覧できる」場合に準じて,本規定に該当すると解すべきである。

この点,住居番号は,住居表示に関する法律8条2項の規定により,見やすい場所に表示され,知ろうと思えば誰でも知ることができるのであるから,本件情報は,閲覧以上に強い態様で公開することが予定されているといえる。

また,住居表示に関する法律9条2項に定める「関係人」とは,所有者や居住者,その他,当該所在にまつわる権利義務に直接関係する者に限られず,当該地域に居住している者や当該地域で事業を営んでいる者はもちろん,当該地域に居住しようとする者や当該地域で事業を営もうとしている者も含むと解されており,現に住居表示台帳は多くの自治体において,事実上,誰にでも閲覧させる扱いがされている。

したがって,住居表示台帳については,法令の解釈・適用の結果として,特段の制限なく閲覧を許す運用がされているといえる。

結局,本件情報は,「法令等の規定により,何人も閲覧できるとされている情報」に準じて扱われるべきであり,本件条例6条2号ただし書ア所定の情報に該当すると解すべきである。

〔被告〕

住居表示に関する法律3条3項,佐賀市住居表示に関する条例3条4項に基づく,住居番号の関係人に対する通知は,その対象が「関係人」に限定されており,少なくとも法令により何人も閲覧可能なものとはいえない。

なお,同法における「関係人」とは,住居表示を受けることにつき利害を有する者と解すべきところ,原告は少なくともかかる関係人には該当しないものと解される。

また,住民基本台帳の閲覧や住民票の取得についても,不正利用を防止するため,住民基本台帳法11,12条及び佐賀市住民基本台帳の閲覧に関する条例により,その取得は実質上関係人に限定され,原告のように,閲覧により知り得た情報を商業目的で使用するための閲覧については閲覧を拒絶しており,何人も閲覧可能な情報ではない。

加えて,建物の登記に関する事項は公開されているものの,登記は必ずしも現在の権利関係等を明確に示すものではないこと,建物に居住する占有者等の記載は存在しないから,これにより本件情報が全て記載されているとはいえない。

さらに,建築計画概要書の第2面において記載された情報は,あくまで建築計画段階での情報にすぎず,特に住居表示の部分に関しては正式に決まったものではなく,仮に建物が集合住宅などであれば,新築届の提出の際に区分所有建物部分に改めて住居表示が付されることとなる可能性があるなど,建築計画概要書の情報がそのまま新築届,ひいては市民生活課住居表示台帳の記載と合致することになるわけではない。したがって,住居表示情報については,建築計画概要書2面3面にて開示された情報には含まれていないと見るべきであり,あくまで新築届や市民生活課住居表示台帳のみに記載されているものである。また,建築計画概要書はあくまで計画であることから,途中で建物の建築が中止となったり,当初予定と異なる設計となる可能性も否定できない。特に原告が求める新築届の提出日については,建築計画概要書には一切記されていない。

そして,建物に住居番号を掲示すべき義務があることは確かであるが,現実に建物の住居番号を確認できるのは,同建物の所在地に赴くことのできる者に限られるのであって,かかる表示をしているからといって,全国のあらゆる者に対して自己の居住建物の所在を明らかにしていると見ることはできず,新築建物の住居表示番号が閲覧以上に強い態様で公開されているものとみることはできない。

したがって,本件情報は法令等の規定により何人も閲覧可能な情報とはいえない。

(3)  本件情報の本件条例6条2号ただし書ウ所定の情報該当性

〔原告〕

住居番号の設定状況が明らかになっていないと,防災や地域医療,その他,介護,福祉のサービスに著しい支障が生じる。

したがって,本件情報は,「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公開することが必要であると認められる情報」に該当する。

〔被告〕

そもそも,住居番号の設定状況を公開するか否かが,特定の人の生命,財産に影響を与えるとは言えない。また,住居番号の設定については,住居表示に関する法律3条3項に基づき,前記の総務課管理の住居表示台帳記載の住居表示番号が一般に告示されているのであり,原告が主張する限度で必要な情報は既に公開されている。

したがって,本件情報は,「人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公開することが必要であると認められる情報」に該当しない。

(4)  本件条例7条による部分開示の可否

〔被告〕

原告が開示を求める情報のうち,「敷地内における新築建物の配置(玄関の位置を含むが間取りを除く。)」については,どこまでを「間取り」として除いて良いのか(窓の位置や形状などは間取りとなるのか,ポーチや庭園部分などの形状は除くのか)が明確に区別できるものではない。

また,仮に一部開示可能な情報が残ったとしても,その開示のために被告としては「配置図」内の間取りや建物外周等の主要な情報を全て黒塗りする必要が生じ,そのために1枚当たり10分~20分程度の作業を要することになる。

したがって,配置図については,本件条例7条の規定に定める「非公開部分を容易に区別できる場合」に当たるとはいえず,一部公開は認められない。

〔原告〕

被告の上記主張は争う。

(5)  情報公開請求権の濫用の有無

〔被告〕

そもそも,法が情報公開制度を定め,各地方自治体においても情報公開の制度が条例で定められたのは,憲法21条に規定された「知る権利」に由来するものであり,究極的な目的は民主制の過程の不可欠の前提として,行政庁の保有する情報に国民がアクセスし,それを政治的判断の根拠等に用いる点にある。

また,かかる趣旨から情報公開制度においては従前開示に関する手数料は割安に設定され,多くの自治体ではコピー作成費用実費程度の負担金しか求められていない(被告においても一枚10円で行われている)。

原告は,行政の情報を営利の目的で全国的に反復・継続して利用しており,かかる公開請求は情報公開制度の趣旨に反し,個人情報にわたるおそれのある情報の開示を求め,かつ,行政に過度の負担を強いることにより収益を得ているものであるから,原告による本件情報の公開請求は,権利の濫用となり許されない。

〔原告〕

被告の上記主張は争う。

本件条例の規定からして,営利目的で情報公開を請求することや,情報公開を通じて取得した情報を営利目的に利用することは,何ら禁止されておらず,そのことだけを理由に,情報公開請求が権利濫用になることはない。

第3当裁判所の判断

1  本件情報の本件条例6条2号本文所定の情報該当性(争点(1))について

(1)  本件条例6条2号本文に規定する「個人に関する情報」については,

「事業を営む個人の当該事業に関する情報」が除外されている以外には文言上何ら限定されていないことから,広く,思想,宗教,意識,趣味等に関する情報,心身の状況,体力,健康等に関する情報,資格,犯罪歴,学歴等に関する情報,職業,交際関係,生活記録等に関する情報,財産の状況,所得等に関する情報など,個人に関する全ての情報が含まれると解すべきである。

これに対し,原告は,「個人に関する情報」とは,識別される個人に固有の情報をいうのであり,個人の変動とは無関係に定まり,かつ,ほとんど公知であるような情報は,個人の人格的利益やプライバシーとの関係が限りなく薄いから,「個人に関する情報」に該当しない旨主張している。

このような解釈は,不開示の範囲が必要以上に広がらないようにするという観点からは,傾聴に値する見解ではあるが,明らかに文言解釈の域を超えており採用できない。

上記の見解に立って本件をみると,本件情報は,建物の住居表示,建物の位置及び配置等を明らかにするものであり,個人の財産の状況に関する情報といわざるを得ないから,上記の「個人に関する情報」に該当するというべきである。

(2)  次に,本件情報が本件条例6条2号本文の規定する「特定の個人が識別され」「得る」情報,すなわち,「個人識別情報」に該当するか否か検討する。 上記の特定の個人の識別可能性については,当該文書そのものだけでこれが認められるという必要はなく,当該文書における情報の外に,容易に取得し得る他の資料と総合することにより特定個人を識別できる場合をも含むものと解すべきである。

これを本件についてみると,なるほど,本件情報には,所有者等の特定個人の氏名が記載されているわけではないから本件情報そのものだけから特定の個人が識別されることはあり得ない。しかしながら,本件情報は,これと併せて建築基準法上の閲覧制度により閲覧可能な建築主の住所及び氏名等が記載された建築計画概要書の1面や,他で容易に入手できる住宅地図(ゼンリン社のものが広く流布している。),電話帳,登記簿や住居番号に関する法律8条2項に基づく見やすい場所への住居番号の表示,さらには建物に一般的に設置された表札等に記載された情報と照合することにより,特定の個人を識別することができるものというべきである。

したがって,本件情報は,容易に取得し得る他の資料と総合することにより特定の個人を識別することができる情報である。

(3)  そうすると,本件情報は,本件条例6条2号本文所定の情報に該当する。

2  本件情報の本件条例6条2号ただし書ア所定の情報該当性(争点(2))について

(1)  本件情報のうち,住居番号設定通知書一覧のうちの新たに設定した街区符号及び住居番号については,住居表示台帳に記載されているところ,住居表示に関する法律9条2項において住居表示台帳の閲覧は関係人に限定されているから,住居表示に関する法律9条2項を根拠に,本件条例6条2号ただし書アに規定する「法令等の規定により,何人も閲覧できるとされている情報」に該当するということはできない。

しかしながら,住居表示に関する法律8条2項によれば,建物その他の工作物の所有者,管理者又は占有者は,見やすい場所に住居番号を表示しなければならないとされており,当該建物の街区符号及び住居番号の情報は,既に公開されているに近いということができる。

この点,住居番号設定通知書一覧の街区符号及び住居番号が公開されると,住居番号設定通知書一覧の他の記載から,当該住居表示の建物の住居番号を設定した日が特定されることとなるところ,かかる情報までが住居表示に関する法律8条2項の規定により表示されているわけではない。

しかしながら,住居表示を必要とする建物その他の工作物として被告市長が別に定めるものを新築し,又は設けた者は,直ちに上記市長にその旨を届けなければならないこと(佐賀市住居表示に関する条例3条1項),上記市長が別に定めるものは,住家,事務所,店舗,公共施設その他これに類する施設であること(佐賀市住居表示に関する条例施行規則2条),被告市長は,上記届出があったとき,直ちに必要な措置を講じなければならないとされていること(佐賀市住居表示に関する条例3条3項)からすれば,建物の住居番号が設定された日は,当該建物が新築された日に近接した日であると合理的に推測することができる。

そして,建物が新築された日については,建築基準法上の閲覧制度により閲覧可能な,建築計画概要書第2面の⑯工事完了予定年月日,及び,法務局で閲覧できる登記簿の記載から,容易に得られる情報ということができる。

したがって,街区符号及び住居番号を公開することにより,住居番号設定通知書一覧の他の記載から当該住居表示の建物の住居番号が設定された日が特定されたとしても,そもそも建物が新築された日が「法令等の規定により,何人も閲覧できるとされている情報」に該当する以上,これに近接した住居番号を設定した日も既に公開されているに等しいということができる。

(2)  また,新築届に添付された,位置図,配置図については,建築基準法上の閲覧制度により閲覧可能な,建築計画概要書第3面の記載とほぼ同一のものと考えられるから,かかる情報についても「法令等の規定により,何人も閲覧できるとされている情報」に該当するといえる(なお,被告が指摘するとおり,上記はあくまで計画段階のものではあるが,現実にはそのとおり建築されることが大半であろうから,上記のように解釈して差し支えないものというべきである。)。

もっとも,上記建築基準法上の閲覧制度により閲覧可能な建築計画概要書第3面の配置図においては,縮尺,方位,敷地境界線,敷地内における建築物の位置,申請に係る建築物と他の建築物との別並びに敷地の接する道路の位置及び幅員の明示が要請されているにすぎず(建築基準法93条の2,同法施行規則11条の7及び別記第三号様式),また,法務局で閲覧することのできる建物所在図は,各建物の位置及び家屋番号を表示するものであり,地番区域の名称,建物所在図の番号,縮尺,各建物の位置及び家屋番号(区分建物にあっては,当該区分建物が属する一棟の建物の位置)等の記録が要請されているにすぎず,同じく法務局で閲覧することのできる登記簿の附属書類のうち建物図面は,建物の敷地並びにその一階(区分建物にあっては,その地上の最低階)の位置及び形状を明確にするものであり,方位,敷地の地番及びその形状,隣接地の地番並びに附属建物があるときは主たる建物又は附属建物の別及び附属建物の符号を記録することが要請されているにすぎず,さらに同附属書類のうち各階平面図は,各階の別,各階の平面の形状,一階の位置,各階ごとの建物の周囲の長さ,床面積及びその求積方法並びに附属建物があるときは主たる建物又は附属建物の別及び附属建物の符号を記録することが要請されているにすぎず(不動産登記法120条2項・121条2項,同登記令21条1項,同登記規則14条・82条・83条),いずれも建物の玄関の位置及び間取りの記載が法令上要請されていないことから,これらの図面には建物の玄関の位置及び間取りが必ずしも表示されているとは限らない。

しかしながら,プライバシー性の高い「間取り」はともかく,「玄関位置」については,外部から容易に観察し得るのであって,そもそもプライバシー性は極めて希薄である上,実際上,上記図面に記載されていることがほとんどであると考えられるから,「法令等の規定により,何人も閲覧できるとされている情報」に該当すると認めて差し支えないものと解される。

以上より,本件情報のうち,配置図(玄関の位置は含むが間取りは除く。)は,本件条例6条2号ただし書ア所定の「法令等の規定により,何人も閲覧できるとされている情報」に該当するというべきである。

(3)  以上によれば,本件情報は,本件条例6条ただし書ア所定の「法令等の規定により,何人も閲覧できるとされている情報」ないしこれに準じた情報であるというべきである。

(4)  これに対し,被告は,本件条例6条2号ただし書ア所定の情報該当性について厳格な解釈をし,本件情報は,厳密には,「法令等の規定により,何人も閲覧できるとされている情報」に該当しない旨主張している。

本件条例は,その3条の規定から明らかなように,解釈及び運用に当たっては,公開請求権とプライバシー権の双方に配慮する必要があり,その一方に偏してはならないのはいうまでもない。

ところで,情報公開条例の立法例としては,本件条例のように個人識別情報を広く公開の例外として規定する方式と,個人識別情報のうち他人に開示されたくないと望むのが正当であるものに限って非公開として規定する方式とに分かれている。後者の立法例の場合には,非公開情報の判断の際に実質的なプライバシー侵害の可能性等が斟酌されるが,本件条例のような個人識別情報を広く非公開とする条例の場合は,非公開情報が広くなりすぎるため,さらに本件条例6条2号ただし書のような例外事由を設けているのである。

そうすると,「法令等の規定により,何人も閲覧できるとされている情報」に該当するか否かの判断に当たっては,上記で判断したとおり,実質的なプライバシー侵害の有無も斟酌して,実質的かつ柔軟に解釈するのが相当であって,被告のように,当該規定まで厳格に解釈することは公開請求権を不当に制限する結果になり,本件条例の趣旨に反し妥当ではない。

なお,本件情報は,結局,新築建物がいつどこに建てられたかという情報にすぎないところ,当該情報自体,いずれも外部から観察し得るものであり,その点からもプライバシー性は希薄である。そして,証拠(甲8の1の1~8の166の2)によれば,全国の多数の自治体は,本件情報とほぼ同旨の情報が記載された文書を情報公開条例に基づいて開示していることが認められ,この点からも,本件情報が実質的に個人のプライバシーを侵害する可能性の低い情報であることが推察される。

3  本件条例7条による部分開示の可否(争点(4))について

情報公開制度の意義や重要性にかんがみれば,公文書の公開を最大限に実現するため,公開請求に係る公文書の一部に不開示情報が含まれている場合であっても,当然に当該公文書全体を不開示とすべきではなく,他に開示可能な情報が存在する場合には,原則として,当該部分を開示すべきであり,本件条例7条も,上記のような趣旨に基づき,公文書の部分公開について規定したものと理解することができる。

このような本件条例7条の趣旨からすれば,個人情報等が記載されている部分を「容易に区分して除くことができるとき」に該当するか否かについては,あくまで技術的な観点から客観的に決すべきである。

とりわけ,大量の文書について公開請求がある場合,当該文書に大量の個人情報が含まれているために,個人情報とそれ以外とを区別し,分離することが技術的に容易であっても,作業に多大な時間と労力を要する場合があることは容易に想定し得るものの,このような多大な時間と労力を要するという事情については,被告内部の事務処理態勢や機器の設備状況等といった事由により大きく左右される不明確なものである上,その努力により対処し得るものであるから,上記事情は,公開のために時間を要する理由となり得ることはあっても,「容易に区分して除くことができるとき」に該当しないとする根拠とはならないと解するのが相当である。

これを本件についてみると,本件情報のうち,住居番号設定通知書一覧中,街区符号及び住居番号その他の公開情報から,届出人及び氏名または名称の非公開情報部分を除外することは技術的に極めて容易であり,また,配置図について,非公開情報部分に当たる間取り部分を除外することについても,客観的にみて技術的な困難があるとは認められない以上,本件条例7条が規定する「容易に区分して除くことができるとき」に該当すると解すべきであり,仮にこの除外作業に多大な時間と労力を要するからといって,それだけでは同条の該当性を否定することができないことは,上に述べたところから明らかである。なお,被告は,「間取り」の概念も不明確である旨主張しているが,一般に「間取り」とは「部屋の配置」をいうのであり,ことさら不明確な概念とも認め難く,被告の上記主張も採用できない。

4  情報公開請求権の濫用の有無(争点(5))について

なるほど,本件のような情報公開請求が直接的には本件条例の目的(1条参照)に合致したものでないことは明らかであるが,他方,本件条例には,情報開示請求によって取得された情報の使用,ひいては,その前提となる情報開示の請求の目的を制限する規定は設けられておらず,本件条例5条は,市民だけではなく,すべての人に公開請求権を与え,本件条例14条が,公文書の写しの交付を受けようとするものに対する費用負担について定め,この限度において実施機関の経済的負担について考慮していることからすれば,本件条例は,情報公開請求が営利目的でされることのみを理由に公開請求を行うことを禁止しているとは到底認め難く,したがって,その目的が営利目的であることだけを理由に当該情報公開請求が権利の濫用に当たるということはできない。

そして,本件全証拠によっても,本件公開請求が,公開された文書を不当・違法に使用する意図を有しているとか,被告の業務に著しい支障を来すことを意図されたものである等,原告が情報公開請求権を濫用したと認めるに足りる特段の事情は認められない。

したがって,本件公開請求を公開請求権の濫用と評価することはできないというべきである。

5  結論

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,被告市長のした本件処分のうち,本件文書を非公開とした部分は,本件条例の解釈を誤ったものであって違法であるから,取消しを免れない。

よって,原告の本訴請求は全部理由があるから,認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神山隆一 裁判官 田中芳樹 裁判官 内山裕史)

別紙

1 住居番号設定通知書一覧のうち,新たに設定した住所の街区符号並びに住居番号

2 建築物の新築届(位置配置図とも)のうち,新たに住所が設定された建物の新築届に添付された図面のうち,以下の部分

(1) 位置図(周辺の案内図)のうち以下の部分

イ 方位

ロ 縮尺

ハ 道路

ニ 新設建物がある敷地の位置

(2) 配置図のうち以下の部分

イ 方位

ロ 縮尺

ハ 敷地内における新設建物の配置(玄関の位置は含むが間取りは除く。)

以上

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