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佐賀地方裁判所 平成20年(行ク)2号 決定 2008年12月01日

本案 平成20年(行ク)第9号 処分差止請求事件

主文

1  本件申立てをいずれも却下する。

2  申立費用は申立人の負担とする。

理由

第1申立ての趣旨及び理由

別紙記載のとおりである。

第2当裁判所の判断

1  前提事実

本件疎明資料によれば,以下の各事実が一応認められる。

(1)  当事者

ア 申立人は,介護保険法(以下「法」という。)による居宅介護支援事業等を営むことを目的とする特例有限会社である。

イ 相手方は,佐賀市その他の市町で組織され,地方自治法252条の17の2に基づいた佐賀県事務処理の特例に関する条例2条に基づき,介護事業所の指定,指定取消等を行う権限を有している特別地方公共団体のうちの広域連合である。

(2)  申立人の営む介護支援事業等

ア 申立人は,佐賀県又は相手方から,平成16年から平成18年にかけて,法41条1項の規定による①指定居宅サービス事業者(○長寿○号,○総○号,○総○号),②指定居宅介護支援事業者(○総○号)の指定を受け,平成18年に,法53条1項の規定による③指定介護予防サービス事業者(○総○号,○総○号,○総○号)の指定を受けた。

イ 申立人は,佐賀市αにおいて,①指定通所介護事業所・指定介護予防サービス事業所A(以下「A」という。)を開設して,日帰りの通所介護サービスを提供しており,同施設の建物内には,法の適用のない宅老所である有料老人ホームBを併設しており,Aの利用者が同所に居住している。

申立人は,佐賀市βにおいて,②指定通所介護事業所・指定介護予防サービス事業所C(以下「C」という。)を開設して,日帰りの通所介護サービスを提供しており,同施設の建物内には,③指定居宅介護支援事業所D(以下「D」という。),④指定特定施設E(以下「E」という。)のほか,法の適用のない宅老所である有料老人ホームFを併設している。

(3)  本件申立てに至る経緯

ア 相手方は,平成20年7月1日付けで,申立人に対し,要旨下記の内容の聴聞(以下「本件聴聞」という。)を実施する旨通知した。

(ア) 予定されている不利益処分(以下全体を「本件処分」という。)の内容

① Aにおいて,法41条1項の規定による指定居宅サービス事業者の指定(○総○号)の取消し及び法53条1項の規定による指定介護予防サービス事業者の指定(○総○号)の取消し

② Dにおいて,法46条1項の規定による指定居宅介護支援事業者の指定(○総○号)の取消し

③ Cにおいて,法41条1項の規定による指定居宅サービス事業者の指定(○総○号)の取消し及び法53条1項の規定による指定介護予防サービス事業者の指定(○総○号)の取消し

④ Eにおいて,法41条1項の規定による指定居宅サービス事業者の指定(○長寿○号)の取消し及び法53条1項の規定による指定介護予防サービス事業者の指定(○総○号)の取消し

(イ) 聴聞の期日  平成20年7月9日午後3時(後に同年7月22日に変更された。)

(ウ) 聴聞の主宰者  相手方事務局長 G

イ 相手方は,平成20年7月22日及び同年8月11日,申立人に対し,本件聴聞を実施し,同日,本件聴聞を終結した。

(4)  本案訴訟の提起と本件申立て

申立人は,平成20年8月22日,当庁に本件処分の差止めを求める本案訴訟(当庁平成▲年(行ウ)第▲号)を提起し,同日,本件処分の仮の差止めを求める本件申立てをした。

2  判断

(1)  本案訴訟の適法性について

ア 処分のがい然性について

(ア) 仮の差止めの申立てが適法であるためには,本案訴訟である差止めの訴えが適法な訴えとして提起されていることが必要であると解されるところ,差止めの訴えの訴訟要件として,行政庁が一定の処分又は裁決をするがい然性が認められることが必要であると解される。

(イ) これを本件についてみるに,本件処分のうち,A及びDに関する処分については,処分の前提となる聴聞手続が終結しており,相手方が当該処分をするがい然性が認められるが,C及びEに関する処分については,相手方が,本件申立ての審理において,当該処分を行う予定はない旨明確に主張していることからすれば,相手方が当該処分をするがい然性は直ちに認められず,他にこれを認めるに足りる的確な疎明はない。

(ウ) したがって,本案訴訟のうち,C及びEに関する処分の差止めを求める部分は,処分のがい然性を欠く不適法な訴えというほかないから,本件申立てのうち当該部分に関する申立ても,本案訴訟としての適法な差止めの訴えの提起を欠き,不適法である。

イ 処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれについて

行訴法37条の4第1項は,差止めの訴えは,一定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合に限り,提起することができる旨規定しているから,同要件の検討も必要であるが,本件申立ては,仮の差止めを求めるものであるから,同法37条の5第2項の「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」の要件を充足する必要があり,同要件は,上記の同法37条の4第1項の要件より加重されているから,本件においては,同法37条の4第1項の要件の判断はひとまず措き,まず同法37条の5第2項の要件を先に判断することとする。

(2)  償うことのできない損害を避けるため緊急の必要の要件について

ア 行訴法37条の5第2項が「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があることを要求している趣旨は,処分の仮の差止めが,具体的な行政処分がされる前にされるものであり,しかも,処分の差止めの訴えに係る本案判決の前に,裁判所が仮に行政庁が具体的な処分をすべきでないことを命ずる裁判であり,本案訴訟の結果と同じ内容を仮の裁判で実現するものであることから,そのような救済に相応しい高度の緊急性を要求したものであると解される。

このような趣旨からすれば,「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があるといえるためには,ひとたび違法な処分がされてしまえば,当該私人の法律上保護された利益が侵害され,その侵害を回復するに後の金銭賠償によることが不可能であるか,これによることが著しく不相当と認められることが必要であり,損害を回復するために金銭賠償によることが不相当でない場合や,当該損害がその処分又は裁決の取消しの訴えを提起して行訴法25条2項に基づく執行停止を受けることにより避けることができるような性質・程度のものであるときは,上記緊急の必要性は認められないというべきである。

イ そこで,以上の観点から,A及びDに関する処分について,申立人に上記の意味における「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要」があるといえるかどうかを検討する。

(ア) Aに関する処分がされると,同事業所が行っている日帰り通所サービス事業ができなくなるが,法の適用のない宅老所である「有料老人ホームB」自体の営業ができなくなるものではないから,同所の入所者が施設から直ちに退去を余儀なくされるものではないし,本件の審理において,相手方が,取消処分には数か月の猶予期間を設ける予定である旨主張していることからすれば,猶予期間のうちに,近隣地区における同様の事業所の利用に移行することが不可能であるとまでは認め難い。

(イ) Dに関する処分がされると,申立人におけるケアプランの作成,給付管理票の作成等の居宅介護支援事業自体が困難になるが,法の適用のない宅老所である「有料老人ホームF」自体の営業ができなくなるものではないから,同所の入所者が施設から直ちに退去を余儀なくされるものではないし,CやEの事業自体ができなくなるものでもない。また本件の審理において,相手方が,取消処分には数か月の猶予期間を設ける予定である旨主張していることからすれば,猶予期間のうちに,近隣地区における居宅介護支援事業の事業所の利用に移行することが不可能であるとまでは認め難い。

(ウ) 申立人においては,相手方から上記処分がされた後であっても,それが認容されるかどうかはともかく,同処分の取消し又は無効確認を求める訴えを提起するとともに,同処分について執行停止の申立てをする手続も保障されている(行訴法25条,38条3項)。

ウ 以上の諸事情を総合考慮すると,A及びDに関する処分がされることにより申立人が被る損害は,当該処分の取消しの訴えを提起して行訴法25条2項に基づく執行停止を受けることにより避けることのできるような性質,程度のものであるといわざるを得ない。

もっとも,上記処分がされることにより申立人に生じるおそれのある社会的評価ないし信用の低下による損害は,その性質上,必ずしも上記処分の取消しの訴えを提起して執行停止を受けることにより避けることのできる損害とはいえないが,金銭賠償による回復が不可能である損害とまでは認め難いというべきである。

さらに,申立人における前記事業内容からすると,上記処分がされたとしても,上記処分の取消しの訴えを提起して執行停止を受けるまでの間に,直ちに経営上重大な損害が生じるおそれがあるとも認め難い。

エ したがって,本件申立てのうち,A及びDに関する処分についての部分は,行訴法37条の5第2項にいう「償うことのできない損害を避けるための緊急の必要」の要件を欠き,理由がない。

(3)  結論

以上によれば,本件申立ては,その余の要件について検討するまでもなく,いずれも不適法ないし理由がないから,これを却下することとする。

よって,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 神山隆一 裁判官 一木文智 裁判官 内山裕史)

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