佐賀地方裁判所 平成20年(行ク)3号 決定 2009年1月19日
(本案・平成20年(行ウ)第9号 処分差止請求事件)
主文
1 相手方が申立人に対し平成20年12月9日付けでした,Aについて,指定居宅サービス事業者及び指定介護予防サービス事業者の指定を平成21年3月31日をもって取り消す旨の処分の効力は,本案に関する第1審判決の言渡しがあるまで停止する。
2 相手方が申立人に対し平成20年12月9日付けでした,Bについて,指定居宅介護支援事業者の指定を平成21年3月31日をもって取り消す旨の処分の効力は,本案に関する第1審判決の言渡しがあるまで停止する。
3 申立費用は相手方の負担とする。
理由
第1申立ての趣旨
主文第1,2項同旨(なお,申立書の「申立の趣旨」に「処分の執行」とあるのは,「処分の効力」の明らかな誤記と認める。)。
第2申立ての理由
別紙1記載のとおりである。
第3相手方の意見
別紙2記載のとおりである。
第4当裁判所の判断
1 前提事実
本件疎明資料によれば,以下の各事実が一応認められる。
(1) 当事者
ア 申立人は,介護保険法(以下「法」という。)による居宅介護支援事業等を営むことを目的とする特例有限会社である。
イ 相手方は,佐賀市その他の市町で組織され,地方自治法252条の17の2に基づいた佐賀県事務処理の特例に関する条例2条に基づき,介護事業所の指定,指定取消等を行う権限を有している特別地方公共団体のうちの広域連合である。
(2) 申立人の営む介護支援事業等
ア 申立人は,佐賀県又は相手方から,平成16年から平成18年にかけて,法41条1項の規定による①指定居宅サービス事業者(16長寿190号,17総2号,18総238号),②指定居宅介護支援事業者(17総3号)の指定を受け,平成18年に,法53条1項の規定による③指定介護予防サービス事業者(18総88号,18総179号,18総239号)の指定を受けた。
イ 申立人は,佐賀市ab丁目において,①指定通所介護事業所・指定介護予防サービス事業所A(以下「A」という。)を開設して,日帰りの通所介護サービスを提供しており,同施設の建物内には,法の適用のない宅老所であるCを併設しており,Aの利用者が同所に居住している。
申立人は,佐賀市c町において,②指定通所介護事業所・指定介護予防サービス事業所D(以下「D」という。)を開設して,日帰りの通所介護サービスを提供しており,同施設の建物内には,③指定居宅介護支援事業所B(以下「B」という。),④指定特定施設E(以下「E」という。)のほか,法の適用のない宅老所であるFを併設している。
ウ 申立人が開設している前記各施設の平成20年10月20日現在の利用者数は,Aが10名,Dが22名,Bが60名,Eが19名,Cが6名である(甲41)。
また,前記各施設の平成20年10月20日現在の職員数は,Aが8名,Dが9名,Bが2名,Eが17名,Cが7名である(甲42)。
エ 申立人は,佐賀県国民健康保険団体連合会から,平成20年10月分の介護給付費として,1018万4626円の支払を受け,そのうち,Aが実施した介護サービスに対するものが185万3554円,その他の介護事業所が実施した介護サービスに対するものが833万1072円である(甲18の1・2,40の1)。
(3) 本件申立てに至る経緯
ア 相手方は,平成20年7月1日付けで,申立人に対し,要旨下記の内容の聴聞(以下「本件聴聞」という。)を実施する旨通知した。
(ア) 予定されている不利益処分(以下全体を「本件不利益処分」という。)の内容
① Aにおいて,法41条1項の規定による指定居宅サービス事業者の指定(18総238号)の取消し及び法53条1項の規定による指定介護予防サービス事業者の指定(18総239号)の取消し
② Bにおいて,法46条1項の規定による指定居宅介護支援事業者の指定(17総3号)の取消し
③ Dにおいて,法41条1項の規定による指定居宅サービス事業者の指定(17総2号)の取消し及び法53条1項の規定による指定介護予防サービス事業者の指定(18総179号)の取消し
④ Eにおいて,法41条1項の規定による指定居宅サービス事業者の指定(16長寿190号)の取消し及び法53条1項の規定による指定介護予防サービス事業者の指定(18総88号)の取消し
(イ) 聴聞の期日 平成20年7月9日午後3時(後に同年7月22日に変更された。)
(ウ) 聴聞の主宰者 相手方事務局長 G
イ 相手方は,平成20年7月22日及び同年8月11日,申立人に対し,本件聴聞を実施し,同日,本件聴聞を終結した。
(4) 本案訴訟の提起と本件申立て
ア 申立人は,平成20年8月22日,当庁に本件不利益処分の差止めを求める本案訴訟(当庁平成20年(行ウ)第9号)を提起し,同日,本件不利益処分の仮の差止めを求める申立てをした。
イ 当裁判所は,平成20年12月1日,上記仮の差止めを求める申立てを却下する決定をした。
ウ 相手方は,申立人に対し,平成20年12月9日付けで,平成21年3月31日をもって,①Aについて,法41条1項の規定による指定居宅サービス事業者の指定(18総238号)の取消し及び法53条1項の規定による指定介護予防サービス事業者の指定(18総239号)の取消し,②Bについて,法46条1項の規定による指定居宅介護支援事業者の指定(17総3号)の取消しを行う旨の各処分(以下併せて「本件処分」という。)を行った。
エ 申立人は,平成20年12月15日,本件申立てをするとともに,同月19日,本案訴訟口頭弁論期日において,上記本案訴訟を,本件処分の取消しを求める訴えに変更した。
2 判断
(1) 「重大な損害を避けるため緊急の必要」の要件(行訴法25条2項)について
ア 本件処分は,前記のとおり,平成21年3月31日をもって,①Aにおける指定居宅サービス事業者の指定の取消し,②Aにおける指定介護予防サービス事業者の指定の取消し,③Bにおける指定居宅介護支援事業者の指定の取消しを行うものである。
したがって,申立人に対する,①Dにおける指定居宅サービス事業者の指定,②Dにおける指定介護予防サービス事業者の指定,③Eにおける指定居宅サービス事業者の指定,④Eにおける指定介護予防サービス事業者の指定は,本件処分により直ちに取り消されるものではないが,本件処分により,本件処分がされた事業所の事業を行う申立人が行う他の事業所も指定更新の要件を欠くことになるから,Dについては,指定期間である,平成23年4月30日以降,Eについては,同年2月6日以降,それぞれ指定の更新がされないこととなる(相手方の意見参照)。
イ Aに関する本件処分がされると,同事業所が行っている日帰り通所サービス事業ができなくなるが,法の適用のない宅老所である「C」自体の営業ができなくなるものではなく,近隣地区における同様の事業所の利用を行うことは物理的には可能である。
また,Bに関する本件処分がされると,申立人におけるケアプランの作成,給付管理票の作成等の居宅介護支援事業自体が困難になるが,法の適用のない宅老所であるF自体の営業ができなくなるものではなく,上記の指定更新時期までは,DやEの事業自体ができなくなるものでもなく,近隣地区における居宅介護支援事業の事業所の利用を行うことは物理的には可能である。
しかしながら,Bに関する本件処分がされることにより,前記のとおり,申立人全体におけるケアプランの作成,給付管理票の作成等の居宅介護支援事業自体が困難になり,近隣地区における居宅介護支援事業の事業所の利用を余儀なくされることにより,経費が相当増大することが容易に推認できる。また,申立人の事業規模,事業内容からすると,法の適用のある上記各事業相互間及びこれらと法の適用のない有料老人ホーム事業とは,密接な関連を有していることが窺えるから,本件処分がされることにより,処分対象施設であるAの日帰り通所サービス事業ができなくなるだけではなく,有料老人ホーム「H」の入所者に対する介護サービスの内容・程度も大きく影響を受けることにより,同ホームの入所者が減少するなどの影響が生じる蓋然性が高い。さらに,DやEの事業も直ちにできなくなるわけではないが,指定の更新がされないことが利用者に知られることにより,同事業の利用者が減少するだけではなく,Fの入所者に対する介護サービスの内容・程度も大きく影響を受けることが知られることになり,Fに入所者が減少するなどの影響が生じる蓋然性も高い。このようにして,本案の第1審判決の言渡しまでに,申立人の事業全体が破綻し,事業所が閉鎖の事態に至ることも推認するに難くないものというべきである。
そして,一旦申立人の事業が破綻して上記事業所が閉鎖されることになれば,利用者は,当然に他の事業者の事業所を利用することとなり,仮に本案の第1審判決によって本件処分が取り消されたとしても,相手方が,利用者を再び獲得することが困難となることは必定である。
以上によれば,本件処分は,申立人の全ての事業所に関する指定の取消しではなく,しかも効力の発生までに4か月近くの猶予期間が設けられているとはいえ,これがされることによる影響の程度は,本案の第1審判決の言渡しまでに,単に申立人の収入額が一部減少する程度にとどまるものではなく,上記のとおり,事業全体が,経済的な破綻にまで至るものである。
そうすると,本件処分により,事業の継続という独立した利益が失われることになり,これは金銭によっては完全には償うことは困難であるというべきであるから,このような損害の回復の困難の程度,損害の性質及び程度並びに本件処分の内容及び性質を勘案すると,本件においては,行訴法25条2項の「重大な損害を避けるため緊急の必要」があるものと認めるのが相当である。
(2) 「公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれ」の要件(行訴法25条4項)について
本件処分の効力を停止することが本件処分の理由となった申立人の法令違反の行為を是認することにはならないし,本件処分の理由が,介護サービスを実施していないにもかかわらず(実施したかのように装って),不正な介護報酬の請求及び受領を行った,ないし,これに加担したというものであり,介護の行い方が不適切であるとか,必要な介護の実施を怠ったなどという,利用者の生活の安全や健康状態に影響を与える性質のものではない以上,上記事業所が,本案に関する第1審判決の言渡しがあるまで介護サービスを提供するとしても,利用者の生活の安全や健康状態に重大な支障をもたらすおそれがあるとは認められない。また,係争中に,申立人が,あえて再び不正請求を行う可能性は乏しい。
以上のような点を考慮すれば,介護サービス事業者である申立人が本件処分の効力停止期間中,上記事業所で介護サービスを提供することにより,直ちに公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとは認め難く,他にこれを認めるに足りる疎明もない。
(3) 「本案について理由がないとみえるとき」の要件(行訴法25条4項)について
ところで,本来,本案について理由があるか否かは,本案訴訟において,主張・立証が尽くされた上慎重に判断されるべき事柄であることはいうまでもない。
したがって,行訴法25条4項の上記要件は,相手方において本件処分の適法要件の具備を疎明した場合に限られるものというべきである。
これを本件についてみると,申立人は,不正な介護報酬の請求及び受領を行ったとの事実認定には誤りがあると主張して本件処分の適法要件を争っている上,実際に介護サービスが実施されたか否かについては,記載漏れや誤記の可能性もあるし,その額も50万円程度にすぎない(申立人の年間介護報酬請求額は約1億2000万円である。)ことを考慮すると,少なくとも,現時点においては,本件処分が行政裁量権を逸脱したと判断される余地がないとまではいえず,本案の第1審の審理の結果を待つべきであるから,いまだ本案について理由がないとの疎明がされたとはいえない。
(4) 結論
以上によれば,本件申立ては,理由があるから,これを認容することとする。
よって,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 神山隆一 裁判官 一木文智 裁判官 内山裕史)