佐賀地方裁判所 平成3年(行ウ)5号 判決 1998年3月20日
原告
中村勝彦
外一二四名
右原告ら訴訟代理人弁護士
宮原貞喜
同
河西龍太郎
同
本多俊之
同
松田安正
同
中村健一
被告
唐津港港湾管理者の長
佐賀県知事
井本勇
右訴訟代理人弁護士
安永宏
右指定代理人
田川直之
外一二名
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 原告らの請求
被告が平成三年三月七日付けで佐賀県に対してした別紙埋立区域記載の公有水面埋立を免許する旨の処分はこれを取り消す。
第二 事案の概要
本件は、被告が平成三年三月七日付けで佐賀県に対してした別紙埋立区域記載の公有水面埋立を免許する旨の処分(以下、右埋立を「本件埋立」といい、右処分を「本件埋立免許処分という。)が違法であるとして、周辺に居住する住民などの原告らがその取消しを求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 当事者
(一) 原告らは、いずれも佐賀県唐津市及び佐賀県に居住する者である。
(二) 原告のうち、原告吉田久之、同坂口登及び同稲葉和廣は、佐賀県唐津市佐志浜町地先の別紙埋立区域記載の埋立区域(以下「本件埋立地」という。)を含む海域において松共第五号共同漁業権(甲三四)及びワカメ養殖業を内容とする特定区画漁業権たる松区第一二〇三号区画漁業権(甲三五)を、本件埋立地の周辺において松区第一三〇三号区画漁業権(甲三六)を有する唐房漁業協同組合(以下「唐房漁協」という。)の組合員であり(乙七の1)、松区第一三〇三号区画漁業権に基づくとして、本件埋立地から約一五〇メートル離れた場所で鯛の養殖を現に営んでいる者である(甲一一三、原告本人吉田久之の供述)。
(三) 原告のうち、原告熊本光佑、同熊本幸代、同髙田拓実、同髙田みず枝、同原田真佐子、同原田照雄、同宮﨑盛夫、同織田勉、同織田香代子、同西村キミエ、同三ツ井紘子、同山﨑久美子、同山﨑雅敏、同宮﨑久美子(ただし、別紙当事者目録の番号17)、同宮﨑義晴、同日髙又助、同中村英世、同中村玲子、同岸田六郎、同岸田メヅル、同熊本慎介、同熊本千江子、同熊本ちさ子は、本件埋立地周辺の佐賀県唐津市佐志浜町あるいは同市佐志中通りに居住し、各家屋から生活雑排水や雨水を排出している者であり(弁論の全趣旨)、原告中山博は、同市佐志中通り所在の、本件埋立地に接する海岸護岸壁に至る排水管をもつ建物を所有する者である(以下、右原告ら二四名を「原告熊本光佑ら二四名」という。)。
(四) 被告は、唐津港港湾管理者の長であって、港湾法五八条二項に基づき、本件埋立に関し、公有水面埋立法による免許の権限を有する者である(弁論の全趣旨)。
2 本件処分に至る経緯及び本件処分
(一) 佐賀県唐津市は、昭和六一年三月、唐津市総合計画を策定して、生活環境・都市基盤の整備を重点的に取り組むこととし(甲四)、唐津港港湾管理者は、昭和六三年八月、唐津港港湾計画を改訂し、円滑な交通を確保するため臨港交通大系の充実を図り、また、地域環境の保全を図るため佐志地区において廃棄物処理用地を確保するなどの基本方針を立てた(甲五、六、乙一三ないし一六)。さらに、佐賀県は、同年一一月、佐賀県長期構想を策定して、港湾・住宅・都市計画道路等の整備を積極的に進めることとしたが(乙一二)、これらを背景に、都市開発に伴う家屋の移転用地としての住宅関連用地、レクリエーション空間としての緑地及び物資の円滑な輸送を図るための臨港道路用地を確保するため、唐津港佐志地区地先の海域を埋立てることを計画した(甲二二、乙一)。
(二) 佐賀県は、平成元年五月一日、唐房漁協に対し、本件埋立地に設定された松共第五号共同漁業権及び松区第一二〇三号区画漁業権の変更、すなわち右漁業権につき本件埋立地に係る部分を消滅させること、及び本件埋立に対する同意を要請した。
唐房漁協は、右要請を受け、水産業協同組合法四八条一項及び五〇条の規定に基づき、平成二年五月一九日に開催された平成二年度(第四一期)通常総会において、組合員二一五名のうち一九八名の無記名投票の結果、賛成一五七票、反対三七票、無効四票、出席者三分の二以上の賛成をもって、右漁業権に係る漁場の区域から本件埋立地の公有水面を除く旨の漁業権の変更を決議した(以下「本件漁業権放棄決議」という。)(甲一、乙七の4)。
右決議に基づき、唐房漁協は、平成二年七月三〇日、本件埋立に同意した(乙七の3)。
(三) 他方、佐賀県は、現地調査を行って本件埋立地の公有水面に直接出ている排水管を確認し、当該排水管の所有者を公有水面埋立法五条四号に規定する慣習排水権者として推定して、本件埋立についての同意書を、(1)道路管理者としての佐賀県知事から平成二年八月七日に(乙七の5)、(2)海岸管理者としての佐賀県知事から同年七月三〇日に(乙七の6)、(3)下水溝管理者の唐津市長から同年八月七日に(乙七の7)、(4)宮嵜正彦から同年七月二七日に(乙七の8)、(5)原告宮﨑盛夫から同日に(乙七の9)、それぞれ取った。
(四) 以上の経緯を経て、佐賀県は、公有水面埋立法二条二項に基づき、平成二年八月一〇日、被告に対し、本件埋立の免許を出願した。出願を受理した被告は、同法三条一項の規定に基づき、地元唐津市長の意見を徴するなどしたうえ(乙三の2、3)、同年一一月二八日、同法施行令三二条に基づき、運輸大臣に対し、本件埋立の免許に係る認可申請を行い(乙一)、平成三年三月六日、運輸大臣の認可を受け(乙一〇)、同月七日、同法二条一項に基づき、佐賀県に対し、本件埋立免許処分をなし(乙一一)、同月二二日、同法一一条に基づき、佐賀県告示第一六九号をもって右処分を告示した。
(五) 本件埋立免許処分を受けた佐賀県は、平成三年五月一四日、本件埋立工事に着工した(乙一九)。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
1 原告らが、本件埋立免許処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有する者(行政事件訴訟法九条)に該当するか否か。
(原告らの主張)
(一) 取消訴訟の法律上の利益の判断基準・その1
国民主権と民主主義、基本的人権の尊重、法律による行政の原理の要請、司法権の優位といった憲法の下においては、原告適格の拡大によって取消訴訟を客観訴訟化し、その行政統制機能を強化することが公権力に対する人民の適正な地位の保障を実効ならしめ、人権尊重ならびに民主国家、社会(福祉)国家、裁判国家の精神に即応する。したがって、当該行政処分によって許認可が与えられた事実行為により、保護ないし法的救済に値するような実質的な不利益を受け又は受けるおそれがあるとき、すなわち、行政庁の違法な処分によって環境の破壊ないし汚染が生じ又は生じるおそれがあるときは、これによる悪環境を受ける住民にはそれがなお具体的被害といえなくても、処分の違法を争って取消訴訟を提訴する「法律上の利益」が広く認められるというべきである(いわゆる「法的保護に値する利益救済説」)。
右の見地に立脚すれば、原告らは、いずれも、本件埋立地の周辺住民、砂浜の利用者、周辺漁民のいずれかに該当する者であり、本件埋立により自然環境や生活環境の破壊にさらされる不利益を受ける者であるから、本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有するというべきである。
(二) 取消訴訟の法律上の利益の判断基準・その2
仮に、前記(一)の見地に立脚せず、いわゆる「法律上保護された利益救済説」に立ったとしても、以下のとおり、本件埋立免許処分を定めた公有水面埋立法は、埋立地の周辺住民や周辺漁民等の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解されるので、原告らは、いずれも原告適格を有する。
(1) 行政事件訴訟法九条にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により法律上保護された利益を侵害書され又は侵害されるおそれのある者をいうとしても、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は当該処分の取消訴訟における原告適格を有するというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を共通にする関連法規によって形成される法体系の中において、当該処分の根拠規定が、当該処分を通して右のような個々人の個別的利益をも保護すべきものとして位置づけられているとみることができるかどうかによって決すべきであり、当該利益の内容は、ひとり当該法条だけに照らして形式的に判断するのではなく、関連法規すべてを配慮して、法体系全体の中で総合的に保護すべきものかどうか判断すべきである。
(2) 右の見地から立ってみると、公有水面埋立法五条に列挙された埋立に関する工事の施行区域内における公有水面に関し権利を有する者は、当然、公有水面埋立免許処分取消しを求める原告適格を有するが、さらに、昭和四八年の同法改正の趣旨等に鑑みれば、右権利者以外の者についても、同法は、広く利害関係人の具体的利益を一般的公益の中に吸収解消されない個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解すべきであり、周辺住民、周辺漁民等も原告適格を有するというべきである。
すなわち、昭和四八年の改正は、社会経済環境の変化に伴い、埋立をとりまく諸問題について、環境保全、埋立地利用の適正化、利害関係人との調整等の見地から旧法の不備を補うことにより、懸案の問題を解決し、各方面の指摘、要望に対処する必要が生じたために行われたものである。右改正に当たり、特に自然環境の保全、公害防止等の問題点が取り上げられ、さらに、埋立規模の拡大、公有水面利用のふくそう化とあいまって、同法五条列挙の権利者以外の、たとえば、周辺に居住する者、埋立区域外において漁業を営む者、レクリエーションの場として埋立予定地を利用している者等、埋立に利害関係を有する者の意見を反映させる必要性が検討された。その結果、右改正法は、利害関係人との調整を強化し、その意見を反映させるため、①免許権者は、埋立免許の申請があったときは、それを告示するとともに、三週間出願事項を公衆の縦覧に供し(三条一項)、かつ関係都道府県知事に通知しなければならない(三条二項)、②関係都道府県知事は、地域住民に周知させるように努めることとしなければならない(施行令四条)、③埋立に関し利害関係を有する者は、縦覧期間満了の日までに、都道府県知事に意見書を提出することができ(三条三項)、都道府県知事は免許に公益上又は利害関係人の保護に関し必要と認める条件を付すことができる(施行令六条)、との規定を定めた。右意見書を提出できる利害関係人の中には、公有水面に関し権利を有する者のほか、周辺住民、砂浜の利用者、周辺漁民等も含まれているとみるべきであり、同法が、公益上の観点だけでなく、これら利害関係人という特定の個人の利益保護のためにも条件を付すことを認めていることの意味を重視すべきである。
したがって、同法は、同法五条列挙の埋立に関する工事の施工区域内の公有水面に関し権利を有する者はもちろんのこと、当該区域の内外を問わず、埋立によって影響を受ける水面に漁業権を有する者、埋立により営業上または生活環境の面から影響を受ける者等の特定の個人の利益をも具体的に保護しようとしているとみるべきである。
さらに、右法改正において、環境の保全を図るため、①高度経済成長期における埋立及び埋立地の利用による公害の発生増加に対し環境の悪化を防止するために免許基準が法定されたこと(四条)、②主務大臣の認可に当たり環境保全の専門的知識を有している環境庁長官に対し、環境保全の観点からの意見を聞かなければならないとされたこと(四七条二項)、③免許申請に当たり環境保全に関し講じる措置を記載した図書を添付しなければならないとしたこと(施行規則三条八号)などからすると、同法が、行政庁に対し環境保全に、抽象的な配慮で足りるとしていると理解するのは誤りである。
したがって、同法は、同法五条列挙者以外の利害関係人も視野に入れて、同人らの享受する環境の保全を図ることを企図し、行政庁に対しそのことを要請しているのであり、埋立地周辺住民等が埋め立てられることによって、あるいは埋立工事によって著しい障害を受けないという利益をこれら個々人の個別的利益としても保護すべきとする趣旨を含むものと解すべきである。そして、埋立免許に係る事業が行われる結果、埋立工事の規模や護岸の構造や配置からして、生活環境の破壊、例えば、佐志川の氾濫、生活雑排水の増加、海水の汚濁、騒音、振動、交通渋滞、排水施設亡失等により、社会通念上著しい障害を受けることとなる周辺住民、あるいは周辺において漁業を営む者等は、原告適格が認められてしかるべきである。
(三) 原告らの原告適格
(1) 以上によれば、本件埋立周辺に居住する住民、本件埋立地内にある佐志浜の砂浜をリクリエーションの場として利用している者、本件埋立地周辺において漁業を営む者のいずれかに該当する原告らは、いずれも、本件埋立に関し利害関係を有する者であるから、本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有する。
(2) また、原告らのうち、佐賀県唐津市内の佐志川ないし本件埋立地周辺に居住する原告らは、本件埋立免許処分により埋め立てられる予定の佐志浜の周辺で長年にわたって生活し、その間、佐志浜及び浜付近の海面で海水浴をしたり魚介類を採取したりしてこれを利用し、かつ、佐志浜の景観美を享有している者であるが、本件埋立工事によって、これらの利用や利益を受けることを妨害されるばかりか、本件埋立竣功後の埋立地の形状からすれば、佐志川の氾濫の危険があり、その氾濫によって生命や家屋、家財道具といった財産を失うおそれがあり、原告らがこれまで享受してきた生命、身体、財産権、環境権、入浜権といった諸権利を著しく侵害される。すなわち本件埋立地の外周護岸により、佐志川河口の形状が海から陸に向かってかたかなの「ハ」の字型になるが、これでは、たとえば、昭和二六年一〇月一四日に襲来したルース台風のように、潮位の上昇する津波、高潮が押し寄せてきた場合、「ハ」の字型湾の奥の狭い方向に向かって潮流が進んで来れば、当然水位は上昇することから、河口周辺部で氾濫する危険が高く、周辺住民に家屋や家財道具の損壊、生命・身体の危機を招くおそれがある。
したがって、これらの原告は、原告適格を認められてしかるべきである。
(3) さらに、原告吉田久之、同坂口登及び同稲葉和廣ら三名は、松区一三〇三号区画漁業権を有する唐房漁協の組合員として漁業を営む権利を有し、本件埋立地の外周護岸から約一五〇メートル離れた養殖場で、鯛の稚魚生産を営んでいる者であるが、本件埋立工事により、海面に汚濁ないしコンクリート灰汁が発生して右養殖場にも拡散し、また、埋立工事の伴う振動や騒音の発生及びオイルフェンスの設置による潮流の遮断により、養殖魚の生育阻害をきたし、漁獲の減少等の被害が現に発生し、かつ、今後も発生するおそれがある。また、埋立竣功後、潮流の変化が生じ、かつ、埋立に用いる産業廃棄物の海面への流出により漁獲の減少等の被害が発生するおそれもある。
したがって、右原告三名は、本件埋立免許処分によって、右漁業を営む権利が侵害され、著しい障害を受けるものであるから、この点からしても、原告適格を有するというべきである。
(四) 原告吉田久之、同坂口登及び同稲葉和廣の原告適格
(1) 漁業権ないし漁業を営む権利
原告吉田久之、同坂口登及び同稲葉和廣は、本件埋立地の海域に設定された松共第五号共同漁業権及び松区第一二〇三号区画漁業権を有する唐房漁協の組合員であるところ、漁業権は入会的権利であって、部落漁民集団の総有に属するものであるから、右原告三名は、右漁業権の総有権者であるし、そうではなくて、仮に、漁業権を社員権的権利と捉えて漁業協同組合に属すると解するのが相当であるとしても、組合員として漁業を営む権利を有している。
したがって、右原告三名は、本件埋立地内に設定された漁業権者、あるいは漁業を営む権利を有する者であって、公有水面埋立法五条二号所定の公有水面に関し権利を有する者であるから、本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有することは明らかである。
(2) なお、本件漁業権放棄決議がなされているが、右決議は、以下のとおり無効であるというべきであるから、右原告三名が原告適格を有することに変わりない。
① 本件漁業権放棄決議の無効原因・その1
共同漁業権と特定区画漁業権は、沿革的に入会的権利であり、漁業協同組合は単なる免許の形式的主体にすぎず、実質的な漁業権は部落漁民集団、すなわち組合員全員に総有的に帰属するものというべきであって、昭和三七年の漁業法の改正によっても、この入会漁業権の帰属関係には実質的な変化はない。したがって、漁業権の放棄は、部落漁民全員の一致した意思によるべきであって、組合員全員の同意が必要である。
しかるに、本件で一部放棄された漁業権は共同漁業権と特定区画漁業権であるところ、本件漁業権放棄決議において、唐房漁協の組合員全員が漁業権放棄に賛成しているわけではないから、右決議は無効である。
② 本件漁業権放棄決議の無効原因・その2
仮に、現行漁業法下の漁業権は、法人としての漁業協同組合に帰属し、組合員の漁業を営む権利は、漁業協同組合の構成員としての地位に基づき、組合員に認められた社員権的権利と解するのが相当であるとしても、漁業権の放棄には、漁業法八条五項、三項所定の書面同意の手続が必要不可欠であるというべきである。
すなわち、漁業法八条五項、三項によれば、第一種共同漁業を内容とする共同漁業権と特定区画漁業権について、漁業権行使規則の制定・変更・廃止のためには、組合の総会決議(水産業協同組合法五〇条五号)の前に、組合員のうち当該漁業権の内容たる漁業を営む者であって、当該漁業権に係る地元地区・関係地区の区域内に住所を有する三分の二以上の書面による同意が必要であるとされている。この趣旨は、漁業権は漁業協同組合に免許されるものであるという面と、現実に漁業を営む組合員の少数者たる「漁業を営む権利」を有する組合員の地位が不当におびやかされることを防止するにある。このように多数者の意思によって少数者の利益が害される可能性は、漁業権行使規則の制定・変更・廃止の場合についてのみ存するわけではなく、漁業権の放棄の場合にあっても同様である。したがって、漁業権放棄の場合、漁業法八条五項、三項が適用あるいは類推適用されると解するのが相当であり、この書面同意の手続が必要である。
しかるに、本件漁業権放棄決議の前に、唐房漁協において、松共第五号共同漁業権、松区第一二〇三号区画漁業権を現実に行使して漁業を営んでいる組合員に対し、漁業法八条の書面同意を求めた形跡は全くなく、決議後に書面同意がなされた事実も存しない。
したがって、本件漁業権放棄は、漁業法八条に定める手続を履践していないから無効である。
③ 本件漁業権放棄決議の無効原因・その3
本件埋立免許処分に先立って行われた環境影響評価は、過去の埋立による影響を度外視し、周辺住民や周辺漁民の意見の聴取を十分に行わないなど環境保全に配慮されていない杜撰なものであるところ、本件漁業権放棄決議は、その決議に賛成した漁民が、杜撰ともいうべき環境影響評価によって漁業への影響は軽微であると誤信した結果、決議に賛成したものである。
したがって、その成立過程に重大な毅疵があるから、右総会決議は無効である。
④ 本件漁業権放棄決議の無効原因・その4
本件漁業権放棄決議がなされた際、正組合員として議決権を行使した者は二一五名(委任状による者も含む。)であり、その投票結果は、賛成票数一五七、反対票数三七、無効・棄権票数は二一であるところ、以下のとおり、多数の無資格者が参加し議決権を行使したものである。
水産業共同組合法五〇条四号、唐房漁協定款四四条四号は、漁業権またはこれに関する物権の設定、得喪または変更については、正組合員の二分の一以上が出席し、その議決権の三分の二以上の多数による議決を必要とする旨を定め、右定款八条一項一号は、自然人たる正組合員資格を「この組合の地区内に住所を有し、かつ一年を通じて一二〇日を越えて漁業を営み、またはこれに従事する漁民」と規定している。
唐房漁協は、市町村その他一定の地域を漁業の地区とし、「その地区内における各種の漁業」を営みまたは従事する者を正組合員とする、いわゆる沿海地区組合であり、その正組合員資格は、漁業の地区の地先・沿海において、漁業を営みまたは従事する者に限定され、地先・沿海漁業と全く無関係の漁業者は、せいぜい准組合員として、あるいは員外者として、漁業協同組合の行う各種事業を利用し得るにすぎないというべきである。このことは、漁業協同組合の歴史的沿革やその本質からして当然のことであり、地先・沿海漁業と全く無関係の漁業者に対し漁業協同組合による漁業管理面における何らかの権限を認めることは、地先・沿海漁業により生計を立てている漁業者の利益を害するという不都合をもたらすことになる。
しかるに、本件漁業権放棄決議の際、少なくとも沖合延縄漁業者四八名、沖合一本釣漁業者一五名が正組合員として参加して議決権を行使しており、右六三名は、唐房漁協の地区に居住していても、地先・沿海で漁業をすることが全くない者であって、正組合員資格を有せず、本来、総会に参加して議決権を行使することはできないものである。
さらに、議決権を行使した者のうち、転職者が一二名、漁業経営・従事の実績のないことが明らかである者が一六名、漁業経営・従事日数が不足する者(一二〇日を越えて漁業を営み又は従事していないことが明らかである者)が七名、住所要件が欠落した長崎市に居住する者が一名いたが、少なくともこれら三六名も、正組合員資格要件を満たさず、本来、正組合員として議決権を行使することはできないものである。
以上のとおり、本件漁業権放棄決議の際、正組合員として議決権を行使した者二一五名のうち、実に合計九九名が正組合員資格を有しなかったのであり、右決議の成立過程には極めて重大な暇疵があるので、当然に無効というべきである。
⑤ 本件漁業権放棄決議の無効原因・その5
唐房漁協の組合長以下理事らは、本件漁業権放棄決議がなされた総会の開催に先立ち、正組合員無資格者ないし、本件漁業権放棄によって全く影響を受けることのない遠洋・沖合漁業者らに対し当該漁業権を行使しているか否かを問わず、世帯の最初の正組合員一名につき漁業補償金一〇〇万円を一律に分配し、二人目以下の正組合員にも一定の割合で一律に補償金を分配する旨説明して、総会へ参加し、本件漁業権放棄決議に賛成するよう慫慂し、同組合を指導・監督すべき立場にあった佐賀県も同組合に対する指導・是正の措置を何ら取ることなく、賛成投票を慫慂し、当該組合員らは、本来受け得ない補償金の配分を受けることを前提として、すなわち、補償金を得ることのみを目的として、本件漁業権放棄決議に賛成票を投じた。
しかしながら、正組合員の資格を有しない者はもちろん、漁業に従事している者であっても、現実には当該漁業権を全く行使しておらず、その消滅によって影響を受けることのない組合員は、たとえ正組合員として有資格者であっても補償金の分配を受けることはできない。すなわち、漁業権の消滅により、現実に被害を被るのは、当該漁業権を行使していた漁民であり、漁業権の消滅に伴う補償金は、当然、漁業権の消滅によって漁業をなし得なくなる漁民に対して配分されるべきものであり、当該漁業権の消滅に具体的利害を有しない者に配分することは違法である。
したがって、仮に、正組合員資格を有するとしても、法律上、漁業権の放棄によっても漁業補償を受け得ない漁業者多数が、理事らから、あたかも、現実に当該漁業を営む権利を行使していた漁民と同じ立場で一律に補償金を受け得るかのような説明を受けて議決権を行使した本件漁業権放棄決議は、その成立過程には、到底看過し得ない重大な瑕疵があり、当然に無効である。
(五) 原告熊本光佑ら二四名の原告適格
原告熊本光佑ら二四名は、長年にわたり継続的に、本件埋立地の公有水面に生活雑排水や雨水を排出してきた者であり、公有水面埋立法五条四号所定の慣習排水権者、すなわち公有水面に関し権利を有する者であるから、本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有することは明らかである。
右規定の慣習排水権者とは、特定地域の住居者が公有水面に対し排他的に長期かつ継続的に排水をなし、かつ、排水をなすことが重大な意義を有し、また排水をなしていることの正当性が社会的に承認されていることをいい、埋立によって排水が困難または不能になるおそれのある排水権者はすべて含まれ、公有水面に直接排水をなしているか否かは要件とはならないと解するべきである。
仮に、公有水面に直接排水をなしていることが必要であるとしても、原告熊本光佑、同熊本幸代、同原田真佐子、同原田照雄、同宮﨑盛夫、同宮﨑久美子(ただし別紙当事者目録の番号17)、同宮﨑義晴及び同中山博は、本件埋立予定の佐志浜の地先の海域に長年にわたって生活雑排水を排出してきた者であり、本件埋立によってこれまで使用してきた排水施設が用をなさず佐志浜への排水が絶たれることになり、その権利が著しく侵害されるものであって、当然、同法五条四号所定の慣習排水権者に該当する。
(六) よって、原告らは、本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有する。
(被告の主張)
(一) 行政処分取消しを求める原告適格
行政事件訴訟法九条にいう「処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいい、そこにいう「法律上の保護された利益」は、当該行政処分の根拠となった法規が、私人等の個人的利益を個別的、具体的に保護することを目的として、行政権の行使に制約を課していることにより保障される利益をいうのであって、それが明文によって個々人の個別的利益として保護されるべきことが定められている場合にその存在が肯定されることはもちろんであるが、そればかりでなく、当該処分を定めた行政法規が公益保護を目的としている場合であっても、それと同時に不特定多数者の具体的利益を、それが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべき趣旨を含む場合があり、そのような利益も右にいう法律上保護された利益に当たる。しかし、当該行政法規が、専ら公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課した結果、たまたま一定の者が受けることになる利益は、単なる反射的利益又は事実上の利益にすぎず、法律上の保護された利益とは区別されるべきものである。もっとも、公益の保護は、究極的には個々人の利益の保護につながるものであるから、当該法規が、専ら公益の実現を目的としているのか、それともそれに併せて不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むのかを判別するに当たっては、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきこととなる。
(二) 公有水面埋立免許処分の取消しを求める原告適格
右見解に立って公有水面埋立法についてみると、同法四条三項一号において、埋立免許の要件の一つとして、埋立に関する工事の施工区域内における公有水面に関し権利を有する者が埋立に同意したときを挙げ、同法五条各号において、公有水面に関し権利を有する者として一定の者を列挙し、同法六条一項において、埋立の免許を受けた者は右権利者に損害を補償し又は損害の防止の施設をなすべき旨規定し、さらに、その施行令六条において、埋立免許に際して公益上又は利害関係人の保護に関し条件を付し得る旨規定している。したがって、同法は、埋立免許について、同法五条各号に列挙した公有水面に関し権利を有する者の利益を個別的に保護することを目的として、行政権の行使に制約を加えているということができる。
しかしながら、同法のその他の規定、同法施行令及び同法施行規則の各規定をみると、右権利者の他に周辺に居住する住民、周辺海域で漁業を営む漁民、埋立地及びその周辺地の利用者等の個人的利益を個別的、具体的に保護する趣旨のものと認め得る規定はない。
同法四条一項は、公有水面の埋立免許基準について、その埋立が環境保全及び災害防止につき十分配慮されたものであり(同項二号)、埋立地の用途が土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体(港湾局を含む)の法律に基づく計画に違背しないこと(同項三号)などを定めている。しかし、同項二号が規定する免許基準は、極めて抽象的に規定するにとどまり、環境保全の具体的基準を明示しておらず、行政庁に対して一般的、抽象的に環境保全に対する配慮を求めているにすぎないのであって、これにより周辺住民が環境悪化を受けないという利益は、右規定が目的とする公益保護の結果として生ずる反射的利益にすぎない。また、同項三号が規定する環境保全に関する計画とは、公害対策基本法に定める基準ないし計画をいうものと解されるところ、右は行政の努力目標を定めるものであって、同号の規定は、周辺住民に対して環境悪化を受けないという利益を個別的に保障した規定ではない。したがって、これらの規定は、環境保全、土地利用の適正化、利権化の防止という一般的な公益を図る趣旨で定められた極めて抽象的な規定であって、公益を図る趣旨と同時に、周辺住民、周辺漁民等の個別的、具体的利益を保護するため、埋立免許に制約を課した趣旨を含んでいるものと解することはできず、これにより周辺住民、周辺漁民等が環境悪化を受けないという利益等は、右規定が目的とする公益保護の結果として生ずる反射的利益にすぎないというべきである。
また、同法三条は、埋立免許出願の際に、都道府県知事が出願事項を縦覧に供し、埋立に関し利害関係を有する者が右縦覧期間内に都道府県知事に意見書を提出することができると定めているが、この趣旨は、免許権者が埋立免許の付与をする際、埋立にまつわる各種の事情を広く収集し、適正かつ合理的な判断を行うことを担保するためのものであって、提出された意見が免許権者の裁量を法律上拘束するものではないし、意見書を提出した者に不服を申し立てる手続も法定されていないことなどからすれば、右規定を根拠に同法が周辺住民等の環境上の利益を個別、具体的に保障するために免許権者に制約を課したものと解するのは困難である。
さらに、同法四七条二項は、主務大臣が免許埋立の認可をする際に、環境保全上の観点よりする環境庁長官の意見を求めなければならないと定めているが、ここにいう環境庁長官の意見も、免許権者が十分審査し得ない大規模なものなどについて、環境保全上の観点からの意見を聞くためのものにすぎない。
したがって、同法五条各号に列挙する権利者は、埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有するといえるが、同法が埋立免許処分についての第三者の個別的、具体的利益保護を考慮しているのは、同法五条が列挙する権利者のみであり、右権利者に当たらない周辺住民、周辺漁民等は原告適格を有しないというべきである。
(三) 原告らの原告適格
原告らは、いずれも、本件埋立地の周辺に居住する住民、本件埋立地の砂浜をレクリエーションの場として利用している者、あるいは周辺海域で漁業を営む者のいずれかに該当し、本件埋立によって、自然環境や生活環境が破壊され、かつ災害発生の危険が生じ、環境権等が侵害され、あるいは、漁業を営む権利が侵害されるなどと主張する者である。
しかしながら、前記のとおり、公有水面埋立法五条に列挙された権利者以外の周辺住民、周辺漁民等に埋立免許処分の取消しを求める原告適格は有しないと解するべきであるから、原告らが同法五条に列挙された権利者でない以上、原告適格は有しないというべきである。
仮に、埋立免許に関する法規定が、これらの規定に反した埋立により周辺住民等の生命、身体等に重大な被害を及ぼすおそれがあるときに、周辺住民等のこのような利益を単に一般的公益としてだけでなく、個々人の個別的利益としても保障する趣旨を含むものと解するのが相当であるとしても、原告適格を有する住民の範囲は、埋立地周辺に居住し、根拠規定の定める免許基準などの審査に過誤があった場合に生じるおそれがある災害などによって直接的で重大な被害を受けるものと想定される周辺住民等に限定されるというべきである。
原告らが主張する利益又は被害は、生命、身体等に重大な被害を受ける可能性があるというものではなく、また、その被害の内容について何ら具体的な立証をしていないのであるから、いずれにしても、原告らは原告適格を有しないというべきである。
(四) 原告坂口登、同吉田久之及び同稲葉和廣の原告適格
(1) 右原告三名は、本件埋立予定の佐志浜の地先の海域において、共同漁業権及び区画漁業権を有する唐房漁協の組合員であって、公有水面埋立法五条二号所定の公有水面に関する権利を有する者であると主張する者である。
しかしながら、本件漁業権放棄決議により、本件埋立地の海域内における漁業権は消滅しているのであるから、右原告三名が本件埋立地の公有水面に関して有していた漁業を営む権利も消滅し、したがって、もはや本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有しない。
(2) 右原告三名は、本件漁業権放棄決議は無効であるから、いまだ本件埋立地の公有水面に関し漁業を営む権利を有し、原告適格を有する旨主張するが、以下のとおり、右決議に無効原因となる瑕疵は存在せず、右決議は有効である。
① 漁業協同組合の総会決議に手続違背がある場合でも、決議の瑕疵がその性質、程度からみて軽微で決議の結果に影響を及ぼさないと認められるときは、その決議は無効とはいえないと解するのが相当であるし、そうでない場合でも、その違背を知りながら異議なく決議に加わった組合員はその無効を主張することはできず、これを知らなかった組合員も、決議を知ってから相当の期間を経過した後は、手続規定によって保護された利益を放棄したものと認められる結果、その瑕疵は治癒され、その無効を主張することができないというべきである。
右原告三名は、いずれも本件漁業権放棄決議がなされた総会に出席しており、その瑕疵として主張している事由が存在していることを十分知っていたものと推定される。しかるに、右原告らが決議の瑕疵を主張したのは早くとも決議から一年近くを経過した本件訴訟の提起によってであり、かつ、右原告らは唐房漁協を相手方として決議の効力を争う訴訟は提起していない。したがって、そもそも、右原告らは、手続違背を主張して本件漁業権放棄決議の効力を争うことはできないというべきである。
② 組合員全員の同意の必要性の有無
現行漁業法のもとにおける漁業権は、古来の入会権漁業とはその性質を全く異にするものであって、組合員の漁業を営む権利は、漁業協同組合という団体の構成員としての地位に基づき、組合の制定する漁業権行使規則の定めるところに従って行使することのできる権利であるから、漁業権の放棄に組合員全員の同意は必要ではない。
したがって、唐房漁業協同組合の組合員全員の同意を取らずに本件漁業権放棄決議がなされた点について、何ら手続上の瑕疵はない。
③ 書面同意の必要性有無
漁業法八条五項、三項所定の書面による同意が必要とされるには、特定区画漁業権及び第一種共同漁業権に係る漁業権行使規則の変更又は廃止についてであって、漁業権の変更又は放棄については必要とされるものではなく、漁業権の放棄については、漁業法八条五項、三項の規定は適用ないし類推適用されず、水産業協同組合法五〇条所定の総会特別決議があれば足りるというべきである。
したがって、漁業法八条五項、三項所定の書面による同意を取らずに本件漁業権放棄決議がなされた点について、何ら手続上の瑕疵はない。
④ 無資格者の総会参加の有無
右原告三名は、本件漁業権放棄決議に正組合員の資格を持たない者が多数参加し、議決権を行使している旨主張する。
水産業協同組合法一八条一項では、漁協の地区内に住所を有し、かつ漁業に従事する日数が一年を通じて九〇日から一二〇日までの間で定款で定める日数を超える漁民は、漁協の組合員たる資格を有すると規定し、唐房漁協の定款は、正組合員資格を組合の地区内に住所を有しかつ一年を通じて一二〇日を超えて漁業を営みまたはこれに従事する漁民と定めているにすぎず、漁協の地区の地先・沿海において、漁業を営みまたは従事する者であることは正組合員の資格要件として、定款中に何ら規定されていない。
したがって、地先、沿海の漁場を遠く離れた東シナ海、沖縄近海等における漁業を営みまたはこれに従事する者であっても正組合員たり得るのである。
また、水産業協同組合法一八条一項所定の漁業を営みまたはこれに従事する日数の計算については、過去の実績を判断の基準として尊重すべきことはいうまでもないが、過去の実績のみに基づいて判断すべきではなく、現在及び将来におけるその意思及び能力、その他客観的状況をも勘案し、その者が何日程度漁業を営み又はこれに従事するような者であるかを総合的に判断すべきであるから、過去の実績のみから無資格者であるとする右原告らの主張は失当であるし、右原告らが主張の根拠とする無資格者の名簿も、客観性に乏しく、信用性に乏しいものである。
したがって、本件漁業権放棄決議に無資格者が多数参加した事実は認められないというべきである。
仮に、無資格者が総会及び決議に参加していたとしても、そのような事由は、水産業協同組合法一二五条所定の議決方法の瑕疵として同条による決議の取消原因とはなり得ても、右決議が右取消をまたず、当然無効になるものではない。
また、仮に、無資格者が総会並びに決議に参加していたとしても、右原告三名が正組合員ではないと主張する三四名を投票数及び賛成者数から差し引いても、水産業協同組合法五〇条所定の特別決議の要件を満たしている。したがって、これは投票の結果に影響を及ぼさない程度の軽微な瑕疵であり、本件決議が当然無効とするような重大かつ明白な瑕疵とはいえない。
⑤ 漁業補償金の配分方法と決議の瑕疵
唐房漁業協同組合の理事らが、組合員に対し、本件漁業権放棄決議の前に、漁業補償金の具体的な配分方法について説明し、右決議に賛成するように言ったこと、右理事らの言動が佐賀県の指導の下に行われたこと、組合員らが漁業補償金を得ることのみを目的として右決議に賛成したことについては、いずれもそのような事実は認められないというべきである。
仮に、右の各事実があって、錯誤に基づいて議決権を行使した者がいたとしても、本件漁業権放棄決議のごとき合同行為には、民法の錯誤の規定を適用することはできない。すなわち、投票は表示主義により、その表示に従って投票者の意思と責任とを確認するものであって、たとえ投票者の錯誤によってなされた場合でも、その投票の効力に影響を及ぼすものとは解されない。したがって、仮に錯誤に基づく議決権行使により本件漁業権放棄決議がなされたとしても、右決議が無効となるわけではないというべきである。
しかも、本件の漁業補償金の配分に関する手続と本件漁業権放棄決議とは、性質上全く異なるものであるうえ、手続上も両決議は全く別個に行われている。すなわち、本件漁業権放棄決議は、平成二年五月一九日、唐房漁業協同組合の平成元年度通常総会において議決され、その約一年後の平成三年五月一一日、平成二年度通常総会において、初めて組合員に対して漁業補償金の配分に関する説明が行われ、その際に具体的な配分額につき総会決議により配分委員会に一任されてたのである。したがって、本件漁業補償金の配分に関する手続及び内容が、本件漁業権放棄決議の効力に何らかの影響を及ぼすものとは到底いえないのであって、本件漁業補償金の配分に関する手続及び内容が違法、無効であることを理由に、本件漁業権放棄決議が違法、無効となるわけではないというべきである。
また、そもそも、本件漁業補償金の配分決議は適法というべきであり、少なくとも、決議の内容がこれを無効にするような著しく不合理な内容を含むものとは到底いえないのであって、有効であるから、本件漁業権放棄決議の成立過程に重大な瑕疵があるということもできない。
⑥ 以上のとおり、本件漁業権放棄決議に無効事由となり得る瑕疵はなく、有効である。
(五) 原告熊本光佑ら二四名の原告適格
原告熊本光佑ら二四名は、本件埋立区域である佐志浜に排水をなしている者であって、公有水面埋立法五条四号所定の公有水面に関する権利を有する者、すなわち、慣習排水権者であると主張する者であるが、次のとおり、いずれも、右権利を有する者ではない。
同法五条四号にいう慣習排水権者とは、公有水面に対し、排他的に長期かつ継続的に排水をなし、慣習法上の排水権を有する者をいい、右の排水は、公有水面に直接排水されるものに限られると解すべきであり、慣習法上の権利と評するに至らない場合や道路側溝等を通じて公有水面に間接的に排水している者は含まないというべきである。
右原告二四名は、いずれも、市道陸側側溝、国道陸側側溝あるいは海岸保全施設側溝等に生活雑排水をなしている者である。また、原告宮﨑盛夫の自宅、同宮﨑久美子(ただし別紙当事者目録の原告番号17)及び同宮﨑義晴の自宅並びに同中山博所有の建物からは、それぞれ本件埋立地の佐志浜に直接つながる排水路、配水管等も存在するが、それら排水路、配水管等は、破損していたり、土砂等が詰まっていたりして、現時点でその排水の機能を果たしていない。
したがって、右原告二四名は、いずれも、現在本件埋立区域に直接排水をなしている者ではなく、同法五条四号所定の慣習排水権者に当たらないというべきであるから、本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有しない。
仮に、右原告二四名が慣習排水権者であるとしても、本件埋立は、埋立竣功後も右原告らの排水が可能となるよう計画されているのであって、本件埋立により右原告らの従前の生活雑排水の排出状態が阻害されることはないから、右原告らは本件埋立免許処分の取消しを求める利益を有しない。
(六) よって、原告らは、いずれも、本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有しないから、原告らに対する本件訴えはいずれも却下されるべきである。
2 本件埋立免許処分が違法であるか否か。
(原告らの主張)
(一) 憲法一一条、一三条、二五条違反
原告らは、健康で快適な自然環境や生活環境を享受する権利を有するところ(憲法一一条、一三条、二五条)、本件埋立免許処分は、原告らの有する環境権、入浜権、財産権等を侵害する違法なものである。
(1) 自然環境や自然景観の破壊
本件埋立は、自然海浜の佐志浜の砂丘を消失させ、自然環境や自然景観を致命的に破壊する。
(2) 生活環境等の破壊
本件埋立により、生活雑排水が増加して環境が破壊され、本件埋立工事により、生活環境が悪化し、さらに、本件埋立により佐志川の河口の形状が、海から陸に向かって「ハ」の字型となっているため、河口周辺部で氾濫する危険が高く、周辺住民の家屋や家財道具の損壊や生命身体の危険を招くおそれがある。
(二) 公有水面埋立法四条一項一号違反
公有水面埋立法四条一項一号は、国土利用上適正かつ合理的なことが埋立免許基準であると規定しているが、本件埋立免許処分はこの基準を充たしていない違法なものである。
右基準は埋立を免許することのできる最小限度の要件であり、右基準の適合性の判断には右埋立の必要性がまず検討されなければならないところ、本件埋立計画で埋立の必要な理由とされている点は、いずれもその必要とする前提事実にまやかしや不合理な点がある。すなわち、本件埋立計画を含む唐津港港湾計画は、その計画内容に合理性がなく、計画の予測と推計に確たる根拠がない杜撰なものであり、また、住宅関連用地の確保の必要性や埋立による道路用地の確保の必要性等は全く認められない。
(三) 公有水面埋立法四条一項二号違反
公有水面埋立法四条一項二号は、環境保全及び災害防止につき十分配慮せられたることが埋立免許基準であると規定するが、本件埋立はこの基準を充たしていない違法なものである。
本件埋立によって自然環境や生活環境が破壊され、かつ災害の発生の危険があることは、前記(一)のとおりである。また、本件埋立に先立って行われた環境影響評価は、過去の埋立による影響を度外視したものであり、周辺住民や周辺漁民の意見の聴取が十分になされないままに行われたものであるから、環境保全に十分配慮されているとは到底言えない。
(四) 公有水面埋立法四条三項一号違反
公有水面埋立法四条三項一号は、漁業権者(同法五条二号)や慣習排水権者(同法五条四号)の同意をとりつけることが埋立免許基準である旨規定するが、本件埋立免許処分は、右基準を充たしていない違法なものである。
(1) 漁業権者の同意の欠缺
唐房漁協は、平成二年五月一九日の本件漁業権放棄決議をもって本件埋立地内の公有水面に設定された松共第五号共同漁業権と松区第一二〇三号区画漁業権を各一部放棄し、これに基づいて、同年七月三〇日、本件埋立に同意したとされるが、前記二の1の(原告らの主張)の(四)の(2)のとおり、本件漁業権放棄決議は違法無効なものであるから、右埋立同意は無効というべきである。
(2) 慣習排水権者の同意の欠缺
原告熊本光佑ら二四名は、前記二の1の(原告らの主張)の(五)のとおり、公有水面埋立法五条四号に定める慣習排水権者であるというべきである。
原告宮﨑盛夫は、平成二年七月二七日付け同意書に署名捺印したことがある。しかしながら、右原告は、佐賀県職員から、県道の下を通って佐志浜へ流出すべく配管された排水路をこれまでどおり使用することを県にお願いする趣旨の文書に署名押印を求められたものの、埋立の件の説明を受けなかったため、埋立に同意する文書であるとの認識がないまま差し出された文書に署名押印したものであるから、右原告には埋立に同意する意思はなかったというべきである。仮にそうでないとしても、佐賀県職員が、埋立同意の趣旨の文書であるのにそれを言葉巧みに隠し、右原告をして、既存の排水路を維持するためのお願いの文書と誤信させたものであるから、詐欺による同意の意思表示と評価でき、右原告は、平成三年一月、佐賀県知事に対し、右同意の意思を取り消す旨通知した。したがって、右原告の同意は無効である。
さらに、原告熊本光佑ら二四名のうち原告宮﨑盛夫を除く二三名から、本件埋立について同意をとりつけた事実はない。
(五) よって、本件埋立免許処分は違法無効であり、取り消されるべきである。
(被告の主張)
(一) 埋立免許の適法性判断基準について
公有水面埋立法の規定をみると、同法三条及び四条以外に免許要件に関する規定は置かれていないところ、公有水面の埋立が、国土利用上適正かつ合理的なものであるか否か(同法四条一項一号)、あるいは、環境保全及び災害防止につき十分配慮されたものであるか否か(同二号)については、当該埋立の内容・方法・規模・必要性、公共性、埋立区域の地形、自然的条件、埋立時及びその後における埋立区域及びその周辺の環境への影響・災害発生のおそれなどの諸般の事情について、政策的見地あるいは技術的・専門的知見をふまえて、多角的かつ総合的に判断する必要がある。
右各免許基準がいずれも一般的・抽象的に示すにとどまっていることも併せ考えると、右基準の適合性の判断は、免許権者の広範な政策的あるいは技術的・専門的な裁量に委ねられているところであり、したがって、免許権者の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるために、その判断が合理性を欠くことになるような場合でない限り、その裁量の逸脱・濫用はなく、右免許基準に違反しないと解するのが相当である。
(二) 公有水面埋立法四条一項一号について
本件埋立計画は、唐津市総合計画及び佐賀県長期構想の施策に沿うものであり、唐津港港湾計画に適合するものである。唐津港港湾計画は、唐津港港湾管理者がその策定過程において関係機関等と調整のうえ、地方港湾審議会及び運輸省港湾審議会における審議、答申を経て、十分に内容を検討したうえで改定したものであって、その内容に杜撰な点はない。
また、本件埋立は、①都市開発に伴う家屋移転用地の確保、②地域住民のレクリエーション緑地の確保、③臨港道路妙見線の用地の確保、④港湾整備に伴う浚渫土砂及び公共事業に伴う安定型産業廃棄物の処分場の確保が必要であることから策定されたものであり、必要性、公共性に適ったものである。
したがって、本件埋立免許処分は、公有水面埋立法四条一項一号の「国土利用上適正かつ合理的なものであること」との免許基準を充たすものである。
(三) 公有水面埋立法四条一項二号について
本件埋立は、埋立区域の現況及び埋立による影響に関する問題点を的確に把握したうえで、これに対する措置が十分講じられているのであって、環境保全及び災害防止につき十分配慮して計画、実施されたものであり、公有水面埋立法四条一項二号の免許基準を充たすものである。
(四) 公有水面埋立法四条三項一号について
前記1の(被告の主張)の(四)の(2)のとおり、本件漁業権放棄決議に無効事由となり得る瑕疵はないというべきであるから、唐房漁協がなした埋立同意は有効であるし、前記1の(被告の主張)の(五)のとおり、原告熊本光佑ら二四名は、公有水面埋立法五条四号所定の慣習排水権者には当たらないというべきであるから、右原告らから埋立同意をとりつける必要はない。
また、本件埋立免許において、本件埋立地内の公有水面に関し権利を有する者(同法五条)の全ての者から埋立同意をとりつけており、同法四条三項一号の免許基準を充たすものである。
(五) よって、本件埋立免許処分は、免許要件を充たしたものであり、公有水面埋立法に準拠して適法になされたものである。
第三 争点に対する判断
一 争点1(原告適格)について
1 行政事件訴訟法九条は、取消訴訟の原告適格について規定しているが、同条にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解すべきである。そして、右にいう法律上保護された利益とは、行政法規が私人等権利主体の個人的利益を保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることにより保障されている利益であって、それは、行政法規が他の目的、特に公益の実現を目的として行政権の行使に制約を課している結果たまたま一定の者が受けることとなる反射的利益とは区別されるべきものである。したがって、当該処分を定めた行政法規が個々人の個別的、具体的利益を保護する趣旨のものと解し得る場合には、当該処分により右利益を侵害された者は、法律上保護された利益を侵害された者として、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するが、行政法規が一般的な公益を保護する趣旨のものと解される場合には、右公益に包含される不特定多数者の利益に対する当該処分による侵害は、単なる法の反射的利益の侵害にとどまるから、かかる利益の侵害を受けたにすぎない者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有しないというべきである。しかしながら、他方、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。そして、当該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通して保護しようとしている利益の内容・性質等を考慮して判断すべきである(最高裁昭和四九年(行ツ)第九九号同五三年三月一四日第三小法廷判決・民集三二巻二号二一一頁、最高裁昭和五二年(行ツ)第五六号同五七年九月九日第一小法廷判決・民集三六巻九号一六七九頁、最高裁昭和五七年(行ツ)第四六号平成元年二月一七日第二小法廷判決・民集四三巻二号五六頁、最高裁平成元年(行ツ)第一三〇号同四年九月二二日第三小法廷判決・民集四六巻六号五七一頁、最高裁平成六年(行ツ)第一八九号同九年一月二八日第三小法廷判決・民集五一巻一号二五〇頁参照)。これに反する原告らの原告適格に関する見解は採用できない。
2 以下、右のような見地に立って、原告らが公有水面埋立法二条に基づく本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有するか否かについて判断する。
(一) 本件埋立免許処分は、公有水面埋立法二条一項に基づくものであり、一定の公有水面の埋立を排他的に行って土地を造成する権利を付与する処分であるところ、原告らは、昭和四八年の同法改正の趣旨等に鑑みれば、同法五条において列挙する埋立に関する工事の施工区域内における公有水面に関し権利を有する者以外の者であっても、同法は、広く利害関係人の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、これと並んで個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解すべきであり、本件埋立地の周辺住民、周辺漁民等である原告らは、いずれも、本件埋立免許処分により、生命、身体、財産権、環境権等の諸権利を著しく侵害されるおそれがあるから、右処分の取消しを求める原告適格を有する旨主張する。
(1) 確かに、昭和四八年法律第八四号による同法改正の趣旨は、近年における埋立を取り巻く社会経済環境の変化に即応し、公有水面の適正かつ合理的な利用に資するため、特に自然環境の保全、公害の防止、埋立地の権利処分及び利用の適正化等の見地から一部改正を行ったものであり(甲一九)、主要な改正点は、環境の保全や埋立地の利用の適正化を図り、また、利害関係人との調整を強化するため、埋立免許の基準を法定し、免許基準を明確にしたこと、都道府県知事は、埋立免許の出願事項を公衆の縦覧に供するとともに、関係都道府県知事に通知するなど、埋立に利害関係を有する者の意見を反映させる措置を拡充したこと、及び大規模な埋立等について、環境保全上の観点からの調整を図るため、主務大臣がこれを認可しようとするときには、環境庁長官の意見を求めなければならないとしたことなどである。すなわち、同法は、その四条一項において、公有水面の埋立の免許権者は、「国土利用上適正かつ合理的なものであること」(同項一号)、「その埋立が環境保全及び災害防止について十分配慮されたものであること」(同項二号)、「埋立地の用途が土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体(港湾局を含む)の法律に基づく計画に違背しないこと」(同項三号)、等の基準に適合すると認める場合でなければ埋立の免許をすることはできない旨規定し、同法四七条二項において、大規模な埋立等政令で定める埋立に関し、主務大臣が認可をするときは、環境保全上の観点から専門的知識を有する環境庁長官の意見を求めなければならない旨規定し、同法三条において、都道府県知事は、埋立の免許の出願があったときは、それを告示するとともに、三週間公衆の縦覧に供し(同条一項)、かつ、関係都道府県知事に通知しなければならず(同条二項)、埋立に関し利害関係を有する者は、縦覧期間満了の日までに都道府県知事に意見書を提出することができる(同条三項)旨規定する。そして、右利害関係を有する者とは、特に限定的に解する理由はなく、埋立に関する工事の施工区域内の公有水面に関し権利を有する者はもちろんのこと、埋立地周辺の海域で漁業を営む者や埋立により生活環境が影響を受ける地域住民等も含まれるというべきである。
(2) しかしながら、同法四条三項、五条の規定が具体的に定められているのに対し、同法四条一項一号の規定は、およそ埋立の可否の判断の基本となる一般理念を示した極めて抽象的な規定であるし、同項二号が規定する環境保全に関する基準は、埋立行為そのものに特有の配慮事項として、環境問題及び災害問題につき、一般的、公益的な見地から、現況及び影響を的確に把握したうえで、これに対する措置を適正に講ずることを免許基準としたものであり、一定水準以上の環境、安全性を確保するという行政目的達成のための一般的、抽象的基準であって、環境保全等の具体的基準を明示していない。同項三号の規定は、埋立地の用途について、埋立地周辺等における土地利用上での整合性を求めたものであり、右規定により、環境保全に関しては、環境への影響が環境基本法(同法が施行された平成五年一一月一九日以前は公害対策基本法)により定められた環境基準や公害防止計画等の許容基準を超えてはならないことが要求されることになるが、右は、人の健康を保護し、生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準であって、行政の努力目標を示す指標にすぎないものである。また、同法四七条二項は、埋立に環境保全上の配慮を加えるための規定であるところ、環境庁長官の意見は十分に尊重されなければならないものであるとしても、右意見は、認可、免許自体の効力を左右するものではない。さらに、同法三条は、埋立免許出願事項の告示縦覧、利害関係人の意見書提出等について定めており、この規定は、行政の正当性を担保するため国民の行政参加の一環として利害関係人の意見等を反映させるものであるが、提出されたのちの意見書の取扱については、何ら明文による規律がなされておらず、免許権者は、これら意見に直ちに拘束されるものではないし、意見に対して回答すべき法律上の義務を負うものでもない。
そうすると、これらの規定は、専ら一般的な公益を保護する趣旨のものと解するのが相当であり(ただし、同法四条一項二号の規定は、後述するとおり、一定の範囲で個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含む。)、周辺住民、周辺漁民等の有する生活上又は営業上の環境利益、あるいは周辺漁民の有する漁業を営む権利を一般的公益の中に吸収解消されない個別的利益としても具体的に保護すべきものとする趣旨を含むものと解することは到底困難である。そして、他に、公益水面埋立法の趣旨、目的に照らして、周辺住民、周辺漁民等の右利益を個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むと解することのできる理由は見当たらない。
(3) したがって、同法が周辺住民、周辺漁民等が有する健康で快適な自然環境や生活環境を享受する権利、周辺海域で漁業を営む権利等を個別的利益として保護すべきものする趣旨を含むことを理由に、本件埋立地の周辺に居住する住民、本件埋立地内にある佐志浜を利用している者、周辺において漁業を営む者である原告らが本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有する旨の原告らの主張は、採用することができない。
(4) ところで、原告らのうち佐志川ないし本件埋立地周辺に居住する者らは、本件埋立により、東側にある佐志川の河口周辺で氾濫等が発生する危険があり、それによって生命、身体の安全等に著しい障害を受けることになるから、本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有する旨主張する。環境保全と共に災害防止について規定する同法四条一項二号は、埋立地そのものの安全性を確保し、さらには埋立に伴い他に与える災害を防止することをも目的とするものであるところ、前記のとおり、右は抽象的、一般的な規定であって、一般的な公益を保護する趣旨のものと解され、また、埋立地はそれ自体必ずしも周辺住民等の生命、身体等に直接的かつ重大な被害をもたらす危険性を有するものではないが、他方、災害防止につき十分な配慮がなされない結果、埋立地及びその周辺地域において、護岸の破壊、高潮、津波、河川の氾濫等の災害が発生する場合もあり得るのであって、その場合には、一定地域に居住する住民の生命、身体等に直接的かつ重大な被害を与えることになる。したがって、右規定は、そのような災害発生のおそれがあることに鑑み、そのような災害を防止するために、災害防止に十分配慮されている場合にのみ免許することとしているものと解される。そうすると、右規定は、不特定多数者の生命、身体等の安全を一般的公益として保護しようとするにとどまらず、一般的公益の中に吸収解消し得ないものとして、これら住民の生命、身体の安全等を個々人の個別的利益としても保護する趣旨を含むと解するのが相当である。以上のとおり、災害防止につき十分な配慮がなされない結果、埋立地及びその周辺地域において、護岸の破壊、高潮、津波、河川の氾濫等の災害が発生する蓋然性が高いと認められる場合に限り、一定範囲の地域に居住する住民は、埋立免許処分により、生命、身体の安全等を必然的に侵害されるおそれのある者として、右処分の取消しを求める原告適格を有すると解するのが相当である。
そこで、本件埋立により、佐志川の氾濫等の災害が発生する蓋然性が高くなると認められるか否かについて判断する。
原告らは、本件埋立地東側の外周護岸の形状により、佐志川の河口が海から陸に向かって「ハ」の字型に広がることになり、このことにより河口周辺部が氾濫する危険性が高くなる旨主張し、原告増本亨作成の調査報告書(甲五八)、原告中村勝彦及び同増本亨作成の意見書(甲一〇五)、原告吉田久之作成の陳述書(甲一〇六)、元九州大学工学部教授内田一郎作成の書簡(甲一〇八)並びに証人内田一郎の証言及び原告増本亨の供述は、原告らの右主張に沿うものである。すなわち、「佐志川の河口周辺から下流域は、これまで度々浸水被害が発生した地域であるところ、護岸埋立工事によって、佐志浜の消波・遊水機能がなくなるばかりか、沖合に向かって「ハ」の字型に広がる護岸によって、台風襲来時には、高潮時に押し寄せる潮を増大させ、上流からの大雨と重なって、河口周辺から下流域に壊滅的な浸水被害を及ぼすおそれがある。」「右護岸の構造は一応消波機能を備えたものではあるが、大潮の満潮時の潮位二二〇センチメートルを超えると、その消波構造は水没してしまい、消波機能は働かなくなる。」「昭和二六年にこの地方を襲ったルース台風のような異常気象現象を考慮に入れて設計すべきである。」などと指摘するものである。
しかしながら、これらは、依拠する客観的・科学的データに乏しいものであるばかりか、本件埋立により佐志川の氾濫の危険性が高まることについて、その具体的可能性を示すものではない(土木工学の専門家である証人内田一郎は、埋立護岸の形状・構造等の安全性を検討するに当たっては、異常気象時の現象も考慮に入れるべきであるとするものの、本件護岸工事によって、以前より高潮の被害が大きくなるといえるかどうかに関しては、はっきりとしたことは分からない旨証言している(同証言第二八回口頭弁論調書七七項、七八項)。)。かえって、佐賀県唐津港管理事務所作成の唐津港廃棄物埋立護岸基本設計委託・報告書(乙六の3、二一、三一)及び唐津港佐志浜地区埋立地による影響検討調査・報告書(乙三四)によれば、本件埋立により佐志川河口付近での波高増大は認められないとされており、また、佐賀県土木港湾課作成の「潮位と佐志川河口部の波高について」と題する報告書(乙二四)によれば、消波構造の本件護岸は、既往最高潮位の場合にも消波機能を有するとされている。なお、原告増本亨及び証人内田一郎は、佐賀県作成のこれら報告書は、最近の短期間の資料に基づくものであり、昭和二六年に唐津地方に来襲して大災害を及ぼしたルース台風のような異常気象現象を検討の対象としたものではないから、安全性を保障するものではない旨批判するが、右各報告書は、過去約三〇年間の気象資料に基づいたものであって、港湾施設の施設の技術上の基準に関する運輸省通達に適合しており(乙五二)、十分判断資料となり得るものであり、逆に、それを超えた異常気象を予測していないとしても、そのことから右各報告書が、本件埋立の護岸工事が原因となって、高潮、津波、河口の氾濫等の災害が発生する蓋然性が高くなるという根拠となるものではない。
そして、他に本件埋立が佐志川の氾濫の危険性を高めることを認めるに足りる証拠は存しない。
以上によれば、本件埋立により、佐志川河口部から下流域において、高潮、津波、河川の氾濫等の災害が発生する蓋然性が高いとは認められず、したがって、原告らの原告適格を有する旨の前記主張は、理由がないといわざるを得ない。
(二) 同法五条は、埋立に関する工事の施工区域内における公有水面に関し権利を有する者として、「漁業権者」(同条二号)、「慣習により公有水面に排水をなす者」(同条四号)等を具体的に挙げ、同法四条三項一号は、右権利者らの同意があることを埋立免許の要件とする旨定め、同法六条一項において、埋立免許を受けた者は、右権利者らに対して、損害を補償し又は損害の防止の施設をなすべき旨定めていることによれば、同法が、右権利者らの個人的利益を個別的、具体的に保護することを目的として行政権の行使に制約を課していることは明らかである。したがって、埋立に関する工事の施工区域内における公有水面に関し権利を有するこれらの者は、埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有する。
(三) 原告坂口登、同吉田久之及び同稲葉和廣は、本件埋立地の海域に設定された漁業権を有する唐房漁協の組合員であって、右漁業権から派生する漁業を営む権利を有する者であるところ、右原告三名は、本件漁業権放棄決議は無効であるから、公有水面埋立法五条二号所定の権利者として、本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有する旨主張する。そこで、以下、本件漁業権放棄決議が無効であるか否かについて判断する。
(1) 漁業協同組合の開催する総会決議について、決議の内容又は成立過程に看過し得ない重大な瑕疵が存する場合は、右決議は当然に無効になると解するのが相当である。(なお、本件漁業権放棄決議がなされた後に施行された平成五年法律第二三号により改正された水産業協同組合法は、総会決議の取消し又は無効事由等につき商法の株主総会に関する規定を準用する(水産業協同組合法五一条、商法二四七条ないし二五二条)。)
(2) 右原告三名は、共同漁業権と特定区画漁業権は入会的権利であり、漁業協同組合に属する漁民に総有的に帰属するものであるから、その権利の放棄には部落漁民全員一致の意思による必要があるのに、本件においては、組合員全員の同意がないから、本件漁業権放棄決議は無効である旨主張する。
しかしながら、現行漁業法のもとにおける漁業権は、古来の入会漁業権とはその性質を全く異にするものであって、法人たる漁業協同組合が管理権を、組合員を構成員とする入会集団が収益権能を分有する関係にあるとは到底解することができず、共同漁業権及び特定区画漁業権が法人としての漁業協同組合に帰属するのは、法人が物を所有する場合と全く同一であり、組合員の漁業を営む権利は、漁業協同組合という団体の構成員としての地位に基づき、組合の制定する漁業権行使規則の定めるところに従って行使することのできる権利であると解するのが相当である(最高裁昭和六〇年(オ)第七八一号平成元年七月一三日第一小法廷判決・民集四三巻七号八六六頁参照)。
したがって、右原告三名の右主張は、採用できない。
(3) 右原告三名は、漁業権の放棄には漁業法八条五項、三項所定の書面同意の手続が必要であるのに、本件においては、右書面同意がなされていないから、本件漁業権放棄決議は無効である旨主張する。
確かに、昭和三七年法律第一五五号により改正された水産業協同組合法は、漁業権行使規則の制定、変更及び廃止は、准組合員を除く総組合員の半数以上が出席しその議決権の三分の二以上の多数による議決を要する総会の特別決議事項と定め(同法四八条一項九号、五〇条五号)、右と同時に同年法律第一五六号により改正された漁業法は、特定区画漁業権及び第一種共同漁業権について漁業権行使規則の制定、変更及び廃止については、右議決の前に、地元地区又は関係地区内に住所を有する一定資格の組合員の三分の二以上の書面による同意を得なければならないものと定めている(同法八条三項、五項)。しかしながら、漁業法は、漁業権の帰属と漁業を営む権利とを明確に区別して規定し(同法一四条八項、八条一項)、水産業協同組合法も漁業権の設定、得喪又は変更と漁業権行使規則の制定、変更及び廃止とを明確に区別して規定していること(同法五〇条四号、五号)、漁業法八条五項、三項の規定は、その文言上、漁業権行使規則の制定、変更又は廃止の場合についてのみ、所定の書面同意を要する旨定めていること、漁業権は、漁業協同組合又はその連合会に帰属し、その構成員たる個々の組合員の漁業を営む権利は、組合の制定する漁業権行使規則の定めるところに従って行使できる権利であって、漁業権そのものではなく、漁業権から派生した権利であることを考慮すると、漁業権の得喪又は変更、すなわち漁業権の放棄につき漁業法八条五項、三項の規定の適用、類推適用はないと解するのが相当である。
したがって、右原告三名の右主張は、採用できない。
(4) 右原告三名は、漁民らが本件埋立による漁業への影響が軽微であると誤信して決議に参加したものであるから、右決議は無効である旨主張する。
しかしながら、右事実を認めるに足る証拠は存しないし、右事実をもってその瑕疵が看過し得ない程重大なものであるとはいえず、決議無効事由にはなり得ないというべきである。
したがって、右原告三名の右主張は、採用できない。
(5) 右原告三名は、沖合延縄漁業者及び沖合一本釣漁業者は唐房漁協の正組合員資格を有しないのに、これら無資格者が多数決議に参加したことから、本件漁業権放棄決議は無効である旨主張する。
しかしながら、議決権を有する正組合員の資格については、水産業協同組合法においてその範囲を規定しているところ、同法一八条一項一号は、「当該組合の地区内に住所を有し、かつ、漁業を営み又はこれに従事する日数が一年を通じて九十日から百二十日までの間で定款で定める日数を超える漁民」と規定し、その文言上明らかに住所要件と漁業を営み又は従事する日数要件とを定めた上、定款で漁業日数を一定範囲内で任意に選択できるとするのみであって、組合の地区内に住所を有する漁民は、漁業日数の要件を充たせば正組合員資格を有することになっている。さらに、仮に、一定の地域をその地区とする漁業協同組合において、沖合延縄及び沖合一本釣の漁民が正組合員たり得ず、せいぜい准組合員にすぎないものとすると、これら漁民は議決権等を有しないことになるが(同法二一条一項)、それでは、漁業権管理に関する事項のみならず、漁業協同組合の行う事業に係る事項についても広く総会の議決事項とされているため(同法四八条一項)、漁業協同組合はその行う事業によってその組合員のために直接の奉仕をすることを目的とする(同法四条)法の趣旨に反することになりかねないことに鑑みれば、沖合延縄及び沖合一本釣の漁民らも正組合員資格を有すると解するのが相当である。
したがって、右原告三名の右主張は採用できない。
(6) 右原告三名は、唐房漁協定款に定める正組合員資格要件の日数・住所要件を欠落する無資格者が多数決議に参加したことから、本件漁業権放棄決議は無効である旨主張する。
唐房漁協定款は、正組合員資格として、「この組合の地区内に住所を有しかつ一年を通じて一二〇日を越えて漁業を営みまたはこれに従事する漁民」と定め(八条一項一号)、組合の地区について、「佐賀県唐津市八幡町、佐志浜町、唐房及び浦、鳩川の区域とする。」と定めている(四条)ところ(甲一四)、児島強の戸籍の附票(甲一〇四)によれば、同人は、本件漁業権放棄決議がなされた当時、長崎市に住所を有し唐房漁協の正組合員資格の住所要件を欠いていたことが認められ、平成三年二月八日付け「佐志浜補償金配分案」と題する書面(甲四六)によれば、平成三年二月当時、唐房漁協が正組合員二一三名の内一一名の者を漁業とは関係のない職業に転職した者と把握していたことは窺われる。また、原告吉田久之作成の陳述書(甲九一の2、九二)、平成五年組合員名簿等(甲九三の1、2)及び原告吉田久之の供述は、日数要件の欠く無資格者が多数決議に参加した旨の右原告三名の主張に沿うものとなっている。
しかしながら、正組合員資格の日数要件の判断に当たっては、その者の漁業を営み又はこれに従事した過去の実績をまず判断基準として尊重すべきではあるが、過去の実績のみに基づいて判断すべきではなく、現在及び将来におけるその意思及び能力その他客観的状況をも勘案し、その者が何日程度漁業を営み又はこれに従事するような者であるかを社会通念に従って総合的に判断すべきであるところ、原告吉田久之作成の陳述書(甲九一の2、九二)及び同人の供述は、過去の実績のみを基準としているものであるうえ、原告吉田久之の記憶に基づくものであって、その大部分は本件漁業権放棄決議当時における実績の有無に関し確たる裏付けがあるわけではなく、客観性に乏しいものであることから、直ちに採用することはできない。
そして、他に、決議の無効事由となり得る看過し難い重大な瑕疵が存する程度に、本件漁業権放棄決議に多数の無資格者が参加したと認めるに足る証拠は存しない。
したがって、右原告三名の右主張は、理由がないといわざるを得ない。
(7) 右原告三名は、組合理事らが漁民に対し漁業補償金の違法な配分を前提に漁業権放棄の決議に賛成するよう慫慂したことから、本件漁業権放棄決議は無効である旨主張する。
確かに、漁業権消滅の対価として支払われる補償金は、現実に漁業を営むことができなくなることによって損失を被る組合員に配分されるべきものであり、その配分は、漁業補償の内容、漁業権行使の状況ないし操業の実態、組合員等の被害損失の程度・内容等の事情を十分考慮したうえで公平になされるべきものである。したがって、具体的な配分が右各事情を十分考慮しない、恣意的ないし著しく不公平なものであるときは、それがなされた配分決議が、その内容に看過し難い重大な瑕疵があるものとして無効になる場合もあり得ると考えられる。
しかしながら、漁業権と漁業を営む権利とを峻別している現行漁業法のもとにおいては、漁業権放棄と組合員の有する収益権の喪失を補償する目的で支払われる漁業補償金の配分とは別個に取り扱われるべき事柄であって、補償金の配分に関する決議の瑕疵が漁業権放棄決議の内容の瑕疵には直ちには結びつかないと解される。したがって、仮に、著しい不公平な配分がなされることを前提にして漁業権放棄決議がなされたとしても、総会出席者が投票・議決に当たり動機において錯誤に陥っていたということであって、その決議の内容が看過し難い重大な瑕疵が存するとして当然に無効となるものではないと解するのが相当である。
したがって、右原告三名の右主張は、採用できない。
(8) 以上のとおり、本件漁業権放棄決議は無効であるとの右原告三名の主張は、いずれも採用し難く、結局、右原告三名の原告適格を基礎づける事実を認めることはできない。
(四) 原告熊本光佑ら二四名は、公有水面埋立法五条四号所定の慣習排水権者であるから、本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有する旨主張する。
公有水面埋立法五条四号にいう慣習により公有水面に排水をなす者とは、公有水面に対し排他的に長期かつ継続的に排水をなし、慣習法上、排水をなす権利を有するに至った者をいう。
右原告ら二四名のうち、原告宮﨑盛夫については、公有水面へ直接排水している配水管に至るまでの排水路が破壊されていることは、当事者間に争いはなく、同宮﨑久美子(ただし、別紙当事者目録の番号17)及び同宮﨑義晴については、同人らの排水管が詰まっていることは、当事者間に争いはなく、同中山博については、証拠(乙五〇の1、2)によれば、同人所有の建物から佐志浜の護岸壁を通じ公有水面に至る排水管が土砂で完全に詰まっており、いずれも、現に排出の機能を有していないことが認められる。したがって、右原告らは、継続的に排水をなしていると認めることはできないから、公有水面埋立法五条四号所定の慣習排水権者には当たらない。
さらに、公有水面に対し、長期かつ継続的に排水をなしていても、それがもともと排水をなす権利を有するとはいえない場合は、右に当たらないというべきである。そして、一般公衆が公物たる公有水面を使用することによって享受する利益は、公物が一般公衆に供用されたことの反射的利益であって、原則として、権利としての使用権が与えられるものではなく、そのことは公物たる公有水面を長期かつ継続的に、他人の利用を排して排他的に利用する場合であっても異ならず、その利用が社会的に正当な利益として保護され、その利用が妨げられると業務上又は日常生活上著しい支障が生ずるなど、特定人の公物の利用が特定の権利又は法律上の利益に基づくものであると認めるべき特段の事情がない限り、公有水面に関し慣習法上の権利を有するものであるとはいえないというべきである。
原告熊本光佑ら二四名は、いずれもその居住する建物あるいは工場・倉庫(原告中山博につき)から、生活雑排水・雨水を排出していると主張する者であるところ、生活排水についての国民の責務等を定めた水質汚濁防止法や下水道整備を定めた下水道法等の各種規制に鑑みると、そもそも生活雑排水を公有水面にそのまま排出してそれを排他的に利用する利益は、社会的に正当な利益として保護されるべきものとはいえず、前記特段の事情を認めることはできないから、たとえ長期かつ継続的に排水をなしてきたとしても、慣習法上の権利とはなり得ないと解するのが相当である。
したがって、原告熊本光佑ら二四名は、公有水面埋立法五条四号所定の慣習排水権者に当たらないというべきであるから、右原告らの原告適格を有するとする右主張は、採用できない。
3 以上によれば、原告らは、いずれも本件埋立免許処分の取消しを求める原告適格を有しないというべきである。
二 よって、その余の争点について判断するまでもなく、原告らの本件訴えは原告適格を欠き不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官木下順太郎 裁判官川野雅樹 裁判官河村俊哉)
別紙埋立区域<省略>