佐賀地方裁判所 昭和24年(ヨ)51号 判決
申請人 松本雅雄 外五名
被申請人 杵島炭鉱株式会社
一、保証 無保証
二、主 文
被申請会社が昭和二十四年十二月二十五日申請人等に対して為した解雇の意思表示はその効力を停止する。
被申請会社は申請人等の就労を拒否してはならない。訴訟費用は被申請会社の負担とする。
三、申請の趣旨
主文同旨の判決を求める。
四、事 実
申請代理人は申請の理由として申請人等は被申請会社大鶴鉱業所の鉱員を以つて組織する大鶴鉱業所労働組合の幹部乃至は組合活動に熱心な組合員であるが被申請会社は突然昭和二十四年十二月二十五日或は企業整理だとも言い又は就業規則による整理だとも言う不明確な事由で申請人等に対し解雇を申渡して爾後申請人等の就労を拒否した。
(一) しかれども被申請会社と大鶴鉱業所労働組合の上部組合である杵島炭鉱労働組合連合会との間には昭和二十三年十一月二十九日労働協約が締結せられその第八条には「鉱員の採用解雇転勤移動賞罰等の人事については被申請会社は右組合の諒解を得て之を行う」と規定せられその後右諒解とあるは承認の趣旨であるとの覚書も作成せられたのであるから右労働協約はその後失効したものだとしても右規定は申請人等組合員の個々の労働契約の内容をなして依然その効力を有するものであつていわゆる申請人等組合員の既得権に属するものといわねばならないのに本件解雇は右組合の承認を得ずに行われたものであるから無効である。
(二) なお本件協約が既に失効しているとしても労働関係の消滅を来さしめるような解雇の問題は労働者にとりて最も関心の強い労働条件に属するものであるから経営者としては旧労組法第二条第一項第十九条並びに労働基準法第二条の精神に従い一応労働組合と協議してその基準を定めるべきであるのにそれを初めから協議不調と見越して協議の手続をすらしなかつたばかりでなく労働協約が失効したからといつて経営協議会規約がそれと共に失効するものでないことは今日の通説であり経営協議会規約には労働条件の改変は経営協議会の協議事項となることが明定されているのに拘らず之が手続を履まれていない点からも本件解雇は無効である。
(三) 更に企業整備をすれば出炭ベースの変更坑内外の人員比の変更を来たすので臨時石炭鉱業管理法第三十四条に該当し生産協議会の議を経なければならないのに拘らず之を経ていないのみならず労働者側委員より進言したのにそれすら拒否している点からも本件解雇は無効である。
(四) 本件解雇は争議行為その他の正当な組合活動をした故に解雇されたものであり不当労働行為として本件解雇は何れも無効たるを免れない。申請人等には被申請会社主張の如き怠業首謀等の事実はないのに被申請会社は申請人等が平素組合活動に熱心なところより予て馘首の機会をねらつていたので此の際とばかり報復的不正解雇に出たものであつて解雇権の濫用であり被申請会社が解雇の理由として掲げている理由は何れも口実である。大鶴鉱業所労働組合から被申請会社に対し同会社の工場閉鎖中の申請人等組合員の賃金支払の仮処分申請を佐賀地方裁判所に為し之が審理中被申請会社がかかる抜打的大量解雇に出でたことからでもその間の事情を推測するに十分である。
(五) 仮に本件争議行為が被申請人主張の如く申請人等の策謀に基き為されたものだとしても組合の正当な機関によつて争議手段に訴えることを決定したものである以上それは組合の行為であつてその内部意思を決定する経過について会社からその責任を問わるべき筋合ではない。
以上の次第にして申請人等は本来判決確定迄被解雇者として取扱われることによる財産上の損害は正に著しいものと言わねばならぬよつて本件申請に及んだと陳述した。
(疎明省略)
被申請会社代理人は本件申請は之を却下する訴訟費用は申請人等の負担とするとの判決を求めその答弁として申請人等が申請人主張の労働組合の組合員であり、その一部が右組合の幹部であること、被申請会社が昭和二十四年十二月二十五日申請人等を解雇したこと、大鶴鉱業所労働組合の上部組合たる杵島炭鉱労働組合連合会と被申請人との間に以前労働協約があつたことは何れも之を認めるがその余の申請人等主張事件は之を否認する。
(一) 申請人等主張の労働協約は昭和二十四年十月二十日失効しその後現在迄無協約である失効前の協約の内容が既得権として残存することは有り得ない。
(二) 被申請会社の本件解雇は企業合理化の一環として就業規則に従つてしたものでその整理基準については大鶴鉱業所労働組合と協議をしたものである。
(三) 被申請会社の経営協議会規則は以前の労働協約に基いて(その内容として)定められたものであるから協約の失効によつて当然経営協議会規則も効力を失つたものである。被申請会社は昭和二十四年九月新協約締結についての団体交渉の際に経営協議会を廃止することを申請人組合に通告した。
(四) 臨時石炭鉱業管理法第三十四条は出炭責任に関連するものであるが昭和二十四年九月からは出炭べースが変更されていないからその適用がなくなつたものと解すべきである。
(五) 被申請会社の本件「企業再建応急対策」中の「低能力者の解雇」は生産協議会に附議すべき事項ではない、同対策中の他の項目についてはまだ之を実施していない。又本件の整理解雇はまだ生産計画を変更する程度のものではない。
(六) 本件の解雇は申請人等が組合活動を理由としたものではなく別表記載事項に該当するのであり従つて申請人主張の賃金仮処分事件と右解雇とは毫も関係はない。
従つて本件解雇は適法で有効なものであるから申請人等の本件申請は失当であると陳述した。(疎明省略)
五、理 由
申請人等が被申請会社大鶴鉱業所の鉱員で同鉱業所労働組合の組合員でありその一部が右組合の幹部であること、被申請会社が申請人等主張の日時申請人等に解雇の意思表示をしたこと、大鶴鉱業所労働組合の上部組合たる杵島炭鉱労働組合連合会と被申請会社との間に以前労働協約があつたことは何れも当事者間に争のないところである。
申請人等には被申請会社主張のような就業規則違反の事実はないのに申請人等が平素組合活動に熱心なところから被申請会社は予て馘首の機会をねらつている内に本件争議が発生したのでかような事実を形式的理由として報復的な不正解雇に出たものであるから本件解雇は被申請会社が申請人等の争議行為その他の正当な組合活動をしたことを実質的理由とするもので何れも無効であると主張し被申請会社は右事実を否認し本件解雇は被申請会社の企業合理化の一環として被申請会社主張のような解雇基準に従つて解雇したにすぎないものであつて申請人等が争議行為をしたことを理由とするものではないから違法でないと抗争するので本件解雇の効力について一応の判断をすることとする。
一、争議から解雇迄の経過について
成立に争いのない疏甲第五号証の一、同号証の四乃至十六、同第七号証の三乃至五、疏乙第一号証同第三号証同第四号証同第七号証同第十六号証証人鶴田信夫の証言の一部により成立を認むることができる。同乙第十二号証の一、二同第十二号証の一、二証人茂木哲雄の証言等を綜合すれば申請人等の所属する被申請会社大鶴鉱業所労働組合は昭和二十四年十一月二十六日上部組合である杵島炭鉱労働組合(以下単に杵連と略称する)の指令に従い杵連傘下の他の三組合と共に昭和二十四年七月以降の賃金並に労働契約改訂に関する要求を掲げて同年十一月六日から無期限ストライキに入つたが杵連が「戦術を転換して十日甲方より就業せよ」とスト中止の指令をしたので十一日は就業したけれども翌十二日より単独にて再び無期限ストライキに入つたが被申請会社大鶴鉱業所は右ストライキが組合規約違反等による不当な争議なりとして右争議の対抗手段として同月十四日以降の就業を拒否した。その後組合は十六日附を以つて十七日甲方より就業する旨会社に申入れたが会社の承諾するところとならずその後大鶴労働組合より被申請会社を相手方として当地方裁判所に右工場閉鎖中の右組合員の賃金請求の仮処分申請が為され(昭和二十四年(ヨ)第四八号)その審理中である昭和二十四年十二月二十五日申請人等を含む合計五十余名に対し解雇の意思表示の為されるに至つたことが認められる。
二、争議の適否について
(イ) しかして大鶴労働組合は昭和二十四年十一月十一日杵連の戦術を転換してストライキを中止するとの指令(杵連闘争第三号)を受けてから之を呑むべきか或は再びストライキを続行すべきかについて組合の闘争委員会で討議した結果二十九票対七票を以つて「明十二日からストを続行すべきことを杵連に要請する」ことを決議したが杵連の闘争委員会では北方労組の不参加により杵連闘争委員会が成立せず杵島五坑、大鶴の三山の組合長会議となつたが当時杵島五坑の労組では組合大会の決議によりストライキ続行翌十二日からストライキに入らんとする形勢であつたので大鶴も之に同調したものであることが窺われる。
(ロ) そこで大鶴労働組合が単独でストライキを為すにつき同組合の規約第二十七条に罷業権の行使については労組法第五条第二項第八号の規定と同様の手続によることを要求しているにも拘らず右手続をとらなかつたことは違法であるかどうかであるが、右の如く杵連を構成する西組合中北方がスト続行に反対したので杵連としてはスト中止をしたけれどもなお杵連の大多数なる三組合がスト続行の形勢にある場合に大鶴組合も之に同調して単一ストを決行せんとすることは新しきスト開始に該当するものとして前記規約に基く組合員の決議を要するか或は大鶴労組も単位組合として単独にストを決行することができるのであるし、かくの如く杵連の大多数の組合が単一組合として互に手を取つてストを決行せんとするが如き場合には形式的には杵連のストではないが実質的には杵連が多数決でストを決行するのと少しも変らないのであるから組合の当初のスト開始の決議にはかくの如き場合を予想してスト続行の権限を闘争委員会に一任したものであつて従つて右の如き場合に単一組合としてストをすることはストの開始でなく当初のストの続行に過ぎずいわゆる戦略戦術として委任された権限内に属するものとして新しい組合決議を要しないと解するかは全く当初のスト開始決議の中にかかる場合を含むものと観るかどうかによつて決するのであるが何れにするもかかる重要な事項はこれを組合の正規の手続にかけて可否を決定するにしくはないのであるけれども元来労働争議は刻々に情勢が変化し流動するものでその間適時に適切な手を打つには正式の組合決議を得る暇なき場合もあるであろうし右杵連のスト中止指令も杵連の団体交渉が結ばれたためではなくなお争議は継続中であり杵連の中止指令にも含みのあるものであることが認められるのであるからかような場合には大鶴闘争委員会の権限に委ねられているものと必ずしも解されないことはない。
もつとも単一組合としてストを為すには当時単一組合と被申請会社との間に主張の不一致がなかつたと言うかも知れないが杵連との間に賃金等につき団体交渉中で争議が未解決である以上杵連の構成員たる大鶴労組との間にも主張の不一致がないものとは解されない。
又大鶴労組の規約中に「上級団体の指示に服さねばならない」とあるのに杵連のスト中止の命令に従わないのは違法であるかどうかであるが上級団体構成員の多数がストに参加せんとする形勢であるばかりでなく上部組合としてはストを中止したが単一組合が各個にストに入るのは上部団体としては敢て之に反対しないような情勢が見える場合に於ては上部団体の指示に服さなかつたとは言えない。
(ハ) 本件が組合規約に定める手続を経ないで指令された場合のいわゆる規約違反の争議だとしても規約違反の争議はその争議指令者の対内的責任の問題を生ずるが対外的には組合の行為であるから直ちに之を違法とすることはできない。その指令が組合幹部や一部少数者が或る野望を達するために多数の意見を排して独裁的にかような行為に出たというがごとき争議権の濫用を以つて目すべきような場合はそれは最早組合の行為とは言うことができず組合の統制をみだしたそれ等の者の行為と言うべきであるが本件に於ては前記の如き情勢の下に於て大鶴労組の闘争委員等が悪意の下に組合多数の意思を排して独裁的に右所為に出でたものとは被申請人提出援用に係る全資料によるも認め難いのであるから組合内部の責任問題としては兎に角として使用者その他に対する外部関係に於ては飽く迄も組合の行為としては適法であると解するのが相当であるから右ストに参加したものを目して組合の正当でない行為をしたものとは言えないから右争議をしたことを理由として解雇することのできないのは勿論である。
三、被申請会社の企業の合理化について
我が国現下の経済界は賃金三原則、経済九原則の実施に基く経済安定策によつて政府補給金減廃赤字金融の廃止、経営自立体制確立から必然的に企業の合理化の途上にあることは言をまたないところ従つて被申請会社に於ても被申請会社主張の如き程度にあるかどうかは兎も角としても企業合理化による人員整理の必要のあることは之を推測することができる。
しかし使用者が人員整理をするについては失業を避けるためにあらゆる努力を払うべきであつて之が為には自発的退職者の募集、余猶のある地域から比較的労働力の不足している地域への労働者の移動を促進、配置転換、作業方式の科学化等その他経営の合理化等に手段をつくした上で之を為すべく又会社の経営状態の内容を示して整理の必然性につき組合を十分に納得させ整理方法についても組合と協議をした上で為すべきことは労働協約の失効の有無を問わず信義誠実の原則からも当然のことといわねばならないし之等の手段を尽さないときは使用者の誠実性が疑われ人員整理が真実企業の合理化に基くのかどうかに疑問を抱かれる結果になるのである。しかるに被申請会社は自発的退職者を募集した形跡もなく前記証人長木哲雄の証言によれば大鶴炭鉱は毎月二、三十人の自然退職者があり本件整理後約百五十名の新規採用をしている事実からみても被申請会社が赤字だというもそれは過剰人員としての整理を必要とする程赤字であるかどうかも疑わしく過剰人員はなくても低能率者を解雇して高能率者を採用して赤字を克服するの必要があるであろうけれども大鶴鉱業所だけでも当時一千二百余の鉱員を要しその外杵島五坑北方の三山の鉱員を合すれば多数の鉱員を要する被申請会社に於て僅かに五十数名の人員を整理することは前記の如く自然退職者等をも考慮に容れれば左程困難なことではなく必ずしも緊急且つ重要な問題と言えないのに前記の如く大鶴労組のスト、工場閉鎖、大鶴労組から被申請会社に対する工場閉鎖中の賃金請求の仮処分申請事件審理中なる昭和二十四年十二月二十三日突如として「大鶴鉱業所企業再建応急対策」を発表して大鶴労組に協議を求めたが組合に対し充分協議をつくすの時間を与えずして十二月二十五日に早くも解雇の通告をするが如きは協議は名のみであつて始めから真に組合と協議するの誠意がなかつたと言われても仕方がないのみならず当時は両者共前記仮処分事件の係争中で互に対立抗争し感情も尖鋭化している最中でありしかも後述の如く整理の対象となつているのが組合の幹部で組合側も亦それを察知してのことであるから到底通常の協議などできる情勢ではなかつたことを推測するに十分でありしかも一刻も早く整理を断行しなければ会社が立ち行かぬ程情勢が切迫しているものとは必ずしも解されないのであるから労資の関係がかくの如く対立抗争中を選んで解雇を断行する等解雇の時期方法に於て適切でないときは兎角その形式的の理由如何を問はず争議をしたことを理由とするものと疑われても已むを得ない場合を生ずるものといわざるを得ない。
四、解雇基準に適するかどうか。
申請人A、同Bが被申請会社主張の如く過去に於て主張の病気で休業したことは認められるが現在なお病弱であるかどうかは被申請会社提出の全資料によるに必ずしも明かではなく又右申請人両名及び申請人Cが他の鉱員に比して本件解雇に値いする程出勤率が著しく低下しているかどうかその他被申請会社主張の申請人等の業務阻害その他の事実も被申請会社主張の如き程度態様にあつたかは被申請会社の提出援用に係る資料では未だ以つて之を認め難いし右の如き法規違反業務阻害等の事実は前後の事情、動機、行為の程度その際における相手方の態度行為後の事情その他一切の事情を斟酌し且つその行為が他の一般鉱員に比較して著しく悪性で解雇に値いするものであるかどうかを相対的に定めるべきものであるが被申請会社提出援用の資料では未だ以つて解雇に値いする程のものとは必ずしも解し難きのみならず申請人Aは大鶴労組の現組合長同Bは現、前、書記長同Cは執行員代議員同Dは執行員代議員等同Eは執行員代議員同Fは前組合長等いずれも大鶴鉱業所労働組合の現在若しくは以前の役職員であり且つ平素組合活動に熱心であつたことが認められるのと前記認定の如き諸般の事情を綜合すれば本件解雇については被申請会社主張の如き解雇に値する実質的理由はこれを認めることができないので被申請会社は申請人等が争議その他の正当な組合活動をしたことを解雇の実質的理由とするものと解する外はない。
されば本件解雇は労働組合法第七条の規定に違反し無効であるといわざるを得ない。
以上は前記疏明方法により一応認められるが本件疏明方法のうち以上の認定に副わはないものはすべて当裁判所の措信できないところである。
五、仮処分の必要性について
申請人等が右解雇により失職し他に転職することも至難な現下の社会情勢において生活上困窮していることは察するに難くないところであるから本案判決確定まで暫定的な措置として解雇の効力を停止するの必要があるものといわねばならない。
従つてこれに基いて被申請会社に対し申請人等の就業を妨害しないことを命ずべきである。
本件申請は以上の点に於て正当であるからその余の争点につき判断する迄もなくこれを相当として認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 二階信一 富川盛一 岩村溜)
(別紙)<省略>