佐賀地方裁判所 昭和25年(ワ)418号 判決
原告 新興油脂工業有限会社
被告 日本国有鉄道
一、主 文
被告は原告に対し金十九万二千五百円及之に対する昭和二十五年十二月二十五日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払わなければならない。
原告その余の請求を棄却する。
訴訟費用は十分し、その七を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
本判決は原告に於て金六万五千円の担保を供するときは第一項に限り仮に執行することが出来る。
二、事 実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し金二十七万二千五百円及之に対する訴状送達の日の翌日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払わなければならない。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として原告は油脂製造販売を営む会社にして昭和二十四年六月六日より貨物自動車(車名トヨタ一九四二式、車輌番号佐一一七〇五号)を所有していたものなるところ、昭和二十五年五月十六日午前六時頃運転者秀島某が操縦する該貨物自動車が国有鉄道鳥栖駅構内踏切を通過するに際し、被告の被用者である常置踏切番人が交通事故の発生を未然に防止すべく、警戒注意をしなければならないのにその義務を怠り、当時その任務に就かず不在であつた為め、該貨物自動車は折柄該踏切を通過する下り列車と衝突し、因つて該貨物自動車は使用に堪えざる程度に破壊され、同年五月二十六日廃車の止むなきに至つた。之偏に、旅客貨物の運送業を営む被告の被用者たる常置踏切番人の業務上の過失に因り該貨物自動車に対する原告の所有権を侵害したものであるから、被告は原告に対し該貨物自動車の当時の価格金二十九万五千円より廃車処分により原告が取得した代金一万二千五百円を控除した残金二十八万二千五百円の損害を賠償する義務があることは明らかである。然るに被告は之が支払を今尚為さないので原告は右金員の内二十七万二千五百円と之に対する訴状送達の日の翌日より完済に至る迄年五分の割合による金員の支払を求むる為め、本訴請求に及んだと陳述し、尚事情として、原告は昭和二十四年十月頃訴外吉武春吉を自己の代理人として訴外平川敏夫との間に該貨物自動車の使用貸借契約を締結したが、それに依ると訴外平川は該貨物自動車を契約締結の日より昭和二十五年二月末日迄無償にて使用すること、同訴外人は同年二月末日迄に該貨物自動車の価格金二十万円を支払い、之を買受けることとし、之が代金は五回に分割し最終の支払日を同年二月末日とすること、同訴外人に於て右金二十万円を完済する迄は該貨物自動車の所有権は同訴外人に移転しない旨の定めであつた。而して同訴外人は同年十一月七日右代金の支払手段として四通の約束手形を右吉武宛振出していたが、孰れも之が不渡となつたのみでなく、同訴外人は本件衝突事故発生当時に於ても之が代金を完済していなかつた。それで該貨物自動車は依然として原告の所有に属していたものであると附陳した。<立証省略>
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として原告主張事実中原告主張の日時場所に於て原告主張の貨物自動車(その所有権の帰属の点を除く)が被告経営の下り列車と衝突し、該貨物自動車は破損の為め廃車の止むなきに至つたこと、被告の被用者たる踏切番人の業務上の過失により該貨物自動車と列車との衝突事故が発生したことは之を認めるが、その余の事実は之を否認する。而して該貨物自動車は当時訴外平川敏夫が占有使用していて同人の所有に属していたものなれば既に同訴外人に対し之が損害の賠償として金十九万七千円を支払済みである。仮に然らずとするも同訴外人は同人名義の該貨物自動車の被害金二十九万五千円の請求書(乙第一号証)及同訴外人が所有者なる旨の証明書類(同訴外人が原告より該貨物自動車を買受けた際の立会人旭モーター商会代表者井手政一郎名義の証明書「乙第二号証」、該貨物自動車を廃車した際の機関部等の買受人鹿江商会名義の同訴外人宛買取書「乙第三号証」、該貨物自動車を白石モータースに修繕せしめた際の白石モータースの同訴外人宛昭和二十五年五月五日附領収証「乙第四号証」)を被告宛提出して損害賠償の請求を為し来つたのであるから、同訴外人は法に謂う債権の準占有者に該るべく、而して被告は原告より更めて該貨物自動車が自己の物である旨の通知に接したこともなく、又本件事故発生後訴外平川と共に被告と折衝した訴外吉武春吉よりも該貨物自動車に付原告と訴外平川との間に使用貸借契約が締結せられ、訴外平川は単なる占有者に過ぎずして所有権は原告に存する旨の告知もなかつたので、被告は訴外平川を真正の債権者であると信じ、且信ずるに付何等の過失なくして同訴外人に損害賠償として金十九万七千円を支払つたのである。従つて之が支払は有効と謂わなければならないから原告の本訴請求に応ずることは出来ないと述べた。<立証省略>
当裁判所は職権を以つて原告代表者庄山安次を尋問した。
三、理 由
一、原告主張の日時、場所に於て原告主張の貨物自動車(その所有権の帰属の点を除く)が被告経営の下り列車と衝突し、該貨物自動車が破損の為め廃車の止むなきに至つたこと、被告の被用者たる踏切番人の業務上の過失により該貨物自動車と列車との衝突事故が発生したことは当事者間に争がない。
一、成立に争ない甲第三号証、証人吉武春吉の証言により各成立を認め得べき甲第四号証、甲第五号証の一乃至四、甲第八号証、前顕吉武証人の証言、原告代表者尋問の結果及弁論の全趣旨に徴すれば原告会社はその目的たる油脂製造販売の経営に必要ありと做し、本件貨物自動車を昭和二十四年六月六日原告会社代表者庄山安次の姉婿吉武春吉の斡旋により同人の資金を以つて之を他より買受けたのであるが、原告会社は他にもオート三輪車を所有していた等の関係から之を他に売却することとなり、結局同年十月頃訴外吉武は原告会社の代理人として訴外平川敏夫との間に該貨物自動車の使用貸借契約を締結したが、それに依れば、(1) 訴外平川は該貨物自動車を契約締結の日より昭和二十五年二月末日迄無償にて使用すること、(2) 訴外平川は同年二月末日迄に該貨物自動車の価格金二十万円を支払い之を買受けることとし、之が代金は五回に分割して支払い、之が最終の支払日を同年二月末日と定めたこと、(3) 訴外平川に於て右代金二十万円を完済する迄は該貨物自動車の所有権は同訴外人に移転しないことに夫々約定せられていたこと、而して訴外平川は同年十一月七日右代金の支払手段として右吉武宛四通の約束手形を振出したが、孰れも之が不渡になり、訴外平川は本件衝突事故発生当時に於ても之が代金を完済していなかつたことを認めることが出来る。右認定事実よりすれば該貨物自動車は本件衝突事故発生当時に於ても依然原告会社の所有に属していたものと謂わなければならない。尤も乙第二号証(甲第七号証)甲第一号証の三は右認定と異なる記載があるが、これ等の証拠を、前顕吉武証人の証言、原告代表者尋問の結果と対比して考えるときは、未だ該証拠を以つてしては右認定を覆すに足りない。又乙第三、四号証の名宛人が訴外平川になつているが、これ等の証拠を、同訴外人が該貨物自動車を昭和二十四年十月頃より本件衝突事故発生当時迄占有使用していたことに付弁論の全趣旨により当事者間争ない事実に対比して考えるときは、未だ該証拠を以つてしても右認定を覆すに足りない。尚乙第一号証、前顕吉武証人の証言の一部、証人福永保夫、同平川敏夫、同荒木正行の各証言を以つてしても右認定を覆すに足りない。他に右認定を左右するに足る証左がない。
一、次に証人平川敏夫の証言により成立を認め得べき乙第一号証、各成立に争ない乙第二号証乃至第四号証、前顕平川、同吉武、同福永各証人の証言及弁論の全趣旨に徴すれば、訴外平川は右吉武と共に本件衝突事故発生当時より該貨物自動車の損害賠償に付被告係員と折衝し、更に訴外平川は昭和二十五年七月十九日附を以つて被害金二十九万五千円の請求書(乙第一号証)及同訴外人が該貨物自動車の所有者なる旨の証明書類として旭モーター商会代表者井手政一郎名義の証明書(乙第二号証)鹿江商会名義の買取書(乙第三号証)白石モータース名義の領収書(乙第四号証)を以つて被告宛之が請求をしたことを認めることが出来る。右認定を覆すに足る証左がない。右認定事実よりすれば訴外平川は自己の為めにする意思を以つて右損害賠償債権を行使した者と謂うべく、民法に謂う債権の準占有者に該るのである。而して被告が昭和二十五年九月末頃訴外平川に対し、之が損害賠償として金十九万七千円を支払つたことは弁論の全趣旨により当事者間に争がない。然らば該債権の準占有者たる訴外平川に対する被告の右支払は有効か、この点につき考察して見よう。弁論の全趣旨により各成立を認め得べき甲第六号証の一、二、前顕吉武証人の証言により各成立を認め得べき甲第七号証、前顕第八号証、鳥栖管理部の公印たること争ないから全部真正に成立したと認むべき甲第九号証の一、二、成立に争なく、且原本の存在成立に争ない甲第一号証の一乃至三、前顕乙第一号証乃至第四号証、前顕吉武、同平川、同福永各証人の証言及弁論の全趣旨を綜合すれば訴外吉武は本件衝突事故が発生したので、之が損害の賠償に付訴外平川と共に被告係員と折衝した結果、昭和二十五年七月十九日附の原告代表者名義に係る該貨物自動車等の価格を記載した明細書(甲第六号証の一、二)旭モーター商会代表者井手政一郎名義に係る原告会社代表者庄山泰司が訴外平川へ該貨物自動車を売渡した旨の証明書(甲第七号証)佐賀県自家用自動車組合名義に係る該貨物自動車の当時の価格を記載した証明書(甲第八号証)原告代表者名義の本件衝突事故による被害金の請求書(甲第九号証の一、二)等を被告宛提出したが、被告係員は書類不備の理由で之を右吉武に返戻したこと、そこで右吉武は更めて同日附の原告代表者名義の被害金二十九万五千円の請求書、之が内訳を記載した明細書、原告の代表者庄山泰司、平川敏夫連名に係る、該貨物自動車は昭和二十四年九月五日原告会社が訴外平川に売渡したが、月賦金の未払があるから、右損害賠償金は原告会社に支払われ度い旨の談合書と題する書面(以上甲第一号証の一乃至三の原本)鹿江商会名義に係る同訴外人宛、本件衝突事故により廃車となつた該貨物自動車の機関部等を買受けた旨の買取書(乙第三号証)白石モータース名義に係る同訴外人宛、該貨物自動車の修繕料の領収書(乙第四号証)、前述したような旭モーター商会代表者井手政一郎名義の証明書(乙第二号証)を更に被告係員に提出して之が請求をしたこと、その後訴外平川は自己名義の本件衝突事故による被害金二十九万五千円の請求書(乙第一号証)を原告会社又は右吉武に諮ることなく独断にて之を被告係員に提出した上、同訴外人が所有者なる旨の証明書類、即ち曩に被告に提出せられある旭モーター商会代表者井手政一郎名義の証明書、同鹿江商会名義の買取書白石モータースの領収書(以上乙第二号証乃至乙第四号証)を流用添附して右損害の賠償を請求し、その結果同訴外人は前記の通り同年九月末頃金十九万七千円の支払を受けるに至つたことを認めることが出来る。尚進んで、訴外平川は自己名義の請求書を提出した際、被告係員に対し曩に提出してある原告会社名義の請求書等の返戻方を申入れなかつたので、被告係員は原告会社提出の請求書その他の書類の一部(甲第一号証の一乃至三の原本)はその侭自らの手許に置き、その一部(乙第二号証乃至乙第四号証)は訴外平川提出に係る請求書の添附書類として取扱つたことをも認めることが出来る。右認定を覆すに足る証左がない。右認定事実より考えれば、被告係員は曩には原告会社名義の請求書が提出され、次いで同じ該貨物自動車の損害賠償請求に付訴外平川名義の請求書が提出せられたのであるから、既に提出書類によつても一応の疑念を挾むべきは素より当然であつて、かかる場合被告係員は果して両者孰れが真の損害賠償請求権者なりや之を慎重に調査する義務があることは一般の取引観念に照し疑いのないところである。而して被告係員が之に付通常人を首肯し得るに足る調査を遂げた旨の立証がない本件(前顕福永同吉武同平川各証人の証言を以つてするも之を認めることが出来ない)に於ては被告係員が訴外平川を真正の債権者と信じたとしても、之を信ずるに付過失がなかつたとは断ずることが出来ない。従つて被告が訴外平川に対する前示支払は無効と謂わなければならない。
一、最後に原告がその所有に係る該貨物自動車の破損に因り蒙つた損害額につき考察して見よう。前顕甲第八、四号証、乙第四号証、前顕吉武証人の証言及弁論の全趣旨によれば、本件衝突事故発生当時の該貨物自動車の交換価格は金二十万五千円と認むるを相当とする。前顕甲第七号証、乙第二号証の記載内容は右甲第四号証に照して之を信用することが出来ない。又甲第一号証の一、二、甲第六、九号証の各一、二、乙第一号証を以つてするも右認定を覆すに足りない。而して原告は破損された該貨物自動車の機関部等を他に売却して之が代金一万二千五百円を取得したと自ら陳ぶるところである。それで之が損益を計算するときは原告の蒙つた損害が金十九万二千五百円となることは明らかである。(尚蛇足であるが、原告に於て修理用工具一式、ロープその他に付之が損害賠償の請求をしていないことは原告の主張自体に照して明らかである)
果してそうだとすれば被告は原告に対し反証ない限り、本件衝突事故に因り発生した該貨物自動車の破損による損害賠償として金十九万二千五百円と之に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかなる昭和二十五年十二月二十五日より完済に至る迄年五分の割合による金員を支払うべき義務があることは明らかである。よつて原告の本訴請求は前記認定の範囲で正当として之を認容し、その余は失当として之を棄却すべく、訴訟費用の負担に付民事訴訟法第八十九条、第九十二条を、仮執行の宣言に付同法第百九十六条第一項を各適用して主文の通り判決する。
(裁判官 富川盛介)