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佐賀地方裁判所 昭和28年(ワ)33号 判決

原告 松沢吉一

被告 香月袈裟六

一、主  文

被告が原告に対し佐賀地方法務局所属公証人小林覚次作成第四万九千二十七号賃貸借契約公正証書の執行力ある正本に基き、昭和二十八年一月三十日別紙目録<省略>の物件に対してなした強制執行はこれを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和二十八年二月十日なした強制執行停止決定はこれを認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求め、その請求原因として原告は洋服類生地卸商を営む者であるが、昭和二十六年十月十日被告からその所有に係る佐賀市松原町又六十九番地所在の木造瓦葺二階建住家及び店舗建坪十四坪外二階十四坪並に右建物裏庭東側約四坪半を賃料一ケ月金一万五千円、賃借期間昭和二十七年十月九日までの約で賃借し、同日被告に対し敷金として金二十万円を交付し、なお賃料の内一ケ月五千円宛一ケ年分合計金六万円を前払金として交付した。そして右賃貸借につき主文記載の公正証書を作成したが、その証書面では賃料は一ケ月金一万円とし、なお期間満了後は原告は直ちに本件家屋を明渡すべく、もしこれを明渡さない時は、爾後右賃料相当額の損害金を支払う外更に違約金として右賃料の十倍の割合による金員を支払うこととし、右賃料、損害金及び違約金を支払わない時は直ちに強制執行を受くべき旨が定められた。原告は右賃貸借契約当時他に適当な店舗を得ることが困難であつたため、被告の要求のままに右のような多額の敷金を交付し、また賃料の一部の前払をし、なお被告の承諾を得て金二十万円位の費用を出して店舗並に二階の造作をなし、爾来本件家屋を使用してきたものであつて、原告としては右契約の当初から本件一ケ年の賃貸借期間は当然更新されるものと予想していた。そして現に被告は右期間満了の六ケ月以前において原告に対し本件賃貸借の更新拒絶の通知をしなかつたので、借家法第二条により本件賃貸借は期間満了と同時に当然更新せられたものである。しかるに被告は最初の賃貸借期間を経過するや昭和二十七年十一月一日附内容証明郵便をもつて原告に対し本件家屋の明渡及び原状回復方を要求し、更に同年十二月十七日附内容証明郵便をもつて敷金二十万円は同年十月十日から同年十二月九日までの違約金債権と相殺する旨を通告し、次いで昭和二十八年一月三十日原告に対し前記公正証書に基き前記違約金一ケ月分金十万円の弁済を求めるためと称し、執行吏に委任して原告所有の別紙目録の有体動産を差押えた。しかしながら本件賃貸借は前記のように当然更新せられているものであるから、原告としては未だ本件家屋を被告に明渡す義務あるものではなく、したがつて明渡義務不履行による違約金支払の義務あるものでもない。更にまた本件公正証書の右違約金に関する条項は前記のように予定賠償額(家賃相当金)の外に更に家賃の十倍の割合による金員の支払を定めたものであつて、右は違約金として著しく過大であり、地代家賃統制令の主旨にも違反し、法律上無効の契約であるといわなければならない。以上により原告は被告に対し本件公正証書による違約金支払の義務を負うものではないから、本件強制執行は許さるべきものではない。よつてこれが排除を求めるため本訴に及んだ次第であると陳述した。<立証省略>

被告は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告の主張事実中原告主張日時に被告が原告に対し本件家屋を原告主張のような約定(但し賃料は一ケ月金一万円の定めであり、原告主張の金六万円は家賃の前払ではなく、本件家屋を原告に賃貸した結果被告が他所に移転しなければならないこととなつたため、当事者合意の上で右被告の移転料として原告から交付を受けたものである。)の下に賃貸したこと、敷金二十万円を受取つたこと、本件賃貸借契約につき原告主張のような公正証書を作成したこと、本件賃貸借期間満了の六ケ月以前に被告から原告に更新拒絶の通知をしなかつたこと、原告主張日時に本件公正証書に基き被告が原告の有体動産を差押えたこと、右差押の基本債権が原告主張の違約金債権であることは、いずれも認めるが、その余の事実は否認する。本件公正証書の違約金に関する条項は当事者間の完全な合意の下になされた特約であるから無効ではない。なお原告は本件家屋を賃借後被告に無断で勝手に二階の改築、模様替をした。本件公正契約によれば、原告が右のように被告の承諾を得ずして改築等をした場合は、被告は直ちに賃貸借を解除し得る特約があつたので、被告は昭和二十七年六月中に原告に対し右事由により本件賃貸借を解除する旨を告げ、家屋明渡を求めたところ、原告は訴外人を仲人として契約期間満了の上は必ず原状に復して家屋を明渡すにつき、それまで猶予方を懇請したので、被告もやむなくこれを了承したものである。そこで本件賃貸借は契約期間たる昭和二十七年十月九日の満了と共に当然終了し、原告は直ちに本件家屋を被告に明渡すべきにも拘らず、その後も依然これが使用を継続するので、被告はやむなく本件強制執行に及んだものであると述べた。<立証省略>

三、理  由

原告が昭和二十六年十月十日被告から本件家屋を賃借し、その賃貸借契約につき本件公正証書を作成したこと、右公正証書において賃料は一ケ月金一万円、賃貸借期間は昭和二十七年十月九日まで(満一ケ年)とし、右期間満了後は原告は直ちに本件家屋を被告に明渡すべく、もしこれを明渡さないときは爾後右賃料相当額の損害金を支払う外、更に違約金として右賃料の十倍の割合による金員を支払うべきものとし、右賃料、予定損害金及び違約金については直ちに強制執行を受くべき旨を定めたこと、右期間満了後も原告は本件家屋を返還せず依然これが使用を継続したため、被告が本件公正証書に基き右違約金十万円の支払を求めるため原告に対し別紙目録の有体動産の差押をしたことは当事者間に争いがない。

ところで右違約金債権の発生は、賃貸借期間の満了により本件賃貸借が終了したことを前提とするものであることは勿論であろう。しかるに本件賃貸借期間満了の六ケ月以前において被告から原告に対し更新拒絶の通知をしなかつたことは当事者間に争いのないところであるから、借家法第二条により本件賃貸借は右期間満了と同時に当然更新せられたものといわなければならない。もしも本件公正証書による契約の趣旨が、当事者の更新拒絶の有無を問わず期間満了により賃貸借を終了させようとするものであつたとすれば、それは借家法第六条により無効であるといわなければならない。被告は昭和二十七年六月中に原告の無断造作を理由に家屋明渡を求めた際、原告はこれが猶予方を懇請し、契約期間満了の上は必ず家屋を明渡す旨を約したと主張するけれども、これを認めるに足る何等の証拠もない。しからば本件賃貸借は未だ終了せず、原告は正当な賃借権に基き本件家屋の使用を継続するものであるから被告に対し何等の違約金債務を負担するものではなく、したがつて本件強制執行はその基本たる債権を欠くものとして許さるべきでない。

なお建物の賃貸借において賃貸人が存続期間の満了により賃貸借を終了させようとするためには、前記のように期間満了の六ケ月以前に更新拒絶の通知をなすことを要し、且つその更新拒絶につき正当の事由があることを必要とする。そこで本件公正証書において期間満了後賃借人が建物を返還しない場合に違約金支払の義務を定め、これに執行認諾を附した点に徴すれば、右違約金債権の発生につき、賃貸借が期間満了により適法に終了させられたこと、すなわち前記のような要件が完備したことを前提とし、債権者たる賃貸人にこれを証明させ公証人においてその事実を認定して執行文を附与しようとの趣旨であると一応考えられるようでもある。しかしながら更新拒絶のための正当事由の有無は賃貸人側の一方的な事情のみを標準とすべきものではなく、賃貸人及び賃借人双方の利害を比較考察し、進んで公益上社会上各般の事情を斟酌して初めてこれを認定し得るところであつて、賃貸人側に一方的にこれを証明させることは、とうてい望むべくもない。そこで右の点に鑑み本件公正証書の趣旨とするところを考えれば結局正当事由の有無はこれを顧慮することなく、契約期間の満了により当然賃貸借を終了させようとするものであると認めざるを得ない。しかし右の趣旨であるとすれば、それは借家法第六条によつて無効であること勿論であるから、本件公正証書中期間満了後の明渡義務不履行による違約金に関する条項は無効であると断ぜざるを得ない。

以上により結局本件公正証書による被告の原告に対する違約金債権は存在しないことが明かであるから、本件強制執行は許さるべきものでない。よつてこれが排除を求める原告の本訴請求は正当として認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、強制執行停止決定の認可及び仮執行の宣言につき同法第五百四十八条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩永金次郎)

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